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養育費で相手の年収が分からない場合―収入資料・収入推計・裁判所での確認方法(AI作成)

第1 本記事の対象範囲

本記事は,養育費を請求する場面で,相手方(義務者)の年収が分からない場合に何ができるかを扱う。
離婚後は,別居中の婚姻費用の場面と異なり,相手方との日常的な接触が乏しく,源泉徴収票等の収入資料を得にくいことが多い。

対象とする論点は,①相手の年収が全く分からなくても請求できる制度があるか,②裁判所を通じて収入情報の開示を求める方法,③収入資料の信用性が疑わしい場合の収入推計の考え方,④勤務先自体が分からない場合の対応である。

給与所得者・自営業者・年金受給者等の必要資料の一覧,情報開示命令・調査嘱託・文書提出命令の詳細な要件及び当事者別の進め方は,相手が収入資料を出さない場合の婚姻費用|収入の推計・情報開示命令・必要資料で詳しく説明しており,その内容は養育費の場面にもそのまま当てはまる。
本記事はこれと重複する範囲を圧縮し,養育費に固有の視点(離婚後の元配偶者が相手であること,法定養育費及び先取特権という令和6年民法等改正で新設された制度)に絞って掘り下げる。

第2 まず法定養育費を請求できる―相手の年収が分からなくても

離婚時に養育費の取決めをしないまま協議離婚した場合,令和6年民法等改正で新設された法定養育費(民法766条の3)を請求できる。

この制度の額は,父母の収入等の個別的な事情にかかわらず,子の最低限度の生活の維持に要する標準的な費用の額その他の事情を勘案して,法務省令で定めるところにより算定される一定額である。
したがって,相手方の年収が全く分からない場合でも,まずこの法定養育費の請求から着手できる。

相手方の実際の収入が高く,法定養育費を上回る額を求める余地があると考えられる場合は,収入が判明した後に,改めて協議又は調停・審判で増額を求めることになる。
法定養育費は,あくまで取決めがされるまでの間の暫定的・補充的な制度であり,これによって将来にわたる養育費の額が固定されるわけではない。

養育費算定表の基本的な仕組み及び法定養育費との違いは,養育費算定表の見方,計算方法及び法定養育費との違いで説明している。

第3 情報開示命令―養育費事件でも使える収入開示の求め方

1 要件と対象

家事事件手続法152条の2第1項は,次の3類型の審判事件について,家庭裁判所が,申立て又は職権により,当事者に対しその収入及び資産の状況に関する情報を開示するよう命じることができると定める。

①夫婦間の協力扶助に関する処分の審判事件
②婚姻費用の分担に関する処分の審判事件
③子の監護に関する処分の審判事件(子の監護に要する費用の分担に関する処分の審判事件に限る。)

養育費(子の監護費用の分担)は③として明文で対象に含まれている。
したがって,養育費請求調停・審判においても,情報開示命令の申立てにより,相手方に収入・資産情報の開示を求めることができる。

命令の対象は相手方本人であり,勤務先や銀行に対する直接の開示命令ではない。
もっとも,条文は「情報を開示すること」を命じるものであり,源泉徴収票等の既存文書の提出だけに限定されていないため,文書が存在しない場合や相手方の記憶によるほかない事項についても,開示を求める余地がある。

2 開示しない場合・虚偽開示の場合の効果

情報開示を命じられた当事者が,正当な理由なく情報を開示せず,又は虚偽の情報を開示した場合,家庭裁判所は10万円以下の過料に処することができる。

もっとも,過料は履行を促す制裁であり,不開示があっただけで,申立人の主張する収入額が自動的に真実と認められるわけではない。
家庭裁判所の証拠調べには民事訴訟法の規定の一部が準用されるが,文書提出命令に従わない当事者について相手方の主張を真実と認めることができるとする民事訴訟法224条は,準用対象から明文で除外されている。
したがって,家事審判では,民事訴訟のような真実擬制が当然に生じるとはいえず,家庭裁判所は,不開示の経過を含む審理の全趣旨と,勤務・生活状況その他の証拠を総合して収入を認定することになる。

第4 調査嘱託・文書提出命令という手段

情報開示命令のほかに,家庭裁判所が銀行・勤務先等の第三者へ照会する調査嘱託・報告要求(家事事件手続法62条),及び特定の文書の提出を命じる文書提出命令(同法64条1項による民事訴訟法の準用)という手段もある。
これらは養育費事件にも同様に利用できる。

調査嘱託・報告要求は,裁判所が必要性を認めて初めて実施されるものであり,申立人が勤務先や銀行へ直接問い合わせて回答を得られる制度ではない。
文書提出命令も,対象となる文書の表示・趣旨,所持者,証明すべき事実及び提出義務の原因を具体的に明らかにする必要がある。
これらの制度の要件・限界及び申立ての具体化の方法は,前記の姉妹記事で詳しく説明している。

