第1 この記事が扱う対象と読み方
本記事は,生成AIを用いた調査に基づき,別居中の夫婦間で婚姻費用(生活費)を算定する際に,住宅ローンをどのように扱うかを,事案の類型ごとに整理するものである。
婚姻費用算定表そのものの読み方,基礎収入割合,生活費指数といった基本的な計算の仕組みについては,別記事「婚姻費用算定表の見方,計算方法と特別事情(AI作成)」で扱っており,本記事では説明を省略する。
別居の開始から婚姻費用を請求する具体的な方法までは,別記事「別居中の生活費(婚姻費用)はいつから請求できるか|請求方法・必要書類・調停・審判(AI作成)」で扱っている。
本記事が対象とするのは,離婚が成立する前の別居期間中に,夫婦の一方又は双方が住宅ローンを負担している場合の取扱いに限る。
離婚後の財産分与において住宅ローンをどう清算するかという手続そのものは,本記事の対象ではなく,第13で必要な範囲にとどめて触れる。
本記事は,裁判所が令和元年12月23日に公表した改定標準算定方式・算定表(婚姻費用表10~19)を前提とする。
結論を先に示すと,住宅ローンを負担しているという事実だけで,婚姻費用の額が当然に増減するわけではない。
増減の有無及び程度は,住宅ローンの残額や毎月の返済額そのものではなく,別居後にその住宅に誰が居住しているか,そして誰が現実に住宅ローンを返済しているかという二つの要素の組合せによって決まる。
本記事では,この組合せを類型ごとに整理した上で,有責性や収入の有無といった追加の考慮要素を順に説明する。
第2 住宅ローンの支払には「住居費」と「資産形成」という二つの性質がある
1 二つの側面
住宅ローンの返済は,多くの場合,夫婦が居住する住居を取得するための費用であり,そこには二つの性質が同居している。
一つは,その住居に居住するための費用という性質であり,もう一つは,元本の返済によって不動産という資産を形成する費用という性質である。
2 別居時に住んでいない側にとっては,専ら資産形成の費用になる
夫婦が別居している状況では,住宅ローンの対象となっている住居を利用していない当事者にとって,居住費用としての性質は失われる。
したがって,その当事者が住宅ローンを支払っている場合,その支払は基本的に資産形成のための費用とみることになる。
この整理が,以下で説明する原則と例外の出発点になる。
第3 原則:住宅ローンは婚姻費用の計算に影響しない
1 なぜ全額を差し引いてもらえないのか
標準算定方式は,義務者及び権利者双方の総収入に応じた標準的な住居関係費を,あらかじめ基礎収入の算定過程(特別経費)に統計上織り込んでいる。
資産形成のための費用の支出を理由に婚姻費用の額を減じることは,資産形成を,配偶者及び未成熟子の生活を保持させる義務(生活保持義務)よりも優先させる結果となり,相当でない。
そのため,住宅ローンの支払は,離婚に伴う財産分与において清算されるべき問題であって,婚姻費用の算定においては考慮しないというのが原則である。
2 住宅がオーバーローン(債務超過)の状態でも結論は変わらない
住宅の評価額が住宅ローンの残高を下回っている状態,いわゆるオーバーローンであっても,前記の原則は変わらない。
大阪高等裁判所平成21年10月7日決定は,妻が未成年の子とともに実家に戻って別居し,共有名義の自宅に残った夫に対して婚姻費用を請求した事案において,自宅がオーバーローン状態であるため財産分与での清算の余地がないという妻の主張を退けた。
同決定は,住宅ローンの返済は財産形成のための支出であって財産分与において清算するのが相当であるとし,オーバーローンであることは婚姻費用分担額の算定において考慮する理由にはならないと判示した。
大阪高等裁判所平成21年11月20日決定も,不動産が債務超過状態にあるとしても,婚姻費用の分担額から住宅ローンの支払額全額を控除すれば生活保持義務よりも資産形成を優先させる結果となる点は変わらないとしている。
第4 例外:「二重負担」になっている場合だけ調整される
1 二重負担とは何か
前記の原則には,一つの重要な例外がある。
