本記事は,法令の書誌情報(法令名,法律番号,制定年,条番号)や暦の対応関係が,公刊された権威ある文献であっても誤って記載され得ることを,具体例に即して確認するものである。実務家は書面において法令や裁判例を引用するが,二次資料の記載をそのまま引き写す(孫引きする)と,元資料の誤りをそのまま再生産してしまう。
ここでは,日本弁護士連合会の創立70周年記念誌『日弁連七十年』(2019年)の記載のうち,「司法制度改革の課題に関する取組」における法令引用に関する2箇所(78頁及び83頁)を取り上げ,一次資料に照らして正しい内容を確認し,法令引用の検証方法を整理する。
目次
第1 はじめに――対象と射程
本記事が取り上げるのは,『日弁連七十年』第1版第1刷の2箇所の記載である。いずれも,記載が伝えようとする実質的な内容(成年年齢引下げの意義,公務文書への文書提出義務の拡張)はおおむね現行法と整合するが,そこで引用される西暦・法律番号・法令名に誤りがある。したがって本記事は,制度の当否や記念誌全体の評価を論じるものではなく,法令引用の正確性という一点に対象を限定する。[文1]
誤りは版や刷によって修正され得るため,以下の指摘は第1版第1刷を前提とする。また,本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり,特定の個別事案に対する法的助言ではない。
第2 成年年齢を定めた太政官布告の年
1 記念誌の記載と内在的な不整合
記念誌の「司法制度改革の課題に関する取組」は,成年年齢の引下げに関する記述の末尾で,「1877年(明治9年)の太政官布告以来140年ぶりの改正である。」と記載する。[文1] ここには,同一の年を指すはずの西暦と和暦が食い違うという内在的な不整合がある。明治は1868年に改元されたから,明治9年は西暦1876年であり,1877年は明治10年に当たる。[文2] すなわち「1877年」と「明治9年」は両立せず,これは評価の相違ではなく暦の対応関係の誤りである。
2 確認できる事実――明治9年(1876年)と現行民法4条
成年年齢を満20歳と定めたのは,明治9年(1876年)の太政官布告第41号である。同布告は「自今満弐拾年ヲ以テ丁年ト相定候」として,丁年(成年)を満20歳とした。[文3] この20歳という基準が,明治29年(1896年)に制定された民法に引き継がれた。[文3] 法務省も,成年年齢の見直しは「明治9年の太政官布告以来,約140年ぶり」であるとし,同ページの英語版では当該布告の年を「1876」と表記している。[文2]
現在の民法4条は,「年齢十八歳をもって、成年とする。」と定める。[法1] これは,民法の一部を改正する法律(平成30年法律第59号)による改正であり,令和4年(2022年)4月1日から施行された。[文4][文2] したがって,記念誌がいう「140年ぶりの改正」という趣旨自体は現行法と整合するが,その起点である太政官布告の西暦の記載が誤っている。正しくは「1876年(明治9年)の太政官布告以来」である。
第3 1999年の制定法と2001年の民事訴訟法改正
1 記念誌の記載と複数の不整合
記念誌の「司法制度改革の課題に関する取組」は,現行民事訴訟法(平成8年制定)の証拠収集手続に関する記述の中で,「その後の1999年に行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律(平成15年法律第119号)が制定されたことを受けて、2001年、文書提出義務が公務秘密文書にも及ぶ旨の法改正が行われた。」と記載する。[文1] この一文には,複数の不整合がある。
- 制定年を「1999年」としながら,法律番号を「平成15年(=2003年)法律第119号」とする点で,制定年と法律番号が対応しない。
- 行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律は,平成15年法律第58号であって,[法3] 平成15年法律第119号ではない。
- 平成15年法律第119号は,地方独立行政法人法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律であり,個人情報の保護に関する法律ではない。[文5]
2 確認できる事実――1999年に制定された法律等
1999年(平成11年)に制定された行政情報に関する法律は,行政機関の保有する情報の公開に関する法律(平成11年法律第42号。いわゆる情報公開法)である。[法2] 同法は1999年5月14日に公布され,中央省庁再編後の2001年(平成13年)4月1日に施行された。[文8] 記念誌の文脈で「1999年に制定された」法律として整合するのは,この情報公開法である。
他方,記念誌が挙げる行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律は,平成15年(2003年)法律第58号である。[法3] 同法は,デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律(令和3年法律第37号)により令和4年(2022年)4月1日に廃止され,その内容は個人情報の保護に関する法律(平成15年法律第57号)に一元化された。[法4] したがって,現在この名称の独立した法律は存在しない。なお,平成15年法律第119号は,前記のとおり地方独立行政法人法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律であって,記念誌の文脈とは関係がない。[文5]
3 2001年改正の内容――民事訴訟法220条・223条
記念誌がいう「2001年、文書提出義務が公務秘密文書にも及ぶ旨の法改正」は,民事訴訟法の一部を改正する法律(平成13年法律第96号)を指す。[文6] 平成8年法律第109号として制定された現行民事訴訟法は,証拠収集の拡充の一環として文書提出義務を一般義務化したが(220条4号),公務員の職務上の秘密に関する文書をその対象とするかは,なお課題として残されていた。日弁連も,2001年のこの改正を「公文書提出命令」に関する改正と位置づけ,その成立にあたり会長声明を公表している。[文7]
