第1 この記事の対象と結論
1 この記事が扱う問題
本記事は,交通事故の被害者について破産手続開始決定がされた場合に,加害者に対する損害賠償請求権,慰謝料,後遺障害逸失利益,将来介護費及び自賠責保険の被害者請求権が,破産財団と破産者のいずれに属するかを扱う。
小野瀬昭「交通事故の当事者につき破産手続開始決定がされた場合の問題点について」(判例タイムズ1326号54頁~62頁)を生成AIで通読し,現行の破産法及び自動車損害賠償保障法,最高裁判決全文並びに公開された破産実務資料と照合した。
2 開始前の事故であれば原則として破産財団に属すること
交通事故が破産手続開始前に発生していた場合,加害者に対する損害賠償請求権は,損害額が確定していなくても,開始前に生じた原因に基づく将来の請求権として原則的に破産財団に属する。
財団に属する部分の管理及び処分をする権利は破産管財人に専属するため,示談,訴訟追行及び受領方法も管財人の管理下に置かれる。
もっとも,損害賠償請求権の全部を一括して「管財人のもの」と表現するのは正確でない。
①慰謝料には一身専属性の問題があり,②自賠責保険の被害者請求権は差押禁止であり,③逸失利益及び将来介護費等には自由財産拡張の問題があるからである。
3 開始後の事故であれば原則として破産者に属すること
交通事故が破産手続開始後に発生した場合,その事故による損害賠償請求権は開始時に存在せず,開始前の原因に基づく請求権でもないため,原則として破産者の新得財産となる。
本記事では,最初に事故日と破産手続開始決定日を確定し,次に症状固定日,示談日又は判決確定日を確認する順序とする。
第2 破産財団への帰属と破産管財人の権限
1 破産法34条の固定主義
破産法34条1項及び2項は,開始時に破産者が有する一切の財産と,開始前に生じた原因に基づいて将来行うことがある請求権を破産財団に属させる。
この基準は固定主義と呼ばれ,事故時には治療が続いており,後遺障害等級又は最終的な損害額が決まっていない場合にも問題となる。
事故が開始前であったとしても,開始後の治療,休業又は症状固定に対応する損害をどの範囲まで開始前原因に基づく請求権とみるかは,本記事では損害項目と時期を分けて検討する。
事故日だけでなく,治療費の支出日,休業期間,症状固定日及び介護費の対象期間を時系列に置く理由はここにある。
2 「管財人に帰属する」の正確な意味
破産法78条1項は,破産財団に属する財産の管理処分権が破産管財人に専属すると定めている。
損害賠償請求権が管財人個人へ債権譲渡されるのではなく,破産手続のために,財団帰属部分を行使,和解及び換価する権限が管財人へ専属するという意味である。
破産者が開始後に財団帰属部分について単独で示談しても,破産法47条により,その法律行為の効力を破産手続との関係で主張できない。
そのため,保険会社の提示額に回答する前に,管財人が把握している財団帰属範囲と示談権限を確認するのが安全である。
第3 損害項目ごとの帰属
1 費目別に整理する理由
開始前事故の損害賠償請求権については,次のように損害項目ごとの性質を確認する。
ここでいう費目別整理は,帰属,自由財産拡張及び支払先を検討するためのものであり,各損害項目が常に独立した訴訟物になることを意味しない。
| 損害項目 | 帰属の出発点 | 主な留意点 |
|---|---|---|
| 車両修理費等の物損 | 原則として破産財団 | 自賠責保険の対象外であり,事故車両又は保険金の処理を別に検討する。 |
| 治療費,通院交通費,付添費等 | 原則として破産財団 | 保険会社から医療機関への直接払,本人の立替額及び未払治療費を区別する。 |
| 休業損害 | 原則として破産財団 | 生活費を補う性質があるため,収入及び手持ちの自由財産を踏まえて拡張を検討する。 |
| 後遺障害逸失利益 | 原則として破産財団 | 将来の労働能力喪失を補うため,重い後遺障害では拡張を柔軟に検討する。 |
| 破産開始時に金額未確定の慰謝料 | 本来自由財産となるとの有力な整理 | 最高裁判例は名誉侵害慰謝料の事案であり,開始後確定時の扱いにも見解の対立がある。 |
