毎年5月の憲法週間には,最高裁判所の判事が全国各地の下級裁判所を視察している。
本記事は,この視察の仕組みと,視察の日程・関係文書がどのように作成され,廃棄され,又は開示されているかを,情報公開請求で得た最高裁判所情報公開・個人情報保護審査委員会の答申や不開示通知書等の一次資料に基づいて整理し,あわせて視察の実態に関する当事者の証言・見解を紹介するものである。
特定の事件処理や法律相談を目的とするものではない。
第1 総論——憲法週間における最高裁判所判事の視察
1 視察の概要
最高裁判所の判事は,毎年5月の憲法週間に,全国各地の下級裁判所を視察している。
最高裁判所には長官1人と判事14人が置かれており(裁判所法5条1項・3項),このうち各判事が全国を分担して各地の裁判所を回る形で行われる。
2 視察日程の作成に関する文書
視察の基本日程は,最高裁判所事務総局秘書課が案を作成している。
もっとも,秘書課がこの視察基本日程(案)を作成する際に使用している事務処理要領等の文書は,存在しない。
このことは,最高裁判所情報公開・個人情報保護審査委員会の平成27年度(最情)答申第7号(平成28年2月23日答申)で明らかにされている。
本ブログでは,平成28年度の視察日程を定めた「憲法週間における最高裁判所判事の視察について」(平成28年2月26日付の最高裁判所事務総局秘書課長の通知),及び最高裁判所裁判官の旅行命令簿(平成27年度分)を掲載している。
第2 視察日程・関係文書の情報公開上の取扱い
視察の日程や関係文書は,短期間で廃棄され,又は開示されなくなる傾向にある。
以下では,最高裁判所情報公開・個人情報保護審査委員会の各答申で示された取扱いを整理する。
1 最高裁判所が受領した文書の廃棄
最高裁判所が受領した,平成28年度憲法週間における岡部喜代子最高裁判所判事(経歴)の視察に関する文書の大部分は,視察終了直後に廃棄された。
廃棄された文書には,視察基本日程,視察詳細日程,座談会の出席者名簿及び座談会席図,庁内巡視の順番が分かる文書,並びに最高裁判所判事との懇親会の出席者名簿が含まれる。
この取扱いは,平成28年度(最情)答申第31号(平成28年10月24日答申)で示されている。
2 視察先の下級裁判所における文書の廃棄
視察先の下級裁判所においても,同種の文書が短期間で廃棄されている。
神戸地方裁判所の場合,最高裁判所判事の視察に関する文書の大部分(視察基本日程,視察詳細日程,座談会の出席者名簿及び座談会席図,庁内巡視の順番が分かる文書,最高裁判所判事との懇親会の出席者名簿)が,視察終了後2か月以内に廃棄された。
この取扱いは,平成27年度(情)答申第2号(平成28年2月18日答申)で示されている。
3 下級裁判所が保管する日程の開示状況の変化
視察先の下級裁判所が保管している視察基本日程及び視察詳細日程については,従前はほぼ全て開示されていた。
しかし,現在は全く開示されなくなっている。
この変化は,平成28年度(情)答申第14号(平成28年10月24日答申)で確認することができる。
4 短期保有文書としての取扱い
これらの文書が短期間で廃棄される理由について,最高裁判所事務総長は,最高裁判所判事の視察に関する文書は,内容が軽微かつ簡易であって,保存期間を1年以上とする必要のない短期保有文書として取り扱われている旨を説明している。
第3 視察時の概況説明資料の取扱い
1 高等裁判所が提供する概況説明資料の位置づけ
憲法週間における最高裁判所判事の視察では,視察先の高等裁判所が,最高裁判所判事に対し,当該高裁及びその管内に関する概況説明資料を提供することがある。
もっとも,最高裁判所判事に提供されたこの概況説明資料は,最高裁判所の司法行政文書には該当しないものとされている。
この整理は,平成28年度(最情)答申第19号(平成28年6月28日答申)で示されている。
2 大阪高裁の説明資料の廃棄
大阪高等裁判所において平成29年度の最高裁判所判事視察に用いた説明資料は,平成29年7月3日までに廃棄された。
このことは,平成29年10月17日付の司法行政文書不開示通知書で確認することができる。
また本ブログでは,深山卓也最高裁判所判事の名古屋高等裁判所視察時の資料(平成30年度分)を掲載している(深山判事の経歴はこちらの経歴記事参照)。
第4 視察の実態に関する証言・見解
視察が実際にどのように行われているかについては,これを経験し,又は見聞した者の証言がある。
以下では,性質の異なる2つの説明を紹介する。
1 元裁判所職員による説明
日本裁判官ネットワークのウェブサイトには,2004年6月1日付で,「60歳代 男性 元裁判所職員」からのメールが掲載されている。
その内容は,次のとおりである。
