第1 この記事が扱う場面
1 対象とする問い
婚姻費用の分担について調停又は審判を申し立てても,結論が出るまでには一定の期間を要する。
その間,相手方から生活費の支払を受けられず生活に困窮する場合に,本案の結論を待たずに支払を確保する方法として,調停前の処分と審判前の保全処分という2つの制度があり,本記事はその要件,効果及び使い分けを扱う。
2 本記事で扱わない事項
婚姻費用分担調停の申立て自体の方法,必要書類及び通常の審判の手続は,「別居中の生活費(婚姻費用)はいつから請求できるか|請求方法・必要書類・調停・審判(AI作成)」で説明しており,本記事では,同記事第6節で概要のみ紹介されている調停前の処分及び審判前の保全処分について,要件,効果及び立法経緯を掘り下げる。
第2 調停中に生活費を確保する3つの方法
婚姻費用の分担について合意ができず,相手方が支払に応じない場合,まず,当事者間の話合いによって暫定的な金額の支払を受けられないかを検討することになる。
話合いがまとまらない,又は相手方が任意の支払にすら応じない場合には,家庭裁判所の制度として,調停前の処分(家事事件手続法266条)と,審判前の保全処分(同法105条,157条)という2つの手段がある。
この2つは,いずれも本案(婚姻費用分担の調停又は審判)の結論が出る前に,暫定的な支払を受けることを目的とする点で共通するが,要件,効果及び不服申立ての可否が大きく異なる。
第3 調停前の処分
1 要件と性質
家事事件手続法266条1項は,調停委員会が,家事調停事件が係属している間,調停のために必要であると認める処分を命ずることができると定める。
急迫の事情があるときは,調停委員会を組織する裁判官が単独でこの処分(調停前の処分)を命ずることができる(同条2項)。
家事調停事件が係属している間に限られ,調停の申立て前に命ずることはできない。
2 内容として婚姻費用の仮払を命じ得ること
調停前の処分の内容は,当該調停事件の内容及び手続の進行状況等を考慮して個別に決められ,法令上の限定はない。
婚姻費用の分担に関する処分の調停事件においては,婚姻費用の仮払を命ずることが,調停前の処分の内容として想定されている。
どの程度の金額をどの範囲の期間について仮払として命じるかは調停委員会の判断に委ねられており,本案の審判のように算定表に基づく厳密な金額でなくとも足りると解される。
3 効果と不服申立て
調停前の処分は,執行力を有しない(同条3項)。
正当な理由なく従わない当事者又は利害関係参加人は,10万円以下の過料に処せられる(同条4項)ほか,家庭裁判所の履行勧告(家事事件手続法289条)の対象ともなる。
執行力を付与せず過料による間接的な履行の強制にとどめているのは,家事調停の手続が話合いによる自主的な解決を目指す手続であることを踏まえたものである。
調停前の処分そのものに対して即時抗告をすることはできないが,これに従わなかったことを理由に過料に処する裁判がされた場合には,その裁判に対する即時抗告の中で,調停前の処分の内容も併せて争うことができると解されている。
第4 審判前の保全処分の要件
1 審判又は調停の申立てと疎明
家事事件手続法157条1項は,夫婦間の協力扶助に関する処分,婚姻費用の分担に関する処分,子の監護に関する処分又は財産の分与に関する処分についての審判又は調停の申立てがあった場合において,強制執行を保全し,又は子その他の利害関係人の急迫の危険を防止するため必要があるときは,その申立てをした者の申立てにより,仮差押え,仮処分その他の必要な保全処分を命ずることができると定める。
審判前の保全処分は,疎明に基づいてされる(同法109条1項)ため,申立人は,本案(婚姻費用分担の審判又は調停)において具体的な権利義務が形成される蓋然性と,強制執行の保全又は急迫の危険防止の必要性の両方を疎明しなければならない。
2 急迫の危険の具体例
婚姻費用の場面で急迫の危険が問題となる典型例として,別居中の義務者が婚姻費用を支払わないために療養中の子の治療を継続できなくなっている場合や,義務者が扶助を拒否しているために権利者が現在の生活費にも困窮している場合が挙げられる。
急迫の危険を防止する必要性の対象は,夫婦又は夫婦であった者及び子に限られ,これらの者以外の一般的な利害関係人にまで及ぶものではないと解されている。
第5 調停の申立てだけで審判前の保全処分を申し立てられるか
審判前の保全処分は,暫定的な処分でありながら執行力という強い効果を持つため,発令の前提として,本案が認められる蓋然性が必要であり,そのような蓋然性を認めるには,本案の家事審判事件が係属していることが必要であると考えられてきた。
このため,かつての家事審判法の下では,審判前の保全処分の申立てをするには本案の家事審判の申立てがあったことを要するとされており,家事調停の申立てがされているだけでは,審判前の保全処分の申立てをすることができなかった。
