刑事事件

刑訴法19条に基づく移送請求に際して,新型コロナウイルス感染症に関する緊急事態宣言を考慮しなかった札幌高裁令和3年2月18日決定(裁判長は39期の金子武志裁判官)

目次
1 札幌高裁令和3年2月18日決定に至る事実関係
2 札幌高裁令和3年2月18日決定(資料3)の判示内容
3 予断排除に関する刑訴法及び刑訴規則の定めと,札幌高裁令和3年2月18日決定の判示内容との関係
4 札幌高裁令和3年2月18日決定が出た後の事実関係
5 移送請求に対する検察官の意見書
6 移送請求に関する資料一覧
7 法務省新型コロナウイルス感染症対策基本的対処方針の「出張」に関する記載
8 大阪地裁に移送された後の経緯
9 関連記事その他

1 札幌高裁令和3年2月18日決定に至る事実関係
(1) 53期の河畑勇釧路地裁刑事部部総括は,令和3年1月19日,道路交通法違反(一般道において法定の最高速度を47km超えたというスピード違反)の犯罪地である釧路地裁に起訴された否認事件(以下「別件速度違反事件」といいます。)について,被告人が大阪市に在住していること,私選弁護人である私が大阪弁護士会に所属していること,及び大阪府に新型コロナウイルス感染症に関する緊急事態宣言が発令されていることにかんがみ,別件速度違反事件を大阪地裁に移送する旨の決定を出しました(資料1)。
(2) 釧路地検の検察官は,令和3年1月20日,新型コロナウイルス感染症に関する緊急事態宣言に一切言及することなく,釧路地裁令和3年1月19日決定に対する即時抗告の申立てをしました(資料2)。


2 札幌高裁令和3年2月18日決定(資料3)の判示内容
(1) 札幌高裁は,大阪府について新型コロナウイルス感染症に関する緊急事態宣言が発令されていた令和3年2月18日,下記のとおり判示した上で,検察官の即時抗告に基づき,別件速度違反事件に関する釧路地裁令和3年1月19日決定を取り消し,私の移送請求を却下しました(改行を追加しています。)。

    被告人は,本件公訴事実を争う予定であることから,今後釧路地裁に複数回出頭する必要があると考えられ,時間的,経済的な不利益が被告人及び弁護人に生じること自体は否定できないが,弁護人からは,上記のような一般的に生じる不利益について主張があるのみで,被告人の資力や生活状況等に関する具体的な主張や資料の提出があったわけではなく,本件の審理を釧路地裁で実施することに伴う被告人や弁護人の具体的な不利益が明らかになったとはいい難い。
    次に,移送請求書によれば,弁護人は,被告人は本件公訴事実を否認する予定であると主張するだけで,同請求書添付の令和2年12月16日付け千葉県公安委員会宛ての審査請求書によっても,その時点での被告人の主張として,測定機器の故障その他の原因で速度違反が検知されただけで速度違反の事実はなかったというにすぎず,また,被告人は捜査段階で供述調書への署名押印を拒否していて,本件についての被告人の供述が全く得られておらず,その主張の具体的内容が示されたとはいえない状況にある。
    そうすると,本件の争点が測定機器の正確性になるとは限らず,検察官請求証拠に対する意見の見込みも明らかではないことからすれば,公判廷での被告人の供述内容や審理の経過によっては,釧路地裁の周辺に居住する証人に対する尋問が必要となる可能性があるのであるから,同地裁において審理をする方が当該事件の審理に便宜であるのは明らかであり,かつ,捜査機関においても補充捜査が必要となるのであって,本件を他の管轄裁判所に移送すると,本件の捜査を担当しなかった検察官が審理に関与することになり,補充捜査にも支障が生じると考えられる。
    このように,本件では,被告人及び弁護人の主張の内容や,証拠意見の見込みが明らかではなく,およそ検察官が立証計画を定めることができる状況ではないのに,原決定は,本件を釧路地裁で審理することにより生じる被告人及び弁護人の一般的な不利益のみを重視して移送決定をしており,検察官の立証上の不利益を著しく害しているのは明らかであって,取消しを免れないというべきである。
    よって,本件即時抗告は理由があるから,刑事訴訟法426条2項により,主文のとおり決定する。
(2) 担当裁判官は,39期の金子武志裁判官58期の加藤雅寛裁判官及び59期の渡辺健一裁判官でした。



