第1 底地取得後の遺言は見直すべきか
借地権付き建物を特定の相続人に残す遺言をした後,遺言者が底地を買い取った場合には,土地所有権もその相続人に承継させる趣旨が明確か,遺言を見直すことを勧める。
借地権が混同によって消滅することと,買い取った土地が以前の遺言の対象に含まれることは,別の問題である。
底地取得だけから,土地も当然に同じ相続人へ移るとも,建物に関する条項を含めて遺言全体が効力を失うともいえない。
本記事では,令和8年9月4日現在の法令を前提に,遺言者Tが「建物とその敷地の借地権を長男Aに相続させる」と定めた後の底地取得を扱う。
以下の条項案は,Aが相続開始時に相続人であることを前提とする。
借地権とは,建物所有を目的とする地上権又は土地の賃借権である(借地借家法2条1号)。
底地は,その借地権が設定された土地を地主の所有権の側から呼ぶものである。
第2 混同による借地権の消滅と例外
1 地上権と賃借権では根拠条文が異なる
借地権が地上権である場合,同じ土地の所有権と地上権が同一人に帰属すると,地上権は原則として消滅する(民法179条1項)。
土地所有者が,自分の土地を利用するための地上権を別に持ち続ける必要は通常ないためである。
借地権が賃借権である場合には,債権と債務が同一人に帰属する混同の規定が問題となる(民法520条)。
底地の取得に伴って賃貸人と賃借人の地位が同一人に帰属するかを確認するのであり,賃貸人の地位の移転・留保を定める民法605条の2や契約内容も点検する。
土地の所有権移転だけを見て,賃借権が必ず消滅したと判断することはできない。
2 抵当権との関係で消滅しない場合
最高裁昭和46年10月14日第一小法廷判決(昭和46年(オ)第582号,民集25巻7号933頁)は,土地賃借権が対抗要件を備え,その後に土地へ抵当権が設定されていた場合には,土地所有権と賃借権が同一人に帰属しても,民法179条1項ただし書の準用により賃借権は消滅しないとした。
抵当権があるという事実だけでなく,賃借権の対抗要件と抵当権設定の先後が重要である。
したがって,底地を購入するときは,土地の登記記録だけでなく,借地権の対抗要件をいつ備えたかも確認する。
借地権については,借地権者が土地上に登記された建物を所有することによる対抗力も認められている(借地借家法10条1項)。
3 共同借地権と共有持分の取得
借地借家法15条2項は,借地権が借地権設定者に帰した場合でも,他の者と共にその借地権を有するときは消滅しないと定める。
これは,土地の所有権と借地権の全部が一人に帰属する場合とは異なる。
また,底地の共有持分だけを購入した場合を,底地全部の取得と同じに扱うこともできない。
土地所有権の持分,借地権の持分及び建物の持分をそれぞれ分けて確認することが出発点となる。
第3 誰がいつ底地を取得したか
遺言は原則として遺言者の死亡時から効力を生ずるため,底地取得がその前か後かで検討対象が変わる(民法985条)。
次の表は,停止条件等の特別な定めがなく,混同による消滅の例外にも当たらない通常の場面を,上記の条文と相続による承継の時期に沿って整理したものである。
| 底地を取得する者と時期 | 確認する問題 |
|---|---|
| Tが生前に取得する | Tの借地権が消滅した後,死亡時に残る土地所有権と建物を,旧遺言がどの範囲で対象にしているか。 |
| AがTの死亡後に取得する | Aが建物と借地権を有効に単独承継した後の購入なら,その時点でAの借地権と土地所有権等の混同を検討する。後の混同が,既に生じた相続の効果を遡って否定するわけではない。 |
| AがTの生存中に取得する | 取得時には土地所有者Aと借地権者Tが別人なので,直ちに混同しない。その後Tが死亡してAが借地権を承継すれば,その時点で混同を検討する。 |
最高裁平成3年4月19日第二小法廷判決(平成元年(オ)第174号,民集45巻4号477頁)は,特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」旨の遺言を,遺贈と解すべき特段の事情等がない限り,遺産分割方法の指定と解した。