| 破産開始時までに金額が客観的に確定した慰謝料 | 原則として破産財団 | 合意,和解又は債務名義による確定時期と,自由財産拡張の要否を確認する。 |
| 将来介護費 | 財団帰属を出発点に個別検討 | 現実の介護に不可欠な費用であり,自由財産拡張の強い候補となる。 |
2 後遺障害逸失利益
小野瀬論文58頁は,後遺障害逸失利益を通常の財産的請求権として破産財団に帰属させることを出発点とする。
他方で,労働能力を失った被害者が今後の生活を維持する必要から,破産法34条4項による自由財産拡張を柔軟に認める方向を示している。
逸失利益の全額を当然に自由財産とする法令又は最高裁判例があるわけではない。
就労可能性,障害の程度,他の収入,保有する自由財産及び今後の生活費を具体化して,拡張の必要額を示すことになる。
3 将来介護費
小野瀬論文59頁は,将来介護費の法的な帰属には議論があるとした上で,破産者が現実に負担する不可欠な費用であることから,拡張によって全額を自由財産とする方向を示している。
これは論文上の見解であり,将来介護費が法令上当然に本来自由財産となるという意味ではない。
介護の必要性,介護内容,介護期間,家族介護の状況,専門職介護の費用及び公的給付を資料で示せば,拡張の必要性と金額を検討しやすくなる。
反対に,損害賠償額の名目だけが将来介護費であっても,具体的な介護計画と対応しなければ,全額拡張の理由には直結しない。
第4 慰謝料請求権の一身専属性
1 最高裁昭和58年10月6日判決
最高裁昭和58年10月6日第一小法廷判決(昭和54年(オ)第719号,民集37巻8号1041頁)は,名誉侵害を理由とする慰謝料請求権について,金額が客観的に確定するまでは,請求意思を表示した後も行使上の一身専属性を失わないとした。
同判決は,加害者との合意又は支払を命ずる債務名義等によって具体額が客観的に確定したときは,一身専属性が失われて差押えが可能になるとした。
同判決の直接の事案は交通事故ではなく,名誉侵害と旧破産法に関するものである。
交通事故の入通院慰謝料及び後遺障害慰謝料へ同じ考え方を及ぼすことは,判決の文言そのものではなく,実務文献による射程の整理である。
交通事故慰謝料の種類と算定基準で説明しているとおり,慰謝料は入通院,後遺障害及び死亡の各場面で発生し,示談金の全体とは異なる。
破産手続でも,慰謝料だけを損害額全体から切り分け,金額の確定時期を確認する。
2 破産開始後に慰謝料額が確定した場合
破産開始時に未確定で一身専属性を有した慰謝料が,開始後の示談又は判決で確定した場合の扱いには見解の対立がある。
破産法34条3項2号ただし書を重視し,開始後に差押可能となった時点で財団へ入るとする見解があり得る。
これに対し,小野瀬論文56頁~57頁は,財団の範囲は開始時に固定されるため,開始時に一身専属性を有した慰謝料は,その後に確定しても財団に属しないと論じる。
この見解を最高裁が交通事故破産の事案で確立したものではないため,個別事件では,裁判所と管財人の見解を早期に確認するのが安全である。
3 京都地裁の公開協議会資料
京都地方裁判所の平成30年度管財人等協議会の協議結果要旨10頁~11頁は,交通事故の入通院慰謝料及び後遺障害慰謝料について,各裁判官の見解が必ずしも一致せず,裁判所として明確な方針を示すのが困難であると説明している。
また,同資料は,破産者の生活状況,既存の自由財産及び収入見込み等を考慮して拡張範囲を決めるとしている。
この資料は公開された協議会記録であり,裁判例でも,全国又は現在の京都地裁を拘束する統一運用でもない。
その資料価値は,交通事故慰謝料の扱いが単純な一律処理ではなく,裁判体及び具体的事情による判断を要することを示す点にある。
第5 自賠責保険の被害者請求権
1 被害者請求権それ自体は差押禁止であること
自動車損害賠償保障法16条1項は,保有者の損害賠償責任が発生したときに,被害者が保険会社へ損害賠償額の支払を直接請求できると定めている。
同法18条はこの被害者請求権を差押禁止としているため,破産法34条3項2号によれば,請求権それ自体は破産財団に属しないのが条文上の出発点となる。
ただし,自賠法18条が差押えを禁止するのは,同法16条1項の請求権である。