3 予断排除に関する刑訴法及び刑訴規則の定めと,札幌高裁令和3年2月18日決定の判示内容との関係
(1) 予断排除に関する刑訴法及び刑訴規則の定め
ア 第1回公判期日までの勾留に関する処分は,急速を要する場合を除き,事件の審判に関与すべき裁判官以外の,公訴の提起を受けた裁判所の裁判官が行うこととなっています(刑訴法280条1項,並びに刑訴規則187条1項及び2項)。
    また,検察官及び弁護人を出頭させた上で行う事前の打ち合わせにおいて,事件につき予断を生じさせるおそれのある事項について打ち合わせを行うことはできなません(刑訴規則178条の15第1項)。
    さらに,受訴裁判所が第1回公判期日前に当事者双方の主張等を知ることができるのは,充実した公判の審理を継続的,計画的かつ迅速に行えるようにするために実施され(刑訴規則217条の2第1項参照),かつ,当事者双方が等しく参加する場である公判前整理手続に限られます(刑訴法316条の2)。
    そのため,事件の審判に関与すべき裁判官の予断を排除するため,弁護人の主張の内容を移送請求において明らかにすることは本来,刑訴法及び刑訴規則が予定するところではないと思います。
イ 移送の決定は被告事件の実体的審理に入る前にのみなしうるものであって,検察官の冒頭陳述が終わった後はできません(刑訴法19条2項及び東京高裁昭和26年9月6日決定(判例秘書に掲載))。
    また,第1回公判期日前に弁護人が裁判所に連絡すべき事項は,申請予定の証人数,証人調べに要する見込みの時間,第1回公判期日において審理をどこまで進めることができるかについての予定等に限られています(刑訴規則178条の6第3項2号参照)。
    そのため,尋問が必要となる証人の居住市町村を明らかにすることはあっても,事件の審判に関与すべき裁判官の予断を排除するため,移送請求において争点及び証拠意見の見込みを明らかにすることは本来,刑訴法及び刑訴規則が予定するところではないと思います。
(2) 予断排除と,札幌高裁令和3年2月18日決定の判示内容との関係
ア 札幌高裁令和3年2月18日決定は,本件審査請求書を踏まえたとしても,「本件についての被告人の供述が全く得られておらず,その具体的内容が示されたとはいえない状況にある」などと判示しています。
    そのため,移送請求において弁護人の具体的主張を明らかにしていないことは移送請求を否定する大きな事情になるようです。
イ 札幌高裁令和3年2月18日決定は,本件審査請求書を踏まえたとしても,「本件の争点が測定機器の正確性になるとは限らず,検察官請求証拠に対する意見の見込みも明らかではない」などと判示しています。
    そのため,移送請求において争点及び証拠意見の見込みを明らかにしていないことは移送請求を否定する大きな事情になるようです。
(3) その他
ア 最高裁昭和42年11月28日決定の裁判要旨は以下のとおりです。
    当選を得しめる目的をもつて選挙運動者に対し現金を供与したとの訴因で起訴された事件につき、第一審における第一回公判期日前の公判進行についての打合せの際、検察官が、打合せの便宜に供するため、右訴因の事実のほかに、受供与者が受領した金員を更に他の者に交付したり、饗応にあてたりした趣旨の事実が系統的に図示されている一覧表を裁利官に提示したことは、刑訴法第二五六条第六項の趣旨に照らし妥当ではないが、右の程度では、いまだ同項にいう裁判官に事件につき予断を生ぜしめるおそれのある書類を示したものとは認めがたい。
イ 刑事公判部における書記官事務の指針(平成14年5月の最高裁判所事務総局作成の文書)5頁及び6頁には,「イ 書記官による情報収集」として以下の記載があります。
◯ 予断排除の原則との関係で,訴訟関係人から中立性,公平性について疑いを抱かれることのないよう配慮する必要はあるが,以下に述べるような進行管理のために必要な情報については,証拠の実質的な内容に立ち入らない範囲で,聞き方を工夫するなどした上で,積極的に収集することが求められる。
◯ 起訴後,速やかに,進行管理のために必要な①検察官請求証人の有無,②開廷回数の見込み,③追起訴予定の有無,追起訴完了時期,④証拠の分量,証拠調べに要する時間,⑤証拠開示見込み時期等の証拠の実質的な内容にわたらない情報を収集する。この時点では,主に,事件の全体像を把握している検察官から,情報を収集することになる。
※検察官との連絡には,電話のほか,新件連絡表(資料1)等と呼ばれる書面を使っているところがある。検察官からの情報収集は,起訴後3日から1週間をめどに行われている。※これらの情報は,必ずしも1度に入手できるとは限らないことから,その後必要な都度,さらに情報を収集する。
◯ 当初から私選弁護人(法律扶助に基づく弁護人を引き続き国選弁護人に選任することが予定されている場合を含む。)が選任されている場合には,弁護人からも情報を収集する。
※ 捜査段階から私選弁護人がついている場合は,起訴直後の段階で,概括的な弁護方針を聴取できる場合もある。


4 札幌高裁令和3年2月18日決定が出た後の事実関係
(1) 私は,釧路地裁に対し,令和3年3月20日,被告人及び弁護人の主張の内容や,証拠意見の見込み等を明らかにした上で刑訴法19条に基づく移送請求をしたところ,釧路地検の検察官は,新型コロナウイルス感染症に一切言及することなく,同月24日,移送請求は不相当であり,職権発動すべきではないという意見を述べました(資料4)。
(2) 釧路地裁は,令和3年5月24日,別件速度違反事件を大阪地裁に移送する旨の決定を出した(資料5)。
(3) 釧路地検の検察官は,大阪府及び北海道について新型コロナウイルス感染症に関する緊急事態宣言が発令されていた令和3年5月25日,新型コロナウイルス感染症に関する緊急事態宣言に一切言及することなく,釧路地裁令和3年5月24日決定に対する即時抗告の申立てをしました(資料6)。
(4) 札幌高裁は,令和3年6月23日,釧路地検の検察官の即時抗告を棄却しました(資料7)。


5 移送請求に対する検察官の意見書
(1) 公判に係属した事件の移送については,刑事訴訟法19条により, 「裁判所は, ・・・検察官若しくは被告人の請求により又は職権で,決定を以て, ・・・他の管轄裁判所に移送することができる。」とされており, この際,刑事訴訟規則8条により,裁判所は,移送の請求があった場合には相手方又は弁護人の意見を,職権で移送の決定をするには検察官及び被告人又は弁護人の意見を間かなければならないとされており, このときに裁判所に検察官の意見を記載して提出するものが,検察官の意見書です。
(2) 移送に関して裁判所から検察官に対して意見を求められた場合,検察官は,公判立証上の支障の有無,参考人等関係者の利便性,被告人の防御権等を考慮し,個別の事案に応じて意見書を裁判所に提出するものであって,あくまで独立した検察官の検察権行使の一環として,意見書が作成されます(令和3年12月当時の,検事総長の理由説明書参照)。



6 移送請求に関する資料一覧
資料1 釧路地裁令和3年1月19日決定
資料2 令和3年1月20日付の,釧路地検の検察官の即時抗告申立書
資料3 札幌高裁令和3年2月18日決定
資料4 令和3年3月24日付の,釧路地検の検察官の意見書
資料5 釧路地裁令和3年5月24日決定
資料6 令和3年5月25日付の,釧路地検の検察官の即時抗告申立書
資料7 札幌高裁令和3年6月23日決定

7 法務省新型コロナウイルス感染症対策基本的対処方針の「出張」に関する記載
・ 法務省新型コロナウイルス感染症対策基本的対処方針(令和3年6月30日改訂)8頁には,「出張」に関して以下の記載があります。
    出張先及びその周辺地域等の感染状況,用務の緊急性,重要性を踏まえ,テレビ会議等の代替手段を積極的に検討する。出張の受入れについても同様に検討する。
    用務の重要性を勘案し,出張を行う場合にあっては,出張者に,マスクを着用し,人混みを避け,用務先以外の訪問は差し控える等の感染症対策を講じさせる。出張者に発熱等が認められる場合には,速やかに所属上司等に報告を行わせ,出張を中止させる。なお,緊急事態措置の対象区域等に係る急を要しない出張は,原則として,延期又は中止することとする。
    海外出張については,外務省の渡航情報を踏まえて対応する。


8 大阪地裁に移送された後の経緯
(1)ア 大阪地裁に移送された後,否認事件として各種書類を弁号証として提出しようとしたところ,公判立会をした70期の福嶋勇介検事が当初,同意したのは弁6(身体障害者手帳)及び弁9(運転免許停止期間短縮通知書)だけでした。
イ 明治大学法曹会HP「合格体験記 私の司法試験合格法」によれば,2012年に明治大学法学部法律学科を卒業し,2014年に学習院大学法科大学院・既修コースを卒業した福嶋勇介は,3回目の受験で司法試験に合格したとのことです。
(2) 被告人質問にも刑事訴訟規則199条の10ないし199条の12が適用されると解されている(最高裁平成25年2月26日決定に関する最高裁判所判例解説参照)ことから,被告人の供述を明確化したり,書面の成立等について質問したりするために不同意書証を示した上で,刑事訴訟規則49条に基づき被告人供述調書に添付してもらいました。
    また,最高裁昭和59年12月21日決定は,「犯行の状況等を撮影したいわゆる現場写真は、非供述証拠に属し、当該写真自体又は他の証拠により事件との関連性を認めうる限り証拠能力を具備する」と判示していることにかんがみ,現場写真については,被告人質問により事件との関連性を立証することで証拠能力を付与してもらいました。
(3) 令和4年3月18日,新62期の千葉康一裁判官から罰金8万円の有罪判決を言い渡されました。

