第1 本記事の対象範囲
本記事は,父母双方が親権者となる場合(共同親権),又は監護の時間・日数を父母で分担する場合(共同監護)に,養育費がどのように扱われるかを扱う。
養育費算定表そのものの基本的な読み方は,養育費算定表の見方,計算方法及び法定養育費との違い(AI作成)で,法定養育費及び養育費債権の先取特権は,法定養育費と養育費債権の先取特権(AI作成)で,共同養育計画書等の取決めの文書は,養育費の取り決め方―共同養育計画書・合意書・公正証書・調停調書の違い(AI作成)で,それぞれ説明している。
本記事は,これらを前提とした上で,監護の日数・態様が父母双方に分かれる場合に固有の論点に絞って説明する。
先に結論を述べると,共同親権の選択それ自体は,養育費の額を自動的に左右するものではない。
また,「監護日数の割合に応じて養育費を機械的に減額する全国統一の算式」は,日本には存在しない。
この2点を正確に理解することが,本記事全体の出発点となる。
第2 親権・監護者・監護の分掌という三つの異なる概念
令和6年民法等改正(令和8年4月1日施行)により,離婚後も父母双方が親権者となる(共同親権を選択する)ことが可能になった。
もっとも,「親権」「監護者」「監護の分掌」は,条文上区別された別個の概念である。
民法824条の2は,親権は父母が共同して行うのを原則としつつ,日常の行為に係る親権の行使は単独ですることができるとする。
これに対し,民法766条1項により定められた監護者は,民法824条の3により,監護及び教育,居所の指定等の事項について,親権者と同一の権利義務を持ち,単独でこれらを行うことができる。
さらに,民法766条1項は,「子の監護をすべき者又は子の監護の分掌,父又は母と子との交流,子の監護に要する費用の分担その他の子の監護について必要な事項」を,父母の協議で定めるべき,並列的な別個の事項として規定している。
したがって,条文の構造上,①誰が親権者か,②誰が監護者か又は監護をどう分掌するか,③養育費をどう分担するかは,いずれも別個に定めるべき事項である。
法務省の一問一答形式のQ&Aは,この点を次のように説明する。
「父母の双方が親権を行使することとなった場合であっても,具体的な監護のあり方については別途,子の利益を最も優先して,協議等によって取決めをすることとなる。
監護を分掌して子が双方の家で養育されることも,基本的に父母の一方の家で養育されることもあり得るが,いずれにしても,子の利益を最も優先して考慮して定めることとなる。
また,親子交流や養育費の額についても,別途,同様に子の利益の観点から定められることとなる。」
すなわち,父母双方が親権者となったからといって,子が当然に双方の家を行き来するようになるわけでも,養育費の額が自動的に変わるわけでもない。
共同親権を選択した上で,実際の監護は従前と同様に一方の親が主として担う事案もあれば,単独親権を選択した上で,実際の監護時間は父母でほぼ均等に分担する事案もあり得る。
第3 監護の分掌を定めても,養育費の算定方法は変わらない
「監護の分掌」は,令和6年改正で新設された概念であり,法務省のQ&Aは,「子の監護を父母が分担することであり,例えば,子の監護を担当する期間を分担することや,監護に関する事項の一部(例えば教育に関する事項など)を父母の一方に委ねることがこれに該当する」と定義する。
すなわち,①子の監護を担当する期間そのものを父母で分担する類型(期間分担型)と,②監護に関する事項の一部を父母の一方に委ねる類型(事項分担型)の2つがある。
法務省のQ&Aは,監護の分掌の定めをした場合に養育費の扱いが変わるかという問いに対し,次のように回答している。
「『監護の分掌』とは,交流にとどまらず,具体的な監護の内容について話し合い,定めるものである。
養育費は,子の具体的な状況に応じて子の利益の観点から適切に定められるべきものであり,その点については改正法施行後も変更はない。」