山崎豊子原作「白い巨塔」が再びドラマ化された。ドラマでは,浪速大学病院の教授回診のシーンがたびたび登場する。白衣を着た教授が殿様のように,助教授・講師・インターンを引き連れて病室を練り歩くのだ。あのシーンを見るたびに,裁判所で行われている最高裁判事や高裁長官の視察を思い出し,気が滅入る。
庁内の図面を広げ,どこをどう歩き,誰が先導するかを1週間もかけて協議する。長官や最高裁判事にお出しするお茶の銘柄は何がよいか,お茶菓子は何がよいかを話し合う。出す弁当の箱は朱塗りの箱がよいか,お吸い物を温めるタイミングはどうか,そんなことまで決めるのである。
視察コースにドアがあると大変である。ドアを開けておく必要があるというのである。手はどうしたのか,怪我でもされたのかと言いたいところであるが,誰もそうしたことを指摘できる雰囲気ではない。結局,60個近いドアストッパーが集められ,視察コースのドアというドアはすべて開け放たれるのである。そして,先導,そのまた先導,誘導などという形で何人もの職員が動員される。見苦しいという理由で,当事者案内のために職員がパソコンで作りドアに貼り付けた図面は外され,廊下は「特別清掃」で掃き清められる。
そして,視察が始まり,何事もなかったかのように終わる。そうした視察では,裁判所内にどれだけドアがあり,一般当事者がどれほど不自由をしているかを実感することはできない。また,どれほど,庁内が来庁者にとってわかりにくいかを実感することもできない。
視察が終わるとドアストッパーは一カ所に集められ,どこかにしまい込まれるのである。長官や最高裁判事のために開け放たれたドアは,一般来庁者に向けては閉ざされる。それがたとえ車椅子の方であろうと・・・
そう,教授回診の際の何気ない一言で,助教授や講師が身を固くするのと同様,長官や最高裁判事の視察の際の何気ない一言で,職員は連日の残業を強いられることなるのである。そのため,「視察」は何にもまして優先して取り組む課題となるのだ。「白い巨塔」は大学病院に限ったことではない。
この説明は,視察の準備や応接に多くの職員が動員される一方で,視察が庁舎の実際の使い勝手を把握する機会になっていないという受け止めを示すものである。
2 田原睦夫弁護士による説明
最高裁判所判事を務めた田原睦夫弁護士(平成18年11月から平成25年4月まで在任。弁護士出身の最高裁判所裁判官の一人)は,在任中を振り返った講演録「最高裁生活を振り返って」(金融法務事情1978号)において,憲法週間の視察の実態を,実際に視察を行った立場から説明している。
その要旨は,本記事では次のように整理することができる。
まず,視察の規模と分担について,5月の憲法週間には,各最高裁判所判事が全国各地の下級裁判所に視察に行くとされる。
全国は8ブロックに分けられ,東京高裁管内は広いため2つに分けて9ブロックとし,1つの小法廷につき3ブロックずつを分担する。
1人当たり最低2庁程度で,田原弁護士自身は,在任中に本庁21庁と支部10か所を訪問したという(同28頁)。
次に,視察の典型は,あらかじめ懇談事項が決まっており,所長が目を通した原稿を各人が15分から20分ずつ読み上げ,視察官が若干の質問をした後に庁内を巡視し,最後に屋上から景色を眺めるというものであるとされる。
田原弁護士は,こうした視察が,20年ほど前までは実態として「大名旅行」に近いものであったと述べている(同28頁~29頁)。
もっとも,視察には,全裁判官を集めて第1審判決の問題点を伝えたり,若い裁判官が調査官解説を過度に重視する傾向を正したりする実質的な機能もあったとされる(同26頁,30頁)。
視察を実際に行っていたのは14人の判事のうち田原弁護士のほかに1人か2人にとどまり,視察の意義の受け止めには判事の間で差があったという(同30頁)。
他方で田原弁護士は,最高裁判所判事の行動が情報公開の対象となることを理由に,視察の前後に職務上関心のある場所を訪れることまで,事務方が「観光」と受け取られることを避けて自主規制する運用を批判している。
具体例として,秋田では民事・刑事の大規模な紛争の舞台となった八郎潟の視察を希望したが認められなかったこと,長崎では会社更生手続が問題となった施設や造船所の見学が認められなかったことを挙げている(同29頁~30頁)。
3 視察と観光地訪問との関係
以上の田原弁護士の説明は,視察の前後の私的な立寄りについて,むしろ事務方が「観光」と見られることを避ける方向で厳しく運用していたことをうかがわせる。
この点,視察日程が開示されていた平成27年度までの範囲については,観光地の視察は確認されなかった旨の指摘もある。
1 最高裁判事及び高裁長官の視察日程が開示されていた平成27年度までについていえば,観光地の視察は全くなかったと思います(記憶違いがあるかもしれませんが。)。