また,承継を相続人の意思表示にかからせたなどの特段の事情がない限り,死亡時に直ちに承継するとした。
ただし,相続放棄がされた場合や,そもそもAへの単独承継が確定していない場合は,表の前提から確認し直すことになる。
この遺言類型と登記・執行の関係は,相続させる遺言と特定財産承継遺言で説明している。
底地を誰が買ったかと,借地権を誰が相続したかを分けることで,混同の時点を取り違えずに検討できる。
第4 以前の遺言は取得後の土地にも及ぶか
1 建物・借地権の記載と土地所有権の関係
最高裁昭和58年3月18日第二小法廷判決(昭和55年(オ)第973号,集民138号277頁)は,遺言の解釈に当たり,特定条項の文言だけでなく,遺言書の全記載との関連,作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などを考慮して,真意を探究すべきであるとした。
この判決は,底地取得後の遺言の効力を直接判断したものではないが,旧遺言の目的を確定する際の基本となる。
本件のような場面では,①特定の建物と契約上の借地権だけを対象にしたのか,②自宅とその敷地に関する権利を一体としてAへ残す趣旨なのか,③将来取得する土地についても記載があるかを検討する。
土地所有権を含むと解釈できる余地があっても,建物と借地権の記載だけから,常にその結論になるわけではない。
また,借地権が消滅しても,建物の所有権まで消滅するわけではない。
建物が死亡時にもTの財産に属する場合,借地権の消滅だけを理由に,建物をAへ承継させる条項まで当然に効力を失うとはいえず,条件や他の条項との一体性を含めて解釈する。
2 残余財産条項によって承継先が分かれる問題
「建物と借地権はAに相続させ,その他一切の財産はBに相続させる」という遺言では,買い取った土地がAへの条項に含まれなければ,Bへの残余財産条項の対象となる可能性がある。
残余財産条項は記載漏れへの備えになる反面,後から取得した敷地について,建物とは別の承継先を導くこともある。
日本公証人連合会編著『新版 証書の作成と文例 遺言編[三訂版]』(立花書房,2021年)43頁は,遺言後に取得した重要な財産について,従前の包括的な条項による処理が不適当な場合には,改めて遺言をする必要があると説明している。
土地と建物を同じ人へ残したいなら,残余財産条項に任せてよいかも見直すのが適切である。
すでにTが死亡している場合には,遺言の書き直しはできないため,既存の遺言全体と取得の経緯から土地の帰属を検討する。
土地に関する有効な遺言上の処分がなく,相続人が複数いる場合には,遺産分割で帰属を定める問題となる(民法896条・898条)。
土地と建物の帰属が分かれるときは,建物所有者による敷地の使用関係も併せて整理する。
3 遺贈の規定から土地や金銭への置換えを当然視しない
遺贈について,民法996条は,目的となる権利が死亡時に相続財産に属しないときは原則として効力を生じないとし,その権利が相続財産に属するかどうかにかかわらず遺贈する趣旨の場合を例外としている。
その例外に当たるときは,同法997条による権利の取得・移転義務や,取得できない場合等の価額弁償が問題になる。
この仕組みを,遺贈との区別をせず「相続させる」遺言に機械的に当てはめたり,消滅した借地権の代わりに土地所有権が当然に承継される根拠にしたりすることはできない。
民法999条の遺贈の物上代位は,目的物の滅失等による償金請求権や,物の付合・混和を扱う規定である。
ここでいう「混和」は権利の「混同」とは異なり,借地権者が底地を買い取ることが,そのまま同条の対象となるわけではない。
また,民法1001条は,遺贈の対象とした債権について,遺言者が弁済を受けた場合の規定である。
底地の買受けを借地権についての弁済と同一視して,同条から土地の承継や借地権相当額の金銭請求権を当然に導くことはできない。
遺言後の生前処分による撤回についても,民法1023条が定めるのは,遺言とその法律行為が抵触する部分のみである。