つまり,監護の分掌(期間分担・事項分担)を定めても,養育費の算定手法自体(令和元年版算定表・標準算定方式による従来どおりの個別判断)は,令和6年改正によって変更されていない,というのが政府の公式見解である。
「監護日数に応じた新しい減額算式が改正で導入された」という理解は誤りである。
第4 養育費算定表は「主たる監護+金銭分担」が前提―共同監護への不適合
現行(令和元年版)の養育費算定表は,子が権利者(監護親)と同居を続けたと仮定し,義務者(非監護親)の基礎収入を生活費指数で配分して子の生活費を求め,これを父母の基礎収入比で按分するという方式を採る。
この方式は,片方の親が主として監護し,他方が金銭で分担するという構造を前提としており,監護時間の長短そのものを算定式の軸としていない。
父母の監護日数が拮抗する場合,標準像との間で次のようなずれが生じる。
第一に,住居・家具・寝具等,両方の家庭で用意する必要が生じる固定費は,単一世帯の同居を前提とする標準算定方式では想定されていない。
第二に,義務者が自らの監護時間中に食費・交通費・教育費等を直接支出している場合,これを養育費の算定・充当にどう反映するかについて,標準算定方式は明示的な処理方法を持たない。
第三に,算定表は,監護時間の長短を軸の一つとしておらず,監護時間が拮抗しても自動的に減額される仕組みにはなっていない。
第5 監護日数が均等でも,養育費がゼロになるわけではない
外国には,監護時間の割合に応じて養育費の額を機械的に調整する制度が存在する。
例えば,米国の一部州では,非監護親の監護時間が一定割合を超えると段階的に養育費が減額され,監護時間が概ね半々になると養育費がゼロになるという閾値方式が採られている(ウィスコンシン州の2004年ガイドラインが例として紹介される)。
豪州では,非同居親の宿泊日数が一定割合未満であれば養育費は減額されないという制度がある。
しかし,日本の法制度は,この種の時間比例方式・閾値方式を採用していない。
法務省の共同養育計画書パンフレット(2026年版)は,父母が概ね均等な期間で子を養育する場合の取決めの例を挙げた上で,次の脚注を付している。
「父母が同じ程度の期間で養育をする場合にも,父母の収入等に差がある場合には,養育費請求権が発生します。」
これは,「監護日数が半々になれば養育費はゼロになる」という発想が,少なくとも日本の行政の公式な説明としては採用されていないことを示す重要な記載である。
日本の養育費は,監護時間の均等性そのものではなく,父母の収入格差を基礎とする生活保持義務の考え方を維持している。
監護日数を父母でほぼ均等に分担する取決めをする場合であっても,収入に差があれば,収入の少ない親が養育費を受け取る側になり得る。
第6 直接負担・現物負担という言葉の実際
6-1 確立した専門用語ではない
共同監護の場面では,非監護親が自らの監護時間中に子の食費・交通費等を直接支払うことがある。
これを指して「直接負担」「現物負担」という言葉が用いられることがあるが,これらは,日本の家事実務上,単一の定義を持つ確立した専門用語ではない。
複数の法律事務所が独自の説明的な表現として用いているにとどまり,判例・実務書がこれを正面から定義した例は確認できていない。
この言葉が確立した計算ルールを伴う専門用語であるかのように理解しないよう注意が必要である。
住居・衣類学用品・教育・医療という費目についても,確立した個別の計算ルールがあるわけではない。
学用品代は,算定表の生活費指数に既に統計的に組み込まれていることが確認できるが,衣類費単体がどう内訳されているかを示す一次資料は見当たらない。
教育費・医療費についても,標準的な内包額と特別の事情による加算という既存の枠組み(私立学校・大学・留学の学費は養育費に加算できるか(AI作成)で説明した枠組み)の延長で扱われると考えられるが,共同監護に固有の一次資料・裁判例による裏付けは乏しい。
6-2 支払方法としての直接払い
民法879条は,扶養の「程度」(額)と「方法」を区別して規定している。
養育費(監護費用の分担)はこの一般規定の特則的な位置付けにあるが,実務上も,養育費の「額」と「支払方法」は別次元で協議・調整される。