加害者に対する損害賠償請求権,任意保険に関する権利又は被害者請求によって支払われた後の預金まで,同条によって当然に差押禁止となるわけではない。
2 最高裁平成12年3月9日判決との関係
最高裁平成12年3月9日第一小法廷判決(平成9年(オ)第992号・第993号,民集54巻3号960頁)は,加害者に対する損害賠償請求権の一部が転付命令によって第三者へ移転した事案である。
同判決は,自賠責被害者請求権を,加害者に対する損害賠償請求権の行使を円滑かつ確実にする補助的手段と位置付け,被害者が後者の請求権を有することを前提とした。
同判決は転付命令による債権移転を扱ったものであり,破産開始によって管理処分権が管財人へ専属する場面を直接判断したものではない。
したがって,同判決から,破産者が被害者請求権を当然に全部失う,又は管財人が当然に自己の固有権限で全部を行使できる,という結論を直ちに導くことはできない。
3 破産者と管財人のどちらが請求するか
小野瀬論文60頁~61頁は,自賠責被害者請求権が形式上は破産者に残る一方,加害者に対する損害賠償請求権との補助的な関係を無視できないという問題を示している。
慰謝料等の自由財産部分に対応する被害者請求は破産者が行使できるとしつつ,財団帰属部分との調整には管財人の協力を得る実際的解決を示唆している。
本記事では,破産者又は管財人のいずれかが,当然に被害者請求全額を単独行使できるとは整理しない。
請求前に,①請求名義,②破産者から管財人への委任又は共同関与の要否,③傷害・後遺障害・死亡及び損害項目ごとの配分,④振込先,⑤支払後の加害者への請求額の調整を,破産裁判所及び保険会社と書面で確認するのが安全である。
第6 示談,訴訟及び資料収集
1 係属訴訟がある場合
破産法44条1項は,破産者を当事者とする破産財団に関する訴訟手続を,破産手続開始決定によって中断させる。
管財人は,破産債権に関しない中断訴訟を受け継ぐことができるため,財団帰属部分の損害賠償請求訴訟は管財人による受継を検討する。
慰謝料等の自由財産部分と,逸失利益等の財団帰属部分が同じ事故から生じている場合,過失割合,後遺障害及び因果関係の判断資料は共通する。
本記事では,管財人と破産者が別々に全体解決を進めず,請求範囲と和解権限を明示して共同対応を検討するのが相当と考える。
2 最初に集める資料
帰属を判断するための低負担な初期資料は,①交通事故証明書,②診断書及び診療報酬明細書,③症状固定日が分かる資料,④後遺障害等級認定資料,⑤休業損害証明書又は所得資料,⑥介護内容及び費用の資料,⑦保険会社の損害計算書,⑧既払金一覧,⑨示談書又は判決書,⑩破産手続開始決定書である。
これらから,事故日,開始日,損害項目,対象期間,金額確定時期及び既払額を一枚の時系列表にする。
後遺障害診断書と症状固定後の認定申請は,後遺障害慰謝料,逸失利益及び自賠責請求の起算時点に関係する。
症状固定が未確定のまま帰属論だけを先行させると,損害項目と時効の双方を誤るおそれがある。
3 高負担の手段へ進む条件
医療鑑定,介護鑑定又は長期の訴訟は,初期資料を整理した後も,後遺障害,因果関係又は将来介護の必要性が結論を左右する場合に検討する。
帰属又は自由財産拡張の金額が先に合意でき,事故の損害額自体に実質的な争いがない場合は,鑑定等を追加せず,管財人,破産者,保険会社及び裁判所の調整で処理できることがある。
第7 自由財産拡張の申立て
1 申立期間と考慮要素
破産法34条4項は,破産手続開始決定時から,開始決定が確定した日以後1か月を経過する日まで,破産者の申立て又は裁判所の職権により,自由財産の範囲を拡張できると定めている。
裁判所は,破産者の生活状況,開始時に有していた本来自由財産の種類及び額,今後の収入見込みその他の事情を考慮し,管財人の意見を聴く。
申立てを検討する場合は,期間を経過してから損害額の確定を待つのではなく,見込額と必要資料を示して早期に裁判所及び管財人へ相談するのが安全である。
将来の示談金を対象にできるか,金額未確定の段階でどのような特定が必要かは,個別の裁判所運用を確認することになる。
2 拡張の対象と優先順位