これに対し,現行の家事事件手続法105条1項は,「本案の家事審判事件(家事審判事件に係る事項について家事調停の申立てがあった場合にあっては,その家事調停事件)が係属する家庭裁判所は,この法律の定めるところにより,仮差押え,仮処分,財産の管理者の選任その他の必要な保全処分を命ずる審判をすることができる」と定めている。
この括弧書きにより,婚姻費用の分担に関する処分を含む一定の事項については,家事審判の申立てがなくとも,家事調停の申立てがあれば,審判前の保全処分の申立てをすることができるものとされている(同法157条1項も「審判又は調停の申立てがあった場合」と定める)。
この規律が新設された理由としては,家事調停事件が不成立となれば当然に家事審判の手続に移行し,調停の申立ての時に家事審判の申立てがあったものとみなされる(同法272条4項)という両手続の密接な関連性及び連続性を踏まえれば,家事調停の申立てをもって家事審判の申立てがあった場合に準じて考えることができることが挙げられている。
また,子の監護者の指定・引渡しの審判事件などの実務では,審判前の保全処分の発令後に本案が調停に付されて話合いで解決することもまれではなく,審判前の保全処分と家事調停の手続は必ずしも相容れないものではないこと,緊急の事態には保全処分によって早急に暫定的な救済を得つつ,最終的な解決は話合いによりたいという当事者のニーズに柔軟に応える必要があることも理由とされている。
この規律により,婚姻費用の分担に関する処分について調停を申し立てている当事者は,急迫の事態が生じた場合に,別途審判を申し立てたり,調停を不成立にして審判に移行させるまでもなく,直ちに審判前の保全処分の申立てをすることができる。
第6 審判前の保全処分の効果,執行及び不服申立て
審判前の保全処分の執行及び効力は,民事保全法その他の仮差押え及び仮処分の執行及び効力に関する法令の規定に従う(家事事件手続法109条3項)。
これにより,審判前の保全処分は,本案の婚姻費用分担審判が確定するのを待たずに執行することができる。
もっとも,民事保全法43条2項により,保全命令が申立人に送達された日から2週間を経過すると執行をすることができなくなる点に注意を要する。
同条3項により,相手方への送達前であっても執行をすることができるため,申立人は自らへの送達後,速やかに執行に着手する必要がある。
保全処分を命ずる審判に対しては,本案の審判について即時抗告をすることができる者(通常は相手方)が即時抗告をすることができ,保全処分の申立てを却下する審判に対しては,申立人が即時抗告をすることができる(家事事件手続法110条)。
第7 両制度の使い分け
調停前の処分と審判前の保全処分は,どちらも本案の結論を待たずに暫定的な支払を確保する制度であるが,性質が異なるため,事案に応じた使い分けが必要となる。
調停前の処分は,執行力を持たないため,相手方が任意に従うことを前提とした,比較的緩やかな暫定的措置である。
相手方にある程度の任意履行が期待できる場合や,話合いによる解決を継続する意向が強い場合に適する。
これに対し,審判前の保全処分は,執行力を持ち,相手方の資産に対して直接強制執行をすることができるため,相手方が任意の履行におよそ応じる見込みがない場合や,子の治療の中断など緊急性の高い危険が生じている場合に適する。
ただし,本案認容の蓋然性及び急迫の危険の疎明という,調停前の処分より高いハードルを越える必要がある。
第8 確認順序
生活が切迫しており,本案の結論を待てない場合は,おおむね次の順序で検討することになる。
①相手方に任意の暫定払いに応じる意思があるかを確認する(第2)。
②任意の支払が期待できない場合,調停が係属していることを前提に,調停前の処分として婚姻費用の仮払を命じてもらえないか,調停委員会に相談する(第3)。
③相手方が調停前の処分にも従わない見込みが高い場合,又はより確実に強制執行までできる状態にしておく必要がある場合は,審判前の保全処分の申立てを検討する(第4,第5)。
④審判前の保全処分の申立てに当たっては,本案認容の蓋然性と急迫の危険の両方を裏付ける資料を準備する(第4)。
⑤保全処分が認められた場合は,送達を受けてから2週間以内に執行に着手する(第6)。
出典
1 法令
①家事事件手続法(平成23年法律第52号)105条(審判前の保全処分の管轄),106条(審判前の保全処分の申立て等),109条(審判),110条(即時抗告),157条(婚姻等に関する審判事件を本案とする保全処分),266条(調停前の処分)及び289条(履行勧告)――第3~第6の根拠(e-Gov法令検索)。
②民事保全法(平成元年法律第91号)43条(保全執行の要件)――第6の根拠(e-Gov法令検索)。
2 文献
①金子修編著『一問一答家事事件手続法』(商事法務)
②金子修編著『逐条解説家事事件手続法』(商事法務,2013年)