義務者が,自分自身の住居費(賃料等)を負担しながら,同時に,権利者が居住する住宅の住宅ローンも負担している場合であり,実務上「二重負担」と呼ばれる状態である。
標準算定方式は,別居中の権利者世帯と義務者世帯が,それぞれ自分の住居費を負担していることを前提として基礎収入の標準的な額を算定しているため,二重負担の状態は,この前提を欠くことになり,何らかの調整が必要になる。
2 調整方法の基本形――権利者の標準的住居関係費相当額を控除する
実務上もっとも広く採用されている調整方法は,標準算定方式による試算額から,権利者の総収入に対応する標準的な住居関係費相当額を控除するというものである。
東京家庭裁判所平成22年11月24日審判は,義務者が,別居後に妻子が居住する住宅の住宅ローン(月額16万円)を負担していた事案である。
同審判は,標準算定方式によって義務者が分担すべき額を月額30万円から32万円と試算した上で,義務者が自己の住居費と権利者の住居費を二重に負担している状態にあるとして,試算結果から権利者の総収入に対応する標準的な住居関係費(月額約3万円弱)を控除し,試算結果の下限額である30万円から3万円を控除した27万円を,義務者が負担すべき婚姻費用の額とした。
ここで控除されるのは,住宅ローンの返済額そのものではなく,権利者が自分で住居を確保していたとすれば負担していたはずの,統計上の標準的な住居費である点に注意を要する。
3 控除額には上限がある
二重負担が認められる場合であっても,住宅ローンの返済額全額が控除されるわけではない。
控除できる額の上限は,住宅ローンの返済額から,標準算定方式が既に織り込んでいる標準的な住居関係費を差し引いた額である。
東京弁護士会弁護士研修センター運営委員会が編集した研修資料における裁判官の説明は,過大な住宅ローンを組んでいる場合について,公平の観点から過大なローン支払額を全部控除するのではなく,通常の住居関係費相当部分を評価して,その限度で控除するという考え方を示している。
これは,住宅ローンの返済額がどれほど高額であっても,控除額が際限なく大きくなるわけではないことを意味する。
4 控除の基準を義務者側の収入に置いた例もある
前記2で紹介した東京家庭裁判所の判断は,控除の基準を権利者(居住者)の収入に置くものであるが,これとは異なり,義務者(支払者)自身の収入に対応する標準的な住居費を基準とした裁判例もある。
大阪高等裁判所平成19年12月27日決定は,抗告人(夫)が自己の賃料(約7万円)を負担しながら,相手方(妻)らが居住する自宅の住宅ローン(月額17万1000円)も負担していた事案において,抗告人の収入に対応する統計上の住居費(月額約7万8000円)を試算額から控除するのが相当とした。
このように,二重負担の場合の控除基準は権利者側の収入を基準とする例が多いものの,統一的な計算式が確立しているわけではなく,裁判所の裁量に委ねられている部分が大きい。
第5 誰が住み,誰が返済しているかで整理する9つの型
これまでの原則と例外を踏まえ,「誰がその住宅に居住しているか」と「誰が住宅ローンを返済しているか」の組合せで整理すると,次の表のようになる。
| 居住者\返済者 | 義務者が返済 | 権利者が返済 | 双方が返済 |
|---|---|---|---|
| 義務者が居住 | 考慮しない(第3) | 義務者が免れている住居費相当額を婚姻費用に加算 | 義務者負担分は考慮せず,権利者負担分の限度で加算 |
| 権利者が居住 | 二重負担として権利者の標準的住居関係費相当額を控除(第4) | 婚姻費用の増額事由にならない(第8) | 権利者負担分は増額事由とならず,義務者負担分は不当に低額でない限り減額事由ともならない |
| 双方とも居住せず | 双方にとって資産形成にすぎず考慮しない | 同左 | 同左 |
表の「義務者が居住・権利者が返済」の欄,すなわち権利者が自ら居住しない住宅の住宅ローンを支払っている場合は,義務者がその分の住居費用の支出を免れていることになるため,義務者が住居費として費やすはずであった相当額を婚姻費用に加算することが検討される。
