最高裁判所裁判官の人選には,憲法及び裁判所法が定める手続と,長年の運用によって形成された慣例とがある。
両者を区別するため,本記事では,法令上の任命権者及び任命資格を確認した上で,最高裁判所長官の意見を聴く慣例,出身分野別の構成,選任慣例の形成史,日弁連推薦及び情報公開の限界を整理する。
第1 最高裁判所裁判官の任命制度
1 長官と判事の任命権者
日本国憲法6条2項によれば,最高裁判所長官は,内閣の指名に基づいて天皇が任命する。
これに対し,長官以外の最高裁判所判事は,憲法79条1項に基づいて内閣が任命し,その任免を天皇が認証する(憲法7条5号,裁判所法39条2項及び3項)。したがって,長官については「内閣の指名」と「天皇の任命」,判事については「内閣の任命」と「天皇の認証」を区別する必要がある。
2 任命資格,定年及び国民審査
裁判所法41条1項は,最高裁判所裁判官を,識見が高く,法律の素養がある40歳以上の者から任命すると定める。また,15人中少なくとも10人については,同項所定の裁判官,検察官,弁護士又は大学の法律学の教授等としての職歴及び年数を満たす必要がある。
この規定は,全員に司法試験合格又は司法修習修了を要求するものではない。最高裁判所裁判官の定年は70歳であり(裁判所法50条),任命後初めて行われる衆議院議員総選挙の際に国民審査を受ける(憲法79条2項)。
第2 現在の人数及び出身分野
1 令和8年8月現在の構成
裁判所の現職裁判官一覧によれば,令和8年8月9日現在,最高裁判所は長官1人及び判事14人の合計15人で構成されている。
出身分野別にみると,裁判官出身6人,弁護士出身4人,検察官出身2人,行政官等出身2人及び学識経験者出身1人である。行政官等出身2人を行政官1人及び外交官1人と分ければ,「6・4・2・1・1・1」と整理することもできる。
現職15人の氏名,経歴及び所属小法廷については,最高裁判所裁判官とは|現職15人の一覧・任命・定年・国民審査を参照されたい。
2 出身分野別人数は法定枠ではない
裁判所法が定めるのは15人という総数及び前記の任命資格であり,「裁判官6人,弁護士4人」などの出身分野別人数を固定しているわけではない。
現在の構成は,専門分野の異なる者を最高裁判所に迎えるために歴史的に形成された人事慣例である。そのため,退官者と同じ出身分野の者を後任に充てる例が多いものの,法的に内閣を拘束する枠ではなく,過去には出身分野の振替えも生じている。
第3 公表資料から分かる選任過程
1 最高裁判所長官の意見を聴く慣例
裁判所の公式説明は,内閣が最高裁判所判事を任命する際,慣例により最高裁判所長官の意見を聴いているとする。令和2年11月17日の参議院法務委員会でも,最高裁判所事務総局人事局長が同じ趣旨を説明している。
もっとも,この慣例は憲法又は裁判所法に書かれた手続ではない。法的な指名権又は任命権は内閣にあり,長官の意見がどのような形式で示され,内閣がどの程度これを採用するかは,法令からは決まらない。
2 平成14年の政府説明
司法制度改革推進本部顧問会議に提出された平成14年7月5日付け「最高裁裁判官の任命について」は,当時の一般的な運用を次のように説明している。原資料は官邸旧サイトで公開されていたが,現在はリンク切れであるため,原資料を収録する衆議院憲法調査会資料21頁~22頁により確認できる。
① 内閣は,最高裁判所長官の意見を聴いた上で人選を行う。
② 長官の意見は,一般に,後任者の出身分野,複数の候補者及び最適任と考える候補者に及ぶ。
③ 裁判官,弁護士及び検察官については,主として長官から複数候補者の提示を受ける一方,行政官,外交官等の学識経験者については,原則として内閣官房が候補者を選考する。