学校への学費の直接払いや,子名義の口座への振込みといった,金銭を相手方に渡す以外の支払方法の工夫は,既に実務上行われている。
もっとも,学校への直接払いを合意した場合でも,学校自体は養育費の債権者ではないため,学校が支払を怠った義務者を相手に強制執行をすることはできず,通常の月額養育費との充当関係が複雑になり得る点には注意を要する。
これらは,あくまで額が定まった養育費について,どのような方法で履行するかという工夫であり,「監護日数に応じた自動減額算式」ではない。
共同監護の事案で直接負担を検討する場合も,まず額を通常どおり定めた上で,その履行方法の一つとして直接払いを選択するという整理で理解するのが正確である。
第7 裁判例の現状―算定表の限界を示す空白
監護時間・監護日数の割合を,養育費又は婚姻費用の算定に反映させたことを,裁判所ウェブサイトで確認できる公表裁判例は,本調査の範囲では見当たらなかった。
複数の法律事務所の解説記事等が,父母が交替監護をしている事案で,監護割合等を考慮して調整したとされる高等裁判所支部レベルの決定に言及しているが,裁判所ウェブサイトの裁判例検索での網羅的な確認(当該支部が掲載する裁判例の全件照合を含む。)によっても,掲載を確認することができなかった。
このため,本記事では,具体的な事件名・書誌を挙げての紹介は見送る。
令和8年4月の改正施行後,共同親権・監護の分掌と養育費の関係を正面から判断した公表裁判例も,本調査の範囲では確認できなかった。
これは,調査が不十分であることを意味するのではなく,家事事件の審判・抗告審決定が,そもそも裁判所ウェブサイトに掲載されにくいという構造的な事情に加え,本件テーマ自体が新しい論点であることによるものと考えられる。
監護時間割合を反映した確立した裁判実務が,公表資料の上ではまだ形成されていないという事実自体が,「算定表の限界」の一部であると理解しておくとよい。
第8 確認順序
共同親権・共同監護の場面で養育費を検討する場合,おおむね次の順序で確認することになる。
①親権者をどうするか,監護者を誰にするか又は監護をどう分掌するか,養育費をどう分担するかは,それぞれ別個に取り決める必要があることを確認する(第2,第3)。
②監護日数が拮抗する場合でも,養育費算定表は「主たる監護+金銭分担」を前提としており,機械的な監護日数按分の算式は存在しないことを踏まえる(第4,第5)。
③監護日数を均等に近づける取決めをする場合でも,父母の収入に差があれば養育費請求権は発生し得ることを前提に協議を進める(第5)。
④「直接負担」「現物負担」という言葉に確立した計算ルールがあるかのように期待せず,額の取決めと支払方法の工夫を分けて検討する(第6)。
⑤共同監護に固有の裁判実務はまだ乏しいため,個別事案の見通しについては,早期に弁護士等へ相談することが望ましい。
出典
1 法令
①民法(明治29年法律第89号)766条,819条,824条の2,824条の3,879条(e-Gov法令検索。令和8年8月23日確認)
2 公的資料
①法務省「Q&A形式の解説資料(民法編)」(令和8年4月22日改訂版。https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00377.html)Q3-2,Q4-34,Q4-35
②法務省「共同養育計画書パンフレット」(2026年版。https://www.moj.go.jp/content/001460690.pdf)
③衆議院法務委員会附帯決議(令和6年4月12日,第213回国会)
④参議院法務委員会附帯決議(令和6年5月16日)
3 文献
①松本哲泓『婚姻費用・養育費の算定-裁判官の視点にみる算定の実務-』(新日本法規,平成30年4月)
②梶村太市・棚村政行編著,秋武憲一著『第4版離婚調停』(日本加除出版,2021年)
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