9 関連記事その他

(1)ア 大阪府については,令和3年のうち,1月13日から2月28日までの間,4月25日から6月20日までの間,及び8月2日から9月30日までの間,新型コロナウイルス感染症に関する緊急事態宣言が出ていました(大阪府HPの「令和3年4月25日以降の要請内容(緊急事態措置及びまん延防止等重点措置)」参照)。
イ 北海道については,令和3年のうち,5月16日から6月20日まで,及び8月27日から9月30日までの間,新型コロナウイルス感染症に関する緊急事態宣言が出ていました(旭川市HPの「緊急事態宣言発令に伴う北海道の休業要請等及び支援金の給付について」参照)。
(2) 「新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う法的課題や人権問題について引き続き積極的に取り組む宣言」(令和3年6月11日日弁連定期総会決議)で言及されている「COVID-19と人権に関する日弁連の取組-中間報告書-」(2021年2月)87頁には,令和2年4月当時の状況として以下の記載があります。
    新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づき新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言がなされたことにより,緊急事態宣言の対象地域内のほとんどの裁判所において,期日が一律に取り消されるという事態が生じた。また,緊急事態宣言の対象地域外の裁判所においても,裁判官をはじめとする裁判所職員が県境をまたいで通勤することができずに期日が取り消されるという事態も生じた。
(3) 早稲田大学HPに載ってある「河合健司元仙台高裁長官講演会講演録 裁判官の実像」には「仮に一審判決の結論が最終的に覆らないとしても,事件の具体的な事情を踏まえた適正な手続き,デュープロセスをしっかりと踏むことによって刑事罰を科す,そのことだけが刑事罰が正当化される根拠です。その根源的な問題,つまり,あくまでも被告人のために,適正な手続きを経て刑を確定させること,それが,裁判官が刑事罰を科すことができる正当化の根拠であるところ,その視点が私の考えの中で抜け落ちてしまった。」と書いてあります(リンク先のPDF12頁)。
(4)ア 以下の資料を掲載しています。
・ 証拠開示請求への対応について(平成23年4月28日付の大阪高検次席検事の通知)
イ 以下の記事も参照してください。
・ 新型コロナウイルス感染症への対応に関する最高裁判所作成の文書
・ 国内感染期において緊急事態宣言がされた場合の政府行動計画(新型インフルエンザの場合)
→ 平成29年9月12日当時のものです。
・ 国家緊急権に関する内閣法制局長官の国会答弁
・ 業務の再開に関するQ&A(令和2年5月1日付の最高裁判所総務局参事官の事務連絡添付の文書)

弁護人上告に基づき原判決を破棄した最高裁判決の判示事項(平成元年以降の分)

目次
第1 弁護人上告に基づき原判決を破棄した最高裁判決の判示事項(平成元年以降の分)
第2 刑訴法411条に関するメモ書き
第3 上告に関する刑事訴訟法の条文
第4 関連記事その他

第1 弁護人上告に基づき原判決を破棄した最高裁判決の判示事項(平成元年以降の分)
(令和5年3月24日更新)
55 最高裁令和5年3月24日判決(自判)
    死亡後間もないえい児の死体を隠匿した行為が刑法190条にいう「遺棄」に当たらないとされた事例


54 最高裁令和4年11月21日判決(差戻し)
    殺人の公訴事実について、自殺の主張は客観的証拠と矛盾するなどとして有罪の第1審判決の結論を是認した原判決に、審理不尽の違法、事実誤認の疑いがあるとされた事例
53 最高裁令和4年6月9日判決(自判)
    他人の物の非占有者が業務上占有者と共謀して横領した場合における非占有者に対する公訴時効の期間
52 最高裁令和4年2月18日判決(差戻し)
    準強制わいせつ被告事件について,公訴事実の事件があったと認めるには合理的な疑いが残るとして無罪とした第1審判決を事実誤認を理由に破棄し有罪とした原判決に,審理不尽の違法があるとされた事例
51 最高裁令和4年1月20日判決(自判)