④ 内閣総理大臣の判断を経て閣議決定し,内定後の官房長官記者会見で可能な範囲の説明を行うが,候補者を含む具体的な人選過程は公表しない。
これは,平成14年当時の運用を説明した資料であり,現在の選任手続を定める法令又は規則ではない。現在も長官の意見を聴く慣例があることは公式資料で確認できるが,それ以外の細部まで同じ運用が維持されているかは,公表資料だけでは確認できない。
3 給源別の人選
裁判官出身者については,高等裁判所長官等の要職経験者が有力な給源となってきた。しかし,これは典型的な経歴を示すものであり,裁判所法41条とは別の人事慣例である。
弁護士出身者については,日弁連による候補者推薦の仕組みが運用されてきた。検察官出身者については法務省・検察側の選考を経た候補者が推薦されると説明されてきたが,いずれも現在の具体的な候補者名簿及び評価内容は公表されていない。
行政官,外交官等については,平成14年資料が内閣官房による選考を説明している。大学教授出身者については,宇賀克也『管見 最高裁判所』7頁~10頁及び72頁が,公募への応募ではなく本人に直接打診があったという著者自身の経験を記している。ただし,この経験から他の時期又は他の出身分野の人選方法まで一般化することはできない。
4 閣議決定,任命及び認証
最高裁判所判事の人事は閣議で決定され,その後,天皇による認証を経て発令される。例えば,宇賀克也『管見 最高裁判所』7頁~10頁は,平成31年2月22日の閣議決定と同年3月20日の認証式との間に,大学退職及び事務引継ぎの準備が進められた経過を記している。
閣議決定と認証の日が異なる例があるため,閣議案件の公表日を直ちに就任日と扱うべきではない。個別の手続資料については,最高裁判所長官任命の閣議書及び最高裁判所判事任命の閣議書を参照されたい。
第4 選任慣例の形成史と例外
1 昭和22年の裁判官任命諮問委員会
制定時の裁判所法39条4項は,内閣が最高裁判所裁判官を指名又は任命する際,裁判官任命諮問委員会に諮問する制度を置いていた。最初の最高裁判所裁判官15人は,同委員会が答申した候補者から選ばれた。
国立公文書館デジタルアーカイブには,候補者の選考関係文書,閣議関係書類及び昭和22年6月5日の内閣総理大臣声明が保存されている。例えば,最高裁判所裁判官の任命資格者に関する昭和22年文書を,裁判官任命諮問委員会書類の一部として確認できる。この諮問制度は昭和23年1月に廃止されたため,現在の長官意見慣例の法的根拠ではない。
制度の経緯及び関係資料については,最高裁判所発足時の裁判官任命諮問委員会も参照されたい。
2 長官意見慣例及び出身分野枠の形成
佐藤駿丞「最高裁判所裁判官の選任に関する慣行の成立時期」政治経済学研究論集11号41頁~60頁(令和4年)は,昭和24年から昭和48年までの選任を検討し,昭和38年の人事を契機として,長官の意見又は推薦を尊重する慣例が成立したとする。したがって,昭和23年の諮問委員会廃止直後から,現在と同じ慣例が完成していたと説明するのは正確でない。
また,同「最高裁判所裁判官の選任における出身分野枠の変更に関する一考察」政治経済学研究論集12号55頁~75頁(令和5年)は,発足時の裁判官・弁護士・学識経験者各5人という構成から,28件の出身分野変更を経て現在に近い構成が形成されたとする。「裁判官6人・弁護士4人・学識経験者5人」という大区分は昭和43年に初めて現れ,昭和46年以降,少数の例外を除いて維持されてきたとの分析である。
3 長官意見及び給源組織の推薦は絶対ではない
泉徳治ほか『一歩前へ出る司法』(日本評論社,平成29年)157頁~159頁は,内閣総理大臣が長官から複数候補者及び優先順位を含む意見を聴き,従来はこれを尊重してきたという経験的な説明を収録する。