本記事で説明する住宅ローンの取扱いは,別居中の婚姻費用に関するものである点にも注意を要する。
養育費は,子が義務者と同居していると仮定して算定するため,住居費はそもそも養育費に含まれておらず,義務者が子の居住する住宅の住宅ローンを支払っていても,原則として養育費を減額する理由にはならない。
離婚後の養育費や,令和8年4月1日から始まった子の監護費用の一般先取特権については,別記事「法定養育費と養育費債権の先取特権(AI作成)」で扱っている。
第6 有責配偶者が住宅ローンを払っている場合
前記第4で説明した二重負担の調整は,公平の見地からされる調整であって,権利者に対する何らかの請求権と当然に相殺されるものではない。
そのため,別居に至った原因が主として義務者にある場合には,二重負担が生じていても,調整をしないという判断がされることがある。
大阪高等裁判所平成21年9月25日決定は,夫が妻以外の女性と不貞関係を持ち,自宅を出てその女性と同居し,自身の新居の家賃(月額6万8000円)と,妻子が居住する自宅の住宅ローン(月平均約9万4000円)の双方を負担していた事案である。
抗告審は,住宅ローンの返済は財産分与において清算すべき問題であるとした上で,標準算定方式では抗告人の年収額に対応する標準的な住居関係費(月額約5万円)が既に織り込まれていること,妻は別居後も自宅に居住していること,抗告人は自宅の住宅ローンのほかに自身の家賃も負担していることから,住居関係費を二重に支払っていることになるとしつつも,別居の原因が主として抗告人にあったと認められることから,家賃と標準的な住居関係費の差額を婚姻費用の分担額から控除するのは相当でないとして,婚姻費用として月額17万円の支払を命じた。
別居原因についての責任の程度は,このように,二重負担による調整の可否そのものに影響し得る事情として扱われている。
第7 権利者に収入がない場合の考え方
1 権利者に現実の収入がなければ,二重負担の調整の前提を欠くことがある
二重負担による控除は,権利者が自分の基礎収入から標準的な住居費を負担するとすれば,それだけの額が留保されているはずであるという考え方を前提にしている。
したがって,権利者に現実の収入がない場合には,そもそも留保されるべき住居費自体が存在しないため,控除の前提を欠くことになる。
大阪高等裁判所平成29年5月26日決定は,抗告人(妻)が長女とともに相手方(夫)名義の自宅に居住し,妻自身は無職で年60万円程度の稼働能力を認定されたにとどまり現実の収入はなかった一方,相手方は給与収入1020万円を得て社宅に単身居住し,自宅の住宅ローン(月額10万円)を負担していた事案である。
抗告審は,抗告人に現実の収入がない以上,婚姻費用の原資となる基礎収入の算出に当たって控除されるべき標準的な住居関係費を,抗告人が現実に留保していることにはならないとし,加えて,相手方が負担する社宅費用(月額3万円ないし4万円)自体,相手方の年収に対応する標準的な住居関係費(月額約7万2000円)を下回っていたことから,住宅ローンの支払を婚姻費用の算定において考慮しないとした。
2 権利者に収入がない場合,逆に義務者の負担が増える方向に働く場面もある
前記1とは別に,権利者に収入がないことが,義務者の負担を増やす方向に働く場面もあるので,混同しないよう注意を要する。
それは,義務者が権利者の居住する住宅の住宅ローンを支払っておらず,権利者自身がこれを支払わなければならない状況にある場合である。
この場合,権利者に住居費を負担するだけの収入がないと,権利者は生活費の中から住居確保の費用を捻出せざるを得ず,義務者との間で不公平が生じるため,義務者の収入や資産を考慮した上で,義務者に権利者の住居確保の費用の一部を分担させる方向で調整されることがある。
前記1の場面と本項の場面は,いずれも権利者に住居費相当額が現実に留保されているかという共通の視点から検討されるが,結論の方向は逆になるため,自分の事案がどちらの場面に当たるかを取り違えないようにする必要がある。
第8 権利者自身が住宅ローンを払っている場合は増額されるか
