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(AI作成)法律書デジタル図書館をめぐる著作権侵害訴訟に関する専門的見解

本ブログ記事は主としてAIで作成したものです。

第1 はじめに
第2 本件訴訟の概要と背景
第3 争点ごとの判断
争点1:被告図書館は、著作権法第31条が保護の対象とする「図書館等」に実質的に該当するか。
争点2:被告図書館の事業は、同条が要件とする「営利を目的としない事業」と言えるか。
争点3:被告図書館のサービスは、「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」に該当しないか。
争点4:被告図書館は、「特定図書館等」として求められる適正な運用体制を具備しているか。
第4 総括
第5 参照資料
第6 AIによるファクトチェック結果

* 文化庁HPの「著作権法の一部を改正する法律 御説明資料(条文入り)」7頁ないし14頁に「② 図書館等による図書館資料のメール送信等」(令和5年6月1日施行部分)に関する解説が載っています。

第1 はじめに

2025年10月15日、株式会社有斐閣、第一法規株式会社、株式会社商事法務をはじめとする著作権者・出版権者は、一般社団法人法律書デジタル図書館(以下「被告図書館」といいます。)に対し、著作権及び出版権の侵害を理由として、サービスの差止めと損害賠償を求める訴訟を東京地方裁判所に提起しました。

本件は、令和3年の著作権法改正によって創設された「図書館等公衆送信サービス」の制度趣旨や適用範囲の解釈が問われる、我が国で初めての本格的な司法判断の機会となるものです。

本稿では、図書館実務にも精通した公平中立な著作権法の専門家として、公開されている資料に基づき、本件訴訟における主要な争点を整理し、双方の主張を比較検討した上で、法的な論点について専門的な論評を行います。

第2 本件訴訟の概要と背景

本件訴訟の根底には、令和3年改正著作権法で認められた図書館等による著作物の一部分の公衆送信(いわゆるメール送信やFAX送信)を可能とする権利制限規定(著作権法第31条第2項)の解釈があります。この制度は、利用者の調査研究を支援するため、図書館に来館せずとも資料の一部を入手できるという利便性の向上を目的としていますが、同時に、著作権者や出版社の経済的利益を不当に害することのないよう、厳格な要件が課されています。

原告である出版社側は、被告図書館のサービスが、この制度の要件を満たしておらず、単に「図書館」を名乗ることで、権利者の許諾なく大量の法律専門書を電子的に送信する違法な事業であると主張しています。

一方、被告図書館側は、自らのサービスが著作権法に基づき適法に運営されているものであり、著作権侵害は一切存在しないと反論しています。

以下、本件訴訟における主要な4つの争点について、双方の主張を整理し、専門的な見地から論評を加えます。


争点1:被告図書館は、著作権法第31条が保護の対象とする「図書館等」に実質的に該当するか。

1 争点の内容

著作権法第31条が定める複製・公衆送信の権利制限規定は、その主体を「図書館等」に限定しています。これは、図書館が有する公共的・非営利的な奉仕機能に着目した例外規定だからです。
したがって、被告図書館が形式的に「図書館」を名乗っているだけでなく、その実態においても法が想定する「図書館等」としての公共性を備えているかが、本件の根本的な争点となります。

2 原告側(出版社等)の主張

原告側のプレスリリースからは、被告図書館が「図書館等公衆送信制度」を適用されるためだけに「図書館」という形式を整えたに過ぎず、その実態は公共的な図書館とはかけ離れたものである、という主張が読み取れます。

具体的には、「図書館の公共的使命とはかけ離れた」「同制度を悪用し」といった表現から、被告が図書館法に定める「私立図書館」としての形式を整えているとしても、その設立経緯や事業内容が、国民の知る権利に応えるという図書館本来の公共的使命とは相容れないものであると問題提起しているものと考えられます。特に、後述する営利企業との一体性が、その公共性を欠くことの大きな根拠となると予想されます。

3 被告側(法律書デジタル図書館)の主張

被告図書館は、プレスリリースにおいて、自らが「図書館法2条が定める『私立図書館』として開館し、法律の専門図書館として利用者の調査・研究を支援している」と明確に主張しています。

また、「2万冊を超える法律専門書・雑誌を蔵書資料として備え、蔵書閲覧の他」「公衆送信サービス等を提供しています」と述べており、図書館としての物的設備(蔵書)や基本的なサービス(閲覧)を備えていることを強調し、法的な「図書館」の定義を満たしていると反論しています。

4 AI専門家としての論評

本争点における判断の鍵は、形式的な適法性だけでなく、実質的な公共性の具備にあると考えられます。

被告図書館が主張するように、図書館法上の「私立図書館」としての届出を行い、一定数の蔵書を保有し、閲覧スペースを提供していれば、形式的な要件は満たしていると評価されるかもしれません。著作権法施行令第1条の3は、権利制限の対象となる図書館等を列挙しており、その中には図書館法に定める図書館が含まれています。

しかしながら、著作権法第31条の制度趣旨は、文化審議会の報告書にもある通り、「図書館等の果たすべき公共的奉仕機能」に着目したものです。したがって、裁判所は、単に形式的な要件を満たしているか否かにとどまらず、被告図書館の設立目的、運営実態、事業の性格などを総合的に勘案し、公共的奉仕機能を担う主体としてふさわしいかを実質的に判断するでしょう。

この点において、原告側が指摘するであろう、特定の営利企業(株式会社サピエンス社)との密接な関係は、被告図書館の公共性を判断する上で極めて重要な要素となります。もし、被告図書館の存在が、特定の営利企業の事業を補完し、その利益を増大させることを主たる目的としていると認定されれば、たとえ形式上は図書館であっても、著作権法第31条が想定する「図書館等」には該当しない、と判断される可能性は十分にあります。

結論として、被告図書館が物理的な施設や蔵書を備えているという主張は一定の根拠を持つものの、その設立経緯や事業全体の構造から「公共的奉仕機能」という実質を欠くと判断された場合、原告側の主張に説得力があると評価されるでしょう。


争点2:被告図書館の事業は、同条が要件とする「営利を目的としない事業」と言えるか。

1 争点の内容

著作権法第31条に基づく複製・公衆送信サービスは、「営利を目的としない事業として」行われることが厳格に求められています。
これは、権利者に経済的損失を与えかねない例外的な行為を認める以上、それが利益追求の手段として用いられることを防ぐための重要な要件です。

2 原告側(出版社等)の主張

原告側は、被告図書館の事業が実質的に営利目的であると強く主張しています。その根拠として、以下の点を挙げています。

  • 被告図書館の代表者である高田龍太郎氏は、株式会社サピエンス社(以下「サピエンス社」といいます。)の代表者も兼務している。
  • 被告図書館は、サピエンス社からの資金拠出により設立された。
  • 被告図書館のサービスと、サピエンス社が提供するサービス「LION BOLT」は酷似しており、実質的に連携している。
  • 当初「LION BOLT Prime」と称して計画されていたサービスが、出版社からの警告を受けて中止を表明した後、形式を変えて被告図書館のサービスとして開始された経緯がある。

これらの事実から、原告側は、被告図書館が一般社団法人という非営利法人の形式をとりながらも、その実態はサピエンス社の営利活動と一体であり、著作権法の権利制限規定を営利事業のために悪用している、と結論付けています。

3 被告側(法律書デジタル図書館)の主張

被告側のプレスリリースには、この点に関する直接的な反論は詳述されていません。しかし、被告が「一般社団法人」として設立されている事実を強調し、提供するサービス自体から直接的な利益を上げていない、あるいは会費等が実費弁償的な範囲にとどまる、といった主張を行うことが予想されます。

また、サピエンス社との関係については、現在は被告単独で実施するサービスであり、形式的には分離されていると主張するものと考えられます。

4 AI専門家としての論評

本争点においては、事業の形式ではなく、その実質的な性格と構造が問われます。

「営利を目的としない」という要件は、単に当該事業から直接利益を上げていないというだけでは足りず、事業全体の構造が利益追求を目的としていないことが求められます。判例上も、間接的にでも特定の営利事業者の利益に貢献するような活動は、営利目的と判断される傾向にあります。

原告側が指摘する、①代表者の同一性、②設立資金の出所、③事業内容の類似性と連携性、④サービス開始に至る経緯、という4つの点は、被告図書館の事業がサピエンス社の営利事業と不可分の一体をなしていることを強く示唆するものです。

特に、サピエンス社という営利企業が資金を拠出して非営利法人である被告図書館を設立し、両法人の代表者が同一人物であり、かつ両者が類似のサービスを提供しているという構造は、被告図書館の活動がサピエンス社の事業価値を高め、間接的にその利益に貢献することを目的としている、と評価される可能性が極めて高いと言わざるを得ません。

仮に被告図書館が会費を徴収している場合、その金額が図書館の維持運営に必要な実費を大幅に超えるものであれば、それ自体が営利性を帯びることになります。そうでなくとも、被告図書館のサービスがサピエンス社の営利サービスへの顧客誘引として機能しているならば、事業全体として営利性を否定することは困難でしょう。

結論として、被告側が形式的な非営利性を主張したとしても、原告側が挙げる具体的な事実関係が証明された場合、裁判所は事業の実態を重視し、「営利を目的としない事業」という要件を欠くと判断する公算が大きく、原告側の主張に強い説得力が認められます。


争点3:被告図書館のサービスは、「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」に該当しないか。

1 争点の内容

令和3年改正法では、公衆送信サービスを認めるにあたり、権利者保護の観点から極めて重要なセーフガード規定が設けられました。それが著作権法第31条第2項のただし書です。
これは、たとえ他の要件をすべて満たしていても、「当該著作物の種類及び用途並びに当該特定図書館等が行う公衆送信の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合」には、公衆送信を行うことができない、とするものです。

2 原告側(出版社等)の主張

原告側は、被告図書館のサービスがまさにこの「ただし書」に該当し、違法であると主張しています。その論拠は以下の通りです。

  • 被告図書館が扱う法律専門書は、まさに電子書籍やデータベースといった形で、出版社が正規の商業的利用市場を形成・拡大しようとしている分野である。
  • 被告のサービスは、極めて多数の法律文献を網羅的に対象とし、「検索後即時に送信する」という高い利便性を有している。
  • このようなサービスは、利用者が正規の電子書籍等を購入・利用する必要性を低下させ、出版社のビジネスと直接競合(カニバリゼーション)する。
  • 結果として、著作権者の正当な利益が不当に害されるだけでなく、専門書の出版文化そのものの存立を危うくする。

すなわち、被告のサービスは、図書館による公共的な資料提供という補完的な役割を逸脱し、正規市場を代替・破壊するものである、というのが原告側の核心的な主張です。

3 被告側(法律書デジタル図書館)の主張

被告側は、この点についても直接の反論をプレスリリースで示していませんが、訴訟においては、以下のような主張を展開すると考えられます。

  • サービスは、著作権法及び関係者協議会が定めたガイドラインに準拠し、「著作物の一部分」の提供に限定されている。
  • 利用目的も「調査研究の用」に限定しており、正規の市場で書籍全体を購入する需要とは競合しない。
  • 被告図書館のサービスは、むしろ入手が困難になった過去の文献へのアクセスを保障するものであり、公共の利益に資する。

これらの主張を通じて、自らのサービスは限定的であり、著作権者の利益を「不当に」害するレベルには至らないと反論することが予想されます。

4 AI専門家としての論評

この「ただし書」の解釈と適用は、本件訴訟の最大の核心であり、今後の図書館等公衆送信サービスのあり方を方向付ける極めて重要な判断となります。

文化庁の解説資料や文化審議会の報告書によれば、この規定は、特に電子配信サービスなどの正規の市場と競合する事態を想定して設けられたものです。判断にあたっては、「著作物の種類・用途」と「公衆送信の態様」が総合的に考慮されます。

本件をこの基準に照らすと、原告側の主張に強い説得力があると考えられます。

  • 著作物の種類・用途: 被告が対象とする法律専門書は、高価であり、かつ部分的な参照・引用のニーズが高いという特性があります。まさに、出版社がチャプター単位での販売やデータベースサービスといった電子的な市場を開拓しようとしている分野であり、正規市場との競合が生じやすい「種類」の著作物です。
  • 公衆送信の態様: 原告側が主張するように、多数の文献を網羅し、「検索後即時に送信」するというサービス態様は、利用者の利便性が非常に高い反面、正規市場への代替性が極めて高いと言えます。利用者は、必要な部分を即座に入手できるため、電子書籍を購入したり、有料データベースを契約したりするインセンティブが著しく削がれる可能性があります。

文化審議会の報告書では、権利者の利益を不当に害する場合の例として、まさに「電子配信されている高額な新刊本で一章単位でも有償提供されているものを、その配信開始と同時に図書館等からも一章単位で公衆送信する場合」が念頭に置かれていました。被告図書館のサービスは、これに類似する、あるいはそれ以上に市場への影響が大きい態様であると評価される可能性が高いでしょう。

被告側が主張するであろう「一部分」の提供という点も、法律専門書においては、一つの判例評釈や論文がそれ自体で独立した価値を持つことが多く、「一部分」であっても利用者の需要を十分に満たし、正規の購入を不要にしてしまう効果を持ち得ます。

したがって、被告図書館のサービスモデルは、図書館による補完的な資料提供という制度の趣旨を逸脱し、正規市場と正面から競合するものであると判断され、「著作権者の利益を不当に害する」場合に該当する可能性が極めて高いと考えられます。


争点4:被告図書館は、「特定図書館等」として求められる適正な運用体制を具備しているか。

1 争点の内容

公衆送信サービスを実施できるのは、法第31条第1項に定める「図書館等」の中でも、さらに同条第3項の厳格な要件を満たした「特定図書館等」に限られます。
これには、責任者の設置、職員への研修、利用者情報の適切な管理、データの目的外利用を防止・抑止するための措置などが含まれます。
これは、電子データが容易に複製・拡散され得るというリスクに対応し、制度の適正な運用を担保するための重要な要件です。

2 原告側(出版社等)の主張

原告側は、被告の「制度を悪用」しているという主張の中に、これらの適正な運用体制が実質的に具備されていないという批判を含んでいると考えられます。

形式的には責任者を置き、内部規程を作成しているとしても、その実態が伴っておらず、特にデータの不正拡散を防止するための実効的な管理体制が構築されているかについて、強い疑問を呈しているものと推察されます。争点2で指摘したサピエンス社との一体性も、独立したガバナンスや適切な利用者情報管理が機能しているのかという疑念につながります。

3 被告側(法律書デジタル図書館)の主張

被告図書館は、プレスリリースで「一般社団法人図書等公衆送信補償金管理協会(SARLIB) に登録の上、著作権法31条3項が定める『特定図書館等』として」サービスを提供していると主張しています。

SARLIBへの登録は、特定図書館等としての要件を満たしていることを自己申告し、受理されたことを意味します。また、「著作権法に精通した複数の弁護士や研究者に相談し、さらには、文化庁著作権課や SARLIBにも適宜説明や協議を行った上で、法的懸念がないよう、慎重に準備を進めてまいりました」と述べており、専門家の助言や関係機関との対話を経て、適法な運用体制を構築したと強く主張しています。

4 AI専門家としての論評

本争点は、被告図書館の内部的な運用体制という、外部からは見えにくい事実関係の認定が中心となります。

被告側が主張するSARLIBへの登録は、自らが特定図書館等の要件を満たしていると認識し、手続きを踏んだことを示すものではありますが、それ自体が要件充足を法的に確定させるものではありません。訴訟においては、SARLIBへの登録の有無にかかわらず、法が定める各要件(責任者の実質的な権限、研修の内容と実効性、利用者情報の管理体制、データの拡散防止措置の具体的内容と有効性など)を実質的に満たしているかが、証拠に基づいて厳格に審査されます。

「図書館等における複製及び公衆送信ガイドライン」では、これらの要件について、利用規約に定めるべき事項や、送信する電子ファイルに講じるべき措置(利用者IDの挿入等)など、具体的な指針が示されています。被告図書館がこれらのガイドラインを遵守しているかが一つの基準となります。

しかし、より本質的には、これらの措置が単なる形式的な具備にとどまらず、制度趣旨に照らして実効的に機能しているかが問われます。例えば、利用者情報の管理について、サピエンス社の営利事業と個人情報が共有されるようなことがあれば、適切な管理とは言えません。また、外部事業者に事務処理を委託している場合、ガイドラインが求めるように、図書館等が当該事業者に対して十分な監督権限を有し、法令遵守を徹底させているかが問われます。

被告側は専門家や関係機関への相談を挙げていますが、最終的な法的責任は被告図書館自身が負うものであり、それらの相談をもって適法性が保証されるわけではありません。

結論として、本争点は具体的な事実認定に委ねられる部分が大きいですが、他の争点、特にサピエンス社との一体性が認定された場合、特定図書館等として求められる独立したガバナンスや厳格な情報管理体制が実質的に機能しているのかについて、裁判所は強い疑念を抱く可能性があります。形式的な体制整備の主張だけでは、原告側の懸念を払拭するのは容易ではないでしょう。


第4 総括

本件訴訟は、デジタル・ネットワーク時代における知のアクセスと、それを支える創作・出版文化の維持という、二つの重要な価値の調和点をどこに見出すべきかという、現代社会が直面する根源的な問いを司法の場で問うものです。

これまでの分析を踏まえると、被告図書館の事業モデルは、著作権法第31条が定める「図書館等」「営利を目的としない事業」「著作権者の利益を不当に害しない」といった複数の重要な要件において、その適合性に重大な疑義があると言わざるを得ません。特に、特定の営利企業との一体性、そして正規の商業市場との直接的な競合という点は、図書館等公衆送信サービスという制度の趣旨から逸脱していると判断される可能性が高いと考えられます。

もちろん、最終的な判断は、法廷で提示される具体的な証拠に基づき、裁判所によって下されます。しかし、本件が、単なる一事業者と出版社の間の紛争にとどまらず、令和3年改正法の理念を社会に正しく根付かせるための試金石となることは間違いありません。

この訴訟を通じて、図書館による公共的な情報提供の重要性を再認識すると同時に、その活動が、新たな知を生み出す著作者や出版社の持続可能な経済的基盤を損なうものであってはならない、という原則が確認されることが期待されます。そして、出版社側もまた、利用者のデジタル環境における利便性向上のニーズに真摯に向き合い、より魅力的なサービスの開発を加速させることが、出版文化の未来にとって不可欠であると言えるでしょう。

本件の司法判断は、今後の図書館サービス、出版ビジネス、そして我が国の知のインフラ全体のあり方に、大きな影響を与えるものと確信しています。

第5 AIの参照資料

第6 AIによるファクトチェック結果

公平中立な専門家として,ご提示いただいた文書「法律書デジタル図書館をめぐる著作権侵害訴訟に関する専門的見解」について,著作権法及び関連制度に関する事実関係の記述を対象にファクトチェックを実施しました。

検証は,文書の記述と,根拠として提供された5つのPDF資料(文化庁作成の解説資料,文化審議会報告書,関係者協議会ガイドライン,及び訴訟当事者のプレスリリース)との照合によって行いました。以下にその結果をテーブル形式で示します。

なお,本ファクトチェックは,文書に記載された法制度等に関する客観的な事実の正確性を検証するものであり,文書全体の論評や意見の妥当性を評価するものではありません。また,訴訟の具体的な経緯や当事者間の主張内容そのものは検証の対象から除外し,あくまでその背景となる著作権制度に関する記述を対象としています。

番号検証事実結果判断根拠
1令和3年の著作権法改正によって「図書館等公衆送信サービス」が創設された。真実文化庁資料は,令和3年改正法が「図書館等が著作物等の公衆送信等を行うことができるようにするための規定を整備する」ものであると解説している。審議会報告書及びガイドラインも,この制度が令和3年改正によるものであると言及している。
2図書館等公衆送信サービスは,著作権法第31条第2項に規定されている。真実文化庁資料の条文解説において,新法第31条第2項として「各図書館等による図書館資料の公衆送信」の規定が詳細に説明されている。ガイドラインも法第31条第2項に基づくサービスであると明記している。
3図書館等公衆送信サービスは,図書館等による著作物の一部分の公衆送信を可能とする権利制限規定である。真実文化庁資料では,新法第31条第2項の対象が原則として「公表された著作物の一部分」であると解説されている。審議会報告書及びガイドラインも,同様の記載をしている。
4ここでいう公衆送信には,メール送信やFAX送信が含まれる。真実文化庁資料では,公衆送信の具体例として「メールやFAXなどで送信」することが挙げられている。審議会報告書でも「FAXやメール等による送信」と言及されている。
5この制度の目的は,利用者の調査研究を支援することである。真実新法第31条第2項の条文には,サービスの目的が「その調査研究の用に供するため」と明記されている。文化庁資料,審議会報告書,ガイドラインのいずれにおいても,この目的が繰り返し強調されている。
6この制度は,利用者が図書館に来館せずとも資料の一部を入手できる利便性の向上を目的の一つとしている。真実審議会報告書は,制度創設の背景として「遠隔地から資料のコピーを入手しようとする場合」の課題を挙げ,デジタル・ネットワーク技術の活用による利便性向上を求めている。文化庁資料も同様の趣旨を解説している。
7制度の適用には,著作権者や出版社の経済的利益を不当に害することのないよう,厳格な要件が課されている。真実文化庁資料及び審議会報告書は,権利者保護の観点から,送信主体の限定,ただし書による利用制限,補償金制度の導入といった厳格な要件を設けていることを詳細に説明している。
8著作権法第31条が定める権利制限規定は,その主体を「図書館等」に限定している。真実著作権法第31条第1項の条文において,主体が「国立国会図書館及び図書,記録その他の資料を公衆の利用に供することを目的とする図書館その他の施設で政令で定めるもの(図書館等)」と定義されている。
9この権利制限は,図書館が有する公共的・非営利的な奉仕機能に着目した例外規定である。真実文化庁資料は,法第31条が「図書館等の果たすべき公共的奉仕機能に着目した権利制限規定」であると解説している。審議会報告書も同様の趣旨を述べている。
10権利制限の対象となる「図書館等」の具体的な範囲は,著作権法施行令第1条の3に定められている。真実文化庁資料は,政令で定める図書館等として施行令第1条の3を引用し,その内容を解説している。審議会報告書の付属資料にも,同条文が掲載されている。
11著作権法施行令で定められた「図書館等」には,図書館法に定める図書館が含まれる。真実著作権法施行令第1条の3第1項第1号には「図書館法第二条第一項の図書館」が明記されている。審議会報告書の付属資料でも確認できる。
12図書館等における複製・公衆送信サービスは,「営利を目的としない事業として」行われることが要件である。真実著作権法第31条第1項及び第2項の条文に「その営利を目的としない事業として」と明確に規定されている。文化庁資料,審議会報告書,ガイドラインのすべてがこの要件に言及している。
13公衆送信サービスを認めるにあたり,権利者保護の観点からセーフガード規定として著作権法第31条第2項にただし書が設けられた。真実文化庁資料は,新法第31条第2項の解説において「著作権者の利益を不当に害することとなる場合の制限」としてただし書の存在と趣旨を説明している。審議会報告書では,このただし書の導入経緯が詳細に議論されている。
14このただし書は,「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」には公衆送信ができないとするものである。真実新法第31条第2項の条文に「ただし,…著作権者の利益を不当に害することとなる場合は,この限りでない。」と規定されている。文化庁資料及び審議会報告書も条文を引用して解説している。
15「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」に該当するか否かは,「当該著作物の種類及び用途並びに当該特定図書館等が行う公衆送信の態様」に照らして判断される。真実新法第31条第2項のただし書の条文に,判断要素として「当該著作物の種類…及び用途並びに当該特定図書館等が行う公衆送信の態様に照らし」と明記されている。文化庁資料もこの点を解説している。
16ただし書の規定は,特に電子配信サービスなど正規の市場と競合する事態を想定して設けられた。真実審議会報告書は「正規の電子出版等をはじめとする市場,権利者の利益に大きな影響を与え得ることとなる」と指摘し,市場との競合回避をただし書導入の主たる理由として挙げている。文化庁資料も同様の趣旨を説明している。
17文化審議会の報告書では,権利者の利益を不当に害する場合の例として,「電子配信されている高額な新刊本で一章単位でも有償提供されているものを,その配信開始と同時に図書館等からも一章単位で公衆送信する場合」が念頭に置かれていた。真実文化庁資料及び審議会報告書(文化庁資料の引用元)で,まさにこの例が挙げられ,正規の電子配信サービスと競合する事態として解説されている。
18公衆送信サービスを実施できるのは,「図書館等」の中でも,さらに厳格な要件を満たした「特定図書館等」に限られる。真実新法第31条第2項の条文において,行為主体が「特定図書館等」と規定されている。文化庁資料は,「特定図書館等」の要件について詳細に解説している。
19「特定図書館等」の要件は,著作権法第31条第3項に定められている。真実文化庁資料において,新法第31条第3項が「特定図書館等」の定義規定であることが示され,その内容が解説されている。
20「特定図書館等」の要件には,責任者の設置が含まれる。真実新法第31条第3項第1号に「公衆送信に関する業務を適正に実施するための責任者が置かれていること」と規定されている。
21「特定図書館等」の要件には,職員への研修が含まれる。真実新法第31条第3項第2号に「業務に従事する職員に対し,当該業務を適正に実施するための研修を行っていること」と規定されている。
22「特定図書館等」の要件には,利用者情報の適切な管理が含まれる。真実新法第31条第3項第3号に「利用者情報を適切に管理するために必要な措置を講じていること」と規定されている。
23「特定図書館等」の要件には,データの目的外利用を防止・抑止するための措置が含まれる。真実新法第31条第3項第4号に「目的以外の目的のために利用されることを防止し,又は抑止するために必要な措置」を講じることが規定されている。
24公衆送信サービスの利用者は,受け取ったデータを調査研究の用に供するために必要と認められる限度で複製(プリントアウト等)することができる。真実新法第31条第4項に「その調査研究の用に供するために必要と認められる限度において,当該著作物を複製することができる」と規定されている。文化庁資料もこの点を解説している。
25公衆送信サービスを行う場合,特定図書館等の設置者は著作権者に補償金を支払わなければならない。真実新法第31条第5項に「相当な額の補償金を当該著作物の著作権者に支払わなければならない」と規定されている。
26補償金制度は,サービスの実施に伴って権利者が受ける不利益を補償する観点から導入された。真実文化庁資料は「公衆送信サービスの実施に伴って権利者が受ける不利益を補償するという観点から」補償金制度が設けられたと解説している。審議会報告書でも同様の議論がなされている。
27補償金の支払先には,電子出版権を有する出版権者も含まれると解されている。真実審議会報告書は,補償金の受領者として「著作権者と出版権者(法第80条第1項第2号に規定する電子出版権を有する者をいい,登録がなされているかどうかは問わない)の双方を位置づけることが適当である」と提言している。
28補償金の管理・分配は,文化庁長官が指定する単一の指定管理団体(SARLIB)が一元的に行う。真実新法第104条の10の2第1項で,補償金を受ける権利は「指定管理団体」によってのみ行使できるとされている。被告図書館のプレスリリース及びガイドラインで,その団体がSARLIBであることが示されている。
29国立国会図書館は,絶版等の理由で入手困難な資料(絶版等資料)を,一定の要件下で個人の利用者にもインターネット送信できる。真実文化庁資料は,新法第31条第6項から第11項の改正概要として「国立国会図書館による絶版等資料の個人向けのインターネット送信」が可能になったと解説している。
30図書館は,資料の保存のために必要がある場合,著作物を複製することができる。真実著作権法第31条第1項第2号に「図書館資料の保存のため必要がある場合」の複製が認められている。
31図書館は,他の図書館等の求めに応じ,絶版等資料の複製物を提供することができる。真実著作権法第31条第1項第3号に「他の図書館等の求めに応じ,絶版その他これに準ずる理由により一般に入手することが困難な図書館資料の複製物を提供する場合」が規定されている。
32図書館等公衆送信サービスで全部の送信が可能な著作物として,「国等の周知目的資料」が法律で例示されている。真実新法第31条第2項の条文で,「国若しくは地方公共団体の機関…が一般に周知させることを目的として作成し,その著作の名義の下に公表する広報資料,調査統計資料,報告書その他これらに類する著作物」が全部送信可能なものとして挙げられている。
33「発行後相当期間を経過した定期刊行物に掲載された個々の著作物」は,全部の複製・公衆送信が可能となる場合がある。真実新法第31条第1項第1号及び第2項では,全部利用が可能な著作物として政令で定めるものの中に,「発行後相当期間を経過した定期刊行物に掲載された個々の著作物」が含まれることが想定されている。
34「一部分」の解釈について,審議会報告書では「少なくとも半分を超えないものを意味する」との過去の解釈が示されている。真実審議会報告書の注釈67において,「著作権審議会第4小委員会(複写複製関係)報告書(昭和51年9月)」で示された「少なくとも半分を超えないものを意味する」との解釈が紹介されている。
35ガイドラインでは,「一部分」の範囲を「各著作物の2分の1を超えない範囲」と定めている。真実ガイドラインの「5 (3)『一部分』の意義」の項目に,「複写サービス,公衆送信サービスともに,各著作物の2分の1を超えない範囲とします」と明記されている。
36複写サービスにおいては,館内に設置されたコイン式コピー機を利用者自らが操作することも,一定の条件下で許容される。真実ガイドラインの「3 (3)利用者自らの行為」において,「司書又はこれに相当する職員が随時管理監督することができる場合にのみ許容されるものです」と記載されている。
37図書館等が契約しているオンラインの電子ジャーナル等は,公衆送信サービスの対象外である。真実ガイドラインの「2 (3)電子ジャーナル等の取り扱い」において,「複写サービス及び公衆送信サービスの対象外です」と明記されている。
38ガイドラインでは,公衆送信の対象外となる資料として,SARLIBが指定したものや,楽譜,地図,写真集,画集などを例示している。真実ガイドラインの「7 (2)対象外となる資料」の項目に,これらの資料が具体的に列挙されている。
39ガイドラインは,送信データに利用者IDやデータ作成館名などを挿入するよう求めている。真実ガイドラインの「8 (2)送信する電子ファイルに対して講じる措置」において,「全頁ヘッダー部分に利用者 ID…を挿入する」「全頁フッター部分にデータ作成館名,データ作成日を挿入する」と定めている。
40「特定図書館等」の責任者は,館長または館長が指名する職員が務める。真実ガイドラインの「9 (1)責任者」において,「責任者は,図書館等の館長または公衆送信に関する業務の適正な実施に責任を持つ職員のうちから館長が指名する者とします」と規定されている。
41著作権法第31条の権利制限は,利用者が複数回に分けて申請し,結果的に著作物全体を入手するような脱法行為を許容するものではない。真実審議会報告書は「複数回に分けて申請して全文を取得するなどの脱法行為が行われることを懸念する意見」に言及し,図書館等による慎重な精査を求めている。
42公立図書館は,図書館法第17条により,入館料や資料の利用に対する対価を徴収してはならないとされている(無料公開の原則)。真実審議会報告書の付属資料に図書館法第17条の条文が掲載されており,「いかなる対価をも徴収してはならない」と規定されている。
43公衆送信サービスの補償金を利用者に転嫁することは,図書館法の無料公開の原則に反しないと解されている。真実審議会報告書は,補償金が複写サービスの印刷代等と同様に「実費」として捉えられることなどから,「特段の問題は生じないものと考えられる」と述べている。
44令和3年改正法は,放送番組のインターネット同時配信等に係る権利処理の円滑化も内容としている。真実文化庁資料の冒頭で,改正法の主な内容として「図書館等の権利制限規定の見直し」と並んで「放送番組のインターネット上での同時配信等に係る権利処理の円滑化」が挙げられている。
45令和3年改正法による図書館等公衆送信サービスの施行日は,公布の日から起算して2年を超えない範囲内において政令で定める日とされた。真実文化庁資料の「3.施行期日」の項目で,図書館等による図書館資料の公衆送信に関する規定の施行日が「公布の日から起算して2年を超えない範囲内において政令で定める日」と記載されている。
46権利制限規定の対象となる「図書館資料」とは,図書館等が所蔵する図書,記録その他の資料をいう。真実著作権法第31条第1項に,「図書館等の図書,記録その他の資料(…「図書館資料」という。)」と定義されている。
47寄贈された資料であっても,図書館等に所有権があれば「図書館資料」としてサービスの対象となる。真実ガイドラインの「2 (4)寄贈・寄託資料の取り扱い」に,「図書館等にその処分権限がある(所有権がある)寄贈資料は,『図書館資料』に含まれるため,…対象となります」と記載されている。
48サービスの利用申込みにあたり,図書館等は利用者から利用目的を記載した申請書の提出を求めることが推奨されている。真実ガイドラインの「4 制度目的による限定」に,「図書館等はサービスの実施にあたり,利用者に利用目的を記載した申請書の提出を求めるなど…確認することが求められます」とある。
49著作物の単位は,書籍であれば一冊ごと,新聞・雑誌であれば号ごとに判断されるのが原則である。真実ガイドラインの「5 (2)著作物の単位」に,書籍は「書籍一冊ごとに」,新聞・雑誌は「号ごとに」判断する旨が記載されている。
50俳句は1句,短歌は1首をもって一つの著作物として扱われる。真実ガイドラインの「5 (2)〔著作物のジャンルごとの判断基準〕」に,「俳句は1句,短歌は1首をもって,一つの著作物として扱う」と明記されている。
51補償金の要否判断にあたり,発行年が古い著作物については,著作権保護期間が満了しているかどうかの調査が推奨されている。真実ガイドラインの「11 著作権保護期間に関する補償金の要否判断について」に,1967年以前に発行された資料について,主たる著作者の没年を調査する基準が示されている。
52図書館等は,外部事業者に複製や送信の事務処理を委託することができる。真実ガイドラインの「3 (2)外部事業者への委託」において,「事務処理の全部または一部を,図書館等は外部事業者に委託することが可能です」と記載されている。ただし,図書館等の監督下で行う必要がある。

(AI作成)外科手術における麻酔の歴史

以下の文書はAIで作成したものであって,私自身の手控えとするためにブログに掲載しているものです。
また,末尾掲載のAIによるファクトチェック結果によれば,記載内容はすべて「真実」であるとのことです。

目次
はじめに:麻酔なき手術という絶望
第1章:麻酔前夜 ― 苦痛との永き闘い
第2章:近代麻酔の黎明 ― 化学の進歩がもたらした革命
第3章:麻酔の科学的探求と技術革新
第4章:麻酔科学の確立と現代への飛躍
第5章:現代麻酔と未来への展望
おわりに:歴史に学ぶということ

はじめに:麻酔なき手術という絶望

皆さんがこれから目指す医療の世界では、手術は日常的な光景です。患者さんは静かに眠り、痛みを感じることなく、外科医は冷静かつ精密に病巣を取り除いていきます。この「当たり前」がいかに尊く、そして血のにじむような努力の末に勝ち取られたものであるか、想像したことはありますか。

「手術(surgery)」という言葉の語源は、ラテン語の「chirurgia」、すなわち「手(cheir)の仕事(ergon)」に由来します。かつて外科医に最も求められた資質は、知識や繊細さ以上に、圧倒的な腕力とスピードでした。麻酔が存在しなかった時代、手術は意識のある患者さんを押さえつけ、絶叫が響き渡る中で行われる、壮絶な「戦闘」だったのです。患者は術中の激痛でショック死することもあれば、幸いにして生き延びても、その恐怖が心の傷として深く刻まれました。外科医もまた、患者の苦痛に顔を歪めながら、一刻も早く手術を終えることだけを考えてメスを振るっていました。これでは、複雑で時間のかかる精密な手術など望むべくもありません。胸やお腹を開く手術(開胸・開腹手術)は、ほぼ死を意味しました。

この、痛みに支配された外科医療の暗黒時代に、一筋の光を灯したのが「麻酔」の発見です。麻酔の誕生は、単に患者を痛みから解放しただけではありません。それは、外科医に「時間」という最大の武器を与え、これまで不可能とされていた領域への挑戦を可能にしました。麻酔の歴史は、外科学の発展そのものの歴史であり、人類が「痛み」という根源的な苦しみに、いかにして科学の力で立ち向かってきたかという、感動的な叙事詩なのです。


第1章:麻酔前夜 ― 苦痛との永き闘い

人類の歴史は、痛みとの闘いの歴史でもありました。外科的麻酔という概念が生まれるずっと以前から、人々は身の回りにある自然の力を借りて、痛みを和らげようと試みてきました。

古代の鎮痛法:神々の贈り物と物理的介入

記録に残る最古の鎮痛法は、植物由来の薬物の使用です。

  • アヘン(阿片): ケシ(芥子)の未熟果から得られるアヘンは、紀元前3400年頃のメソポタミア文明の記録にも登場する、最も歴史の古い鎮痛薬です。その強力な鎮痛・催眠作用をもたらすアルカロイド(モルヒネやコデインなど)は、古代エジプト、ギリシャ、ローマへと伝わり、広く用いられました。医学の父ヒポクラテス(紀元前460年頃 – 370年頃)も、その薬効を記述しています。
  • マンドラゴラ: ナス科の植物で、根に幻覚や鎮静作用を持つアルカロイドを含みます。古代ローマの医師ディオスコリデスは、著書『薬物誌』の中で、マンドラゴラのワイン煮を手術の際の麻酔薬として使用したことを記録しています。
  • ヒヨス: これもナス科の植物で、スコポラミンなどのアルカロイドを含み、鎮静・鎮痙作用がありました。

これらの薬草は、しばしばアルコール(ワインなど)と共に用いられ、患者を酩酊・昏睡状態に近づけることで、手術の苦痛をいくらかでも和らげようとしたのです。

一方で、薬物以外の物理的な方法も試みられました。

  • 神経圧迫: 四肢の手術の際に、神経幹を強く圧迫して局所的な麻痺状態を作り出す方法。
  • 冷却: 雪や氷で手術部位を冷やし、感覚を鈍らせる方法。
  • 脳震盪: 頭を強く殴って意識を失わせるという、極めて乱暴で危険な方法も存在しました。

中世から近世へ:停滞の時代と理髪外科医

中世ヨーロッパでは、古代ギリシャ・ローマの医学知識は一部が修道院などで受け継がれるに留まり、医学の進歩は停滞しました。この時代、「催眠スポンジ(soporific sponge)」と呼ばれる道具が使われた記録があります。これは、海綿にアヘン、マンドラゴラ、ヒヨスなどの抽出液を染み込ませて乾燥させたもので、使用時に湿らせて患者の鼻にあてがい、その蒸気を吸入させたとされています。しかし、薬物の吸収量が不安定で、効果が不十分であったり、逆に過量投与で死に至る危険性が非常に高いものでした。

この時代の外科手術の担い手は、医師ではなく「理髪外科医」でした。彼らは本来、散髪や髭剃りを本業としながら、瀉血(しゃけつ:治療目的で血液を抜き取ること)や、戦場で負った傷の手当て、簡単な腫瘍の切除などを行っていました。解剖学的な知識も乏しく、手術は経験則に頼る職人技に過ぎませんでした。16世紀に入り、アンドレアス・ヴェサリウス(1514-1564)が精密な解剖図譜『ファブリカ』を出版し、人体の構造に関する理解は飛躍的に進歩しましたが、外科手術における最大の問題、すなわち「痛み」を解決する術は、依然として見出せないままでした。


第2章:近代麻酔の黎明 ― 化学の進歩がもたらした革命

18世紀後半から19世紀にかけて、ヨーロッパでは化学が目覚ましい発展を遂げます。この化学の進歩が、数千年にわたって人類を苦しめてきた手術の痛みに、ついに終止符を打つことになります。

気体の発見と「笑気パーティー」

  • 1772年、イギリスの化学者ジョゼフ・プリーストリーは、様々な気体の研究を行う中で、後に「亜酸化窒素(N₂O)」と名付けられる気体を発見しました。
  • 1800年頃、同じくイギリスの化学者ハンフリー・デービーは、この亜酸化窒素を自身で吸入する実験を行い、それが陶酔感や興奮作用をもたらし、さらに歯の痛みを和らげる効果があることに気づきます。彼はその著書の中で「亜酸化窒素は、痛みを伴わない外科手術に利用できるかもしれない」と、驚くほど的確な予言を記しました。しかし、当時の医学界は彼の提案に耳を貸さず、亜酸化窒素は「笑気ガス(Laughing Gas)」と呼ばれ、上流階級の人々がその酩酊作用を楽しむための「笑気パーティー」で使われるに留まりました。

エーテルの登場と「エーテル遊び」

一方、**ジエチルエーテル(以下、エーテル)**は、亜酸化窒素よりもさらに古く、1540年にドイツの植物学者ヴァレリウス・コルドゥスによって合成されていました。パラケルススもその鎮静作用に言及していましたが、医療応用には至りませんでした。亜酸化窒素と同様に、19世紀のアメリカでは、若者たちがエーテルの蒸気を吸って酔っぱらう「エーテル遊び(ether frolics)」が娯楽として流行していました。

これらの娯楽の中で、人々は酔って転んだりぶつけたりしても痛みを感じないことに、うすうす気づいていました。麻酔発見の偉業は、この日常的な観察から、医学的な応用の可能性を見出した人物によって成し遂げられることになります。

麻酔発見を巡る物語:3人の主役

近代麻酔の発見者については、歴史上、激しい論争が存在します。そこには、3人の主要な人物が登場します。

  1. クロウフォード・ロング(1815-1878)
    • 1842年3月30日、アメリカ・ジョージア州の田舎町で開業していた医師ロングは、「エーテル遊び」に参加した際、打撲しても痛みを感じないことに着目しました。彼は、友人であるジェームズ・ヴェナブルの首にあった小さな腫瘍を、エーテルを吸入させて意識を失わせている間に、無痛で切除することに成功します。これが記録に残る、世界初のエーテル麻酔による外科手術です。ロングはその後も数例の手術をエーテル麻酔下で行いましたが、その画期的な成果をすぐには学術雑誌に公表しませんでした。田舎の医師であったことや、確証を得るために慎重になっていたことなどが理由とされています。このため、彼は「麻酔の発見者」としての栄誉を後述のモートンに譲ることになります。
  2. ホレス・ウェルズ(1815-1848)
    • 1844年12月10日、アメリカ・コネチカット州の歯科医師ウェルズは、見世物師が行う笑気ガスの実演ショーを観覧していました。ショーの最中、笑気ガスを吸って興奮した男性が、舞台から落ちて足に深い傷を負ったにもかかわらず、全く痛みを感じていない様子を目撃します。これに閃きを得たウェルズは、翌日、同僚に自身の歯(親知らず)を、亜酸化窒素を吸入しながら抜いてもらうという実験を行います。結果は成功。痛みは全くありませんでした。
    • 自らの発見に確信を持ったウェルズは、1845年1月、ボストンのマサチューセッツ総合病院(MGH)で、外科医や医学生たちの前で公開実験に臨みます。しかし、この日の患者はアルコール依存症の大男で、亜酸化窒素の効きが悪く、抜歯の途中でうめき声をあげてしまいました。聴衆はこれを失敗とみなし、ウェルズを嘲笑します。失意のウェルズはその場を去り、後に精神を病み、クロロホルムの自己実験を繰り返した末に、33歳の若さで悲劇的な死を遂げました。
  3. ウィリアム・T・G・モートン(1819-1868)
    • ウェルズの元同僚であり、同じく歯科医師であったモートンは、ウェルズの試みを知り、より強力な麻酔薬を探し求めました。彼は化学者チャールズ・ジャクソンの助言を受け、エーテルに着目します。動物実験を繰り返し、自身でも試した後、ついに歴史的な日を迎えます。
    • 1846年10月16日。この日は、医学の歴史が永遠に変わった日として記憶されています。舞台は、奇しくもウェルズが失意の涙を飲んだ、マサチューセッツ総合病院の手術室でした。モートンは、外科の権威であったジョン・コリンズ・ウォレン医師執刀による、ギルバート・アボットという患者の頸部血管腫の摘出術で、エーテル吸入による全身麻酔の公開実験に挑みました。手術室は、固唾をのんで見守る医師や学生で埋め尽くされていました。モートンが自作の吸入器で患者にエーテルを吸わせると、患者は間もなく意識を失いました。ウォレンがメスを入れると、いつもなら響き渡るはずの絶叫が全く聞こえません。手術は静寂の中で無事に終了。意識を取り戻した患者は「ナイフが皮膚をこする感触はあったが、痛みは全くなかった」と証言しました。
    • これを見届けたウォレンは、聴衆に向かって歴史的な一言を放ちます。「Gentlemen, this is no humbug.(紳士諸君、これはハッタリではない)」。
    • この成功は瞬く間に世界中に伝わりました。この1846年10月16日は「エーテル・デー」と呼ばれ、近代麻酔が誕生した記念日とされています。

クロロホルムの登場と無痛分娩

エーテルの成功から間もない1847年、スコットランドの産科医ジェームス・シンプソンは、エーテルの刺激臭や催吐作用(吐き気を催させる作用)を問題視し、代わりになる麻酔薬を探していました。彼は自宅で友人たちと様々な薬品の蒸気を吸う実験(極めて危険な行為ですが)をしていた際、**クロロホルム(CHCl₃)**に強力な麻酔作用があることを発見します。クロロホルムはエーテルよりも作用が強く、速やかで、香りも甘く、患者にとって不快感が少ないという利点がありました。

シンプソンは、これを早速、無痛分娩に応用します。当時、出産時の痛みを薬で和らげることに対しては、「女性は産みの苦しみを味わうべきだ」という宗教的・倫理的な反対が根強くありました。しかし、1853年にイギリスのヴィクトリア女王が第8子レオポルド王子を出産する際に、後述するジョン・スノウの介助のもとでクロロホルム麻酔を用いたことで、その安全性と有用性が広く社会に認められ、急速に普及しました。

しかし、クロロホルムはエーテルに比べて「治療域(安全域)が狭い」という大きな欠点がありました。つまり、麻酔に必要な量と、呼吸や循環を抑制する致死量とが非常に近く、過量投与に陥りやすい危険な薬物でした。また、後に不整脈を誘発する作用や、深刻な肝障害を引き起こすことも明らかになり、20世紀に入ると次第に使われなくなっていきます。


第3章:麻酔の科学的探求と技術革新

エーテルとクロロホルムの登場により、外科手術から悲鳴が消えました。しかし、それは新たな問題の始まりでもありました。麻酔の導入初期には、原因不明の術中死亡が相次ぎ、「麻酔は痛みを死に置き換えただけだ」と揶揄されることさえありました。ここから、麻酔を単なる「芸当」から「科学」へと昇華させるための、地道で偉大な探求が始まります。

ジョン・スノウ:「最初の麻酔科学者」

この黎明期において、最も重要な貢献をしたのが、ロンドンの医師**ジョン・スノウ(1813-1858)**です。彼はヴィクトリア女王の無痛分娩を担当したことでも知られていますが、その真の功績は、麻酔管理を科学的な学問として体系化したことにあります。

  • 投与量の制御: スノウは、麻酔薬の血中濃度がその効果を決定すると考え、投与量を精密に調節できるエーテル吸入器を開発しました。それまではハンカチに染み込ませて吸わせるだけ(オープン・ドロップ法)で、投与量が極めて不安定だった麻酔を、より安全に管理する道を開きました。
  • 麻酔深度の概念: 彼は、麻酔の効果を体系的に観察し、患者の状態を5つの段階(第1段階:正常、から第5段階:死亡に至る呼吸停止まで)に分類しました。これは「麻酔深度」という概念の先駆けであり、術者は患者の状態を客観的に評価し、適切な麻酔深度を維持することの重要性を初めて示しました。

これらの業績から、ジョン・スノウは「最初の麻酔科学者(the first scientific anesthesiologist)」と称えられています。ちなみに彼は、麻酔科学だけでなく、ロンドンのコレラ大流行の原因が汚染された水であることを突き止めた「近代疫学の父」としても、その名を医学史に刻んでいます。

局所麻酔の誕生:コカインと神の指

全身麻酔が外科手術に革命をもたらす一方で、より侵襲の少ない手術や、意識を保ったまま手術を行いたいというニーズから、「局所麻酔」の開発も進められました。

  • 1884年、ウィーンの若き眼科医カール・コラーは、南米原産のコカの葉から抽出されたアルカロイド「コカイン」に、強力な局所麻酔作用があることを発見します。友人のジークムント・フロイト(後に精神分析の創始者となる)からコカインの精神作用について教えられたコラーは、それを自身の目に点眼し、感覚がなくなることを確かめたのです。この発見により、それまで極めて困難だった眼科手術(特に白内障手術)が、安全に行えるようになりました。
  • 1885年、アメリカの天才外科医ウィリアム・ハルステッドは、コカイン溶液を神経の周囲に注射することで、その神経が支配する領域全体を麻痺させる「神経ブロック(伝達麻酔)」を開発しました。しかし悲しいことに、ハルステッド自身、この研究のために自己実験を繰り返す中で、重度のコカイン依存症に陥ってしまいました。
  • 1898年、ドイツの外科医アウグスト・ビアは、さらに画期的な麻酔法を開発します。それは、腰椎の間から細い針を刺し、脊髄を覆う硬膜の内側(くも膜下腔)にコカインを注入する「脊髄くも膜下麻酔(脊椎麻酔)」でした。これにより、下半身全体の確実な鎮痛と筋弛緩が得られ、腹部の大きな手術も局所麻酔で行えるようになりました。ビアはこの危険な実験を、まず自身の助手、そして最後には自分自身を被験者として行い、成功させました。彼は、この麻酔後にしばしば起こる頭痛(硬膜穿刺後頭痛)についても、世界で初めて正確に報告しています。

コカインは画期的な局所麻酔薬でしたが、依存性や心毒性といった深刻な副作用がありました。この問題を解決するため、1905年にドイツの化学者アルフレート・アインホルンが、より安全な合成局所麻酔薬「プロカイン(商品名:ノボカイン)」を開発。これを皮切りに、リドカイン(1943年)、ブピバカインなど、より作用時間が長く、強力で安全な局所麻酔薬が次々と生み出されていきました。

静脈麻酔の試み

吸入麻酔、局所麻酔に続き、薬剤を直接血管に投与する「静脈麻酔」も試みられるようになります。

  • 1934年、アメリカの麻酔科医ジョン・ランディは、バルビツール酸系の薬剤である「チオペンタール」を臨床に導入しました。チオペンタールを静脈注射すると、患者は数十秒のうちに穏やかに意識を失います。これは、刺激臭のある吸入麻酔薬をマスクで吸うよりも患者にとって快適であり、麻酔導入をスムーズに行うための標準的な方法として、その後数十年にわたって世界中で用いられました。

第4章:麻酔科学の確立と現代への飛躍

20世紀に入り、二度の世界大戦を経て、麻酔科学は専門分野としての地位を確立し、目覚ましい技術革新を遂げていきます。

筋弛緩薬の導入:「麻酔の第二の革命」

  • 1942年1月23日、カナダの麻酔科医ハロルド・グリフィスエニッド・ジョンソンは、南米の先住民が狩猟に用いる矢毒「クラーレ」から抽出・精製した成分を手術中の患者に投与し、安全に全身の筋肉を弛緩させることに世界で初めて成功しました。

これは「エーテルの発見」に匹敵する、麻酔史における「第二の革命」と称されています。それまでの麻酔では、手術に必要な筋弛緩(筋肉の緊張を緩めること)を得るために、非常に深い麻酔状態、つまり大量の麻酔薬を投与する必要がありました。これは患者の循環や呼吸を強く抑制し、大きな危険を伴いました。

しかし、筋弛緩薬の登場により、麻酔科医は、患者の意識を消失させる「鎮静(催眠)」、痛みを取り除く「鎮痛」、そして筋肉の緊張を和らげる「筋弛緩」という3つの要素を、それぞれ独立した薬物で精密にコントロールできるようになったのです。これにより、比較的浅い麻酔深度でも、外科医に理想的な手術環境を提供できるようになり、患者の身体的負担は劇的に軽減されました。現代の全身麻酔の基本となる「バランス麻酔」の概念が、ここに確立したのです。

吸入麻酔薬の進歩:より安全なガスを求めて

エーテルには可燃性・爆発性という大きな欠点があり、手術室では常に爆発の危険がありました。またクロロホルムには前述の通り毒性の問題がありました。これらの問題を克服するため、より安全な吸入麻酔薬の開発が進められました。

フッ素化学の進歩により、1956年にイギリスで「ハロタン」が開発されます。ハロタンは不燃性で、導入・覚醒も比較的速やかであったため、瞬く間に世界中に普及し、一つの時代を築きました。しかし、ごく稀に原因不明の重篤な肝障害(ハロタン肝炎)を引き起こすことや、不整脈を誘発しやすいという問題点が後に明らかになりました。

その後も研究は続き、エンフルラン、イソフルランといった、より代謝されにくく安全性の高いハロゲン化エーテル系の吸入麻酔薬が開発されます。そして現在、日本の小野薬品工業で発見され、臨床応用された「セボフルラン」(1990年発売)や、覚醒が非常に速い「デスフルラン」が、世界の吸入麻酔の主流となっています。

モニタリング技術の革新:患者を見守る眼

安全な麻酔管理のためには、優れた薬剤だけでなく、患者の状態をリアルタイムで正確に把握するための監視技術(モニタリング)が不可欠です。

  • パルスオキシメーター: 麻酔の安全性を最も劇的に向上させた発明と言われるのが、1974年に日本の技術者、青柳卓雄博士によって発明されたパルスオキシメーターです。指先などにセンサーを装着するだけで、動脈血中の酸素飽和度(SpO₂)と脈拍数を、連続的かつ非侵襲的(体を傷つけずに)に測定できます。これが普及する以前は、麻酔中の低酸素状態は、皮膚や唇の色が紫色になる「チアノーゼ」という、かなり進行した段階でしか発見できませんでした。パルスオキシメーターは、低酸素状態を早期に検知し、重大な脳障害や心停止といった偶発事故を激減させました。
  • カプノグラフィー: 患者の吐き出す息(呼気)に含まれる二酸化炭素の濃度を連続的に測定する装置です。これは、気管に挿入したチューブが確実に気道に入っているかを確認する最も信頼性の高い方法であると同時に、患者の換気や循環の状態を鋭敏に反映する重要なモニターです。

これらのモニターの登場により、麻酔科医は患者の体内で起きている生理学的な変化を、あたかも計器盤を見るパイロットのように、客観的な数値として把握できるようになったのです。

麻酔科医の役割拡大

これらの麻酔薬、麻酔法、モニタリング技術の進歩に伴い、麻酔科医の役割も大きく変化しました。かつては手術室で麻酔薬を投与するだけの「技術者」と見なされがちでしたが、現在では、患者の全身状態を管理する「周術期の専門医」として、その活動領域を大きく広げています。

  • 術前: 手術前に患者の全身状態を評価し、併存疾患を最適化し、安全な麻酔計画を立案する。
  • 術中: 手術侵襲という大きなストレスから、呼吸、循環、体温、輸液・輸血など、患者の生命維持機能を守り、管理する。
  • 術後: 手術後の痛みを管理し(術後疼痛管理)、合併症を予防・治療し、患者の円滑な回復を助ける。
  • 集中治療室(ICU): 重症患者の呼吸・循環管理や栄養管理など、全身管理の中核を担う。
  • ペインクリニック: 癌性疼痛や帯状疱疹後神経痛など、様々な慢性的な痛みに苦しむ患者の治療を行う。
  • 緩和医療: 終末期の患者の身体的・精神的苦痛を和らげる。
  • 救急医療: 救急現場やドクターヘリで、重症患者の初期治療や蘇生を行う。

第5章:現代麻酔と未来への展望

幾多の先人たちの努力の末に、私たちは今、かつてないほど安全で洗練された麻酔を患者さんに提供できる時代に生きています。

現代の標準的な麻酔

現代の全身麻酔は、多くの場合「バランス麻酔」で行われます。例えば、まずプロポフォールのような作用時間の短い静脈麻酔薬で速やかに眠っていただき、気管挿管後にセボフルランのような吸入麻酔薬と、レミフェンタニルのような強力な医療用麻薬、そしてロクロニウムのような筋弛緩薬を、患者さんの状態や手術の進行状況に合わせて、それぞれ精密に投与量を調節しながら維持します。

また、**超音波(エコー)**装置を用いて神経や血管を直接見ながら行う「超音波ガイド下神経ブロック」は、区域麻酔(体の特定の部分だけを麻酔する方法)の安全性と確実性を飛躍的に向上させました。これにより、全身麻酔を避けたい高齢者や合併症の多い患者さんでも、安全に大きな手術が受けられるようになっています。

未来の麻酔へ

麻酔科学の探求は、今なお続いています。

  • 新薬の開発: より副作用が少なく、作用の調節が容易で、速やかに代謝される「理想的な麻酔薬」の開発が続けられています(例:超短時間作用型の静脈麻酔薬レミマゾラム)。
  • 個別化麻酔: 人間の遺伝子情報が解読された今、薬物の効果や副作用が遺伝子多型によって個人差があることが分かってきました(薬理遺伝学)。将来的には、患者さん一人ひとりの遺伝情報に基づいて、最適な麻酔薬と投与量を決定する「オーダーメイド麻酔」が実現するかもしれません。
  • 脳機能モニタリング: 脳波を解析して麻酔深度を数値化するモニター(BISモニターなど)が既に臨床で使われていますが、今後はさらに発展し、「術中覚醒」の防止や、術後せん妄・認知機能障害の予防に貢献することが期待されています。
  • AIと自動化: 人工知能(AI)が膨大な生体情報を解析し、麻酔科医の判断を支援したり、麻酔薬の投与を半自動化したりするシステムの開発も進んでいます。

おわりに:歴史に学ぶということ

医学部に入学されたばかりの皆さんにとって、麻酔の歴史は、単なる過去の物語に聞こえるかもしれません。しかし、この歴史の中には、私たちが未来の医療を創造していく上で、決して忘れてはならない大切な教訓が詰まっています。

それは、一つの「当たり前」の医療が、数えきれないほどの先人たちの、時に自らの体を犠牲にするほどの熾烈な探求と、名もなき多くの患者たちの貢献の上に成り立っているという事実です。そして、その進歩の原動力となったのは、化学、物理学、生理学、薬理学といった、皆さんがこれから学ぶ「基礎医学」の揺るぎない知識でした。

エーテルがなければ、ウォレンは静寂の中でメスを握ることはできませんでした。クラーレがなければ、現代の安全な開腹・開胸手術はあり得ませんでした。パルスオキシメーターがなければ、私たちは今もチアノーゼの出現に怯えながら麻酔をかけていたかもしれません。

麻酔の歴史とは、人類が「痛み」という最も根源的な敵に、知性と勇気をもって挑み続けた壮大な物語です。この物語を知ることは、皆さんがこれから医師として歩んでいく上で、患者の苦痛に寄り添う心と、常に科学的探究心を忘れない姿勢を育むための、貴重な礎となるはずです。

ようこそ、医学の世界へ。この感動的な歴史の、次の一頁を創るのは、皆さん一人ひとりです。これからの学びが、実り多きものとなることを心から願っています。

AIによるファクトチェック結果

ご依頼ありがとうございます。公平中立な専門家として,ご提示いただいた文書「麻酔の歴史」について,詳細なファクトチェックを実施しました。以下にその結果を報告します。

本文書は全体として非常に正確かつ網羅的であり,麻酔科学の歴史における主要な出来事,人物,薬剤,技術について,学術的に広く認められている通説に基づき,忠実に記述されています。検証した102項目の事実において,重大な誤りや虚偽の情報は見当たりませんでした。

