第1 この記事が扱う場面
1 対象とする問い
夫婦が離婚に向けた話合いの中にありながら,同じ住居に住み続けている場合(いわゆる家庭内別居)に,婚姻費用を請求することができるか,できるとして,通常の別居の場合と考え方がどう異なるかを扱う。
標準的な算定表の基本的な読み方は別記事に譲り,本記事では,同居しているという事実が婚姻費用の請求及び計算にどう影響するかに絞って説明する。
2 本記事で扱わない事項
住宅ローンを負担している場合の具体的な調整方法は,「別居中の婚姻費用と住宅ローン|誰が住み,誰が返済するかで変わる計算方法(AI作成)」で,家庭内別居の場合を含めて既に説明している。
本記事は,その前提となる,同居中でも婚姻費用を請求できるかという理論的な位置付け,家庭内別居をどう判断・立証するか,及び住宅ローン以外の費目に生ずる問題に絞って掘り下げる。
婚姻費用をいつから請求できるかという始期の一般的な考え方は,「別居中の生活費(婚姻費用)はいつから請求できるか|請求方法・必要書類・調停・審判(AI作成)」で説明しており,家庭内別居の場合も基本的に同じ考え方による。
第2 婚姻費用は同居中でも請求できる
民法760条は,夫婦がその資産,収入その他一切の事情を考慮して,婚姻から生ずる費用を分担すると定めており,条文上,別居していることを分担義務の発生要件としていない。
婚姻費用分担義務は,民法752条の同居,協力及び扶助の義務と共通の基盤に立つ,婚姻という法律関係から当然に生ずるものであり,同居しているか別居しているかによって,義務そのものの有無が左右されるわけではない。
もっとも,実務上,婚姻費用の分担が現実の紛争として顕在化するのは,通常,別居によって,それまで同居生活の中で現物(食費,住居の提供等)により果たされていた扶助が失われ,金銭による分担が必要になる場面である。
家庭内別居は,物理的な同居を続けながら,夫婦としての協力関係,とりわけ家計を実質的に分離している状態を指すものであり,この場合も,家計を別にしているという実質に着目すれば,婚姻費用の分担を請求する基礎があるといえる。
第3 家庭内別居の判断・立証
家庭内別居という語は,法令上の定義がある用語ではなく,夫婦が同じ住居に居住しながら,夫婦としての共同生活の実体を失っている状態を指す事実上の呼称である。
婚姻費用の分担を求める場面では,単に会話が少ない,不仲であるという程度にとどまらず,生計(家計)を実質的に分離していることを具体的に示す必要がある。
実務上考慮されるとされる事情としては,食事や家事を共にしているか,寝室を分けているか,生活費を共通の家計から支出しているか,それぞれの収入・支出を相手に開示しているかといった点が挙げられる。
これらの事情を裏付ける資料(生活費の分担についてのやり取り,家計簿,通帳の入出金記録等)を確保しておくことが,家庭内別居の実態を主張する上で重要になる。
第4 計算上の課題
1 住居費の二重計上問題
同居を続けている場合,双方が同じ住居に居住していることになるため,別居(世帯が物理的に分かれること)を前提に設計された標準的算定方式をそのまま適用すると,住居費の扱いにゆがみが生じやすい。
特に,一方が住宅ローンを負担している場合の調整方法については,「別居中の婚姻費用と住宅ローン|誰が住み,誰が返済するかで変わる計算方法(AI作成)」で,家庭内別居の場合を含めて詳しく説明している。
2 光熱費等,同居ゆえに分離しにくい費目
住宅ローン以外にも,光熱費や食費など,同居している以上,どちらの支出であるかを明確に区分することが難しい費目がある。
これらの費目は,標準的算定方式において特別経費として統計上織り込まれているため,実際に生じている支出を個別に主張立証するよりも,通常は,標準額を前提とした上で,双方の収入額の違いに応じた基礎収入の按分によって処理されることになると考えられる。
もっとも,明らかに一方だけが過大な支出を強いられているといった特別の事情がある場合には,これを考慮する余地がある。
第5 終期の実務上の表現
通常の別居の場合,婚姻費用の分担を命ずる審判等の終期は,離婚成立の日又は同居再開の日までとされるのが一般的である。
家庭内別居の場合は,同居自体は継続しているため,「別居解消の日まで」という表現は実態に合わず,実務上は「生計を一にする日まで」などと表現される。
これは,家庭内別居における婚姻費用の終期が,物理的な同居・別居ではなく,家計が再び一つになるかどうかという実質を基準とすることを示すものである。
第6 有責性・請求開始時期との関係
家庭内別居に至った経緯について,一方に不貞行為等の有責性がある場合,その者からの婚姻費用の分担請求が信義則又は権利濫用の見地から制限され得ることは,通常の別居の場合と同様であると考えられる。
この点は,「不貞・無断別居をした配偶者は婚姻費用を請求できるか|有責性と子の生活費(AI作成)」で扱った枠組みが,家庭内別居の場面にも及ぶと考えられる。
婚姻費用の始期についても,家庭内別居であることを理由に特別な扱いがされるわけではなく,一般に,具体的に支払を求めた時点を基準とする実務が中心である。
家計が分離した時点まで遡って請求できるとは限らないため,家庭内別居の状態にあると認識した時点で,早期に請求の意思を明確にしておくことが重要である。
第7 確認順序
家庭内別居の状態で婚姻費用を検討する場合,おおむね次の順序で確認することになる。
①同居を続けているとしても,家計が実質的に分離しているといえるかを,食事・家事・寝室・財布の状況等から整理する(第2,第3)。
②家庭内別居の実態を裏付ける資料(生活費のやり取り,通帳の記録等)を確保する(第3)。
③住宅ローンを負担している場合は,別記事で調整方法を確認する(第4-1)。
④光熱費等,同居ゆえに按分が難しい費目について,特別な事情の主張が必要かを検討する(第4-2)。
⑤請求の意思をできるだけ早期に明確にし,始期をめぐる不利益を避ける(第6)。
出典
1 法令
①民法(明治29年法律第89号)752条(夫婦の同居,協力及び扶助の義務),760条(婚姻費用の分担)――第2の根拠(e-Gov法令検索)。
2 裁判例
家庭内別居の場合の住宅ローンの調整方法に関する裁判例(大阪高等裁判所平成19年10月22日決定,大阪高等裁判所平成23年2月24日決定)は,「別居中の婚姻費用と住宅ローン|誰が住み,誰が返済するかで変わる計算方法(AI作成)」の出典欄で既に確認済みであり,本記事では重複して掲げない。
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④「不貞・無断別居をした配偶者は婚姻費用を請求できるか|有責性と子の生活費(AI作成)」