    ウェブサイトの閲覧者の同意を得ることなくその電子計算機を使用して仮想通貨のマイニングを行わせるプログラムコードが不正指令電磁的記録に当たらないとされた事例
50 最高裁令和3年9月7日判決(差戻し)
    被告人は心神耗弱の状態にあったとした第1審判決を事実誤認を理由に破棄し何ら事実の取調べをすることなく完全責任能力を認めて自判をした原判決が,刑訴法400条ただし書に違反するとされた事例
49 最高裁令和3年7月30日判決(差戻し)
    違法収集証拠として証拠能力を否定した第1審の訴訟手続に法令違反があるとした原判決に,法令の解釈適用を誤った違法があるとされた事例
48 最高裁令和2年10月1日判決(差戻し)
    数罪が科刑上一罪の関係にある場合において,各罪の主刑のうち重い刑種の刑のみを取り出して軽重を比較対照した際の重い罪及び軽い罪のいずれにも選択刑として罰金刑の定めがあり,軽い罪の罰金刑の多額の方が重い罪の罰金刑の多額よりも多いときの罰金刑の多額
47 最高裁令和2年1月23日判決(差戻し)
    犯罪の証明がないとして無罪を言い渡した第1審判決を控訴裁判所が何ら事実の取調べをすることなく破棄し有罪の自判をすることと刑訴法400条ただし書
46 最高裁平成30年3月19日判決(自判)
    子に対する保護責任者遺棄致死被告事件について,被告人の故意を認めず無罪とした第1審判決に事実誤認があるとした原判決に,刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があるとされた事例
45 最高裁平成29年3月10日判決(自判)
    置き忘れられた現金在中の封筒を窃取したとされる事件について,封筒内に現金が在中していたとの事実を動かし難い前提として被告人以外には現金を抜き取る機会のあった者がいなかったことを理由に被告人による窃取を認定した第1審判決及び原判決の判断が論理則,経験則等に照らして不合理で是認できないとされた事例
44 最高裁平成28年12月19日判決(自判)
    被告人に訴訟能力がないために公判手続が停止された後訴訟能力の回復の見込みがないと判断される場合と公訴棄却の可否
43 最高裁平成28年12月5日判決(自判)
    土地につき所有権移転登記等の申請をして当該登記等をさせた行為が電磁的公正証書原本不実記録罪に該当しないとされた事例
42 最高裁平成28年3月18日判決(差戻し)
    自動車運転過失致死の公訴事実について防犯カメラの映像と整合しない走行態様を前提に被告人を有罪とした原判決に,審理不尽の違法,事実誤認の疑いがあるとされた事例
41 最高裁平成26年7月24日判決(自判)
    傷害致死の事案につき,懲役10年の求刑を超えて懲役15年に処した第1審判決及びこれを是認した原判決が量刑不当として破棄された事例
40 最高裁平成26年3月28日判決(自判)
    暴力団関係者の利用を拒絶しているゴルフ場において暴力団関係者であることを申告せずに施設利用を申し込む行為が,詐欺罪にいう人を欺く行為に当たらないとされた事例
39 最高裁平成26年3月28日判決(自判)
    暴力団関係者の利用を拒絶しているゴルフ場において暴力団関係者であることを申告せずに施設利用を申し込む行為が,詐欺罪にいう人を欺く行為に当たらないとされた事例
38 最高裁平成24年9月7日判決(差戻し)
    前科証拠を被告人と犯人の同一性の証明に用いることが許されないとされた事例
37 最高裁平成24年4月2日判決(差戻し)
    併合罪の一部である証拠隠滅教唆の事実につき重大な事実誤認の疑いが顕著であるとして原判決を破棄して差し戻した事例
36 最高裁平成24年2月13日判決(自判)
    覚せい剤を密輸入した事件について,被告人の故意を認めず無罪とした第1審判決に事実誤認があるとした原判決に,刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があるとされた事例
35 最高裁平成23年7月25日判決(自判)
    通行中の女性に対して暴行,脅迫を加えてビルの階段踊り場まで連行し,強いて姦淫したとされる強姦被告事件について,被害者とされた者の供述の信用性を全面的に肯定した第1審判決及び原判決の認定が是認できないとされた事例
34 最高裁平成22年12月20日判決(自判)
    観賞ないしは記念のための品として作成された家系図が,行政書士法1条の2第1項にいう「事実証明に関する書類」に当たらないとされた事例
33 最高裁平成22年4月27日判決(差戻し)
    殺人,現住建造物等放火の公訴事実について間接事実を総合して被告人を有罪とした第1審判決及びその事実認定を是認した原判決に,審理不尽の違法,事実誤認の疑いがあるとされた事例


32 最高裁平成21年12月7日判決(差戻し)
    旧株式会社日本債券信用銀行の平成10年3月期の決算処理における支援先等に対する貸出金の査定に関して,これまで「公正ナル会計慣行」として行われていた税法基準の考え方によることも許容されるとして,資産査定通達等によって補充される平成9年7月31日改正後の決算経理基準を唯一の基準とした原判決が破棄された事例
31 最高裁平成21年10月16日判決(差戻し)
    被告人の検察官調書の取調べ請求を却下した第1審の訴訟手続について,同調書が犯行場所の確定に必要であるとして,その任意性に関する主張立証を十分にさせなかった点に審理不尽があるとした控訴審判決が,刑訴法294条,379条,刑訴規則208条の解釈適用を誤っているとされた事例
30 最高裁平成21年9月25日判決(差戻し)
    被告人と本件犯行とを結びつける共犯者の供述の証拠価値に疑問があり,原判決には,審理を尽くさず,ひいては重大な事実誤認をした疑いが顕著であるとして,原判決を破棄し事件を原審に差し戻した事例
29 最高裁平成21年7月16日判決(自判)
    財産的権利等を防衛するためにした暴行が刑法36条1項にいう「やむを得ずにした行為」に当たるとされた事例
28 最高裁平成21年4月14日判決(自判)
    満員電車内における強制わいせつ被告事件について,被害者とされた者の供述の信用性を全面的に肯定した第1審判決及び原判決の認定が是認できないとされた事例


27 最高裁平成21年3月26日判決(自判)
    軽犯罪法1条2号所定の器具に当たる催涙スプレー1本を専ら防御用として隠して携帯したことが同号にいう「正当な理由」によるものであったとされた事例
26 最高裁平成20年7月18日判決(自判)
    旧株式会社日本長期信用銀行の平成10年3月期に係る有価証券報告書の提出及び配当に関する決算処理につき,これまで「公正ナル会計慣行」として行われていた税法基準の考え方によったことが違法とはいえないとして,同銀行の頭取らに対する虚偽記載有価証券報告書提出罪及び違法配当罪の成立が否定された事例
25 最高裁平成20年4月25日判決(差戻し)
    統合失調症による幻覚妄想の強い影響下で行われた行為について,正常な判断能力を備えていたとうかがわせる事情があるからといって,そのことのみによって被告人が心神耗弱にとどまっていたと認めるのは困難とされた事例
24 最高裁平成18年10月12日判決(自判)
    祖父母による未成年者誘拐事件につき懲役10月の実刑が破棄されて執行猶予が付された事例
23 最高裁平成16年12月10日判決(差戻し)
    窃盗の犯人による事後の脅迫が窃盗の機会の継続中に行われたとはいえないとされた事例
22 最高裁平成16年10月29日判決(差戻し)
    被告会社が土地を造成し宅地として販売するに当たり地方公共団体から都市計画法上の同意権を背景として開発区域外の排水路の改修工事を行うよう指導された場合においてその費用の見積金額を法人税法22条3項1号にいう「当該事業年度の収益に係る売上原価」の額として損金の額に算入することができるとされた事例
21 最高裁平成16年9月10日判決(差戻し)
    銀行の頭取が信用保証協会の役員と共謀して同協会に対する背任罪を犯したと認めるには合理的な疑いが残るとされた事例
20 最高裁平成16年2月16日判決(自判)
    被告人のみの控訴に基づく控訴審において裁判所が第1審判決の理由中で無罪とされた事実を第1審に差し戻すことが職権の発動の限界を超え許されないとされた事例
19 最高裁平成15年11月21日判決(自判)
    自動車の保管場所の確保等に関する法律11条2項2号,17条2項2号の罪の主観的要件
18 最高裁平成15年1月24日判決(自判)
    黄色点滅信号で交差点に進入した際,交差道路を暴走してきた車両と衝突し,業務上過失致死傷罪に問われた自動車運転者について,衝突の回避可能性に疑問があるとして無罪が言い渡された事例
17 最高裁平成14年3月15日判決(差戻し)
    業務上横領罪における不法領得の意思を肯定した控訴審判決が審理不尽,事実誤認の疑いなどにより破棄された事例
16 最高裁平成13年7月19日判決(差戻し)
    請負人が欺罔手段を用いて請負代金を本来の支払時期より前に受領した場合と刑法246条1項の詐欺罪の成否
15 最高裁平成13年1月25日判決(自判)
    交通事故による休業損害補償金として自動車共済契約による共済金を騙し取ったとされた事件において詐欺の故意が認められないとして無罪が言い渡された事例
14 最高裁平成11年10月21日判決(自判)
    監禁,強姦事件につき,監禁罪の成立を認めた点で第一,二審判決には事実誤認があるとして破棄自判した事例
13 最高裁平成9年9月18日判決(自判)
    保護処分決定が抗告審で取り消された事件について家庭裁判所が少年法20条により検察官送致決定をした場合に同法45条5号に従って行われた公訴提起の効力
12 最高裁平成9年6月16日判決(自判)
    刑法36条1項にいう「急迫不正の侵害」が終了していないとされた事例
11 最高裁平成8年9月20日判決(自判)
    死刑の選択がやむを得ないと認められる場合に当たるとはいい難いとして原判決及び第一審判決が破棄され無期懲役が言い渡された事例
10 最高裁平成6年12月6日判決(自判)
    複数人が共同して防衛行為としての暴行に及び侵害終了後になおも一部の者が暴行を続けた場合において侵害終了後に暴行を加えていない者について正当防衛が成立するとされた事例
9 最高裁平成4年7月10日判決(自判)
    夜間無灯火で自車の進行車線を逆行して来た対向車と正面衝突した事故につき自動車運転者の過失が否定された事例
8 最高裁平成3年11月14日判決(自判)
    デパートの火災事故につきこれを経営する会社の取締役人事部長並びに売場課長及び営繕課員に業務上過失致死傷罪が成立しないとされた事例
7 最高裁平成2年5月11日判決(自判)
    業務上過失致死事件につき禁錮10月の実刑が破棄されて執行猶予が付された事例
6 最高裁平成元年11月13日判決(自判)
    刑法36条1項にいう「巳ムコトヲ得サルニ出テタル行為」に当たるとされた事例
5 最高裁平成元年10月26日判決(自判)
    小学四年生の少女に対する強制わいせつ事件につき被告人が犯人であるとする右少女の供述等の信用性を肯定した原審の有罪判決が破棄され第一審の無罪判決が維持された事例
4 最高裁平成元年7月18日判決(自判)
    公衆浴場法8条1号の無許可営業罪における無許可営業の故意が認められないとされた事例
3 最高裁平成元年6月22日判決(差戻し)
    共犯者の供述に信用性を認めた原判決が破棄された事例
2 最高裁平成元年4月21日判決(自判)
    業務上過失致死事件につき被告人車が轢過車両であると断定することに合理的な疑いが残るとして破棄無罪が言い渡された事例
1 最高裁平成元年4月21日判決(差戻し)
    恐喝の事実につき審理不尽ないし事実誤認の疑いがあるとして原判決を破棄差戻した事例