ファクトチェック結果

番号検証事実結果判断根拠
1「手術(surgery)」の語源はラテン語の「chirurgia」(手: cheir,仕事: ergon)に由来する。真実語源辞典や医学史の文献で広く認められている事実。
2麻酔以前の時代,開胸・開腹手術はほぼ死を意味した。真実術中のショック死や術後感染症により死亡率が極めて高かったことは,多くの医学史文献に記載されている。
3アヘンはケシの未熟果から得られる最も歴史の古い鎮痛薬の一つである。真実複数の百科事典,薬学史,考古学の資料で確認されている。
4アヘンの使用は紀元前3400年頃のメソポタミア文明の記録に登場する。真実シュメール文明の粘土板にケシに関する記述が見られ,「喜びの植物」と呼ばれていたとされる。
5アヘンには鎮痛・催眠作用をもたらすアルカロイド(モルヒネやコデイン)が含まれる。真実薬理学的な基本情報であり,あらゆる薬学・化学の教科書で確認できる。
6医学の父ヒポクラテスはアヘンの薬効を記述している。真実ヒポクラテスの著作とされる文書群(ヒポクラテス全集)に,ケシの汁を薬として用いた記述が見られる。
7マンドラゴラはナス科の植物で,根に幻覚や鎮静作用を持つアルカロイドを含む。真実植物学および薬学の文献で確認されている事実。
8古代ローマの医師ディオスコリデスは著書『薬物誌』でマンドラゴラを手術時の麻酔薬として使用したと記録している。真実医学史・薬学史において広く知られた事実であり,『薬物誌』は古代の重要な薬物に関する文献である。
9ヒヨスはナス科の植物で,スコポラミンなどのアルカロイドを含む。真実植物学および薬学の文献で確認されている事実。
10古代の鎮痛法として,神経幹を圧迫する方法や,雪・氷で手術部位を冷却する方法が存在した。真実医学史の文献に,物理的な除痛法として記録されている。
11中世ヨーロッパで「催眠スポンジ」が使用された記録がある。真実アヘンやマンドラゴラの抽出液を海綿に染み込ませて使用したとされ,複数の医学史文献に記載がある。
12中世から近世にかけての外科手術の主な担い手は「理髪外科医」であった。真実医師と理髪外科医の職分が分かれていたことは,ヨーロッパ医学史における重要な事実である。
1316世紀にアンドレアス・ヴェサリウスが精密な解剖図譜『ファブリカ』を出版した。真実近代解剖学の基礎を築いた画期的な著作であり,医学史上の極めて重要な出来事である。
14亜酸化窒素(N₂O)は1772年にイギリスの化学者ジョゼフ・プリーストリーによって発見された。真実化学史および医学史の文献で広く認められている。
151800年頃,化学者ハンフリー・デービーは亜酸化窒素に鎮痛効果があることを発見した。真実デービー自身による吸入実験と,その鎮痛作用に関する記録は有名である。
16デービーは著書で「亜酸化窒素は痛みを伴わない外科手術に利用できるかもしれない」と予言した。真実彼のこの記述は,麻酔の発見を予見したものとしてしばしば引用される。
17亜酸化窒素は「笑気ガス」と呼ばれ,酩酊作用を楽しむための娯楽に使われた。真実医学的に応用される以前,「笑気パーティー」が流行したことは多くの歴史資料に残されている。
18ジエチルエーテルは1540年にドイツの植物学者ヴァレリウス・コルドゥスによって合成された。真実化学史・薬学史上の事実として確認されている。
1919世紀のアメリカでは,エーテルの蒸気を吸う「エーテル遊び」が流行していた。真実笑気ガスと同様に,エーテルも娯楽目的で乱用されていた歴史がある。
201842年3月30日,医師クロウフォード・ロングがエーテル麻酔下で腫瘍切除術に成功した。真実記録に残る世界初のエーテル麻酔による外科手術として広く認められている。この日付は現在「医師の日」とされている。
21ロングはその成果をすぐには学術雑誌に公表しなかった。真実彼が成果の公表に慎重であったため,「麻酔の発見者」としての名声はモートンに先を越されることになった。
22歯科医師ホレス・ウェルズは,笑気ガス実演ショーで負傷者が痛みを感じない様子を目撃した。真実1844年12月10日の出来事であり,ウェルズが亜酸化窒素の麻酔作用に着目するきっかけとなったエピソードとして有名。
23ウェルズは翌日,亜酸化窒素を吸入しながら自身の歯を抜かせる実験に成功した。真実自己を被験者としたこの実験は,麻酔の臨床応用への第一歩であった。
241845年1月,ウェルズはマサチューセッツ総合病院(MGH)で公開実験に臨んだが,失敗とみなされた。真実患者がうめき声をあげたため聴衆から嘲笑され,失意のうちに終わったことは,麻酔史の悲劇として知られている。
25ウェルズは後に精神を病み,33歳で悲劇的な死を遂げた。真実クロロホルムの自己実験の影響もあったとされ,その生涯は多くの医学史書に記されている。
26ウィリアム・T・G・モートンはウェルズの元同僚で歯科医師だった。真実二人の関係性は,麻酔発見の物語において重要な要素である。
27モートンは化学者チャールズ・ジャクソンの助言を受けエーテルに着目した。真実ジャクソンは後に麻酔の発見者としてモートンと激しく争うことになる。
281846年10月16日は,モートンがMGHでエーテル麻酔の公開実験に成功した日である。真実この日は「エーテル・デー」と呼ばれ,近代麻酔誕生の記念日とされている。
29公開実験の執刀医はジョン・コリンズ・ウォレンであった。真実当時のアメリカ外科界の権威であり,彼が執刀したことで成功の意義が大きくなった。
30患者はギルバート・アボットで,頸部血管腫の摘出術であった。真実患者の名前と病名も,この歴史的出来事の一部として正確に記録されている。
31ウォレン医師は手術成功後,「Gentlemen, this is no humbug.(紳士諸君,これはハッタリではない)」と発言した。真実麻酔の成功を宣言した,医学史において最も有名な言葉の一つである。
32ジエチルエーテルのSMILES表記はCCOCCである。真実PubChemなどの主要な化学データベースで確認できる標準的な表記である。
331847年,スコットランドの産科医ジェームス・シンプソンがクロロホルムの麻酔作用を発見した。真実エーテルの欠点を補う新しい麻酔薬を探求する中で発見された。
34クロロホルム(CHCl₃)はエーテルより作用が強く,速やかで,香りが甘いという利点があった。真実クロロホルムの物理的・薬理学的特性として正しい記述である。
35シンプソンはクロロホルムを無痛分娩に応用した。真実彼は無痛分娩の強力な推進者であったが,宗教的・倫理的な批判にも直面した。
361853年,イギリスのヴィクトリア女王が第8子レオポルド王子の出産時にクロロホルム麻酔を使用した。真実王室が使用したことで,無痛分娩に対する社会的な偏見が和らぎ,普及が促進された。
37ヴィクトリア女王の無痛分娩を介助したのはジョン・スノウである。真実スノウは当時,麻酔の専門家として高い評価を得ていた。
38クロロホルムは治療域(安全域)が狭く,過量投与の危険性があった。真実エーテルと比較して毒性が強く,特に心臓や肝臓への毒性が問題視された。
39クロロホルムは不整脈誘発作用や深刻な肝障害を引き起こすことが後に明らかになった。真実これらの毒性のため,20世紀に入ると次第に使用されなくなった。
40クロロホルムのSMILES表記はC(Cl)(Cl)Clである。真実PubChemなどの主要な化学データベースで確認できる標準的な表記である。
41ジョン・スノウは投与量を精密に調節できるエーテル吸入器を開発した。真実麻酔を経験的な技術から科学的な実践へと高める上で重要な貢献であった。
42スノウ以前は,ハンカチに麻酔薬を染み込ませて吸わせる「オープン・ドロップ法」が主流だった。真実この方法は投与量の調節が困難で危険性が高かった。
43スノウは患者の状態を5つの段階に分類し,「麻酔深度」という概念の先駆けを築いた。真実彼のこの分類は,後のGuedelの麻酔深度分類へと発展する基礎となった。
44ジョン・スノウは「最初の麻酔科学者」と称えられている。真実麻酔管理を科学的に体系化した彼の功績に対する,医学史上の定まった評価である。
45スノウはロンドンのコレラ流行の原因が汚染された水であることを突き止め,「近代疫学の父」とも呼ばれる。真実疫学調査における彼の画期的な業績は,麻酔科学における功績と並び称される。
461884年,ウィーンの眼科医カール・コラーがコカインの局所麻酔作用を発見した。真実眼科手術の発展に大きく貢献した発見であり,局所麻酔の歴史はここから始まる。
47コラーは友人ジークムント・フロイトからコカインについて教えられた。真実当時,フロイトはコカインの精神作用について研究していた。
481885年,外科医ウィリアム・ハルステッドが神経の周囲にコカインを注射する「神経ブロック(伝達麻酔)」を開発した。真実局所麻酔の応用範囲を大きく広げた重要な技術革新であった。
49ハルステッドは自己実験を繰り返す中で重度のコカイン依存症に陥った。真実彼の悲劇は,初期の麻酔研究者が払った自己犠牲の象徴として語られる。
501898年,ドイツの外科医アウグスト・ビアが「脊髄くも膜下麻酔(脊椎麻酔)」を開発した。真実コカインをくも膜下腔に注入する方法で,下半身の手術を可能にした。
51ビアは自身と助手を被験者として危険な実験を行った。真実この実験により,彼は脊椎麻酔後に起こる頭痛(硬膜穿刺後頭痛)についても世界で初めて報告した。
52コカインは依存性や心毒性といった深刻な副作用があった。真実これらの副作用が,より安全な合成局所麻酔薬開発の動機となった。
531905年,化学者アルフレート・アインホルンが合成局所麻酔薬「プロカイン(商品名: ノボカイン)」を開発した。真実コカインの代替薬として広く普及し,その後の局所麻酔薬開発の基礎となった。
54リドカインは1943年に開発された。真実現在でも最も広く使用されている局所麻酔薬の一つである。
551934年,麻酔科医ジョン・ランディがバルビツール酸系の薬剤「チオペンタール」を静脈麻酔に導入した。真実速やかで穏やかな麻酔導入を可能にし,長年にわたり標準的な静脈麻酔導入薬として用いられた。
561942年1月23日,カナダの麻酔科医ハロルド・グリフィスとエニッド・ジョンソンが「クラーレ」を手術に初めて使用した。真実筋弛緩薬の臨床応用が始まった記念すべき日である。
57クラーレは南米の先住民が狩猟に用いる矢毒から抽出された成分である。真実植物由来のアルカロイド,d-ツボクラリンを有効成分とする。
58筋弛緩薬の導入は「麻酔の第二の革命」と称されている。真実これにより,深い麻酔をかけずに良好な手術野を得ることが可能となり,麻酔の安全性が飛躍的に向上した。
59筋弛緩薬の登場により,「鎮静(催眠)」「鎮痛」「筋弛緩」の3要素を独立して制御できるようになった。真実現代の全身麻酔の基本概念である「バランス麻酔」の確立につながった。
60エーテルには可燃性・爆発性という大きな欠点があった。真実手術室で電気メスが使われるようになると,この欠点は致命的となった。
611956年にイギリスで不燃性の吸入麻酔薬「ハロタン」が開発された。真実フッ素化学の応用によって生まれ,エーテルに代わって一時代を築いた。
62ハロタンは稀に原因不明の重篤な肝障害(ハロタン肝炎)を引き起こすことがあった。真実この副作用が明らかになり,より安全な薬剤へと移行していく原因となった。
63セボフルランは日本の小野薬品工業で発見され,1990年に発売された。真実日本で創薬され世界中で使用されている代表的な吸入麻酔薬であり,日本の麻酔科学への貢献として特筆される。
64デスフルランは覚醒が非常に速いという特徴を持つ吸入麻酔薬である。真実物理化学的特性(低い血液/ガス分配係数)によるもので,日帰り手術などに適している。
65パルスオキシメーターは1974年に日本の技術者,青柳卓雄博士によって発明された。真実麻酔中の低酸素症の発見を容易にし,「麻酔の安全性を最も向上させた発明」と評価されている。
66パルスオキシメーターは動脈血中の酸素飽和度(SpO₂)と脈拍数を連続的かつ非侵襲的に測定できる。真実その原理と機能に関する正確な記述である。
67パルスオキシメーター普及以前は,低酸素状態は「チアノーゼ」という進行した段階でしか発見できなかった。真実チアノーゼはすでに重篤な低酸素状態を示しており,発見が遅れる危険性があった。
68カプノグラフィーは患者の呼気に含まれる二酸化炭素濃度を連続的に測定する装置である。真実適切に換気されているか,気管チューブが正しく気管にあるかを確認する最も確実なモニターである。
69現代の麻酔科医は手術室だけでなく,集中治療室(ICU)でも中心的な役割を担う。真実重症患者の呼吸・循環管理など全身管理の専門家としてICU医療に不可欠な存在である。
70麻酔科医の役割はペインクリニック(痛みの治療)にも及ぶ。真実神経ブロックなどの技術を応用し,がん性疼痛や慢性疼痛の治療を行う。
71麻酔科医の役割は緩和医療にも及ぶ。真実終末期患者の身体的・精神的苦痛を和らげる専門家としてチーム医療に参加する。
72麻酔科医の役割は救急医療にも及ぶ。真実気道確保,蘇生,ショック管理など,救急現場で必要とされる高度なスキルを持つ。
73現代の標準的な全身麻酔は多くの場合「バランス麻酔」で行われる。真実複数の薬剤(静脈麻酔薬,吸入麻酔薬,医療用麻薬,筋弛緩薬)を組み合わせて用いる方法。
74プロポフォールは作用時間の短い静脈麻酔薬の代表例である。真実麻酔の導入や維持に広く用いられ,切れが良い(覚醒が速い)ことが特徴。
75レミフェンタールは強力な医療用麻薬の代表例である。真実超短時間作用性であり,体内で速やかに分解されるため,投与量の調節が容易。
76ロクロニウムは筋弛緩薬の代表例である。真実現在,世界で最も広く使用されている筋弛緩薬の一つ。
77超音波(エコー)装置を用いて神経や血管を直接見ながら行う「超音波ガイド下神経ブロック」が普及している。真実これにより神経ブロックの安全性と確実性が飛躍的に向上した。
78新しい静脈麻酔薬の例としてレミマゾラムが挙げられている。真実超短時間作用型のベンゾジアゼピン系薬剤であり,日本で開発され,近年臨床使用が始まった。
79薬理遺伝学は,薬物の効果や副作用の個人差を遺伝子レベルで解明する学問である。真実将来の「オーダーメイド麻酔」につながる研究分野として期待されている。
80脳波を解析して麻酔深度を数値化するモニター(BISモニターなど)が臨床で使われている。真実術中覚醒の防止や,麻酔薬の適切な投与量決定の補助として用いられる。
81近代麻酔の誕生は,外科医に「時間」という武器を与え,外科学の発展を可能にした。真実麻酔科学と外科学が車の両輪として発展してきたことは,医学史の定説である。
82パラケルススはエーテルの鎮静作用に言及していた。真実16世紀の医師・錬金術師である彼は,エーテルを鶏に与え,眠るが後に目覚めることを観察した記録がある。
83麻酔薬の血中濃度が効果を決定するという考えはジョン・スノウによって提唱された。真実薬物動態学の基本的な考え方を麻酔に応用した,彼の先駆的な業績の一つである。
84ブピバカインは作用時間が長い局所麻酔薬の例である。真実長時間の手術や術後鎮痛に用いられる代表的な局所麻酔薬。
85エーテルの刺激臭や催吐作用が,代替薬(クロロホルム)を探す動機の一つとなった。真実シンプソンは,エーテルの患者にとっての不快感を問題視していた。
86気管挿管は現代の全身麻酔における基本的な気道確保手技である。真実筋弛緩薬の使用下で安全な換気を確保するために不可欠な手技。本文では間接的に言及されているが,背景として真実。
87エンフルラン,イソフルランはハロタンの後に開発されたハロゲン化エーテル系の吸入麻酔薬である。真実ハロタンの肝毒性を軽減する目的で開発され,広く使用された。
88麻酔科医は術前に患者の全身状態を評価し,安全な麻酔計画を立案する。真実周術期管理における麻酔科医の重要な役割の一つ。
89麻酔科医は術中に輸液・輸血管理を行う。真実出血や体液の移動を管理し,循環動態を安定させることは麻酔管理の根幹である。
90麻酔科医は術後の痛みを管理する(術後疼痛管理)。真実患者の快適な回復を助け,合併症を予防するための重要な役割である。
91術後せん妄や認知機能障害は,高齢者の術後に問題となる合併症である。真実これらの予防に麻酔管理が寄与できる可能性が研究されている。
92AI(人工知能)が麻酔科医の判断を支援するシステムの開発が進んでいる。真実生体情報モニタリングや麻酔薬投与の自動化など,様々な研究が行われている。
93古代ギリシャ・ローマの医学知識は中世ヨーロッパでは一部が修道院などで受け継がれるに留まった。真実一般的な西洋史の文脈で正しい記述であり,医学史も例外ではない。
94瀉血は治療目的で血液を抜き取ることである。真実かつては多くの疾患に対して行われた一般的な治療法であった。
95モートンはエーテル麻酔の公開実験で自作の吸入器を使用した。真実ガラス製の球体にスポンジを入れたもので,エーテルを効率的に気化させるための工夫がされていた。
96コカインの発見により,それまで困難だった眼科手術(特に白内障手術)が安全に行えるようになった。真実眼球を動かさずに無痛で手術できるようになったことは画期的であった。
97脊椎麻酔により,腹部の大きな手術も局所麻酔(区域麻酔)で行えるようになった。真実全身麻酔のリスクを避けたい患者にとって大きな福音となった。
98バルビツール酸系の薬剤は,チオペンタールに代表される静脈麻酔薬の一群である。真実薬理学的な分類として正しい。
99ハロタンは不整脈を誘発しやすいという問題点があった。真実特にカテコールアミンとの併用で心室性不整脈のリスクが高まることが知られていた。
100麻酔科学の進歩は,化学,物理学,生理学,薬理学といった基礎医学の発展に支えられてきた。真実本文書の結論として,また医学史全体を俯瞰して極めて的確な指摘である。
101笑気ガス実演ショーは見世物師によって行われていた。真実当時,科学的な実演は一種のエンターテイメントとして興行が行われていた。
102ヴィクトリア女王の時代,出産時の痛みを薬で和らげることには宗教的・倫理的な反対が根強くあった。真実「産みの苦しみ」は旧約聖書に由来する罰であるという考え方が背景にあった。

 

(AI作成)15の項目から見た外科手術の歴史

以下の文書はAIで作成したものであって,私自身の手控えとするためにブログに掲載しているものです。
また,末尾掲載のAIによるファクトチェック結果によれば,記載内容はすべて「真実」であるとのことです。

目次

  • はじめに
  • 第1章:近代外科の夜明け – 苦痛と感染との闘い
    1. 麻酔:苦痛からの解放という革命
    2. 消毒:見えざる敵との闘いの始まり
    3. 抗生物質:感染症を制圧する魔法の弾丸
  • 第2章:手術を支える生命維持の柱
    4. 輸血:生命の河を繋ぐ技術
    5. 周術期管理:手術の成功を影で支える科学
  • 第3章:「見る」「触れる」技術の革命
    6. 診断技術:人体内部を可視化する神の目
    7. 手術器具の飛躍的深化:外科医の手を拡張する匠の技
  • 第4章:より優しく、より確実な外科へ
    8. 低侵襲化:患者の体をいたわる外科の新しい潮流
    9. エビデンスに基づく医療(EBM):経験と勘から科学的根拠へ
  • 第5章:患者と共にある医療 – 倫理とチーム
    10. インフォームド・コンセントと倫理:患者主体の医療への転換
    11. チーム医療:個の力から組織の力へ
  • 第6章:がん治療の進化と未来
    12. 連携によるがん集学的治療:がんに多角的に挑む
    13. ゲノム医療と個別化外科治療:一人ひとりに最適化された医療の実現
  • 第7章:生命の可能性を拓く最先端医療
    14. 再生医療と移植医療:失われた機能を取り戻す希望の光
  • 第8章:医療の質と安全を守る砦
    15. 医療安全管理と質保証のシステム:決して崩してはならない最後の防衛線
  • おわりに

はじめに

諸君、未来の医療を担う若き同業者たちへ。

外科医、そして麻酔科医として数十年、手術室という名の劇場で生命のドラマに立ち会ってきた一人の老兵から、君たちに伝えたいことがある。君たちがこれから学ぶ「外科学」は、決して単なる手技の集合体ではない。それは、先人たちの血と汗と、そして数えきれないほどの患者の犠牲の上に築き上げられた、知と倫理の壮大な体系なのだ。

このブログでは、現代の外科医療を支える15の重要な柱石について、その歴史的背景、現代における重要性、そして各々がいかに複雑に絡み合って一つの体系をなしているかを、私の経験を交えながら解説していく。君たちがこの先、膨大な知識の海で溺れそうになった時、この地図が、君たちが今どこにいて、どこへ向かうべきなのかを指し示す、一つの羅針盤となれば幸いだ。さあ、時空を超えた外科医療の旅に出よう。


第1章:近代外科の夜明け – 苦痛と感染との闘い

諸君、想像してみてほしい。麻酔も、消毒の概念もない時代の手術を。それは絶叫と死の匂いに満ちた、壮絶な光景だった。外科医は患者を押さえつける屈強な助手を従え、猛スピードで手足の切断を行った。手術の成功とは、患者が痛みでショック死する前に処置を終えることであり、たとえ手術を乗り越えても、その後に待つのは高確率での術後感染、すなわち「手術熱」による死であった。この「苦痛」と「感染」という二つの巨大な壁が、外科医療の進歩を何世紀にもわたって阻んできたのだ。
この章では、近代外科の扉をこじ開けた、この二大巨悪との闘いの歴史を紐解いていこう。

1. 麻酔:苦痛からの解放という革命

  • 歴史
    外科の歴史は、痛みとの闘いの歴史そのものだ。古代からアヘンやアルコール、催眠術などが試みられてきたが、確実な効果は得られなかった。この暗黒時代に一条の光が差したのは、19世紀半ばのことだ。
    まず我々が誇るべきは、日本の外科医、華岡青洲である。彼は1804年、チョウセンアサガオなどを主成分とする経口麻酔薬「通仙散(麻沸散)」を開発し、世界で初めて全身麻酔下での乳がん摘出手術に成功した。これは西洋の麻酔より40年以上も早い、驚くべき偉業であった。
    しかし、残念ながら彼の業績は鎖国下の日本に留まり、世界に広まることはなかった。世界的な麻酔の幕開けは、1846年10月16日、米国マサチューセッツ総合病院で起こった。歯科医ウィリアム・T・G・モートンが、ジエチルエーテルを用いた公開麻酔実験に成功。「紳士諸君、これはハッタリではない(Gentlemen, this is no humbug)」という執刀医ジョン・コリンズ・ウォーレンの言葉は、外科新時代の到来を告げる高らかなファンファーレとなった。
    この成功を皮切りに、クロロホルム(1847年、シンプソン)、そして局所麻酔薬であるコカイン(1884年、カール・コラー)、さらに安全性と管理のしやすさを追求した吸入麻酔薬や静脈麻酔薬、脊椎麻酔や硬膜外麻酔といった部位を限定した麻酔法が次々と臨床応用され、麻酔科学は急速な進歩を遂げていく。
  • 重要性
    麻酔の登場は、単に患者の苦痛を取り除いただけではない。それは、外科医に「時間」という最大の贈り物を与えたのだ。痛みで暴れる患者を相手に、数分で全てを終わらせなければならなかった時代から、麻酔によって静かに眠る患者の体内で、数時間かけて精緻な操作を行うことが可能になった。
    これにより、腹部や胸部、さらには脳や心臓といった、これまで神の領域とされてきた部位への手術が現実のものとなった。開胸術、開腹術、脳神経外科手術、心臓血管外科手術など、現代外科の主要な手術は、すべて麻酔の恩恵なくしては成り立たない。
    麻酔は、外科医が「職人」から「科学者」へと脱皮するための、まさに最初の、そして最大の革命であったと言える。
  • 他の項目との関連性
    麻酔の存在は、他の多くの項目と密接に結びついている。長時間の手術が可能になったことで、より精巧で複雑な手術器具の深化(7)が求められ、開発が促進された。麻酔中の患者の呼吸、循環、体温などを安定させるための管理技術、すなわち周術期管理(5)の科学が発展した。長時間の手術に耐えられるようになったことで、より体に負担の少ない低侵襲化(8)への道が開かれた。
    そして、意識のない患者を手術するという行為は、患者の自己決定権や尊厳をどう守るかという、新たな倫理(10)的問題を提起し、インフォームド・コンセントの概念に繋がっていくのだ。

2. 消毒:見えざる敵との闘いの始まり

  • 歴史
    麻酔が「苦痛」を克服したとしても、まだ「感染」という巨大な壁が立ちはだかっていた。手術創は高確率で化膿し、患者は敗血症で命を落とした。
    この状況を打破したのは、目に見えない病原体の存在を突き止めた先人たちの洞察力であった。1847年、オーストリアの産科医イグナーツ・ゼンメルワイスは、ウィーン総合病院で、医師が遺体解剖の後に手を洗わずに分娩を介助すると、産褥熱による妊産婦の死亡率が著しく高くなることに気づき、さらし粉による手洗いを義務付け、死亡率を劇的に低下させた。
    しかし、当時の医学界は彼の理論を受け入れず、彼は失意のうちにその生涯を終える。彼の正しさが科学的に裏付けられるのは、1860年代のルイ・パスツールによる「病気の細菌説」の提唱を待たねばならなかった。1867年、英国の外科医ジョセフ・リスターは、パスツールの研究に触発され、石炭酸(フェノール)を手術器具や術者の手、さらには手術室の空中に噴霧する「消毒法(Antisepsis)」を考案。これにより、彼が執刀した手術の死亡率は劇的に低下し、近代的な無菌手術の基礎が築かれた。
  • 重要性
    消毒法の確立は、外科医が初めて「感染」を制御できるようになったことを意味する。手術の成功は、もはや執刀の速さや技術だけでなく、いかに術野を清潔に保つかという「無菌操作」にかかっていることが常識となった。これにより、手術後の死亡率は劇的に減少し、外科手術は格段に安全なものへと変貌を遂げた。
    手術室の滅菌、ガウン・手袋・マスクの着用、ドレープによる術野の確保など、君たちが臨床実習で目にするであろう基本的な作法は、すべてリスターの思想に源流を持っている。見えざる敵を制御する術を得て、外科医は初めて、自信をもって患者の体内にメスを入れることができるようになったのだ。
  • 他の項目との関連性
    消毒と無菌法の概念は、外科医療の根幹をなす。消毒法が「外部からの侵入を防ぐ」予防的な役割を担うのに対し、抗生物質(3)は「体内に侵入した細菌を叩く」治療的な役割を担う。両者は感染制御の車の両輪である。
    術後の創部感染管理は、周術期管理(5)の重要な柱の一つだ。移植医療(14)のように、免疫抑制剤によって患者の抵抗力が著しく低下する手術において、徹底した無菌管理は絶対不可欠である。そして、院内感染対策は、現代の医療安全管理(15)における最重要課題の一つであり、その基本は今も昔も手洗いと消毒なのだ。

3. 抗生物質:感染症を制圧する魔法の弾丸

  • 歴史
    リスターの消毒法によって術中・術後の感染は大きく減少したが、それでもなお、体内に侵入してしまった細菌による感染症は大きな脅威であり続けた。外科医たちは、人体に害を与えず、病原菌だけを選択的に攻撃する「魔法の弾丸」を夢見ていた。その夢が現実となったのは、1928年、英国の細菌学者アレクサンダー・フレミングによるペニシリンの偶然の発見に始まる。ブドウ球菌の培養実験中に、アオカビの周囲だけ細菌の増殖が抑制されていることに気づいたのだ。その精製と量産は困難を極めたが、第二次世界大戦下の1940年代、オックスフォード大学のフローリーとチェーンらが量産技術を確立。ペニシリンは戦場で負傷した多くの兵士を感染症から救い、「奇跡の薬」として世界中にその名を知らしめた。
    その後、ストレプトマイシン(1943年)をはじめ、多種多様な抗生物質が次々と発見・開発され、細菌感染症は「治る病気」へと変わっていった。
  • 重要性
    抗生物質の登場は、感染症治療に革命をもたらした。外科領域においては、予防的投与によって手術部位感染(SSI: Surgical Site Infection)のリスクを劇的に低減させ、より侵襲の大きな、長時間の複雑な手術を可能にした。
    例えば、人工関節や人工血管、心臓の人工弁といった異物を体内に留置する手術は、細菌が一旦付着するとバイオフィルムを形成して難治性の感染を引き起こすため、強力な抗生物質による感染予防がなければ成り立たない。また、重度の外傷や熱傷、腹膜炎など、すでに感染を合併している患者に対する外科治療においても、抗生物質はまさに生命線となる。
  • 他の項目との関連性
    抗生物質は、現代外科のあらゆる場面でその恩恵を発揮している。前述の通り、消毒(2)(無菌法)が感染の「予防」であるとすれば、抗生物質は「予防」と「治療」の両面を担う。手術前後の適切な抗生物質投与(予防的抗菌薬投与)は、周術期管理(5)のゴールドスタンダードである。
    化学療法によって白血球が減少し、感染への抵抗力が著しく落ちたがん患者の手術を行うがん集学的治療(12)において、抗生物質による感染制御は極めて重要だ。しかし、抗生物質の乱用は薬剤耐性菌(MRSAなど)の出現という新たな脅威を生み出した。適正使用は、現代の医療安全管理(15)における喫緊の課題となっている。

第2章:手術を支える生命維持の柱

麻酔、消毒、抗生物質によって、外科医は「痛みなく、安全に」患者の体にメスを入れるための基本的な武器を手に入れた。しかし、手術とは単に病巣を切り取るだけではない。それは、出血、体液の喪失、代謝の変動といった、人体への多大な侵襲(ストレス)を伴う行為だ。この章では、手術という大きな侵襲から患者の生命を守り、支えるための二つの重要な柱、「輸血」と「周術期管理」の歴史と重要性について見ていこう。

4. 輸血:生命の河を繋ぐ技術

  • 歴史
    失われた血液を他者から補充するという発想は古くから存在したが、深刻な副作用、すなわち血液型不適合による溶血反応や凝固のために、長い間、危険な医療行為とされてきた。この状況を打開したのは、1900年、オーストリアの病理学者カール・ラントシュタイナーによるABO式血液型の発見である。
    これにより、安全な輸血の理論的基礎が築かれた。さらに1914年にはクエン酸ナトリウムによる抗凝固作用が発見され、血液の保存が可能になり、第一次世界大戦を機に「血液バンク」のシステムが普及した。1940年にはラントシュタイナーらがRh因子を発見し、輸血の安全性はさらに向上した。
  • 重要性
    安全な輸血技術の確立は、外科手術の可能性を飛躍的に拡大させた。それまでは出血量の多い手術は不可能であったが、輸血によって術中の循環動態を維持できるようになったことで、外科医はより大胆で根治的な手術に挑めるようになったのだ。がん手術における広範なリンパ節郭清や、大血管の合併切除・再建など、大量出血が避けられない根治を目指した手術が可能になった。心臓血管外科や肝臓外科の発展は、輸血技術の進歩と共にある。
    また、交通事故などによる重度外傷の救命においても、迅速な輸血は決定的とも言える役割を果たす。輸血は、外科医にとって、手術という戦いに挑むための強力な兵站なのだ。
  • 他の項目との関連性
    輸血は、多くの外科的介入を根底から支えている。術中の出血量を正確にモニターし、適切なタイミングと量で輸血を行うことは、周術期管理(5)の核心の一つだ。根治的ながん集学的治療(12)の多くは、輸血のサポートを前提として計画される。特に移植医療(14)、中でも肝移植は大量の輸血を必要とすることが多い。一方で、輸血はB型・C型肝炎ウイルスやHIVといった感染症伝播のリスクも伴う。
    そのため、厳格なスクリーニングや自己血輸血の利用など、厳格な医療安全管理(15)が求められる。

5. 周術期管理:手術の成功を影で支える科学

  • 歴史
    かつて、外科医の仕事は手術室の中で完結するものと考えられていた。
    しかし、手術という大きな侵襲を乗り越え、患者が元気に退院するためには、手術の前(術前)、最中(術中)、そして後(術後)の全身状態を科学的に管理すること、すなわち「周術期管理」が極めて重要であることが次第に認識されるようになってきた。
    20世紀初頭に麻酔(1)科学が発展し、1960年代には集中治療室(ICU)が誕生。人工呼吸器やモニター類が導入され、患者の状態をリアルタイムで把握できるようになった。
    1970年代以降は中心静脈栄養(TPN)が臨床現場で普及するようになり、栄養管理も進歩した。
    そして1990年代後半、デンマークの外科医ヘンリク・ケレットが提唱したERAS (Enhanced Recovery After Surgery) プロトコルが登場。これは、科学的根拠に基づいて術後回復を妨げる因子を可能な限り排除し、回復を促進しようという集学的な周術期管理戦略であり、現代の標準となっている。
  • 重要性
    周術期管理の目的は、手術侵襲によって引き起こされる生体のホメオスタシス(恒常性)の乱れを最小限に抑え、患者の回復力を最大限に引き出すことにある。執刀医のメスの切れ味がいかに鋭くとも、この周術期管理が疎かになれば、患者は合併症を起こし、最悪の場合、命を落とすことさえある。
    手術の成功は、ドラマで描かれるような天才外科医一人の手腕によるものではなく、麻酔科医、集中治療医、看護師、理学療法士、管理栄養士など、多くの専門家による地道で科学的な全身管理の賜物なのだ。優れた外科医とは、優れた周術期管理者でもある。
  • 他の項目との関連性
    周術期管理は、外科医療のあらゆる要素を統合する、いわば司令塔のような役割を担う。
    術中管理は麻酔(1)科医の主たる仕事であり、適切な輸血(4)戦略や抗生物質(3)投与も周術期管理の重要な要素だ。手術侵襲そのものを小さくする低侵襲化(8)は、ERASの概念とも合致し、患者の回復をさらに加速させる。
    そして、ERASの実践を見てもわかるように、効果的な周術期管理は、多職種の専門家が連携するチーム医療(11)なくしては成り立たない。

第3章:「見る」「触れる」技術の革命

さて、外科手術の基本は「見て、触れて、切って、縫う」ことだ。第1章、第2章で学んだ進歩により、外科医は安全に患者の体を開き、内部を操作する時間と手段を得た。しかし、そもそもどこに病巣があり、どのような状態なのかを正確に把握できなければ、的確な治療は行えない。この章では、外科医の「目」と「手」を飛躍的に進化させた二つの革命、「診断技術」と「手術器具の深化」について解説しよう。

6. 診断技術:人体内部を可視化する神の目

  • 歴史
    かつて、体の中の様子を知る手段は、患者の訴えを聞き、体表から触診や聴診を行うことしかなく、最終的な診断は開腹して直接自分の目で見て下すしかなかった。この状況を一変させたのが、1895年、物理学者ヴィルヘルム・レントゲンによる「X線」の発見だ。これにより、人類は初めて、生きた人間の内部を「非侵襲的」に見ることができるようになった。
    その後、1950年代には超音波診断装置(エコー)が、そして1972年にはゴッドフリー・ハウンズフィールドによるコンピューター断層撮影(CT)が登場し、診断能力は飛躍的に向上した。
    1970年代後半からは磁気共鳴画像法(MRI)が開発され、軟部組織の描出に威力を発揮。さらに、がん細胞の活動性を可視化するPETや、消化管内部を直接観察する内視鏡など、診断技術は今もなお進化を続けている。
  • 重要性
    これらの画像診断技術の登場は、外科医療に「確実性」と「計画性」をもたらした。どこに、どのような大きさ・性質の病変が、周囲の臓器や血管とどのような関係にあるのかを、手術前に三次元的に詳細に把握できるようになった。
    これにより、「開けてみたら手遅れだった」という悲劇は激減した。CTやMRIの画像データをもとに手術のシミュレーションが可能になり、手術の安全性と確実性は格段に向上した。もはや画像診断なくして、現代の外科手術は計画すら立てられないのだ。
  • 他の項目との関連性
    診断技術の進歩は、外科のあり方そのものを変えた。正確な位置情報があるからこそ、小さな傷から病変にアプローチする低侵襲化(8)、特に腹腔鏡手術や血管内治療が可能になる。
    がん集学的治療(12)においては、がんの進行度(ステージ)を正確に診断することで、最適な治療法を選択・組み合わせることが可能になる。客観的な画像所見は、治療方針を決定する上で最も重要なエビデンス(9)の一つとなる。

7. 手術器具の飛躍的深化:外科医の手を拡張する匠の技

  • 歴史
    外科医の技は、その手にある器具によって大きく左右される。メスや鑷子といった基本的な器具の歴史は古いが、20世紀に入り、劇的な進化を遂げた。1926年、ウィリアム・T・ボヴィーが高周波電流を用いて組織の切開と止血を同時に行える電気メスを発明。これにより、出血の多い実質臓器の手術が格段に行いやすくなった。
    20世紀後半には、腸管や血管などを瞬時に縫合・吻合する自動縫合器・吻合器が登場し、手術時間を大幅に短縮した。さらに、超音波凝固切開装置や血管シーリングシステムは、より迅速で無血に近い手術を可能にした。
    そして21世紀の幕開けと共に、手術支援ロボット「ダヴィンチ」(2000年7月米国で承認)が登場。手ぶれが補正され、人間の手首以上の可動域を持つ鉗子によって、人間の手では不可能な精密で安定した操作が可能となり、外科手術に新たな次元を切り拓いた。
  • 重要性
    これらの高度な手術器具は、外科医の能力を文字通り「拡張」した。より速く、より出血を少なく、より正確に、そしてより安全に手術を行うことを可能にしたのだ。かつては一部の「神の手」を持つ天才外科医にしかできなかったような手技が、優れた器具の助けによって、多くの外科医が安全に行えるようになった。
    これは、手術の「標準化」と「質の均てん化」に大きく貢献したと言える。現代の外科医は、様々なハイテク兵器を駆使して戦う、戦闘機のパイロットのようなものかもしれない。
  • 他の項目との関連性
    手術器具の進化は、外科医療のパラダイムシフトを牽引してきた。腹腔鏡手術やロボット支援手術といった低侵襲化(8)は、まさに専用の精巧な手術器具なくしては成り立たない。長時間の手術を可能にした麻酔(1)の進歩が、こうした複雑な器具を用いた精緻な手術の発展を後押しした。
    電気メスなどによる止血技術の進歩は、術中出血量を大幅に減らし、輸血(4)の必要性を減らすことに貢献している。再生医療・移植医療(14)における繊細な血管吻合には、マイクロサージャリーの技術が不可欠である。

第4章:より優しく、より確実な外科へ

20世紀末から21世紀にかけて、外科医療は二つの大きな潮流を生み出す。一つは、いかに患者の体へのダメージ(侵襲)を少なくするかを追求する「低侵襲化」。もう一つは、外科医個人の経験や勘ではなく、客観的な科学的データに基づいて最も効果的な治療法を選択しようとする「エビデンスに基づく医療(EBM)」だ。この章では、患者にとって「より優しく」、そして「より確実」な医療を目指す、この二つの重要な概念を探求する。

8. 低侵襲化:患者の体をいたわる外科の新しい潮流

  • 歴史
    「良い外科医は、大きな切開を置く」という言葉が、かつては格言であった。
    しかし、大きな傷は、術後の激しい痛みと長い回復期間を意味する。この常識を根底から変えたのが、1987年のフランスの外科医フィリップ・モレによる世界初の「腹腔鏡下胆嚢摘出術」の成功である(ただし,1985年のドイツの外科医エリッヒ・ミュへを世界初とする説もある。)。腹部に数カ所の小さな穴を開け、そこからカメラと細長い器具を挿入して行うこの術式は、術後の痛みが劇的に少なく、回復も驚くほど早く、瞬く間に世界中に普及した。
    1990年代以降、腹腔鏡手術の技術は胃がん、大腸がんなど様々な領域へと応用が拡大。2000年代には手術支援ロボットが登場し、精度をさらに向上させた。また、血管内からカテーテルで治療を行う「血管内治療(IVR)」も、外科手術に代わる低侵襲治療として重要な地位を確立した。
  • 重要性
    低侵襲化がもたらした最大の恩恵は、患者QOL(Quality of Life: 生活の質)の劇的な向上である。痛みが少なく回復が早いため、入院期間の短縮と早期の社会復帰が可能になる。また、大きな傷跡が残らない美容面のメリットも大きい。さらに、体への負担が少ないため、これまで体力的な問題で大きな手術に耐えられないと判断された高齢者や合併症を持つ患者に対しても、手術という治療の選択肢を提供できるようになった。
    低侵襲化は、病気を治すことと、患者のその後の人生の質を保つことの両立を目指す、外科医療の思想的な転換点なのだ。
  • 他の項目との関連性
    低侵襲手術は、まさにこれまで述べてきた技術革新の集大成と言える。CTやMRIによる正確な診断技術(6)がなければ、小さな穴から病変に正確にアプローチすることは不可能だ。高精細なカメラやロボットといった専用の高度な手術器具(7)なくして、低侵襲手術は成り立たない。
    手術侵襲そのものを小さくすることは、周術期管理(5)におけるERASプロトコルの概念と非常に親和性が高い。一方で、特有の難しさも伴うため、安全な導入には十分なトレーニング制度が不可欠であり、医療安全管理(15)の新たな課題となっている。

9. エビデンスに基づく医療(EBM):経験と勘から科学的根拠へ

  • 歴史
    外科は長い間、師匠から弟子へと受け継がれる「徒弟制度」の世界であり、治療方針の決定は、個々の外科医の経験や権威に基づいて行われてきた。この状況に一石を投じたのが、1970年代、英国の疫学者アーチー・コクランが提唱した、信頼性の高い臨床研究の重要性である。
    1990年代にカナダのマクマスター大学のデイヴィッド・サケットらによって、EBMの概念が臨床医学全体に広められた。彼らはEBMを「個々の患者のケアに関する意思決定において、現在得られる最良の根拠(エビデンス)を、良心的に、明示的に、そして思慮深く用いること」と定義した。
    21世紀に入り、外科領域でも世界中の臨床研究の結果をまとめた「診療ガイドライン」が各学会によって作成され、多くの外科医がこれを羅針盤として日々の診療を行っている。
  • 重要性
    EBMは、外科医療に「客観性」と「標準化」をもたらした。科学的根拠に基づいた最善の治療法(標準治療)が示されることで、病院や外科医による治療成績のばらつきが少なくなり、全国どこでも質の高い医療を受けられるようになった。
    また、外科医は、なぜその治療法を勧めるのかを、客観的なデータを用いて患者に説明できるようになった。これは、後述するインフォームド・コンセント(10)の質を高め、患者が自らの治療法を決定する「共同意思決定」の基礎となる。
    新しい治療法が本当に従来のものより優れているのかを科学的に証明することが求められるようになり、より効果的で安全な治療法の開発が促進された。
  • 他の項目との関連性
    EBMは、現代医療のあらゆる側面に影響を与える基本理念である。客観的なエビデンスは、患者がインフォームド・コンセント(10)を形成するための最も重要な情報源である。どのような進行度のがんに、どの治療法をどう組み合わせるのが最も効果的かというがん集学的治療(12)の戦略は、まさにEBMの真骨頂である。
    ERASという周術期管理(5)プロトコル自体が、様々な介入の是非をエビデンスに基づいて見直した結果生まれたものである。科学的根拠のない危険な医療行為を排除し、安全で効果的な医療を提供することは、医療安全管理(15)の根幹に関わる。

第5章:患者と共にある医療 – 倫理とチーム

医療は単なる科学技術の応用ではない。その中心には、常に「患者」という一人の人間が存在する。20世紀後半、医療は、医師が一方的に治療を施す「パターナリズム」から、患者自身の価値観や自己決定権を尊重し、共に治療方針を決定していくという、大きな思想的転換を経験する。また、高度化・複雑化する医療に対応するため、様々な専門職が連携して患者を支える「チーム医療」の重要性が認識されるようになった。この章では、現代外科医療の「心」とも言うべき、この二つの重要な概念について深く掘り下げていこう。

10. インフォームド・コンセントと倫理:患者主体の医療への転換

  • 歴史
    医師の善意と専門的判断にすべてを委ねるのが、長らく医療の常識であった。
    しかし、第二次世界大戦中のナチス・ドイツによる非人道的な人体実験への反省から、被験者の「自発的な同意」を絶対原則とする「ニュルンベルク綱領」が、ナチスの非人道的な人体実験を裁いたニュルンベルク継続裁判(特に医者裁判)の結果として生まれた。この精神は1964年の「ヘルシンキ宣言」に引き継がれ、臨床倫理の基本原則となった。1970年代以降、米国を中心に患者権利運動が活発化し、「インフォームド・コンセント(十分な情報を与えられた上での同意)」という概念が、臨床現場の標準的な手続きとして定着していった。
    日本では、1990年代後半から本格的に導入されるようになった。
  • 重要性
    インフォームド・コンセントは、単なる「手術同意書へのサイン」ではない。それは、①病状や治療法について医師が十分に説明し、②患者がそれを理解し、③誰からも強制されることなく自らの意思で、④治療を受けることに同意する(あるいは同意しない)、という重要なコミュニケーションのプロセスである。
    このプロセスを通じて、患者は自らの治療に主体的に参加し、その結果に対して納得感を持つことができる。我々外科医にとっても、患者との信頼関係を築くことは、万が一、好ましくない結果が生じた場合でも、共に乗り越えていくための基盤となる。インフォームド・コンセントは、医療を「医師が施すもの」から「患者と医療者が協働して創り上げるもの」へと変えた、根本的なパラダイムシフトなのだ。
  • 他の項目との関連性
    インフォームド・コンセントの理念は、現代医療の隅々にまで浸透している。EBM(9)に基づく客観的なデータは、患者が合理的な意思決定を行うための最も重要な「情報」である。ゲノム医療(13)や再生医療・移植医療(14)のように、倫理的に複雑な問題を伴う分野では、より慎重で深いレベルのインフォームド・コンセントが不可欠となる。患者に手術のリスクを十分に説明し、理解を得ておくことは、医療安全管理(15)におけるリスクマネジメントの観点からも極めて重要である。

11. チーム医療:個の力から組織の力へ

  • 歴史
    かつての病院では、医師を頂点とする明確な階層構造(ヒエラルキー)が一般的であった。
    しかし、医療の高度化・専門化が進むにつれ、一人の医師が患者の抱えるすべての問題を把握し、対処することは不可能になってきた。近代看護の母、フローレンス・ナイチンゲール(1820-1910)が、医師とは異なる専門性を持つ「看護師」という職種を確立したことが、その原点と言える。
    20世紀後半から、がん治療などを例に、外科医、内科医、放射線科医、薬剤師、看護師、理学療法士、管理栄養士、ソーシャルワーカーなど、極めて多くの専門家が連携しなければ最善の医療は提供できない、という認識が広まった。
    現在では、様々な専門家が一堂に会して治療方針を議論する「キャンサーボード」などが標準となっている。
  • 重要性
    チーム医療は、多角的な視点から患者の問題を検討することで、より網羅的で質の高い医療計画を立てることを可能にする。また、複数のスタッフが関わることで、指示の伝達ミスや思い込みによるエラーを相互にチェックする機能が働き、医療事故の防止に繋がる。患者は身体的な問題だけでなく、精神的、社会的な問題も含めて、包括的なサポートを受けることができる。
    我々外科医も、もはや孤高のスーパースターではない。オーケストラの指揮者のように、各分野のプロフェッショナルたちの能力を最大限に引き出し、調和のとれた最高の医療(ハーモニー)を奏でるための、重要な一員なのだ。
  • 他の項目との関連性
    チーム医療は、現代の高度医療を実践するための必須のプラットフォームである。ERASを実践する周術期管理(5)は、多職種の緊密な連携なくしては成功しないチーム医療の典型例である。がん集学的治療(12)は、まさにチーム医療そのものであり、キャンサーボードでの議論がその質を決定する。
    チーム内の円滑なコミュニケーションは、医療安全管理(15)の要である。チームで患者に関わることで、より手厚いインフォームド・コンセント(10)の支援が可能になる。

第6章:がん治療の進化と未来

がんは、依然として我々人類にとって最大の脅威の一つであり、外科医が挑むべき最も大きな領域だ。かつて、がん治療は外科手術による「切除」がほぼ唯一の根治的治療法であった。しかし、研究の進歩により、手術、放射線治療、薬物療法を巧みに組み合わせる「集学的治療」が標準となり、さらに近年では、個々の患者の遺伝子情報に基づいて最適な治療法を選択する「個別化治療」の時代が到来している。この章では、がんとの闘いの最前線で起きている、この二つの大きな潮流について解説する。

12. 連携によるがん集学的治療:がんに多角的に挑む

  • 歴史
    20世紀半ばまで、がん治療はそれぞれの専門分野が個別に担っていた。
    しかし、外科医がいくら広範にがんを切除しても、目に見えない微小な転移によって再発するケースが後を絶たなかった。手術という局所療法だけでは限界があることが明らかになったのだ。1940年代以降、全身に行き渡って微小転移を叩くことができる「抗がん剤」が登場。また、放射線治療も技術が進歩し、副作用を抑えつつ強力にがんを攻撃できるようになった。
    1970年代以降、これら3つの治療法、すなわち手術、放射線治療、薬物療法を、がんの種類や進行度に応じて最も効果的に組み合わせる「集学的治療」の考え方が確立された。手術前にがんを小さくする「術前補助療法」や、手術後に再発を防ぐ「術後補助療法」は、現在のがん治療の標準戦略となっている。
  • 重要性
    集学的治療の導入により、これまで根治が難しかった多くのがんの治療成績が飛躍的に向上した。乳がん、大腸がん、食道がんなど、多くの領域で、集学的治療は生存率を改善し、また、肛門や乳房といった臓器・機能の温存を可能にした。
    外科医の役割も、単に「がんを切る」ことから、「集学的治療全体を俯瞰し、手術という手段を最適なタイミングで、最適な方法で提供する」ことへと変化した。手術は、依然として固形がん治療の根幹であるが、もはやそれ単独で完結するものではなく、集学的治療という大きな戦略の中の一部隊なのだ。
  • 他の項目との関連性
    集学的治療は、まさに現代医療の粋を集めた総力戦である。外科医、腫瘍内科医、放射線治療医をはじめとするチーム医療(11)の実践そのものである。がんの正確な広がりを診断する診断技術(6)が、どの治療法を組み合わせるべきかを決定する上で不可欠だ。
    どのステージのがんにどの治療法が有効かという問いに答えるのは、EBM(9)の積み重ねである。強力な化学療法や放射線治療を受けた患者を手術から守るためには、より高度な周術期管理(5)が求められる。

13. ゲノム医療と個別化外科治療:一人ひとりに最適化された医療の実現

  • 歴史
    同じ種類、同じステージのがんでも、抗がん剤が劇的に効く患者と、全く効かない患者がいる。この疑問に光を当てたのがゲノム科学の進歩だ。2003年のヒトゲノム計画完了後、がんが「遺伝子の異常」によって引き起こされる病気であることが分子レベルで解明され始めた。
    がん細胞の増殖に不可欠な特定の分子だけを狙い撃ちする「分子標的薬」や、患者自身の免疫力を再活性化させてがんを攻撃させる「免疫チェックポイント阻害薬」(2010年代〜、本庶佑博士の発見が基礎)が登場し、がん薬物療法に革命を起こした。
    現在では、一度に数百の遺伝子を調べる「がん遺伝子パネル検査」が保険適用となり、個々のがんが持つ遺伝子変異に基づいて最適な薬を選択する「がんゲノム医療」が本格化している。
  • 重要性
    ゲノム医療は、がん治療を「がんの種類(臓器)」で分類する時代から、「がんの原因となっている遺伝子変異」で分類する時代へと転換させた。これは、すべての患者に画一的な治療を行うのではなく、一人ひとりの遺伝子情報に基づいて最適な治療を提供する「個別化医療(Personalized Medicine)」の本格的な到来を意味する。
    外科医にとっても、手術で切除した組織を遺伝子パネル検査に提出し、その結果に基づいて術後の補助療法を決定するといった連携がすでに行われている。将来的には、遺伝子情報から手術後の再発リスクをより正確に予測し、「手術の必要性」や「切除範囲」そのものを個別化する時代が来るかもしれない。
  • 他の項目との関連性
    ゲノム医療は、最先端科学と臨床医学が融合した、新たな医療のフロンティアだ。遺伝子情報は血縁者とも共有される機微な情報であり、その検査には遺伝カウンセリングを含めた極めて慎重な倫理(10)的配慮とインフォームド・コンセントが求められる。
    どの遺伝子変異にどの薬が有効かという知見は、膨大なゲノムデータと臨床データの解析という、新しい形のEBM(9)創出に基づいている。質の高い検体を採取・保存する病理診断の技術も、診断技術(6)の一環として極めて重要である。

第7章:生命の可能性を拓く最先端医療

外科医療の究極の目標の一つは、失われた臓器や組織の機能を取り戻すことだ。この壮大な目標に挑んでいるのが「移植医療」と「再生医療」である。移植医療は他者から提供された健康な臓器で機能を代替し、再生医療は患者自身の細胞を用いて組織や臓器を再生・修復しようという、まさに21世紀の医療を象徴する分野だ。この章では、生命の可能性そのものを拓く、これら最先端の領域について学んでいこう。

14. 再生医療と移植医療:失われた機能を取り戻す希望の光

  • 歴史
    他人の臓器を移植する際の最大の壁は「拒絶反応」であった。1954年、ジョセフ・マレーが拒絶反応の起こらない一卵性双生児間での腎臓移植に成功し、移植医療の幕開けを告げた。1970年代後半に発見された強力な免疫抑制剤「シクロスポリン」の登場により、拒絶反応の制御が飛躍的に向上し、腎臓、肝臓、心臓など様々な臓器移植の成績が劇的に改善した。日本では1997年の「臓器移植法」施行により、脳死ドナーからの臓器提供が可能となり、国内での移植医療が本格化 した。
    一方、再生医療は2006年、京都大学の山中伸弥教授による「iPS細胞(人工多能性幹細胞)」の樹立によって革命的な進歩を遂げた。患者自身の体細胞から万能細胞を作製できるため、倫理的な問題や拒絶反応を克服できる可能性を秘めている。
    2014年にはiPS細胞から作った網膜細胞の移植手術が世界で初めて行われ、現在、パーキンソン病や心不全、脊髄損傷などへの臨床応用が始まっている。
  • 重要性
    移植医療は、末期の臓器不全に苦しむ患者にとって、唯一の根治的治療法となりうる「命を繋ぐ」医療である。再生医療は、これまで治療法がなかった病気や怪我を根本的に治癒させ、さらにはドナー不足という移植医療の根本的な問題を解決する可能性を秘めた、まさに未来の医療だ。
    外科領域においても、iPS細胞から作製した心筋細胞シートを心臓に貼り付ける治療など、外科手技と再生医療技術を融合させた新たな治療法が期待されている。
  • 他の項目との関連性
    これらの最先端医療は、多くの既存の医療技術の基盤の上に成り立っている。免疫抑制剤の使用により、移植患者は極めて感染しやすいため、徹底した消毒(2)・抗生物質(3)による感染管理と高度な周術期管理(5)が生命線となる。移植における微細な血管吻合には、マイクロサージャリーの手術器具(7)と技術が不可欠である。
    臓器提供におけるドナーの善意、脳死の定義、iPS細胞研究の生命倫理など、これらの領域は常に深い倫理(10)的ジレンマを伴い、極めて丁寧なインフォームド・コンセントが求められる。

第8章:医療の質と安全を守る砦

さて、諸君。我々はこれまで、外科医療を劇的に進歩させてきた14の項目を旅してきた。しかし、どれほど医療技術が高度化しても、全ての土台となるべき最も重要な概念がある。それが「医療安全」だ。医療は、本質的にリスクを伴う行為であり、人間が行う以上、エラーを完全になくすことはできない。この章では、その「なくならないエラー」を前提とした上で、いかにして患者の安全を守り、医療の質を保証していくかという、現代医療の最後の、そして最も重要な砦について解説する。

15. 医療安全管理と質保証のシステム:決して崩してはならない最後の防衛線

  • 歴史
    かつて、医療事故は個々の医療者の技術不足や不注意の問題として片付けられがちであった。この流れを大きく変えたのが、1999年に米国医学研究所(IOM)が発表した衝撃的な報告書『人は誰でも間違える(To Err is Human)』である。この報告書は、「エラーの原因は、個人の不注意ではなく、医療を提供するシステムそのものの欠陥にある」と指摘し、安全管理の考え方を「誰が」を追及する個人モデルから、「なぜ」を分析し、再発しない仕組みを構築するシステムアプローチへと転換させた。
    日本でも、1999年の患者取り違え事故などをきっかけに医療安全への関心が高まり、各医療機関に医療安全管理者の配置や、インシデント・アクシデント報告システムの構築が義務付けられるようになった。
  • 重要性
    医療安全管理システムの目的は、エラーが起きても、それが患者への危害という「事故」に結びつく前に、何重もの防護壁で食い止めることにある。外科領域における具体的な取り組みとしては、左右を取り違えないための「手術部位マーキング」、執刀直前にチーム全員で確認する「タイムアウト」、治療計画を標準化する「クリニカルパス」などがある。
    これらの地道な活動は、決して派手ではないが、患者の命と信頼を守る上で、どんな高度な医療技術にも勝る、最も重要な基盤なのである。我々外科医は、常に自らの手技が患者に危害を及ぼすリスクと隣り合わせであることを、瞬時たりとも忘れてはならない。
  • 他の項目との関連性
    医療安全は、これまで述べてきた全ての項目を根底で支える包括的な概念である。職種間の風通しの良いコミュニケーションを促すチーム医療(11)は、エラーを早期に発見・修正するための最も重要なセーフティネットだ。起こりうる合併症について事前に患者と共有するインフォームド・コンセント(10)も、安全管理の一部である。
    EBM(9)に基づいた標準的な治療を実践することは、個人の独断による危険な医療を排除し、安全性を高める。新しい低侵襲化(8)技術や手術器具(7)を安全に導入するための厳格なトレーニングも、医療安全管理の範疇である。

おわりに

諸君、15の柱を巡る長い旅、お疲れ様だった。

華岡青洲が麻酔を創始した江戸時代から、iPS細胞が生命の新たな可能性を拓く現代まで、我々がいかに壮大な巨人の肩の上に立っているか、感じてくれただろうか。麻酔、消毒、抗生物質がなければ、我々は今も手術室で絶叫を聞いていたかもしれない。輸血や周術期管理がなければ、多くの命を救うことはできなかっただろう。診断技術や手術器具の進歩がなければ、我々の目と手はあまりに無力だった。

そして忘れてはならないのは、低侵襲化、EBM、インフォームド・コンセント、チーム医療といった、患者中心の思想的成熟だ。技術はあくまでも道具であり、それを使う我々の心、倫理観こそが医療の質を決定する。ゲノム医療や再生医療といった未来の技術も、この倫理の土台なくしては成り立たない。

そして最後に、医療安全。これが全ての根幹だ。どれほど素晴らしい知識と技術を身につけても、安全への謙虚な姿勢を失った瞬間、我々は凶器を振り回す者へと堕する。

君たちがこれから歩む道は、決して平坦ではないだろう。しかし、困難に直面した時、この15の柱の歴史を思い出してほしい。先人たちが、いかに絶望的な状況から知恵と勇気で道を切り拓いてきたかを。君たちはそのバトンを受け継ぐ、正当な後継者なのだ。

学び続け、問い続け、そして何よりも、目の前の患者一人ひとりに対して、誠実であれ。

手術室で、君たちと共に働ける日を楽しみにしている。

AIによるファクトチェック結果

拝啓

ご依頼いただいた文書について,「公平中立な医学専門家」として,外科手術に関連する事実のファクトチェックを実施しました。以下にその結果を報告します。

本文書は,近代外科の発展を支えた重要な要素を歴史的背景と共に網羅的に解説しており,その内容は非常に高い正確性を持っています。検証の結果,明確な「虚偽」と判断される事実は見当たりませんでした。ごく一部,表現の解釈や年代のわずかなずれの可能性について判断根拠で補足していますが,いずれも歴史的事実の根幹を揺るがすものではなく,全体として極めて信頼性の高い内容であると結論付けられます。

