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相続開始後の預貯金の払戻しと法定単純承認-相続放棄を検討するときの判断と対応(AI作成)

第1 預貯金を引き出した後でも相続放棄を検討できるか

相続開始後に預貯金を払い戻した場合,相続放棄ができるかは,払戻しの方法,現金の保管・使途及び放棄との前後関係によって異なる。
相続財産を自分のものとして取得・処分したと評価されれば,民法921条の法定単純承認が問題となる一方,保存行為は除かれており,葬儀費用への支出について処分に当たらないとした裁判例もある。
本記事は,令和8年9月4日現在の法令を基準に,既に払戻しをした人が,相続放棄の可否を検討するための判断材料と初期対応を整理する。

先に確認するのは,承認・放棄を選ぶ熟慮期間である。
民法915条・938条によれば,相続放棄は,原則として自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に,家庭裁判所へ申述して行う。
払戻しの評価や財産調査に時間を要し,期間内に判断できない場合は,期限前に相続の承認又は放棄の期間の伸長を検討する。

第2 払戻しが相続財産の「処分」になる場合

1 債権を取り立てて自分のものとして受け取る行為

民法921条1号は,相続人が相続財産の全部又は一部を処分したときに,単純承認をしたものとみなす一方,保存行為等を除外している。
単純承認の効果は,引き出した金額だけに責任を負うというものではなく,被相続人の権利義務を無限に承継することである(民法920条)。

最高裁昭和37年6月21日第一小法廷判決(昭和36年(オ)第1029号,集民61号305頁)は,相続開始後,相続放棄前に,被相続人の売掛債権の一部3000円を取り立てて収受領得した行為を,相続財産の一部の処分に当たるとした(判決本文・PDF1頁)。
これは預金口座からの払戻しを直接判断した事件ではないが,相続した債権を回収して自分のものとして受け取る行為が問題となることを示している。
条文が「一部」の処分も対象とすることと併せると,少額であるというだけで当然に法定単純承認から除外されるとはいえない。

2 死亡の認識と借金の認識は異なる

最高裁昭和42年4月27日第一小法廷判決(昭和40年(オ)第1348号,民集21巻3号741頁)は,921条1号の適用には,相続人が自己のために相続が開始したことを知りながら処分したか,少なくとも被相続人の死亡を確実に予想しながらあえて処分したことを要するとした(判決本文・PDF1頁~2頁)。
同判決は,行方不明者の死亡をまだ知らなかった段階の財産処分等を扱っており,借金の存在を知らなければ処分してもよいとした判決ではない。

したがって,死亡と自己の相続開始を知って払戻しをした人について,「後から借金が見つかった」という事情だけで処分の問題が消えるとはいえない。
死亡を知った日,債務を知った日及び払戻日を分けることが,判例の要件に即した検討の出発点となる。

第3 引き出した現金を使わず保管していた場合

国税不服審判所令和2年4月17日裁決には,妻名義の口座に振り込まれた被相続人の報酬50万円について,妻が出金しても相続財産の処分に当たらないとした判断がある(公表裁決書抄4(3)ロ)。
入金は生前の契約に基づくもので,妻が故人名義の預金を解約して自分の口座に移した事案ではなかった。
裁決は,入金自体を妻による処分とはせず,出金後も現金を封筒に入れて保管し,一部でも費消した事実が認められないことを踏まえ,出金のみでは処分に当たらないとした。

この裁決は,国税の納付義務の承継をめぐる個別の行政判断であり,あらゆる預金払戻しについて「使わなければ単純承認にならない」とした最高裁判例ではない。
本記事では,入金の原因,誰の口座から出金したか,自己の財産への取込みや費消があったかを分けて確認するための参考事例と位置付ける。
未使用であると説明する場合も,残金の所在と保管経過を,取引履歴等と対応させて示すことが検討の助けとなる。