第2 刑訴法411条に関するメモ書き
1(1)  刑事訴訟法411条3号は,判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認あることを疑うに足る顕著な事由があつて,原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときも原判決を破棄することを許した趣旨です(二俣事件(昭和25年1月6日発生の殺人事件)に関する最高裁昭和28年11月27日判決)。
(2) 刑事訴訟法411条は,最高裁判所が職権として調査することができる旨を定めたに過ぎないものであって,上告趣意書に含まれていない事項についても職権として調査しなければならない旨を定めたものではありません(非常上告事件に関する最高裁昭和30年9月29日判決)。
2(1) 東弁リブラ2010年3月号の「上告審の弁護活動について」には以下の記載があります。
    上告審が411条により控訴審判決を破棄できるのは,411条各号所定の事由があり,かつ,控訴審判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときに限られており(「著反正義」といわれます),きわめて高いハードルがあります。実際,上告審での破棄事例は,事実誤認であれば,主要な訴因について全部無罪とすべき(またはその疑いがある)場合が大半,量刑不当であれば,死刑/無期懲役,実刑/執行猶予の境界を分ける場合が大半で,しかも,全事件中に占める破棄事例の割合はきわめて少ないものとなっています。
(2)ア 最高裁令和4年4月21日判決は,検察官上告に基づき,傷害罪の成立を認めた第1審判決に判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるとした原判決に,刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があるとされた事例であって,先例として最高裁平成24年2月13日判決を引用しています。
イ 最高裁令和5年9月11日判決は,検察官上告に基づき,強要未遂罪の成立を認めた第1審判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるとした原判決に,刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があるとされた事例であって,先例として最高裁平成24年2月13日判決を引用しています。

第3 上告に関する刑事訴訟法の条文
第四百五条 高等裁判所がした第一審又は第二審の判決に対しては、左の事由があることを理由として上告の申立をすることができる。
一 憲法の違反があること又は憲法の解釈に誤があること。
二 最高裁判所の判例と相反する判断をしたこと。
三 最高裁判所の判例がない場合に、大審院若しくは上告裁判所たる高等裁判所の判例又はこの法律施行後の控訴裁判所たる高等裁判所の判例と相反する判断をしたこと。
第四百六条 最高裁判所は、前条の規定により上告をすることができる場合以外の場合であつても、法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件については、その判決確定前に限り、裁判所の規則の定めるところにより、自ら上告審としてその事件を受理することができる。
第四百七条 上告趣意書には、裁判所の規則の定めるところにより、上告の申立の理由を明示しなければならない。
第四百八条 上告裁判所は、上告趣意書その他の書類によつて、上告の申立の理由がないことが明らかであると認めるときは、弁論を経ないで、判決で上告を棄却することができる。
第四百九条 上告審においては、公判期日に被告人を召喚することを要しない。
第四百十条 上告裁判所は、第四百五条各号に規定する事由があるときは、判決で原判決を破棄しなければならない。但し、判決に影響を及ぼさないことが明らかな場合は、この限りでない。
② 第四百五条第二号又は第三号に規定する事由のみがある場合において、上告裁判所がその判例を変更して原判決を維持するのを相当とするときは、前項の規定は、これを適用しない。
第四百十一条 上告裁判所は、第四百五条各号に規定する事由がない場合であつても、左の事由があつて原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときは、判決で原判決を破棄することができる。
一 判決に影響を及ぼすべき法令の違反があること。
二 刑の量定が甚しく不当であること。
三 判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があること。
四 再審の請求をすることができる場合にあたる事由があること。
五 判決があつた後に刑の廃止若しくは変更又は大赦があつたこと。
第四百十二条 不法に管轄を認めたことを理由として原判決を破棄するときは、判決で事件を管轄控訴裁判所又は管轄第一審裁判所に移送しなければならない。
第四百十三条 前条に規定する理由以外の理由によつて原判決を破棄するときは、判決で、事件を原裁判所若しくは第一審裁判所に差し戻し、又はこれらと同等の他の裁判所に移送しなければならない。但し、上告裁判所は、訴訟記録並びに原裁判所及び第一審裁判所において取り調べた証拠によつて、直ちに判決をすることができるものと認めるときは、被告事件について更に判決をすることができる。
第四百十三条の二 第一審裁判所が即決裁判手続によつて判決をした事件については、第四百十一条の規定にかかわらず、上告裁判所は、当該判決の言渡しにおいて示された罪となるべき事実について同条第三号に規定する事由があることを理由としては、原判決を破棄することができない。
第四百十四条 前章の規定は、この法律に特別の定のある場合を除いては、上告の審判についてこれを準用する。
第四百十五条ないし第四百十八条 (省略)