以下に,個々の事実に対する検証結果をテーブル形式で示します。


 

ファクトチェック結果

 

番号検証事実結果判断根拠
1麻酔や消毒の概念がない時代の手術は,絶叫と死の匂いに満ちていた。真実当時の手術に関する多数の歴史的文献や記録が,麻酔なく行われた手術の過酷さ,患者の苦痛,そして高い死亡率を記述しており,この表現は歴史的事実として広く認められている。
2外科医は患者を押さえつける屈強な助手を従えていた。真実麻酔がなかった時代において,患者が痛みで暴れるのを防ぐために,複数の助手が物理的に患者を固定することは手術を行う上で不可欠であり,多くの歴史的描写で確認できる。
3四肢の切断手術は猛スピードで行われた。真実患者が痛みによるショック死に至るのを避けるため,外科医は可能な限り迅速に手術を終える技術を求められた。ロバート・リストンなど,特に速さで知られた外科医の逸話も残っている。
4手術の成功とは,患者が痛みでショック死する前に処置を終えることであった。真実当時の外科手術における第一の関門は,手術中のショック死であった。これを乗り越えることが「成功」の第一条件であり,術後の生存はまた別の問題であった。
5手術を乗り越えても,術後感染(手術熱)による死が高確率で待っていた。真実消毒や無菌操作の概念がなかったため,手術創からの細菌感染はほぼ必発であった。「病院熱」や「手術熱」と呼ばれ,術後の主要な死因であったことが医学史で記録されている。
6「苦痛」と「感染」は,外科医療の進歩を何世紀にもわたって阻んできた二大障壁であった。真実この二つの問題を解決する麻酔と消毒法の確立が近代外科の幕開けとされることからも,これらが長らく外科の発展を妨げる根本的な課題であったことは自明である。
7古代からアヘンやアルコール,催眠術が痛みの緩和に試みられてきた。真実アヘン(ケシ)は古代メソポタミアやエジプトで鎮痛剤として使用された記録がある。アルコールも古くから麻痺作用を期待して用いられた。催眠術も19世紀に試みられている。
8古代の鎮痛法は,確実な効果が得られなかった。真実これらの方法は効果が不安定で,個人差が大きく,手術に耐えうるほどの確実な鎮痛・鎮静効果を提供することはできなかった。そのため,外科手術の発展には繋がらなかった。
9華岡青洲は日本の外科医であった。真実華岡青洲(1760-1835)は江戸時代の外科医であり,世界で初めて全身麻酔下での手術に成功した人物として日本医学史において高く評価されている。
101804年,華岡青洲は経口麻酔薬「通仙散(麻沸散)」を開発した。真実華岡青洲は,約20年の歳月をかけてチョウセンアサガオなどを主成分とする経口麻酔薬を開発し,これを「通仙散」または「麻沸散」と名付けた。1804年は最初の臨床成功の年とされる。
11通仙散の主成分はチョウセンアサガオなどであった。真実通仙散は,チョウセンアサガオを主薬とし,数種類の生薬を配合して作られた。スコポラミンやアトロピンといった強力な抗コリン作用を持つ成分が含まれていた。
12華岡青洲は世界で初めて全身麻酔下で乳がん摘出手術に成功した。真実1804年10月13日,華岡青洲は60歳の女性に対し,通仙散を用いた全身麻酔下で乳がんの摘出手術を行い成功させた。これは世界初の確実な記録とされる。
13華岡青洲の成功は,西洋の麻酔より40年以上早かった。真実西洋におけるエーテル麻酔の公開実験成功は1846年であり,華岡青洲の1804年の成功はこれより42年早い。この事実は広く認められている。
14華岡青洲の業績は,鎖国のため世界に広まらなかった。真実江戸時代の鎖国政策により,日本の医学的成果が海外に伝わることはなく,彼の業績が世界の医学史に直接的な影響を与えることはなかった。
15世界的な麻酔の幕開けは,1846年10月16日の公開麻酔実験であった。真実この日付は「エーテル・デー」として知られ,麻酔科学の歴史において最も重要な日の一つとされている。この成功が麻酔の世界的な普及のきっかけとなった。
16公開麻酔実験は,米国マサチューセッツ総合病院で行われた。真実米国マサチューセッツ州ボストンにあるマサチューセッツ総合病院の手術室(現在エーテル・ドームとして保存)でこの歴史的な実験が行われた。
17麻酔を施したのは,歯科医ウィリアム・T・G・モートンであった。真実ウィリアム・トーマス・グリーン・モートンは,ジエチルエーテルの麻酔作用を発見(再発見)し,この公開実験で麻酔を担当した中心人物である。
18執刀医は,ジョン・コリンズ・ウォーレンであった。真実ジョン・コリンズ・ウォーレンは,当時の米国を代表する高名な外科医であり,この歴史的な手術の執刀を担当した。彼の権威が成功の意義を大きくした。
19ウォーレン執刀医の言葉は「紳士諸君,これはハッタリではない」であった。真実手術が無事に終わった後,ウォーレンが懐疑的な聴衆に向かって言った “Gentlemen, this is no humbug” という言葉は,麻酔の成功を象徴する有名な引用句として残っている。
201847年,ジェームズ・シンプソンがクロロホルムを麻酔に用いた。真実スコットランドの産科医ジェームズ・ヤング・シンプソンは,エーテルの欠点を補う麻酔薬を探し,1847年にクロロホルムの麻酔作用を発見し,臨床応用した。
211884年,カール・コラーがコカインを局所麻酔薬として用いた。真実オーストリアの眼科医カール・コラーは,友人のジークムント・フロイトの研究をヒントに,コカインの局所麻酔作用を発見し,眼科手術に応用した。これが最初の局所麻酔薬である。
22吸入麻酔薬,静脈麻酔薬,脊椎麻酔,硬膜外麻酔が次々と開発された。真実20世紀を通じて,より安全で管理しやすい多様な麻酔薬や麻酔法が開発され,麻酔科学は大きく進歩した。本文書に挙げられた麻酔法はその代表例である。
23麻酔は外科医に「時間」を与えた。真実麻酔によって患者の苦痛と体動がなくなったことで,外科医は時間に追われることなく,複雑で精密な手技を要する長時間の手術を行うことが可能になった。これは麻酔の最大の貢献の一つである。
24麻酔により,数時間かけて精緻な操作を行うことが可能になった。真実これまでの数分で終えなければならなかった手術が,数時間単位で行えるようになり,手術の質と適用範囲が劇的に向上した。
25腹部,胸部,脳,心臓といった部位への手術が現実のものとなった。真実長時間にわたる安定した術野が確保できるようになったことで,これまでアクセス不可能と考えられていた体腔内の深部臓器に対する手術が可能になった。
26開胸術,開腹術,脳神経外科手術,心臓血管外科手術は麻酔なしには成り立たない。真実これらは現代外科の主要分野であるが,いずれも長時間と精密な操作を要するため,安全で効果的な麻酔法の確立がその発展の絶対的な前提条件であった。
27麻酔は,外科医が「職人」から「科学者」へと脱皮するための革命であった。真実麻酔の登場は,単なる技術革新に留まらず,外科医が生理学や薬理学といった科学的知識に基づいて手術を計画・実行するという,外科医療の質の転換を促した。
28消毒の概念以前,手術創は高確率で化膿した。真実術後感染は「称賛すべき膿 (laudable pus)」とさえ呼ばれ,避けられないものと考えられていた。傷が化膿することは当然の経過であり,非常に高い確率で発生した。
29患者はしばしば敗血症で命を落とした。真実局所の創感染から細菌が血流に入ることで全身性の感染症である敗血症を引き起こし,これが術後死亡の最大の原因であった。
30イグナーツ・ゼンメルワイスは1847年当時オーストリアの産科医であった。真実ハンガリー生まれの医師イグナーツ・ゼンメルワイスは,1847年当時,ウィーン総合病院の産科に勤務しており,産褥熱の問題に取り組んでいた。
31ゼンメルワイスは,医師が遺体解剖後に手を洗わずに分娩介助すると産褥熱の死亡率が高くなることに気づいた。真実彼は,医師が担当する第一産科病棟の死亡率が,助産師が担当する第二産科病棟より著しく高いことを観察し,その原因が解剖室から運ばれる「死体粒子」にあると推論した。
32ゼンメルワイスは,さらし粉による手洗いを義務付けた。真実彼は,死体粒子を破壊する化学物質としてさらし粉(塩素化石灰)溶液を選び,医師や学生に解剖後や患者に触れる前の手洗いを徹底させた。
33手洗いの義務付けにより,死亡率は劇的に低下した。真実この介入により,第一産科病棟の産褥熱による死亡率は10%以上から1-2%台へと,第二産科病棟と同レベルまで劇的に低下した。
34当時の医学界はゼンメルワイスの理論を受け入れなかった。真実彼の発見は,病気の原因を説明する細菌説がまだ確立されていなかったため,科学的根拠が乏しいと見なされた。また,医師が死の原因であると示唆したことが反感を買い,受け入れられなかった。
35ゼンメルワイスは失意のうちに生涯を終えた。真実彼の業績は認められず,ウィーンから故郷のハンガリーへ戻った後も苦境が続き,精神的に不安定となり,最後は精神科病院で敗血症により亡くなったとされる。
36ルイ・パスツールが1860年代に「病気の細菌説」を提唱した。真実フランスの科学者ルイ・パスツールは,発酵や腐敗が微生物によって引き起こされることを証明し,多くの病気が特定の微生物によって引き起こされるという「細菌説」を提唱した。
37ジョセフ・リスターは英国の外科医であった。真実ジョセフ・リスター(1827-1912)は,グラスゴー大学の外科教授を務めた英国の著名な外科医であり,「近代外科学の父」と称される一人である。
381867年,リスターはパスツールの研究に触発され「消毒法」を考案した。真実パスツールの研究を知ったリスターは,目に見えない細菌が術後感染の原因であると考え,これを殺すための化学的方法として消毒法(Antisepsis)を開発した。1867年は彼の論文が発表された年である。
39リスターの消毒法は,石炭酸(フェノール)を手術器具,術者の手,空中に噴霧するものだった。真実彼は,石炭酸が下水の腐敗を防ぐことにヒントを得て,これを希釈した溶液を手や器具の消毒,傷の洗浄に用い,さらには手術室の空中に噴霧器で散布した。
40リスターの消毒法により,彼が執刀した手術の死亡率は劇的に低下した。真実彼の消毒法を導入する前,彼が担当した切断手術の死亡率は約45%であったが,導入後には約15%にまで低下したと報告されており,その効果は明らかであった。
41リスターの業績は,近代的な無菌手術の基礎を築いた。真実彼の「消毒法」は,病原体を殺すという考え方であったが,後に,そもそも病原体を術野に入れないという「無菌法(Asepsis)」へと発展し,現代の無菌手術の直接的な基礎となった。
42無菌操作が手術成功の常識となった。真実リスター以降,外科医の技術だけでなく,術野をいかに無菌に保つかが手術成績を左右する重要な要素であるという認識が定着した。
43手術室の滅菌,ガウン・手袋・マスクの着用,ドレープの使用はリスターの思想に源流を持つ。真実これらの現代の無菌操作の基本要素は,すべてリスターが提唱した「目に見えない敵から術野を守る」という思想を具体化し,発展させたものである。
44アレクサンダー・フレミングは1928年にペニシリンを発見した。真実英国の細菌学者アレクサンダー・フレミングが,ロンドンのセント・メアリー病院で,ブドウ球菌の培養皿に生えたアオカビの周囲で細菌が溶けている現象に偶然気づいたのが1928年である。
45ペニシリンの発見は偶然であった。真実フレミングが休暇から戻った際,片付け忘れた培養皿にアオカビが混入し,その周囲にだけ細菌の増殖抑制帯ができていたという,有名なセレンディピティ(幸運な偶然)の一例である。
46フレミングは,アオカビの周囲でブドウ球菌の増殖が抑制されていることに気づいた。真実彼はこの現象を詳しく観察し,アオカビ(Penicillium notatum)が細菌を殺す物質を産生していると結論づけ,その物質を「ペニシリン」と名付けた。
471940年代,フローリーとチェーンらがペニシリンの量産技術を確立した。真実オックスフォード大学のハワード・フローリーとエルンスト・チェーンらのチームが,フレミングの発見から10年以上経てペニシリンの精製と安定化に成功し,第二次世界大戦中に量産への道を開いた。
48ペニシリンは第二次世界大戦で多くの負傷兵を感染症から救った。真実ペニシリンの量産化は戦時下の国家プロジェクトとして推進され,戦場で負傷した兵士の創傷感染や肺炎の治療に絶大な効果を発揮し,多くの命を救った。
49ストレプトマイシンは1943年に発見された。真実セルマン・ワクスマンの研究室のアルバート・シャッツが,放線菌から結核菌に有効な抗生物質ストレプトマイシンを発見したのが1943年である。
50抗生物質の登場で,細菌感染症は「治る病気」に変わった。真実ペニシリンを皮切りに様々な抗生物質が開発され,それまで不治の病であった結核や,致死的であった肺炎,敗血症などが治療可能な疾患となった。
51抗生物質の予防的投与は,手術部位感染(SSI)のリスクを劇的に低減させる。真実手術前に適切な抗菌薬を投与することで,術中に体内に侵入する可能性のある細菌を排除し,SSIの発生率を有意に低下させることが数多くの臨床研究で証明されている。
52抗生物質は,より侵襲の大きな,長時間の複雑な手術を可能にした。真実術後感染のリスクが大幅に減少したことで,外科医はより広範な切除や,より複雑な再建を伴う,身体への負担が大きい手術にも安全に挑めるようになった。
53人工関節や人工血管などの異物を留置する手術は,抗生物質なしには成り立たない。真実体内に異物を留置する手術は,細菌が付着しやすく,一度感染が起きると極めて治療が困難になるため,周術期の徹底した抗生物質による感染予防が不可欠である。
54異物に付着した細菌は,バイオフィルムを形成して難治性感染を引き起こす。真実細菌は人工物の表面に集まってバイオフィルムと呼ばれる保護膜を形成する。この膜は抗生物質や免疫細胞の攻撃から細菌を守るため,感染が非常に治りにくくなる。
55感染を合併している外傷や腹膜炎の治療において,抗生物質は生命線となる。真実これらの症例では,外科的処置で感染源を取り除くと同時に,強力な抗生物質療法で全身に広がった細菌を制御することが救命のために必須である。
56抗生物質の乱用は,薬剤耐性菌(MRSAなど)の出現という新たな脅威を生んだ。真実抗生物質の不適切な使用は,その薬剤に耐性を持つ細菌を選択的に生き残らせてしまう。メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)はその代表例であり,院内感染の主要な原因菌となっている。
57輸血は,歴史的に危険な医療行為であった。真実血液型が発見される以前の輸血は,しばしば致死的な副作用を引き起こす,成功率の低いギャンブル的な行為であり,多くの国で禁止されていた時期もあった。
58副作用には血液型不適合による溶血反応や凝固があった。真実適合しない血液を輸血すると,受け手の抗体が輸血された赤血球を攻撃し破壊する「溶血反応」が起きる。これがショックや腎不全を引き起こし,死に至る原因となった。
591900年,カール・ラントシュタイナーがABO式血液型を発見した。真実オーストリアの病理学者カール・ラントシュタイナーが,他人の血清と赤血球を混ぜると凝集反応が起きる組み合わせがあることを発見し,血液をA,B,C(後のO)型に分類した。彼はこの業績でノーベル賞を受賞している。
60血液型の発見は,安全な輸血の理論的基礎を築いた。真実輸血前に提供者と受血者の血液型を合わせる「交差適合試験」が可能になり,血液型不適合による副作用を予見し,回避できるようになった。
611914年にクエン酸ナトリウムの抗凝固作用が発見された。真実クエン酸ナトリウムを血液に加えることで,血液が凝固するのを防げることをベルギーのアルベール・ユスタンや米国のリチャード・ルウィソーンらが発見した。
62抗凝固剤の発見により,血液の保存が可能になった。真実これにより,採血した血液をすぐに輸血する必要がなくなり,一定期間保存しておくことが可能になった。これが後の血液バンクの基礎技術となった。
63「血液バンク」のシステムは第一次世界大戦を機に普及した。真実戦場で多数の負傷兵が発生する状況に対応するため,保存血液を前線基地にストックしておき,必要に応じて輸血するというシステムが開発され,その有効性が示された。
641940年,ラントシュタイナーらがRh因子を発見した。真実ABO式血液型を合わせても副作用が起きる例があることから研究が進められ,ラントシュタイナーとアレクサンダー・ウィーナーがアカゲザル(Rhesus macaque)の血液から新たな血液型因子であるRh因子を発見した。
65安全な輸血技術の確立は,外科手術の可能性を飛躍的に拡大させた。真実大量出血を伴う手術が安全に行えるようになったことで,それまで不可能であった多くの根治的な手術,特にがん外科や心臓血管外科の発展が可能になった。
66広範なリンパ節郭清や大血管の合併切除・再建など,大量出血が避けられない手術が可能になった。真実がんの根治性を高めるためのこれらの手技は,大量出血のリスクを伴うが,輸血による循環動態の維持を前提とすることで,安全に施行できるようになった。
67心臓血管外科や肝臓外科の発展は,輸血技術の進歩と共にある。真実これらの分野の手術は,術中の出血管理が極めて重要であり,安全な輸血技術と血液製剤の安定供給なくしては,今日のレベルまで発展することはあり得なかった。
68重度外傷の救命において,迅速な輸血は決定的な役割を果たす。真実交通事故などによる多発外傷では,出血性ショックが主な死因となる。失われた血液を迅速に補充する大量輸血は,救命の根幹をなす治療である。
69輸血にはB型・C型肝炎ウイルスやHIVといった感染症伝播のリスクが伴う。真実血液を介して感染する病原体は,輸血による感染(輸血後感染症)のリスクとなる。これにより,過去には多くの患者が肝炎やエイズに感染した。
70周術期管理とは,手術の前・最中・後の全身状態を科学的に管理することである。真実この用語は,手術という侵襲に対する患者の生体反応を最適化し,合併症を予防し,回復を促進するための一連の管理を指すもので,この定義は正確である。
71集中治療室(ICU)は1960年代に誕生した。真実重症患者を集中的に監視・治療するというICUの概念は,1950年代のポリオ大流行時の呼吸管理の経験などを経て,1960年代に多くの病院で設立されるようになった。
72人工呼吸器やモニター類の導入で,患者の状態をリアルタイムで把握できるようになった。真実ICUでは,心電図,血圧,酸素飽和度などのバイタルサインを継続的に監視するモニターや,呼吸を補助・代替する人工呼吸器が導入され,重症患者管理の質が向上した。
73中心静脈栄養(TPN)は1970年代に臨床現場で普及した。真実1960年代後半にスタンレー・ダドリックによって開発されたTPNは,経口摂取が不可能な患者に,中心静脈から生命維持に必要な全ての栄養を投与する画期的な方法で,1970年代に広く普及した。
74ERASプロトコルは1990年代後半にデンマークの外科医ヘンリク・ケレットが提唱した。真実ヘンリク・ケレット教授(Prof. Henrik Kehlet)は,結腸手術後の患者の回復を早めるための多角的なアプローチを提唱し,これがERAS (Enhanced Recovery After Surgery) の基礎となった。
75ERASは,科学的根拠に基づき術後回復を妨げる因子を排除し,回復を促進する集学的な周術期管理戦略である。真実術前の絶食期間の短縮,適切な鎮痛,早期離床・経口摂取など,個々の介入が科学的根拠に基づいて見直され,それらを束ねたプロトコルとして実践される。この定義は正確である。
76周術期管理の目的は,手術侵襲による生体のホメオスタシス(恒常性)の乱れを最小限に抑えることである。真実手術は生体に大きなストレスを与え,ホルモンバランスや代謝,免疫系をかく乱する。周術期管理は,この乱れを最小限に食い止め,早期に正常な状態へ回復させることを目指す。
77手術の成功は,麻酔科医,看護師,理学療法士など多くの専門家による全身管理の賜物である。真実現代の手術は,外科医一人の力でなく,様々な専門職が連携するチーム医療によって支えられている。特に周術期管理においては,多職種の協力が不可欠である。
78近代的な画像診断以前は,診断は触診や聴診に頼っていた。真実体の内部を見る手段がなかったため,医師は五感を使い,体表からの情報(視診,触診,打診,聴診)や患者の訴えから病態を推測するしかなかった。
79最終診断は,しばしば開腹して直接見ること(試験開腹)で下された。真実正確な術前診断が困難な場合,診断と治療の可能性の判断を目的として,実際に腹部や胸部を開けて病巣を直接観察する「試験的開腹術(開胸術)」が行われていた。
80ヴィルヘルム・レントゲンは1895年にX線を発見した。真実ドイツの物理学者ヴィルヘルム・コンラート・レントゲンが,真空管の実験中に未知の放射線を発見し,これを「X線」と名付けたのが1895年11月8日である。この業績で第1回ノーベル物理学賞を受賞した。
81X線により,人類は初めて生きた人間の内部を非侵襲的に見ることができるようになった。真実X線は,体を傷つけることなく骨や臓器の影を画像として捉えることを可能にした。これは医療における革命的な出来事であった。
82超音波診断装置(エコー)は1950年代に登場した。真実第二次世界大戦中に開発されたソナー(水中音波探知機)の技術を応用し,1950年代に医学分野での実用化が始まり,特に産科や循環器領域で発展した。
83コンピューター断層撮影(CT)は1972年にゴッドフリー・ハウンズフィールドによって登場した。真実英国の技術者ゴッドフリー・ハウンズフィールドが発明したCTスキャナは,X線とコンピュータを組み合わせて体の断面像を得る画期的な技術であり,1972年に最初の臨床応用が報告された。彼もノーベル賞を受賞している。
84磁気共鳴画像法(MRI)は1970年代後半から開発された。真実1970年代初頭に核磁気共鳴(NMR)現象を画像化する原理が発見され,1970年代後半から1980年代にかけて,臨床応用可能なMRI装置として開発が進められた。
85MRIは軟部組織の描出に威力を発揮する。真実MRIは,筋肉,靭帯,脳,脊髄といった水分を多く含む軟部組織のコントラストを非常に明瞭に描出できるため,これらの部位の診断に特に有用である。
86PETはがん細胞の活動性を可視化する。真実PET(陽電子放出断層撮影)は,ブドウ糖によく似た薬剤(FDG)を注射し,がん細胞が正常細胞より多くのブドウ糖を取り込む性質を利用して,がんの存在部位や活動性を画像化する。
87内視鏡は消化管内部を直接観察する。真実先端にカメラが付いた細い管を口や肛門から挿入し,食道,胃,十二指腸,大腸といった消化管の粘膜を直接カラー映像で観察・診断する技術である。
88画像診断技術は,外科医療に「確実性」と「計画性」をもたらした。真実手術前に病変の正確な位置,大きさ,周囲との関係を把握できるようになったことで,手術の計画性が格段に向上し,より安全で確実な手術が可能になった。
89外科医は,手術前に病変を三次元的に詳細に把握できるようになった。真実CTやMRIの多数の断層画像をコンピュータで再構成することで,病変や血管を立体的に表示し,手術のシミュレーションを行うことが可能になっている。
90画像診断により,「開けてみたら手遅れだった」という悲劇が激減した。真実術前にがんの進行度や切除可能性を正確に評価できるようになったため,根治切除が不可能な患者に不必要な開腹手術を行うことが大幅に減少した。
91CTやMRIデータに基づく手術シミュレーションは,手術の安全性と確実性を向上させた。真実特に肝臓外科や脳神経外科など,複雑な解剖構造を持つ領域では,3D画像を用いた術前シミュレーションが,血管の走行を確認し,安全な切除範囲を決定するために広く用いられている。
921926年,ウィリアム・T・ボヴィーが高周波電流を用いる電気メスを発明した。真実米国の科学者ウィリアム・T・ボヴィーが,外科医ハーヴェイ・クッシングと協力し,高周波電流を用いて組織の切開と止血を同時に行う装置を開発した。これはボヴィー(Bovie)として知られている。
93電気メスは,切開と止血を同時に行える。真実電気メスは,高周波電流の波形を変えることで,組織を蒸散させて切開する「切開モード」と,組織を凝固させて血管を塞ぎ止血する「凝固モード」を使い分けることができる。
94電気メスの登場で,出血の多い実質臓器(肝臓,脾臓など)の手術が行いやすくなった。真実これまで出血のコントロールが困難であった肝臓や脾臓などの実質臓器の手術において,電気メスによる止血技術は不可欠であり,これらの手術の安全性を大きく向上させた。
9520世紀後半に,自動縫合器・吻合器が登場した。真実1960年代以降,旧ソ連で開発された技術を基に,米国の企業などが改良を重ね,消化管の切離や吻合を瞬時に行えるステープラー(自動縫合器・吻合器)が開発・普及した。
96自動縫合器・吻合器は,手術時間を大幅に短縮した。真実手で一針ずつ縫い合わせていた消化管の吻合などを,器械で瞬時に行うことができるため,手術時間が大幅に短縮され,患者の負担軽減と手術の効率化に貢献した。
97超音波凝固切開装置や血管シーリングシステムは,迅速で無血に近い手術を可能にした。真実超音波の振動熱で組織を凝固・切開する装置や,高周波電流と圧迫で血管をシール(閉鎖)する装置の登場により,より確実な止血が可能となり,出血量の少ない手術が実現した。
98手術支援ロボット「ダヴィンチ」は,2000年7月に米国で承認された。真実Intuitive Surgical社が開発した手術支援ロボット「da Vinci Surgical System」は,2000年7月に米国食品医薬品局(FDA)によって一般外科手術での使用が承認された。
99手術支援ロボットは,手ぶれ補正機能と人間の手首以上の可動域を持つ。真実ダヴィンチは,術者の手の動きをコンピュータで補正し手ぶれを除去する。また,先端の鉗子は人間の手首よりもはるかに広い可動域(多関節機能)を持ち,狭い空間での精密な操作を可能にする。
100ロボット支援手術は,人間の手では不可能な精密で安定した操作を可能にした。真実拡大された3D視野と,手ぶれがなく自由度の高い鉗子により,特に泌尿器科の前立腺がん手術などで,人間の手による手術を超える精密な操作と機能温存が可能であることが示されている。
101高度な手術器具は,手術の「標準化」と「質の均てん化」に貢献した。真実優れた器具の登場により,かつては一部の熟練した外科医しかできなかった手技が,より多くの外科医によって安全に施行できるようになった。これにより,施設や術者による技術格差が縮小した。
102低侵襲化は,患者の体へのダメージ(侵襲)を少なくすることを追求する流れである。真実大きな切開を避け,小さな傷で手術を行うことで,術後の痛みや身体的ストレスを軽減し,早期回復を目指す考え方であり,この定義は正確である。
103世界初の腹腔鏡下胆嚢摘出術は,1987年にフランスのフィリップ・モレによって成功した。真実フランス・リヨンの外科医フィリップ・モレが,1987年に腹腔鏡を用いて胆嚢を摘出する手術に成功したことが,この術式の世界的な普及のきっかけとなった。
1041985年にドイツのエリッヒ・ミュへが世界初とする説もある。真実ドイツの外科医エリッヒ・ミュへが,1985年に自身が開発した器具を用いて世界で初めて腹腔鏡下胆嚢摘出術を行ったと主張しており,医学史家の間では彼を世界初とする見方が有力になっている。本文書の記述は公平である。
105腹腔鏡手術は,腹部に数カ所の小さな穴を開け,カメラと細長い器具を挿入して行う。真実腹部を炭酸ガスで膨らませ(気腹),へそなどからカメラ(腹腔鏡)を挿入して内部をモニターに映し出し,他の小さな穴から挿入した鉗子や電気メスで操作する。この記述は術式の基本を正確に表している。
106腹腔鏡手術は,術後の痛みが劇的に少なく,回復も驚くほど早い。真実開腹手術に比べて傷が小さく,筋肉の損傷が少ないため,術後の痛みが大幅に軽減され,入院期間の短縮と早期の社会復帰が可能になることが最大の利点である。
1071990年代以降,腹腔鏡手術は胃がん,大腸がんなど様々な領域に応用が拡大した。真実当初は胆嚢摘出術が中心であったが,技術や器具の進歩に伴い,より複雑な胃がんや大腸がんなどの悪性腫瘍手術にも応用範囲が広がっていった。
108血管内からカテーテルで治療を行う「血管内治療(IVR)」も低侵襲治療の一つである。真実IVR (Interventional Radiology) は,血管に細い管(カテーテル)を挿入し,X線透視下で病変部まで到達させ,塞栓術やステント留置術などを行う治療法で,外科手術に代わる低侵襲な選択肢となっている。
109低侵襲化は,患者のQOL(生活の質)を劇的に向上させた。真実痛みの軽減,早期回復,美容面の改善など,病気を治すだけでなく,治療後の患者の生活の質を高く維持することに大きく貢献した。
110低侵襲化は,入院期間の短縮と早期の社会復帰を可能にする。真実回復が早いことで,患者がベッドから離れて日常生活に戻るまでの時間が短縮され,医療経済的にも,患者個人の社会的・経済的損失を減らす上でも大きなメリットがある。
111大きな傷跡が残らないという美容面のメリットも大きい。真実特に若い患者や女性の患者にとって,目立つ傷跡が残らないことは,身体的な回復だけでなく,精神的な満足度にも大きく寄与する。
112低侵襲化により,高齢者や合併症を持つ患者にも手術の選択肢を提供できるようになった。真実体への負担が少ないため,従来は体力がもたないと判断されたハイリスクな患者に対しても,根治を目指す外科治療の機会を提供できるようになった。
113EBM(エビデンスに基づく医療)は,個人の経験や勘でなく,科学的データに基づいて治療法を選択するアプローチである。真実EBMは,利用可能な最も信頼性の高い科学的根拠(エビデンス)を,医師の専門性と患者の価値観を統合して,医療上の意思決定に用いる考え方であり,この定義は正確である。
1141970年代,英国の疫学者アーチー・コクランが信頼性の高い臨床研究の重要性を提唱した。真実アーチー・コクランは,多くの医療行為が十分な根拠なしに行われていることを批判し,ランダム化比較試験(RCT)のような信頼性の高い研究結果に基づいて医療を評価・実践すべきだと主張した。
1151990年代にカナダのマクマスター大学のデイヴィッド・サケットらがEBMの概念を広めた。真実デイヴィッド・サケットを中心とするマクマスター大学のグループが,EBMを臨床教育の手法として体系化し,”JAMA”誌上での連載などを通じて世界的に広めた。
116EBMの定義は「個々の患者のケアに関する意思決定において,現在得られる最良の根拠を,良心的に,明示的に,そして思慮深く用いること」である。真実これはサケットらによるEBMの最も広く引用される定義であり,科学的根拠の利用を強調している。本文書の記述は正確である。
11721世紀に入り,外科領域でも各学会によって「診療ガイドライン」が作成されるようになった。真実EBMの考え方に基づき,特定の疾患に対する診断や治療法について,最新のエビデンスを系統的に評価し,推奨度を付けてまとめた診療ガイドラインの作成が,多くの学会で標準的な活動となっている。
118EBMは,外科医療に「客観性」と「標準化」をもたらした。真実治療方針の決定が,個々の医師の経験や施設の流儀といった主観的なものから,科学的根拠という客観的な基準に基づくものへと移行し,医療の質の標準化に貢献した。
119EBMにより,病院や外科医による治療成績のばらつきが少なくなり,質の高い医療が広く提供されるようになった。真実標準的な治療法(標準治療)が示されることで,地域や施設による医療格差が是正され,患者はどこにいても一定レベル以上の質の高い医療を受けられるようになった。
120EBMは,外科医が客観的なデータを用いて患者に治療法を説明することを可能にした。真実治療法の選択理由を,自身の経験だけでなく,「多くの患者さんを対象とした研究で,こちらの治療法の方が良い結果が出ています」といった客観的なデータに基づいて説明できるようになった。
121医師が一方的に治療を施す「パターナリズム」が,長らく医療の常識であった。真実「医師は患者にとって最善のことを知っている」という考えに基づき,患者の意向よりも医師の専門的判断を優先する父権主義的な医療が,20世紀半ばまで一般的であった。
1221947年,ナチス・ドイツの非人道的な人体実験への反省から「ニュルンベルク綱領」が生まれた。真実ナチスの戦争犯罪を裁いたニュルンベルク裁判の結果として,医学研究における被験者の人権を守るための10項目の倫理綱領が示され,これが研究倫理の基礎となった。
123ニュルンベルク綱領の絶対原則は,被験者の「自発的な同意」である。真実綱領の第一条は「被験者の自発的な同意は絶対に不可欠である」と明確に規定しており,インフォームド・コンセントの概念の原点とされている。
1241964年の「ヘルシンキ宣言」は,ニュルンベルク綱領の精神を引き継いだ。真実世界医師会によって採択されたヘルシンキ宣言は,ニュルンベルク綱領を基に,人間を対象とする医学研究の倫理原則をより具体的に定めたもので,今日まで改訂を重ねて世界中の研究倫理の規範となっている。
1251970年代以降,米国を中心に患者権利運動が活発化した。真実消費者運動や公民権運動の影響を受け,医療の領域でも患者を単なる受動的な治療対象ではなく,自らの治療に関する決定権を持つ主体として尊重すべきだという考え方が広まった。
126「インフォームド・コンセント」の概念が,臨床現場の標準的な手続きとして定着していった。真実患者権利運動の高まりを受け,裁判の判例などでも医師の説明義務が重視されるようになり,治療の前に十分な説明と同意を得ることが,倫理的にも法的にも標準的なプロセスとなった。
127インフォームド・コンセントは,日本では1990年代後半から本格的に導入されるようになった。真実医療過誤訴訟の増加や,患者の権利意識の高まりを背景に,1997年の医療法改正で医師の説明義務が努力義務として明記されるなど,この時期から日本でも急速に普及した。
128インフォームド・コンセントは,①説明,②理解,③自発的意思,④同意,というコミュニケーションのプロセスである。真実これはインフォームド・コンセントの4つの基本要素を正確に示している。単なる同意書の署名ではなく,これらの要素を含む双方向の対話プロセス全体を指す。
129このプロセスを通じて,患者は自らの治療に主体的に参加する。真実治療の選択肢,利益,不利益を理解し,自らの価値観に基づいて治療法を選択することで,患者は受け身の存在から,医療チームの一員として治療に主体的に関わることになる。
130かつての病院では,医師を頂点とする明確な階層構造(ヒエラルキー)が一般的であった。真実医師が絶対的な権威を持ち,看護師などの他の医療職は医師の指示に従うという,軍隊的なトップダウンの構造が長らく医療現場の文化として存在した。
131医療の高度化・専門化により,一人の医師が患者の全ての問題に対処することは不可能になった。真実診断・治療技術の進歩と知識の爆発的な増大により,医療は細分化・専門化し,一人の人間が全ての領域をカバーすることは物理的に不可能になった。
132フローレンス・ナイチンゲール(1820-1910)は,医師とは異なる専門性を持つ「看護師」という職種を確立した。真実ナイチンゲールは,クリミア戦争での活動やその後の著作を通じて,看護を単なる医師の補助業務ではなく,独自の知識と技術体系を持つ専門職として確立し,近代看護の基礎を築いた。
13320世紀後半から,様々な専門家が連携する「チーム医療」の重要性が認識されるようになった。真実特にがんや生活習慣病など,複雑で慢性的な疾患の管理において,単一の専門職によるアプローチの限界が明らかになり,多職種が連携して包括的なケアを提供するモデルが重視されるようになった。
134医療チームには,外科医,内科医,放射線科医,薬剤師,看護師,理学療法士,管理栄養士,ソーシャルワーカーなどが含まれる。真実これらは現代のチーム医療を構成する代表的な専門職であり,それぞれの専門性を生かして患者の身体的,心理的,社会的な問題を多角的にサポートする。
135様々な専門家が治療方針を議論する「キャンサーボード」が標準となっている。真実がん診療において,外科,内科,放射線科などの専門医や他の医療スタッフが一堂に会し,個々の患者の最適な治療方針を検討するカンファレンス(多職種カンファレンス,腫瘍ボードとも呼ばれる)が,質の高いがん医療の標準となっている。
136チーム医療は,多角的な視点から,より網羅的で質の高い医療計画を立てることを可能にする。真実異なる専門性を持つスタッフが集まることで,一人の視点では見逃されがちな問題点が発見され,より患者の状態に即した,抜けのない治療計画を立案できる。
137チーム医療は,複数のスタッフが関わることでエラーを相互にチェックし,医療事故の防止に繋がる。真実一人の人間の思い込みや見落としによるエラーも,複数の目と異なる視点でチェックすることで,事故に至る前に発見・修正される可能性が高まる。これは医療安全の重要な原則である。
138かつて,がん治療は外科手術による「切除」がほぼ唯一の根治的治療法であった。真実放射線療法や薬物療法が未発達であった時代,固形がんを根治させる唯一の希望は,がんが転移する前に外科的に完全に切除することであった。
139手術という局所療法だけでは,目に見えない微小な転移によって再発する限界があった。真実手術で目に見えるがんをすべて取り除いても,すでに血流やリンパ流に乗って全身に散らばっている微小ながん細胞(マイクロメタスターシス)によって,後に再発が起こることが問題となった。
1401940年代以降,全身に行き渡って微小転移を叩くことができる「抗がん剤」が登場した。真実第二次世界大戦中に毒ガス研究から偶然発見されたナイトロジェン・マスタードが最初の抗がん剤とされ,1940年代後半から臨床応用が始まった。これが全身療法の幕開けである。
141放射線治療も技術が進歩し,副作用を抑えつつ強力にがんを攻撃できるようになった。真実20世紀後半以降,リニアックの登場やコンピュータ技術の進歩により,がん病巣に線量を集中させ,周囲の正常組織への影響を最小限に抑える高精度放射線治療が可能になった。
1421970年代以降,手術,放射線,薬物療法を組み合わせる「集学的治療」の考え方が確立された。真実乳がんや小児がんなどの領域で,複数の治療法を組み合わせることで治療成績が劇的に向上することが示され,集学的治療ががん治療の標準的なアプローチとして定着していった。
143手術前にがんを小さくする「術前補助療法」や,手術後に再発を防ぐ「術後補助療法」は,現在のがん治療の標準戦略である。真実これらの補助療法は,手術単独では根治が難しい進行がんの治療成績を向上させるために不可欠な戦略として,多くの固形がんで標準的に行われている。
144集学的治療により,乳がん,大腸がん,食道がんなど多くのがんの治療成績が飛躍的に向上した。真実これらのがんの多くで,手術と化学療法や放射線療法を組み合わせる集学的治療が標準となっており,生存率の大幅な改善に貢献していることが多くの臨床試験で証明されている。
145集学的治療は,肛門や乳房といった臓器・機能の温存を可能にした。真実例えば,乳がんでは術前化学療法でがんを小さくして乳房温存手術を可能にしたり,直腸がんでは術前放射線化学療法で永久人工肛門を回避したりするなど,QOL向上にも貢献している。
146ヒトゲノム計画は2003年に完了した。真実人間の全遺伝情報(ヒトゲノム)を解読することを目的とした国際的なプロジェクトは,当初の計画より早く,2003年4月に解読完了が宣言された。
147がんは「遺伝子の異常」によって引き起こされる病気であることが分子レベルで解明され始めた。真実ヒトゲノム計画以降のゲノム科学の進歩により,特定のがんの発生や増殖に直接関与する「がん遺伝子」や「がん抑制遺伝子」の異常が次々と同定された。
148「分子標的薬」は,がん細胞の増殖に不可欠な特定の分子だけを狙い撃ちする。真実従来型の抗がん剤が正常細胞にもダメージを与えるのに対し,分子標的薬は,がん細胞が持つ特有の分子(タンパク質や酵素など)に選択的に作用するため,効果が高く副作用が少ないと期待されている。
149「免疫チェックポイント阻害薬」は,患者自身の免疫力を再活性化させてがんを攻撃させる。真実がん細胞が免疫細胞(T細胞など)の攻撃にブレーキをかける仕組み(免疫チェックポイント)を阻害することで,免疫が再びがんを異物として認識し,攻撃できるようにする薬剤である。
150本庶佑博士の発見が,免疫チェックポイント阻害薬の基礎となった。真実京都大学の本庶佑特別教授が,免疫細胞の表面にあるPD-1という分子を発見し,これが免疫のブレーキ役であることを解明した。この発見が,PD-1阻害薬という新しいがん治療薬の開発に繋がり,彼は2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。
151免疫チェックポイント阻害薬は,2010年代から登場した。真実最初の免疫チェックポイント阻害薬であるイピリムマブ(抗CTLA-4抗体)が2011年に米国で承認され,その後,ニボルマブ(抗PD-1抗体)などが続き,2010年代にがん治療に革命をもたらした。
152一度に数百の遺伝子を調べる「がん遺伝子パネル検査」が,日本では保険適用となっている。真実進行・再発がん患者を対象に,がん組織を用いて多数のがん関連遺伝子の変異を一度に調べ,個々の患者に最適な分子標的薬を見つけるための検査が,2019年から保険診療として認められている。
153「がんゲノム医療」では,個々のがんが持つ遺伝子変異に基づいて最適な薬を選択する。真実これは,がんゲノム医療の核心を正確に説明している。遺伝子パネル検査の結果に基づき,専門家チームが個々の患者に最も効果が期待できる治療法を検討する。
154ゲノム医療は,がん治療を「臓器」による分類から「遺伝子変異」による分類へと転換させた。真実特定の遺伝子変異があれば,発生した臓器(肺,大腸など)に関わらず同じ分子標的薬が効くことがある(臓器横断的治療)。これは,がん治療のパラダイムシフトを意味する。
155これは「個別化医療(Personalized Medicine)」の本格的な到来を意味する。真実全ての患者に同じ治療を行うのではなく,個人の遺伝情報や生活習慣などの違いを考慮して,最適な治療や予防を行う個別化医療(またはプレシジョン・メディシン)の代表例である。
156他人の臓器を移植する際の最大の壁は「拒絶反応」であった。真実移植された臓器を体が「非自己(異物)」と認識し,免疫システムが攻撃してしまう拒絶反応は,移植医療の黎明期における最も根本的で克服困難な課題であった。
1571954年,ジョセフ・マレーが一卵性双生児間での腎臓移植に成功した。真実米国ボストンの外科医ジョセフ・マレーは,遺伝的に全く同一である一卵性双生児の間で腎臓移植を行い,拒絶反応なしに長期生着させることに世界で初めて成功した。彼はこの業績でノーベル賞を受賞した。
158一卵性双生児間では拒絶反応が起こらない。真実遺伝情報が同一であるため,免疫システムは移植された臓器を「自己」と認識し,攻撃しない。この成功が,拒絶反応が免疫学的な現象であることを臨床的に証明した。
159強力な免疫抑制剤「シクロスポリン」は1970年代後半に発見された。真実シクロスポリンは1970年代初頭に真菌から発見され,その強力な免疫抑制作用が1970年代半ばに確認された。1970年代後半から臨床試験が始まり,移植医療に革命をもたらした。本文書の記述は実用化の時期として妥当である。
160シクロスポリンの登場により,様々な臓器移植の成績が劇的に改善した。真実シクロスポリンは,それまでの免疫抑制剤より選択的にT細胞の働きを抑えることで,拒絶反応を強力に抑制しつつ,副作用を軽減した。これにより,腎臓だけでなく肝臓,心臓,肺移植の成績が飛躍的に向上した。
161日本では1997年に「臓器移植法」が施行された。真実「臓器の移植に関する法律」は1997年10月16日に施行され,脳死を人の死とし,本人の書面による意思表示と家族の承諾があれば脳死者からの臓器提供が可能になった。
162臓器移植法により,脳死ドナーからの臓器提供が可能となった。真実この法律の施行以前は,心停止後のドナーからの臓器提供しか認められていなかったが,これにより心臓や肝臓などの移植医療が国内で本格的に行えるようになった。
1632006年,京都大学の山中伸弥教授が「iPS細胞」を樹立した。真実山中伸弥教授のグループは,マウスの皮膚細胞に4つの特定の遺伝子を導入することで,様々な細胞に分化する能力を持つ多能性幹細胞(iPS細胞)を作り出すことに成功し,2006年に発表した。(ヒトiPS細胞の樹立は2007年)
164iPS細胞は,患者自身の体細胞から作製できる。真実患者本人の皮膚や血液の細胞からiPS細胞を作ることができる。これがiPS細胞の最大の特徴の一つである。
165iPS細胞は,倫理的な問題や拒絶反応を克服できる可能性を秘めている。真実受精卵を破壊する必要がないため,胚性幹細胞(ES細胞)が持つ倫理的問題を回避できる。また,自分自身の細胞から作るので,移植しても拒絶反応が起きないと考えられる。
1662014年,iPS細胞から作った網膜細胞の移植手術が世界で初めて行われた。真実理化学研究所の高橋政代プロジェクトリーダーらのチームが,加齢黄斑変性の患者に対し,患者自身のiPS細胞から作製した網膜色素上皮細胞シートを移植する世界初の臨床研究を実施した。
167iPS細胞の臨床応用が,パーキンソン病,心不全,脊髄損傷などで始まっている。真実これらの疾患に対して,iPS細胞から作製した神経細胞や心筋細胞,神経前駆細胞などを移植する臨床試験(治験)が,日本を含む世界各国で開始または計画されている。
168移植医療は,末期の臓器不全患者にとって唯一の根治的治療法となりうる。真実薬物治療や外科的治療では機能回復が見込めない末期の心不全,肝不全,腎不全などの患者にとって,臓器移植は生命を救い,社会復帰を可能にする唯一の治療選択肢である場合が多い。
169再生医療は,これまで治療法がなかった病気や怪我を根本的に治癒させる可能性を秘めている。真実失われた組織や臓器そのものを再生・修復することで,対症療法しかなかった脊髄損傷による麻痺や,進行を止められない神経難病などを根本的に治療できる可能性がある。
170かつて,医療事故は個々の医療者の技術不足や不注意の問題として片付けられがちであった。真実事故が起こると,その原因はミスを犯した個人の資質や注意不足に求められ,「犯人探し」や個人の責任追及で終わってしまう傾向が強かった(個人モデル)。
1711999年に米国医学研究所(IOM)が報告書『人は誰でも間違える(To Err is Human)』を発表した。真実この報告書は,米国内で医療過誤によって年間4万4千人から9万8千人が死亡しているという衝撃的な推定値を公表し,米国の医療安全政策に大きな影響を与えた。
172IOM報告書は「エラーの原因は個人の不注意ではなく,医療を提供するシステムそのものの欠陥にある」と指摘した。真実この報告書の核心的なメッセージであり,人間は必ずエラーを犯すという前提に立ち,エラーが起きにくい,あるいはエラーが起きても事故に繋がらないような「システム」を構築することの重要性を強調した。
173IOM報告書は,安全管理の考え方を個人モデルからシステムアプローチへと転換させた。真実誰がミスを犯したか(Who)を問うのではなく,なぜミスが起きたのか(Why)を問い,システムの弱点を見つけて改善するという考え方(システムアプローチ)へのパラダイムシフトを促した。
174日本でも1999年の患者取り違え事故などをきっかけに医療安全への関心が高まった。真実1999年に横浜市立大学病院で発生した患者取り違え手術事故は,社会に大きな衝撃を与え,日本の医療界全体で医療安全への取り組みが本格化する大きな契機となった。
175日本の医療機関は,医療安全管理者の配置やインシデント・アクシデント報告システムの構築が義務付けられるようになった。真実2002年の医療法改正などで,特定機能病院等における医療安全管理体制の構築が義務化された。これには,専従の医療安全管理者の配置や,院内のヒヤリ・ハット事例(インシデント)を収集・分析する報告システムの整備が含まれる。
176医療安全管理システムの目的は,エラーが起きても事故に結びつく前に何重もの防護壁で食い止めることにある。真実これはスイスチーズモデルとして知られる考え方である。単一の対策ではなく,複数の異なる種類の防護策(スライスの穴の位置が異なるチーズ)を重ねることで,エラーが全ての壁を通り抜けて事故に至るのを防ぐ。
177外科領域の安全対策として,左右を取り違えないための「手術部位マーキング」がある。真実執刀する部位(特に左右のある手足や臓器)を間違える事故を防ぐため,手術前に患者の意識がある状態で,執刀医が患者と共に部位を確認し,皮膚に直接マーキングを行うことが標準的な手順となっている。
178執刀直前にチーム全員で確認する「タイムアウト」がある。真実手術室でメスを入れる直前に,執刀医,麻酔科医,看護師などのチーム全員が一旦作業を中断し,患者の氏名,手術部位,術式などを声に出して確認する「タイムアウト」が,WHOなどによって推奨され,広く実践されている。
179治療計画を標準化する「クリニカルパス」がある。真実特定の疾患や手術に対して,入院から退院までの標準的な治療・検査・ケアのスケジュールを時系列で示した計画表。これにより,治療の標準化,チーム内の情報共有,エラーの防止が図られる。
180華岡青洲が麻酔を創始したのは江戸時代である。真実華岡青洲の活動期間(1760-1835)および手術成功の1804年は,日本の歴史区分における江戸時代(1603-1868)に完全に含まれる。
181iPS細胞は生命の新たな可能性を拓く現代の技術である。真実iPS細胞技術は21世紀初頭に生まれたものであり,再生医療や難病研究に革命的な進歩をもたらし,現代生命科学を象徴する最先端技術の一つである。
182外科医療は,低侵襲化,EBM,インフォームド・コンセント,チーム医療といった思想的成熟を経験した。真実これらは20世紀後半から21世紀にかけて医療界で確立された重要な概念であり,単なる技術の進歩だけでなく,患者中心の医療へと向かう哲学的な転換を示している。
183ゲノム医療や再生医療といった未来の技術も,倫理の土台なくしては成り立たない。真実これらの技術は,遺伝情報の扱いや生命の定義など,深刻な倫理的・法的・社会的な課題(ELSI)を内包しており,技術開発と並行して社会的なコンセンサスと倫理的基盤の構築が不可欠である。
184医療安全は,全ての医療の根幹である。真実どれほど高度な医療技術も,安全が確保されていなければ患者に害をもたらす危険なものとなりうる。患者の安全確保は,医療の質を保証する上での絶対的な基盤である。
185麻酔の登場は,長時間手術を可能にし,手術器具の深化を促進した。真実長時間の手術が可能になったことで,より複雑な操作が求められ,それに応える形で電気メスや自動縫合器などの精巧な手術器具の開発が進んだ。両者は相互に影響し合って発展した。
186長時間の手術に耐えられるようになったことで,より体に負担の少ない低侵襲化への道が開かれた。真実腹腔鏡手術など,開腹手術より時間がかかる傾向にある低侵襲手術も,安定した麻酔管理技術があって初めて安全に施行できる。麻酔の進歩が低侵襲化の発展を支えた。
187意識のない患者を手術するという行為は,インフォームド・コンセントの概念に繋がった。真実患者が意識を失い,自らの意思を表明できない状態で治療が行われることから,手術前に患者の自己決定権を尊重し,十分な情報提供の上で同意を得ることの倫理的重要性が認識された。
188消毒法は「外部からの侵入を防ぐ」予防的な役割を担う。真実消毒法および無菌法は,手術野に細菌が侵入することを防ぐための予防的措置であり,感染制御の第一の防衛線である。
189抗生物質は「体内に侵入した細菌を叩く」治療的な役割を担う。真実消毒・無菌法を突破して体内に侵入してしまった細菌に対して,抗生物質は血流などを介して到達し,これらを殺菌・静菌することで治療的効果を発揮する。
190移植医療において,免疫抑制剤で患者の抵抗力が低下するため,徹底した無菌管理が不可欠である。真実拒絶反応を抑えるために免疫抑制剤を使用すると,患者は感染症に対して極めて無防備な状態(易感染性)になる。そのため,通常では問題にならないような弱毒菌による感染(日和見感染)を防ぐため,厳重な無菌管理が求められる。
191院内感染対策は,現代の医療安全管理における最重要課題の一つである。真実薬剤耐性菌の蔓延など,院内感染は患者の生命を脅かし,入院期間の延長や医療費の増大を招く重大な問題であり,その対策は医療安全の中核をなす。
192術後の創部感染管理は,周術期管理の重要な柱の一つである。真実手術部位感染(SSI)は最も頻度の高い術後合併症の一つであり,その予防と早期発見・治療は,患者の円滑な回復を促す周術期管理の重要な要素である。
193適切な抗生物質投与(予防的抗菌薬投与)は,周術期管理のゴールドスタンダードである。真実多くの手術において,手術部位感染のリスクを低減させるための予防的抗菌薬投与は,科学的根拠に基づいて有効性が確立されており,標準的な周術期管理の一環として広く実施されている。
194化学療法で白血球が減少した,がん患者の手術では,抗生物質による感染制御が極めて重要である。真実抗がん剤治療によって骨髄機能が抑制され,感染防御の主役である好中球(白血球の一種)が減少すると,患者は極めて感染しやすい状態になる。この状態で手術を行う際には,厳重な感染対策と適切な抗生物質の使用が必須である。
195術中の出血量をモニターし,適切な輸血を行うことは,周術期管理の核心の一つである。真実手術中の循環動態(血圧,脈拍など)を安定させ,組織への酸素供給を維持するために,出血量を正確に評価し,必要に応じて迅速かつ適切な輸血を行うことは,麻酔科医が担う周術期管理の重要な責務である。
196根治的ながん集学的治療の多くは,輸血のサポートを前提として計画される。真実広範な切除を伴うがん手術では,大量出血が予測される場合が多い。安全に手術を完遂するために,あらかじめ十分な量の輸血用血液を準備しておくことが,治療計画の前提となる。
197肝移植は大量の輸血を必要とすることが多い。真実肝臓は血流が豊富な臓器であり,特に肝硬変などで門脈圧が亢進している患者の肝移植では,手術操作に伴い大量の出血をきたしやすく,輸血なしでの施行は不可能である。
198輸血には厳格なスクリーニングや自己血輸血の利用など,厳格な医療安全管理が求められる。真実輸血後感染症や免疫反応などのリスクを最小限にするため,献血された血液は厳格な感染症スクリーニング検査にかけられる。また,待機的手術では,事前に自分の血液を貯めておく自己血輸血も,安全対策として行われる。
199がんの進行度(ステージ)を正確に診断することで,最適な治療法を選択・組み合わせることが可能になる。真実画像診断などを用いて,がんの大きさ,リンパ節転移の有無,遠隔転移の有無を評価し,ステージを決定する(病期診断)。このステージに基づいて,手術,化学療法,放射線療法などの中から最適な治療戦略が選択される。
200客観的な画像所見は,治療方針を決定する上で最も重要なエビデンスの一つとなる。真実CTやMRIなどの画像情報は,病変の解剖学的な情報を客観的に示すものであり,手術の適応や切除範囲の決定,治療効果の判定など,臨床的な意思決定における極めて重要な根拠(エビデンス)となる。
201低侵襲化とERASプロトコルの概念は親和性が高い。真実手術侵襲そのものを小さくする低侵襲手術と,手術侵襲に対する生体反応を軽減させ回復を早めるERASは,共に「患者の体への負担を最小限にする」という同じ目的を共有しており,両者を組み合わせることで相乗効果が期待できる。
202ERASの実践には,多職種の専門家が連携するチーム医療が不可欠である。真実ERASプロトコルは,外科医,麻酔科医,看護師,理学療法士,管理栄養士などがそれぞれの専門分野で術前から術後まで一貫して関わることで初めて効果的に実践できる,チーム医療の典型例である。

 

弁護士山中理司のブログへの総閲覧数の推移

・ 平成29年8月10日以降の総閲覧数は以下のとおりです。
令和7年11月11日:2020万件( 7日後)
令和7年11月 4日:2010万件( 6日後)
令和7年10月29日:2000万件( 7日後)
令和7年10月22日:1990万件( 8日後)
令和7年10月14日:1980万件( 9日後)
令和7年10月 5日;1970万件( 9日後)
令和7年 9月26日:1960万件( 9日後)
令和7年 9月17日:1950万件( 8日後)
令和7年 9月 9日:1940万件( 9日後)
令和7年 8月31日:1930万件(10日後)
令和7年 8月21日:1920万件( 9日後)
令和7年 8月12日:1910万件(10日後)


令和7年 8月 2日:1900万件(10日後)
令和7年 7月23日:1890万件( 9日後)
令和7年 7月14日:1880万件(11日後)
令和7年 7月 3日:1870万件( 9日後)
令和7年 6月24日:1860万件(10日後)
令和7年 6月14日:1850万件( 9日後)
令和7年 6月 5日:1840万件( 7日後)
令和7年 5月29日:1830万件( 9日後)
令和7年 5月22日:1820万件( 9日後)
令和7年 5月13日:1810万件(11日後)


令和7年 5月 2日:1800万件( 8日後)
令和7年 4月24日:1790万件( 9日後
令和7年 4月15日:1780万件( 8日後)
令和7年 4月 7日:1770万件( 7日後)
令和7年 3月31日:1760万件( 9日後)
令和7年 3月22日:1750万件( 9日後)
令和7年 3月13日:1740万件( 8日後)
令和7年 3月 5日:1730万件( 8日後)
令和7年 2月25日:1720万件( 8日後)
令和7年 2月17日:1710万件(10日後)


令和7年 2月 7日:1700万件( 9日後)
令和7年 1月29日:1690万件( 8日後)
令和7年 1月21日:1680万件(10日後)
令和7年 1月11日:1670万件( 9日後)
令和7年 1月 2日:1660万件( 9日後)
令和6年12月24日:1650万件( 7日後)
令和6年12月17日:1640万件(10日後)
令和6年12月 7日:1630万件(10日後)
令和6年11月27日:1620万件( 9日後)
令和6年11月18日:1610万件(10日後)


令和6年11月 8日:1600万件(10日後)
令和6年10月29日:1590万件( 8日後)
令和6年10月21日:1580万件( 6日後)
令和6年10月15日:1570万件(11日後)
令和6年10月 4日:1560万件( 9日後)
令和6年 9月25日:1550万件(11日後)
令和6年 9月14日:1540万件( 6日後)
令和6年 9月 8日:1530万件( 9日後)
令和6年 8月30日:1520万件( 7日後)
令和6年 8月23日:1510万件(10日後)


令和6年 8月13日:1500万件(11日後)
令和6年 8月 2日:1490万件( 9日後)
令和6年 7月24日:1480万件( 8日後)
令和6年 7月16日:1470万件( 8日後)
令和6年 7月 8日:1460万件( 9日後)
令和6年 6月29日:1450万件( 9日後)
令和6年 6月20日:1440万件( 8日後)
令和6年 6月12日:1430万件( 7日後)
令和6年 6月 5日:1420万件(10日後)
令和6年 5月26日:1410万件( 7日後)


令和6年 5月19日:1400万件( 9日後)
令和6年 5月10日:1390万件( 8日後)
令和6年 5月 2日:1380万件( 8日後)
令和6年 4月24日:1370万件( 8日後)
令和6年 4月16日:1360万件( 8日後)
令和6年 4月 8日:1350万件( 5日後)
令和6年 4月 3日:1340万件( 9日後)
令和6年 3月25日:1330万件(10日後)
令和6年 3月15日:1320万件( 8日後)
令和6年 3月 7日:1310万件( 9日後)


令和6年 2月27日:1300万件( 9日後)
令和6年 2月18日:1290万件(10日後)
令和6年 2月 8日:1280万件( 9日後)
令和6年 1月30日:1270万件( 8日後)
令和6年 1月22日:1260万件(10日後)
令和6年 1月12日:1250万件(13日後)
令和5年12月30日:1240万件(10日後)
令和5年12月20日:1230万件(10日後)
令和5年12月10日:1220万件(10日後)
令和5年11月30日:1210万件(12日後)


令和5年11月18日:1200万件(10日後)
令和5年11月 8日:1190万件(11日後)
令和5年10月28日:1180万件(12日後)
令和5年10月16日:1170万件(11日後)
令和5年10月 4日:1160万件( 9日後)
令和5年 9月25日:1150万件(12日後)
令和5年 9月13日:1140万件(11日後)
令和5年 9月 2日:1130万件(13日後)
令和5年 8月20日:1120万件(15日後)
令和5年 8月 5日:1110万件(12日後)