第5 収入資料の信用性が疑わしい場合―賃金センサスによる推計

相手方が提出した収入資料の記載額が,実際の生活状況や同種の仕事に就く者の一般的な賃金水準と整合しない場合,その記載額をそのまま採用せず,厚生労働省の賃金構造基本統計調査(賃金センサス)を用いて収入を推計することがある。

大阪高等裁判所平成16年5月19日決定は,養育費事件において,義務者が提出した給与資料の記載額を,最低賃金の水準,勤務先のパート従業員の賃金及び生活実態と整合しないことを検討した上で採用せず,賃金センサスに基づいて収入を認定した。

この決定が示すとおり,賃金センサスは,収入資料を提出しないこと自体に対する制裁として機械的に用いられるのではなく,個別の収入資料の信用性を外部資料・具体的事実で検討した上で,なお個別の資料による認定が困難な場合に用いる補充的な推計資料である。
賃金センサスを用いる場合も,相手方の性別・年齢・学歴・職種・企業規模等が具体的に判明しているのであれば,これらの区分を踏まえた数値を用いるべきであり,全産業・全年齢の平均賃金を無条件に当てはめるのは相当でない。

第6 勤務先も分からない場合―先取特権を使った情報取得

1 先取特権があれば債務名義なしで動ける

令和6年改正で新設された養育費債権の一般先取特権(民法308条の2)は,債務名義(確定判決,執行認諾文言付き公正証書,調停調書等)がなくても,一定の範囲で担保権の実行(動産執行等)に着手できる制度である。
未払養育費の強制執行・先取特権の基本的な仕組みは,養育費を払わない場合の回収方法―履行勧告・給与差押え・先取特権・ワンストップ執行で説明している。

2 給与情報を取得できる場合とできない場合

この先取特権は,相手方の勤務先が分からない場合の情報取得にもつながり得る。
民事執行法206条2項は,一般の先取特権(民法306条3号に係るもの)を有することを証する文書を提出した債権者について,市町村又は日本年金機構等に対し,債務者の給与債権に関する情報の提供を命じることができると定めており,養育費債権の先取特権はこの民法306条3号の類型に含まれる。

もっとも,この情報取得手続を利用するには,民事執行法197条2項の要件を満たす必要がある。
具体的には,強制執行又は担保権の実行における配当等の手続で完全な弁済を得られなかったこと,又は知れている財産に対する担保権の実行を実施しても完全な弁済を得られないことの疎明があったことのいずれかが必要である。
したがって,先取特権を有しているというだけで無条件に勤務先情報を取得できるわけではなく,まず知れている財産(自宅にある動産等)に対する執行を試み,それでも完全な弁済を得られないことを疎明する必要がある。

第7 離婚後に特有の注意点

養育費は,離婚後の元配偶者を相手とする点で,別居中ではあるが婚姻関係が続いている当事者間の婚姻費用とは,情報アクセスの前提が異なり得る。
離婚が成立した後は,当事者間の日常的な接触・情報共有の機会が乏しくなることが多く,相手方の再婚,転居又は転職によって連絡先自体が変わっている場合もある。

情報開示命令・調査嘱託等のいずれの手続も,相手方の現住所又は少なくとも連絡が可能な状態にあることが前提となる。
相手方の住所が分からない場合は,戸籍の附票の取得等,別途の住所調査を要することがあり,本記事で扱う収入・資産の情報開示の前提として整理しておく必要がある。

第8 今すぐ動くべき理由

相手の年収が分からないという理由だけで,養育費の請求そのものを先延ばしにすることは避けるべきである。

養育費の始期は,実務上,請求時(調停の申立て等をした時)を基準とすることが多いとされる。
収入資料が完全に揃うまで請求を待てば,その間の期間について,後から遡って回収できる範囲が狭まる可能性がある。
相手方の年収が分からない段階でも,第2で述べた法定養育費の請求から着手する,又は相当額を主張しつつ調停を申し立て,情報が開示された後に具体額を整理するという進め方がある。

必要な資料の収集,情報開示命令等の申立ての要否及び追加調査を進めるかどうかの判断は,個別の事情によって異なる。
まずは自分が保有する資料(従前の収入資料,同居中の生活状況を示す資料等)を整理した上で,早期に弁護士等へ相談することが望ましい。

出典

1 法令

①家事事件手続法(平成23年法律第52号)62条,64条,152条の2(e-Gov法令検索。令和8年8月22日確認)
②民事訴訟法(平成8年法律第109号)224条(e-Gov法令検索。令和8年8月22日確認)
③民法(明治29年法律第89号)306条,308条の2,766条の3(e-Gov法令検索。令和8年8月22日確認)
④民事執行法(昭和54年法律第4号)197条,206条(e-Gov法令検索。令和8年8月22日確認)

2 裁判例

①大阪高等裁判所平成16年5月19日決定(平成16年(ラ)第83号,家庭裁判月報57巻8号86頁。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認)

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