第3 関連記事その他
1 上告審における事実誤認の主張に関する審査は,原判決の認定が論理則,経験則等に照らして不合理かどうかの観点から行われます(最高裁平成21年4月14日判決)。
2 上告裁判所が弁護人を付する場合であって,上告審の審理のため特に必要があると認めるときは,裁判長は,原審における弁護人であった弁護士を弁護人に選任することができます(刑事訴訟規則29条4項・29条3項)。
3 上告審判決は原則として「差戻し」であって,「自判」は例外です(刑事訴訟法413条)。
4 Wikipediaの「紅林麻雄」(袴田事件発生前の昭和38年7月に警察を辞職しました。)には以下の記載があります。
自身が担当した幸浦事件死刑判決の後、無罪)、二俣事件(死刑判決の後、無罪)、小島事件無期懲役判決の後、無罪)、島田事件(死刑判決の後、無罪)の各事件で無実の者から拷問自白を引き出し、証拠捏造して数々の冤罪を作った。
(中略)
上記4事件のうち島田事件を除く3事件が一審・二審の有罪判決の後に無罪となり、島田事件も最高裁での死刑判決確定後の再審で無罪が確定した。

5 59期の前期修習等で教材として取り上げられた,鹿児島夫婦殺し事件(昭和44年1月15日に鹿児島県鹿屋市で発生した殺人事件)に関する最高裁昭和57年1月28日判決は, 被告人の自白及びこれを裏付けるべき重要な客観的証拠等の証拠価値に疑問があるとして原判決が破棄された事例です。
6 東京高裁令和6年7月18日判決(裁判長は43期の家令和典)は,東京都文京区の自宅で平成28年8月9日,妻を殺害したとして殺人罪に問われた講談社元編集次長の朴鐘顕(パク・チョンヒョン)の差し戻し控訴審において,懲役11年とした東京地裁の裁判員裁判判決を支持し,被告人の控訴を棄却しました(最高裁令和4年11月21日判決の他,産経新聞HPの「講談社元次長、差し戻し控訴審も懲役11年 妻殺害で無罪主張退ける」参照)。
7(1) 以下の資料を掲載しています。
・ 刑事上訴事件記録の送付事務について(令和3年6月18日付の最高裁判所訟廷首席書記官の事務連絡)
(2) 以下の記事も参照してください。
・ 最高裁判所における刑事事件の弁論期日
・ 刑事事件の上告棄却決定に対する異議の申立て
・ 最高裁判所裁判部作成の民事・刑事書記官実務必携
 最高裁判所事件月表(令和元年5月以降)
・ 判決要旨の取扱い及び刑事上訴審の事件統計
・ 最高裁判所調査官
・ 最高裁判所判例解説

取調べのための呼び出しに応じないことと,逮捕の必要性に関する最高裁刑事局作成の資料の記載

目次
1 取調べのための呼び出しに応じないことと,逮捕の必要性に関する最高裁刑事局作成の資料の記載
2 関連記事その他

1 取調べのための呼び出しに応じないことと,逮捕の必要性に関する最高裁刑事局作成の資料の記載
・ 最高裁判所刑事局が平成7年3月に作成した,逮捕・勾留に関する解釈と運用4頁及び5頁には以下の記載があります。

    まず,一般論として,次のとおり意見が一致した。
    刑訴法199条1項ただし書の罪についてはもちろん,その他の罪についても,明らかに逃亡,罪証隠滅のおそれがなく,単に出頭要求に応じないという理由だけでは逮捕状を発付することはできない。しかし,任意出頭の要求に数回にわたって応じないということは,逃亡又は罪証隠滅のおそれを推認させる有力な事情とはなりうるであろう。呼出しの回数が重なるに連れ,呼出しを無視する被疑者の緊張感が高まり,例えば,もしかすると裁判で実刑になるのではないかとの不安を覚え,逆に逃走や罪証隠滅を図るといった心理過程を推認できることもあるからである。もちろん具体的な諸事情を総合判断しなければならないが,そのような推認ができる場合には,数回の不出頭の事実を逮捕の必要性の一つの判断資料として,逮捕状を発付するということも十分考えられる。なお,このような推認が働くのは,あくまで有効な呼出しを現に受けており,かつ正当な理由もないのに,出頭しない場合に限られることはいうまでもない。
    この点について,何回以上不出頭であれば逮捕状を発付するという一応の基準的なものを設け,これに基づいて運用するというやり方についても議論が及んだ。しかし,これに対しては,単に機械的に回数のみを基準にして逮捕の必要性の有無を決するのは妥当でなく,あくまでも具体的事情を総合判断して,必要性の有無を判断すべきである,との結論となった。

2 関連記事その他
(1) 交通事故弁護士相談Cafe「交通事故の現場検証!警察官対応で必ず知っておくべき全知識」が載っています。
(2) 名古屋高裁令和4年1月19日判決は以下の判示をしたみたいです(弁護士法人金岡法律事務所HPの「名古屋高裁、在宅被疑者に取調べ受忍義務を認める!!」参照)。
    正当な理由のない不出頭は,一般的には逃亡ないし罪証隠滅のおそれの一つの徴表であると考えられ,数回不出頭が重なれば逮捕の必要が推定されることがあると解されている。そうすると,検察官の出頭要求に応じて被疑者が出頭したものの,弁護人を取り調べに立ち会わせることを求め,これを検察官が認めなかったことから,結果として被疑者の取調べを行うことができない事態が繰り返された場合に,検察官が,被疑者が正当な理由なく取調べを拒否しており,正当な理由のない不出頭を繰り返した場合に準じ,逃亡ないし罪証隠滅のおそれがあるとして逮捕の必要性があると評価することに合理的根拠がないとはいえ(ない)
(3)ア 以下の資料を掲載しています。
・ 被疑者の取調べにおける弁護人立会い要求等に対する対応要領(令和4年8月の兵庫県警察本部刑事部刑事企画課の文書)
・ 監察調査の結果について(令和5年12月25日付の最高検察庁監察指導部の文書)
→ 令和元年の参院選広島選挙区を巡る大規模買収事件に関するものです。
・ 取調状況DVD等に関する調査について(令和元年5月24日付の最高裁判所刑事局第三課長の事務連絡)
・ 証拠収集等への協力及び訴追に関する合意制度の運用等について(平成30年3月19日付の次長検事の依命通達)
イ 以下の記事も参照してください。
・ 警察及び検察の取調べ
・ 司法修習生による取調べ修習の合法性
・ 交通違反に対する不服申立方法