権利者自身が,自分の居住する住宅の住宅ローンを返済している場合,その事実を理由に婚姻費用を増額してもらうことは,原則として認められない。
大阪高等裁判所平成21年11月27日決定は,共有名義の自宅に,原審相手方(夫)が退去して長男及び二男を監護し,原審申立人(妻)が三男とともに残って居住し,住宅ローン全額(月額7万6000円)を負担していた事案である。
原審は,住宅ローンの支払は財産分与によって清算されるべきものであるとして婚姻費用の算定において考慮せず,抗告審もこれを維持し,住宅ローンを婚姻費用の算定において考慮することは,相手方及び子らの生活保持のための費用を犠牲にして資産形成を行うことになり,資産形成を生活保持義務に優先させることになるとした。
住宅ローンの返済額のうち標準的な住居関係費を超える部分は,あくまで居住者自身の資産形成であり,その清算は財産分与の場面で行われるべき問題として扱われている。
第9 住宅ローンと家賃の直接払いは扱いが違う
ここまで説明してきた住宅ローンの取扱いは,賃貸住宅の家賃には,そのまま当てはまらない。
家賃の支払には,住宅ローンと異なり,資産を形成するという性質がないためである。
義務者が,権利者の居住する賃貸住宅の家賃を家主に対して直接支払っている場合,それは義務者が婚姻費用の一部を現物で支払っていることにほかならず,原則として,算定表によって求められる婚姻費用の額から,義務者が支払っている家賃の全額を控除することになる。
大阪弁護士協同組合が公表した実務解説でも,権利者世帯が賃貸住宅に居住し,その家賃を義務者が家主に直接支払っている場合は,義務者が支払っている家賃を控除した残額が,義務者が権利者に支払うべき婚姻費用となるとされている。
ただし,家賃の全額を控除できるかどうかは,別居に至った事情等を考慮して検討する必要があるとされている。
住宅ローンについては前記第3のとおり全額控除が否定されるのに対し,家賃については原則として全額を既払として扱う点で,両者の扱いは明確に異なる。
第10 合意なく住宅ローン分を婚姻費用へ上乗せできるか
ここまでは,義務者が住宅ローンを負担していることを理由に婚姻費用を減額できるかという問題を扱ってきたが,逆に,権利者の側から,住宅ローンの負担分を婚姻費用に上乗せするよう求めることができるかという問題もある。
大阪高等裁判所平成20年1月31日決定は,相手方(妻)が,自宅の住宅ローンの額を含めて月額27万円の婚姻費用分担を求め,原審判が住宅ローン分を含めて月額20万円の支払を命じた事案である。
抗告審は,住宅ローンの支払は夫婦財産形成の意味合いが強く,本来は財産分与の中で清算するのが相当であるとして,婚姻費用の分担額にその支払額を加算することは適切でなく,当事者間で住宅ローン分を婚姻費用に含めて支払う旨の合意があるなど特別の事情がある場合に限り,加算した額の支払を命じることが許されるとした。
その上で,本件ではそのような合意の存在を認めるに足りないとして,住宅ローン分を婚姻費用の分担額から除外した。
住宅ローンを婚姻費用に含める旨の明示又は黙示の合意がない限り,住宅ローンの負担を理由に婚姻費用を増額してもらうことは難しいということになる。
第11 返済額の変動,共有名義・連帯債務・ペアローンの場合
1 返済額が変動すれば,調整額も見直される
二重負担による調整額は,住宅ローンの返済額そのものに連動する。
東京家庭裁判所平成27年8月13日審判は,相手方(夫)が自宅を出て賃貸住宅に居住し(家賃月額8万4000円),妻子が居住する自宅の住宅ローンについて,時期によって月額約8万9000円から約4万5000円まで変動する返済を続けていた事案である。
同審判は,住宅ローンの支払額全額を控除することは生活保持義務よりも資産形成を優先させる結果となり相当でないとした上で,返済額が高かった期間については婚姻費用の分担額から月額3万円を,返済額が下がった期間については月額1万円を,それぞれ控除するのが相当とした。
このように,住宅ローンの返済額が期間の途中で変わる場合には,それに応じて控除額も見直されることがある。