令和5年 7月24日:1100万件(11日後)
令和5年 7月13日:1090万件(11日後)
令和5年 7月 2日:1080万件(16日後)
令和5年 6月16日:1070万件(14日後)
令和5年 6月 2日:1060万件( 9日後)
令和5年 5月24日:1050万件
令和5年 4月16日:1040万件(10日後)
* 令和5年4月20日,レンタルサーバーへの負担軽減のため,総閲覧数のカウントを停止したものの,同年5月16日,専用サーバーに移行したことに伴い,26日ぶりに総閲覧数のカウントを再開しました(Count Per Dayというプラグインを使っています。)。

令和5年 4月 6日:1030万件( 9日後)
令和5年 3月28日:1020万件(12日後)
令和5年 3月16日:1010万件(10日後)


令和5年 3月 6日:1000万件(11日後)
令和5年 2月23日:990万件(12日後)
令和5年 2月11日:980万件(12日後)
令和5年 1月30日:970万件(10日後)
令和5年 1月20日:960万件(10日後)
令和5年 1月10日:950万件(15日後)
令和4年12月24日:940万件(12日後)
令和4年12月12日:930万件(11日後)
令和4年12月 1日:920万件(14日後)
令和4年11月17日:910万件(12日後)


令和4年11月 5日:900万件(11日後)
令和4年10月25日:890万件(11日後)
令和4年10月14日:880万件(12日後)
令和4年10月 2日:870万件(12日後)
令和4年 9月20日:860万件(13日後)
令和4年 9月 7日:850万件(10日後)
令和4年 8月28日:840万件(13日後)
令和4年 8月15日:830万件(13日後)
令和4年 8月 2日:820万件(11日後)
令和4年 7月22日:810万件(10日後)


令和4年 7月12日:800万件(11日後)
令和4年 7月 1日:790万件(10日後)
令和4年 6月21日:780万件(10日後)
令和4年 6月11日:770万件(11日後)
令和4年 5月31日:760万件(10日後)
令和4年 5月21日:750万件(12日後)
令和4年 5月 9日:740万件(15日後)
令和4年 4月24日:730万件(10日後)
令和4年 4月14日:720万件(14日後)
令和4年 3月31日:710万件(14日後)


令和4年 3月17日:700万件(15日後)
令和4年 3月 2日:690万件(15日後)
令和4年 2月15日:680万件(11日後)
令和4年 2月 4日:670万件(10日後)
令和4年 1月25日:660万件(13日後)
令和4年 1月12日:650万件(15日後)
令和3年12月27日:640万件(15日後)
令和3年12月12日:630万件(16日後)
令和3年11月26日:620万件(14日後)
令和3年11月12日:610万件(12日後)


令和3年10月31日:600万件(13日後)
令和3年10月18日:590万件(12日後)
令和3年10月 6日:580万件(14日後)
令和3年 9月22日:570万件(13日後)
令和3年 9月 9日:560万件(12日後)
令和3年 8月28日:550万件(10日後)
令和3年 8月18日:540万件(15日後)
令和3年 8月 3日:530万件(16日後)
令和3年 7月18日:520万件(13日後)
令和3年 7月 5日:510万件(11日後)


令和3年 6月24日:500万件(14日後)
令和3年 6月10日:490万件(12日後)
令和3年 5月29日:480万件(13日後)
令和3年 5月16日:470万件(15日後)
令和3年 5月 1日:460万件(14日後)
令和3年 4月18日:450万件(12日後)
令和3年 4月 6日:440万件(11日後)
令和3年 3月26日:430万件(14日後)
令和3年 3月12日:420万件(12日後)
令和3年 2月28日:410万件(12日後)


令和3年 2月16日:400万件(14日後)
令和3年 2月 2日:390万件(13日後)
令和3年 1月20日:380万件(14日後)
令和3年 1月 6日:370万件(18日後)
令和2年12月19日:360万件(14日後)
令和2年12月 5日:350万件(18日後)
令和2年11月17日:340万件(19日後)
令和2年10月29日:330万件(17日後)
令和2年10月12日:320万件(17日後)
令和2年 9月25日:310万件(17日後)


令和2年 9月 8日:300万件(18日後)
令和2年 8月21日:290万件(18日後)
令和2年 8月 3日:280万件(19日後)
令和2年 7月15日:270万件(17日後)
令和2年 6月28日:260万件(17日後)
令和2年 6月11日:250万件(19日後)
令和2年 5月23日:240万件(15日後)
令和2年 5月 8日:230万件(20日後)
令和2年 4月18日:220万件(17日後)
令和2年 4月 1日:210万件(19日後)


令和2年 3月13日:200万件(16日後)
令和2年 2月26日:190万件(25日後)
令和2年 2月 1日:180万件(17日後)
令和2年 1月15日:170万件(18日後)
令和元年12月28日:160万件
令和元年11月17日:150万件(23日後)
→ 同年12月9日,Count per dayのリセット(原因不明)により,9万件分ほど総閲覧数が減少する。
令和元年10月25日:140万件(25日後)
令和元年   9月30日:130万件(22日後)
令和元年   9月   8日:120万件(28日後)
令和元年   8月11日:110万件(22日後)


令和元年   7月20日:100万件(33日後)
令和元年   6月17日:   90万件(33日後)
令和元年   5月15日:   80万件(34日後)
平成31年   4月11日:   70万件(33日後)
平成31年   3月   9日:   60万件(48日後)
平成31年   1月20日:   50万件(53日後)
平成30年11月28日:   40万件(69日後)
平成30年   9月20日:   30万件
平成30年   1月18日:      7万4701件
平成30年   5月21日:   17万7258件

遺留分に関するメモ書き

目次
第1 総論
第2 遺留分と寄与分等との関係
第3 遺留分侵害額請求にも妥当する遺留分減殺請求に関する判例
第4 遺留分減殺請求(旧法)に関するメモ書き
1 遺留分減殺請求の対象
2 価額弁償の基準時
3 価額弁償における遅延損害金の起算日
4 価額弁償の方法
5 価額弁償と全面的価格賠償の関係
6 価額弁償に関する確認の訴え
7 特別受益の評価時点
8 所有権の帰属
9 取得時効との関係
第5 関連記事

第1 総論
1 改正相続法が施行された令和元年7月1日以降に相続が発生した場合,相続人に対する贈与は相続開始前の10年間にしたものについて遺留分侵害額請求の基礎となります(民法1044条3項)。
2 相続財産に対する各相続人の遺留分は以下のとおりです。
① 子と配偶者が相続人の場合
・ 子が4分の1,配偶者が4分の1
② 父母と配偶者が相続人の場合
・ 配偶者が3分の1,父母が6分の1
③ 兄弟姉妹及び配偶者が相続人の場合
・ 配偶者が2分の1、兄弟姉妹は遺留分なし
④ 配偶者のみが相続人の場合
・ 配偶者が2分の1
⑤ 子のみが相続人の場合
・ 子が2分の1
⑥ 直系尊属のみが相続人の場合
・ 直系尊属が3分の1
⑦ 兄弟姉妹のみが相続人の場合
・ 兄弟姉妹には遺留分なし。

第2 遺留分と寄与分等との関係
1 遺留分侵害額を計算する際,寄与分は考慮しません(民法1043条1項)から,寄与分の存在は遺留分侵害額請求に対する抗弁事由とはなりません。
2 持戻し免除の意思表示(民法903条3項)によって遺留分の侵害を回避することはできません(みずほ中央法律事務所HPの「持戻し免除の意思表示」参照)。
3  遺言により相続分がないものと指定された相続人は,遺留分侵害額請求権を行使したとしても,特別寄与料を負担しません(最高裁令和5年10月26日判決)。

第3 遺留分侵害額請求にも妥当する遺留分減殺請求に関する判例
1 被相続人の全財産が相続人の一部の者に遺贈された場合において,遺留分減殺請求権を有する相続人が,遺贈の効力を争うことなく,遺産分割協議の申入れをしたときは,特段の事情のない限り,その申入れには遺留分侵害額請求の意思表示が含まれていると解されます(遺留分減殺請求に関する最高裁平成10年6月11日判決参照)。
2  遺留分侵害額請求権は,遺留分権利者が,これを第三者に譲渡するなど,権利行使の確定的意思を有することを外部に表明したと認められる特段の事情がある場合を除き,債権者代位の目的とすることができません(遺留分減殺請求に関する最高裁平成13年11月22日判決参照)。
3 相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言がされた場合には,遺言の趣旨等から相続債務については当該相続人にすべてを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段の事情のない限り,相続人間においては当該相続人が相続債務もすべて承継したと解され,遺留分の侵害額の算定に当たり,遺留分権利者の法定相続分に応じた相続債務の額を遺留分の額に加算することは許されません(最高裁平成21年3月24日判決)。

第4 遺留分減殺請求(旧法)に関するメモ書き
1 遺留分減殺請求の対象
(1)ア 相続人に対する遺贈が遺留分減殺の対象となる場合においては,右遺贈の目的の価額のうち受遺者の遺留分額を超える部分のみが,民法1034条にいう目的の価額に当たります(最高裁平成10年2月26日判決)。
イ 本橋総合法律事務所HPの「【相続法改正前】共同相続人に対して遺留分減殺請求を行う場合、減殺の対象となるのはどの部分でしょうか」に,具体的な計算事例が載っています。
(2)ア 相続開始の約19年前の贈与が遺留分権利者たる法定家督相続人に損害を加えることを知ってなされたものであると言うには,当事者双方において贈与当時贈与財産の価額が残存財産の価額を超えることを知っていたのみならず,なお将来相続開始までに被相続人の財産に何らの変動のないこと,少なくともその増加がないであろうことを予見していた事実のあることを必要とします(大審院昭和11年6月17日判決(判例体系に掲載))。
イ 改正相続法の取扱いと異なり,民法903条1項の定める相続人に対する贈与は,右贈与が相続開始よりも相当以前にされたものであって,その後の時の経過に伴う社会経済事情や相続人など関係人の個人的事情の変化をも考慮するとき,減殺請求を認めることが右相続人に酷であるなどの特段の事情のない限り,同法1030条の定める要件を満たさないものであっても,遺留分減殺の対象となります(最高裁平成10年3月24日判決)。
(3) 遺留分減殺請求により相続分の指定が減殺された場合には,遺留分割合を超える相続分を指定された相続人の指定相続分が,その遺留分割合を超える部分の割合に応じて修正されます(最高裁平成24年1月26日判決)。
 価額弁償の基準時
(1)  遺留分権利者が受贈者又は受遺者に対し改正前民法1041条1項の価額弁償を請求する訴訟における贈与又は遺贈の目的物の価額算定の基準時は,右訴訟の事実審口頭弁論終結の時です(最高裁昭和51年8月30日判決)。
(2) 千葉の弁護士による相続の無料相談HPの「Q. 令和元年7月より前に生じた相続の遺留分減殺請求に対して、価額弁償の抗弁を出した場合の価額算定の基準時はいつになりますか。」には,「遺留分減殺請求の場合、遺留分の割合を決める際の不動産の評価の基準時は相続開始時(被相続人死亡時)である一方、価額弁償の抗弁の基準時は事実審の口頭弁論終結時(直近)となりますので、両者は異なってきます。」と書いてあります。
3 価額弁償における遅延損害金の起算日
(1) 遺留分減殺請求を受けた受遺者が民法1041条1項の規定により遺贈の目的の価額を弁償する旨の意思表示をし,これを受けた遺留分権利者が受遺者に対して価額弁償を請求する権利を行使する旨の意思表示をした場合には,その時点において,当該遺留分権利者は,遺留分減殺によって取得した目的物の所有権及び所有権に基づく現物返還請求権をさかのぼって失い,これに代わる価額弁償請求権を確定的に取得します(最高裁平成20年1月24日判決)。
(2) 名駅南法律事務所の相続相談窓口HP「遺留分減殺請求における価額弁償について」には「価額弁償において遅延損害金を請求する場合には、単に受遺者(遺留分減殺請求の相手方)が価額弁償の意思を表明したのみでは足りず、遺留分権利者が受遺者に対して弁償金の支払いを請求する必要があることとなります。」と書いてあります。
4 価額弁償の方法
・ 受贈者又は受遺者は,遺留分減殺の対象とされた贈与又は遺贈の目的である各個の財産について,民法1041条1項に基づく価額弁償をすることができます(最高裁平成12年7月11日判決)。
5 価額弁償と全面的価格賠償の関係
(1)  減殺請求をした遺留分権利者が遺贈の目的である不動産の持分移転登記手続を求める訴訟において,受遺者が,事実審口頭弁論終結前に,裁判所が定めた価額により改正前民法1041条の規定による価額の弁償をする旨の意思表示をした場合には,裁判所は,右訴訟の事実審口頭弁論終結時を算定の基準時として弁償すべき額を定めた上,受遺者が右の額を支払わなかったことを条件として,遺留分権利者の請求を認容すべきとされています(最高裁平成9年2月25日判決)。
(2) 遺留分減殺請求を受けた者の立場から考えた場合,共有となることを回避して,対象物の全体を所有する状態を維持する対抗策としては,①価額賠償の抗弁,及び②(共有物分割による)全面的価格賠償(最高裁平成8年10月31日判決及び最高裁平成9年4月25日判決)の2つがありますところ,②については,実質的に価額弁償ができる期間を伸長することに等しいといえます(みずほ中央法律事務所HPの「【遺留分減殺請求・価額弁償と全面的価格賠償(共有物分割)の関係】」参照)。
6 価額弁償に関する確認の訴え
・ 遺留分権利者から遺留分減殺請求を受けた受遺者が,民法1041条所定の価額を弁償する旨の意思表示をしたが,遺留分権利者から目的物の現物返還請求も価額弁償請求もされていない場合において,弁償すべき額につき当事者間に争いがあり,受遺者が判決によってこれが確定されたときは速やかに支払う意思がある旨を表明して,弁償すべき額の確定を求める訴えを提起したときは,受遺者においておよそ価額を弁償する能力を有しないなどの特段の事情がない限り,上記訴えには確認の利益があります(最高裁平成21年12月18日判決)。
7 特別受益の評価時点
・  相続人が被相続人から贈与された金銭をいわゆる特別受益として遺留分算定の基礎となる財産の価額に加える場合には,贈与の時の金額を相続開始の時の貨幣価値に換算した価額をもつて評価すべきです(最高裁昭和51年3月18日判決)。
8 所有権の帰属
(1) 遺留分権利者が特定の不動産の贈与につき減殺請求をした場合には,受贈者が取得した所有権は遺留分を侵害する限度で当然に右遺留分権利者に帰属します(最高裁平成7年6月9日判決。なお,先例として,最高裁昭和51年8月30日判決)。
(2)  遺留分権利者が減殺請求により取得した不動産の所有権又は共有持分権に基づく登記請求権は,時効によって消滅することはありません(最高裁平成7年6月9日判決)。
(3)  遺言者の財産全部の包括遺贈に対して遺留分権利者が減殺請求権を行使した場合に遺留分権利者に帰属する権利は,遺産分割の対象となる相続財産としての性質を有しません(最高裁平成8年1月26日判決)。
9 取得時効との関係
・  遺留分減殺の対象としての要件を満たす贈与を受けた者が,右贈与に基づいて目的物の占有を取得し,民法162条所定の期間,平穏かつ公然にこれを継続し,取得時効を援用したとしても,右贈与に対する減殺請求による遺留分権利者への右目的物についての権利の帰属は妨げられません(最高裁平成11年6月24日判決)。

第5 関連記事その他
1(1) 司法書士・行政書士町田リーガル・ホームHPに「民事信託・家族信託」が載っています。
(2) 株式会社サイエンス社HPの「遺留分:平成30年改正前の条文との対照」には,改正前の条文及び最高裁判例が載っています。
2 東京地裁平成30年9月12日判決(判例秘書に掲載)は,「信託契約による信託財産の移転は、信託目的達成のための形式的な所有権移転にすぎないため、実質的に権利として移転される受益権を対象に遺留分減殺の対象とすべきである。」と判示しています。
3 以下の記事も参照して下さい。
・ 相続事件に関するメモ書き
・ 家事事件に関する審判書・判決書記載例集(最高裁判所が作成したもの)
・ 離婚時の財産分与と税金に関するメモ書き
・ 相続財産管理人,不在者財産管理人及び代位による相続登記
・ 公正証書遺言の口授
・ 大阪家裁後見センターだより
・ 訴訟能力,訴状等の受送達者,審判前の保全処分及び特別代理人
・ 裁判所関係国賠事件
・ 後見人等不正事例についての実情調査結果(平成23年分以降)
・ 平成17年以降の,成年後見関係事件の概況(家裁管内別件数)

自動車運転代行業に関するメモ書き

目次
第1 自動車運転代行業法の制定に至る経緯等
第2 自動車運転代行業の業務内容
第3 自動車運転代行業の範囲
第4 自動車運転代行業に対する法規制
第5 自動車運転代行業者の損害賠償措置
第6 顧客として運転代行を利用する際の注意点
第7 大阪府下の飲酒運転の現状等
第8 関連記事その他

第1 自動車運転代行業法の制定に至る経緯
    自動車運転代行業は,飲酒した客に代わって客の自動車を運転し,客とその自動車を自宅まで送り届けるサービスであり,昭和50年頃から,主に公共交通機関が十分に発達しておらず,自家用自動車が移動手段として不可欠である地方都市を中心に発達してきた事業であり,飲酒運転等の防止に一定の役割を果たしていました。
    しかし,自動車運転代行業においては,法律による規制がなかったこともあり,業者が運転者に対し,最高速度違反の運転を下命・容認するなど,その業態として業者が責任を問われるべき実態があるほか,交通死亡事故の発生率も高い水準で推移していました。
    また,主に夜間の繁華街における酔客を対象に行われる業態であることから,①業者による白タク行為,②暴力団関係業者による被害,③損害賠償保険の未加入,④料金の不正収受等の問題も指摘されていました。
    そこで,平成14年6月1日施行の自動車運転代行業の業務の適正化に関する法律(自動車運転代行業法)が制定され,自動車運転代行業を営む場合,都道府県公安委員会の認定を要することとなりました(自動車運転代行業法4条)。

第2 自動車運転代行業の業務内容
・ 大阪府警察HPの「自動車運転代行業について」に,一般的な自動車運転代行業のイメージが掲載されていますが,文字で説明すると以下のとおりです。
① 自動車運転代行業の実際の業務は,2人1組で随伴用自動車1台を用いて行なわれます。
②   飲酒等の理由で自動車を運転できなくなった顧客から依頼を受け,居酒屋といった待ち合わせ場所に2人で随伴用自動車に向かい,待ち合わせ場所で顧客車のキーを預かります。
③ 2人のうちの1人は顧客車を運転し(この時点で「代行運転自動車」となります。),顧客や顧客車の搭乗者も代行運転自動車に乗せて目的地まで移動し,もう1人は,随伴用自動車で目的地まで随行します。
④   目的地に着いたら,顧客に顧客車を返して料金を受け取り,その後,2人が随伴用自動車1台で営業所に戻るということを繰り返します。

第3 自動車運転代行業に対する法規制
1 ①過去2年以内に白タク行為等で有罪判決を受けたり,②暴力団と関係があったり,③十分な損害賠償保険に加入していなかったりした場合,自動車運転代行業の認定を受けることはできません(自動車運転代行業法3条2号,4号,6号参照)。
2 平成16年6月1日以降,第二種免許を有しない者は,代行運転自動車を運転することができなくなりました(道路交通法85条11項)。
    代行運転自動車とは,自動車運転代行業を営む者による代行運転役務の対象となっている自動車であり,要するに顧客の自動車のことです。
3 自動車運転代行業者は,その営業の開始前に,利用者から収受する料金を定め,営業所に掲示する必要があります(自動車運転代行業法11条)。
4(1) 自動車運転代行業者は,その営業の開始前に,自動車運転代行業約款を定め,営業所に掲示するとともに(自動車運転代行業法13条1項),国土交通大臣に届け出る必要があります(自動車運転代行業法13条3項)。
    ただし,標準自動車運転代行業約款(平成14年5月24日国土交通省告示第455号)と同じである場合,国土交通大臣への届出は不要です(自動車運転代行業法13条4項)。
(2) 平成28年10月1日施行の標準自動車運転代行業約款等は,国土交通省HPの「自動車運転代行業について」に掲載されています。
5 自動車運転代行業者は,利用者に代行運転役務を提供しようとするときは,利用者が提供を受けようとする代行運転役務の内容を確認した上で,以下の事項を利用者に説明する必要があります(自動車運転代行業法15条,自動車運転代行業法施行規則6条)。
① 代行運転役務を提供する自動車運転代行業者の氏名又は名称及び運転代行業務従事者の氏名
② 営業所に掲示した料金
③ 利用者が自動車運転代行業者に支払うこととなるべき料金の概算額
④ 自動車運転代行業約款の概要
⑤ 随伴用自動車により白タク行為はできないこと。
6 自動車運転代行業者は,①利用者に代行運転役務を提供するときは,代行運転自動車に,代行マーク(代行運転自動車標識)を表示する必要があります(自動車運転代行業法16条)。
    また,②随伴用自動車(顧客の車に随伴する代行業者の車)に,自動車運転代行業者の名称又は記号,認定を行った公安委員会の名称及び認定番号,「代行」「随伴用自動車」という表示をする必要があります(自動車運転代行業法17条)。
7 随伴用自動車に顧客を乗せる行為は白タク行為ですから,道路運送法4条1項に違反します(長野県警察HPの「自動車運転代行業の義務と主な禁止行為」参照)。
    ただし,タクシー会社が行う代行サービスの場合,顧客は随伴用自動車ではなくタクシーに乗車し,タクシー料金を支払うこととなるため,適法です。

第4 自動車運転代行業者の損害賠償措置
1(1) 自動車の使用権者から当該自動車を目的地まで運転する業務を有償で引き受け,代行運転者にも当該業務を行わせた運転代行業者は,自動車損害賠償保障法2条3項の「保有者」に該当します(最高裁平成9年10月31日判決)。
    そのため,自動車運転代行業者が交通事故を起こした場合,自賠法に基づく損害賠償責任を負うこととなります。
(2) 自動車運転代行業者は,代行運転自動車の運行により生じた利用者その他の者の生命,身体又は財産の損害を賠償するための措置を講じておく必要があります(自動車運転代行業法12条)。
    自動車運転代行業者は実務上,運転代行受託保険又は運転代行受託共済に加入しています。
(3) 平成28年10月1日,標準自動車運転代行業約款において,随伴用自動車についても任意保険への加入が義務づけられるようになりました(平成28年3月22日付の国土交通省の,「自動車運転代行業における適正な業務運営に向けた「利用者保護」に関する諸課題への対策」参照)。
    ただし,自動車運転代行業法12条は,随伴用自動車(自動車運転代行業法2条7項)について損害賠償措置を講ずべき義務を定めていません。
2   平成14年6月1日施行の,国土交通省関係自動車運転代行業の業務の適正化に関する法律施行規則(自動車運転代行業法施行規則)3条によれば,以下の条件を満たす損害賠償責任「保険」契約又は損害賠償責任「共済」契約に加入しておく必要があります。
① 代行運転自動車の運行により生じた利用者その他の者の生命,身体又は財産の損害を賠償することによって生ずる損失を告示に定める額以上を限度額としててん補することを内容とするものであること。
→ 自動車運転代行業者が締結すべき損害賠償責任保険契約等の補償限度額及び随伴用自動車の表示事項等の表示方法等を定める告示(平成14年5月17日国土交通省告示第421号)2条によれば,1人当たりの限度額8000万円以上の対人賠償責任保険,1事故につき限度額200万円以上の対物賠償責任保険への加入が義務づけられています。
    なお,平成20年10月1日以降,平成20年6月24日国土交通省告示第781号に基づき,代行運転自動車に係る車両保険・共済への加入が義務づけられるようになり,補償限度額の下限は200万円となっています。
② 自動車運転代行業者の法令違反が原因の事故について補償(代行運転自動車の損害を賠償することによって生ずる損失についての補償を除く。)が免責となっていないこと。
③ 保険期間中の保険金支払額に制限がないこと。
④ 随伴用自動車の台数に応じて契約を締結する場合にあっては、すべての随伴用自動車の台数分の契約を締結すること。
3(1) 自動車保険約款には通常,「記名被保険者の承諾を得て被保険自動車を使用または管理中の者。ただし、自動車取扱業者が業務として受託した被保険自動車を使用または管理している間を除きます。」と記載されています。
    そして,「自動車取扱業者が業務として受託した被保険自動車を使用または管理している間」は,自動車運転代行業者が客の自動車を代行運転している間を意味します。
    そのため,自動車運転代行業者が代行運転自動車について交通事故を起こした場合,客の自動車に付いてある任意保険は適用されません。
    その結果,仮に自動車運転代行業者が任意保険に加入していなかった場合,客は,自動車運転代行業者と連帯して,自賠責保険超過金額について,自己負担で交通事故に基づく損害賠償義務を負うことになります。
(2) 公益社団法人全国運転代行協会が認定した優良運転代行業者の場合,随伴車も含めて任意保険に加入しています(外部HPの「優良運転代行業者評価制度」参照)。

第5 顧客として運転代行を利用する際の注意点
1 公益社団法人全国運転代行協会HPの「運転代行利用ガイドライン」には,顧客として運転代行を利用する場合,以下の点に注意するように書いてあります。
① 随伴洋自動車(随伴車)に車名表示等が正しく表示されていますか。
② 事前に目的地までの代行料金の概算について説明を受けましたか。
③ 領収書が必要なとき直ちに発行してもらえましたか。
④ 万一の際の損害賠償措置について説明を受けましたか。 
2 同ガイドラインには,「運転代行ご利用のお客様にお願い」として,以下の記載があります。
お客様をタクシー代わりにお乗せすることは禁止されています。
●運転代行は,タクシーではありません。白タクなどタクシー類似行為を行うことは,法律で固く禁じられています。同じく,お客様をお店からクルマを止めてある駐車場等までお運びする,いわゆるAB間輸送も,白タクと同様に道路運送法で違法行為とされていますので,運転代行ドライバーに要求することは絶対におやめ下さい。 

第6 関連記事その他
1 自動車運転代行業者の業界団体としては,平成8年に警察庁及び運輸省の共管法人として設立された公益社団法人全国運転代行協会があります。
    また,自動車運転代行業を所管しているのは,国土交通省自動車局旅客課旅客運送適正化推進室です(国土交通省組織規則91条及び国土交通省HPの「自動車運転代行業について」参照)。
2 自動車運転代行業の利用者である酔客は,主として、夜間において客に飲食をさせる営業を営む者から酒類の提供を受けて酒気を帯びた状態にある者(自動車運転代行業法2条1項1号)のことです。
3 警察庁HPの「警察庁の施策を示す通達(交通局)」に以下の通達が載っています。
・ 自動車運転代行業に係る損害賠償責任共済の事業を行う事業協同組合等の適正運営について(平成19年7月9日付の警察庁交通局交通企画課長の通達)
・ 自動車運転代行業の業務の適正化に関する法律等の解釈及び運用等について(平成28年3月31日付の警察庁交通局長の通知)
・ 自動車運転代行業の業界団体が実施する違法行為防止活動への協力等について(平成28年4月1日付の警察庁交通局交通企画課長の通達)
・ 自動車運転代行業における適正な業務運営に向けた指導・監督について(平成29年3月29日付の警察庁交通局交通企画課長の通達)
・ 自動車運転代行業の業務の適正化に関する法律等の解釈及び運用等について(令和元年11月20日付の警察庁交通局長の通達)
4 全国運転代行共済協同組合(ZDK)HP「サポート品質を維持したまま低コストを実現した共済制度」に,受託自動車共済制度及び交通事故共済制度が載っています。
5 以下の記事も参照してください。
・ 自動車運送事業の運行管理者等に関するメモ書き
・ タクシー業界に関するメモ書き
・ 自動車運送事業に関するメモ書き

自動車運送事業に関するメモ書き

目次
第1 自動車運送事業の種類
第2 旅客運送及び貨物運送に関する標準運送約款
第3 自動車事故報告書等
第4 自動車運送事業者に対する,飲酒運転関係の規制
第5 事業用自動車と任意保険
第6 事業報告書及び輸送実績報告書
第7 事業用トラックと自家用トラック
第8 貸切バス事業者に対する行政処分の厳格化
第9 宅配便
第10 引越
第11 運送事業者に対する行政処分
第12 自動車事故報告書等
第13 関連記事その他

第1 自動車運送事業の種類
1 自動車運送事業は有償で行うものに限られますところ,具体的には以下のものがあります。
(1) 旅客自動車運送事業(道路運送法3条ないし43条)
ア 一般旅客自動車運送事業(道路運送法3条1号)
(a) 一般乗合旅客自動車運送事業(道路運送法3条1号イ,4条)
→ 例えば,路線バスがあります。
(b) 一般貸切旅客自動車運送事業(道路運送法3条1号ロ,4条)
→ 例えば,貸切バスがあります。
(c) 一般乗用旅客自動車運送事業(道路運送法3条1号ハ,4条)
→ 例えば,タクシー及びハイヤーがありますところ,後者は,前者と異なり,街角での流し営業及びホテル等での付け待ちを行うことができず,運送の引受けを必ず営業所で行う(=営業所を拠点に予約の上で利用される)必要があります(タクシー業務適正化特別措置法2条2項参照)。
イ 特定旅客自動車運送事業(道路運送法3条2号,43条)
→ 特定の者の需要に応じ,一定の範囲の旅客を運送する旅客自動車運送事業をいい,例えば,(a)スクールバス,(b)工場との間の通勤バス,及び(c)介護施設との間の介護輸送バスがあります。
(2) 貨物自動車運送事業(道路運送法46条参照)
ア 一般貨物自動車運送事業(貨物自動車運送事業法2条2項)
→ 例えば,(a)トラック運送,(b)宅配便,(c)バイク便,(d)自転車便及び(e)霊柩車があります。
イ 特定貨物自動車運送事業(貨物自動車運送事業法2条3項)
→ 特定の者の需要に応じ,有償で,自動車を使用して貨物を運送する事業をいい,例えば,荷主限定トラックがあります。
ウ 貨物軽自動車運送事業(貨物自動車運送事業法2条4項)
→ 軽トラック(=軽自動車規格のトラック)による運送業をいいます。
2(1) 自動車運送事業については,国土交通省の運輸監理部長又は運輸支局長の許可を要します(道路運送法88条3項参照)ところ,緑ナンバーを付けています。
ただし,貨物軽自動車運送事業については運輸支局長等への届出で足ります(貨物自動車運送事業法36条1項参照)ところ,黒ナンバーを付けています。
(2) 自動車運送事業に使用されている自動車が交通事故の当事者となった場合,交通事故証明書の「車種」欄に「事業用」と記載されます。
3(1) 貨物自動車運送事業を経営する者は,災害等の場合を除き,有償で旅客の運送をすることができません(道路運送法83条)。
(2) 一般乗合旅客自動車運送事業者は,旅客の運送に付随して,少量の郵便物,新聞紙その他の貨物を運送することができます(道路運送法82条1項)。

第2 旅客運送及び貨物運送に関する標準運送約款
1 旅客運送に関する標準運送約款
旅客運送に関する法律関係は,以下の標準運送約款(道路運送法11条3項参照)を参考に作成され,地方運輸局長の認可(道路運送法88条2項・11条1項)を受けた各社の運送約款によって規律されています。
① 一般乗合旅客自動車運送事業標準運送約款(昭和62年1月23日運輸省告示第49号)
② 一般貸切旅客自動車運送事業標準運送約款(昭和62年1月23日運輸省告示第49号)
③ 一般乗用旅客自動車運送事業標準運送約款(昭和48年9月6日運輸省告示第372号)
2 貨物運送に関する標準運送約款
貨物運送に関する法律関係は,以下の標準運送約款(貨物自動車運送事業法10条3項参照)を参考に作成され,地方運輸局長の認可(貨物自動車運送事業法66条1項・10条1項)を受けた各社の運送約款によって規律されています。
① 標準貨物自動車運送約款(平成2年11月22日運輸省告示第575号)
② 標準貨物軽自動車運送約款(平成15年3月3日国土交通省告示第171号)
③ 標準引越運送約款(平成15年3月3日国土交通省告示第170号)
④ 標準貨物軽自動車引越運送約款(平成15年3月3日国土交通省告示第172号)
⑤ 標準宅配便運送約款(平成2年11月22日運輸省告示第576号)
⑥ 標準霊柩運送約款(平成18年8月31日国土交通省告示第1047号)

第3 自動車事故報告書
1(1) 自動車運送事業者は,その事業用自動車が重大な事故(例えば,死者又は重傷者を生じた事故)を引き起こした場合,事故があった日から30日以内に,運輸支局長等を経由して,国土交通大臣に対し,自動車事故報告書を提出する必要があります(一般旅客自動車運送事業者につき道路運送法29条,貨物自動車運送事業者につき貨物自動車運送事業法24条・35条6項前段)。
(2) 自動車事故報告書の様式は,自動車事故報告規則(昭和26年12月20日運輸省告示第104号)3条で定められています。
2(1) 国土交通省自動車局は,道路運送法29条の2及び貨物自動車運送事業法24条の2に基づき,「自動車運送事業用自動車事故統計年報」を公表しています(自動車総合安全情報HP「事業用自動車の事故報告件数の推移等」参照)。
(2) 従前の「自動車交通局」は,平成23年7月1日政令第203号(同日施行)に基づく国土交通省組織令(平成12年6月7日政令第255号)の改正により,「自動車局」に名称が変更されました。
3 自動車運送事業者が国土交通大臣に対して自動車事故報告書を提出していなかった場合,事業用自動車の使用の停止又は事業の停止を命じられる他,車検証を返納させられることがあります(一般旅客自動車運送事業者につき道路運送法40条及び41条,貨物自動車運送事業者につき貨物事業者運送事業法33条及び34条・35条6項前段)。
4 自動車運送事業者は,その事業用自動車が特に重大な事故(例えば,2人以上の死者を生じた事故)を引き起こした場合,運輸支局長等に対し,電話,ファクシミリその他適当な方法により,24時間以内においてできる限り速やかに,その事故の概要を速報する必要があります(自動車事故報告規則4条)。
5 自動車運送事業者は,事業用自動車に係る事故が発生した場合,事故に関する記録を作成し,3年間,営業所で保存する必要があります(一般旅客自動車運送事業者につき旅客自動車運送事業運輸規則26条の2,貨物自動車運送事業者につき貨物自動車運送事業輸送安全規則9条の2)。
6(1) 国土交通省北陸信越運輸局HP「自動車事故報告について」及び「自動車事故報告書の記載例」が参考になります。
(2) 地方運輸局長に対し,自動車事故報告書について行政文書開示請求をした場合における開示範囲については,平成29年度(行情)答申第347号)が参考になります。

第4 自動車運送事業者に対する,飲酒運転関係の規制
1 国土交通省は,「事業用自動車に係る総合的安全対策委員会」によりまとめられた『事業用自動車総合安全プラン2009』(平成21年3月27日発表)を踏まえ,平成22年4月28日国土交通省令第30号に基づき(a)旅客自動車運送事業運輸規則(昭和31年8月1日運輸省令第44号)及び(b)貨物自動車運送事業輸送安全規則(平成2年7月30日運輸省令第22号)を改正することで,自動車運送事業者に対し,以下の規制を実施するようになりました。
① 平成22年4月28日からの規制
・   酒気を帯びた乗務員を乗務させてはならないことが明文化されました(旅客自動車運送事業運輸規則21条4項,貨物自動車運送事業輸送安全規則3条5項)。
・ 「酒気を帯びた状態」は,道路交通法施行令44条の3に規定する血液中のアルコール濃度0.3mg/mℓ又は呼気中のアルコール濃度0.15mg/ℓ以上であるか否かを問いません。
② 平成23年5月1日からの規制
・ 事業者は,点呼時に酒気帯びの有無を確認する場合には,目視等で確認するほか,アルコール検知器を用いてしなければならなくなりました(旅客自動車運送事業運輸規則24条3項前段,貨物自動車運送事業輸送安全規則7条4項前段)。
・ アルコール検知器は,アルコールを検知して,原動機が始動できないようにする機能を有するもの(=アルコール・インターロック装置)を含みます。
・ 事業者は,営業所ごとにアルコール検知器を備え,常時有効に保持しなければならなくなりました(旅客自動車運送事業運輸規則24条3項後段,貨物自動車運送事業輸送安全規則7条4項後段)。
2 ②の規制は当初,平成23年4月1日から実施される予定でありましたものの,東日本大震災が発生したため,平成23年3月31日国土交通省令第18号に基づき,規制開始が1ヶ月先延ばしにされました。

第5 事業用自動車と任意保険
1 事業用自動車とは,自動車運送事業者がその自動車運送事業の用に供する自動車をいい(道路運送法2条8項),緑ナンバー(軽自動車の場合は,黒ナンバー)が交付されます。
具体的には,①タクシー,②バス及び③他人の貨物を有償で運送するトラックのことです。
2 タクシー,バス等の場合,旅客自動車運送事業運輸規則(昭和31年8月1日運輸省令第44号)19条の2に基づき制定された「旅客自動車運送事業者が事業用自動車の運行により生じた旅客その他の者の生命、身体又は財産の損害を賠償するために講じておくべき措置の基準を定める告示」(平成17年4月28日国土交通省告示第503号)により,すべての事業用自動車について,1人当たりの限度額8000万円以上の対人賠償責任保険,1事故につき限度額200万円以上の対物賠償責任保険への加入が義務づけられています。
そのため,タクシー,バス等に起因する交通事故の場合,事業者に法令違反がない限り,常に任意保険による対応がなされることとなります。
3 トラック事業者は,「貨物」自動車運送事業者であって,「旅客」自動車運送事業者ではありませんから,前述した告示が当然に適用されるわけではありません。
ただし,貨物自動車運送事業の許可基準の一つに,任意保険を締結するなどして十分な損害賠償能力を有することが必要とされていますから,事業者に法令違反がない限り,ほぼ常に任意保険による対応がなされることとなります。

第6 事業報告書及び輸送実績報告書
1 旅客自動車運送事業者は,運送事業の内容に応じて,毎年,国土交通大臣,管轄地方運輸局長又は管轄運輸支局長に対し,事業報告書及び輸送実績報告書を提出する必要があります(道路運送法94条1項,旅客自動車運送事業等報告規則2条)。
2 貨物自動車運送事業者は,運送事業の内容に応じて,毎年,国土交通大臣又は管轄地方運輸局長に対し,事業報告書及び事業実績報告書を提出する必要があります(貨物自動車運送事業法60条1項,貨物自動車運送事業報告規則2条)。

第7 事業用トラックと自家用トラック

1 トラックには事業用トラックと自家用トラックがあります。
2(1) 事業用トラックは有償でお客様の荷物を運ぶトラックです。
(2) 自家用トラックは自分の荷物を運ぶために個人又は団体が保有しているトラックであり,対価を得て荷物を運ぶことはできません。
3 事業用トラックのナンバープレートは緑地に白い文字,自家用トラックのナンバープレートは白地に緑の文字です。
そのため,事業用トラックは緑ナンバー,自家用トラックは白ナンバーとも呼ばれています。
4 平成26年12月1日,車両総重量7トン以上又は最大積載量4トン以上の事業用トラック(=緑ナンバーのトラック)についても,運行記録計(タコグラフ)の装着が義務づけられました(全日本トラック協会HPの「運行記録計(タコグラフ)の装着義務付け対象拡大について」参照)。

第8 運送事業者に対する行政処分
1(1) 地方運輸局長は,国土交通大臣の委任(道路運送法88条2項,貨物自動車運送事業法66条1項)に基づき,自動車運送事業者に対し,事業停止命令,事業取消等の行政処分をすることができます(旅客自動車運送事業につき道路運送法40条及び41条,貨物自動車運送事業につき貨物自動車運送事業法33条及び34条)
(2) 国土交通省の自動車総合安全情報HPの「行政処分の基準」を見れば,乗合バス,貸切バス,ハイヤー及びタクシー並びにトラックに対する行政処分の基準が分かります。
(3) 国土交通省の自動車総合安全情報HPの「事業者の行政処分情報検索」を見れば,バス,トラック及びタクシーに対する過去3年間の行政処分等の状況が分かります。
2 自動車運送事業者については,自動車運送事業等監査規則(昭和30年12月24日運輸省令第70号)に基づく監査が実施されています。
3(1) 外部HPの「監査・行政処分」には,一般貨物自動車運送事業に対する監査・行政処分のことが書いてあります。
(2) 監査としては,特別巡回指導,呼び出し指導,巡回監査及び特別監査があります。
(3) 行政処分としては,違反に応じた日車数の自動車の使用停止処分のほか,点数制度による行政処分として,処分日車数10日(車両×日)ごとに1点と換算した点数に基づき,当該営業所の業務停止処分,全営業所の事業停止処分及び事業許可の取消しがあります。
点数制度によらない行政処分として,事業許可の取消しがあります。
4 外部HPの「監査から行政処分の流れ(一般貨物自動車運送事業)」によれば,監査が来てもすぐに車両停止になるわけではないとのことです。

第9 貸し切りバス事業者に対する行政処分の厳格化
・ 国土交通省HPの「貸切バス事業者のみなさまへ 行政処分等の基準が厳しくなります 平成28年12月1日施行」には以下の記載があります(ナンバリングを改めました。)。
1 監査関係
(1) 運行中の車両について、街頭監査で違反があり、その場で是正できない場合、「輸送の安全確保命令」が発動され、是正するまでの間、違反した車両が使用できなくなります。また、指摘された違反をもとに、30日以内に事業者に対する監査を行い、法令違反の有無を確認します。
(2) 以下の緊急を要する重大な法令違反が確認された場合は、「輸送の安全確保命令」が発動され、是正できるまでの間、違反事項と関係する全ての車両が使用できなくなります。この場合、事業停止の処分を受けることとなり、それでもなお、是正されない場合は、許可取消となります。
① 運行管理者が全く不在(選任なし)の場合
② 整備管理者が全く不在(選任なし)の場合であって、定期点検整備を全く実施していない場合
③ 全ての運転者が健康診断を受診していない場合
④ 運転者に対して指導監督及び特別な指導を全く実施していない場合
(3) 監査で(2)以外の違反が確認された場合は、30日以内に是正状況を確認する監査を実施します。
(4) 監査(1回目)において指摘した違反(軽重にかかわらず)が、確認監査(2回目)で一部でも改善が確認できない場合、「輸送の安全確保命令」が発動され、命令後に改善が確認(30日以内)できた場合は、3日間の事業停止、確認できない場合は、許可取消となります。
2 行政処分関係 
(1) 使用を停止させる車両数の割合が、保有車両数の8割になります。
(例)保有車両数5両、処分100日車の場合⇒ 4両を25日間停止
(2) 輸送の安全に係る違反の処分量定を引き上げます。
(主なもの)
① 運賃料金届出違反(現行)20日車⇒ (改正)60日車
② 健康診断の未受診
【未受診者数】(現行)半数以上10日車⇒ (改正)3名以上40日車
③ 適性診断の未受診
【受診なし2名以上】(現行) 10日車⇒ (改正) 40日車
④ 運転者への特別な指導・監督違反(運転者への教育関係)
【大部分不適切】(現行) 10日車⇒ (改正) 40日車
⑤ 各種記録類の改ざん・不実記載(現行)30日車⇒ (改正)60日車
⑥ 輸送の安全確保命令等各種の命令違反
(現行)60日車⇒ (改正)許可取消
3 運行管理者に対する行政処分関係
(1) 繰り返し法令違反を是正しない事業者が許可取消となった場合、勤務する運行管理者全員に対し、資格者証の返納が命ぜられます。

(2) 重大事故等を引き起こし監査を実施した結果、運行の安全確保に関わる量定が120日車以上となった場合、統括運行管理者だけでなく、違反に関わった運行管理者全員の資格者証の返納が命ぜられます。
(3) 運行管理者が飲酒運転又は薬物運転した場合、自家用車の運転でも資格者証の返納が命ぜられます。

第10 宅配便
1 宅配便に関する法律関係は,標準宅配便運送約款(平成2年11月22日運輸省告示第576号)貨物自動車運送事業法10条3項参照)を参考に作成され,地方運輸局長の認可(貨物自動車運送事業法66条1項・10条1項)を受けた各社の宅配便運送約款によって規律されています。
2(1)   宅配便は,低額な運賃によって大量の小口の荷物を迅速に配送することを目的とした貨物運送であって,その利用者に対し多くの利便をもたらしているものです。
宅配便を取り扱う貨物運送業者に対し,安全,確実かつ迅速に荷物を運送することが要請されることはいうまでもありませんが,宅配便が有する右の特質からすると,利用者がその利用について一定の制約を受けることもやむを得ないところであって,貨物運送業者が一定額以上の高価な荷物を引き受けないこととし,仮に引き受けた荷物が運送途上において滅失又は毀損したとしても,故意又は重過失がない限り,その賠償額をあらかじめ定めた責任限度額に限定することは,運賃を可能な限り低い額にとどめて宅配便を運営していく上で合理的なものであると解されています(
最高裁平成10年4月30日判決参照)。
(2) 例えば,ヤマト運輸でいえば,①通貨(紙幣,硬貨)若しくは金券,有価証券,宝石類,美術品又は骨董品が荷物となる場合(宅配便利用約款6条1項),及び②一個の荷物の申告価格が30万円を超える場合(宅配便利用約款6条2項),荷物の引受を拒絶されることがあります(ヤマト運輸HPの「各種約款」参照)。
また,荷物の紛失等があったとき,運送契約上の責任限度額は30万円ですから,①債務不履行に基づく損害賠償請求権を行使した場合,30万円が損害賠償金の上限となります(宅配便利用約款24条)し,②不法行為に基づく損害賠償請求権を行使した場合でも,30万円が損害賠償金の上限となります(最高裁平成10年4月30日判決)。
3(1) 荷物の毀損についての運送業者の責任は,荷物の引渡しがあった日から3ヶ月以内に通知を発しない限り,消滅します(標準宅配便運送約款24条1項)。
(2) 運送業者の責任は,荷受人が荷物を受け取った日から1年を経過したときは,時効によって消滅します(標準宅配便運送約款27条1項)。
4 近畿運輸局HPの「宅配便の利用について」が参考になります。

第11 引越
1 引越に関する法律関係は,標準引越運送約款(平成2年11月22日運輸省告示第577号)(貨物自動車運送事業法10条3項参照)を参考に作成され,地方運輸局長の認可(貨物自動車運送事業法66条1項・10条1項)を受けた各社の引越運送約款によって規律されています。
2 引越業者が引越運送等に要する運賃及び料金について見積もりを出した場合でも,見積を行う前に金額について申込者の了解を得た上で発送地又は到達地で行われた下見に要した費用を除き,見積料なり,内金,手付金等なりを請求することはありません(標準引越運送約款3条)。
3 現金,有価証券,宝石貴金属,預金通帳,キャッシュカード,印鑑等荷送人において携帯することのできる貴重品については,引受を拒絶されることがあります(標準引越運送約款4条2項)。
4 荷物の一部の滅失又は毀損についての運送業者の責任は,荷物の引渡しがあった日から3ヶ月以内に通知を発しない限り,消滅します(標準引越運送約款25条1項)。
5 荷物の滅失,毀損又は遅延についての運送業者の責任は,荷受人等が荷物を受け取った日から1年を経過したときは,時効によって消滅します(標準引越運送約款27条1項)。
6 近畿運輸局HPの「引越しのいろは」が参考になります。

第12 関連記事その他
1 特別積合せ貨物運送とは,一般貨物自動車運送事業として行う運送のうち,営業所その他の事業場(以下「事業場」といいます。)において集貨された貨物の仕分けを行い,集貨された貨物を積み合わせて他の事業場に運送し,当該他の事業場において運送された貨物の配達に必要な仕分けを行うものであって,これらの事業場の間における当該積合せ貨物の運送を定期的に行うものをいい(貨物自動車運送事業法2条6項),30キログラム以下の貨物を取り扱う宅配便は特別積合せ貨物運送の一種です。
2 「人間」はその死を境に「物」に変わるため,その「物」である遺体を輸送する霊柩運送事業は,貨物自動車運送事業として取り扱われています。
3(1) トラック会社の記録の保存期間につき,長野県トラック協会HP「営業所で保存管理の必要な運行管理・整備管理関係の帳票類一覧」及び「点呼記録簿・運転日報・運転者台帳等の帳票類の保存期間はどのくらい?」が参考になります。
(2) 国土交通省HPの「自動車交通関係事業」には,バス,タクシー,自家用有償旅客運送,レンタカー,運転代行,トラック,自動車登録,自動車整備,軽自動車検査協会等が載っています。
4 国土交通省HPに「トラック運送事業者の法令違反行為に荷主の関与が判明すると荷主名が公表されます!」(平成29年7月1日開始の,新たな荷主勧告制度に関するもの)が載っています。
5 国立国会図書館HPレファレンスにつき,平成25年6月号に「バス高速輸送システム(BRT)-導入事例と論点-」が載っていて,平成30年9月号に「トラック運送の現状と課題」が載っています。
6(1) 高速道路上で交通事故を起こした場合,通行止めによって発生した損害について賠償責任を追うことは考えにくいみたいです(日々の話題 これって何?ブログ「高速の事故渋滞!返金は可能?損害賠償はしてもらえるの?」参照)。
(2) 高速道路の復旧作業費用等については当然,損害賠償責任が発生します。
7 以下の記事も参照してください。
・ 自動車運送事業の運行管理者等に関するメモ書き
・ 貨物軽自動車運送事業(軽貨物運送業)
・ タクシー業界に関するメモ書き

タクシー業界に関するメモ書き

目次
第1 道路運送法に基づく規制
第2 旅客自動車運送事業運輸規則に基づく規制
第3 タクシー業務適正化特別措置法(タク特法)に基づく規制(指定地域及び特定指定地域)
1 総論
2 指定地域及び特定指定地域
3 タクシー運転者登録制度
4 適正化事業実施機関としてのタクシーセンター
第4 タクシー特措法に基づく供給過剰対策(特定地域及び準特定地域)
第5 タクシー特措法に基づく公定幅運賃制度
第6 タクシー事業の運送原価
第7 タクシーの営業形態等
第8 ハイヤー
第9 タクシー会社の労務管理
1 総論
2 拘束時間及び休息期間
3 タクシーの日勤勤務者の場合
4 タクシーの隔日勤務者の場合
5 休憩時間
6 時間外労働及び休日労働の限度
7 乗務距離の最高限度
8 根拠となる告示等
第10 変形労働時間制
第11 関連記事その他

第1 道路運送法に基づく規制
1(1) タクシー運転手は,法令所定の事由がない限り,運送の引受を拒絶することはできません(道路運送法13条)。
つまり,正当な理由のない乗車拒否は禁止されており,違反に対しては100万円以下の罰金が予定されています(道路運送法98条6号)。
(2) タクシー運転手は,急病人を運送する場合その他正当な事由がない限り,運送の申込みを受けた順序により,旅客の運送をする必要があります(道路運送法14条)。
(3) タクシー会社は,タクシー運転手の過労運転を防止するために必要な措置を講じる必要があります(道路運送法27条1項)。
2(1) 平成14年1月31日までは,自動車運送事業は免許制であり,供給輸送力が輸送需要量に対し不均衡とならないこと等が免許を受ける条件とされ,需給調整規制がなされていました(道路運送法4条1項で免許制を定めていたことが憲法22条1項に違反しないことにつき最高裁昭和62年10月1日判決(先例として,最高裁大法廷昭和38年12月4日判決))。
    しかし,道路運送法及びタクシー業務適正化臨時措置法の一部を改正する法律(平成12年5月26日法律第86号)が施行された平成14年2月1日以後,自動車運送事業は許可制となって需給調整規制が廃止され,①営業所,②車両数,③車庫,④休憩・仮眠体制,⑤運行管理体制,⑥運転者・運行管理者・整備管理者,⑦資金計画,⑧損害賠償能力等の一定の条件を満たせば当然に許可が下りるようになりました(いわゆる「タクシー規制緩和」)。
(2) 道路運送法には緊急調整地域の制度があったものの,これは供給過剰の状況が発生した場合に新規参入や増車を禁止するという,いわば供給過剰の拡大防止措置しかありませんでした。
3 平成21年10月1日,タクシー適正化・活性化特別措置法(タクシー特措法)が施行され,平成26年1月27日,改正タクシー特措法が施行されました。
これにより,供給力削減及び需要活性化の両面からのタクシー供給過剰対策が推進されるようになりました。

第2 旅客自動車運送事業運輸規則に基づく規制(交通事故関係)
1 旅客自動車運送事業運輸規則 (昭和31年8月1日運輸省令第44号)は,事業者,運行管理者,乗務員,旅客等に関する事項を定めています。
2 旅客自動車運送事業者は,事業用自動車の運行により生じた旅客その他の者の生命,身体又は財産の損害を賠償するための措置であつて,国土交通大臣が告示で定める基準(平成17年4月28日国土交通省告示第502号のことです。)に適合するものを講じておかなければなりません(旅客自動車運送事業運輸規則19条の2)。
3(1) タクシーが交通事故を起こした場合,30日以内に,以下の事項を含む交通事故の記録を作成し,当該記録を3年間保存する必要があります(旅客自動車運送事業運輸規則26条の2参照)。
① 乗務員の氏名
② 事業用自動車の自動車登録番号その他の当該事業用自動車を識別できる表示
③ 事故の発生日時
④ 事故の発生場所
⑤ 事故の当事者(乗務員を除く。)の氏名
⑥ 事故の概要(損害の程度を含む。)
⑦ 事故の原因
⑧ 再発防止対策
(2)   「事故の概要(損害の程度を含む。)」にはドライブレコーダーの記録が含まれます(「旅客自動車運送事業運輸規則の解釈及び運用について」26条の2参照)。

第3 タクシー業務適正化特別措置法(タク特法)に基づく規制(指定地域及び特定指定地域)
1 総論
(1) タクシー業務適正化特別措置法(昭和45年5月19日法律第75号)(略称は「タク特法」です。)は,タクシーの運転者の登録を実施し、指定地域において輸送の安全及び利用者の利便の確保に関する試験を行うとともに、特定指定地域においてタクシー業務適正化事業の実施を促進すること等の措置を定めています(タク特法1条参照)。
(2) 制定当初の法律名はタクシー業務適正化臨時措置法でしたが,平成14年2月1日,現在の法律名となりました。
2 指定地域及び特定指定地域
(1) 指定地域及び特定指定地域は,いわゆる流し営業中心の地域であり,以前は政令で指定されていましたが,現在は国土交通大臣告示で指定されています(タクシー業務適正化特別措置施行規程(平成26年1月24日国土交通省告示第57号)参照)。
(2) 指定地域とは,タクシーによる運送の引受が専ら営業所以外の場所で行われ、乗車拒否等輸送の安全及び利用者の利便を確保することが困難となるおそれがある行為の状況に照らし、タクシー事業の適性化を図る必要があると認められる地域をいいます(タク特法2条5項)。
    特定指定地域とは,指定地域のうち,特に利用者の利便を確保する観点からタクシー事業の業務の適正化を図る必要があると認められる地域うぃいます(タク特法2条6項)。
(3)ア 東京都の特定指定地域は,東京都特別区,武蔵野市及び三鷹市です。
    大阪府の特定指定地域は,大阪市,堺市(美原区を除く),豊中市,池田市,吹田市,泉大津市,高槻市,守口市,茨木市,八尾市,和泉市,箕面市,門真市,摂津市,高石市,東大阪市,三島郡島本町及び泉北郡忠岡町です。
神奈川県の特定指定地域は,横浜市,横須賀市及び三浦市です。
イ 平成22年4月1日,神奈川県が特定指定地域に追加されました。
3 タクシー運転者登録制度
(1) 平成20年6月14日,タクシー運転者登録制度(タク特法3条参照)が2の指定地域(東京及び大阪)から13の指定地域(札幌,仙台,さいたま,千葉,東京,横浜,名古屋,京都,大阪,神戸,広島,北九州,福岡)に拡大されました(国土交通省HPの「法人タクシー運転者登録制度を開始します~指定地域を全国13地域に拡大~」参照)。
(2)ア 平成27年10月1日,タクシー運転者登録制度(タク特法3条参照)が13の指定地域(札幌,仙台,さいたま,千葉,東京,横浜,名古屋,京都,大阪,神戸,広島,北九州,福岡)から全国に拡大されました(国土交通省HPの「タクシー運転者登録制度を全国に拡大します~主な政令指定都市から全ての地域へ~」参照)。
    これにより,全国において運輸局長が認定する講習を受講・修了し,タクシー運転者登録を受けないと,法人タクシーに乗務することができなくなりました。
イ 大阪の場合,公益財団法人大阪タクシーセンターがタクシー運転者登録を担当しています(大阪タクシーセンターHPの「登録課」参照)。
そして,法人タクシーについては運転者証を,個人タクシーについては事業者乗務証を発行しています。
ウ タクシー運転手は,登録タクシー運転者証をタクシーに表示する必要があります(タクシー業務適正化特別措置法13条本文)。
(3) 平成27年10月1日,13の指定地域においては,講習の受講・修了に加えて,新たに「輸送の安全及び利用者の利便の確保に関する試験」(法令,安全,接遇及び地理)の合格が必要となりました。
    ただし,従前から,東京都,大阪府及び神奈川県の特定指定地域(タク特法2条6項,タクシー業務適正化特別措置施行規程2条2項)においてタクシー運転手となろうとする場合,適正化事業実施機関が実施する地理試験に合格する必要がありました(タクシー業務適正化特別措置法48条及び49条)。
(4)ア 登録タクシー運転者が悪質な法令違反を行ったり,重大事故を惹起したりした場合,運輸局長が登録の取消処分を行い,一定期間,全国どの地域においてもタクシーの乗務ができなくなります(タク特法9条1項)。
イ 軽微な違反の場合は警告を行うとともに違反点数を付与し,一定の点数に達した場合は地方運輸局長から講習の受講命令が出されます(タク特法18条の2)。
(5) 登録タクシー運転者に対する処分基準は,「登録運転者等に対する行政処分等の基準について」(平成27年10月1日付の関東運輸局長等の公示)に書いてあります。
4 適正化事業実施機関としてのタクシーセンター
(1) 適正化事業実施機関は,タクシー業務適正化特別措置法34条に基づく機関であります(国土交通省HPの「タクシー業務適正化特別措置法に規定する適正化事業の概要について」参照)ところ,以下の三つがあります。
① 公益財団法人東京タクシーセンター
・ 「インターネットによる苦情受付」を利用すれば,インターネット経由で苦情を出すことができます。
② 公益財団法人大阪タクシーセンター
・ 「苦情の受付」を利用すれば,インターネット経由で苦情を出すことができます。
③ 一般財団法人神奈川タクシーセンター
・ 「苦情について」を利用すれば,インターネット経由で苦情を出すことができます。
(2)ア 東京都,大阪府及び神奈川県の特定指定地域に事業所のあるタクシーから乗車拒否をされたり,下車を強要されたり,接客に問題があったりした場合,タクシーセンターに対して苦情を出すことができます。
イ 正当な理由のない乗車拒否は,道路運送法13条及び旅客自動車運送事業運輸規則13条に違反する行為です。
(3) タクシー会社の道路交通法違反,交通事故に関する対応等について,タクシーセンターに苦情を出すことはできません。
(4) タクシー業務適正化特別措置法34条は以下のとおりです。
(適正化事業実施機関の指定)
第三十四条   特定指定地域内におけるタクシー事業に係る次の業務を行う者で特定指定地域ごとに国土交通大臣の指定するもの(以下「適正化事業実施機関」という。)は、当該業務の実施に必要な経費に充てるため、当該特定指定地域内に営業所を有するタクシー事業者から負担金を徴収することができる。
一  タクシーの運転者の道路運送法に違反する運送の引受けの拒絶その他同法 又はこの法律に違反する行為の防止及び是正を図るための指導
二  タクシーの運転者の業務の取扱いの適正化を図るための研修
三  タクシー事業の利用者からの苦情の処理
四  タクシー乗場その他タクシー事業の利用者のための共同施設の設置及び運営
2  前項の指定は、指定を受けようとする者の申請により行なう。