他方,佐藤駿丞「内閣は最高裁判所裁判官の指名・任命をめぐる慣行を尊重してきたか」政治経済学研究論集9号61頁~82頁(令和3年)は,昭和44年から昭和54年3月までの28件を調査し,最高裁判所又は日弁連の意向どおりにならなかった事例を特定する。
さらに,同「Cabinet rejection of Supreme Court candidates in Japan」(令和7年)は,昭和24年から令和6年までの任命192件を調査し,推薦候補者を採用しなかった事例21件及び給源組織の反対意見どおりにならなかった事例4件を特定する。この研究は新聞,回顧録及び聞き取り等の公表・収集資料による実証研究であり,非公表の人事記録そのものではないが,長官の意見及び給源組織の推薦が内閣を法的に拘束しないことを歴史的に示している。
第5 日弁連推薦と情報公開
1 日弁連の候補者推薦
日弁連が弁護士出身の最高裁判所裁判官候補者を推薦する仕組みは,公刊資料及び旧運用基準で確認できる。公開保存されている平成21年制定・平成22年改正の運用基準では,推薦諮問委員会への諮問,弁護士会及び会員による第一次推薦,候補者の面接及び調査,推薦候補者の選考並びに会長から理事会への報告という手続が定められていた。
もっとも,現行運用基準及びその後の改正履歴は公開資料から確認できず,第一次推薦に必要な会員数についても,旧運用基準と近年の書籍の記述が一致しない。このため,本記事では現行の人数要件を確定的に記載しない。
個別人事については,日弁連推薦の有無を公開資料から確認できない場合がある。日弁連推薦以外の弁護士が最高裁判所判事に就任した事例及び弁護士出身の最高裁判所裁判官の氏名の推移も,この限界を踏まえて読む必要がある。
2 情報公開答申から分かること
平成28年度(最情)答申第10号は,最高裁判所が日弁連,法務省又は検察庁に推薦を依頼する際の授受文書を定めた文書について,作成又は取得していないとする判断を妥当とした。これは一般的な文書授受の方法を定めた文書の不存在を判断したものであり,個々の人事に関する文書が一切存在しないと判断したものではない。
平成29年度(最情)答申第53号及び同第54号は,特定の人事について最高裁判所が日弁連に行った説明内容,又は内閣に提示した候補者数及び日弁連推薦の有無が分かる文書について,存否応答拒否を妥当とした。存否応答拒否は,対象文書が不存在であるという判断ではなく,存在するか否か自体を明らかにしない判断である。
平成30年度(最情)答申第54号は,履歴書等の文書特定,身上調査資料の存否応答拒否及びその他の文書の不存在を区別して扱っている。同答申は対象となった判事の氏名を公表していないため,公開情報を組み合わせて特定人を推測することは,答申の認定内容を超える。
第6 選任過程の透明性
1 司法制度改革審議会及び法曹制度検討会
平成13年6月12日の司法制度改革審議会意見書は,最高裁判所裁判官の地位の重要性に配慮しつつ,選任過程の透明性及び客観性を確保するための適切な措置を検討すべきであるとした。
その後の法曹制度検討会では,任命諮問委員会,選考基準の公表,国会の関与,候補者に関する情報収集等について複数の立場から議論された。平成14年8月6日付け議事整理メモは賛否を併記した資料であり,諮問委員会を設置するという単一の結論を示したものではない。
2 現在公表される情報の範囲
令和7年の2月14日,6月6日及び12月23日の閣議案件では,最高裁判所判事を任命する旨,氏名及び当時の役職が公表された。他方,候補者の人数,比較評価,長官意見の内容及び選考理由は公表されていない。
下級裁判所裁判官については,平成15年に下級裁判所裁判官指名諮問委員会が設置され,議事要旨等が公表されている。最高裁判所裁判官については,これに相当する常設の公的諮問委員会は設置されておらず,両者を混同してはならない。