現行法では,公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出により公共の利益を害し,又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるものが,文書提出義務の除外事由とされている(220条4号ロ)。[法5] あわせて,当該文書が同号ロに該当するかどうかについて監督官庁の意見を聴く手続(223条3項),監督官庁が国の安全・外交・犯罪捜査等のおそれを理由に意見を述べた場合の判断枠組み(同条4項),裁判所が文書を実際に見分するインカメラ手続(同条6項),及び決定に対する即時抗告(同条7項)が定められている。[法5] このように,2001年改正が「公務秘密文書にも及ぶ旨の法改正」であったという記念誌の説明の実質は現行法と整合するが,これに先立つ1999年の法律として個人情報保護法(平成15年法律第119号)を挙げる点が誤っている。
第4 実務への示唆――法令引用をどう検証するか
1 法令番号・制定年・法令名の突合
上記2例に共通するのは,法令名・制定年・法律番号のいずれかが,相互に整合しない形で記載されている点である。法律番号は「平成○年法律第○号」の形式で一意に定まり,制定(公布)年と法律番号は対応する(例えば平成11年法律第42号は1999年,平成15年法律第58号は2003年である)。この対応が崩れている場合は,記載を疑って原典に当たる契機となる。法律番号と法令名の対応は,国立国会図書館の日本法令索引や官報で確認でき,現行条文はe-Gov法令検索で確認できる。[法1] e-Gov法令検索の法令IDは元号・年・種別・番号を表しており(例えば411AC0000000042は平成11年〔411〕の法律〔AC〕第42号を表す),番号確認の補助になる。
2 改正・廃止による陳腐化への対応
法令名は時の経過により変化し,法律が廃止され又は他の法律に統合されることがある。本記事で取り上げた行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律(平成15年法律第58号)は,令和3年法律第37号により令和4年4月1日に廃止され,個人情報の保護に関する法律に一元化された。[法3][法4] 執筆時点で有効であった法令でも,引用の時点でなお現行かどうかを確認する必要がある。e-Gov法令検索では,廃止・改正の履歴や施行時点別の条文を確認できる。
3 書面作成時の確認手順
書面や記事で法令・裁判例・数値を引用するときは,二次資料の記載を引き写すのではなく,次の各点を一次資料に遡って確認することが,誤りの再生産を避ける実際的な手順となる。
- 法令名・法律番号・制定年・条番号が相互に整合するか(日本法令索引・官報・e-Gov法令検索)。
- 和暦と西暦が一致するか(改元年は,明治=1868年,大正=1912年,昭和=1926年,平成=1989年,令和=2019年)。
- 引用の時点で当該法令が現行か,廃止・改正されていないか(e-Gov法令検索)。
- 裁判例は,裁判所ウェブサイト等の原典で実在と判示内容を確認したか。
以上の確認は,公刊された権威ある文献であっても例外ではない。個別事案での結論は具体的事実と証拠により異なり得るため,引用する法令や数値は,その事案に適用される時点の現行法に即して改めて確認する必要がある。
出典
法令
- [法1]民法(明治29年法律第89号)4条。e-Gov法令検索 ――現行の成年年齢が18歳であること。(第2の2へ)
- [法2]行政機関の保有する情報の公開に関する法律(平成11年法律第42号)。e-Gov法令検索 ――1999年に制定された情報公開法の正式名称・法律番号。(第3の2へ)
- [法3]行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律(平成15年法律第58号。令和4年4月1日廃止)。e-Gov法令検索 ――同法の正式名称・法律番号・制定年,及び廃止。(第3の1へ)
- [法4]個人情報の保護に関する法律(平成15年法律第57号)。e-Gov法令検索 ――行政機関個人情報保護法の統合先。(第3の2へ)
- [法5]民事訴訟法(平成8年法律第109号)220条・223条。e-Gov法令検索 ――公務員の職務上の秘密に関する文書の文書提出義務(220条4号ロ)及びその手続(223条3項〜7項)。(第3の3へ)
裁判例
- 本記事では,個別の裁判例を法的命題の根拠として用いていない。
文献・公的資料
- [文1]日本弁護士連合会『日弁連七十年』(日本弁護士連合会,2019年)78頁,83頁,84頁 ――検討対象である記念誌の記載。同記念誌は日弁連公式サイトにPDFでも掲載されている。(第2の1へ)
- [文2]法務省「民法の一部を改正する法律(成年年齢関係)について」(日本語版/英語版) ――成年年齢を20歳から18歳に引き下げたこと,令和4年4月1日施行,明治9年の太政官布告以来約140年ぶりであること(英語版は当該布告の年を「1876」と表記)。(第2の1へ)
- [文3]法務省「民法の成年年齢が20歳と定められた理由等」(PDF) ――明治9年太政官布告第41号が満20歳を丁年と定め,これが明治29年制定の民法に引き継がれたこと。(第2の2へ)
- [文4]国立国会図書館 日本法令索引「民法の一部を改正する法律(平成30年6月20日法律第59号)」(日本法令索引) ――成年年齢改正法の法律番号・公布日。(第2の2へ)
- [文5]衆議院「地方独立行政法人法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」(平成15年法律第119号)(衆議院) ――平成15年法律第119号が地方独立行政法人法整備法であること。(第3の1へ)
- [文6]法務省「民事司法関係における法改正の動向(平成8年以降)」(PDF) ――2001年の文書提出命令関係の改正が民事訴訟法の一部を改正する法律(平成13年法律第96号)であること。(第3の3へ)
- [文7]日本弁護士連合会「民事訴訟法の一部を改正する法律(公文書提出命令)の成立にあたっての会長声明」(2001年)(日弁連) ――2001年改正が公文書提出命令に関する改正であること。(第3の3へ)
- [文8]総務省「情報公開制度の概要」(総務省) ――情報公開法の公布(1999年5月14日)及び施行(2001年4月1日)。(第3の2へ)
本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり,特定の個別事案に対する法的助言ではありません。引用に係る記載は第1版第1刷を前提としており,版・刷により訂正されている可能性があります。