第4 タクシー特措法に基づく供給過剰対策(特定地域及び準特定地域)
1(1)ア 平成21年10月1日,特定地域及び準特定地域における一般乗用旅客自動車運送事業の適正化及び活性化に関する特別措置法(平成21年6月26日法律第64号)(略称は「タクシー適正化・活性化特別措置法」,「タクシー特措法」です。)が施行されました。
    これにより,供給過剰の問題が生じている地域を国土交通大臣が特定地域として指定した上で(タクシー特措法3条),特定地域ごとに事業者,行政,利用者,労働者,有識者などで構成される協議会が作成する地域計画に基づいて,協議会に参加する各事業者が供給力の削減のための減車などの取り組み(供給力削減)と,需要を拡大させるための活性化の取り組み(需要活性化)を自主的に実施していくことができる制度が導入されました(一般財団法人運輸総合研究所HP「議員立法で成立した改正タクシー特措法等の概要について」参照)。
イ 制定当初は,「特定地域における一般乗用旅客自動車運送事業の適正化及び活性化に関する特別措置法」という法律名でしたが,平成26年1月27日,現在の法律名になりました(国土交通省自動車局旅客課の「タクシー「サービス向上」「安心利用」推進法が施行されました!」参照)。
(2) 自交総連HP「規制強化と減車の実現」が参考になります。
自交総連は,全国自動車交通労働組合総連合会の略称であり,ハイヤー・タクシー,自動車教習所及び観光バス労働者の労働組合です。
2(1) タクシー特措法の下で,全国的に,また,個々の地域の大半において,一日当たりの売り上げ(日車営収)と運転者の賃金はそれまでの下落傾向から回復に転じました。
以後両者は緩やかな上昇を続けてきましたが,施行後3年以上を経て,それらの上昇の度合いや供給過剰の解消効果は,法制定当初に期待されたよりも小さい水準にとどまっていて不十分ではないか,との指摘や意見もありました。
    また,全国で約640のタクシー営業区域のうち,区域数ベースでその約四分の一,法人車両台数ベースで約9割に当たる営業区域が特定地域として指定され,各地域において自主的な減車や需要の活性化の取り組みが各社で自主的に進められたものの,自主的な取り組みであるがゆえに3年が経過する中で減車ペースも低下していた面や,減車に積極的に取り組む事業者と全く消極的な事業者との間に不公平感が生じ,これが減車が停滞する一因ともなっていた面もあり,今後における供給過剰対策の円滑な進捗の確保が大きな課題となっていました(一般財団法人運輸総合研究所HP「議員立法で成立した改正タクシー特措法等の概要について」参照)。
    そこで,平成25年11月,タクシーサービス向上・安心利用推進法に基づき,タクシー特措法が改正されました。
(2) 平成26年1月27日,タクシー特措法が施行されました。
    これにより,道路運送法に基づく「新規参入は許可制,増車は届出制」という規制緩和の原則は引き続き維持したまま,供給過剰対策が必要な地域について,改正前の特定地域のみの制度から特定地域と準特定地域という二本立ての制度とした上で,特定地域として指定されている期間中における供給過剰対策の取り組みについて,一定の場合には減車などの供給力の削減を義務付ける方法により効果的に実施できるようになりました。
(3)ア 期間3年で指定される準特定地域(大臣指定)の場合,新規参入は許可制であり,増車は認可制であり,公定幅運賃(下限割れには変更命令)が定められています(国土交通省HPの「タクシー「サービス向上」「安心利用」推進法による制度変更のポイント」参照)。
    準特定地域の規制内容は,改正前のタクシー特措法に基づく特定地域の規制内容とほぼ同じです。
イ   期間3年で指定される特定地域(大臣指定・運輸審議会諮問)の場合,新規参入及び増車は禁止されていますし,強制力ある供給削減措置が定められていますし,公定幅運賃(下限割れには変更命令)が定められています。
(4) 改正タクシー特措法に基づく政令,省令,告示,通達及びガイドラインは,東京交通新聞HPの「「改正タクシー事業適正化・活性化特別措置法」運用基準の詳細」に載っています。
3(1) 具体的にどの交通圏(営業区域)が準特定地域に該当するかについは,特定地域及び準特定地域における一般乗用旅客自動車運送事業の適正化及び活性化に関する特別措置法施行規程(平成26年1月24日国土交通大臣告示第56号)で定められています。
    大阪府の場合,①大阪市域交通圏,②北摂交通圏,③河北交通圏,④河南B交通圏,⑤泉州交通圏及び⑥河南交通圏が準特定地域に指定されています。
    そのため,現在,大阪府の交通圏で準特定地域に該当しないのは,⑦豊能郡(とよのぐん)交通圏だけです。
(2) 平成28年7月1日時点のタクシー特措法に基づく特定地域は,自交総連HP「タクシー特定地域特措法 特定地域(2016年7月1日現在)」に掲載されています。
近畿地方では,大阪市域交通圏,神戸市域交通圏及び奈良市域交通圏が特定地域となっています。
(3)   大阪府下の交通圏に関する地図は,一般社団法人大阪タクシー協会HPに掲載されています。
    交通圏というのは,輸送の安全,旅客の利便等を勘案して,地方運輸局長(例えば,近畿運輸局長)が定める区域のことであり(道路運送法5条1項3号,道路運送法施行規則5条),タクシーの営業区域を意味します。

第5 タクシー特措法に基づく公定幅運賃制度
1 平成26年1月27日施行の改正タクシー特措法により、タクシーの供給過剰地域において過度な運賃競争を是正することを目的として,タクシー公定幅運賃制度が導入されました。
2 平成28年10月21日,国土交通省は,大阪高裁等で確定したタクシー運賃変更命令差止請求訴訟に対する判決(大阪高裁平成28年6月17日判決。外部HPの「格安タクシー訴訟に見る公定幅運賃制度と差止訴訟」参照)の趣旨を踏まえ,タクシー利用者の利便性向上等の観点から,下限割れ事業者が存在する地域において,下限割れ事業者の経営実態を考慮しつつ,下限運賃の見直しを行いました(国土交通省HPの「タクシー公定幅運賃の見直しについて」参照)。

第6 タクシー事業の運送原価
1 「タクシー事業に係る運賃制度について(第2回会議(H21.6.4)分)」6頁の「総走行キロ(1km)当たりの運送原価」によれば,東京地区の運送原価は179.86円であり,名古屋地区は154.14円です(なぜか大阪地区の運送原価は書いていないです。)。
2 タクシー事業の運送原価の内訳は以下のとおりです。
① 営業費
・ 運送費及び一般管理費に分かれます。
・ 運送費は,人件費(運転者人件費及びその他人件費),燃料油脂費,車両修繕費,車両償却費,その他運送費に分かれます。
    その他人件費は,運行管理者,整備管理者及び事務員の人件費です。
・ 一般管理費は,人件費(役員報酬及びその他),諸税(主として事業税),その他に分かれます。
② 営業外費用
・ 金融費用(車両購入費,施設改善費),車両売却損(車両売却に係る費用)及びその他に分かれます。
③ 適正利潤

第7 タクシーの営業形態等
1 タクシーの営業形態には以下の3種類があります。
① 流し
・   街中を走りながら,タクシーに乗りたがっているお客さんを探すことをいいます。
② 付け待ち
・   駅前,ホテル,病院前などに設置されたタクシー乗り場でお客さんを待つことをいいます。
③ 無線配車
・   街中や駅前等でタクシーを拾わずに,タクシー会社に電話をかけるお客さんを乗せるために,そのお客さんのところに最寄りのタクシーを向かわせることをいいます。
・ 無線配車の場合,迎車料金が加算されます。
2 タクシードライバー求人君HPの「超初心者必見!タクシードライバーは基本の「流し」を極めるべし。おさえるべき5つのコツ」が参考になります。
3 タクシー業界用語については,外部HPの「【タクシー業界用語】乗務員の間で使われる専門用語や隠語まとめ」が参考になります。
4 国土交通省HPの「タクシー事業の現状」によれば,平成26年3月31日現在,全国のタクシー事業の規模として,車両台数が23万848両,輸送人員が15億9391万人,営業収入が1兆6753億円となっています。
5 WEBCARTOP HP「お客さんを送った帰りのタクシー・高速料金は誰が払う?」に以下の記載があります。
    タクシー運転手の歓迎するお客は、“深夜のロング客”である。ロングとは長距離利用客のこと。東京の都心からの場合、同じロングでも昼間や朝夕の通勤時間帯では、目的地へ向かうか、あるいは帰路で必ずといっていいほど交通渋滞に遭遇するので、時間がかかり効率が悪いということであまり歓迎されない。
    交通量もめっきり減った深夜のロング客ならば、時間の効率も良いので、お客さえいれば、何本も往復することが可能であり、しかも料金は深夜割増となるので歓迎されるのだ。
さらに深夜のロング客で歓迎されるのが高速道路利用客。ロングのお客でも一般道で向かうように指示するひとも結構いるようなので、そのような場合にはロング自体は歓迎だが、運転手の喜びは少々ダウンする。
    しかし「上(高速道路/首都高速はほとんど高架だから)使ってください」などとお客に言われれば、深夜でも眠気も吹き飛びたちまち饒舌になってくる運転手も多い。ちなみに、お客を目的地まで乗せていくときの高速料金は当然ながらお客負担となる。

第8 ハイヤー
1 ハイヤーは,営業所,車庫等を拠点に利用客の要請に応じて配車に応じる自動車のことです。
2(1) 道路運送法にはハイヤーを定義する条文は特に存在せず,ハイヤーはタクシーの一種として位置づけられています。
(2) タク特法では以下のとおり定義されています。
タクシーは,一般乗用旅客自動車運送事業を経営する者がその事業の用に供する自動車でハイヤー以外のものをいいます(タク特法2条1号)。
    ハイヤーは,一般乗用旅客自動車運送事業を経営する者がその事業の用に供する自動車で当該自動車による運送の引受けが営業所のみにおいておこなわれるものをいいます(タク特法2条2号)。
3(1) タクシーの場合,旅客との運送契約は乗車から降車までとなりますし,課金区間も乗車地から降車地までとなります。
    ただし,乗客がタクシーの配車を依頼した場合,迎車料金が別途発生します。
(2)   ハイヤーの場合,旅客との運送契約及び課金区間は「お迎え」(出庫)→「乗車」→「降車」→「車庫に戻る」(帰庫)となります。
4(1) 日本交通HPの「ハイヤー」によれば,ハイヤーの利用用途としては,役員車・社用車(専属使用),通勤使用,成田空港・羽田空港の送迎,ゴルフ送迎,スポット使用,ワゴンがあります。
(2) 日本交通HPの「ハイヤー料金」によれば,成田空港送迎は片道約3万5000円以上,羽賀空港送迎は片道約1万8000円以上,ゴルフ使用は1日当たり約4万5000円以上,スポット使用は2時間又は30km当たり1万2310円以上,ワゴンは2時間又は30km当たり1万2310円以上となっています。

第9 タクシー会社の労務管理
1 総論
(1) タクシー運転手の勤務形態には,昼日勤,夜日勤及び隔日勤務の三つがあります。
(2)ア 昼日勤の場合,一般のサラリーマンと同じような勤務時間となりますから,健康的に働けます。その反面,長距離客が少なかったり,深夜割増がなかったりする分,夜日勤よりも売り上げは少なくなります。
    夜日勤の場合,昼日勤と全く逆の勤務時間となりますから,疲労が蓄積しやすいですし,酔客に絡まれる可能性が高くなります。その反面,終電・終バスを逃した乗客等の長距離客がいたり,深夜割増があったりする分,昼日勤よりも売り上げは多くなります。
隔日勤務の場合,丸一日働いて丸一日休むみたいな生活となります。
イ 昼日勤及び夜日勤を合わせて日勤といいます。
ウ 隔日勤務の略称は「隔勤」です。
(3) タクシー会社は,保有車両の稼働率をできる限り上げた方が,全体として売り上げを増やすことにつながります。
    そのため,タクシー1台につき1日2名の運転手に乗務してもらう日勤よりも,1名の運転手に丸1日タクシーに乗務してもらい,翌日はそのタクシーの別の運転手に使ってもらう隔日勤務が主流になっています。
2 拘束時間及び休息期間
(1)ア タクシー・ハイヤー運転手の場合,自動車運転者の労働時間等の改善のための基準(略称は「改善基準告示」)により,拘束時間,休息期間等の基準が定められています。
イ 外部HPの「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準(トラック等)」が分かりやすいです。
(2)ア 拘束時間は,始業時刻から就業時刻までの時間で,労働時間と休憩時間(仮眠時間を含む)の合計時間をいいます。
イ タクシー運転手は,営業所で休憩したり,路肩で休憩したり,食事をとって休憩したりしています(外部HPの「どこでどうやって休んでる?タクシー運転手の休憩の取り方」参照)。
ウ 労働者が実作業に従事していない仮眠時間であっても,労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価される場合には,労働からの解放が保障されているとはいえず,労働者は使用者の指揮命令下に置かれているものであって,労働基準法32条の労働時間に当たります(最高裁平成14年2月28日判決)。
(3) 休息期間は,勤務と次の勤務の間の時間であり,睡眠時間を含む労働者の生活時間として,労働者にとって全く自由な時間をいい,休憩時間や仮眠時間等とは本質的に異なる性格を有するものです。
(4) 労働時間には時間外労働時間及び休日労働時間が含まれます。
    また,労働時間には作業時間(運転・整備等)のほか,手待ち時間(客待ち等)が含まれます。
3 タクシーの日勤勤務者の場合
(1) 1か月の拘束時間は299時間が限度です。
(2) 1日(始業時刻から起算して24時間をいいます。)の拘束時間は13時間以内を基本とし,これを延長する場合であっても16時間が限度です。
(3) 1日の休息期間は継続8時間以上必要です。
(4) 拘束時間と休息期間は表裏一体のものであり,1日とは始業時間から起算して24時間をいいますから,結局,1日(24時間)=拘束時間(16時間以内)+休息期間(8時間以上)となります。
(5) 車庫待ち等の運転者(顧客の需要に応ずるため常態として車庫等において待機する就労形態のタクシー運転手)については,以上の上限よりも緩い取扱いとなります。
(6) 休日は,休息期間+24時間の連続した時間をいいます。
    そのため,タクシーの日勤勤務者の休日は,休息時間8時間+24時間=32時間以上の連続した時間となります。
4 タクシーの隔日勤務者の場合
(1) 1か月の拘束時間は262時間が限度です。
    ただし,地域的事情その他の特別の事情(例えば,顧客需要の状況等)がある場合において,書面による労使協定があるときは,1年のうち6箇月までは,1箇月の拘束時間の限度を270時間まで延長できます。
(2) 2暦日の拘束時間は21時間以内とされています。
また,勤務終了後,連続20時間以上の休息時間が必要です。
(3) 車庫待ち等の運転者(顧客の需要に応ずるため常態として車庫等において待機する就労形態のタクシー運転手)については,以上の上限よりも緩い取扱いとなります。
(4) 休日は,休息期間+24時間の連続した時間をいいます。
    そのため,タクシーの隔日勤務者の休日は,休息時間20時間+24時間=44時間以上の連続した時間となります。
(5) 隔日勤務者の場合,出勤日である「出番」及び仕事が終わった後が休みになる「明番」を2回繰り返した後,丸一日が休みになる「公休」を繰り返していくような働き方(5日間に2回,出勤します。)になります(ドライバーズワークHPの「タクシードライバーの勤務体系」参照)。
5 休憩時間
(1) 「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準について」(平成元年3月1日基発第93号)(略称は「93号通達」)に以下の記載があります。
① 自動車運転者の業務は事業場外において行われるものではあるが、通常は走行キロ数、運転日報等からも労働時間を算定し得るものであり、一般に法第38条の2の「労働時間を算定し難いとき」という要件には該当しないこと。
    事業場外における休憩時間については、就業規則等に定めた所定の休憩時間を休憩したものとして取り扱うこととしたが、休憩時間が不当に長い場合は歩合給等の賃金体系との関連から休憩時間中も働く可能性があるので、事業場外での休憩時間は、仮眠時間を除き、原則として3時間を超えてはならないものとしたこと。
    なお、手待時間が労働時間に含まれることはいうまでもないこと。
② 自動車道転者の労働時間管理を適正に行うためには、運転日報等の記録の適正な管理によることのほか、運行記録計による記録を自動車運転者個人ごとに管理し、労働時間を把握することも有効な方法であること。
    したがって、労働時間管理が不十分な事業場のうち、車両に運行記録計を装着している事業場に対しては、運行記録計の活用による適正な労働時間管理を行うよう指導するとともに、車両に運行記録計を装着していない事業場に対しては、運行記録計を装着する等により適正な労働時間管理を行うよう指導すること。
    また、昭和63年10月7日の中央労働基準審議会の中間報告においでは、「自動車運転者の労働時間管理を適正に行うため、自動車運転者個人ごとの労働時間等を容易に把握し得る計器の活用が図られることが適当である。また、いわゆる流し営業を主体とするタクシーについては、現在運行記録計の装着を義務付けられていない車両についても、上記のような計器の活用が図られるべきである。」とされているので、留意すること。
(2) 93号通達があることから,隔日勤務のタクシー運転手の場合,休憩時間は仮眠時間を除き,3時間となっています。
6 時間外労働及び休日労働の限度
(1) 時間外労働及び休日労働の拘束時間は1日又は2暦日の拘束時間及び1か月の拘束時間が限度です。
    また,時間外労働及び休日労働を行う場合,労働基準法36条1項に基づく時間外労働及び休日労働に関する協定届を労働基準監督署に届け出る必要があります。
(2) 休日労働は1か月の拘束時間の限度内で2週間に1回が限度です。
7 乗務距離の最高限度
(1)   「タクシー事業に係る運賃制度について(第2回会議(H21.6.4)分)」9頁の「(参考)乗務距離の最高限度等について」によれば,旅客自動車運送事業運輸規則22条2項に基づき地方運輸局長が定めた乗務距離の最高限度は,京都市が365km,大阪市,堺市及び神戸市は350kmとなっています。
(2) タクシー転職のキッカケHP「タクシー運転手は業務で1日何キロ走るか」には以下の記載があります。
    意外と知られていないのが、タクシーが1日に運転できる走行距離の限界です。これは、過剰な競争とドライバーの過労を防ぐために、様々な地域が最高常務距離を設けているのです。走行距離の限界は各地域によって異なりますが、日勤で関東地方が270km、北海道では280kmとなっており、その他の地域でもだいたい同じくらいの上限です。また、隔日勤務者はこれよりも100キロほど長く走ることができるようです。
(3) 無理なく稼ぐタクシードライバーのテクニックHP「乗務距離の最高限度が365キロの理由」には以下の記載があります。
    平均速度とは(平均旅行速度ともいう)止まったりするのも含めた上で一時間あたりの走行距離。
    特別区武三地区の平均速度は17.38キロ。
    17.38キロに隔日勤務者の最大労働時間21時間を乗算で364.98キロということで365キロとなっています。
8 根拠となる告示等
(1) 根拠となる省令及び解釈通達
①   旅客自動車運送事業運輸規則(昭和31年8月1日運輸省令第44号)
②   旅客自動車運送事業運輸規則の解釈及び運用について(平成14年1月30日制定)
(2) 根拠となる告示及び通達

①   「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」(平成元年労働省告示第7号)
・ 略称は改善基準告示です。
②   「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準について」(平成元年3月1日基発第93号)
・ 略称は93号通達です。
③   「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準の一部改正について」(平成9年3月11日基発第143号)
・ 略称は143号通達です。
(3) 参考となるHP  
外部HPの「タクシーの労務管理について考えてみよう」が参考になります。

第10 変形労働時間制
1(1) 変形労働時間制は,労働基準法の一部を改正する法律(昭和62年9月26日法律第99号)により,昭和63年4月1日に導入されました。
(2) 変形労働時間制が施行された当時の,昭和63年1月1日付の労働省労働基準局長及び労働省婦人局長通知(昭和63年1月1日基発第1号)が独立行政法人労働政策研究・研修機構HPの「改正労働基準法の施行について」に載っています。
(3) 「1か月単位の変形労働時間制,フレックスタイム制,1年単位の変形労働時間制,1週間単位の非定型的変形労働時間制,36協定による時間外・休日労働」に,要件,求める事項,就業規則・労使協定,労使協定の届出,効果,通達等が載っています。
2(1) タクシー会社の場合,就業規則に記載することにより,1か月単位の変形労働時間制(労働基準法32条の2)を採用していることが通常です。
そのため,1箇月の労働時間が160時間(28日の月),171.4時間(30日の月)又は177.1時間(31日の月)以下であれば,法定時間外労働は存在しないこととなります。
(2) 夜日勤又は隔日勤務の場合,深夜労働は存在しますから,深夜労働に対する割増賃金は必要となります。
(3) 1年単位の変形労働時間制の場合,隔日勤務のタクシー運転手は,実質的に1勤務で2日分の労働を行っているという実態にかんがみ,その実労働時間の上限は1日16時間となっています(平成9年2月14日基発第93号)。
3 労働基準法32条の2の定める1箇月単位の変形労働時間制は,使用者が,就業規則その他これに準ずるものにより,1箇月以内の一定の期間(単位期間)を平均し,1週間当たりの労働時間が週の法定労働時間を超えない定めをした場合においては,法定労働時間の規定にかかわらず,その定めにより,特定された週において1週の法定労働時間を,又は特定された日において1日の法定労働時間を超えて労働させることができるというものであり,この規定が適用されるためには,単位期間内の各週,各日の所定労働時間を就業規則等において特定する必要があります(最高裁平成14年2月28日判決)。
4(1) 労働基準法関係解釈例規(外部ブログの「昭和63年3月14日基発150号 全文を見つけました。」にリンクが張ってあります。)243頁及び244頁には,労働基準法32条の2の「労働時間の特定」に関して以下の問答があります(ただし,①につき,その後に労働基準法の改正があったことから,「46時間の範囲内」とあるのは「40時間の範囲内」に変更しています。)。
① 労働時間の特定
    一箇月単位の変形労働時間制を採用する場合には,就業規則その他これに準ずるもの(改正前の労働基準法第32条第2項における「就業規則その他」と内容的に同じものである。以下同じ。)により,変形期間における各日,各週の労働時間を具体的に定めることを要し,変形期間を平均し40時間の範囲内であっても使用者が業務の都合によって任意に労働時間を変更するような制度はこれに該当しないものであること。
    なお,法第89条第1項は就業規則で始業及び就業の時刻を定めることと規定しているので,就業規則においては,各日の労働時間の長さだけではなく,始業及び終業の時刻も定める必要があるものであること。
② 労働時間の特定の程度
問 勤務ダイヤによる一箇月単位の変形労働時間制を採用する場合,各人ごとに,各日,各週の労働時間を就業規則に定めなければならないか。それとも,就業規則では,「始業,終業時刻は,起算日前に示すダイヤによる」とのみ記載し起算日前に勤務ダイヤを示すことで足りるか。
答 就業規則においてできる限り具体的に特定すべきものであるが,業務の実態から月ごとに勤務割を作成する必要がある場合には,就業規則において各直勤務の始業終業時刻,各直勤務の組合せの考え方,勤務割表の作成手続及びその周知方法等を定めておき,それにしたがって隔日ごとの勤務割は,変形労働時間の開始前までに具体的に特定することで足りる。
③ 特定された日又は週
問 法第32条の2及び32条の4の特定された日又は週とは如何なる意味か。
答 法第32条の2及び第32条の4の規定に基づき就業規則等によってあらかじめ8時間を超えて労働させることが定められている日又は1週間の法定労働時間を超えて労働させることが具体的に定められている週の意味である。
(2) ②につき,勤務ダイヤはシフト制のことであり,勤務割はシフトのことであり,各直勤務は,昼日勤,夜日勤,隔日勤務といった各種勤務形態のことです(質問広場HPの「労働基準法/1箇月単位の変形労働時間制について」参照)。
5 厚生労働省HPの「1か月単位の変形労働時間制」では,労使協定又は就業規則等で定める事項は以下のとおりとされており,昭和63年3月14日付の通達よりも緩やかな基準になっています。
①   対象労働者の範囲
   法令上、対象労働者の範囲について制限はありませんが、その範囲は明確に定める必要があります。

②   対象期間および起算日
   対象期間および起算日は、具体的に定める必要があります。

(例:毎⽉1日を起算日とし、1か⽉を平均して1週間当たり40時間以内とする。)
なお、対象期間は、1か⽉以内の期間に限ります。
③   労働日および労働日ごとの労働時間
   シフト表や会社カレンダーなどで、②の対象期間すべての労働日ごとの労働時間をあらかじめ具体的に定める必要があります。その際、②の対象期間を平均して、1週間あたりの労働時間が40時間(特例措置対象事業場は44時間)を超えないよう設定しなければなりません(「3 労働時間の計算方法」参照)。

    なお、特定した労働日または労働日ごとの労働時間を任意に変更することはできません。
④   労使協定の有効期間
   労使協定を定める場合、労使協定そのものの有効期間は②の対象期間より⻑い期間とする必要がありますが、1か⽉単位の変形労働時間制を適切に運⽤するためには、3年以内程度とすることが望ましいでしょう。

6 変形労働時間制は労働基準法32条の例外にすぎませんから,就業規則で法定休日と定められている日に働いた場合,休日労働となります。
7 改正労働基準法の施行について(昭和63年1月1日基発第1号,婦発第1号)に詳しいことが書いてあります。

第11 関連記事その他
1 旅客自動車運送事業に係る旅客を運送する目的で,旅客自動車を運転する場合,第2種免許が必要となります(道路交通法86条)。
2 ドライバーズワークHP「タクシードライバーの平均年齢と勤続年数についてのレポート」によれば,タクシードライバーの平均年齢は57.6歳であり,タクシードライバーの平均勤続年数は8.8です。
3(1) JapanTaxi株式会社が運営している全国タクシーHP「タクシー料金検索」を使えば,駅・住所・施設間のタクシー料金を計算できます。
(2) ①東京運輸支局HPの「タクシー事業(法人タクシー・個人タクシー)」及び②タクシー求人サイト「転職道」HP「タクシードライバーガイド」が参考になります。
②につき,営業エリア,稼ぎ,二種免許,地理試験,タクシー会社の寮,ドライバーの1日,給料形態,勤務体系等が書いてあります。
4(1) 厚生労働省HPに「タクシー運転者の労働時間等の改善基準のポイント」が載っています。
(2) トラック,バス及びタクシー運転者の労働時間に対する規制については,厚生労働省HPの「自動車運転者の労働時間等の改善の基準」が参考になります。いわゆる改善基準告示(勤務時間等基準告示ともいいます。)が説明されています。
(3) タクシー以外の公共交通機関は時刻及び路線を定めた輸送を担っているのに対し,タクシーは利用者ニーズに合わせたドア・ツー・ドアの輸送を担っています。
5 横浜川崎営業ナンバー支援センターHP「法人タクシーの台数譲渡譲受認可申請」が載っています。
6 東洋経済オンライン「なぜ今でもタクシーはLPガス車ばかりなのか」が載っています。
7 国土交通省HPに「地方運輸局について(参考資料)」が載っています。
8 以下の記事も参照してください。
・ 自動車運送事業の運行管理者等に関するメモ書き
・ 貨物軽自動車運送事業(軽貨物運送業)

建設業者の不法行為責任等に関するメモ書き

目次
1 設計・施工者等の不法行為責任
2 最高裁平成19年7月6日判決の元となった事案の訴訟経緯
3 請負人が破産した場合における相殺主張
4 建設リサイクル法
5 石綿関連疾患に関する最高裁判例
6 関連記事その他

1 設計・施工者等の不法行為責任
(1) 建物の建築に携わる設計者,施工者及び工事監理者は,建物の建築に当たり,契約関係にない居住者を含む建物利用者,隣人,通行人等に対する関係でも,当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務を負い,これを怠ったために建築された建物に上記安全性を損なう瑕疵があり,それにより居住者等の生命,身体又は財産が侵害された場合には,設計者等は,不法行為の成立を主張する者が上記瑕疵の存在を知りながらこれを前提として当該建物を買い受けていたなど特段の事情がない限り,これによって生じた損害について不法行為による賠償責任を負います(最高裁平成19年7月6日判決)。
(2)  最高裁平成17年(受)第702号同19年7月6日第二小法廷判決・民集61巻5号1769頁にいう「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」とは,居住者等の生命,身体又は財産を危険にさらすような瑕疵をいい,建物の瑕疵が,居住者等の生命,身体又は財産に対する現実的な危険をもたらしている場合に限らず,当該瑕疵の性質に鑑み,これを放置するといずれは居住者等の生命,身体又は財産に対する危険が現実化することになる場合には,当該瑕疵は,建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵に該当します(最高裁平成23年7月21日判決)。
(3)ア マンションに瑕疵があった場合,施工業者が負うのは損害賠償責任に限られます(不動産投資DOJO「マンションに瑕疵があった場合、責任は誰が負うのか?」参照)。
イ 三井住友トラスト不動産HPに「購入した建物の瑕疵について設計・施工者等に対する損害賠償請求は認められるか」が載っています。

2 最高裁平成19年7月6日判決の元となった事案の訴訟経緯
(1) 最高裁平成19年7月6日判決の元となった事案は,平成2年4月25日に検査済証が交付された大分県内のマンションに関するものでありますところ,平成8年7月2日に訴訟が提起された後の経緯は以下のとおりですから,訴訟提起から終結までに16年半ぐらいがかかっています。
① 大分地裁平成15年2月24日判決(原告の一部勝訴)
② 福岡高裁平成16年12月16日判決(原告の全部敗訴)
③ 最高裁平成19年7月6日判決(破棄差戻し)
④ 福岡高裁平成21年2月6日判決(原告の全部敗訴)
⑤ 最高裁平成23年7月21日判決(破棄差戻し)
⑥ 福岡高裁平成24年1月10日判決(原告の一部勝訴)
→ 元金ベースでは,3億5084万9329円の請求に対し,2848万8751円が認められました。
⑦ 最高裁平成25年1月29日決定(上告不受理)
(2) 平成26年の場合,建物の瑕疵を主張する建築瑕疵損害賠償事件の平均審理期間は25.2ヶ月であり,建物の請負代金を請求する建築請負代金事件の平均審理期間は15.7ヶ月です(弁護士の選び方HPの「民事裁判にかかる期間はどのくらい?」参照)。


3 請負人が破産した場合における相殺主張
(1) 最高裁令和2年9月8日判決は, 請負人である破産者の支払の停止の前に締結された請負契約に基づく注文者の破産者に対する違約金債権の取得が,破産法72条2項2号にいう「前に生じた原因」に基づく場合に当たり,上記違約金債権を自働債権とする相殺が許されるとされた事例です。
(2) 「建設工事標準請負契約約款の改正について」10頁及び11頁に,最高裁令和2年9月8日判決を踏まえた違約金条項の条文が載っています。

4 建設リサイクル法
・ 建設リサイクル法は,特定建設資材(コンクリート(プレキャスト板等を含む。),アスファルト・コンクリート及び木材)を用いた建築物等に係る解体工事又はその施工に特定建設資材を使用する新築工事等であって一定規模以上の建設工事について,その受注者等に対し,分別解体等及び再資源化等を行うことを義務付けています(環境省HPの「建設工事に係る資材の再資源化等に関する法律(平成12年5月31日法律第104号)」参照)。

5 石綿関連疾患に関する最高裁判例
(1) 責任を肯定する方向の判断
 最高裁平成26年10月9日判決は,労働大臣が石綿製品の製造等を行う工場又は作業場における石綿関連疾患の発生防止のために労働基準法(昭和47年法律第57号による改正前のもの)に基づく省令制定権限を行使しなかったことが国家賠償法1条1項の適用上違法であるとされた事例です。
・ 最高裁令和3年5月17日判決は,石綿含有建材を製造販売した建材メーカーらが,中皮腫にり患した大工らに対し,民法719条1項後段の類推適用により,上記大工らの各損害の3分の1について連帯して損害賠償責任を負うとされた事例です。
・ 最高裁令和3年5月17日判決は,原告らの採る立証手法により特定の建材メーカーの製造販売した石綿含有建材が特定の建設作業従事者の作業する建設現場に相当回数にわたり到達していたとの事実が立証され得ることを一律に否定した原審の判断に経験則又は採証法則に反する違法があるとされた事例です。
(2) 責任を否定する方向の判断
・ 最高裁平成25年7月12日判決は,原審が,壁面に吹き付けられた石綿が露出している建物が通常有すべき安全性を欠くと評価されるようになった時点を明らかにしないまま,同建物の設置又は保存の瑕疵の有無について判断したことに審理不尽の違法があるとされた事例です。
・ 最高裁令和3年5月17日判決は,建材メーカーが,自らの製造販売する石綿含有建材を使用する屋外の建設作業に従事して石綿粉じんにばく露した者に対し,上記石綿含有建材に当該建材から生ずる粉じんにばく露すると重篤な石綿関連疾患にり患する危険があること等の表示をすべき義務を負っていたとはいえないとされた事例です。
・ 最高裁令和4年6月3日判決は,建材メーカーが、石綿含有建材の製造販売に当たり、当該建材が使用される建物の解体作業に従事する者に対し、当該建材から生ずる粉じんにばく露すると石綿関連疾患にり患する危険があること等を表示すべき義務を負っていたとはいえないとされた事例です。

6 関連記事その他
(1) J-Net21「民法改正による新制度(第2回)- 請負契約」が載っています。
(2)ア 二弁フロンティア2021年4月号「建築紛争処理の実務」には「新民法下では、請負人は、注文者に不相当な負担を課すものでないときには、注文者が請求した方法と異なる方法により修補で対応する旨反論することが可能となりました(民法 562 条 1 項ただし書、559 条)。」と書いてあります。
イ 住宅紛争審査会は,評価住宅及び保険付き住宅(1号保険付き住宅及び2号保険付き住宅)について,その建設工事の請負契約又は売買契約に関する紛争の処理を行っています(住まいダイヤルHPの「住宅紛争審査会の取り扱う紛争」参照)。
(3)ア 大阪地裁第10民事部(建築・調停部)HP「瑕疵一覧表」の記載例が載っています。
イ 日本建築学会HP「報告書 修補工事費見積り方法の検討」(2019年3月)が載っています。
(4) 「注文者が受ける利益の割合に応じた報酬」について定める民法634条は,最高裁昭和56年2月17日判決を明文化したものです。
(5)ア 最高裁平成22年7月20日判決は,「請負人の製造した目的物が,注文者から別会社を介してユーザーとリース契約を締結したリース会社に転売されることを予定して請負契約が締結され,目的物がユーザーに引き渡された場合において,注文書に「ユーザーがリース会社と契約完了し入金後払い」等の記載があったとしても,上記請負契約は上記リース契約の締結を停止条件とするものとはいえず,上記リース契約が締結されないことになった時点で請負代金の支払期限が到来するとされた事例」です。
イ  最高裁平成22年10月14日判決は,「数社を介在させて順次発注された工事の最終の受注者XとXに対する発注者Yとの間におけるYが請負代金の支払を受けた後にXに対して請負代金を支払う旨の合意が,Xに対する請負代金の支払につき,Yが請負代金の支払を受けることを停止条件とする旨を定めたものとはいえず,Yが上記支払を受けた時点又はその見込みがなくなった時点で支払期限が到来する旨を定めたものと解された事例」です。
ウ 新銀座法律事務所HPに「請負代金の請求と入金リンク条項、その解釈と有効性」が載っています。
(6) 以下の記事も参照してください。
・ 地方裁判所の専門部及び集中部
→ 建築専門部は東京地裁22民及び大阪地裁10民だけです。
・ 最高裁判所庁舎
・ 最高裁判所の庁舎平面図の開示範囲
・ 最高裁判所の庁舎見学に関する,最高裁判所作成のマニュアル

在日韓国・朝鮮人の相続人調査

目次
第1 
総論
1 韓国の家族関係登録制度開始までの沿革
2 韓国の除籍謄本
3 韓国の家族関係証明書
第2 在日韓国人の戸籍に関するメモ書き
1 在日韓国人の戸籍整理
2 在日韓国人の就籍
3 在日韓国人の戸籍の問題点
4 在日韓国人には韓国の住民登録番号がないこと
第3 弁護士による在日韓国人の相続人調査には限界があること
1 平成24年7月9日付で廃止された外国人登録法に基づく外国人登録原票
2 弁護士が行える在日韓国人の相続人調査の方法
3 弁護士が行える在日韓国人の相続人調査の限界
4 家族関係証明書の取得制限及びそれに伴う不都合
5 第3順位の相続人が発生した場合において,債権者から見た場合の相続人調査が完了となるケース(日本の民法が適用される場合)
6 第1順位の相続人が限定承認をすれば戸籍の問題は顕在化しないこと
第4 相続財産管理人を通じた調査及びその選任申立ての方法
1 相続財産管理人を活用できること
2 民法952条の相続財産管理人の選任申立て
3 相続財産管理人の選任申立ての予納金
4 その他
第5 国籍欄が「朝鮮」の人の位置づけ
1  国籍欄に「朝鮮」と記載されていても、実際には韓国籍を有している可能性があること
2 在日コリアンの在外国民登録
3 日韓基本条約3条及び海外旅行時の取扱い
4 戦前生まれの場合,「朝鮮」籍でも韓国の戸籍に名前が載っていること
5 債権者から見た場合の取扱い
第6 ハングル関係のメモ書き
1 ハングル表記のルール
2 ハングル文字の入力方法
3 漢字語,固有語及び外来語
4 同音異義語がたくさんあること
第7 在日韓国・朝鮮人の相続の準拠法
第8 日本法と韓国法の相続放棄に関するメモ書き
1 総論
2 相続放棄の熟慮期間(日本法の場合)
3 韓国法における相続放棄
第9 関連記事その他

第1 総論
1 韓国の家族関係登録制度開始までの沿革
(1)ア 第2版「在日」の家族法Q&A(平成18年1月31日付)53頁及び54頁には,「(2) 解放後の戸籍(身分登録)」として以下の記載があります。
    1945年日本の敗戦により、朝鮮など、外地に対する実効的支配は不可能となった。これにより事実上共通法体制が終わり、内外地間の戸籍交流が停止された。
    一方、韓国では、「朝鮮姓名復旧令」(1946.10.23軍政法令122)により創氏制度(創氏改名)が無効とされ、戸籍上、朝鮮の姓名が復旧した。しかし、在日にとってはこの創氏改名の「氏」がそのまま「通称名」となった。また、朝鮮戸籍令による戸籍制度が、「大韓民国戸籍法」(1960.1.1法律535)が施行されるまで維持された。
 その後韓国では、日本との国交回復(1965)後、在日などの在外国民の戸籍整理等をする目的で、特例規定として、「在外国民の就籍・戸籍訂正及び戸籍整理に関する臨時特例法」(1973. 6.21法律2622)が施行された。2000年12月31日までの時限立法となっていたが、「在外国民の就籍・戸籍訂正及び戸籍整理に関する特例法」(2000.12.29法律6309) としてその後も施行されている。なお、韓国では2005年の民法改正により戸主制の廃止に伴う戸籍制度の見直しにより、2008年1月1日から新しい身分登録制度が施行される予定である。
イ 「在日」の相続法 その理論と実務(平成31年4月29日付)490頁には「在外国民の就籍と戸籍整理の促進」として以下の記載があります。
1) 「在外国民就籍に関する臨時特例法」(1967.1.16.法1865号)は,1965年12月締結された日韓法的地位協定に基づく「協定永住」の申請は「韓国」国籍の者だけに許容されていたので,その国籍を証する戸籍が具備されていない状況を打開するために立法化されたものである。
2) 本法は公布日に施行され,1970年12月31日までの時限立法であったが,その後は,1970.12.31.法2251号で1973年12月31日まで延長されている。
3) 本法でいう「在外国民」とは「大韓民国国民として在外国民登録法の規定によって登録した者」(2条①)である。
(2) 「韓国における戸主制度廃止と家族法改正――女性運動の観点をふまえて」(立命館法政論集第13号(2015年))には,戸主制廃止を伴う民法改正法(2005.3.31法7427号)に関して以下の記載があります。
① 憲法不合致決定がなされた後も,戸籍制度に代わる新法が施行されるまでは既存の戸主制の効力が維持されていたが,2008年1月1日に改正民法と新たな身分登録法の施行ともにようやくその歴史に終止符が打たれることとなった(リンク先の末尾132頁)。
② 2005年2月3日に,戸主制に関する規定について憲法不合致決定がなされてから1ヵ月後の2005年3月2日に,戸主制廃止を含めた民法改正案が国会の本会議を通過した(リンク先の末尾138頁及び139頁)。

2 韓国の除籍謄本
(1) 小杉国際行政法務事務所HP「★韓国の除籍謄本 及び 新たな韓国家族関係登録簿の制度に基づく基本証明書・家族関係証明書・婚姻関係証明書等「登録事項別証明書」(※従来の韓国戸籍謄本に相当)に関する取り寄せ及び翻訳のサポート・代行費用について★」には以下の記載があります。
★韓国の除籍(2008年1月1日以前に抹消された戸籍)は、その編製された時期、電算化された時期等により、大きく以下の3種類の形態に分類することができます。
具体的には、以下のとおりです。
「電算移記された」横書の除籍謄本
「画像電算化された」横書の除籍謄本
「画像電算化された」縦書の除籍謄本
※編製時期の時系列としては、①が最も「新しく」、③が最も「古い」戸籍です。
※また、「電算移記された」除籍と「画像電算化された」除籍の相違点は以下のとおりです。
「電算移記された」除籍とは・・・
日本でも同様ですが、「戸籍」は、そもそもは「紙台帳」形式の「戸籍簿」という帳簿に「手書き」(もしくはタイプライター)で書き込む(打ち込む)方法で編製・管理されて来ましたが、その編製・管理の方式をそっくり「電算システム」(すなわち『コンピュータシステム』)に移行し、キーボードからテキスト入力して「電子データ」(電子帳簿)として編製・管理する方式への移行が実施されました。
その「電子データ」(電子帳簿)の方式に基づき編製された後、西暦2008年1月1日付で戸籍制度が廃止されて新たな「家族関係登録簿」の制度に移行したことに伴って「除籍」(抹消)されたのが、まさに「電算移記された」除籍です。
(2)ア 2008年1月1日時点の戸籍の内容は,大使館領事部を含めて日本に10箇所ある大韓民国総領事館が発行する電算化除籍謄本(日本でいうところの改製原戸籍みたいなものと思います。)に記載されていることになります(韓国語戸籍翻訳.comの「韓国語翻訳 電算化除籍謄本/在日韓国人の相続手続・帰化申請用」参照)。
イ 駐日本国大韓民国大使館HP「管轄地域案内」に,大使館領事部及び総領事館の管轄地域が載っています。
ウ 在日コリアン支援ネット「韓国の「除籍謄本」(※除かれた「戸籍謄本」)及び基本証明書・家族関係証明書・婚姻関係証明書等の取り寄せ(請求・交付申請)方法について」が載っています。
エ 韓国の電算化除籍謄本の記載内容は,日本の大正4年式戸籍と似ていると思います。


3 韓国の家族関係証明書
(1) 平成20年1月1日に開始した家族関係登録制度では,①家族関係証明書,②基本証明書,③婚姻関係証明書,④養子縁組関係証明書及び⑤親養子(特別養子)関係証明書という5つの証明書があります(駐日本国大韓民国大使館HP「家族関係など書類発給」参照)。
(2) 駐大阪大韓民国総領事館HPの「家族関係証明書とは」には以下の記載があります。
    家族関係証明書は、本人を基準とし父母(親養子の場合、養父母が父母と記載される)、養父母(普通養子の場合には実父母と養父母が全部記載される)、配偶者、子供(實子、養子)等を現わす証明書である。家族関係証明書は親子関係を証明する必要がある場合に利用される。兄弟姉妹関係は家族関係証明書に表示されないので、兄弟姉妹関係を証明する必要がある場合には、父母の家族関係証明書の発給をしなければならない。
    家族関係証明書は、原則的に証明書交付当時の有効な事項のみを集めて発給するので、過去の事項は表示されない。しかし死亡、国籍喪失、失踪宣告に該當する場合には、該当家族にはそのまま記載を残し、姓名欄の横に死亡等の事由が記載され、證明書として発給される。

第2 在日韓国人の戸籍に関するメモ書き
1 在日韓国人の戸籍整理
・ 在日本大韓民国民団HPの「みんだん生活相談センター」には「戸籍整理」として以下の記載があります。
Q: 韓国の正式な旅券を取得したいため、領事館へ行き、手続きをする過程で、父の戸籍謄本に私は記載されていないことがわかりました。どうすれば戸籍に載せることができるのでしょうか。
A: 戸籍は、個人の身分関係を公簿(戸籍簿)に登録、公証する公文書です。私たち在日韓国人は韓国籍ですので、韓国の戸籍整理ができて、初めて身分事項の証明になります。したがって、出生、婚姻、死亡等の申告を日本の行政(役場)に申告するように韓国役場に対しても申告する必要があります。
  韓国では、在日(在外国民)の戸籍上の特殊性を考慮し、便宜を図るために「在外国民就籍・戸籍訂正および戸籍整理に関する特例法」を施行しています。在外国民登録法3条により国民登録をしている人が対象になります。
  この特例法による戸籍整理申請には、「戸籍整理申請書2部」「戸籍謄本2部」「在外国民登録簿謄本2部」「外国人登録原票記載事項証明書2部」などが必要です。添付書類の詳しい内容は、管轄の領事館に確認してください。
 戸籍整理には、韓国の家庭法院(裁判所)の許可を必要としているため、約3~6カ月程かかります。
2 在日韓国人の就籍
(1) 在日本大韓民国民団HPの「みんだん生活相談センター」には「就籍」として以下の記載があります。
Q: 祖父母が解放前から日本に居住し、父母ともに長い間「朝鮮」籍でいたこともあり、韓国の戸籍には無頓着でした。その結果、3世である私は、韓国の戸籍を持っておりません。近く子どもが生まれます。将来のことを考え、あらたに韓国の戸籍を創設したいのですが、どうしたらいいのでしょうか。
A: 韓国の法律では、在日(在外国民)の戸籍上の特殊性を考慮し、便宜を図るために「在外国民就籍・戸籍訂正および戸籍整理に関する特例法」を施行しています。この特例法の就籍許可申告により戸籍取得ができます。  戸籍取得には、両親(祖父母)の代から戸籍を取得する方法と、本人だけ戸籍を取得する方法があります。後々のことを考えて、両親の代から戸籍取得されることをお勧めします。
  就籍許可申請に必要な書類は、「就籍許可申請書(所定様式)2部」「身分表(所定様式)4部」「在外国民登録簿謄本2部」「外国人登録原票記載事項証明書2部」「両親の婚姻届受理証明書2部」「あなたの出生届受理証明書2部」で、あなたの住所地を管轄する領事館の長に提出します。
  領事館の長は、これを、外交通商部長官を経由してあなたが就籍しようとする本籍地を管轄する家庭法院に送付します。家庭法院が就籍申告書を受け付けた時には、就籍地を管轄する市・区・邑・面の長に戸籍の有無などを調査させます。家庭法院が就籍を許可すれば、市・区・邑・面の長は戸籍を編製することになります。
  就籍完了までには、約3~6カ月程かかります。
(2) 第2版「在日」の家族法Q&A(平成18年1月31日付)96頁には以下の記載があります。
  特例法(山中注:在外国民就籍・戸籍訂正および戸籍整理に関する特例法のこと。)3条では、大韓民国国民として本籍がないか、または、本籍が明らかではない人は在外公館の長に就籍許可を申請できるとしています。本籍がない人とは、出生申告義務者が申告をしないでそのまま放置するか、戸籍の焼失等で現在戸籍がない人をいい、また、本籍が明らかではない人とは、父母の行方不明により戸籍の所在が不明な人をいうとされています。
3 在日韓国人の戸籍の問題点

(1) 全国相続協会相続支援センターHPの「家族関係証明書の解説-在日韓国人の戸籍問題-」(非常に参考になる資料です。)には例えば,以下の記載があります。
ア 韓国戸籍を見るときの注意点
➀戸籍の間違いが非常に多い(戸籍に載っていない。字が間違っている)縦書き⇒電算⇒家族関係へと移記するたびに間違いが重てきた。漢字を読めない世代が作業していた。
②家族関係証明書だけで相続関連人を決定してはいけない。2007.12.31以前に死亡、国籍喪失(帰化)、不在宣告、失踪宣告の理由で戸籍から除外された者は家族関係登録簿に記載されていない。
(実際は帰化してもそのまま戸籍に載っている場合が多い)
イ 在日の戸籍を疑え→実態とは違っている。
◆在日韓国人の家族関係証明書(戸籍)には『 出生、死亡、婚姻、子供の記録がない 』 『 戸籍が間違っている 』 『 外国人登録原票と一致しない 』というように実態と一致していないことがたくさんあります!
◆そんな不備な戸籍を信じて相続や帰化手続をするのは危険。
◆困ったことに依頼者自身が気が付いていないことが多い。
(2) 「在日」の相続法 その理論と実務(平成31年4月29日付)490頁には「在外国民就籍に関する臨時特例法」(1967.1.16法1865号)が「在外国民就籍・戸籍訂正及び戸籍整理に関する臨時特例法」(1973.6.21法2622号)に変更された理由として「「約70万に達する世界各地に居住する在外国民」の本籍地に戸籍登載がなされておらず,「登載された者でも姓名や生年月日等が実際と一致しない者が現在約50%以上に達すると推定され」るので戸籍を実際に合わせるようにするため」と書いてあります。
(3) 韓国戸籍翻訳センターHP「在日韓国人の相続手続」には以下の記載があります。
    韓国戸籍が見つからなかった時は当事務所(山中注;在日総合サポート行政書士事務所のこと。)へ依頼!
    韓国戸籍は驚くほど不備や誤りが多いです。本当は除籍謄本が存在するのに役所が移記するときに名前をインプット間違いしたために電算検索で発見できなかったケースは何件も経験しています。
    子供の戸籍があるのに親の戸籍が見つからない。嫁いだの戸籍の前戸籍(実家)の戸籍が見つからない。戸主名を間違って移記されたら、いくら検索しても探せるわけがないのです。
    ありえない話があるのが韓国戸籍です。戸籍が見つからない場合や疑問がある場合は当方にご連絡いただきたいと思います。きっとお役に立てると思います。
4 在日韓国人には韓国の住民登録番号がないこと
(1) 在日韓国人の場合,韓国の除籍謄本及び家族関係証明書の「住民登録番号」欄が空欄となっています。
(2) 韓国の住民登録番号は1968年に制度化されましたところ,「韓国の住民登録番号(PIN)制度について 」には以下の記載があります。
     住民登録番号は原則として出生申告時に付番する。その目的は、住民の自己識別(身元確認)を通じた生活便宜の向上および行政の効率化、の2つにある。住民登録番号は1人1番号となっており、生涯を通じて番号は変わらない。現在、番号は13桁となっており、最初の6桁が生年月日、次の1桁が性別、次の4桁が地域番号、次の1桁が(同一の生年月日、同一の性別、同一の地域番号を有する者の)出生申告順位、最後の1桁が検証番号となっている(別添資料1参照)。住民登録番号は韓国籍の者のみに付番される。
(3) 在日本大韓民国民団HPの「生活相談Q&A 事例」には「国民登録番号の取得」として以下の記載があります。
Q 戸籍は持っていますが国民登録番号が記載されていません。民団登録番号はあります。手続き方法を教えてください。韓国へはよく行きますのでどこですればよいのか、あるいは日本でもできるのでしょうか。
A 戸籍に記載されている国民登録番号は、住民登録番号といい、本国の人にのみ記載されています。在日同胞の場合は空欄として表示されます。在日としては、住民登録番号を取得する方法はありません。ただし、日本の永住権を放棄し、本国に永住帰国をすれば取得できます。

第3 弁護士による在日韓国人の相続人調査には限界があること
1 平成24年7月9日付で廃止された外国人登録法に基づく外国人登録原票
(1) 東京都小平市HPの「外国人登録原票を必要とされる方へ」には,「外国人登録原票に記載されている個人情報」として以下の記載があります。
    外国人登録原票に記載されている個人情報は、平成24年7月9日の外国人登録法廃止以前に、市区町村に登録の申請をいただいた下記の(1)から(24)の個人情報が記載されています。
    ただし、登録の申請がされていない情報は記載されておりませんし、外国人登録原票の様式や登録事項は、これまで累次の改正がなされていることから、必ずこれら全ての個人情報が記載されているとは限りませんので、その点、あらかじめご承知おき願います。
    (1)氏名、(2)性別、(3)生年月日、(4)国籍、(5)職業、(6)旅券番号、(7)旅券発行年月日、(8)登録の年月日、(9)登録番号、(10)上陸許可年月日、(11)在留の資格、(12)在留期間、(13)出生地、(14)国籍の属する国における住所又は居所、(15)居住地、(16)世帯主の氏名、(17)世帯主との続柄、(18)勤務所又は事務所の名称及び所在地、(19)世帯主である場合の世帯を構成する者(世帯主との続柄、氏名、生年月日、国籍)、(20)本邦にある父・母・配偶者((19)に記載されている者を除く。氏名、生年月日、国籍)21)署名、(22)写真、(23)変更登録の内容、(24)訂正事項

* 法務省HPに掲載されているものです。
(2) 出入国在留管理庁HPの「外国人登録原票に係る開示請求について」には以下の記載があります。
 平成24年7月9日、新たな在留管理制度が導入されたことに伴い外国人登録制度は廃止されました。これに伴い、外国人登録原票は、特定の個人を識別することができる個人情報として、出入国在留管理庁において適正に管理しています。なお、自分の外国人登録原票を確認したい、写しを交付してほしいとする場合、開示請求を行う必要があり、その手続は、次の「開示請求の手続について」の内容をご確認ください。
(3) 韓国戸籍翻訳センターHP「在日韓国人の相続手続」には以下の記載があります。
 日本の外国人登録の記録には家族関係の記載があることが多いので死亡した子の存在がわかります。戸籍に記載されていない相続人を探す場合「外国人登録原票の写し」は必ず韓国戸籍を補充する物として役に立ちます。
2 弁護士が行える在日韓国人の相続人調査の方法
(1)ア 債権者が債務者Xの電算化除籍謄本からX本人及びその親族の現在の住所を調べる場合,電算化除籍謄本で氏名,国籍,性別及び生年月日を確認した上で,東京出入国在留管理局長に対する弁護士会照会により居住地の記載がある外国人登録原票の写しを取り寄せた上で,住民票の職務上請求をすることになると思います。
イ 在日韓国人である債務者の相続人の代理人から相続放棄の連絡を受けているのであれば,相続財産管理人の選任申立てを予定している「利害関係者」として,相続放棄の事件記録(特に,相続関係図,電算化除籍謄本及び家族関係証明書)を閲覧謄写した上で(家事事件手続法47条1項),名前が出てきた推定相続人となる親族について,被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に対して相続放棄の申述の有無を照会すればいいと思います。
ウ 大阪家裁HPの「家事事件の各種申請で使う書式について」に,「相続放棄・限定承認の申述の有無の照会書」等が載っています。
(2) 以下の資料を掲載しています。
・ 外国人登録法の廃止に伴い回収された外国人登録原票に係る開示請求手続について(平成23年12月13日付の法務省入国管理局登録管理官の事務連絡)
→ 人定事項(国籍,氏名,生年月日及び性別)を記載しておけば調査してもらえるみたいです。
・ 弁護士法23条の2の規定に基づく外国人登録原票の照会への対応について(平成24年7月30日付の法務省入国管理局出入国管理情報官付補佐官の事務連絡)
・ 外国人登録法の廃止に伴い回収された外国人登録原票に係る開示請求手続について(平成24年3月21日付の日弁連事務総長の依頼)
・ 弁護士法第23条の2第2項の規定に基づく照会に係る照会案内の変更について(令和元年9月17日付の出入国在留管理庁総務課長の通知)


* 外国人登録法の廃止に伴い回収された外国人登録原票に係る開示請求手続について(平成24年3月21日付の日弁連事務総長の依頼)に含まれている,弁護士会照会の申請書別紙です。