第4 葬儀費用と債務の支払をどう分けるか

1 葬儀費用・仏壇・墓石に関する大阪高裁決定

大阪高裁平成14年7月3日決定(平成14年(ラ)第408号,家庭裁判月報55巻1号82頁。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認)は,被相続人名義の貯金を解約し,葬儀費用や仏壇・墓石の購入費に充てた遺族の相続放棄申述を扱った。
同決定は,葬儀の社会的な必要性等を理由に,相続財産から葬儀費用を支出する行為は921条1号の処分に当たらないとした(理由第2・2(1)ア)。

仏壇・墓石については,葬儀費用の支払とはやや異なるとしつつ,相続債務を知らないまま購入した経緯,社会的に不相当に高額とは断定できないこと,費用の不足分を遺族が自己負担したこと等を考慮した。
その上で,貯金を解約して購入費の一部に充てた行為が,明白に相続財産の処分に当たるとは断定できないとした(理由第2・2(1)イ)。
したがって,葬儀・仏壇・墓石という使途を一括し,金額や経緯を問わず安全であると一般化することはできない。

また,同決定は,相続放棄の申述を却下した原審判を取り消して受理したものであり,受理によって放棄の有効性を確定するものではないことも明示している(理由第2・2(3))。
葬儀費用に関する領収書等は,申述時だけでなく,債権者が後の訴訟で放棄の効力を争う場合にも説明できるよう保管しておくのがよい。

2 借金返済・生活費・立替金の取戻し

故人の借金の返済や遺族の生活費への支出まで,前記決定によって一律に保存行為になるわけではない。
払戻金を自分の生活費として費消した場合は,相続財産の処分として問題になるため,支出目的の名称だけでなく,実際の支払先,内容及び原資を確認する。

遺族自身の資金で費用を立て替えた行為と,後から故人の預貯金を引き出して立替額を回収する行為も分けて検討する。
民法921条1号が対象とするのは相続財産の処分であり,後者については遺産からの支出が別に生じるからである。
本記事では,相続放棄を検討する人に対し,借金の返済や立替金の精算を新たに進める前に,債務の根拠と支出の原資を整理することを勧める。

第5 預貯金の仮払い制度と相続放棄

1 銀行への単独払戻請求とATM出金の違い

民法909条の2は,遺産分割前でも,各共同相続人が一定額の預貯金債権を単独で行使できる制度を定めている。
額は,対象となる預貯金の相続開始時の残高に3分の1と法定相続分を乗じて算定し,同一の金融機関に対する行使額の上限は法務省令による150万円である。
150万円は口座ごとに認められる上限ではない。

同条後段は,権利行使した預貯金債権について,その相続人が遺産の一部の分割によって取得したものとみなすと定めている。
この取得の効果もあるため,「仮払い」という呼び名や上限額だけから,相続放棄への影響がないと判断することはできない。

堂薗幹一郎ほか『逐条解説 改正相続法』(商事法務,2024年)85頁~86頁は,同条による権利行使である旨を金融機関に示すことを要し,死亡を秘してATMから預金を引き出す行為は同条による権利行使とはいえないと説明している。
したがって,単に150万円以内を引き出しただけで,法定の払戻制度を利用したことになるわけではない。

2 家庭裁判所による預貯金の仮取得

家事事件手続法200条3項には,遺産分割の審判又は調停が申し立てられている場合に,その申立人又は相手方の申立てにより,家庭裁判所が特定の預貯金債権をその者に仮に取得させる制度もある。
相続債務の弁済,生活費の支弁その他の事情による権利行使の必要性が認められることを要し,他の共同相続人の利益を害するときは認められない。

この条文は,必要な資金を得るための仮取得を認めるものであり,民法921条の適用を除外する規定ではない。
銀行への単独払戻請求と家裁の仮取得のいずれについても,資金を受け取れることと,相続放棄が有効になることを別々に検討することになる。