自由財産拡張では,①現に必要な治療費及び介護費,②収入減少を補う休業損害及び逸失利益,③人格的損害を補う慰謝料の順に固定する法定順位はない。
もっとも,生活維持に必要な具体額を資料で示せる費目から検討すれば,拡張の必要性と範囲を説明しやすい。
小野瀬論文58頁~59頁が逸失利益及び将来介護費について柔軟な拡張を論じ,破産実務書も生活保障を踏まえた個別判断を説明している。
拡張は申立てによって当然に認められるものではなく,事故被害の大きさだけでなく,他の自由財産,収入及び具体的支出との関係が判断される。
第8 時効と個別事件の確認順序
1 加害者に対する損害賠償請求権
民法724条及び724条の2によれば,人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権は,被害者又は法定代理人が損害及び加害者を知った時から5年間行使しないとき,又は不法行為時から20年を経過したときに時効によって消滅する。
物損は同法724条1号の3年間が問題となり,事故時期によっては改正前民法及び経過措置の確認も必要となる。
2 自賠責被害者請求権
自賠法19条は,被害者又は法定代理人が損害及び保有者を知った時から3年で被害者請求権が時効により消滅すると定めている。
国土交通省の自賠責保険・共済の案内は,被害者請求の期限を,傷害は事故発生から3年,後遺障害は症状固定から3年,死亡は死亡から3年と説明している。
帰属又は請求名義を管財人,裁判所及び保険会社と協議しているだけで,時効の完成猶予又は更新が当然に生じるわけではない。
期限が近い場合は,請求提出又は時効措置の方法を保険会社に書面で確認し,加害者への請求権についても別に時効管理を行うのが安全である。
3 結論を出すための確認順序
個別事件では,次の順序で確認すれば,請求主体と受領方法を整理しやすい。
①事故日と破産手続開始決定日を確定する。
②症状固定日,示談日,判決日及び金額確定日を並べる。
③治療費,休業損害,逸失利益,慰謝料,将来介護費,物損及び既払金を分ける。
④各項目を,財団帰属,本来自由財産,自由財産拡張候補又は見解対立に分類する。
⑤示談権限,訴訟受継,自賠責の請求名義,委任,振込先及び支払後の配分を決める。
⑥民法,自賠法及び保険約款上の期限を別々に管理する。
この確認を終えるまでは,破産者が単独で示談金を受領することも,管財人が自賠責被害者請求の全額を自己の固有権限で請求することも避けるのが安全である。
帰属に争いが残る場合の停止基準は,費目別配分と請求権限を書面化できない段階で,全体示談又は全額請求をしないことである。
第9 出典・参考資料
1 法令
①e-Gov法令検索「破産法」34条,44条,47条及び78条
②e-Gov法令検索「自動車損害賠償保障法」16条,18条及び19条
③e-Gov法令検索「民法」724条及び724条の2
2 裁判例
①最高裁昭和58年10月6日第一小法廷判決(昭和54年(オ)第719号,民集37巻8号1041頁)
②最高裁平成12年3月9日第一小法廷判決(平成9年(オ)第992号・第993号,民集54巻3号960頁)
3 所管行政機関の解説
①国土交通省「損害賠償を受けるときは?」の「請求方法」及び「請求期限」
4 公開された裁判所実務資料
①京都地方裁判所「平成30年度管財人等協議会の協議結果要旨」10頁~11頁(PDF頁11~12)
5 文献
①小野瀬昭「交通事故の当事者につき破産手続開始決定がされた場合の問題点について」判例タイムズ1326号,2010年,54頁~62頁
②木内道祥監修・全国倒産処理弁護士ネットワーク編『破産実務Q&A220問』金融財政事情研究会,2019年,122頁~124頁
③萩原経・塩野大介「交通事故被害者の破産」事業再生と債権管理163号,2019年,76頁~78頁
④愛知県弁護士会倒産実務委員会編集『破産管財人のための破産法講義』愛知県弁護士協同組合,2012年,41頁~43頁
⑤中山孝雄・金澤秀樹編『破産管財の手引〔第2版〕』金融財政事情研究会,2015年,138頁~143頁
⑥川畑正文・福田修久・小松陽一郎編『破産管財手続の運用と書式〔第3版〕』新日本法規出版,2019年,67頁,80頁