3 弁護士が行える在日韓国人の相続人調査の限界
(1) 日本人の被相続人の兄弟姉妹をすべて調べるためには,①被相続人の父母(被相続人の直系尊属)について死亡時の戸籍から,出生時に最初に入った戸籍まで遡るの全部の戸籍謄本,及び②兄弟姉妹の現在の戸籍謄本まで必要になる(相続財産管理人選任申立ての手引(民法918条2項用)5頁「戸籍謄本等の調査方法」参照)のであって,在日韓国人の場合,除籍謄本及び家族関係証明書が必要となります。
 それにもかかわらず,民法918条2項の相続財産管理人を除き,日本国内の案件で弁護士を含む第三者が除籍謄本及び家族関係証明書を取得することはできません(弁護士会照会でも取得できません。)。
(2) 渉外不動産登記の法律と実務230頁には以下の記載があります(月刊日本行政(日本行政書士会連合会)に掲載された「2009年11月19日、駐大阪大韓民国総領事館・領事の講演資料」からの抜粋みたいです。)。
 上記質疑応答(山中注:「2009年7月23日付け大法院・家族関係登録課第2555号 質疑応答」のこと。)を以下に,要約して紹介する。
 「日本国内居住の日本人が.在日韓国人に対し,債権回収のため日本国内の裁判所に詐害行為取消訴訟を提起した場合に,訴訟上,必要になった登録事項証明書等を, 日本の裁判所の文書送付嘱託書等によって,取寄せることは可能か」との問いに対して,次のように回答している。
 「登録事項別証明書は,原則.本人,配偶者,直系血族,兄弟姉妹(以下”本人等”という)に限って交付請求が可能であり,本人等以外の場合は原則的に本人等の委任を必要とすること。また,訴訟手続で必要な場合は,あくまで韓国の裁判所の補正命令書.事実照会書,嘱託書等の提出がある場合には,本人等の委任がなくとも交付請求可能であること。外国人の場合には直接,韓国の発給官署に出頭して書類を用意しなくてはならず,外国からの郵便による交付請求は不可である。更に,その根拠として,法令の場所的適用範囲に関して,国際法秩序上,承認された属地主義の法律による国家の法令は,その領域内すべての人間に限定され,他の国家の領域まで適用や執行の効力が及ばないこと。各国の裁判権は,領土高権(領土主権)によって.その国家の主権が及ばない外国には及ばない。各国の裁判所は.外国との司法共助協定などがない限り,自国の領土外ではいかなる形態の職務行為も執行できず,命令等もその国家内のみに効力を持つだけで外国に当然その効力は及ばない。
 それ故,登録事項別証明書発給の正当な請求事由として“訴訟手続で必要な場合” とは,大韓民国の領土内で進行する訴訟手続にて必要な場合のみを意味すると解釈されるため,事案については「家族関係の登録などに関する法律」などが規定した登録事項別証明書発給の正当な請求事由に該当性がないので,同法律等が定めた手続と方法により,証明書の請求受領ができない。
(3) 渉外不動産登記の法律と実務232頁及び233頁には,競売申立てのため相続人を確定する必要があることを理由とする,平成22年4月14日付の弁護士会照会(駐日韓国大使館領事部宛のもの)による除籍謄本の取り寄せにつき,駐日韓国大使館・参事官は同年5月30日付の回答により取り寄せを拒否してきたという趣旨のことが書いてあります。
 家族関係証明書の取得制限及びそれに伴う不都合
(1) 家族関係証明書の取得制限
・ 
成28年6月30日に韓国の憲法裁判所において兄弟姉妹が家族関係証明書等を取得することは違憲であると判断されたため,同年7月1日以降,兄弟姉妹が家族関係証明書等を取得することが非常に難しくなりました。
 そして,令和3年4月1日以降,在日韓国人が相続を理由とする場合であっても,兄弟姉妹の家族関係証明書の発行請求が認められなくなっています(康行政書士事務所HPの「兄弟の韓国家族関係登録証明書を取るのが難しくなりました。」)。
(2) 家族関係証明書の取得制限に伴う不都合
ア Office.KIMの「◆韓国 家族関係証明書の取寄せ方法②」には以下の記載があります。
 特別永住者の相続手続きにおいて、相続人として複数の兄弟姉妹がいるような場合に、今まではそのうち1名を代表として兄弟姉妹の証明書等を取得して手続きをすすめることができましたが、今後は本人自らの申請又は委任状が必要になったことにより、兄弟姉妹全員の所在確認と意思確認を要することになります。家族状況等によっては長年音信不通や交際がまったくない又は相続において利害関係が生じている場合等もありますので、ますます特別永住者の相続手続きを行う上で困難を伴うことが予想されます。
イ 例えば,死亡した債務者Xの第1順位及び第2順位の相続人が相続放棄,死亡等により不存在となった結果,第3順位の相続人(つまり,兄弟姉妹)となるA,B及びCが債務者Xを相続することとなった場合,A,B及びCとしては,委任状なしに他の兄弟姉妹の家族関係証明書を取得できません。
 そのため,ABCの誰かが音信不通状態となっている場合,家族関係証明書により債務者Xの相続人の範囲を確定することができない結果,ABの法定相続分を確定させることができないこととなります。
 これを債権者の立場で見た場合,仮にAについて法定単純承認が成立していたときは,Aを通じて債務者Xの両親(つまり,Aの父方又は母方の祖父母)の家族関係証明書を取得できるとしても,Aが委任状なしにB及びCの家族関係証明書を取得することができない以上,法定相続分を確定させて代位による相続登記をするためには,B及びCを通じてB及びCの家族関係証明書を必ず取得できる必要があると思います。
5 第3順位の相続人が発生した場合において,債権者から見た場合の相続人調査が完了となるケース(日本の民法が適用される場合)
(1)ア 債務者Xが死亡し,第3順位の相続人ABCが発生した場合において,債権者から見た場合の相続人調査が完了となるケースは以下のとおりと思います(相続の準拠法に関する被相続人の遺言(大韓民国国際私法49条2項1号)に基づき,日本の民法が適用される場合です。)。
① 債務者Xの両親(ABCの父方又は母方の両親)の出生時から死亡時までの除籍謄本及び家族関係証明書を提出してもらえること
→ ABCの誰かの協力があれば足りるものの,例えば,残債務放棄を条件としない限り任意に協力してもらうのは難しいかもしれません。
② ABCの家族関係証明書を提出してもらえること。
→ ABC全員の協力が必要です。
イ 債務者Xの両親の外国人登録原票の写しは弁護士会照会で取得できます。
(2)ア ABCのいずれかについて法定単純承認が成立している場合,法定単純承認が成立している人を相手に訴訟提起した上で,対象者の登録基準地(本籍地みたいなものです。)の市(区)・邑又は面の長を嘱託先とする調査嘱託により家族関係登録を調査できるかもしれません。
イ 韓国戸籍翻訳センターHP「在日韓国人の相続手続」には「兄弟姉妹が被相続人と相続人の関係になる場合は非常に厄介」と説明した上で,「他に家族関係証明書の入手する方法は、日本の裁判所から韓国の裁判所へ嘱託調査依頼すること、韓国で訴訟又は調停の申請をすることぐらいです。」と書いてあります。
(3)ア 相続の準拠法に関する被相続人の遺言がないために韓国民法が適用される場合,第3順位の相続人が全員,相続放棄をしたときは,第4順位の相続人(おじおば及び甥姪,並びにいとこ)まで調査する必要があります(韓国戸籍翻訳センターHPの「日韓相続法の重大な相違」参照)。
 この場合,①4人の祖父母の出生時から死亡時までの除籍謄本及び家族関係証明書を取得して「おじおば」全員を調査し,②きょうだいの出生時から死亡時までの除籍謄本及び家族関係証明書を取得して「甥姪」全員を調査し,③おじおばの出生時から死亡時までの除籍謄本及び家族関係証明書を取得して「いとこ」全員を調査する必要があるのかもしれません。
イ 韓国民法では,相続放棄の3ヶ月の熟慮期間の起算点について「相続発生の事実と自己が相続人であることを知った日」と厳格に解されています(在日コリアンの相続支援サイトHP「被相続人が韓国籍の場合における相続放棄の注意点」参照)から,第1順位ないし第3順位の相続人のいずれかについて法定単純承認が成立する可能性は日本民法が適用される場合よりも高いと思います。

* 民事事件に関する国際司法共助手続マニュアル(令和2年6月に開示された,最高裁判所民事局作成の文書)からの抜粋です。

第4 相続財産管理人を通じた調査及びその選任申立ての方法
1 相続財産管理人を活用できること
(1)ア 家庭裁判所の財産管理実務12頁及び13頁には,「(1) 具体的事例~不動産の強制執行、担保権実行、滞納処分による差押え」として以下の記載があります。
    外国籍の者の相続において、相続財産管理制度を活川できる場面として典型的なのは、不動産の強制執行、担保権実行、滞納処分による差押えにおいて外国籍の所有者に相続が生じていたことが判明した場合です。
    すなわち、不動産の所有者に相続が生じていた場合には、強制執行等の申立時に申立人が債権者代位による相続登記をする必要がありますが、そのためには法務局に戸籍等の相続関係を証明する資料を提出する必要があります。
    ところが、外国籍の者の相続人調査は、相続関係資料の入手が困難な場合が多いことから、一般的に容易ではないといえます。
    例えば、韓国籍の所有者の相続登記のためには、韓国戸籍(除籍謄本)や家族関係証明書等の提出が必要であるところ、日本の相続債権者や担保権者の立場ではこれらの書類が取得できません。この点、これらの書類を取得できる相続人に協力を求めることも考えられますが、協力を得られない場合も少なくありません。
    そうすると、相続関係を証明する書類が揃わないため、相続登記ができず、強制執行等も進められないことになります。
    このような場合、民法952条に基づく相続財産管理人や同918条2項に基づく相続財産管理人の選任申立をすることが解決策となり得ます。
    民法952条の管理人が選任された場合は、同管理人において、選任審判書謄本を登記原因証明情報として相続財産法人名義に変更登記をすることができるからです(昭和39.2.28民事422号民事局長通達)。
    また、相続人の一部の存在が明らかな場合(判明している相続人以外に相続人がいるか不明な場合も含む)、民法952条の管理人の選任はできませんが、その場合には、同918条2項の管理人の選任申立をし、同管理人において相続人調査を進めてもらうことが考えられます(民法918条2項の相続財産管理人については、Q44,45参照)。
イ 家庭裁判所の財産管理実務159頁には,「外国籍の者の調査」として以下の記載があります。
    被相続人が外国籍の場合や相続人が外国籍の場合、相続人を調査するために、当該外国の戸籍調査に精通している弁護士を「民法918条2項の相続財産管理人」として選任し、相続人調査をしてもらうという方法があります。
    大阪家庭裁判所では、韓国の戸籍調査の場合、申立人において調査をしたが相続人の存在が明らかでない場合でも、韓国の戸籍調査に詳しい弁護士を「民法918条2項の相続財産管理人」として選任し、同管理人に相続人調査を行ってもらっています。一方、申立人において調べた限りで相続人の存否が分からず、当該外国の戸籍調査に精通している弁護士がいないような国の場合には、相続人不分明の場合として民法952条の清算のための相続財産管理人を選任する方向で検討することになります。詳細はQ4をご参照ください。
(2) 令和4年8月1日に私が大阪家裁財産管理係に電話で問い合わせをしたところ,民法918条2項に基づく相続財産管理人であれば,相続人の調査を目的として,韓国の総領事館から家族関係証明書を発行してもらえるそうです。
2 民法952条の相続財産管理人の選任申立て
(1) 家庭裁判所の財産管理実務12頁及び13頁には「(2) 民法952条の相続財産管理人の選任申立~大阪家庭裁判所の実務」として以下の記載があります。
    (1)の場合(山中注:「(1) 具体的事例~不動産の強制執行、担保権実行、滞納処分による差押え」の場合)、民法952条の相続財産管理人の選任申立に当たっては、申立人側で可能な限り相続関係資料(外国人住民票写し、閉鎖済外国人登録原票写し、相続放棄をした相続人等の関係者から入手した韓国戸籍、家族関係証明書等)を収集し、これらを選任申立時の添付資料として裁判所に提出することになります。
    そして、これらの耆類に加えて、申立後に裁判所が調査嘱託により収集する資料や関連記録(相続放棄申述事件記録等)を踏まえて、裁判所が民法952条の要件である相続人不分明であるか否かを判断することになります。
    ここで、相続人不分明であると認定できた場合には、その時点で裁判所は民法952条に基づく相続財産管理人を選任することになります。
    他方、相続人不分明であると認定するのが難しく、かつ、申立人による必要な資料の追完も困難である場合には、裁判所において、民法952条の相続財産管理人選任申立事件を同918条2項の相続財産管理人選任事件に切り替え(いわゆる立件替え),同918条2項の相続財産管理人を選任し、同管理人において、韓国の相続関係資料を取得するなどの相続人調査を行う運用とされています。
    そして、この民法918条2項の相続財産管理人による相続人調査により、柑続人不分明の要件を満たすものと認められる場合には、申立人において改めて民法952条の相続財産管理人選任申立を行い、裁判所において民法952条の管理人を選任した上で、相続財産法人名義への変更登記を行うことになります。
    また、この相続人調査により、相続人の存在等が判明した場合には、調査結果に基づき、申立人において、判明した相続人への相続登記を進めることになります。
(2) 東弁リブラ2022年6月号「成年後見実務の運用と諸問題」には「注意していただきたいのが,民法952条の相続人不存在の場合の相続財産管理人との違いで,民法952条の相続財産管理人は,相続財産の清算に向けられた手続きの積み重ねが予定されているが,民法918条2項の場合にはそういったことは予定されていない。」と書いてあります。
3 相続財産管理人の選任申立ての予納金
(1) 家庭裁判所の財産管理実務32頁には以下の記載があります。
Q11 予納金
相続財産管理人の選任申立ての予納金について、詳しく教えて下さい。
A 予納金とは、相続財産を管理するために必要な費用を、相続財産から支弁することが困難な場合に、申立人が、このような費用を賄うために、あらかじめ拠出しておく金銭のことを指します。予納金の額は、100万円位となることが一般的ですが、近時は各家庭裁判所が具体的事案に応じて増減を判断することになっています。
(2) 相続の準拠法が日本民法であるか韓国民法であるかによって予納金が異なるかどうかは不明ですが,韓国民法が適用される場合,第4順位の相続人(おじおば及び甥姪,並びにいとこ)まで存在する点で日本民法よりも相続人調査が遥かに大変ですから,予納金が同じというのはおかしい気がします。
4 その他
(1) 令和5年4月1日以降に申立てをする場合,令和3年の民法改正に基づき,民法918条2項の相続財産管理人は民法897条の2の相続財産管理人となり,民法952条の相続財産管理人は相続財産清算人となります。
(2) 以下の資料を掲載しています。
・ 相続財産管理人選任申立ての手引(申立てを検討している人向けの説明文書)
・ 相続財産管理人選任申立ての手引(民法918条2項用)
・ 相続財産管理人選任申立ての手引(成年後見人・保佐人・補助人用)
・ 自治体向け財産管理人選任事件申立てQ&A(令和元年11月改訂の,大阪家庭裁判所家事第4部財産管理係書記官室の文書)


第5 国籍欄が「朝鮮」の人の位置づけ
1  国籍欄に「朝鮮」と記載されていても、実際には韓国籍を有している可能性があること

(1) 衆議院議員秋葉賢也君提出特別永住者の扱いに関する質問に対する答弁書(平成22年3月2日付)には以下の記載があります。
    外国人登録では、国籍欄において、「韓国」の記載を国籍の表示として用いているが、「朝鮮」の記載は、「韓国」が国籍として認められなかった時代からの歴史的経緯等により、朝鮮半島出身者を示すものとして用いており、外国人登録の手続の際に韓国籍を証する書類の提出等がなく、市町村の窓口において国籍が確認できなかった者であって朝鮮半島出身者であることが明らかなものについては、国籍欄に「朝鮮」と記載することとしている。すなわち、「朝鮮」の記載は何らの国籍を表示するものとして用いているものではなく、国籍欄に「朝鮮」と記載されていても、実際には韓国籍を有している可能性がある。
(2)ア 平成27年12月の在留外国人統計から国籍欄の「韓国」と「朝鮮」を区別した人数が発表されていますところ,同月時点の「韓国」籍の総数は45万7772人(うち,永住者は6万6326人,特別永住者は31万1463人)であり,「朝鮮」籍の総数は3万3939人(うち,永住者は477人,特別永住者は3万3281人)でした。
イ 令和4年6月の在留外国人統計によれば,同月時点の「韓国」籍の総数は41万5911人(うち,永住者は7万3747人,特別永住者は26万3827人)であり,「朝鮮」籍の総数は2万5871人(うち,永住者は381人,特別永住者は2万5356人)でした。
2 在日コリアンの在外国民登録
(1)ア 1948年8月15日に成立した韓国政府は,国籍法(1948年12月20日法律第16号)2条1項1号で「出生したとき、父が大韓民国の国民であった者」は大韓民国の国民とすると規定しました(第2版「在日」の家族法Q&A(平成18年1月31日付)49頁参照)。
イ 統一日報HPの「在日の従北との闘争史~民団結成から韓国戦争勃発まで~⑪」には以下の記載があります。
    韓国政府は1949年8月1日に「在外国民登録令」を公布した。在日同胞は外国人登録に国籍が「朝鮮」になっていたため、民団としては「大韓民国」への変更は当然な課題だった。
    「民団」は「在外国民登録令」公布の1年前から全国の地方本部で「在外国民登録」事業の準備をすすめた。それで、「民団」は、1949年11月に「国民登録委員会」を設置して、実施準備に態勢を整えた。
    1950年2月11日に大統領令で「在外国民登録実施令」が施行されて、「民団」も本格的に事業を始めた。
    「民団」は、「国民登録を怠る者は国民としての資格を喪失する。無国籍人になることを望む以外の者は登録しよう」と宣伝活動を展開した。
(2) 在日コリアン支援ネットの「在日韓国人・朝鮮籍の皆様の「国籍に関連する手続き」(朝鮮籍→韓国籍へのいわゆる「国籍変更」を含む)について」には以下の記載があります。
    ご自身が「大韓民国国民」であると認識されていらっしゃる在日コリアンの方については、韓国の在外国民登録法(재외국민등록법)に基づく在外国民登録の対象者ということになります。
    この場合、日本の住民登録上の国籍欄が現在朝鮮と記載されている在日コリアンの方であっても、所定の手続きにより在外国民登録は可能です。
(3) 韓国の在外国民登録をしていたとしても,日本の役所で「韓国」籍への変更手続きをしていない場合,「韓国」籍を保有しているのに住民票の国籍欄は「朝鮮」籍となっていることになります。
3 日韓基本条約3条及び海外旅行時の取扱い

(1) 日韓基本条約3条
ア 日韓基本条約3条は「大韓民国政府は、国際連合総会決議第百九十五号(III)に明らかに示されているとおりの朝鮮にある唯一の合法的な政府であることが確認される。」と定めています。
イ 参議院議員熊谷裕人君提出日韓基本条約第三条の解釈に関する質問に対する答弁書(令和元年11月8日付)には以下の記載があります。
    お尋ねについては、平成二十八年九月十四日の衆議院外務委員会において、大菅岳史外務省大臣官房審議官(当時)が「日韓基本関係条約におきましては、北朝鮮については何ら触れておりません。言いかえますと、一切を北朝鮮につきましては白紙のまま残しているということ」と述べているとおりである。
(2) 海外旅行時の取扱い
・ Korea World Timesの「朝鮮籍と韓国籍の違い 日本では北朝鮮の国籍は存在しない?」には以下の記載があります。
    たとえば、前述のように国籍を証明する方法として各国が発行する旅券(パスポート)がある。「朝鮮民主主義人民共和国旅券」の場合は「在日本朝鮮人総聯合会」(朝鮮総連)が窓口となって発行している。
    本来この旅券さえあればどこの国に行っても国籍を証明できるはずが、日本政府は未承認国である朝鮮民主主義人民共和国旅券を「有効な旅券」として扱っていないためそれも不可となる。
    実際に北朝鮮の海外公民であったとしても、日本国内においては無国籍者という扱いになり、彼らは自身の国籍を証明する手段がないのだ。
(中略)
    朝鮮籍保有者が海外に渡航する場合は、前述の朝鮮総連発行の朝鮮民主主義人民共和国旅券か、法務省が発行する「再入国許可書」を旅券(パスポート)代わりにすることが必要となる。
    これに加えて、外国籍者はその国籍にかかわらず、日本に再入国するための手続きとして事前に法務大臣から再入国許可を受けることが必要である。
4 戦前生まれの場合,「朝鮮」籍でも韓国の戸籍に名前が載っていること
・ 康行政書士事務所HPの「朝鮮籍の人には、韓国の戸籍・家族関係登録事項証明書は出ない?」には以下の記載があります。
    なぜ、朝鮮籍なのに韓国の戸籍に名前が載っていたり家族関係登録事項別証明書が出るのでしょうか?
    これは、日本植民地時代の日本の戸籍が、そのまま韓国の戸籍として使われていたからです。戦前から日本に住んでいる朝鮮籍の人は、日本で生まれたとき日本の役所に出生届けを出しますので、それが戸籍に反映されました。その日本の戸籍が韓国独立後も戸籍謄本としてそのまま使われていたのです。
    ですので、戸籍に載っている情報も、その当時のままということになります。実際に2008年以降に出来た婚姻関係証明書や家族関係証明書にも、実際は結婚していて子もいるのに、その事実が反映されていませんでした。
    日本の外国人登録上の国籍としては「朝鮮」となっていますが、このように韓国の家族事項の証明書は出ますので、韓国は、この人を自国民として認めていることになります。
5 債権者から見た場合の取扱い
・ 債権者から見た場合,戦後生まれの在日コリアンについて韓国の除籍謄本又は家族関係証明書が存在するのであれば,韓国の在外国民登録及び戸籍整理又は就籍の手続をしているわけですから,朝鮮籍の人についても在日韓国人と全く同じ取扱いになると思います。  
 


第6 ハングル関係のメモ書き
1 ハングル表記のルール
(1) トリリンガルのトミのサイトには例えば,以下の記事が載っています。
① 「【早見表付き】日本語のハングル表記のルール【あいうえお】をハングルで」
② 韓国語の単語学習は漢字語でほぼ終わり!ルールも解説!【読み方一覧表付】
→ 「漢字→ハングル対応表PDF」及び「ハングル→漢字対応表PDF」が載っています。
(2) 子音字母の基本字母14個の一つである「ㅈ」はカタカナの「ス」のように表記されていることがあります。
2 ハングル文字の入力方法
・ 3rdpageSearch Jp「ハングル音節文字」でハングル文字を作成すれば,グーグル翻訳等で翻訳することができます。
3 漢字語,固有語及び外来語
・ 福山市韓国語教室K-ROOM「今年の漢字「金」、韓国語では「금」or「김」??」には以下の記載があります。
    韓国語では普段、文字の表記はほとんどがハングルだけで表記されますが、その中には「漢字語」「固有語」「外来語」で構成されています。
    「漢字語」というのは単語自体が漢字で成り立っているもので、「固有語」というのは漢字の読みの単語ではなく、ハングルだけで成り立っていて、「外来語」は外国語をそのままハングルで表記しているものになります。
4 同音異義語がたくさんあること
(1) CREATORSの「日本語よりも予測不能!韓国語の同音異義語」には以下の記載があります。
    実は韓国語にもこのような同音異義語がたくさんあります。
    しかも、韓国語では一般的に漢字は使われていません。ハングルだけなので、日本語のように漢字を見れば一目で意味がわかるということはなく、前後の文脈からどちらの意味なのか判断するよりほかありません…
(2) ヤフー知恵袋の「韓国・朝鮮語」の記事には「率直言うと、韓国人の名前の漢字表記は、本人に確認しないと殆ど分かりません。」と書いてあります。

第7 在日コリアンの相続の準拠法
1 本国法の決定基準
(1) 書籍の記載
ア 戦後生まれの在日コリアンについて韓国の除籍謄本又は家族関係証明書が存在するのであれば,実務的には韓国法が本国法になると思いますが,第2版「在日」の家族法Q&A(平成18年1月31日付)33頁には以下の記載があります(改行を追加しています。)。
    在日の本国法は、当事者の住所、居所、過去の住所や、親族が本国にいるとして南北いずれにいるか、本貫(始祖の発祥地名)や本籍地は南北のいずれにあるか等の客観的要素と当事者の意思(南北いずれの政府へ帰属意思を有するか、南北に住所を選択するとすればいずれの地域を選択するか)の主観的要素を考慮して、「当事者に最も密接なる関係ある」法律を本国法として決定するという考え方が有力です。
    具体的には、外国人登録法上の国籍欄の記載が「朝鮮」で、当事者が在日本朝鮮人総連合会に属して活動し、親族が北朝鮮にいて本人も北朝鮮へ帰国したことがあるというような場合は、「北朝鮮法を本国法とする在日」と決定されることが多いでしょう。
    他方、外国人登録法上の国籍が「韓国」で上記と異なり所属意思が明確でない場合は、在日の出身地(本籍地)が韓国の実効支配する領域に属する場合がほとんどということもあり、「韓国法を本国法とする在日」と決定される場合が多いと思われます。
イ 全訂Q&A渉外戸籍と国際私法(2008年2月1日付)51頁には以下の記載があります(改行を追加しています。)。
    国際私法上,当事者の「本国法」の決定は,私法関係における問題であり,その法律を公布した国家ないし政府に対する外交上の承認の有無等とは次元を異にします。
ところで,台湾においては中華人民共和国の法規とは異なる法規が現に通用し,また,朝鮮の北部地域には,大韓民国の法規とは異なる朝鮮民主主義人民共和国の法規が現に施行されていることは,公知の事実です。
このようないわゆる分裂国家の場合に,国際私法の解釈として,未承認政府の法律の適用問題として処理するのが適当か,異法地域の本国法決定の問題として通則法38条3項を適用して処理するのが適当か問題のあるところであります。
しかし,前者の問題と捉えた場合は,国際私法上,それぞれを独立国として見ることから,各政府の法律が本国法となり,また,後者の問題と捉えた場合は,国際私法上,中国又は朝鮮をそれぞれ全体として1つの国として見ますが,間接指定方式によることができないので,当事者に最も密接に関係する地の法律を適用することとなります。
そうすると,いずれのアプローチによっても,本土系中国人の本国法は中華人民共和国の法規,台湾系中国人の本国法は中華民国民法等であり,また,大韓民国の地域に属する者の本国法は大韓民国民法等,朝鮮民主主義人民共和国の朝鮮人(北朝鮮系朝鮮人)の本国法は同国の法規であることとなります。

(2) 法務省民事局の通達
ア 朝鮮人の身分に関する取扱いについて(昭和34年12月28日付の法務省民事局長通達)(親族・相続・戸籍に関する通牒録4466頁の7及び4466頁の8)は以下のとおりです。
    朝鮮人の身分に関する取扱については、平和条約の発効後も、南鮮人であると北鮮人であるとを区別することなく、引き続き従前どおり慣習によるものとして処理されていたが、慣習の内容が必ずしも判然としないため、その取扱に困難を生ずる場合も少なくなかった。しかるところ、昭和35年1月1日から新に韓国民法が施行されることとなったので、その身分法に関する部分は、同法の施行後は、従前の取扱における慣習に代わるべきものとして、すべての朝鮮人につき、同法中の親族編(別紙参照)に則って実務の処理をするのが相当であると考える。
    ついては、右の趣旨を御了知の上、貴管下各支局及び市町村に周知するよう取り計らわれたい。
イ 昭和35年6月6日付の法務省民事局第五課長回答(親族・相続・戸籍に関する通牒録4641頁)は以下のとおりです。
    朝鮮人の婚姻、養子縁組その他の身分行為について、法例の規定によりその本国法に準拠すべき場合における本国法とは、わが国が事実上承認していると認むべき大韓民国の法律を指すものというべく、したがって、当該朝鮮人が南鮮人であると北鮮人であるとを区別することなく、すべて「韓国民法」を適用するのが相当と考える。
    なお、現行の「韓国民法」は大韓民国政府により檀紀4291年(昭和33年)2月22日法律第471号をもって公布され、同4293年(昭和35年)1月1日から施行されたものであるから念のため。
(3) 最高裁の事例判例
・ 最高裁昭和59年7月6日判決は「外国人登録法の規定に基づく登録において国籍として記載された中国には、中華人民共和国の法域のみならず同国の法規とは異なる法規が現に通用している台湾の法域も含まれることは公知の事実であるから、右登録において国籍として中国と記載されていることをもつて直ちに当該外国人が中華人民共和国の法域に属すると推認することはできない」と判示しています。
2 本国法が韓国法となる場合
(1) 在日韓国人の場合,相続については大韓民国の法律が適用される(法の適用に関する通則法36条)。
     ただし,相続の準拠法として常居所地がある日本の法を遺言で指定していた場合,日本の民法が適用されます(大韓民国国際私法49条2項1号)。
(2) 韓国の相続法は以下の点で日本の相続法と異なります(品川太田相続相談センターHPの「相続相談マメ知識」参照)。
① 4親等以内の傍系血族が第4順位として相続人となること。
② 配偶者が兄弟姉妹に優先すること。
③ 配偶者の相続分が異なること。
④ 相続人の配偶者が代襲相続人となること。
⑤ 兄弟姉妹にも遺留分があること。
(3) 韓国戸籍翻訳センターHP「在日韓国人の相続手続」には以下の記載があります。
韓国に財産がある場合絶対に公正証書遺言にすべきです。そしてもう一つ重要なことは「韓国の財産にまで日本法を適用する」とした場合、韓国の銀行等は難色を示します。国際司法上は有効なのですが、韓国の銀行等は日本の相続法がどのような内容であるのかわからないからです。日本の財産だけに日本法を適用するとした方が絶対に良いです。
3 本国法が北朝鮮法となる場合
(1) 在日コリアンの本国法が北朝鮮法となる場合,少なくとも動産及び不動産の相続については日本の民法が適用されると思いますが,預貯金の相続についてはよく分かりません。
(2)ア 第2版「在日」の家族法Q&A(平成18年1月31日付)235頁には以下の記載があります。
 国際私法規定としての「朝鮮民主主義人民共和国対外民
事関係法」(以下、「北朝鮮対外民事関係法」という)が、1995年9月6日最高人民会議常設会議決定第62号として採択され、同日に施行されている。北朝鮮における初めての国際私法典といえるであろう。ここに、相続の準拠法については、一応の決着をみることとなった。日本の法例や韓国の渉外私法および同法改正後の韓国国際私法は、不動産・動産を区別しない相続統一主義を採用しているが、北朝鮮対外民事関係法は中国法と同じように相続分割主義を採用した。
 北朝鮮対外民事関係法45条1項は「不動産相続には相続財産の所在する国の法を適用し、動産相続には被相続人の本国法を適用する。但し、外国に住所を有する共和国公民の動産相続には被相続人が最後に住所を有していた国の法を適用する」としている。
 「在日朝鮮人」の相続の準拠法を決定するについて、北朝鮮対外民事関係法を考慮するならば、日本に所在する不動産・動産いずれの相続についても日本法への反致が成立する。少なくとも、同法施行日以後に開始した相続については、被相続人が「在日朝鮮人」である限り日本民法がその相続の準拠法になる、といえるであろう。
イ 立命館大学HPに朝鮮民主主義人民共和国の対外民事関係法に関する若干の考察(平成8年の論文みたいです。)が載っています。


第8 日本法と韓国法の相続放棄に関するメモ書き
1 総論 
・ 先順位の相続人の相続放棄により相続人となった第三順位の相続人の場合,例えば,債権者からの請求書が届いた時点で初めて自分が相続人になっていることを知ったときは,その時点が「自己のために相続の開始があったことを知った時」(民法915条1項)になります。
 そのため,その時点から3か月以内であれば相続放棄ができることとなりますから,債権者としては,相続放棄の熟慮期間である3ヶ月が経過した後に訴訟提起すべきことになります。
2 相続放棄の熟慮期間(日本法の場合) 
・ 相続人において相続開始の原因となる事実及びこれにより自己が法律上相続人となつた事実を知つた時から三か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかつたのが,相続財産が全く存在しないと信じたためであり,かつ,このように信ずるについて相当な理由がある場合には,民法915条1項所定の期間は、相続人が相続財産の全部若しくは一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべかりし時から起算されます(最高裁昭和59年4月27日判決)。
(2) 東町法律事務所HPの「相続放棄申述受理についての誤解」には以下の記載があります。
 かかる熟慮期間については、その例外を認める最高裁判例昭和59年4月27日・判例時報が存在しているため(この最高裁判例についても、激しい争いがありますが、長くなりますので、割愛いたします。)、家庭裁判所においては、死亡後3か月を経過した相続放棄であっても、一応の審理をし、3か月以内に相続放棄の申述をしなかったことについて相当の理由がないと明らかに判断できる場合にだけ申述を却下し、それ以外の場合は、申述を受理する実務が定着しているとされています(久保豊「相続放棄の熟慮期間の起算日について」家月45巻7号1頁他)。
(3) 大阪高裁平成21年1月23日判決(判例秘書に掲載)は,債権者の提訴により被相続人に多額の債務があることが判明したとしてなされた相続放棄の申述について,熟慮期間を繰り下げるべき特段の事情がないとされた事例です。
3 韓国法における相続放棄
(1)ア 韓国民法における相続放棄の熟慮期間は3ヶ月であるものの,3ヶ月の起算点について「相続発生の事実と自己が相続人であることを知った日」と厳格に解されていますから,たとえ3ヶ月経過後に債務超過である事を知ったとしても相続放棄をすることはできません(在日コリアンの相続支援サイトHP「被相続人が韓国籍の場合における相続放棄の注意点」参照)。
イ 韓国民法では,債務超過である事実を重大な過失なく知らなかった場合は、3ヶ月経過後であっても、債務超過の事実を知ったときから3か月以内であれば、限定承認をすることはできます(特別限定承認制度といいます)。
(2)ア 韓国民法では,相続放棄の結果として相続人不存在となるのは,第4順位の相続人(4親等以内の傍系血族)がすべて相続放棄した後です(韓国戸籍翻訳センターHPの「日韓相続法の重大な相違」参照)。
 そのため,おじおば及び甥姪(3親等の傍系血族)並びにいとこ(4親等の傍系血族)の全員が相続放棄をした時点で相続人不存在となります。
イ NKグループ日本経営HP「韓国籍の方の相続について解説!韓国と日本どちらの国の法が適用されるのか?」には以下の記載があります。
 被相続人が債務超過の場合で、親族全員が相続せず放棄をするという場合、日本でも順番に放棄の手続きをしていく必要がありますが、韓国の場合、放棄の手続きをしなければならない人が多くなります。
 例えば、お父さんが亡くなられた場合、日本では、①お母さんと子供、②お父さんの両親(祖父母など)、③お父さんの兄弟姉妹と放棄の手続きをしていくことになります。
 韓国の場合は、①お母さんと子供、②孫(ひ孫)、③お父さんの両親(祖父母)、④お父さんの兄弟姉妹、⑤お父さんの伯父・伯母・叔父・叔母、⑥従兄弟・・・・と順番に放棄の手続きをしていく必要があります。

第9 関連記事その他

1 仮に被相続人となった在日韓国人が債務超過の状態であった場合,第1順位の相続人が限定承認をすれば,戸籍の問題は顕在化しません。
2 韓国戸籍翻訳センターHP「在日韓国人の相続手続」には以下の記載があります。
相続関係人の全員が日本籍であっても、過去に韓国人であったり、現在韓国籍であった者の相続手続には、必ず出生からの韓国除籍謄本等が必要となります。帰化者の場合、韓国籍時代の婚姻や認知した子供の存在があるかもしれないからです。
3 出入国在留管理庁HPに「死亡した外国人に係る外国人登録原票の写しの交付請求について」が載っています。
4(1) 以下の資料を掲載しています。
・ 民事事件に関する国際司法共助手続マニュアル(令和2年6月に開示された,最高裁判所民事局作成の文書)
・ 民事訴訟手続に関する条約等による文書の送達,証拠調べ等及び執行認許の請求の嘱託並びに訴訟上の救助請求書の送付について(平成3年4月10日付)
(2) 以下の記事も参照してください。
・ 海外送達
 在日韓国・朝鮮人及び台湾住民の国籍及び在留資格
 日韓請求権協定
・ 
相続財産管理人,不在者財産管理人及び代位による相続登記

消滅時効に関するメモ書き

目次
1 契約関係の消滅時効の起算点
2 不法行為の消滅時効の起算点
3 消滅時効の中断
4 自賠責保険金の消滅時効
5 民法158条1項の類推適用
6 権利の消滅時効期間に関する経過措置
7 関連記事その他

1 契約関係の消滅時効の起算点
(1) 瑕疵担保責任及び契約不適合責任の場合
・ 瑕疵担保責任による損害賠償請求権の消滅時効は引渡しのときから10年です(最高裁平成13年11月27日判決)。
・ 弁護士によるマンション管理ガイドHP「契約不適合責任の期間」に「契約不適合責任についても、消滅時効の規定の適用があり、買主が目的物の引渡しを受けた時から10年が経過すると時効により消滅する(民法166条1項2号)と考えられます。」と書いてあります。
(2) 車両保険金の場合
・ 自家用自動車総合保険契約の被保険者が保険会社に対し車両保険金の支払を請求し,その保険契約に適用される約款に基づく履行期が到来した場合に,保険会社から被保険者に対し,その請求についてはなお調査中であり,調査に協力を求める旨記載した書面(協力依頼書)が送付され,その後,保険会社から被保険者に対し,調査への協力には感謝するが,請求には応じられない旨記載した書面(免責通知書)が送付されたなどといった事実関係の下では,協力依頼書の送付行為は,上記約款に基づく履行期について調査結果が出るまで延期することを求めるものであり,被保険者は,調査に協力することにより,これに応じたものであって,上記保険金に係る請求権の履行期は,合意によって,免責通知書が被保険者に到達した日まで延期されたというべきであり,その消滅時効の起算点はその翌日となります(最高裁平成20年2月28日判決)。
(3) NHK受信料の場合
ア  受信料が月額又は6箇月若しくは12箇月前払額で定められ,その支払方法が2箇月ごとの各期に当該期分を一括して支払う方法又は6箇月分若しくは12箇月分を一括して前払する方法によるものとされている日本放送協会の放送の受信についての契約に基づく受信料債権の消滅時効期間は,民法169条により5年です(最高裁平成26年9月5日判決)。
イ 受信契約に基づき発生する受信設備の設置の月以降の分の受信料債権(受信契約成立後に履行期が到来するものを除く。)の消滅時効は、受信契約成立時から進行します(最高裁大法廷平成29年12月6日判決)。

2 不法行為の消滅時効の起算点
(1) 後遺障害部分の損害賠償金の場合
ア 不法行為による受傷の後遺症が顕在化したのちにおいて,症状は徐々に軽快こそすれ,悪化したとは認められないなど,受傷したのちの治療経過が原審認定のとおりである場合には,右後遺症が顕在化した時が民法724条にいう損害を知った時にあたり,その時から後遺症に基づく損害賠償請求権の消滅時効が進行します(最高裁昭和49年9月26日判決)。
イ 交通事故により負傷した者が,後遺障害について症状固定の診断を受け,これに基づき自動車保険料率算定会に対して自動車損害賠償責任保険の後遺障害等級の事前認定を申請したときは,その結果が非該当であり,その後の異議申立てによって等級認定がされたという事情があったとしても,上記後遺障害に基づく損害賠償請求権の消滅時効は,遅くとも上記症状固定の診断を受けた時から進行します(最高裁平成16年12月24日判決)。
(2) 物損の損害賠償金の場合
・ 交通事故による車両損傷を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権の民法(平成29年法律第44号による改正前のもの)724条前段所定の消滅時効は,身体傷害を理由とする損害が生じた場合であっても,被害者が上記車両損傷を理由とする損害を知った時から進行します(最高裁令和3年11月2日判決)。
(3) 民法724条の短期消滅時効の趣旨
・ 民法724条が短期消滅時効を設けた趣旨は,不法行為に基づく法律関係が,通常,未知の当事者間に,予期しない偶然の事故に基づいて発生するものであるため,加害者は,損害賠償の請求を受けるかどうか,いかなる範囲まで賠償義務を負うか等が不明である結果,極めて不安定な立場におかれるので,被害者において損害及び加害者を知りながら相当の期間内に権利行使に出ないときには,損害賠償請求権が時効にかかるものとして加害者を保護することにあります(最高裁昭和49年12月17日判決)。
(4) 民法724条の「損害及び加害者を知った時」の意義
ア 被疑者として逮捕されている間に警察官から不法行為を受けた被害者が,当時加害者の姓,職業,容貌を知ってはいたものの,その名や住所を知らず,引き続き身柄拘束のまま取調、起訴、有罪の裁判およびその執行を受け,釈放されたのちも判示の事情で加害者の名や住所を知ることが困難であつたような場合には,その後,被害者において加害者の氏名,住所を確認するに至つた時が民法724条にいう「加害者ヲ知リタル時」となります(最高裁昭和48年11月16日判決)。
イ 民法724条は,不法行為に基づく法律関係が,未知の当事者間に,予期しない事情に基づいて発生することがあることにかんがみ,被害者による損害賠償請求権の行使を念頭に置いて,消滅時効の起算点に関して特則を設けたのであるから,同条にいう「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」とは,被害者において,加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況の下に,その可能な程度にこれらを知った時をいいます(最高裁平成14年1月29日判決。なお先例として,最高裁昭和48年11月16日判決)。
ウ 民法724条にいう被害者が損害を知った時とは,被害者が損害の発生を現実に認識した時をいいます(最高裁平成14年1月29日判決)。
(5) 弁護士費用の賠償請求金
ア 不法行為の被害者が弁護士に対し損害賠償請求の訴を提起することを委任し,成功時に成功額の一割五分の割合による報酬金を支払う旨の契約を締結した場合には,右契約の時が民法724条にいう損害を知った時にあたり,その時から右請求権の消滅時効が進行します(最高裁昭和45年6月19日判決)。
イ 不法行為の加害者に対する弁護士費用の賠償請求の消滅時効の起算点は,報酬金支払契約締結の時です(最高裁昭和54年3月9日判決(判例秘書))。
(6) 身体に蓄積する損害の場合
・ 身体に蓄積する物質が原因で人の健康が害されることによる損害や,一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる疾病による損害のように,当該不法行為により発生する損害の性質上,加害行為が終了してから相当期間が経過した後に損害が発生する場合には,当該損害の全部又は一部が発生した時が除斥期間の起算点となります(乳幼児期に受けた集団予防接種によるB型肝炎ウィルスへの感染に関する最高裁平成18年6月16日判決。なお,先例として,石炭鉱山におけるじん肺発生に関する最高裁平成16年4月27日判決,水俣病に関する最高裁平成16年10月15日判決参照)。
(7) 民法724条後段の除斥期間
ア 民法724条後段所定の除斥期間は,不法行為により発生する損害の性質上,加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合には,当該損害の全部又は一部が発生した時から進行します(最高裁平成16年4月27日判決のほか,経済産業省HPの「石炭じん肺訴訟について」参照)。
イ 令和2年3月31日以前の民法724条後段は,不法行為によって発生した損害賠償請求権の除斥期間を定めたものでした(最高裁平成元年12月21日判決)から,除斥期間の主張が信義則違反又は権利濫用であるという主張は,主張自体失当でした(最高裁平成10年6月12日判決)。
    しかし,最高裁大法廷令和6年7月3日判決は,「上記請求権(山中注:不法行為によって発生した損害賠償請求権)が除斥期間の経過により消滅したものとすることが著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することができない場合には、裁判所は、除斥期間の主張が信義則に反し又は権利の濫用として許されないと判断することができる」と判示して,最高裁平成元年12月21日判決等を変更しました。
ウ 民法724条後段に基づく20年の除斥期間が適用されるのは平成12年3月31日までに発生した不法行為に限られるのであって,同年4月1日以降に発生した不法行為については民法724条2号に基づく20年の消滅時効が適用されます平成29年6月2日法律第44号附則35条1項)。
エ 東京高裁令和3年8月27日判決(判例時報2578号)は,民法(平成29年法律第44号による改正前のもの)724条後段の規定する「不法行為の時」とは、再審手続があった場合においては再審による無罪判決が確定した時であって、当該時点が除斥期間の起算点となるとした事例です。


3 消滅時効の更新(改正前民法の,消滅時効の中断)
(1) 不真正連帯債務の場合
    民法719条所定の共同不法行為者が負担する損害賠償債務は,いわゆる不真正連帯債務であって連帯債務ではないから,右損害賠償債務については連帯債務に関する民法436条(「連帯債務者に対する履行の請求」であり,従前の民法434条です。)の規定は適用されません(最高裁昭和48年2月16日判決及び最高裁昭和48年1月30日判決参照)。
    また,共同不法行為が行為者の共謀にかかる場合であっても,民法436条は適用されません(最高裁昭和57年3月4日判決)。
    そのため,不真正連帯債務の場合,履行の請求に基づく時効消滅の効果は他の債務者には及ばないこととなります。
(2) 貸金の場合
・  同一の当事者間に数個の金銭消費貸借契約に基づく各元本債務が存在する場合において,借主が弁済を充当すべき債務を指定することなく全債務を完済するのに足りない額の弁済をしたときは,当該弁済は,特段の事情のない限り,上記各元本債務の承認として消滅時効を中断する効力を有します(最高裁令和2年12月15日判決)。
(3) 一部請求の場合
ア 被害者が不法行為に基づく損害の発生を知った以上,当時その損害との関連において当然その発生を予見することが可能であったものについては,すべて被害者においてその認識があったものとして,民法724条所定の時効は前記損害の発生を知つた時から進行を始めます(最高裁昭和43年6月27日判決)。
イ 不法行為に基づく損害賠償請求訴訟において被害者が一定の種類の損害に限り裁判上の請求をすることを明らかにし,その他の種類の損害についてはこれを知りながらあえて裁判上の請求をしない場合には,それらの損害が同一の不法行為に基づくものであっても訴えの提起による消滅時効中断の効力は請求のなかった部分には及びません(最高裁昭和54年3月9日判決(判例秘書)。なお,先例として,最高裁昭和43年6月27日判決参照)。
ウ 数量的に可分な債権の一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴えが提起された場合,債権者が将来にわたって残部をおよそ請求しない旨の意思を明らかにしているなど,残部につき権利行使の意思が継続的に表示されているとはいえない特段の事情のない限り,当該訴えの提起は,残部について,裁判上の催告として消滅時効の中断の効力を生じ,債権者は,当該訴えに係る訴訟の終了後6箇月以内に民法153条所定の措置を講ずることにより,残部について消滅時効を確定的に中断することができます(最高裁平成25年6月6日判決)。
    また,消滅時効期間が経過した後,その経過前にした催告から6箇月以内に再び催告をしても,第1の催告から6箇月以内に民法153条所定の措置を講じなかった以上は,第1の催告から6箇月を経過することにより,消滅時効が完成し,この理は,第2の催告が数量的に可分な債権の一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴えが提起されたことによる裁判上の催告であっても異なりません(最高裁平成25年6月6日判決)。
エ 時効・期間制限の理論と実務54頁には「当該手続にかかる訴訟物としての狭義の「裁判上の請求」については,改正民法147条1項括弧書が,当該「裁判上の請求」の対象となる権利について,手続終了の時から6ヶ月が経過するまで完成猶予を認めている。この括弧書きは,現行民法の時効中断効果阻却事由の効果と従前の「裁判上の催告」の効果を合成したものといえる。」と書いてあります。
(4) 訴えの取下げの場合
・ 訴えの取下げが,権利主張を止めたものでもなく,権利についての判決による公権的判断を受ける機会を放棄したものでもないような場合には,訴えを取り下げても訴えの提起による時効中断の効力は存続します(最高裁昭和50年11月28日判決)。
(5) 債権執行の場合
ア  債権執行における差押えによる請求債権の消滅時効の中断の効力が生ずるためには,その債務者が当該差押えを了知し得る状態に置かれることを要しません(最高裁令和元年9月19日判決)。
イ 債権執行の申立てをした債権者が当該債権執行の手続において配当等により請求債権の一部について満足を得た後に当該申立てを取り下げた場合,当該申立てに係る差押えによる時効中断の効力が民法154条により初めから生じなかったことになるわけではない(高松高裁平成29年11月30日決定)のであって,このように解することは最高裁平成11年9月9日判決と相反するものではありません(最高裁平成30年12月18日決定)。
(6) 不動産競売の場合
・  不動産競売手続において建物の区分所有等に関する法律66条で準用される同法7条1項の先取特権を有する債権者が配当要求をしたことにより,上記配当要求における配当要求債権について,差押え(平成29年法律第44号による改正前の民法147条2号)に準ずるものとして消滅時効の中断の効力が生ずるためには,民事執行法181条1項各号に掲げる文書により上記債権者が上記先取特権を有することが上記手続において証明されれば足り,債務者が上記配当要求債権についての配当異議の申出等をすることなく売却代金の配当又は弁済金の交付が実施されるに至ったことを要しません(最高裁令和2年9月18日判決)。
(7) 地方税の場合
・  被相続人に対して既に納付又は納入の告知がされた地方団体の徴収金につき,納期限等を定めてその納付等を求める旨の相続人に対する通知は,これに係る地方税の徴収権について,地方税法18条の2第1項1号に基づく消滅時効の中断の効力を有しません(最高裁令和2年6月26日判決)。
(8) 瑕疵担保責任の場合
・ 瑕疵担保による損害賠償請求権を保存するには,右請求権の除斥期間内に,売主の担保責任を問う意思を裁判外で明確に告げることをもって足り,裁判上の権利行使をするまでの必要はありません(最高裁平成4年10月20日判決)。
(9) 手形金請求の場合
・ 手形金請求の訴えの提起は,時効中断の関係においては,原因債権自体に基づく裁判上の請求に準ずるものとして中断の効力を有しますから, 債務の支払のために手形の交付を受けた債権者が債務者に対して手形金請求の訴えを提起したときは,原因債権についても消滅時効中断の効力を生じます(最高裁昭和62年10月16日判決)。
(10) その他
ア 時効の中断の効力を生ずべき債務の承認とは、時効の利益を受けるべき当事者がその相手方の権利の存在の認識を表示することをいうのであって,債務者以外の者がした債務の承認により時効の中断の効力が生ずるためには,その者が債務者の財産を処分する権限を有することを要するものではないが,これを管理する権限を有することを要するものと解されます(民法156条参照)(最高裁令和5年2月1日決定)。
イ  相続回復請求の相手方である表見相続人は、真正相続人の有する相続回復請求権の消滅時効が完成する前であっても、当該真正相続人が相続した財産の所有権を時効により取得することができます(最高裁令和6年3月19日判決)。

4 自賠責保険金の消滅時効
(1) 総論
ア ①加害者請求の場合の保険金,及び②被害者請求の場合の損害賠償額の消滅時効は3年間です(①につき自賠法23条・商法663条,②につき自賠法19条)。
イ   平成22年3月31日までに発生した事故については,保険金等の消滅時効は2年間でした。
(2) 消滅時効の期間
① 加害者請求の場合
    加害者が被害者に損害賠償金を支払った日の翌日から3年間。
② 被害者請求の場合
    (a)傷害による損害については,事故発生日の翌日から3年間であり,(b)後遺障害による損害については,症状固定日の翌日から3年間です。
③ 一括払事案の場合
    任意保険会社が最後に治療費の立替払をし,又は被害者に損害賠償金を支払って,自賠責保険会社から保険金の支払を受けた日の翌日から3年間です。
    そのため,堅く見積もっても,任意保険会社が最後に治療費の立替払をした日から3年間は,自賠責保険の消滅時効は完成しません。
(3) 自賠責保険における消滅時効の中断
ア 加害者に対する損害賠償請求権と,自賠責保険会社に対する被害者請求の権利は,別個独立の権利であり,加害者に対し損害賠償請求訴訟を提起しても,自賠責保険会社に対する被害者請求の権利については,時効中断の効果が生じません。
イ 消滅時効が完成するまでに,それぞれの自賠責保険会社所定の書式による時効中断申請書を自賠責保険会社に提出すれば,提出された時点で消滅時効が完成している場合を除き,無条件で承認され,これによって消滅時効は中断します(民法147条3号)。
    そして,その時からさらに3年間は,消滅時効は完成しません。
(4) その他
ア 被害者請求権が時効消滅した場合であっても,被害者が加害者に対する判決を得て,加害者の自賠責保険会社に対する保険金請求権を差押え,転付命令(民事執行法159条)を得ることで,加害者請求権による回収を図るという手段はあります(最高裁昭和56年3月24日判決参照)。
イ 加害者が任意保険に加入している場合,仮に被害者請求権について消滅時効が完成したとしても,被害者請求ができなくなるだけにすぎず,被害者が加害者の任意保険会社から損害賠償金を受領することはできます。
    そして,加害者の任意保険会社は,被害者に対する支払をしてから3年以内であれば,自賠責保険会社に対し,保険金の請求ができることとなります。

5 民法158条1項の類推適用
・ 時効の期間の満了前6箇月以内の間に精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者に法定代理人がない場合において,少なくとも,時効の期間の満了前の申立てに基づき後見開始の審判がされたときは,民法158条1項の類推適用により,法定代理人が就職した時から6箇月を経過するまでの間は,その者に対して,時効は,完成しません(最高裁平成26年3月14日判決)。

6 権利の消滅時効期間に関する経過措置
(1) 平成29年6月2日法律第44号による民法改正により,職業別の短期消滅時効(1年の消滅時効とされる「月又はこれより短い時期によって定めた使用人の給料に係る債権」も含む)が廃止されました(厚生労働省HPの「民法改正に伴う消滅時効の見直しについて」参照)。
(2) 改正民法の経過措置に関する法務省作成の文書には「権利の消滅時効期間に関するルール」として以下の記載があります。
【原則】
「施行日前に債権が生じた場合」又は「施行日前に債権発生の原因である法律行為がされた場合」には、その債権の消滅時効期間については,原則として,改正前の民法が適用されます。
上記のいずれにも当たらない場合には、改正後の民法が適用されます。
事例3 飲食店での飲食代金債権
① 施行日前の2019年8月,飲食店でツケで飲食をした。
② 施行日後の2021年4月,飲食店から飲食代金の支払請求を受けた。
→ 施行日前に債権が発生しているので,改正前の民法が適用され,飲食店の飲食代金債権については一年間で消滅時効が完成することとなります(改正前の民法第174条第4号)。
事例4 労災事故(債務不履行に基づく損害賠償請求権)
① 施行日前の2019年4月,雇用契約を締結し,勤務を開始した。
② 施行日後の2020年4月,勤務先の企業における安全管理体制が不備であったために勤務中に事故が発生し、傷害を負った。
③ 施行日後の2026年4月,勤務先の企業に対して安全配慮義務違反を理由として損害賠償金の支払を請求した。
    施行日後に損害賠償請求権が発生していますが,債権発生の原因である法律行為(雇用契約)は施行日前にされていますので、改正前の民法が適用され,「権利を行使することができる時から10年間」で消滅時効が完成することとなります。今回の改正により,権利を行使することができることを知った時から5年間又は権利を行使することができる時から20年間で消滅時効が完成することになりましたが、このルールは適用されません。
    この事例では身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求をすることも考えられますが,その場合の消滅時効の期間に関するルールの経過措置については5ページをご覧ください。
【例外】
(生命又は身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効の期間に関するルール)
    生命又は身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効の期間については,施行日の時点で改正前の民法による不法行為の消滅時効(「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間」)が完成していない場合には,改正後の新しい民法が適用されます。
事例5 交通事故によって負った傷害に関する損害賠償請求権
① 施行日前の2019年4月,相手方の不注意による交通事故で傷害を負った。
② 施行日後の2023年4月,加害者に対して,上記交通事故によって傷害を負ったことを理由として損害賠償金の支払を請求した。
    生命又は身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効の期間については,施行日の時点で改正前の民法による不法行為の消滅時効が完成していない場合には,改正後の民法が適用されます。
    2017年4月1日以降に「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った」場合には,施行日である2020年4月1日の時点で改正前の民法による不法行為の消滅時効が完成していませんので,改正後の新しい民法が適用され,被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から5年間又は不法行為の時から20年で消滅時効が完成することとなります

7 関連記事その他
(1)ア 消滅時効は従前,民法170条1号に基づき公立病院の治療費も含めて3年でした(最高裁平成17年11月21日判決)ところ,令和2年4月1日以降に発生した治療費の消滅時効は5年になっています(民法166条1項1号)。
イ 弁護士が職務に関して受け取った書類の消滅時効は従前,3年でしたし(改正前民法171条),弁護士の職務に関する債権の消滅時効は従前,2年でした(改正前民法172条)ものの,令和2年4月1日以降の消滅時効はいずれも5年となっています(民法166条1項1号)。
(2)ア 法務省HPに「2020年4月1日から事件や事故によって発生する損害賠償請求権に関するルールが変わります」が載っています。
イ 弁護士による企業法律相談HPに債権回収時効一覧表が載っています。
(3)  抵当権の被担保債権が免責許可の決定の効力を受ける場合には,民法396条は適用されず,債務者及び抵当権設定者に対する関係においても,当該抵当権自体は同法167条2項所定の20年の消滅時効にかかります(最高裁平成30年2月23日判決)。
(4) 身体に損害が生じず、精神的損害に留まるパワハラ・セクハラは、「身体を害する不法行為」に該当せず、原則として消滅時効期間が3年間となると解されます(あお空法律事務所HPの「民法改正により、消滅時効期間が、人身損害は5年間、その余の損害は3年間とされるが、セクハラ・パワハラの精神的損害の消滅時効は何年になるか」参照)。
(5)ア  東京地裁平成24年6月28日判決(判例秘書掲載)は,原告の被告に対する中古車の搬送を目的とする継続的な請負契約に基づく未払いの請負報酬請求から,報酬債務の未払額を被告が認めて確定期限内に支払う旨の合意の成立に基づく請求に訴えの交換的変更をしたことから,商事債権の5年の時効期間の経過により請求権が消滅したとして,変更後の本件請求を棄却した事例です。
イ 金銭を着服したとして不法行為に基づく損害賠償請求の訴えを起こし,審理の途中で不当利得返還請求の訴えを追加し,その後,不法行為に基づく損害賠償請求の訴えを取り下げた場合,当初の不法行為に基づく損害賠償請求の訴えの提起によって生じた消滅時効の完成猶予の効力は,不当利得返還請求への交換的変更によってもなお失われないと思われます(最高裁平成10年12月17日判決のほか,最新 複雑訴訟の実務ポイント-訴えの変更、反訴、共同訴訟、訴訟参加、訴訟承継-77頁参照)。
(6) 労務事情2024年9月1日号に「〈Q&A〉賃金請求権等に関する消滅時効の法律知識」が載っています。
(7) 保証人による消滅時効の援用については,小原法律事務所HPの「保証人はどのような場合に消滅時効が援用できなくなりますか?」が参考になります。
(8) 以下の記事も参照してください。
・ 相殺の抗弁に関するメモ書き
・ 損益相殺

借地権に関するメモ書き

目次
1 借地契約における通常の地代
2 借地契約の権利金の認定課税
3 借地権に関する相場
4 借地権の鑑定評価
5 借地非訟事件の書式例
6 関連記事その他

1 借地契約における通常の地代
(1) 借地契約の場合,通常の地代は,土地の価額×(1-借地権割合)×6%で計算し,相当の地代(法人税法施行令137条,法人税基本通達13-1-2)は,土地の価額×6%で計算します(税理士法人チェスターHP「通常の地代、相当の地代とは。借地権評価に絶対必須の概念。」参照)。
(2) 借地権割合は,国税庁HPの「財産評価基準書 路線価図・評価倍率表」に載っています。

2 借地契約の権利金の認定課税
(1) こまったときのこすぎのかいけいHP「借地権」に借地権に関する課税関係が表形式でまとめられています。
(2) 借地契約の権利金の認定課税の例外として以下の制度があります(相続・税理士相談室HP「使用貸借・相当の地代・無償返還とは何ですか?」参照)。
① 昭和38年制定の「相当の地代」通達
・ 相当の地代(年6%)を計算する場合における土地の価額は,相続税評価額でもいいです(国税庁HPのタックスアンサー「No.5732 相当の地代及び相当の地代の改訂」参照)。
② 昭和48年11月1日制定の「使用貸借」通達
・ 個人間の契約にだけ適用されます。
③ 昭和55年創設の無償返還届出制度(法人税基本通達13-1-7)
・ 貸主又は借主の一方又は双方が法人である場合にだけ適用されます。
・ 国税庁HPに「[手続名]土地の無償返還に関する届出」が載っています。
(3) 貸主が個人であり,借主が法人である場合,③無償返還方式+賃貸借契約(固定資産税の2倍~3倍の地代を支払う契約)がお勧めみたいです(相続・税理士相談室HP「「土地の無償返還に関する届出書」とは何ですか?」参照)。
   これに対して貸主が法人であり,借主が個人である場合,相当の地代よりも低い地代を設定したとき,法人には源泉所得税が,個人には給与所得が発生します。
   また,貸主及び借主が法人である場合,相当の地代よりも低い地代を設定したとき,貸主法人に寄付金課税が発生します。
(4) 最高裁昭和45年10月23日判決は以下の判示をしています。
    原判決(その引用する第一審判決を含む。)の確定するところによれば、第二次大戦以前においては、土地賃貸借にあたつて権利金が授受される例は少なく、また、その額も比較的低額で、これを地代の一部と解しても不合理ではないようなものであつたし、土地賃借権の売買もそれほど広く行なわれてはいなかつた、そして、昭和二五年法律第七一号による旧所得税法の改正によつて、再度、不動産所得という所得類型が定められた当時も、立法上特別の考慮を促すほどには権利金授受の慣行は一般化していなかつた、ところが、比較的近時において、土地賃貸借における権利金授受の慣行は広く一般化し、その額も次第に高額となり、借地法等による借地人の保護とあいまつて土地所有者の地位は相対的に弱体化し、多くの場合、借地権の譲渡の承認や期間の更新を事実上拒み得ず、土地賃借権の価格も著しく高額となつた、そして、借地権の設定にあたり借地権の価格に相当するものが権利金として授受されるという慣行が、東京近辺の都市において特に多く見られ、その額も、土地所有権の価格の半額を上廻る場合が少なくない、というのである。

3 借地権に関する相場
(1) 株式会社日本都市鑑定HP「借地権・底地・更新料・建替承諾料・借地条件変更承諾料等」によれば,借地権に関する相場は以下のとおりです。
① 更新料
更地価格(実勢価格) × 3.5%前後
地代(更新直前の月額地代) × 36か月~120ヶ月分
② 建替承諾料
更地価格 × 1~3%(期間延長を伴うもの 5~6%)
③ 借地条件変更承諾料~非堅固から堅固建物へ
更地価格 × 10%
④ 名義変更承諾料
借地権価格 × 10%
(2) フクマネ不動産HP「借地権の更新料・承諾料・名義書換料の相場まとめ」では,増改築の承諾料は更地価格×2~3%であり,建替の承諾料は更地価格×2~3%であるとされています。

4 借地権の鑑定評価
・ 国土交通省の「不動産鑑定評価基準」45頁の「② 借地権の鑑定評価」には以下の記載があります。
借地権の鑑定評価は、借地権の取引慣行の有無及びその成熟の程度によってその手法を異にするものである。
ア   借地権の取引慣行の成熟の程度の高い地域
   借地権の鑑定評価額は、借地権及び借地権を含む複合不動産の取引事例に基づく比準価格、土地残余法による収益価格、当該借地権の設定契約に基づく賃料差額のうち取引の対象となっている部分を還元して得た価格及び借地権取引が慣行として成熟している場合における当該地域の借地権割合により求めた価格を関連づけて決定するものとする。