刑事事件の上告棄却決定に対する異議の申立て

目次
1 総論
2 異議の申立て期間及び申立て理由
3 異議の申立てを認容して決定を訂正した事例
4 刑事事件の上告棄却決定の確定時期
5 上告棄却決定に対する異議申立てについての元最高裁判事のコメント
6 上告審の未決算入基準
7 関連記事その他

1 総論
(1) 刑訴法414条・386条1項3号により上告を棄却した最高裁判所の決定に対しては,刑訴法414条・386条2項・385条2項前段・428条2項により異議の申立てをすることができます(最高裁大法廷昭和30年2月23日決定参照)。
(2) 最高裁大法廷昭和26年12月26日決定は,上告棄却決定に対する異議申立ては不適法としていたものの,3年余り後に出された最高裁大法廷昭和30年2月23日決定によって判例変更されました。

2 異議の申立て期間及び申立て理由
(1) 異議の申立て期間
・ 異議の申立ては,上告棄却決定が被告人本人に送達された日(刑訴法358条及び最高裁昭和32年5月29日決定)から3日以内に行う必要があります(刑訴法414条・386条2項・385条2項後段・422条)。
(2) 異議の申立て理由
ア 異議の申立ては,決定の内容に誤りのあることを発見した場合に限りできます(最高裁昭和36年7月5日決定)。
イ 上告棄却決定に対する異議の申立てについて,申立書自体には何ら具体的理由が付されてなく,異議申立て期間内に理由書の提出もないときは,刑訴法414条・386条2項・385条2項・426条1項により,決定で申立てを棄却されます(最高裁昭和42年9月25日決定)。

3 異議の申立てを認容して上告棄却決定を訂正した事例
・ 異議の申立てを認容して決定を訂正した事例としては以下のものがあります。
① 上告趣意書最終提出日の通知が適法にされていなかったのに,上告趣意書不提出として上告棄却決定をしていたため,同決定を取り消し,上告趣意書最終提出日を変更する旨の決定をしたもの(最高裁昭和33年2月4日決定
② 上告棄却決定前に被告人が死亡していたことが判明したため,同決定を取り消して公訴棄却の決定をしたもの(最高裁昭和42年5月17日決定
③ 刑の執行と競合する未決勾留日数を算入していたため,主文中の算入部分を削除するなどしたもの(最高裁昭和42年12月25日決定

4 刑事事件の上告棄却決定の確定時期
・ 刑事事件の上告棄却決定が確定するのは,3日間の異議申立期間が経過したとき,又はその期間内に異議の申立てがあった場合には,これに対する裁判が被告人に送達されたときとなるのであって,上告審判決の確定時期に関する刑訴法418条に準じた取扱いとなっています(逐条実務刑事訴訟法1167頁及び1168頁)。

5 上告棄却決定に対する異議申立てについての元最高裁判事のコメント
・ 「法廷に臨む 最高裁判事として」13頁には以下の記載があります。
    刑事事件の上告棄却決定に対する異議事件で「判決は、上告の趣意は量刑不当の主張であって刑訴四○五条の上告理由にあたらないとあるが判決、決定の生命はその論理性にあり、理由がすべてである。実質的な理由の記載のない決定は最高裁の権威をおとし、当事者の納得も得られず、裁判に対する信頼をうしなわせるものである。」旨の主張がされた。
    この事件を処理した日の私の日記には「そうは言っても現在の制度のもとでは上告理由のないことが明白な事件についてはそのような処理にならざるを得ない。すべての事件について当事者の納得を得られるような理由を記載することは物理的に不可能なほど事件に追われている。そこに実務を担っている者の辛さがある。また法律がそこまでの要求をしていないと考えられることを理由に自分を納得させている」とある。

6 上告審の未決算入基準
・ 情状弁護ハンドブック96頁には以下の記載があります。
    上告審においては,上告申立から上告審の判決までの通常審理期間を4か月として,4か月内での判決については未決勾留日数が算入されず,上記期間を経過した場合に限って算入される取扱いとなっています。
    上告審の平均審理期間は平成18年において3.1か月とされており (最高裁判所事務総局刑事局), 4か月を超える審理がなされることは通常事案においては少ないといえます。したがって,上告をすることにより未決勾留日数が算入される可能性は低いことから,被告人から上告すべきか否かを問われた際には上記事情も伝えておくことがよいといえます。

7 関連記事その他
(1)ア 訂正の申立て(刑事訴訟法415条)は上告審判決に対してできるのであって,上告棄却決定に対してすることはできません(最高裁大法廷昭和30年2月23日決定)。
イ 訂正の申立て及び異議の申立ては,いずれも,本案事件の裁判に関するものであり,判決又は決定の内容に誤りのあることを発見した場合にのみ許される訂正を求める手続です(最高裁昭和52年4月4日決定)。
(2) 最高裁判所のした保釈保証金没取決定に対しては刑訴法428条の準用により異議の申立てをすることができます(最高裁昭和52年4月4日決定)。
(3) 上告棄却決定に刑訴法436条1項各号所定の再審事由がある場合,再審請求ができます(最高裁大法廷昭和31年5月21日決定)。
(4)ア 最高裁令和4年7月20日決定は,上告趣意書の差出最終日に弁護人が辞任し差出最終日には被告人に弁護人がなかったとしても,差出最終日までに上告趣意書を差し出さなかったことを理由に被告人の上告を棄却したことが正当であるとされた事例です。
イ 最高裁令和5年3月7日決定は, 被告人が弁護人に対し上告趣意書差出最終日前に被告人作成の上告趣意書を送付したが,弁護人が上告棄却決定後にこれを裁判所に提出したという事案につき,上告棄却決定に判断遺脱はないとされた事例です。
(5)ア 以下の資料を掲載しています。
・ 刑事上訴事件記録の送付事務について(令和3年6月18日付の最高裁判所訟廷首席書記官の事務連絡)
イ 以下の記事も参照してください。
・ 刑事の再審事件
・ 最高裁判所における刑事事件の弁論期日
・ 弁護人上告に基づき原判決を破棄した最高裁判決の判示事項(平成元年以降の分)
 最高裁判所事件月表(令和元年5月以降)
・ 判決要旨の取扱い及び刑事上訴審の事件統計
・ 最高裁判所調査官
・ 最高裁判所判例解説

保釈保証金の没取

目次
1 総論
2 保釈保証金の没取金額の推移
3 全国弁護士協同組合連合会が保釈保証書を発行した事案における没取の状況(令和5年3月17日追加)
4 保釈中の逃亡事件に関する国会答弁
5 保釈保証金の没取に関する下級審判例
6 関連記事その他