第7 諸外国の最高裁判所裁判官選任制度
平成14年に政府が作成した諸外国等の制度一覧表は当時の比較資料であり,現在の制度を説明するには各国の公式資料による更新が必要である。主要国の現行制度は次のように整理できる。
① 英国では,欠員ごとに独立した選考委員会を設け,応募,候補者評価及び選考を行う。大法官は,法定の限られた理由により選考結果の受入れ,再検討又は拒否を判断する(英国最高裁判所の説明)。
② カナダでは,独立かつ非党派的な諮問委員会が,応募者を実績に基づいて審査し,拘束力のない候補者名簿を首相に提出する(カナダ連邦司法事務局の説明)。
③ 米国では,大統領が候補者を指名し,上院が助言と同意を行う(米国上院の説明)。
④ ドイツ連邦憲法裁判所の裁判官16人は,半数を連邦議会,半数を連邦参議院が選出し,選出には3分の2の多数を要する(ドイツ連邦憲法裁判所の説明)。
各国の制度は,統治機構及び裁判所の権限を異にするため,一部分だけを切り離して優劣を論じることはできない。ただし,日本の制度を検討する際,独立委員会,応募制,候補者評価の公表又は議会審査など,透明性を確保する手段が複数存在することを示している。
第8 整理
最高裁判所長官は内閣の指名に基づいて天皇が任命し,最高裁判所判事は内閣が任命して天皇が認証する。長官の意見を聴くこと及び出身分野別の構成は重要な人事慣例であるが,法定手続又は法定定数ではない。
公表資料からは,長官が複数候補者等について意見を述べるという平成14年当時の政府説明,給源別推薦の存在及び閣議決定後の外形的手続を確認できる。他方,現在の候補者名簿,評価基準,推薦順位及び個別の選考理由は公表されておらず,情報公開答申も文書不存在と存否応答拒否とを区別して読む必要がある。
第9 関連記事
① 最高裁判所裁判官とは|現職15人の一覧・任命・定年・国民審査
第10 出典・参考資料
1 法令・公的資料
⑤ 司法制度改革推進本部顧問会議「最高裁裁判官の任命について」(平成14年7月5日,原資料を収録する衆議院憲法調査会資料21頁~22頁)
⑥ 第203回国会参議院法務委員会第2号(令和2年11月17日)
⑦ 平成28年度(最情)答申第10号,平成29年度(最情)答申第53号,同第54号及び平成30年度(最情)答申第54号
⑧ 司法制度改革審議会意見書(平成13年6月12日)及び法曹制度検討会議事整理メモ(平成14年8月6日)
⑨ 国立公文書館デジタルアーカイブ「日本国憲法施行の日において最高裁判所の裁判官の任命資格を有する者」(昭和22年)
2 書籍・論文
① 宇賀克也『管見 最高裁判所』(有斐閣,令和8年)7頁~10頁及び69頁~77頁
② 泉徳治・渡辺康行・山元一・新村とわ『一歩前へ出る司法』(日本評論社,平成29年)157頁~159頁及び339頁~346頁
③ 渡辺康行・宍戸常寿・松本和彦・工藤達朗『憲法Ⅱ 総論・統治〔第2版〕』(日本評論社,令和7年)325頁
④ 佐藤駿丞「内閣は最高裁判所裁判官の指名・任命をめぐる慣行を尊重してきたか」政治経済学研究論集9号61頁~82頁(令和3年)
⑤ 佐藤駿丞「最高裁判所裁判官の選任に関する慣行の成立時期」政治経済学研究論集11号41頁~60頁(令和4年)
⑥ 佐藤駿丞「最高裁判所裁判官の選任における出身分野枠の変更に関する一考察」政治経済学研究論集12号55頁~75頁(令和5年)
⑦ 佐藤駿丞「Cabinet rejection of Supreme Court candidates in Japan」Japanese Journal of Political Science 1頁~19頁(令和7年)
3 外国の公式資料
① 英国最高裁判所「Appointment of Justices」