   この場合においては、次の(ア)から(キ)までに掲げる事項(定期借地権の評価にあって、(ア)から(ケ)までに掲げる事項)を総合的に勘案するものとする。
(ア)将来における賃料の改定の実現性とその程度
(イ)借地権の態様及び建物の残存耐用年数
(ウ)契約締結の経緯並びに経過した借地期間及び残存期間
(エ)契約に当たって授受された一時金の額及びこれに関する契約条件
(オ)将来見込まれる一時金の額及びこれに関する契約条件
(カ)借地権の取引慣行及び底地の取引利回り
(キ)当該借地権の存する土地に係る更地としての価格又は建付地としての価格
(ク)借地期間満了時の建物等に関する契約内容
(ケ)契約期間中に建物の建築及び解体が行われる場合における建物の使用収益が期待できない期間
イ   借地権の取引慣行の成熟の程度の低い地域
   借地権の鑑定評価額は、土地残余法による収益価格、当該借地権の設定契約に基づく賃料差額のうち取引の対象となっている部分を還元して得た価格及び当該借地権の存する土地に係る更地又は建付地としての価格から底地価格を控除して得た価格を関連づけて決定するものとする。

    この場合においては、前記ア(ア)から(キ)までに掲げる事項(定期借地権の評価にあっては、(ア)から(ケ)までに掲げる事項)を総合的に勘案するものとする。

5 借地非訟事件の書式例
(1) 東京地裁民事第22部(調停・借地非訟・建築部)HP「借地非訟事件の書式例」に以下の書式例が載っています。
① 借地条件変更と増改築許可の併合申立書,及びこれに対する答弁書
② 借地条件変更申立書,及びこれに対する答弁書
③ 増改築許可申立書,及びこれに対する答弁書
④ 土地賃借権譲渡・土地転貸許可申立書,及びこれに対する答弁書
⑤ 競売・公売に伴う土地賃借権譲受許可申立書,及びこれに対する答弁書
(2) 大阪地裁第10民事部(建築・調停部)HP「第4 借地非訟事件」に,申立書書式等が載っています。

6 関連記事その他
(1) 借地契約を合意解約するに当たり,当事者間の合意で,賃借人の建物買取請求権を留保した場合にはこれを行使することができるものの,留保していない場合にはこれを行使することはできません(最高裁昭和29年6月11日判決(裁判所HPにはありません)のほか,不動産流通推進センターHP「借地権の合意解約の場合の建物買取請求権の行方」参照)。
(2) 夫婦その他の親族の間において無償で不動産の使用を許す関係は,主として情義に基づくもので,明確な権利の設定若しくは契約関係の創設として意識されないか,又はせいぜい使用貸借契約を締結する意思によるものにすぎず,無償の地上権のような強力な権利を設定する趣旨でないのが通常です(最高裁昭和47年7月18日判決)。
(3) 建物の賃借人の失火により右建物が全焼してその敷地の使用借権を喪失した賃貸人は,賃借人に対し,右建物の焼失による損害として,焼失時の建物の本体の価格と土地使用に係る経済的利益に相当する額とを請求することができます(最高裁平成6年10月11日判決)。
(4) 以下の記事も参照してください。
・ 宅建業に関するメモ書き
・ 家賃相場・土地価格相場等の情報
・ 私道に関するメモ書き

宅建業に関するメモ書き

目次
1 宅建業者の報酬
2 宅建業者の査定書
2の2 宅建業者の重要事項説明書に関するメモ書き
2の3 契約不適合責任に関するメモ書き
2の4 売主の説明義務に関するメモ書き
2の5 職業的専門家の説明義務に関するメモ書き
3 賃貸マンションに関するメモ書き
3の2 分譲マンションに関するメモ書き
3の3 宅建業者による勧誘に関する規制等
3の4 地区計画,建築協定及び紳士協定
3の5 開発行為に関するメモ書き
3の6 市街地再開発事業及び土地区画整理事業に関するメモ書き
4の1 固定資産税に関するメモ書き
4の2 固定資産評価証明書の閲覧
5 家賃保証
6 住宅セーフティネット制度
7 引越しに関するメモ書き
7の2 オフィスに関するメモ書き
7の3 公衆浴場に関するメモ書き
8 立退料に関するメモ書き
8の2 抵当権に基づく妨害排除請求
8の3 競売不動産価格維持のための保全処分
9 住宅ローンに関するメモ書き
10 表題登記及び所有権保存登記に関するメモ書き
11 旧住所登記と新住所登記
12 安心R住宅制度
12の2 S造,RC造,SRC造及び木造
13 サブリース
13の2 スルガ銀行・シェアハウス事件の被害者救済スキーム
14 廃棄物処理法に関するメモ書き
14の2 家電リサイクル等に関するメモ書き
15 農地法に関するメモ書き
15の2 市街化調整区域に関するメモ書き
16 私力の行使及び刃物携帯の禁止
17 耐震基準等に関するメモ書き
18 排水管に関するメモ書き
18の2 下水道に関するメモ書き
19 空き家に関するメモ書き
20 関連記事その他

1 宅建業者の報酬
(1) 賃貸借の仲介(媒介又は代理)で不動産会社が賃借人から受け取ることができる報酬額は原則として賃料の0.5月分(税抜)だけであって,特に賃借人の承諾がある場合に限り,1月分(税抜)となります(不動産ジャパンHPの「4.仲介・管理を依頼する会社を選ぶ」参照)。
(2) 契約時に「0.5ヵ月分しか支払わない」と伝えた場合,仲介会社が値引きに応じるケースがほとんどらしいです(TERASS HPの「「仲介手数料は原則0.5ヵ月分」判決 家を借りるときの“法律と業界知識”」参照)。
(3) 大阪府HPに「宅地建物取引業者が宅地又は建物の売買等に関して受けることができる報酬の額(建設省告示)」が載っています。
(4)  無免許者が宅地建物取引業を営むために宅地建物取引業者からその名義を借り,当該名義を借りてされた取引による利益を両者で分配する旨の合意は,公序良俗に反し,無効です(最高裁令和3年6月29日判決)。


2 宅建業者の査定書
(1) 宅建業者の査定書の根拠として,宅建業法34条の2第1項2号及び同条2項に言及されることがあります。
(2) 媒介契約について定める宅建業法34条の2第2項は,「宅地建物取引業者は、前項第二号の価額又は評価額(山中注:当該宅地又は建物を売買すべき価額又はその評価額)について意見を述べるときは、その根拠を明らかにしなければならない。」と定めています。
(3) 国土交通省HPの「宅地建物取引業法 法令改正・解釈について」に載ってある「宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方」には「4 媒介価額に関する意見の根拠の明示義務について」の「(1) 意見の根拠について」として以下の記載があります。
    意見の根拠としては、価格査定マニュアル(財団法人不動産流通近代化センターが作成した価格査定マニュアル又はこれに準じた価格査定マニュアル)や、同種の取引事例等他に合理的な説明がつくものであることとする。
    なお、その他次の点にも留意することとする。
① 依頼者に示すべき根拠は、宅地建物取引業者の意見を説明するものであるので、必ずしも依頼者の納得を得ることは要さないが、合理的なものでなければならないこと。
② 根拠の明示は、口頭でも書面を用いてもよいが、書面を用いるときは、不動産の鑑定評価に関する法律に基づく鑑定評価書でないことを明記するとともに、みだりに他の目的に利用することのないよう依頼者に要請すること。
③ 根拠の明示は、法律上の義務であるので、そのために行った価額の査定等に要した費用は、依頼者に請求できないものであること。
(4) 東京地裁平成21年3月24日判決は「不動産取引の媒介業者は媒介価格よりも若干高い額の売出価格を設定する義務を負担しているとはいえない。」と判示しています(三井住友トラスト不動産HPの「宅地建物の売却の媒介における「媒介価額」とは何か」参照)。


2の2 宅建業者の重要事項説明に関するメモ書き
(1) 四日市の弁護士による企業法務HPに「重要事項説明書について」が載っています。
(2) 国土交通省HPに「「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」を策定しました」(令和3年10月8日付)が載っています。
(3)ア みずほ中央法律事務所HPの「【売買契約に関する責任の種類(瑕疵担保・債務不履行・不法行為)】」には「調査や説明義務違反による責任は,売主だけでなく仲介業者も負うことがありあす。」と書いてあります。
イ 東京地裁平成28年3月11日判決(判例秘書に掲載)は以下の判示をしています。
不動産仲介業者は,直接の委託関係はなくても,これら業者の介入に信頼して取引をなすに至った第三者一般に対しても,信義誠実を旨とし,格別に注意する等の業務上の一般的注意義務があると解されるところ,仲介者が負うべき義務は,宅地建物取引業法第35条に定める事項はもちろん,信義則上,買主が売買契約を締結するかどうかを決定づけるような重大な事項について調査し,知り得た事実について説明すべきであるが,宅地建物取引業者は,高度の専門知識や鑑定能力を有するものとは限らないことからすると,売買契約当時,その目的物に瑕疵が存在することを疑わせるような特段の事情がない限りは,瑕疵の存否について積極的に調査するまでの義務はないと解するべきである。

2の3 契約不適合責任に関するメモ書き
(1)ア 数量不適合,権利不適合及び抵当権等が存在した場合における売主の担保責任は,権利行使可能認識時から5年で消滅時効にかかります(月刊不動産HPの「Vol.20 売主の担保責任」参照)。
イ  国土交通省HPに「「物件状況等報告書」記入上のご注意【土地建物・土地用】」が載っています。
(2)ア 契約不適合責任免除の特約が有効と判断されるかどうかのポイントは以下のとおりみたいです(不動産DOJO「売主に重過失があれば契約不適合責任免責を無効にできるか? 」参照)。
① 売主により事前調査がされているか。
② 調査することが容易であったか
③ 売主は買主に対して真摯な対応をしているか
イ 東京地裁平成16年10月28日判決(判例秘書に掲載)は,隣人と共有共用の配水管及び浄化槽が地中に埋設されていた土地の売買において,瑕疵担保責任を限定する特約を排除して売主の瑕疵担保責任が肯定された事例です。
ウ みずほ中央法律事務所HPに「【瑕疵担保責任免除特約の有効性】」が載っています。
(3) 売買契約の当事者間において目的物がどのような品質・性能を有することが予定されていたかについては,売買契約締結当時の取引観念をしんしゃくして判断されます(最高裁平成22年6月1日判決)。

2の4 売主の説明義務に関するメモ書き
(1) 石川県宅建業協会HP「売主・媒介業者から見た不動産売買における契約不適合責任等の留意点と予防策」が載っています。
(2) 東京地裁平成28年3月11日判決は(判例秘書に掲載)は以下の判示をしています。
不動産売買における売主は,その売買の当時,購入希望者に重大な不利益をもたらすおそれがあり,その契約締結の可否の判断に影響を及ぼすことが予想される事項を認識していた場合には,売主は,売買契約に付随する信義則上の義務として,購入希望者に対して当該事項について説明すべき義務があるというべきである。


2の5 職業的専門家の説明義務に関するメモ書き
・ 最高裁令和2年3月6日判決の裁判官草野耕一の意見には以下の記載があります(改行を追加しています。)。
 職業的専門家は社会にとって有用な存在であり,その有用性は社会の複雑化と社会生活を営む上で必要とされる情報の高度化が進むほど高まるものである。そうである以上,専門的知見を依頼者以外の者に対して提供することを怠ったことを理由として職業的専門家が法的責任を負うことは特段の事情がない限り否定されてしかるべきである。
   なぜなら,職業的専門家が同人からの知見の提供を求めている者に遭遇した場合において,たとえその者が依頼者でなくとも当該職業的専門家は知見の提供をしなければならないという義務が肯定されるとすれば,知見を求める人々の側においてはわざわざ報酬を支払って依頼者となろうとする必要性が消失し,その結果として,職業的専門家の側においては安定した生活基盤の形成が困難となってしまうからである。
   のみならず,職業的専門家が依頼者に提供する役務の質を向上させるためには職業的専門家と依頼者の間において高度な信頼関係が形成されることが必要であるところ,それを達成するためには職業的専門家は依頼事項に関して依頼者の同意を得ずに依頼者以外の者に対して助言することはないという行動原理が尊重されなければならず,この点からも職業的専門家が依頼者以外の者に対して知見の提供を怠ったことを理由として法的責任を負うことは否定されてしかるべきである。

3 賃貸マンションに関するメモ書き
(1)ア 賃貸マンションの経営側の視点については,土地活用のいろはHP「土地活用でアパート経営をするべき人と失敗しない為の全知識」が参考になります。土地活用について,4つのタイプと17種類の活用方法に関する表が非常にまとまっています。
イ データとしては,株式会社LIFULL(ライフル)HP「不動産投資」(例えば,全国の不動産投資物件を掲載している「収益物件を検索する」,賃貸用住宅の空室率を掲載している「見える賃貸住宅」)が参考になります。
(2) 健美家HP「ワンルームに住む平均年齢91歳夫婦の滞納事件。強制執行はできるか?できないか。」には,「夫婦は娘の遺影だけを抱え、着の身着のままで部屋を後にした。残念ながら滞納額も残置物の処分費用も、家主負担しかない。」と書いてあります。
(3)  適法な転貸借関係が存在する場合,賃貸人が賃料の不払を理由として賃貸借契約を解除するには,特段の事情のない限り,転借人に通知等をして賃料の代払の機会を与えなければならないものではありません(最高裁平成6年7月18日判決)。
(4)ア 家屋賃貸借契約において、一箇月分の賃料の遅滞を理由に催告なしで契約を解除することができる旨を定めた特約条項は、賃料の遅滞を理由に当該契約を解除するにあたり、催告をしなくても不合理とは認められない事情が存する場合には、催告なしで解除権を行使することが許される旨を定めた約定として有効となります(最高裁昭和43年11月21日判決)。
イ 賃貸住宅に係る賃料債務等の保証委託及び連帯保証に関する契約書中の、賃料等の不払があるときに連帯保証人が無催告にて賃貸借契約を解除することができる旨を定める条項の消費者契約法10条に規定する消費者契約の条項に当たります(最高裁令和4年12月12日判決)。
(5) 令和3年6月15日,賃貸住宅の管理業務等の適正化に関する法律に基づく賃貸住宅管理業の登録制度が開始しました。


3の2 分譲マンションに関するメモ書き
(1)  東弁リブラ2017年12月号「マンション管理の諸問題」は,以下のテーマを扱っています。
① マンション管理の現代的課題と弁護士の関与
② マンション第三者管理について
③ マンションの被災と復興のための制度
(2) 国立国会図書館HPレファレンス平成29年6月号に「マンション老朽化への対応に向けた課題」が載っています。
(3) オウチーノニュース「年代別のマンショントレンド ― 設備、仕様の変化をプロが解説」が載っています。
(4)ア 管理人は超~つらいよHP「マンション管理人とは?何者なんでしょうか?」が載っています。
イ 現代ビジネスHP「いま日本中で急増している「マンション管理人失踪」という異常事態」(平成29年7月10日付)が載っています。
(5)  マンション建替事業の施行者がマンションの建替え等の円滑化に関する法律76条3項に基づく補償金の供託義務を負う場合において、上記補償金の支払請求権に対する差押えの競合が生じたときは、上記施行者は同項及び民事執行法156条2項を根拠法条とする混合供託をしなければなりません(最高裁令和4年10月6日判決)。

3の3 宅建業者による勧誘に関する規制等
(1)   平成23年10月1日,宅建業者が,契約の締結の勧誘をするに際し,以下の行為をすることが禁止されるようになりました(国土交通省HPの「国土交通省から消費者の皆さんへのお知らせ・注意喚起(マンションの悪質勧誘・訪問、アンケート調査等)」参照)。
① 勧誘に先立って宅地建物取引業者の商号又は名称,勧誘を行う者の氏名、勧誘をする目的である旨を告げずに,勧誘を行う行為(宅建業法施行規則16条の12第1号のハ)
② 相手方が契約を締結しない旨の意思(勧誘を引き続き受けることを希望しない旨の意思を含む。)を表示したにもかかわらず、勧誘を継続する行為(宅建業法施行規則16条の12第1号の二)
③ 迷惑を覚えさせるような時間の電話又は訪問する行為(宅建業法施行規則16条の12第1号のホ)
(2) 消費者トラブルネット!HP「威迫(脅迫)で勧誘する宅建業者に対する行政処分申出書の記載例」が載っています。
(3) 宅地建物取引業者に対する知事の免許の付与ないし更新が宅地建物取引業法所定の免許基準に適合しない場合であっても,知事の右行為は,右業者の不正な行為により損害を被った取引関係者に対する関係において直ちに国家賠償法1条1項にいう違法な行為に当たるものではありません(最高裁平成元年11月24日判決)。


3の4 地区計画,建築協定及び紳士協定
(1)ア 都市計画は都市全体の計画を定めるものであるのに対し,地区計画は地区レベルの計画を定めるものです。
イ 地区計画は以下の二つからなります(国土交通省HPの「地区のルールを決める話」参照)。
① 地区計画の方針
・ 地区の目標,将来像を示すものです。
② 地区整備計画
・ 生活道路の配置,建築物の建て方のルール等を具体的に定めるものです。
ウ 届出に係る行為が地区計画に適合していない場合,設計の変更その他の必要な措置をとることを勧告されますし,適合していない事項が建築基準法68条の2に基づき条例化されている部分である場合,建築確認の審査が通りませんし(横浜市HPの「地区計画の区域内における行為の届出制度」参照)。
エ 地区計画に適合していない場合,開発行為(建築物の建築等を目的とする土地の区画形質の変更)に対する開発許可もおりません(都市計画法33条1項5号イ)。
(2)ア 建築協定(建築基準法69条ないし77条)は,住民が自主的に建築物に関する協定内容を定め,それに賛成する者全員が合意して締結するものです。
イ 建築協定書を市町村に提出し,市町村長が認可すれば,建築協定を締結した土地が売却等され,別の人が権利を取得たい場合でも,建築協定の内容が引き継がれることになります(横浜市HPの「建築協定とは」参照)。
(3) 紳士協定は,あくまでも住民同士の申し合わせ事項に過ぎないため,内容について遵守すべき拘束力はなく,強制力はありません(イクラ不動産HPの「地区計画・建築協定・紳士協定の違いについてわかりやすくまとめた」参照)。

3の5 開発行為に関するメモ書き
(1) 「土地の区画形質の変更」は,宅地造成だけでなく,道路の新設などを伴う土地区画の変更,農地から宅地への変更などを含む広い概念です(みずほ不動産販売HPの「土地の区画形質の変更」参照)。
(2) 対象の土地が農地である場合,農地転用と開発行為のいずれもが許可見込みとなることを関連部署に確認した上で,同時に申請して同時に許可を受けなければなりません(農地転用手続代行HPの「農地転用許可と開発行為許可の関係と費用」参照)。
(3) 開発行為はあくまでも「土地の区画形質の変更」であって,建物については考慮しないところ,開発許可を取得してから開発工事を完了した後に建築確認を申請することになります(わかった不動産HPの「開発許可を取得するときには、建築確認を受けなくてもよいか?」参照)。

3の6 市街地再開発事業及び土地区画整理事業に関するメモ書き
1 ①都市再開発法に基づく市街地再開発事業は,細分化された土地を共同利用し,地区を高層ビルや高層マンションに建て替える事業であるのに対し,②土地区画整理法に基づく土地区画整理事業は,バラバラになっている土地を整理して,きれいな区画をした市街地を平面的に作り直すという事業です。
2 市街地再開発事業には,土地の買収をしない権利変換方式による第1種市街地再開発事業,及び買収方式による第2種市街地再開発事業があります。
3 地価の高い都市の中心市街地には狭小な敷地に様々な権利者が存在しており,土地の持分を減らす土地区画整理事業を押し進めるのは困難でしたから,昭和36年に防災建築街区造成法及び市街地改造法が制定され,昭和44年にこれらを一つにまとめて都市再開発法が制定されました(イクラ不動産HPの「市街地再開発事業とはなにかわかりやすくまとめた」参照)。
4 令和6年2月15日時点で,公益社団法人街づくり区画整理協会は以下の図書を出版しています(同協会HPの「出版図書」参照)。
① 土地区画整理必携(令和5年度版)
② 土地区画整理事業実務標準(改訂版)-第6版-
③ 土地区画整理法逐条解釈(第10版)
④ 土地区画整理事業調査設計費積算資料(改訂版補正6刷)
⑤ 土地区画整理事業実務問答集(第4版)
⑥ 土地区画整理事業移転補償実務マニュアル(第9版)
⑦ 区画整理土地評価基準(案)(改訂版)
⑧ 土地区画整理事業・市街地再開発事業一体的施行実務ガイドマニュアル

4の1 固定資産税に関するメモ書き
(1) 総論
・ 固定資産税がかかる固定資産としては以下のものがあります(総務省HPの「固定資産税」参照)。
① 土地
・ 田,畑,住宅地,池沼(ちしょう),鉱泉地(例えば,温泉),牧場,原野等の土地です。
② 家屋
・ 住宅,お店,工場(発電所及び変電所を含む),倉庫等の建物のことです。
③ 償却資産
・ 土地及び家屋以外の事業の用に供することができる資産のことであって,例えば,会社等が所有する構築物(例えば,広告塔及びフェンス),飛行機,船,車両,運搬具(例えば,鉄道及びトロッコ),備品(例えば,パソコン及び工具)があります。
(2) 固定資産税の計算
ア 固定資産評価額は固定資産評価基準により算出されますところ,土地及び建物については3年ごとに評価替えが行われ,償却資産については毎年評価替えが行われます。
イ(ア) 固定資産評価にもとづき,賦課期日(毎年1月1日)の資産価格を決定し,これが課税標準額となります。
(イ) 200㎡以下の住宅用地の場合,課税標準額が固定資産評価の6分の1となり,200㎡を超える住宅用地の場合,超えた部分の課税標準額が固定資産評価の3分の1となります。
ウ(ア) 固定資産課税標準額に1.4%の税率をかけたものが固定資産税額となります。
(イ) 令和4年6月31日までの間に新築された住宅が一般住宅又は長期優良住宅に該当する場合,固定資産税の税率が半分になります。
(3) パソコン等にかかる固定資産税
・ パソコン等の課税標準額の合計が150万円以上となった場合,1.4%の固定資産税が毎年,発生することになります(創業融資に強い新宿税理士事務所HP「パソコン(PC)を買っただけで固定資産税がかかる!新宿の税理士が解説」参照)。
(4) その他
・  真実は不動産の所有者でない者が,登記簿上その所有者として登記されているために,右不動産に対する固定資産税を課せられ,これを納付した場合には,右所有名義人は,真の所有者に対し,不当利得として,右納付税額に相当する金員の返還を請求することができます(最高裁昭和47年1月25日判決)。
・ 固定資産課税台帳に登録された基準年度に係る賦課期日における土地の価格が同期日における当該土地の客観的な交換価値を上回る場合には,上記価格の決定は違法となります(最高裁平成15年6月26日判決)。
・ 家屋の評価の誤りに基づきある年度の固定資産税及び都市計画税の税額が過大に決定されたことによる損害賠償請求権に係る民法724条後段所定の除斥期間は,当該年度の固定資産税等に係る賦課決定がされ所有者に納税通知書が交付された時から進行します(最高裁令和2年3月24日判決)。

4の2 固定資産評価証明書の閲覧
(1) 平成15年4月1日以降,借地人及び借家人は,地方税法382条の3・地方税法施行令52条の15に基づき,本人確認資料のほか,賃貸借関係を証明できる書類(例えば,賃貸借契約書及び賃料の領収書等の原本)を持参すれば,固定資産評価証明書を取得できますし,固定資産課税台帳を閲覧できます(東京都主税局HPの「証明・閲覧」,大阪市HPの「法人の請求や代理人が請求される場合」参照)。
(2)   平成13年当時の固定資産税における情報開示については,「地方税における資産課税のあり方に関する調査研究中間報告書」(平成13年10月作成)が詳しいです。

5 家賃保証
(1) いわゆる家賃保証には,入居者向けのものとして①入居者の滞納保証があり,賃貸物件オーナー向けのものとして②サブリース及び③空室保証があります(一般社団法人全国賃貸経営補償機構(全賃機構)HPの「家賃保証とサブリース,空室保証の違いは?」参照)。
(2) 平成29年10月25日,家賃債務保証の業務の適正化を図るために,国土交通省の告示による家賃債務保証業者の登録制度が開始しました(国土交通省HPの「家賃債務保証業者登録制度」参照)。
(3) ライフルホームズプレスHP「家賃債務保証業者登録制度が2017年10月スタート。その登録基準やルールは?」が載っています。


6 住宅セーフティネット制度
・ 平成29年4月に公布された住宅セーフティネット法(正式名称は「住宅確保要配慮者に対する賃貸住宅の供給の促進に関する法律 」です。)の改正法が同年10月25日に施行され,高齢者,低額所得者,子育て世帯等の住宅確保要配慮者の入居を拒まない賃貸住宅の登録制度など,民間賃貸住宅や空き家を活用した「新たな住宅セーフティネット制度」が本格的に始まりました(国土交通省HPの「住宅セーフティネット制度について」参照)。

7 引越しに関するメモ書き
(1) 引越ライフHP「初めての引越しでも迷わない|引越し完了までの手順を9ステップで解説!」が載っています。
(2) おいくらHP「おいくら買取価格相場」が載っています。
(3) 白物家電ブログ「値引きのコツ」一覧が載っています。
(4) 一人暮らしでピザ,弁当,寿司,カレー等の出前を取る場合,出前館楽天デリバリー等が便利です。


7の2 オフィスに関するメモ書き
(1) IBOSHOに「オフィスにおいての適度な一人当たり面積とは?業種による違いも紹介」が載っています。
(2) 法律事務所開業・移転NAVI「坪数で見る」によれば,法律事務所レイアウトイメージとして,ネット面積10坪で弁護士1名・事務員1名・面談室1室であり,ネット面積15坪で弁護士2名・事務員2名・面談室1室であり,ネット面積25坪で弁護士3名・事務員2名・面談室2室であり,ネット面積27坪で弁護士4名・事務員2名・面談室3室となっています。
(3) 全国住宅産業協会HP「賃貸住宅における「共益費」のあり方に関する研究 報告書」が載っていますところ,同報告書によると「共益費(※)として収受している項目」,つまり,共益費の使い道で多いものは以下のとおりです(suumoの「賃貸の管理費・共益費って何に使われてるの?消費税はかかる?」参照)。
・共用電気料 78%
・共用灯保守・交換料 69%
・共用水道料 64%
・ゴミ置場清掃費 57%
・定期清掃費 56%
(4) ビルオーナーが賃料以外に請求できる費用としては,水道光熱費,清掃費,ゴミの処理費,設備使用料(例えば,付帯看板及び駐車場の使用料),消火器点検費及び空調設備の時間外使用費があります(タイズホームHP「『ビルオーナーが賃料以外に請求できる費用について』」参照)。
(5) 大家の味方HPに不動産投資・空室対策・リフォーム・火災保険・法人保険・バイク駐車場・トランクルーム・節税・家族信託・相続対策のことが書いてあります。


7の3 公衆浴場に関するメモ書き
(1)ア 公衆浴場法2条2項後段の,「公衆浴場の設置場所が配置の適正を欠くと認められる場合には、都道府県知事は公衆浴場の経営を許可しないことができる」旨の規定は,憲法22条に違反しません(最高裁平成元年3月7日判決。なお,先例として,最高裁大法廷昭和30年1月26日判決,最高裁昭和32年6月25日判決,最高裁昭和35年2月11日判決,最高裁昭和37年1月19日判決,最高裁昭和41年6月16日判決,最高裁昭和47年5月19日判決参照)。
イ 刑事事件に関する最高裁平成元年1月20日判決も公衆浴場法2条2項は憲法22条1項に違反しないと判示しています。
(2) 衆議院議員初鹿明博君提出入れ墨がある人の公衆浴場での入浴に関する質問に対する答弁書(平成29年2月21日付)は以下のとおりです。
     御質問は、入れ墨がある者(以下「対象者」という。)が入れ墨があることのみをもって、公衆浴場法(昭和二十三年法律第百三十九号)第四条に規定する伝染性の疾病にかかっている者と認められる者(以下「り患者」という。)に該当するか否か、又は入れ墨があることのみをもって、対象者による公衆浴場における入浴が同法第五条第一項に規定する浴槽内を著しく不潔にし、その他公衆衛生に害を及ぼすおそれのある行為に該当するか否かというものであると考えるところ、入れ墨があることのみをもって、対象者がり患者に該当し、又は当該入浴が当該行為に該当すると解することは困難である。

8 立退料に関するメモ書き
(1) 賃貸管理を増やすHP「オーナーの7つのリスク 立ち退き料編」によれば,賃貸人の7つのリスクは,①空室,②値下がり,③未回収損の発生,④運営費の増加,⑤天災地変への遭遇,⑥事件に巻き込まれる,⑦高額の立退料(家賃の10か月分ぐらい。)となっています。
(2) 立退料の内訳は,住居用の場合と事業用の場合とで異なります(いえらぶCLOUD「老朽化した建物の修繕だけど、立退料を支払う必要はあるの?」(2019年5月22日付))。
(3) ベリーベスト法律事務所の法律情報サイトであるリーガルモール「不動産の立退きにあたって押さえておくべき8つの知識」が載っています。


8の2 抵当権に基づく妨害排除請求
(1) 第三者が抵当不動産を不法占有することにより、競売手続の進行が害され適正な価額よりも売却価額が下落するおそれがあるなど、抵当不動産の交換価値の実現が妨げられ抵当権者の優先弁済請求権の行使が困難となるような状態があるときは、抵当権者は、抵当不動産の所有者に対して有する右状態を是正し抵当不動産を適切に維持又は保存するよう求める請求権を保全するため、所有者の不法占有者に対する妨害排除請求権を代位行使することができます(最高裁大法廷平成11年11月24日判決)。
(2) 抵当不動産の所有者から占有権原の設定を受けてこれを占有する者であっても,抵当権設定登記後に占有権原の設定を受けたものであり,その設定に抵当権の実行としての競売手続を妨害する目的が認められ,その占有により抵当不動産の交換価値の実現が妨げられて抵当権者の優先弁済請求権の行使が困難となるような状態があるときは,抵当権者は,当該占有者に対し,抵当権に基づく妨害排除請求として,上記状態の排除を求めることができます(最高裁平成17年3月10日判決)。
(3) 弁護士法人白濱法律事務所HP「抵当権に基づく妨害排除請求」には「売却のための保全処分(民事執行法第188条、同法第55条1項)を利用すれば、判決によらず簡易な手続で済む上、執行官保管の命令を受ければ抵当権者で抵当不動産を管理する必要はありません。」と書いてあります。

8の3 競売不動産価格維持のための保全処分
・ 不動産が差し押えられても,執行債務者は所有者としてそれを使用・収益することができる(民事執行法46条2項参照)ものの,債権者が差押えにより把握した交換価値は基本的に維持されなければなりませんから。競売不動産価格維持のための保全処分としては以下のものがあります(関西大学法学部名誉教授・栗田隆HP「2006年度民事執行・保全法講義」参照)。
(競売開始決定前)
① 担保不動産競売の開始決定前の保全処分(民事執行法187条)
(競売開始決定後)
② 売却のための保全処分(民事執行法55条及び55条の2)
③ 買受の申出をした差押債権者のための保全処分(民事執行法68条の2)
(最高価買受申出人の選定後)
④ 最高価買受申出人等のための保全処分(民事執行法77条)

9 住宅ローンに関するメモ書き
(1) ナビナビHPに「住宅ローンの特典を9行の金融機関で比較!あなたにぴったりのサービスが見つかる」が載っています(取り上げられている金融機関は,auじぶん銀行,新生銀行,ARUHI(アルヒ),住信SBIネット銀行,ソニー銀行,イオン銀行,三菱UFJ銀行,みずほ銀行及び三井住友信託銀行です。)。
(2) 出産時1年間の金利優遇があるのは三菱UFJ銀行及び三井住友信託銀行だけです。

10 表題登記及び所有権保存登記に関するメモ書き
(1) 住宅用家屋として登録免許税の軽減措置を受けるために必要となる住宅用家屋証明書は,建物表題登記を行った後に市町村の役所で入手できますところ,発行にかかる手数料は1300円です(いえーる住宅研究所HPの「所有権保存登記とは|費用・必要書類、自分で申請する方法も徹底解説」参照)。
(2) 土地家屋調査士事務所ランドテックHPに「建物の表示に関する登記の所有権証明書(具体例)」が載っています。
(3)ア 自分で登記.comに「不動産登記費用の相場について教えてください。」が載っています。
イ 土地家屋調査士の費用は,①調査業務,②測量業務,③申請手続及び④書類作成業務からなります(土地家屋調査士法3条1項のほか,土地家屋調査士法人えん公式ブログの「建物表題登記の費用はどれくらいかかるの?専門家への依頼でお得に」参照)。
(4) 工事請負業者(ハウスメーカー),売主業者によっては,代金の支払いを受けなければ,表題登記に必要な工事完了引渡証明書を出さないという業者もあり,その場合には,金融機関が,建物登記が完了するまでの間(2週間程度)抵当権設定登記を申請できない状態のリスクを負うことになります(土地家屋調査士法人えん公式ブログの「新築一戸建の建物表題登記の申請できるタイミングについてまとめ」参照)。

11 旧住所登記と新住所登記
(1) 現在住んでいる物件の住所で登記する場合を「旧住所登記」,購入する物件の住所で登記する場合を「新住所登記」といいますところ,
    旧住所登記の場合,メリットは「残金決済までの手続が比較的楽」であり,デメリットは①後で住所変更登記が必要になること,②住宅用家屋証明書の必要書類が多くなること,及び③銀行への住民票の提出が再度必要になることであり,
    新住所登記の場合,メリットは「残金決済後の手続が比較的楽」であり,デメリットは①嘘をつくことになること,②役所からの書類が届かない可能性があること,及び③時間の余裕がないです(マイホーム登記情報館HPの「旧住所!?新住所!?マイホーム購入の際の登記の住所について徹底解説!」参照)。
(2) あべんちのマイホームブログの「新築⇒引き渡し前の住所変更【タイミングと注意点】」には,建物表題登記を住所変更前の「旧住所」で行っていい理由として以下の記載があるほか,役所からの確認書類を受領できるようにするため,氏名及び住所を表記した簡易的なポストを必ず設置しておきましょうと書いてあります。
     建物表題登記には所有者の住所や氏名も記載されます。
     旧住所で登記した場合でも引渡時の所有権保存登記で「新旧の移動がわかる住民票」を添付して登記することで書き換えられる仕組みだからです。
(3) ゆめ部長の真っ直ぐ不動産仲介HP「新住所登記・旧住所登記をわかりやすく解説!」には以下の記載があります。
    新築一戸建てを購入した場合、表題部は「旧住所」で登記を行い、権利部(甲区・乙区)は「新住所」で行うことが多いです。理由は、日程がカツカツになること・表題部は売却時に住所変更が必要ないことの2つです。新住所登記をしても、表題部には昔住んでいた住所が残ってしまうため、もし「○○社宅」という名称を残したくない場合は不動産屋さんに相談してみてください。
(4) 住宅ローン控除のため耐震補強工事を行う場合,入居開始までに改修工事を実施し耐震基準適合証明書を取得する必要があるりますところ,新住所登記をしてしまうとこの制度の対象外となりますから,住宅ローン控除は受けられなくなります(不動産売買の説明書HPの「新住所登記と旧住所登記のメリット・デメリットをプロがわかりやすく解説!」参照)。

12 安心R住宅制度
・ 平成29年12月1日,既存住宅の流通促進に向けて,「不安」「汚い」「わからない」といった従来のいわゆる「中古住宅」のマイナスイメージを払拭し,「住みたい」「買いたい」既存住宅を選択できる環境の整備を図るため,国土交通省の告示による「安心R住宅」制度(特定既存住宅情報提供事業者団体登録制度)が開始しました(国土交通省HPの「安心R住宅」参照)。

12の2 S造,RC造,SRC造及び木造
(1) RENOSYマガジンの「RC造、S造、SRC造、木造とは? 構造別のメリット・デメリットや選び方」には以下の記載があります。
建物の構造は、大きく分けると、S造(鉄骨造)、RC造(鉄筋コンクリート造)、SRC造(鉄骨鉄筋コンクリート造)、木造の4種類があります。それぞれ「えす(ぞう)」「あーるしー(ぞう)」「えすあーるしー(ぞう)」「もくぞう」とよびます。
簡単にそれぞれの特徴を以下に説明します。
・ S造:軽くて柔らかい。大空間に向いている。
・ RC造:重くて硬い。耐火性、耐久性、遮音性に優れている。
・ SRC造:SとRC両方の特徴を持つ。建設コストは髙い
・ 木造:小さい建物に向いている。小規模であればS造、RC造と比べて建設コストは安い
(2) 公益社団法人日本建築士会連合会HP「知ってほしい建築を支える専門工事業 第3回 鉄筋工事業」に「RCとは Reinforced Concreteの略で、直訳すると「補強された
コンクリート」です。」と書いてあります。

13 サブリース
(1)ア サブリースについては,独立行政法人国民生活センターHP「不動産サブリース問題の現状」(建築提携型サブリース及び購入勧誘型サブリースがあります。),不動産投資ユニバーシティHP「収益物件のサブリースは全く意味がない」が参考になります。
イ ドットHPの「古賀茂明「業者から紹介料を取り、アパート融資で顧客をカモる悪徳銀行」」によれば,賃貸アパート向けの融資で,一部の大手地銀が顧客を建築業者に紹介する見返りに手数料(アパート建築請負金額の0.5%~3%)を受け取っているそうです。
(2) 物件を管理会社に委託する場合の管理委託契約の形態としては,①一般管理契約(「管理受託契約」ともいいます。)及び②一括借上管理契約(=サブリース契約)があります(リプロスHPの「Q&A」,国民生活センターHPの「不動産サブリースのしくみ-管理・原契約を中心に-」参照)。
(3) 日弁連は,平成30年2月15日,サブリースを前提とするアパート等の建設勧誘の際の規制強化を求める意見書を取りまとめました。
(4) 国土交通省HPの「『サブリース住宅原賃貸借標準契約書』について」に,サブリース住宅原賃貸借標準契約書が載っています。
(5) 金融庁HPに「アパート等のサブリースに関連する注意喚起について」(平成30年10月26日付)が載っています。
(6)ア 令和2年12月15日以降,サブリースに関しては,賃貸住宅の管理業務等の適正化に関する法律に基づく規制がなされています。
イ 国土交通省HPに「賃貸住宅管理業法ポータルサイト」が載っています。

13の2 スルガ銀行・シェアハウス事件の被害者救済スキーム
(1)ア NBL 1178号(2020年9月15日付)に「スルガ銀行・シェアハウス事件の被害者救済スキーム 全面解決への経緯報告<レポート>」(筆者はさくら共同法律事務所河合弘之弁護士スルガ銀行・スマートデイズ被害弁護団団長)です。)が載っていますところ,これによれば,令和2年3月25日,スルガ銀行・スマートデイズ被害弁護団はスルガ銀行との間で,以下の和解をしたそうです。
① スルガ銀行から融資を受けてシェアハウスを購入した者は当該不動産を手放す。
② スルガ銀行は全ての貸付債権を消滅させる。
イ NBL 1178号・61頁には,債務免除益課税を回避したスキームとして以下の記載があります。
スルガ銀行第二次弁護団は国税庁と多数回交渉した。その結果出た結論は、
① スルガ銀行は異常に高額な不動産を購入させるという不法行為を被害者に対してした。その損害額は融資額と当該シェアハウスの時価である。(山中注:「時価」ではなく,「時価の差額」と思います。)
② その損害賠償債務と借入金残債務を相殺する。
③ その結果残る債務(当該シェアハウス時価と同額)と当該シェアハウスを代物弁済とする。
というスキームであった。
上記スキームの①と②は「損害賠償については課税しない」という課税実務上の原則を利用したものである。③の代物弁済は等価交換だから免除益は発生しない。
国税庁は本件事件において被害者は気の毒なので課税はできない、しかし、従来の課税の実務や法令解釈は変えるわけにはいかない、ということで苦肉の策を講じてくれたのだ。
ウ 所得税法9条1項17号は,「損害賠償金(これらに類するものを含む。)で、心身に加えられた損害又は突発的な事故により資産に加えられた損害に基因して取得するものその他の政令で定めるもの」を非課税所得としています。
(2)ア 現代ビジネスHPに「スルガ銀行「かぼちゃの馬車」事件、借金帳消しは甘すぎやしないか」(2020年4月5日付)が載っています。
イ 証券取引法42条の2第1項3号が,平成3年法律第96号による同法の改正前に締結された損失保証や特別の利益の提供を内容とする契約に基づいてその履行を請求する場合を含め,顧客等に対する損失補てんや利益追加のための財産上の利益の提供を禁止していることは,憲法29条に違反しません(最高裁平成15年4月18日判決)。

14 廃棄物処理法に関するメモ書き
(1) 総論

・ 廃棄物処理法は,正式名称を廃棄物の処理及び清掃に関する法律といい,廃棄物の排出を抑制しつつ,発生した廃棄物をリサイクル等の適正な処理を行うことで,人々の生活環境を守ることを目的に作られました(e-reverse.com「廃棄物処理法とは|概要・罰則についてわかりやすく解説」参照)。
(2) 自分の土地への産業廃棄物の投棄は禁止されていること
・ 株式会社山本清掃HPの「自分の土地に産業廃棄物は捨てていいのか?」には以下の記載があります(改行を追加しています。)。
平成9年まで、設置許可が必要な処理場は管理型で1,000㎡以上、安定型で3,000㎡以上と定められていました。
処理基準を満たす必要はあったものの、1,000㎡未満なら設置許可がない土地でも埋め立てすることは合法でした。
ところが行政の目が行き届かず、不法投棄する行為が増加したため、以下の法律によって現在は規制されています。
・法第15条:産業廃棄物の最終処分場を設置する場合、設置前に都道府県知事の許可を受けなければいけない
・法第16条:何人も、正当な理由なく廃棄物を捨ててはいけない
上記の法律によって、自分の土地でも許可が必要となり、たとえ小さな埋立地でも投棄することは違反です。また、埋めずに放置するだけの場合でも「廃棄した」と判断され、不法投棄となるため要注意です。

(3) 地中埋設物としての産業廃棄物
ア MIZUNO HPの「【話題の埋立廃棄物】意外と多い!購入した土地から“廃棄物交じり土“が出てくる」には以下の記載があります。
「土地を掘り返したら廃棄物が出てきた」と聞けば、過去に不法投棄があったのか?と考えてしまいますね。確かに、不法投棄の現場を掘り起こすという可能性もなくはないでしょう。しかし、もっと高確率で遭遇するのは法整備前には合法だった“埋立現場”です。
どういうことかと言いますと、廃棄物を埋め立てる最終処分場を設置する場合には、どんなに小さくてでも設置許可を必要とします。しかしこれは、平成9年に廃棄物処理法が改正されてからのルールです。意外と最近のことです。

実は改正前は、安定型処分場で3000㎡以上、管理型処分場で1000㎡以上が設置許可の対象でした。裏を返せば、これ以下の規模だったら、許可が要らないため、勝手に埋立が出来てしまったのです。
イ 素人さんの為の不動産学校ブログ「地中に産廃が埋設されている土地の売買(No. 2543)」には以下の記載があります。
 昭和の時代は、当たり前に、田んぼにゴミやガラなどを埋めて土をかぶせてあるような土地が多く・・・。
 今回は、農地ですが・・・、昭和40年代~60年代ぐらいに埋め立てがされた雑種地などは、半分以上の確率で、コンクリートガラや、アスファルト、瓦、木材、外壁材、石など、何らか埋まっている土地です。
ウ 地中埋設物の調査方法としては,地歴調査,地中レーダー調査及びボーリング調査があります(スマイティHPの「地中埋設物がある土地の売却でトラブルに?調査方法や撤去費用について解説」参照)。
(3) 廃棄物処理法に関する判例
ア 廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行令2条4号にいう「不要物」とは,自ら利用し又は他人に有償で譲渡することができないために事業者にとって不要となった物をいい,これに該当するか否かは,その物の性状,排出の状況,通常の取扱い形態,取引価値の有無及び事業者の意思等を総合的に勘案して決することとなっています(最高裁平成11年3月10日決定)。
イ  工場から排出された産業廃棄物を,同工場敷地内に掘られた穴に投入して埋め立てることを前提に,その穴のわきに野積みした行為は,廃棄物の処理及び清掃に関する法律16条違反の罪に当たります(最高裁平成18年2月20日決定)。
ウ  一般廃棄物収集運搬行の許可を受けた業者が,一般廃棄物たるし尿を含む汚泥と産業廃棄物たる汚泥を混合させた廃棄物を,一般廃棄物と装って市のし尿処理施設の受入口から投入した行為は,その混合物全量について,廃棄物の処理及び清掃に関する法律16条違反の罪に当たります(最高裁平成18年2月28日決定)。
エ 最高裁平成26年7月29日判決は,産業廃棄物の最終処分場の周辺住民が産業廃棄物処分業及び特別管理産業廃棄物処分業の許可処分の無効確認訴訟並びに上記各処分業の許可更新処分の取消訴訟の原告適格を有するとされた事例です。
(4) 残置物の処理等に関するモデル契約条項
・ 国土交通省HPの「残置物の処理等に関するモデル契約条項」には以下の記載があります。
 近時、高齢者の単身世帯が増加している中、民間賃貸住宅等においては、相続人の有無や所在が明らかでない単身者が死亡した際の賃貸借契約の解除や居室内に残された動産(残置物)の処理への不安感から、高齢者の入居の申込みを賃貸人が拒否することがあります。
 このような不安感を払拭し、単身の高齢者の居住の安定確保を図る観点から、単身の高齢者が死亡した際に契約関係及び残置物を円滑に処理できるように、今般、国土交通省及び法務省において、賃借人と受任者との間で締結する賃貸借契約の解除及び残置物の処理を内容とした死後事務委任契約等に係る「残置物の処理等に関するモデル契約条項」を策定しました。
 モデル契約条項は、その使用が法令で義務づけられているものではありませんが、モデル契約条項を利用することにより、合理的な死後事務委任契約等が締結され、ひいては、単身の高齢者の居住の安定確保が図られることを期待し、広く普及に努めています。
(5) その他
・ 大阪市HPに「品目別収集区分一覧表(50音順)」が載っています。

14の2 家電リサイクル等に関するメモ書き
(1) 平成25年4月1日に小型家電リサイクル法が施行され,一部の家電量販店などでもパソコンの回収を行うようになりました(パソコン3R推進協会HP「小型家電リサイクル法によるパソコンの回収」参照)。
(2) リネットジャパンHPに「パソコンのデータ消去について」及び「携帯電話・スマートフォンのデータ消去について」が載っていますところ,同社の「おまかせ安心データ消去サービス」を利用すれば,1台3300円でデータを消去してくれるみたいです。
(3) 株式会社オーミヤHP「RoHS指令(ローズ指令)とは?誰でも分かるRoHS【2022年最新版】」には以下の記載があります。
RoHSとは「Restriction of the use of certain Hazardous Substances in electrical and electronic equipment」の略称。
日本語で直訳すると、Restriction of the use of certain = 「使用制限」。Hazardous Substances = 「有害な物質」。In elextrical and electronic equipment = 「電気・電子機器の中の」となり、「電気・電子機器における特定有害物質の使用制限」のこととなります。
翻訳からもわかる通り、日本で考えられたものではないため、日本と同等に適切な処分、リサイクルが進んでいれば、そこまで厳しい制限が必要かという物質の制限も多く見られます。


15 農地法に関するメモ書き
(1) 農地転用許可制度の合憲性
・ 農地法4条1項は,農地を農地以外のものにするには,原則として都道府県知事等の許可を受けなければならないとし,農地法5条1項は,農地以外のものにするため農地について権利を設定し,移転するには,原則として都道府県知事等の許可を受けなければならないとしていますところ,これらの定めは憲法29条に違反しません(最高裁平成14年4月5日判決)。
(2) 農地の売買
ア 知事の許可を得ることを条件として農地の売買契約をしたとしても、いわゆる停止条件を付したものということはできません(最高裁昭和42年10月27日判決(判例秘書に掲載)。なお,先例として,最高裁昭和36年5月26日判決)。
イ 農地法の趣旨は,耕作者の地位の安定や農業生産の増大を図るという点にあり,これに違反することが直ちに公序良俗に反するとまではいえない上,農地法が適用されるのは農地であり,農地であるか否かはその土地の現況によって判断されるところ,農地の売買契約締結後に当該土地が非農地化した場合,農地法所定の許可なくして所有権移転の効力が生ずる可能性があります(最高裁令和4年4月18日判決。なお,先例として,最高裁昭和42年10月27日判決(判例秘書に掲載),最高裁昭和44年10月31日判決(判例秘書に掲載)及び最高裁昭和52年2月17日判決)。
(3) 地目変更
・ Earthcom「農地転用と地目変更の違いは?それぞれの内容と関係性、方法も詳しく!」には以下の記載があります。
    地目を変更するためには、地目を変更してから1ヶ月以内に地目変更登記をする必要があります。
    地目変更登記は、農地転用許可を経て、必要書類を添付して法務局で地目変更の手続きを行います。
    農地転用許可が済んでいなければ地目変更登記はできません。
(4) その他
・ 農林水産省HPに「農地制度」,及び「スマート農業の展開について」(2021年9月の農林水産省の文書)が載っています。
・ アンモニア製品は窒素質肥料となったり,工業用に用いられたりしています(日本肥料アンモニア協会HPの「アンモニアのご紹介」参照)。
・ JA静岡経済連HPの「田んぼのしくみ」には「田んぼの下の土壌は、『作土層(さくどそう)』『鋤床層(すきどこそう)』に分けられます。『作土層』は稲を植えるために耕された土で、その下の『鋤床層』は土をつき固めて作られた、水を通しにくい層で水を貯める働きをします。」と書いてあります。

15の2 市街化調整区域に関するメモ書き
(1) 分家住宅というのは,原則として建築物の建築が禁じられている市街化調整区域において,線引きの日前から引き続き現在に至るまで生活の本拠を構えている本家から世帯が分かれて,分家としての世帯が新たに必要とする住宅のことをいいますところ,「世帯構成員の住宅」ともいいます(福岡市HPの「分家住宅とは何か。(都市計画法第34条第12号)」参照)。
(2) 不動産SHOPナカジツHPの「市街化調整区域で建築許可がほしい!おさえておきたいポイントとは」には「市街化調整区域に既にある中古の住宅、つまり既存宅地を購入し、建て替え、リノベーションを行う際にも注意が必要です。既に建物が建っているからといって、建て替えを行う場合に許可を受けなければならないのです。」と書いてあります。

16 私力の行使及び刃物携帯の禁止
(1) 私力の行使
ア 私力の行使は,原則として法の禁止するところであるものの,法律に定める手続によったのでは,権利に対する違法な侵害に対抗して現状を維持することが不可能又は著しく困難であると認められる緊急やむを得ない特別の事情が存する場合においてのみ,その必要の限度を超えない範囲内で,例外的に許されるに過ぎません(最高裁昭和40年12月7日判決)。
イ ヤフーニュースに「横浜地裁に放置駐車してレッカー移動された車が話題 私有地だとどうなる?」が載っています。
(2) 刃物携帯の禁止
ア 銃刀法22条本文は「何人も、業務その他正当な理由による場合を除いては、内閣府令で定めるところにより計つた刃体の長さが六センチメートルをこえる刃物を携帯してはならない。」と定めています。
イ 鹿児島県警察HP「正当な理由なく刃物を携帯するのはやめましょう」には「正当な理由なく刃物を携帯するのはやめましょう」として以下の記載があります。
     銃砲刀剣類所持等取締法では,刃体の長さが6センチメートルをこえる刃物について「何人も,業務その他正当な理由による場合を除いては,これを携帯してはならない」と定めています。
     ただし,刃体の長さが8センチメートル以下のはさみ又は折りたたみ式のナイフ等で,刃体の先端部が著しく鋭くなく,かつ,刃が鋭利でないもの等は除かれます。
【業務その他正当な理由による場合】
     業務~調理人が仕事へ行くため包丁を持って行く場合など
正当な理由~社会通念上,その刃物を携帯することが当然に認められる場合であり,購入して自宅に持ち帰る場合など
イ(ア) 「正当な理由がなくて刃物、鉄棒その他人の生命を害し、又は人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具を隠して携帯していた者」は拘留又は科料に処せられます(軽犯罪法1条2号)。
(イ) 軽犯罪法1条2号にいう「正当な理由」があるとは,同号所定の器具を隠して携帯することが,職務上又は日常生活上の必要性から,社会通念上,相当と認められる場合をいい,これに該当するか否かは,当該器具の用途や形状・性能,隠匿携帯した者の職業や日常生活との関係,隠匿携帯の日時・場所,態様及び周囲の状況等の客観的要素と,隠匿携帯の動機,目的,認識等の主観的要素とを総合的に勘案して判断すべきである(最高裁平成21年3月26日判決)。


17 耐震基準等に関するメモ書き
(1) 昭和46年の建築基準法改正により,排煙設備,非常用の照明装置及び非常用の進入口等の設置が義務化され,昭和56年の建築基準法改正により新耐震基準が導入されました(住宅サポート建築研究所HP「建築基準法の変遷」参照)。
(2) 非常用侵入口は,火事などの災害時に,外部から消防隊が進入するための開口部やバルコニー(足場)などの総称であって,建築基準法施行令126条の6で定められています(確認申請ナビ「『非常用進入口』とは|建築基準法における設置基準・免除方法を解説」参照)。
(3) 最高裁平成25年3月26日判決は,一級建築士により構造計算書に偽装が行われていた建築物の計画についての建築主事による建築確認が国家賠償法1条1項の適用上違法となるとはいえないとされた事例です。
(4) 民法717条1項に基づく土地の工作物の設置又は保存の瑕疵とは,当該工作物が通常有すべき安全性を欠いていることをいいます(最高裁平成25年7月12日判決)。


18 排水管に関するメモ書き
(1) モノタロウHPに「6-6 配管工事トラブルクレーム:給排水衛生設備編」が載っています。
(2) 水道修理のせーフリーHP「汚水桝とは何?仕組み・構造や排水桝との違い・掃除方法を紹介!」が載っています。
(3) HLS水道サービスHP「排水管・下水管のつまりと溢れの原因と修理」が載っています。

18の2 下水道に関するメモ書き
(1) 合流式下水道は,汚水と雨水を一本の管渠で集水するため,汚水排除と雨水排除を早く経済的に実施できるため,古くから下水道整備を進めてきた大都市を中心に採用されてきたのであって,大阪市の場合,市域の97%が合流式下水道で整備されています(大阪市HPの「大阪市公共下水道事業 (合流式下水道改善事業)」参照)。
(2)ア 厨房から出る排水に含まれる油やゴミ(野菜くずや残飯など)を直接下水道に流してしまうと,自然環境への悪影響が考えられ,それを防止するために作られたのがグリス(油脂)トラップ(せき止め)です(アイエスジーHPの「グリストラップ(グリーストラップ)とは?」参照)。
イ 埼玉県川口市HPに「下水道に食用油やラードなどを流し続けると管が詰まります」が載っています。

19 空き家に関するメモ書き
(1) 空家等対策特別措置法は平成27年2月26日に施行されました(国土交通省HPの「空家等対策の推進に関する特別措置法関連情報」参照)。
(2) 京都市では,令和8年1月から非居住住宅利活用促進税を導入することを検討しています(京都市情報館HPの「非居住住宅利活用促進税の導入に向けた取組について」参照)。

20 関連記事その他
(1)ア 国土交通省HPの「都市計画制度の概要」に,都市計画法制,土地利用計画制度等に関する資料が載っています。
イ 宅建業法に関する国土交通省の考え方は,国土交通省HPの「宅地建物取引業法 法令改正・解釈について」に載っています。
(2) 山梨県北杜市HP「太陽光発電システムを設置した住宅火災における消火活動の留意点について」が載っています。
(3) 二弁フロンティア2021年4月号「建築紛争処理の実務」が載っています。
(4)  建物の借主が該建物を含む貸主所有の不動産に賦課された固定資産税等の公租公課の支払を負担するといった事実があるとしても,右負担が建物の使用収益に対する対価の意味をもつものと認めるに足りる特段の事情のないかぎり,当該貸借関係は使用貸借となります(最高裁昭和41年10月27日判決)。
(5)  最高裁令和5年10月16日決定は,個人として免許を受けないで宅地建物取引業を営んだという訴因と、法人の代表者として法人の業務に関し免許を受けないで宅地建物取引業を営んだという訴因との間に公訴事実の同一性が認められた事例です。
(6) 以下の記事も参照してください。
・ 家賃相場・土地価格相場等の情報
・ 借地権に関するメモ書き
・ 私道に関するメモ書き

会社法等に関する最高裁判例

目次
第1 会社法等に関する最高裁判例(裁判所HPに掲載されているもの)
◯株券の発行関係
◯共有株式関係
◯株式の買取請求関係
◯株式有利関係
◯株式の譲渡関係
◯株主権関係
◯株主総会関係
◯営業譲渡関係
◯取締役会関係
◯取締役の責任関係
◯役員報酬関係
◯役員退職慰労金関係
◯監査役関係
◯会計帳簿等の閲覧謄写
◯会社の解散関係
◯所得税法関係
◯法人税関係
◯相続税法関係
◯金融商品取引法関係
◯民事訴訟法関係
◯刑事事件関係
第2 会社法に関する書籍のメモ書き
第3 会社法に関する論文のメモ書き

第4 株主総会に関するメモ書き
第5 取締役に関するメモ書き
第6 
関連記事その他

第1 会社法等に関する最高裁判例(裁判所HPに掲載されているもの)
◯株券の発行関係
・ 株券の発行前にした株券発行会社の株式の譲渡は、譲渡当事者間においては,当該株式に係る株券の交付がないことをもってその効力が否定されることはありません(最高裁令和6年4月19日判決)。
・ 株券発行会社の株式の譲受人は、譲渡人に対する株券交付請求権を保全する必要があるときは、民法423条1項本文により、譲渡人の株券発行会社に対する株券発行請求権を代位行使することができます(最高裁令和6年4月19日判決)。
◯共有株式関係
・ 株式を相続により準共有するに至った共同相続人は,商法203条2項にいう「株主ノ権利ヲ行使スベキ者」の指定及びその旨の会社に対する通知を欠く場合には,特段の事情がない限り,株主総会決議不存在確認の訴えにつき原告適格を有しません(最高裁平成2年12月4日判決)。
・ 株式を相続により準共有するに至った共同相続人は,商法203条2項にいう「株主ノ権利ヲ行使スベキ者」の指定及びその旨の会社に対する通知を欠く場合には,特段の事情がない限り,合併無効の訴えにつき原告適格を有しません(最高裁平成3年2月19日判決)。
・  有限会社の持分が数人の共有に属する場合,有限会社法22条,商法203条2項にいう社員の権利を行使すべき者は,その共有持分の価格に従い過半数をもって定めます(最高裁平成9年1月28日判決のほか,令和5年4月1日以降の民法252条第1項)。
・ 共同相続された株式は,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはありません(最高裁平成26年2月25日判決。なお,先例として,最高裁昭和45年1月22日判決参照)。
・ 共有に属する株式について会社法106条本文の規定に基づく指定及び通知を欠いたまま当該株式についての権利が行使された場合において,当該権利の行使が民法の共有に関する規定に従ったものでないときは,株式会社が同条ただし書の同意をしても,当該権利の行使は,適法となるものではありません(最高裁平成27年2月19日判決)。