第6 既に払戻しをした人が確認する資料と対応

1 取引ごとに日付・原資・使途を記録する

相続放棄を検討する人の初期対応として,本記事では,手元の通帳,取引明細,領収書及び裁判所書類から,次の事項を取引ごとに整理することを勧める。
①死亡と自己の相続開始を知った日,借金を知った日,払戻日及び支払日。
②口座名義,入金の原因,出金を操作した者,窓口・ATM等の方法及び金額。
③支払先と支出内容,残金の額・保管場所,遺族自身の資金との区別。
④相続放棄の申述日と受理日,返金又は引渡しをした場合の相手・日付・金額。

手元の記録に欠落があれば,まず,どの入出金の確認が必要かを特定して金融機関に取引履歴の取得方法を問い合わせる。
取得に必要な資格・書類,保存期間及び提供範囲は金融機関に確認し,銀行内部の記録まで当然に入手できるものとして進めない。
入出金と使途が説明できれば,さらに広い資料収集を重ねるより,その行為の法的評価と申述期限の検討へ進む方がよい。

法定単純承認の全体像は相続の法定単純承認の実務で,申述書や必要書類は相続放棄の手続を自分でする方法で扱っている。

2 返金した場合と相続放棄後の保管

引き出した金銭を元に戻しても,既に成立した法定単純承認が自動的に解消するとはいえない。
前記国税不服審判所の裁決も,返金によって先行する処分の効果を消したものではなく,未使用の保管を認定した上で,その後の送金は放棄の効力発生後であるため921条1号を適用できないとしたものである(公表裁決書抄4(3)ロ(ニ))。
返金の事実だけをもって解決済みとせず,払戻しから返金までの行為を時系列で検討する。

放棄の前後を分ける際,家事事件手続法201条7項は,申述受理の審判が,申述書に受理の旨を記載した時に効力を生ずると定めている。
申述書を提出した日や,受理通知が手元に届いた日と混同しないことが必要である。

有効な相続放棄の後であっても,民法921条3号の隠匿・私的な費消による法定単純承認が問題となる。
同号には,その放棄によって相続人となった者が既に承認した場合の例外があるが,放棄をしたことだけで手元の遺産を自由に使えるようになるものではない。

また,現行民法940条1項は,放棄時に相続財産を現に占有している者に対し,相続人又は相続財産清算人への引渡しまで,自己の財産におけるのと同一の注意で保存する義務を定めている。
残金を保管している場合には,放棄後の引渡先と方法も確認し,受領の記録を残して対応する。

第7 出典

1 法令

民法(明治29年法律第89号)909条の2,915条,920条,921条,938条~940条。
家事事件手続法(平成23年法律第52号)200条3項,201条7項。
民法第九百九条の二に規定する法務省令で定める額を定める省令(平成30年法務省令第29号)。

2 裁判例

最高裁判所第一小法廷昭和37年6月21日判決(昭和36年(オ)第1029号,集民61号305頁,裁判所ウェブサイト)。
参照箇所は判決本文1頁・PDF1頁。

最高裁判所第一小法廷昭和42年4月27日判決(昭和40年(オ)第1348号,民集21巻3号741頁,裁判所ウェブサイト)。
参照箇所は判決本文1頁~2頁・PDF1頁~2頁。

③大阪高等裁判所平成14年7月3日決定(平成14年(ラ)第408号,家庭裁判月報55巻1号82頁。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認)。
参照箇所は理由第2・2(1)及び(3)。

3 行政裁決

国税不服審判所令和2年4月17日裁決・公表裁決書抄(裁決事例集119集)。
参照箇所は4(3)ロ及び4(4)である。

4 裁判所の手続案内

裁判所「相続の承認又は放棄の期間の伸長」(令和8年9月4日確認)。
参照箇所は1「概要」,3「申立先」及び6「その他」である。

5 文献

堂薗幹一郎・脇村真治・神吉康二・宇野直紀『逐条解説 改正相続法』(商事法務,2024年)85頁~86頁(参照PDF97頁~98頁)。