2 名義・連帯債務・連帯保証・ペアローンであっても基準は変わらない
ここまで説明してきた考え方は,住宅の登記名義や住宅ローンの契約形態によって左右されるものではない。
前記第3で紹介した大阪高等裁判所平成21年10月7日決定も,住宅の登記が共有名義であっても権利者名義であっても,結論は変わらないとしている。
近年増えている,夫婦それぞれが別々に住宅ローンを契約するいわゆるペアローンについても,基本的な考え方は変わらない。
双方がそれぞれ自己名義の住宅ローンを負担している場合は,前記第5の表でいう「双方が返済」の欄に当たり,居住していない側の返済分については,やはり資産形成の費用として扱われることになる。
連帯債務・連帯保証についても,対外的に金融機関に対して誰が責任を負うかという問題と,夫婦間で婚姻費用としてどう扱うかという問題は別であり,実際に誰が住み,誰が現実に返済しているかという実態に即して判断される。
第12 同居したままの別居(家庭内別居)は出発点が異なる
1 双方に居住利益があるため,分担が公平な方向に働く
夫婦が離婚に向けて対立しながらも,同じ住宅に同居を続けている,いわゆる家庭内別居の場合,住宅ローンの扱いは,これまで説明してきた通常の別居の場合と出発点が異なる。
通常の別居では,居住していない当事者にとって住宅ローンは専ら資産形成の費用であったのに対し,家庭内別居では,住宅ローンの対象となる住宅に双方が現に居住しているため,住宅ローンには双方にとって住居確保の側面があり,その費用を双方で分担することが公平であるという方向で判断される。
大阪高等裁判所平成19年10月22日決定は,抗告人(夫)が婚姻前から所有する建物の一部に,相手方(妻)が居住して家庭内別居となっていた事案である。
同決定は,居住部分に相当する範囲でローンや光熱費等の支払を双方の共通の経費と認め,事務所・倉庫部分を除いた居住部分相当分を床面積で按分した上で,抗告人の収入から差し引いた額を,婚姻費用算定の基礎とした。
2 権利者に収入がない場合は,家庭内別居でも増減されないことがある
もっとも,家庭内別居であれば常に住宅ローンの分担が認められるわけではない。
大阪高等裁判所平成23年2月24日決定は,家庭内別居中の相手方(妻)が無職で収入がなく,抗告人(夫)が光熱費等のほか住宅ローン(月額約10万円)を負担していた事案である。
同決定は,標準的な住居費については抗告人の基礎収入の算出に当たって既に特別経費として控除されている一方,相手方には現実の収入がないため住居関係費が控除されるという前提自体が生じないとして,住宅ローンの額のうち標準的な住居費を超える部分は資産形成的な性質を有するものとして財産分与等の手続で別途清算するのが相当であるとし,住宅ローンの全体を婚姻費用の増減の理由としなかった。
権利者に現実の収入がないと控除の前提となる住居関係費の留保自体が生じないという考え方は,前記第7で説明した通常の別居の場合と共通している。
第13 住宅ローンの最終的な精算は財産分与で行う
1 婚姻費用と財産分与の役割分担
ここまで説明してきたとおり,住宅ローンの返済に伴う資産形成部分の最終的な清算は,婚姻費用の問題ではなく,離婚に伴う財産分与の問題として扱われる。
住宅の売却,任意売却又は競売が予定されている場合や,住宅ローンの不払が続いている場合であっても,この役割分担そのものは変わらない。
東京家庭裁判所平成27年6月17日審判は,義務者が権利者の居住する自宅の住宅ローンを負担していた事案において,権利者が自宅から実家へ転居し,義務者が自宅を売却するまでの期間に限って,権利者の総収入に対応する標準的な住居関係費を控除する調整を行っており,住宅の売却が予定されている場合には,その売却又は転居までの期間に区切って調整が行われることがある。
2 財産分与を請求できる期間には制限がある
婚姻費用の問題と財産分与の問題を役割分担させて考える以上,住宅ローンをめぐる資産形成部分の清算を,離婚後いつまでも先送りにできるわけではない。