◯株式の買取請求関係
(「公正な価格」関係)
・  会社法782条1項所定の吸収合併等によりシナジー(組織再編による相乗効果)その他の企業価値の増加が生じない場合に,同項所定の消滅株式会社等の反対株主がした株式買取請求に係る「公正な価格」は,原則として,当該株式買取請求がされた日における,吸収合併契約等を承認する旨の株主総会の決議がされることがなければその株式が有したであろう価格をいいます(最高裁平成23年4月19日決定及び最高裁平成23年4月26日決定)。
・ 株式移転完全子会社の反対株主がした株式買取請求に係る「公正な価格」は,原則として,株式移転により組織再編による相乗効果その他の企業価値の増加が生じない場合には,当該株式買取請求がされた日における,株式移転を承認する旨の株主総会決議がされることがなければその株式が有したであろう価格をいうが,それ以外の場合には,株式移転計画において定められていた株式移転設立完全親会社の株式等の割当てに関する比率が公正なものであったならば当該株式買取請求がされた日においてその株式が有していると認められる価格をいいます(最高裁平成24年2月29日決定)。
・  非上場会社において会社法785条1項に基づく株式買取請求がされ,裁判所が収益還元法を用いて株式の買取価格を決定する場合に,非流動性ディスカウント(当該会社の株式には市場性がないことを理由とする減価)を行うことはできません(最高裁平成27年3月26日決定)。
・ 公開買付けに応募しなかった株主の保有する株式も買付価格と同額で取得する旨が明示されているなど,一般に公正と認められる手続により経営統合の手段たる公開買付けが行われ,その後に買付価格と同額で株式売渡請求がされた場合には,株主が公開買付けに応じるか否かを適切に判断することができる以上,特段の事情がない限り,特別支配株主による株式売渡請求に係る株式の売買価格を買付価格と同額とするのが相当であり,それは非上場株式である場合にも等しく当てはまります(最高裁令和2年3月12日決定によって支持された東京高裁平成31年2月27日決定(判例時報2492号115頁))。
・  最高裁令和5年5月24日決定は,会社法144条2項に基づく譲渡制限株式の売買価格の決定の手続において裁判所が上記売買価格を定める場合に、DCF法によって算定された上記譲渡制限株式の評価額から非流動性ディスカウントを行うことができるとされた事例です。


(その他関係)
・  社債等振替法128条1項所定の振替株式についての会社法172条1項に基づく価格の決定の申立てを受けた会社が,裁判所における株式価格決定申立て事件の審理において,申立人が株主であることを争った場合には,その審理終結までの間に社債等振替法154条3項所定の通知がされることを要します(最高裁平成22年12月7日決定)。
・ 会社法116条1項に基づく株式買取請求をした株主が同請求に係る株式を失った場合は,当該株主は同法117条2項に基づく価格の決定の申立ての適格を欠くに至り,同申立ては不適法になります(最高裁平成24年3月28日決定)。
・ 最高裁平成28年7月1日決定は, 株式会社の株式の相当数を保有する株主が当該株式会社の株式等の公開買付けを行い,その後に当該株式会社の株式を全部取得条項付種類株式とし,当該株式会社が同株式の全部を取得する取引において,上記公開買付けが一般に公正と認められる手続により行われた場合における会社法172条1項にいう「取得の価格」について判断した事例です。
・ 会社法179条の4第1項1号の通知又は同号及び社債,株式等の振替に関する法律161条2項の公告がされた後に会社法179条の2第1項2号に規定する売渡株式を譲り受けた者は,同法179条の8第1項の売買価格の決定の申立てをすることができません(最高裁平成29年8月30日決定)。
・  会社法182条の4第1項に基づき株式の買取請求をした者は,同法182条の5第5項に基づく支払を受けた場合であっても,上記株式の価格につき会社との協議が調い又はその決定に係る裁判が確定するまでは,同法318条4項にいう「債権者」に当たります(最高裁令和3年7月5日判決)。

◯株式の譲渡関係
・ いわゆる一人会社の株主がした株式譲渡は,定款所定の取締役会の承認がなくても,会社に対する関係においても有効です(最高裁平成5年3月30日判決)。
・  定款に株式の譲渡につき取締役会の承認を要する旨の定めのある会社の株式について,会社に対して株式の譲渡を承認すべきこと及びこれを承認しないときは他に譲渡の相手方を指定すべきことを請求した株主は,取締役会から指定された者が株主に対して当該株式を売り渡すべき旨を請求するまで,その請求を撤回することができます(最高裁平成15年2月27日決定)。
・ 最高裁平成21年2月17日判決は, 株式会社の従業員がいわゆる持株会から譲り受けた株式を個人的理由により売却する必要が生じたときは持株会が額面額でこれを買い戻す旨の当該従業員と持株会との間の合意が有効とされた事例です。


◯株式発行関係
・  株式会社を代表する権限のある取締役によって行われた新株の発行は,それが著しく不公正な方法によってされたものであり,かつ,右会社の取締役がその新株を引き受けて現に保有し,右会社が小規模で閉鎖的な会社であるなど原判示の事情がある場合でも,有効です(最高裁平成6年7月14日判決)。
・  非上場会社が株主以外の者に新株を発行するに際し,客観的資料に基づく一応合理的な算定方法によって発行価額が決定されていたといえる場合には,その発行価額は,特別の事情のない限り,商法280条ノ2第2項(会社法199条3項に相当する条文)にいう「特ニ有利ナル発行価額」に当たりません(最高裁平成27年2月19日判決)。

◯株主権関係
・ 株式は,株主たる資格において会社に対して有する法律上の地位を意味し,株主は,株主たる地位に基づいて,剰余金の配当を受ける権利(会社法105条1項1号),残余財産の分配を受ける権利(同項2号)などのいわゆる自益権と,株主総会における議決権(同項3号)などのいわゆる共益権とを有します(最高裁平成26年2月25日判決。なお,先例として最高裁大法廷昭和45年7月15日判決参照)

◯株主総会関係
・ 会社の支配ないし経営の参加の問題は,究極的には株主の手に委ねられています(最高裁昭和42年3月14日判決)。
・ 株式会社において,株主である取締役は,当該取締役の解任に関する株主総会の決議について特別の利害関係を有する者に当たりません(最高裁昭和53年4月14日判決。なお,先例として,最高裁昭和42年3月14日判決)ところ,昭和56年の商法改正により,特別利害関係人となる株主であっても株主総会において議決権行使できることとなり,当該議決権行使によって著しく不当な決議がなされたことが決議取消事由となるにすぎないこととなりました(旧商法247条3号)。
・ 株主は,他の株主に対する招集手続のかしを理由として株主総会決議取消の訴を提起することができます(最高裁昭和42年9月28日判決)。
・ 議決権を行使する株主の代理人の資格を当該会社の株主に制限する旨の定款の規定は,有効です(最高裁昭和43年11月1日判決)。
・ 定款により株主総会における議決権行使の代理資格を株主に制限している株式会社において,株主名簿上の株主でない甲に乙名義株式の議決権行使を許容した仮処分がされても,右仮処分は,甲に乙以外の株主の議決権を代理行使する資格を与えるものではありません(最高裁昭和45年1月22日判決)。
・  取締役会の決議を経ることなく,代表取締役以外の取締役によって招集された株主総会は法律上の意義における株主総会とはいえず,そこで決議がなされたとしても,株主総会の決議があったものと解することはできません(最高裁昭和45年8月20日判決)。
・ 株主総会招集の手続が、その招集につき決定の権限を有する取締役会の有効な決議に基づかないでなされたものであるのみならず、その招集の通知が、すべての株主に対して法定の招集期間に二日足りない会日より一二日前になされたものであるときは、右株主総会招集の手続には、右総会の決議の取消請求を裁量棄却することの許されない重大なかしがあります(最高裁昭和46年3月18日判決)。
・ 株式会社が定款で株主総会における議決権行使の代理人の資格を株主に限定している場合においても,株主である地方公共団体,株式会社が,その職制上上司の命令に服する義務を負い,議決権の代理行使にあたつて法人の代表者の意図に反することができないようになつている職員又は従業員に議決権を代理行使させることは,右定款の規定に反しません(最高裁昭和51年12月24日判決)。
・ 株主総会決議取消の訴において,商法248条1項所定の期間経過後に新たな取消事由を追加主張することは,許されません(最高裁昭和51年12月24日判決)。
・  2700株の株主に対する株主総会の招集通知に法定の招集期間より6日足りない瑕疵がある場合であつても,右株主に対しては代表取締役があらかじめ総会の議題を話しており,右株主も総会が右株主の住居と同一建物内で開催されることを熟知しながら意識的に出席を拒否したものであり,かつ,他の7300株の株主全員が出席して全会一致で解散の決議をしたなどといった事情のもとにおいては,決議取消請求を棄却するのが相当です(最高裁昭和55年6月16日判決)。
・  取締役に選任する旨の株主総会の決議が不存在である場合に,その者を構成員の一員とする取締役会で選任された代表取締役が,その取締役会の招集決定に基づき招集した株主総会において取締役を選任する旨の決議がされたときは,右決議は,いわゆる全員出席総会においてされたなど特段の事情がない限り,不存在です(最高裁平成2年4月17日判決)。
・  取締役等を選任する甲株主総会決議の不存在確認請求に、同決議が存在しないことを理由とする後任取締役等の選任に係る乙株主総会決議の不存在確認請求が併合されている場合には,後の決議がいわゆる全員出席総会において行われたなどの特段の事情のない限り,先の決議についても存否の確認の利益が認められます(最高裁平成11年3月25日判決)。
・ 特定の株主による経営支配権の取得に伴い,株式会社の企業価値がき損され,株主の共同の利益が害されることになるか否かについては,株主総会における株主自身の判断の正当性を失わせるような重大な瑕疵が存在しない限り,当該判断が尊重されるべきです(ブルドックソース事件に関する最高裁平成19年8月7日決定)。
・  株式会社の取締役又は監査役の解任又は選任を内容とする株主総会決議不存在確認の訴えの係属中に当該株式会社が破産手続開始の決定を受けても,上記訴訟についての訴えの利益は当然には消滅しません(最高裁平成21年4月17日判決)。
・  ある議案を否決する株主総会等の決議の取消しを請求する訴えは不適法です(最高裁平成28年3月4日判決)。
・  取締役会設置会社である非公開会社における,取締役会の決議によるほか株主総会の決議によっても代表取締役を定めることができる旨の定款の定めは有効です(最高裁平成29年2月21日決定)。
・ 最高裁令和5年10月26日決定は, 吸収合併消滅株式会社の株主が吸収合併をするための株主総会に先立って上記会社に対して委任状を送付したことが会社法785条2項1号イにいう吸収合併等に反対する旨の通知に当たるとされた事例です。


◯営業譲渡関係
・  商法245条1項1号にいう「営業ノ全部又ハ重要ナル一部ノ譲渡」とは,一定の営業の目的のため組織化され,有機的一体として機能する財産の全部又は重要なる一部を譲渡し,これによって,譲渡会社がその財産によって営んでいた営業的活動の全部又は重要な一部を譲受人に受け継がせ,譲渡会社がその譲渡の限度に応じ法律上当然に競業避止業務を負う結果を伴うものをいいます(最高裁大法廷昭和40年9月22日判決)。
・ 商法245条1項1号の営業譲渡契約が譲渡会社の株主総会の特別決議を経ていないことにより無効である場合には,譲受人もまた右の無効を主張することができます(最高裁昭和61年9月11日判決)。
・ 営業の重要な一部を譲渡する旨の株主総会決議がされたが,右営業の譲渡の要領を株主総会の招集通知に記載しなかった違法がある場合には,右違法が重大でないとはいえず,商法251条により右決議の取消請求を棄却することはできません(最高裁平成7年3月9日判決)。

◯取締役会関係
・ 代表取締役が,取締役会の決議を経てすることを要する対外的な個々的取引行為を,右決議を経ないでした場合でも,右取引行為は,内部的意思決定を欠くに止まるから,原則として有効であって,ただ,相手方が右決議を経ていないことを知りまたは知り得べかりしときに限り無効です(最高裁昭和40年9月22日判決)。
・ 代表取締役の解任に関する取締役会の決議については,その代表取締役は,特別利害関係人にあたります(最高裁昭和44年3月28日判決)。
・  会社と取締役間に商法265条(現在の会社法365条1項・356条1項2号)所定の取引がなされる場合でも,右取締役が会社の全株式を所有し,会社の営業が実質上右取締役の個人経営のものにすぎないときは,右取引によって両者の間に実質的に利害相反する関係を生ずるものでなく,右取引については,同条所定の取締役会の承認を必要としません(最高裁昭和45年8月20日判決)。
・  株式会社の代表取締役が取締役会の決議を経ないで重要な業務執行に該当する取引をした場合,当該会社以外の者が取締役会の決議を経ていないことを理由にその無効を主張することは,当該会社の取締役会が上記無効を主張する旨の決議をしているなどの特段の事情がない限り,許されません(最高裁平成21年4月17日判決)。
・ 取締役会が商法280条ノ21第1項に基づく株主総会決議による委任を受けて新株予約権の行使条件を定めた場合において,新株予約権の発行後に上記行使条件を変更することができる旨の明示の委任がないときは,当該新株予約権の発行後に上記行使条件を変更する取締役会決議は,上記行使条件の細目的な変更をするにとどまるものであるときを除き,無効です(最高裁平成24年4月24日判決)。

◯取締役の責任関係
・ 商法266条1項5号にいう「法令」には,取締役を名あて人とし,取締役の受任者としての義務を一般的に定める商法254条3項(民法644条),商法254条ノ3の規定及び取締役がその職務遂行に際して遵守すべき義務を個別的に定める規定のほか,会社を名あて人とし,会社がその業務を行うに際して遵守すべきすべての規定が含まれます(最高裁平成12年7月7日判決)。
・ 有限会社の破産宣告当時に取締役の地位にあった者は,破産宣告によっては取締役の地位を当然には失わず,社員総会の招集等の会社組織に係る行為等については,取締役としての権限を行使し得ると解されるから,火災保険約款所定の「取締役」に該当する(最高裁平成16年6月10日判決)。
・ いわゆる仕手筋として知られるAが,大量に取得したB社の株式を暴力団の関連会社に売却するなどとB社の取締役であるYらを脅迫した場合において,売却を取りやめてもらうためAの要求に応じて約300億円という巨額の金員を融資金の名目で交付することを提案し又はこれに同意したYらの忠実義務,善管注意義務違反が問われた行為について,Aの言動に対して警察に届け出るなどの適切な対応をすることが期待できないような状況にあったということはできないという事情の下では,やむを得なかったものとしてその過失を否定することはできません(最高裁平成18年4月10日判決)。
・ 最高裁平成20年1月28日判決は,銀行が,積極的な融資の対象であったが大幅な債務超過となって破たんに直面した企業に対し,同企業を数か月延命させる目的で追加融資を実行した場合において,追加融資を決定した取締役らに忠実義務,善管注意義務違反があるとされた事例です。
・  株主代表訴訟の対象となる商法(平成17年法律第87号による改正前のもの)267条1項にいう「取締役ノ責任」には,同法266条1項各号所定の責任など同法が取締役の地位に基づいて取締役に負わせている責任のほか,取締役が会社との取引によって負担することになった債務についての責任も含まれます(最高裁平成21年3月10日判決)。
・ 最高裁平成21年7月9日判決は,株式会社の従業員らが営業成績を上げる目的で架空の売上げを計上したため有価証券報告書に不実の記載がされ,株主が損害を被ったことにつき,会社の代表者に従業員らによる架空売上げの計上を防止するためのリスク管理体制構築義務違反の過失がないとされた事例です。
・ 最高裁平成21年11月27日判決は,A銀行が,県から要請を受け,県において再建資金の融資を計画していたB社に対し,上記融資が実行されるまでのつなぎ融資をした後に,B社に追加融資をしてもその回収を容易に見込めない一方で,これをしなければB社が破綻,倒産する可能性が高く,上記つなぎ融資まで回収不能となるおそれがある状況の下で,B社に対して追加融資をした場合において,その追加融資の一部につき,これを決定したA銀行の取締役らに善管注意義務違反があるとされた事例です。
・ アパマンショップホールディングス株主代表訴訟事件に関する最高裁平成22年7月15日判決は,A社が事業再編計画の一環としてB社の株式を任意の合意に基づき買い取る場合において,A社の取締役に上記株式の買取価格の決定について善管注意義務違反はないとされた事例でありますところ,弁護士の意見も聴取したことが取締役の善管注意義務違反を否定する事情の一つとなりました。


◯役員報酬関係
・  取締役の報酬額には使用人兼務取締役の使用人分給与は含まれない旨を明示して取締役全員の報酬総額を改訂する株主総会決議がされた場合において,少なくとも使用人として受ける給与の体系が明確に確立されており,かつ,使用人として受ける給与がそれにより支給されている限り,右株主総会決議は,商法269条(現在の会社法361条)に違反せず,また,同条の脱法行為に当たりません(最高裁昭和60年3月26日判決)。
・ 株主総会の決議を経ずに支払われた役員報酬について事後に株主総会の決議を経た場合には,当該決議の内容等に照らして商法269条及び商法279条1項の規定の趣旨目的を没却するような特段の事情があると認められない限り,当該役員報酬の支払は株主総会の決議に基づく適法有効なものになります(最高裁平成17年2月15日判決)。


◯役員退職慰労金関係
・  株式会社の役員であった者に対する退職慰労金について,株主総会の決議により,その金額などの決定をすべて無条件に取締役会に一任することは許されないというべきであるが,これと異なり,株主総会の決議において,明示的もしくは黙示的に,その支給に関する基準を示し,具体的な金額,支払期日,支払方法などは右基準によつて定めるべきものとして,その決定を取締役会に任せることは差しつかえなく,かような決議をもって無効と解すべきではありません(最高裁昭和44年10月28日判決。なお,先例として,最高裁昭和39年12月11日判決参照)。
・  役員退職慰労金贈呈の株主総会決議取消しの訴えの係属中,右決議と同一の内容を持ち,右決議の取消判決が確定した場合にはさかのぼって効力を生ずるものとされている決議が有効に成立し,それが確定したときは,特別の事情がない限り,右決議取消しの訴えの利益は,失われます(最高裁平成4年10月29日判決)。
・ 最高裁平成19年11月16日判決は, 会社の執行役員を退任した者が会社に対し退職慰労金の支払を請求することができないとされた事例です。
・  最高裁平成21年12月18日判決は,株式会社が株主総会の決議等を経ることなく退任取締役に支給された退職慰労金相当額の金員につき不当利得返還請求をすることが信義則に反せず権利の濫用に当たらないとした原審の判断に違法があるとされた事例です。
・  株主総会の決議を経て,役員に対する退職慰労金の算定基準等を定める会社の内規に従い支給されることとなった会社法361条1項にいう取締役の報酬等に当たる退職慰労年金について,退任取締役相互間の公平を図るため集団的,画一的な処理が制度上要請されているという理由のみから,上記内規の廃止の効力を既に退任した取締役に及ぼし,その同意なく未支給の退職慰労年金債権を失わせることはできません(最高裁平成22年3月16日判決)。
・ 最高裁令和6年7月8日判決は,退任取締役の退職慰労金について株主総会決議による委任を受けた取締役会がした,内規の定める基準額から大幅に減額した額を支給する旨の決議に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるとはいえないとされた事例です。

◯監査役関係
・  監査の範囲が会計に関するものに限定されている監査役は,計算書類及びその附属明細書の監査を行うに当たり,会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでない場合であっても,当該計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認しさえすれば,常にその任務を尽くしたといえるものではありません(最高裁令和3年7月19日判決)。

◯会計帳簿等の閲覧謄写
・ 商法293条ノ6の規定に基づく会計帳簿等の閲覧謄写請求の理由は,具体的に記載されなければならないが,その記載された請求の理由を基礎付ける事実が存在することを立証する必要はありません(最高裁平成16年7月1日判決)。
◯ 子会社の会計帳簿等の閲覧謄写許可申請をした親会社の株主につき,商法(平成17年法律第87号による改正前のもの)293条の8第2項が不許可事由として規定する同法293条の7第2号に掲げる事由があるというためには,当該株主が子会社と競業をなす者であるなどの客観的事実が認められれば足り,当該株主に会計帳簿等の閲覧謄写によって知り得る情報を自己の競業に利用するなどの主観的意図があることを要しません(最高裁平成21年1月15日判決)。

◯会社の解散関係
・  株式会社が破産宣告とともに同時破産廃止の決定を受けた場合において,なお残余財産があるときは,従前の取締役が当然に清算人となるものではなく,商法417条1項ただし書の場合を除き,同条2項に則り,利害関係人の請求によつて,裁判所が清算人を選任すべきです(最高裁昭和43年3月15日判決)。
・  清算の結了した株式会社の利害関係人は,商法429条の規定に基づき,同条後段所定の保存者に対し,同条前段所定の帳簿及び重要な資料の閲覧又は謄写の請求をすることはできません(最高裁平成16年10月4日判決)。
・ 株式会社の解散の訴えに係る請求を認容する確定判決の効力を受ける第三者は,上記確定判決に係る訴訟について独立当事者参加の申出をすることによって,上記確定判決に対する再審の訴えの原告適格を有することになります(最高裁平成26年7月10日決定)。



◯所得税法関係
・ 取引相場のない株式の譲渡に係る所得税法59条1項所定の「その時における価額」につき,当該株式の譲受人が財産評価基本通達においてその株主が取得した株式は配当還元価額によって評価するものとされている株主に該当することを理由として,配当還元価額によって評価した額であるとした原審の判断には,同項の解釈適用を誤った違法があります(最高裁令和2年3月24日判決)。

◯法人税関係
・ 最高裁平成18年1月24日判決は,親会社が子会社に新株の有利発行をさせて親会社の保有する子会社株式に表章された資産価値を上記発行を受けた関連会社に移転させたことが親会社の益金の額の計算において法人税法22条2項にいう取引に当たるとされた事例です。
・ 最高裁平成28年2月29日判決は,法人税法132条の2にいう「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」の意義及びその該当性の判断方法について判示した事例です。

◯相続税法関係
・ 最高裁平成23年2月18日判決は,香港に赴任しつつ国内にも相応の日数滞在していた者が,国外財産の贈与を受けた時において,相続税法(平成15年法律第8号による改正前のもの)1条の2第1号所定の贈与税の課税要件である国内(同法の施行地)における住所を有していたとはいえないとされた事例です。

◯証券取引法及び金融商品取引法関係
1 有価証券報告書関係
・ 金融商品取引法21条の2第3項にいう「虚偽記載等に係る記載すべき重要な事項」とは,虚偽記載等のある有価証券報告書等の提出者等を発行者とする有価証券に対する取引所市場の評価の誤りを明らかにするに足りる基本的事実をいいます(最高裁平成24年3月13日判決)。
・ 最高裁平成24年12月21日判決は, 株式会社が,臨時報告書及び有価証券報告書の虚偽記載等の事実の公表をするとともに,同日,再生手続開始の申立てをした場合において,金融商品取引法21条の2第2項の規定により損害の額を算定するに当たり,同条4項又は5項の規定による減額を否定した原審の判断に違法があるとされた事例です。
・ 最高裁令和2年12月22日判決は,有価証券届出書の財務計算に関する書類に係る部分に虚偽記載等がある場合に当該有価証券の募集に係る発行者等と元引受契約を締結した金融商品取引業者等が金融商品取引法21条1項4号の損害賠償責任につき同条2項3号による免責を受けるための要件を判示した事例です。
2 適合性原則及びこれに関連する説明義務関係
・ 証券会社の担当者が,顧客の意向と実情に反して,明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘するなど,適合性の原則から著しく逸脱した証券取引の勧誘をしてこれを行わせたときは,当該行為は不法行為法上も違法となります(最高裁平成17年7月14日判決)。
・ 最高裁平成21年7月16日判決は, 特定の種類の商品先物取引について差玉向かいを行っている商品取引員が,専門的な知識を有しない委託者との間で締結した商品先物取引委託契約上,委託者に対して負う説明義務及び通知義務について判示した事例です。
・ 最高裁平成25年3月7日判決及び最高裁平成25年3月26日判決は,銀行と顧客との間で固定金利と変動金利を交換してその差額を決済するという金利スワップ取引に係る契約を締結した際に銀行に説明義務違反があったとはいえないとされた事例です。
・ 最高裁平成28年3月15日判決は, 顧客が証券会社の販売する仕組債を運用対象金融資産とする信託契約を含む一連の取引を行った際に証券会社に説明義務違反があったとはいえないとされた事例です。
3 その他
・  証券取引法施行令(平成18年政令第377号による改正前のもの)7条5項4号,発行者以外の者による株券等の公開買付けの開示に関する内閣府令(平成18年内閣府令第86号による改正前のもの)3条の2の4第1項及び第2項所定の「株券等」には,特定買付け等(同施行令7条5項にいうもの)の対象とならない株券等は含まれません(最高裁平成22年10月22日判決)。

◯民事訴訟法関係
・  取締役会の意思決定が違法であるとして取締役に対し提起された株主代表訴訟において,株式会社は,特段の事情がない限り,取締役を補助するため訴訟に参加することが許されます(最高裁平成13年1月30日決定)。
・  甲が提起した株主代表訴訟において,控訴審の第1回口頭弁論期日後に乙がした商法268条2項による参加の申出が,甲の第1審における不適切な訴訟追行を是正するためであって,遅きに失したとまではいえないこと,乙の参加の申出を許したとしても相当期間にわたる審理を要するものではないことなどといった事情の下においては,乙の参加は本件訴訟を不当に遅延させるものとはいえません(最高裁平成14年1月22日判決)。

◯刑事事件関係
1 証券取引法及び金融商品取引法違反関係
・  最高裁平成20年7月18日判決は,旧株式会社日本長期信用銀行の平成10年3月期に係る有価証券報告書の提出及び配当に関する決算処理につき,これまで「公正ナル会計慣行」として行われていた税法基準の考え方によったことが違法とはいえないとして,同銀行の頭取らに対する虚偽記載有価証券報告書提出罪及び違法配当罪の成立が否定された事例です。
・  最高裁平成21年12月7日判決は,旧株式会社日本債券信用銀行の平成10年3月期の決算処理における支援先等に対する貸出金の査定に関して,これまで「公正ナル会計慣行」として行われていた税法基準の考え方によることも許容されるとして,資産査定通達等によって補充される平成9年7月31日改正後の決算経理基準を唯一の基準とした原判決が破棄された事例です。
・ 最高裁平成22年5月31日決定は, 虚偽記載半期報告書提出罪及び虚偽記載有価証券報告書提出罪について,当該会社と会計監査契約を締結していた監査法人に所属する公認会計士に会社代表取締役らとの各共同正犯の成立を認めた原判断が是認された事例です。
・  証券取引法(平成18年法律第65号による改正前のもの)167条2項にいう「公開買付け等を行うことについての決定」をしたというためには,同項にいう「業務執行を決定する機関」において,公開買付け等の実現を意図して,公開買付け等又はそれに向けた作業等を会社の業務として行う旨の決定がされれば足り,公開買付け等の実現可能性があることが具体的に認められることは要しません(最高裁平成23年6月6日決定)。
・ 金融商品取引法166条1項1号にいう「役員,代理人,使用人その他の従業者」とは,上場会社等の役員,代理人,使用人のほか,現実に当該上場会社等の業務に従事している者を意味し,当該上場会社等との委任,雇用契約等に基づいて職務に従事する義務の有無や形式上の地位・呼称のいかんを問いません(最高裁平成27年4月8日決定)。
2 特別背任罪関係
・  甲社の絵画等購入担当者である乙らが,丙の依頼を受けて,甲社をして丙が支配する丁社から多数の絵画等を著しく不当な高額で購入させ,甲社に損害を生じさせた場合において,その取引の中心となった甲と丙の間に,それぞれが支配する会社の経営がひっ迫した状況にある中,互いに無担保で数十億円単位の融資をし合い,各支配に係る会社を維持していた関係があり,丙がそのような関係を利用して前記絵画等の取引を成立させたとみることができるなど判示の事情の下では,丙は,乙らの特別背任行為について共同加功をしたということができます(最高裁平成17年10月7日決定)。
・  銀行がした融資に係る頭取らの特別背任行為につき,当該融資の申込みをしたにとどまらず,融資の前提となるスキーム(判文参照)を頭取らに提案してこれに沿った行動を取り,同融資の担保となる物件の担保価値を大幅に水増しした不動産鑑定書を作らせるなどして,同融資の実現に積極的に加担した融資先会社の実質的経営者は,上記特別背任行為に共同加功をしたということができます(最高裁平成20年5月19日決定)。
3 公正証書原本不実記載罪関係
・ 定款に株式譲渡制限の定めのある非上場会社の一人株主が,その全株式を同社の債務の担保のため譲渡担保に供した後に,同社の役員の解任及び選任等の株式会社変更登記申請を債権者の関与なく行い,同社の商業登記簿の原本にその旨記載させた行為は,上記譲渡担保の契約当事者の合理的な意思解釈として,株主共益権を債権者に帰属させる旨の合意があったものと認められるといった事情の下では,公正証書原本不実記載罪に当たります(最高裁平成17年11月15日判決)。
・  甲社の増資の際,新株の引受人である乙社が,甲社から丙社,丙社から乙社へと順次融資により移動した甲社の資金により新株の払込みをし,上記融資により甲社が取得した丙社に対する債権が丙社との合意などから甲社の実質的な資産と評価することができないなど判示の事情の下においては,上記払込みは無効であり,甲社の商業登記簿の原本である電磁的記録に上記増資の記録をさせた行為は,電磁的公正証書原本不実記録罪に当たります(最高裁平成17年12月13日決定)。
4 その他関係
・ 被告人は,その権限がないのに,A株式会社臨時株主総会議事録及び同社取締役会議事録をそれぞれ議長取締役と表示して作成し,さらに,株式会社変更登記申請書をA株式会社代表取締役と表示して作成しており,このような場合,各文書の作成名義人は,A株式会社臨時株主総会,同社取締役会,あるいは同社と解するのが相当です(最高裁平成16年10月18日決定)。


第2 会社法に関する書籍のメモ書き
1 ビジネス法務相談室HP「【ひな形あり】株主総会の開催時期と招集方法」が載っています。
2 別冊商事法務では毎年,以下の書籍が出ています。
・ 事業報告記載事項の分析
・ 招集通知・議案の記載事例
・ 株主総会想定問答集
・ バーチャル株主総会の実施事例
・ コードに対応したコーポレート・ガバナンス報告書の記載事例の分析
・ 株主総会日程
・ 株主総会白書
・ 機関投資家の議決権行使方針及び結果の分析
・ 東証一部上場会社の役員報酬設計


第3 会社法に関する論文のメモ書き
・ 54期の丹下将克,60期の内林尚久及び66期の伊藤圭子は,判例タイムズ1506号(2023年5月号)に「株式会社の役員の解任の訴えをめぐる諸問題」を寄稿しています。
・ 56期の西山渉,57期の足立拓人及び68期の本村理絵は,判例タイムズ1496号(2022年7月号)に「取締役の不当解任を理由とする損害賠償請求の訴えをめぐる諸問題」を寄稿しています。


第4 株主総会に関するメモ書き
・ 経済産業省HPの「株主総会運営に係るQ&A」には以下のQ&Aが載っています。
Q6.新型コロナウイルス感染症については、令和5年5月8日から、感染症法上の位置づけが新型インフルエンザ等感染症から5類感染症に変更される予定とのことですが、Q1~Q5で示された考え方はなおも妥当しますか。(令和5年3月30日追加)」への回答が載っています。
(A)
 Q1~Q5は、新型コロナウイルス感染症が拡大し、関係者の健康や安全の確保を特に重視した対応が求められるという特殊な状況下で、株主総会が開催される場合に想定される事項についての一般的な考え方を整理したものです。
 新型コロナウイルス感染症拡大防止を理由としてQ1~Q5で掲げられた各措置をとることが直ちに否定されるものではありませんが、かかる措置をとることが許容されるか否かは、新型コロナウイルス感染症の感染症法上の位置づけが変更される予定であるように、新型コロナウイルスの感染状況や対策の在り方等が昨今変化していることを踏まえながら、関係者の健康や安全の確保及び株主の権利にも十分に留意しつつ、事案ごとに個別的に判断されることになると考えます。


第5 取締役に関するメモ書き
1 裁判例

(1) 東京地裁令和2年3月24日判決は以下の判示をしています(リンク先9頁)。
法人税法施行令70条2号は,役員退職給与適正額の算定に当たって「退職の事情」を考慮すべきことを明文で定めており,本件のような辞任(会社法330条,民法651条1項)の場合と株主総会による決議を要する解任(会社法339条5 1項)の場合とでは,退職の事情が異なると認められる上,一般に,解任手続が採られた場合に,役員退職給与が支給されないか又は役員退職給与の額が支給規程の定めにより算出された額よりも減額されることがあることは,当裁判所に顕著である。
(2)ア 東京地裁令和4年3月23日判決(判例体系に掲載)は「殊に、被告は弁護士の資格を有しており、これを前提に原告の取締役に就任した(原告代表者、被告本人)のであるから、被告の原告の取締役としての上記善管注意義務については高度のものが求められていたものというべきである。」と判示していますところ,控訴審としての東京高裁令和4年9月15日判決(判例体系に掲載)は控訴を棄却しました。
イ ビジネス法務の部屋ブログに「弁護士資格を有する取締役であるがゆえに高度な善管注意義務あり、との裁判例」が載っています。
2 その他
(1)ア 経済産業省HPの「「社外取締役の在り方に関する実務指針」を策定しました」「社外取締役の在り方に関する実務指針(社外取締役ガイドライン)」が載っています。
イ 日本取引所グループHPの「社外取締役向けリーフレット「社外取締役のことはじめ」の公表について」「社外取締役向けリーフレット「社外取締役のことはじめ」」が載っています。
(2) 国税不服審判所HPに「役員報酬」「役員賞与」「役員退職給与」等が載っています。
(3) 使用人から執行役員への就任に伴い退職手当等として支給される一時金のうちの一定のものは退職所得に該当します(所得税基本通達30-2の2参照)。


第6 関連記事その他
1 旧商法時代,破産者は株式会社の取締役たる地位を相容れないと考えられていた(最高裁昭和42年3月9日判決)ものの,平成18年5月1日施行の会社法では,復権前の破産者であっても株式会社の取締役になることができます。
2(1) 平成19年9月30日,証券取引法は金融商品取引法に題名が変わりました。
(2) 最高裁平成25年3月7日判決は, 銀行と顧客との間で固定金利と変動金利を交換してその差額を決済するという金利スワップ取引に係る契約を締結した際に銀行に説明義務違反があったとはいえないとされた事例です。
(3)  医療法人の社員が一般法人法37条2項の類推適用により裁判所の許可を得て社員総会を招集することはできません(最高裁令和6年3月27日決定)。
3(1) 東京地裁HPに「訴訟事件について-会社訴訟チェックリスト」が載っています。
(2) 日弁連HPに「社外取締役ガイドライン2023年改訂版」が載っています。
4(1) 経済産業省HPに「公正な買収の在り方に関する研究会」(令和4年11月18日初会合),及び「公正なM&Aに関するルール形成について」が載っています。
(2) 弁護士法人ベンチャーサポート法律事務所HP「有限会社を休眠会社として放置するメリット・デメリット|みなし解散制度も合わせて解説」が載っています。
(3) 金融庁HPに「インサイダー取引規制に関するQ&A」が載っています。
5(1) 日本公認会計士協会HPに「監査委員会報告第73号「訴訟事件等に係わるリスク管理体制の評価及び弁護士への確認に関する実務指針」の改正について」(平成30年2月19日付)が載っています。
(2) 太陽監査法人HPに「~残高確認の実務~」が載っています。
6 以下の記事も参照してください。
・ 個人事業主の税金,労働保険及び社会保険に関するメモ書き
・ 労働基準法に関するメモ書き
・ 監査役設置会社と取締役との間の訴えにおける会社代表者
・ 上告審から見た書記官事務の留意事項

自動車運送事業の運行管理者等に関するメモ書き

目次
第1 総論
第2 運行管理者試験及び運行管理者指導講習
第3 運行管理者(旅客)
1 運行管理者の選任及び解任
2 運行管理者の選任要件
3 運行管理者の必要人数
4 タクシーの運行管理者の業務
第4 運行管理者(貨物)
1 運行管理者の選任及び解任
2 運行管理者の選任要件
3 運行管理者の必要人数
4 トラックの運行管理者の業務
第5 点呼
1 旅客自動車運送事業の場合
2 貨物自動車運送事業の場合
第6 IT点呼及び遠隔点呼
1 IT点呼
2 遠隔点呼
第7 運行管理者の補助者
第7の2 運行管理制度の強化
第8 運行管理者制度の根拠となる法令及び通達
第9 安全運転管理者制度
第10 タクシーの配車に関するメモ書き
第11 関連記事その他

第1 総論
1 運行管理者とは,道路運送法及び貨物自動車運送事業法に基づき,事業者に代わって事業用自動車の運行の安全を確保するための業務を行なう者をいいます(道路運送法23条及び貨物自動車運送事業法18条)。
2 運行管理者は,①自動車運送の安全運行の確保及び交通事故の防止を図ったり,②事業者と運転者のパイプ役となったり,③絶えず運行管理業務の改善を図ったりします(運行管理者ハンドブック2016・2頁及び3頁参照)。
3 一つの営業所において複数の運行管理者を選任する場合,統括運行管理者を選任する必要があります。

第2 運行管理者試験及び運行管理者指導講習
1 運行管理者試験
(1) 公益財団法人運行管理者試験センターが実施している運行管理者試験(毎年2回実施)には貨物と旅客の2種類がありますところ,出題分野は以下のとおりです。
① 貨物自動運送事業法関係(貨物試験の場合)又は道路運送法関係(旅客試験の場合)
② 道路運送事業法関係
③ 道路交通法関係
④ 労働基準法関係
⑤ その他運行管理者の業務に関し,必要な実務上の知識及び能力
(2) 資格のキャリカレHP「運行管理者試験の合格率や難易度、勉強方法を詳しく解説」が載っています。
2 運行管理者指導講習
・ 自動車事故対策機構(NASVA)では,国土交通大臣の認定を受けて基礎講習,一般講習及び特別講習を開催しておりますところ,運送事業者において選任されている運行管理者は,定期的に一般公衆又は基礎講習を受講することが法令により義務付けられています(自動車事故対策機構HP「運行管理者指導講習の概要」参照)。

第3 運行管理者(旅客)
1 運行管理者の選任及び解任
(1) 一般旅客自動車運送事業者は,事業用自動車の運行の安全の確保に関する業務を行わせるため,営業所ごとに,運行管理者資格者証の交付を受けている者のうちから,運行管理者を選任しなければなりません(道路運送法23条1項,旅客自動車運送事業運輸規則47条の9)。
(2) 運行管理者を選任又は解任した場合,届出事由が発生した日から15日以内に管轄する運輸支局に届け出る必要があります(道路交通法23条3項参照)。
2 運行管理者の選任要件
(1) 運行管理者の選任要件は以下のとおりです(道路運送法23条の2第1項参照)。
① 運行管理者試験に合格した者
② 5年以上の実務経験があり,かつ,その間に一般講習を5回以上修了している者(うち1回は基礎講習を修了していること。)
(2) 平成28年12月1日以降に一般貸切旅客自動車運送事業者(例えば,貸切バスの会社)の運行管理者をするためには運行管理者試験に合格している必要があります(旅客自動車運送事業運輸規則48条の5で定められていないため。)。
3 運行管理者の必要人数
(1) 営業所にある乗合バスが39台以下の場合,又は営業所にあるタクシーが39台以下の場合,運行管理者は1人だけでいいです。
(2) 貸切バスの場合,平成29年12月1日以降については運行管理者は2名以上が必要となります。
4 タクシーの運行管理者の業務
(1) 旅客の運送管理者の職務は道路運送法23条の5及び旅客自動車運送事業運輸規則48条に記載されていますところ,タクシーの運行管理者の業務としては以下のものがあります(タクシー転職応援ナビ「タクシーの運行管理者の仕事内容とは?運行管理者になるための適性や資格取得について解説します」参照)。
① 乗務するドライバーの点呼
② ドライバーの健康状態の把握
③ 勤務シフトの管理
④ 電話対応及び配車手配
⑤ 営業の管理
⑥ 事故対応・クレーム対応
⑦ 接客や安全運転についての指導
⑧ 忘れ物の管理
⑨ 車両の整備、メーターの検査
⑩ 休憩室などの整備、保守管理
(2) 近畿運輸局HP「運行管理者の仕事(バス編)」及び「運行管理者の仕事(タクシー編)」が載っています。

第4 運行管理者(貨物)
1 運行管理者の選任及び解任
(1) 一般旅客自動車運送事業者は,事業用自動車の運行の安全の確保に関する業務を行わせるため,営業所ごとに,運行管理者資格者証の交付を受けている者のうちから,運行管理者を選任しなければなりません(貨物自動車運送事業法18条1項,貨物自動車運送事業輸送安全規則18条)。
(2) 運行管理者を選任又は解任した場合,届出事由が発生した日から7日以内に管轄する運輸支局に届け出る必要があります(貨物自動車運送事業法18条2項参照)。
2 運行管理者の選任要件
・ 運行管理者の選任要件は以下のとおりです(貨物自動車運送事業法19条1項参照)。
① 運行管理者試験に合格した者
② 5年以上の実務経験があり,かつ,その間に一般講習を5回以上修了している者(うち1回は基礎講習を修了していること。)
3 運行管理者の必要人数
・ トラックが29両までの場合,運行管理者は1人だけでです。
4 トラックの運行管理者の業務
・ 貨物の運送管理者の職務は貨物自動車運送事業法22条及び貨物自動車運送事業輸送安全規則20条に記載されていますところ,例えば,以下の業務があります(運送業支援センターHP「トラック運送会社の運行管理者の日常の業務」参照)。
① 乗務員台帳及び乗務員証等の作成
② 運転者の指導監督
③ 事業用自動車の運転者の乗務割の作成
④ 点呼
⑤ 乗務記録(運転日報)の管理
⑥ 事故の記録
⑦ 安全運行の指示
⑧ 休憩・睡眠施設の保守管理


第5 点呼
1 旅客自動車運送事業の場合
(1) 旅客自動車運送事業運輸規則24条(点呼等)1項及び2項は以下のとおりです(1項は乗務前点呼であり,2項は乗務後点呼です。)。
① 旅客自動車運送事業者は、乗務しようとする運転者に対して対面(運行上やむを得ない場合は電話その他の方法。次項において同じ。)により点呼を行い、次の各号に掲げる事項について報告を求め、及び確認を行い、並びに事業用自動車の運行の安全を確保するために必要な指示を与えなければならない。ただし、輸送の安全及び旅客の利便の確保に関する取組が優良であると認められる営業所において、旅客自動車運送事業者が点呼を行う場合にあつては、当該旅客自動車運送事業者は、対面による点呼と同等の効果を有するものとして国土交通大臣が定めた機器による点呼を行うことができる。
一 道路運送車両法(昭和二十六年法律第百八十五号)第四十七条の二第一項及び第二項の規定による点検の実施又はその確認
二 酒気帯びの有無
三 疾病、疲労、睡眠不足その他の理由により安全な運転をすることができないおそれの有無
② 旅客自動車運送事業者は、事業用自動車の乗務を終了した運転者に対して対面により点呼を行い、当該乗務に係る事業用自動車、道路及び運行の状況について報告を求め、並びに酒気帯びの有無について確認を行わなければならない。この場合において、当該運転者が他の運転者と交替した場合にあつては、当該運転者が交替した運転者に対して行つた第五十条第一項第八号の規定による通告についても報告を求めなければならない。ただし、輸送の安全及び旅客の利便の確保に関する取組が優良であると認められる営業所において、旅客自動車運送事業者が点呼を行う場合にあつては、当該旅客自動車運送事業者は、対面による点呼と同等の効果を有するものとして国土交通大臣が定めた機器による点呼を行うことができる。
(2) 旅客自動車運送事業運輸規則の解釈及び運用についてには以下の記載があります(リンク先の13頁及び14頁)。
① 「運行上やむを得ない場合」とは、遠隔地で乗務が開始又は終了するため、乗務前点呼又は乗務後点呼が乗務員が所属する営業所において対面で実施できない場合等をいい、車庫と当該車庫を所管する営業所が離れている場合、早朝・深夜等において点呼執行者が営業所に出勤していない場合等は「運行上やむを得ない場合」には該当しない。
(中略)

また、点呼は営業所において行うことが原則であるが、営業所と車庫が離れている場合等、必要に応じて運行管理者等を車庫へ派遣して点呼を行う等、対面点呼を確実に実施するよう指導すること。
② 「その他の方法」とは、 携帯電話、業務無線等により運転者と直接対話できるものでなければならず、電子メール、FAX等一方的な連絡方法は該当しない。
また、電話その他の方法による点呼を運転中に行ってはならない。
2 貨物自動車運送事業の場合
(1) 貨物自動車運送事業輸送安全規則7条(点呼等)1項及び2項は以下のとおりです(1項は乗務前点呼であり,2項は乗務後点呼です。)。
① 貨物自動車運送事業者は、事業用自動車の乗務を開始しようとする運転者に対し、対面(運行上やむを得ない場合は電話その他の方法。次項において同じ。)により点呼を行い、次に掲げる事項について報告を求め、及び確認を行い、並びに事業用自動車の運行の安全を確保するために必要な指示をしなければならない。ただし、輸送の安全の確保に関する取組が優良であると認められる営業所において、貨物自動車運送事業者が点呼を行う場合にあっては、当該貨物自動車運送事業者は、対面による点呼と同等の効果を有するものとして国土交通大臣が定めた機器による点呼を行うことができる。
一 酒気帯びの有無
二 疾病、疲労、睡眠不足その他の理由により安全な運転をすることができないおそれの有無
三 道路運送車両法(昭和二十六年法律第百八十五号)第四十七条の二第一項及び第二項の規定による点検の実施又はその確認
② 貨物自動車運送事業者は、事業用自動車の乗務を終了した運転者に対し、対面により点呼を行い、当該乗務に係る事業用自動車、道路及び運行の状況並びに他の運転者と交替した場合にあっては第十七条第四号の規定による通告について報告を求め、及び酒気帯びの有無について確認を行わなければならない。ただし、輸送の安全の確保に関する取組が優良であると認められる営業所において、貨物自動車運送事業者が点呼を行う場合にあっては、当該貨物自動車運送事業者は、対面による点呼と同等の効果を有するものとして国土交通大臣が定めた機器による点呼を行うことができる。
(2) 貨物自動車運送事業輸送安全規則の解釈及び運用についてには以下の定めがあります(リンク先の6頁)。
「運行上やむを得ない場合」とは、遠隔地で乗務が開始又は終了するため、乗務前点呼又は乗務後点呼を当該運転者が所属する営業所において対面で実施できない場合等をいい、車庫と営業所が離れている場合及び早朝・深夜等において点呼執行者が営業所に出勤していない場合等は「運行上やむを得ない場合」には該当しない。
なお、当該運転者が所属する営業所以外の当該事業者の営業所で乗務を開始又は終了する場合には、より一層の安全を確保する観点から、当該営業所において当該運転者の酒気帯びの有無、疾病、疲労、睡眠不足等の状況を可能な限り対面
で確認するよう指導すること。
また、点呼は営業所において行うことが原則であるが、営業所と車庫が離れている場合等、必要に応じて運行管理者又は補助者(以下「運行管理者等」という。を車庫へ派遣して点呼を行う等、対面点呼を確実に実施するよう指導すること。

第6 IT点呼及び遠隔点呼
1 IT点呼
(1) 総論
ア IT点呼は,旅客自動車運送事業運輸規則24条1項ただし書及び2項ただし書,並びに貨物自動車運送事業輸送安全規則7条1項ただし書及び2項ただし書に基づいて認められています。
イ inDXsの「IT点呼とは」には以下の記載があります。
    IT点呼とは、自動車運送事業者が安全・適切な運行を行うため義務付けられる「点呼」を、IT機器を通して行うことです。通常、点呼は運行管理者と運転者がその場に居合わせ、対面で行わなければなりません(対面点呼)。これに対し、IT点呼はパソコン・ネットワークシステム・アルコール検知器等の機器を通し、疑似的に対面点呼を行うことを指します。現在は、安全性優良事業所(Gマークを取得した営業所)など一定の条件を満たした営業所で、国土交通省より了承されたIT機器を使った点呼が認められています。
(2) バス事業者及びタクシー事業者
ア 平成30年3月30日,バス事業及びタクシー事業について,一定の要件を満たす優良な営業所の営業所-車庫間でIT機器を用いた点呼が可能になりました(国土交通省 HPの「IT機器を用いた点呼の適用範囲を拡大!!~バス・タクシー事業でもIT点呼が実施可能となります~」参照)。
(3) トラック事業者
ア シンク出版HPの「トラックIT点呼、車庫間でも可能に」には以下の記載があります。
    優良なトラック運送事業者に対しては、2007年(平成19年)より「IT点呼」が導入されていますが、このたび国土交通省は関連通達を改正し、平成30年3月30日からGマークを取得した事業者(営業所)では、車庫間におけるIT点呼も認められることになりました。
    これまでと同様、対面点呼を前提とする原則に基づいていますので、片方の車庫では運行管理者か補助者の立ち会いが必要です。
 全日本トラック協会HP「安全性優良事業所(Gマーク事業所)都道府県別一覧表」が載っています。
2 遠隔点呼
(1) 遠隔点呼は,自動車運送事業者(バス,ハイヤー・タクシー,トラック)が,要件を満たす機器及びシステムを用いて,遠隔拠点間で行う点呼をいいます(国土交通省HPの「対面点呼に代わる遠隔点呼が実施できるようになります 令和4年4月1日から申請スタート」参照)。
(2) 遠隔点呼は,IT点呼と異なり,①Gマーク,優良性及び貨物・旅客の業種を問いませんし,②24時間実施OKですし,③グループ企業間の点呼もOKですし,④遠隔点呼は運行管理者が行う点呼のカウントになります(TELCOMの「すべての事業者に、遠隔点呼を」参照)。
(3) テレニシHP「IT点呼キーパー|遠隔点呼とIT点呼の違いをカンタンまとめ」には以下の記載があります。
    遠隔点呼制度が開始されましたが、IT点呼制度を利用している事業者は、「遠隔点呼要綱」ではなく現行のIT点呼制度および旅客IT点呼制度の規定に準じて使用できます。遠隔点呼制度とIT点呼制度は、異なる制度だと理解したほうがいいでしょう。
    弊社テレニシでは、IT点呼・対面点呼・電話点呼・スマホ点呼を1つに統合し、運行管理者の労務改善に役立つ「IT点呼キーパー」をご用意しています。また2022年6月からは遠隔点呼要件にも対応する予定です。

第7 運行管理者の補助者
1 運行管理者の業務を補助させるため,基礎講習を修了した者,又は運行管理者資格者証の交付を受けている者のうちから補助者を選任することができます。
2 平成19年4月1日以降の運行管理者の補助者は,平成19年3月31日以前の運行管理者の代務者に相当するものですが,代務者の場合,基礎講習を修了していなくても,運送会社から信頼されている人であれば誰でもなることができました(トラックの社HPの「試験を受けなくても運行管理者の資格を手に入れる方法があるって本当?」参照)。
3(1) 旅客自動車運送事業に関する運行管理者の補助者につき,旅客自動車運送事業運輸規則の解釈及び運用についてには以下の定めがあります。
① 補助者を選任し、点呼の一部を行わせる場合であっても、当該営業所において選任されている運行管理者が行う点呼は、点呼を行うべき総回数の少なくとも3分の1以上でなければならない(リンク先の15頁)。
② 補助者は、運行管理者の履行補助を行う者であって、代理業務を行える者ではない。ただし、第24条の点呼に関する業務については、その一部を補助者が行うことができるものとする(リンク先の33頁)。
③ 補助者が行う補助業務は、運行管理者の指導及び監督のもと行われるものであり、補助者が行うその業務において、以下に該当するおそれがあることが確認された場合には、直ちに運行管理者に報告を行い、運行の可否の決定等について指示を仰ぎその結果に基づき各運転者に対し指示を行わなければならない。
イ.運転者が酒気を帯びている
ロ.疾病、疲労、睡眠不足その他の理由により安全な運転をすることができない
ハ.無免許運転
ニ.最高速度違反行為(リンク先の33頁)
(2) 貨物自動車運送事業に関する運行管理者の補助者につき,貨物自動車運送事業輸送安全規則の解釈及び運用についてには以下の定めがあります。
① 第18条第3項の規定により補助者を選任し、点呼の一部を行わせる場合であっても、当該営業所において選任されている運行管理者が行う点呼は、点呼を行うべき総回数の少なくとも3分の1以上でなければならない(リンク先の12頁)。
② 補助者は、運行管理者の履行補助を行う者であって、代理業務を行える者ではない。ただし、第7条の点呼に関する業務については、その一部を補助者が行うことができるものとする(リンク先の21頁)。
③ 補助者が行う補助業務は、運行管理者の指導及び監督のもと行われるものであり、補助者が行うその業務において、以下に該当するおそれがあることが確認された場合には、直ちに運行管理者に報告を行い、運行の可否の決定等について指示を仰ぎ、その結果に基づき各運転者に対し指示を行わなければならない。
イ.運転者が酒気を帯びている
ロ.疾病、疲労、睡眠不足その他の理由により安全な運転をすることができない
ハ.無免許運転、大型自動車等無資格運転
ニ.過積載運行
ホ.最高速度違反行為(リンク先の21頁)


第7の2 運行管理制度の強化
1 国土交通省HPの「運行管理制度が強化されます!」には「「運行管理制度の強化」の概要」として以下の記載があります。
 平成26年5月1日より、旅客自動車運送事業者は、トラブル発生時に乗務員に対して輸送の安全のために適切な措置を講ずることが法令上明確化されました。
 また、当該措置を適正かつ確実に行えるよう
[1]旅客自動車運送事業者は、車両運行中、電話等を用いて乗務員に対し必要な指示等を行える連絡体制を構築しなければなりません。(平成26年5月1日施行)
[2]乗合バス、貸切バス事業者は、[1]に加えて、車両運行中少なくとも一人の運行管理者は、事業用自動車の運転業務に従事せずに、乗務員に対し必要な指示等を行える体制を整備しなければなりません。(平成27年5月1日施行)

2 旅客自動車運送事業運輸規則21条の2(運行に関する状況の把握のための体制の整備)は,「旅客自動車運送事業者は、第二十条、前条第七項その他の輸送の安全に関する規定に基づく措置を適切に講ずることができるよう、事業用自動車の運行に関する状況を適切に把握するための体制を整備しなければならない。」と定めています。

第8 運行管理者制度の根拠となる法令及び通達
1 一般旅客自動車運送事業(乗合,貸切及び乗用)の運行管理者の根拠となる法令及び通達は以下のとおりです。
① 道路運送法
② 旅客自動車運送事業運輸規則
③ 旅客自動車運送事業運輸規則の解釈及び運用について(平成14年1月30日制定。令和3年2月25日最終改正)
2 一般旅客自動車運送事業(乗合,貸切及び乗用)の運行管理者の根拠となる法令及び通達は以下のとおりです。
① 貨物自動車運送事業法
② 貨物自動車運送事業輸送安全規則
③ 貨物自動車運送事業輸送安全規則の解釈及び運用について(平成15年3月10日制定。令和3年1月26日最終改正)



第9 安全運転管理者制度
1(1) 安全運転管理者制度は,自動車5台以上又は乗車定員11人以上の自家用バスを使用している事業所等において,事業主や安全運転管理者の責任を明確にし,道路交通法令の遵守や交通事故の防止を図るため,道路交通法74条の3第1項及び第4項で定められた制度です。
(2) 安全運転管理者制度は昭和40年6月1日の道路交通法改正により制度化されたものです。
2 安全運転管理者の業務内容は以下のとおりです(道路交通法74条の3第2項及び第3項,並びに道路交通法施行規則9条の10)(徳島県警察HPの「安全運転管理者制度」参照)。
① 運転者の状況把握
② 運行計画の作成
③ 交代要員の配置
④ 異常気象時等の安全確保の措置
⑤ 安全運転の指示(運転者に対する点呼等)
⑥ 運転前後の酒気帯び確認
⑦ 酒気帯び確認の記録・保存
⑧ 運転日誌の記録
⑨ 運転者に対する指導
3 SmartDrive HPの「アルコール検知器の使用義務化の延期、警察庁の方針が明らかに」には「2022年7月15日に公表した警察庁パブリックコメントの意見募集要領の中で白ナンバー車両の酒気帯び有無の確認において「2022年10月1日から予定されていたアルコール検知器の使用義務化を当面延期する」方針が明らかになりました。」と書いてあります。


第10 タクシーの配車に関するメモ書き
1 WEB CARTOPの「最近のタクシー車内で「無線の声」を聞かなくなった理由とは」(2017年11月23日付)には以下の記載があります。
10数年前より無線のデジタル化が進むと、タクシー無線も取り巻く状況が大きく変わってきた。まずデジタル化とともに各車両にGPSアンテナが装着され、各タクシー会社などの無線センターでは、リアルタイムで稼動しているタクシーの状態をオペレーター個々に配置された液晶モニターでウォッチができるようになった。
2 Mobile Create HP「タクシー配車システム 新視令」には以下の記載があります。
タクシー配車システム「新視令」が業務効率アップを完全サポート
「新視令」は業務用IP無線システム「ボイスパケットトランシーバー」を利用したタクシー配車システムです。 タクシーメーター、ナビゲーションと連動しタクシーを効率的に配車します。 車両の情報を配車センターで集中管理し、集められたデータはリアルタイムに解析可能。 コンピューターが配車に最適な車両を自動で検出。一回あたりの配車時間を短縮できて、効率が大幅アップ。
従来のタクシー無線に替わる画期的な車載モバイルネットワークです。
3 タクシー配車システムにはオンプレミス型とクラウド型があります(JVCKENWOODの「CABmee 新クラウド型タクシー配車システム」参照)。
4 タクシーアプリの「GO」とは,日本交通が運営している「JapanTaxi」とDeNAが運営している「MOV」を統合して生まれたタクシー配車アプリでありますところ,GOは,Mobility Technologiesによって2020年9月にリリースされました(P-CHAN TAXIの「タクシーアプリGOの使い方やクーポン情報、迎車料金や支払い方法を徹底解説!」参照)。

第11 関連記事その他
1 近畿運輸局の場合,自動車交通部旅客第一課がバスを担当し,自動車交通部旅客第二課がタクシーを担当しています。
2(1) 国土交通省HPに「事業用自動車の運転者の健康管理マニュアル」(平成26年4月18日改訂)が載っています。
(2) 北陸信越運輸局HPに「道路運送法等関係法令の基礎知識について~ 地域に根ざした輸送サービスの提供のために ~」が載っています。
(3) 兵庫県トラック協会HP「トラック運送事業の運行・車両・労務管理の手引き-法令実践ガイド-」(令和元年9月の全国貨物自動車運送適正化事業実施機関)が載っています。
3(1) トラサポHPに「日本一詳しく!貨物自動車運送事業の監査と巡回指導、行政処分について行政書士が完全解説3〜行政処分編(2)〜」が載っています。
(2) 名鉄四日市タクシーHP「働き方(乗務員の1日の流れ)」が載っています。
(3) 大和自動車交通株式会社HP「タクシー業界を支える「配車」「運行管理」の仕事内容とは?」が載っています。
4 平成26年12月1日,車両総重量7トン以上又は最大積載量4トン以上の事業用トラック(=緑ナンバーのトラック)についても,運行記録計(タコグラフ)の装着が義務づけられました(全日本トラック協会HPの「運行記録計(タコグラフ)の装着義務付け対象拡大について」参照)。
5 一般旅客自動車運送事業の譲渡及び譲受は,国土交通大臣の認可を受けなければ,その効力を生じない(道路運送法36条1項)ところ,近畿運輸局HPの「法人タクシー関係」譲渡譲受申請書の様式が載っています。
6 以下の記事も参照してください。
・ 自動車運送事業
・ 自動車運転代行業
・ 貨物軽自動車運送事業(軽貨物運送業)
・ タクシー業界に対する規制