底地を買い取ったという一事から遺言全部が撤回されたと扱わず,どの財産について,どの指定と抵触するのかを確認する。
第5 遺言条項の整え方
1 取得済みの土地と建物を明記する
建物と借地権を同じ相続人へ承継させる文例は,日本公証人連合会編著『新版 証書の作成と文例 遺言編[三訂版]』(立花書房,2021年)21頁に掲載されている。
底地取得後は,現在保有している権利に合わせて,土地と建物をそれぞれ特定する方が,旧借地権の記載の解釈に頼らずに済む。
次は,本記事が提案する財産条項の検討用案であり,遺言書全体の完成文例ではない。
別紙目録には,土地の所在・地番等と建物の所在・家屋番号等を,登記記録と対応させて記載する。
第○条 遺言者は,別紙不動産目録1記載の土地及び同目録2記載の建物について有する所有権の全部を,長男A(生年月日)に相続させる。
共有持分しか有しない場合には,対象をその持分として明示する。
存続する借地権が別にある場合には,その権利も漏れなく対象となるように条項を調整する。
2 将来の底地取得に備える条項
底地をこれから取得する予定であれば,建物と特定の敷地について,相続開始時に有する権利を対象とする条項も検討できる。
同書43頁は,将来取得する財産について,遺言者がその財産を取得していることを条件に,相続させる遺言をすることができると説明している。
第○条 遺言者は,別紙不動産目録1記載の建物及び同目録2記載の土地について,相続開始時に有する所有権(共有持分を含む。),地上権又は賃借権を,長男A(生年月日)に相続させる。
この案は,買受け前なら存続する借地権を,買受け後なら取得した土地所有権を含めることを意図したものである。
死亡時に有しない権利を第三者から取得させる趣旨ではなく,物件の範囲,契約上の権利及び他の条項との関係に応じて調整する。
3 旧遺言と残余財産条項を整える
民法1022条により,遺言者は遺言の方式に従い,遺言の全部又は一部を撤回できる。
新たな遺言を作成するときは,旧遺言を全部撤回して組み直すのか,対象条項だけを変更するのかを明確にし,残す条項との抵触を避ける。
例えば,土地と建物をAへ,残余財産をBへ承継させる設計なら,残余財産条項からAへの指定財産を除外する関係を明記する。
将来取得する敷地をAの条項に含めた場合も,Bへの条項と矛盾なく読めるかを点検する。
4 見直し時に確認する資料と配分
確認資料は,①既存の遺言書と財産目録,②土地・建物の登記事項証明書,③借地契約書と底地売買契約書,④抵当権設定,借地権の対抗要件具備及び底地取得の時系列を示す資料である。
これらを照合し,誰がどの権利を持っているかと,誰に残したいかを一致させる。
Aが先に死亡した場合の承継先も併せて定めるなら,予備的な条項を検討する。
日本公証人連合会の予備的な遺言の説明と,本ブログの予備的遺言も参照されたい。
さらに,底地取得後の財産配分では,他の遺留分権利者から金銭請求を受ける可能性も検討する(民法1046条)。
土地と建物を一人へまとめる条項と,その人が金銭支払に対応できる配分・資金の準備は,併せて考える課題である。
第6 出典
1 法令
①民法179条,520条,605条の2,896条,898条,985条,996条,997条,999条,1001条,1022条,1023条及び1046条。
②借地借家法2条1号,10条1項及び15条2項。
2 裁判例
①最高裁昭和46年10月14日第一小法廷判決(昭和46年(オ)第582号,民集25巻7号933頁)。
②最高裁昭和58年3月18日第二小法廷判決(昭和55年(オ)第973号,集民138号277頁)。
③最高裁平成3年4月19日第二小法廷判決(平成元年(オ)第174号,民集45巻4号477頁)。
3 実務資料・文献
①日本公証人連合会編著『新版 証書の作成と文例 遺言編[三訂版]』(立花書房,2021年)21頁~23頁及び43頁。
②日本公証人連合会「Q2.予備的な遺言について,説明してください。」。