2 憲法週間における最高裁判所判事の視察につき,https://t.co/Zzb9vezYOW
3… https://t.co/i6hW0Zyd6y pic.twitter.com/1yTeHaRUsy
— 弁護士 山中理司 (@yamanaka_osaka) June 15, 2025
第5 最高裁判所庁舎の警備と入構方法の不開示
視察の対象である最高裁判所の庁舎については,警備上の理由から,入構方法の具体的な運用が不開示とされている。
令和元年6月13日付の理由説明書には,最高裁判所判事や事務総局の幹部が要人として警備上の配慮を要することを前提に,次の記載がある。
最高裁判所は,我が国唯一の最上級裁判所として裁判手続及び司法行政を行う機関であり,最高裁判所判事や事務総局の各局課館長は,裁判所の重大な職務を担う要人として,襲撃の対象となるおそれが高く,その重大な職務が全うされるように,最高裁判所の庁舎全体に極めて高度なセキュリティを確保する必要がある。そのため,最高裁判所では,各門扉に警備員を配し,一般的に公開されている法廷等の部分を除き,許可のない者の入構を禁止している。
この点,本件対象文書中,原判断において不開示とした部分は,各門における入構方法に関する具体的な運用が記載されており,この情報を公にすると警備レベルの低下を招くことになり,警備事務の適正な遂行に支障を及ぼすことになるから,当該部分は,行政機関情報公開法第5条第6号に定める不開示情報に相当する。
よって,原判断は相当である。
ここで援用されている行政機関情報公開法(行政機関の保有する情報の公開に関する法律)5条6号は,国の機関等が行う事務又は事業に関する情報であって,公にすることにより当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるものを不開示情報とする規定である。
裁判所が保有する司法行政文書の開示は同法の直接の適用を受けるものではないが,最高裁判所の定める取扱いの下で,同条各号に相当する不開示事由が援用されている。

第6 参考——最高裁判所判事の選任と憲法週間
1 最高裁判所判事の選任手続に関する見解
前記の田原弁護士のように,弁護士から最高裁判所判事に任命される者(いわゆる弁護士枠)については,その選任手続をめぐる見解がある。
「司法の可能性と限界と-司法に役割を果たさせるために-」(講演者は31期の井戸謙一)には,次の記載がある(法と民主主義2019年12月号20頁)。
長年、日弁連推薦枠から最高裁判事になった方々は、有能で人格的にも立派な弁護士として、多くの人から尊敬されていた人たちだったと思いますが、最近はそういう人がいないという感じがします。これには最高裁判事の選任手続の問題があると思いますが、これはまたあとで申し上げます。
これは,弁護士枠の最高裁判所判事の選任手続について問題を提起する見解であり,前記の田原弁護士のような弁護士出身の判事による視察の説明とあわせて読むと,弁護士枠の判事の役割や選び方をめぐる議論の一端をうかがうことができる。
2 憲法週間に関する公的情報
憲法週間そのものについては,法務省が「憲法週間を迎えて」を掲載している。
また,各地の裁判所も憲法週間に合わせて記念行事を実施しており,例えば神戸地方裁判所は「憲法週間記念行事」を案内している。
第7 当ブログ掲載の関係資料・関連記事
1 個別の視察に関する開示資料
本ブログでは,本文中で掲載を示した資料のほか,個別の視察に関する開示文書として,次の資料を掲載している。
2 最高裁判所裁判官の人事に関する関連記事
出典・参考資料
1 法令
- 行政機関の保有する情報の公開に関する法律(平成11年法律第42号)5条6号(e-Govで現行条文を確認)
2 公文書
- 最高裁判所情報公開・個人情報保護審査委員会 平成27年度(最情)答申第7号(平成28年2月23日答申)
- 同 平成28年度(最情)答申第31号(平成28年10月24日答申)
- 同 平成27年度(情)答申第2号(平成28年2月18日答申)
- 同 平成28年度(情)答申第14号(平成28年10月24日答申)
- 同 平成28年度(最情)答申第19号(平成28年6月28日答申)
- 平成29年10月17日付の司法行政文書不開示通知書(大阪高裁の平成29年度視察説明資料の廃棄)
- 令和元年6月13日付の理由説明書(最高裁判所の各門における入構方法の不開示に関するもの)
3 文献
- 田原睦夫「最高裁生活を振り返って」金融法務事情1978号6頁~33頁
- 井戸謙一「司法の可能性と限界と-司法に役割を果たさせるために-」法と民主主義2019年12月号20頁
4 ウェブ資料