民法768条2項ただし書は,財産分与について当事者間の協議が調わないとき,家庭裁判所に協議に代わる処分を請求することができるとした上で,離婚の時から5年を経過したときは,この限りでないと定めている。
この5年という期間は,令和6年法律第33号による民法等の改正によるものであり,改正前は2年とされていた。
別居中は婚姻費用によって生活費が賄われるとしても,離婚が成立した後は,住宅ローンや自宅の名義といった資産面の清算を財産分与の手続によって行う必要があり,離婚の時から5年が経過すると家庭裁判所に対する請求ができなくなる点には注意を要する。
第14 自分の事案にあてはめる際の確認順序
実際の事案で住宅ローンの影響を検討する際は,次の順序で確認するとよい。
第一に,住宅ローンの対象となっている住宅に,別居後,実際に誰が居住しているかを確認する。
第二に,その住宅ローンを現実に返済しているのが,居住している側か,していない側か,双方かを確認する。
第三に,居住していない側が住宅ローンを返済している場合には,その者自身の住居費(賃料等)の有無を確認し,二重負担になっていないかを検討する。
第四に,二重負担になっている場合には,別居に至った経緯について,どちらかに大きな責任があるといえる事情がないかを確認する。
第五に,居住している側(権利者)に現実の収入があるかどうかを確認する。
これらの事実関係の組合せによって,住宅ローンが婚姻費用の額に影響するかどうか,影響するとしてどの程度かが変わってくる。
住宅ローンの返済額そのものが大きいことは,婚姻費用の額を直接左右する事情ではなく,あくまで前記の各要素の組合せの中で評価される一事情にとどまる。
第15 出典・参考資料
法令
民法(明治29年法律第89号)752条,760条,768条2項(e-Gov法令検索)
裁判例
大阪高等裁判所平成21年10月7日決定(平21年(ラ)第936号。裁判所HP未掲載。松本哲泓『婚姻費用・養育費の算定-裁判官の視点にみる算定の実務-』(新日本法規)に引用された判示内容により確認)
大阪高等裁判所平成21年11月20日決定(平21年(ラ)第1088号。裁判所HP未掲載。同書に引用された判示内容により確認)
東京家庭裁判所平成22年11月24日審判(家庭裁判月報63巻10号59頁。裁判所HP未掲載。同書に引用された判示内容により確認)
大阪高等裁判所平成19年12月27日決定(平19年(ラ)第17号・平19年(ラ)第1021号。裁判所HP未掲載。同書に引用された判示内容により確認)
大阪高等裁判所平成21年9月25日決定(平21年(ラ)第712号。裁判所HP未掲載。同書に引用された判示内容により確認)
大阪高等裁判所平成29年5月26日決定(平29年(ラ)第313号。裁判所HP未掲載。同書に引用された判示内容により確認)
大阪高等裁判所平成21年11月27日決定(平21年(ラ)第993号。裁判所HP未掲載。同書に引用された判示内容により確認)
大阪高等裁判所平成20年1月31日決定(平19年(ラ)第851号。裁判所HP未掲載。同書に引用された判示内容により確認)
東京家庭裁判所平成27年8月13日審判(判例時報2315号96頁。裁判所HP未掲載。同書に引用された判示内容により確認)
大阪高等裁判所平成19年10月22日決定(平18年(ラ)第601号。裁判所HP未掲載。同書に引用された判示内容により確認)
大阪高等裁判所平成23年2月24日決定(平22年(ラ)第1249号。裁判所HP未掲載。同書に引用された判示内容により確認)
東京家庭裁判所平成27年6月17日審判(判例タイムズ1424号346頁。裁判所HP未掲載。同書に引用された判示内容により確認)
文献
松本哲泓『婚姻費用・養育費の算定-裁判官の視点にみる算定の実務-』(新日本法規)第4章第1節
東京弁護士会弁護士研修センター運営委員会編『平成16年度春期弁護士研修講座』(商事法務,2004年)13頁~14頁
大阪弁護士協同組合『令和元年改定 養育費・婚姻費用算定表(解説及びQ&A付き)』(大阪弁護士協同組合,2020年)Q&A14頁~15頁
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