1 総論
(1) 被告人が逃亡したり,罪証隠滅を図ったり,保釈条件に違反したりした場合,裁判所は保釈を取り消すことができます(刑訴法96条1項)。
(2)ア 裁判所が保釈を取り消す場合,保釈保証金の全部又は一部を没取できます(刑訴法96条2項)。
イ 刑訴法96条2項に基づく保釈保証金没取決定は,保釈保証金若しくはこれに代わる有価証券を納付し又は保証書を差し出した者に対し,その者の国に対する保釈保証金等の還付請求権を消滅させ,また,その者に対して保証書に記載された金額を国庫に納付することを命ずることを内容とする裁判です(最高裁昭和52年4月4日決定)。
ウ 保釈保証金没取決定は,これに対し事後に不服申立の途が認められれば,あらかじめ告知,弁解,防御の機会が与えられていないからといって,憲法31条及び29条に違反しません(最高裁大法廷昭和43年6月12日決定)。
(3) 「没取」は「没収」と同じ意味です。
(4) 市民的及び政治的権利に関する国際規約9条3項は以下のとおりです。
 刑事上の罪に問われて逮捕され又は抑留された者は、裁判官又は司法権を行使することが法律によって認められている他の官憲の面前に速やかに連れて行かれるものとし、妥当な期間内に裁判を受ける権利又は釈放される権利を有する。裁判に付される者を抑留することが原則であってはならず、釈放に当たっては、裁判その他の司法上の手続のすべての段階における出頭及び必要な場合における判決の執行のための出頭が保証されることを条件とすることができる。


2 保釈保証金の没取金額の推移
(1)ア 保釈保証金の没取金額の推移は以下のとおりです。
令和 4年: 1億8235万円
令和 3年: 1億5770万円
令和 2年: 2億9640万円
2019年:18億5860万円
平成30年: 1億6760万円
平成29年: 1億9120万円
平成28年: 1億1370万円
平成27年: 1億2055万円
平成26年:   8120万円
平成25年:   7580万円
イ 令和元年12月31日,カルロス・ゴーン(日産自動車の元会長)が「私はレバノンにいる」という内容の声明を発表したため,同日の晩,東京地裁は同人の保釈を取り消す決定をして,同人の保釈保証金15億円を没取しました(Wikipediaの「カルロス・ゴーン事件」参照)。
(2) 以下の文書を掲載しています。
・ 各庁ごとの保釈保証金の没取金(令和5年度分)
・ 各庁ごとの保釈保証金の没取金(令和4年度分)
・ 各庁ごとの保釈保証金の没取金(令和3年度分)
→ 86枚の文書からの抜粋です。
・ 各庁ごとの保釈保証金の没取金(令和2年度分)
・ 各庁ごとの保釈保証金の没取金(2019年度分)
・ 各庁ごとの保釈保証金の没取金(平成30年度分)
・ 令和元年6月14日付の開示文書
→ 平成25年度から平成29年度までの金額が載っています。
(3) 日本保釈支援協会HP「保釈に関する数値データ」が載っています。
(4) 衆議院議員鈴木強君提出保釈保証金返還債権の帰属及び保管金規則第三条の解釈に関する質問に対する答弁書(昭和59年9月14日付)には以下の記載があります。
    没取決定があつた場合には、弁護人は、保証書記載の保証金相当額を国庫に納付する債務を負担する。弁護人が任意に納付しないときは、検察官の命令により、民事執行法その他強制執行の手続に関する法令の規定に従つて没取の裁判の執行をすることになる(刑事訴訟法第四百九十条)。


3 全国弁護士協同組合連合会が保釈保証書を発行した事案における没取の状況
(1) 全国弁護士協同組合連合会HP「保釈保証書発行事業」には以下の記載があります。
保釈保証書発行事業とは、貧富の差による不平等をなくし、被告人の人権を守るための事業です。逃亡や証拠隠滅の可能性が低く保釈可能な被告人でも、保証金が用意できなければ、身体を拘束され続けるしかありません。全弁協の提唱する保釈保証書発行事業では、担当弁護人の申込みに基づき全弁協が保証書の発行を行い、万一の際の保証金の支払いは全弁協が行います。組合がリスクを負うことで弁護人個人へのリスクをなくし、「保証書による保釈」を機能させ、資金の乏しい被告人にも平等に保釈の機会を与えるのがこの事業の狙いです。
(2) 自由と正義2023年3月号50頁ないし52頁に「全国弁護士協同組合連合会における保釈保証書発行事業と保釈保証金の没取得状況について」が載っていますところ,そこには以下の記載があります。
Ⅱ 自己負担金と保証料等の変更(一般事案は自己負担金ゼロに)
    この状況(山中注:制度変更前の没取状況)から、薬物事案以外の事案においては、保釈保証書のみによっても逃亡等保釈条件違反について相当の抑止力があると考えられる反面、覚醒剤取締法違反事件における被告人に対する抑止力は、被告人によっては抑止力が働かない場合もあり得ると考えられた。
   そこで、全弁協は、保証料と自己負担金等について以下のとおり変更した。
    覚醒剤取締法違反など薬物事案については、2021年5月1日申込受付分から、保証料を2%から3%に、また自己負担金も10%から20%にそれぞれ増額した。審査項目に同種前科の有無を設け、審査もより厳しくし、発行上限額も200万円に減額した。
    他方、薬物事案以外の事案(以下「一般事案」という。)については、それまで自己負担金として10%の納付を求めていたが、これを求めないように変更した(保証料、発行上限額は従前とおり)。
(中略)
Ⅴ 自己負担金なしの一般事案における没取の状況
    2021年5月1日の自己負担金変更後の一般事案の保釈保証書の発行件数は281件であり、うち保釈が終了した案件は225件である。そして、没取となった件数は1件である(没取率0.4%)。この225件のうち、裁判所が現金の納付を求めていた件数(保釈保証金の金額が300万円を超えるか、300万円以下の場合にはその全額について保釈保証書の代納を認めていないもの)は151件である。なお、没取の対象となった上記案件は、裁判所から別途現金の納付を求められていた事案である。
Ⅵ 自己負担金10%の納付を求めていた事案の没取の状況
    2018年4月1日から2021年4月末日までに申込みがなされた一般事案の保釈保証書の発行件数は907件であり、うち保釈が終了した案件は903件である。そして没取となった件数は11件である(没取率1.2%)。この11件のうち、裁判所が現金を求めていた件数は5件、現金の納付を求めていなかった件数は6件であり、ほぼ同数である。没取とはならなかった892件のうち、裁判所が現金の納付を求めていた件数は418件、現金の納付を求めていなかった件数は489件である。
Ⅶ まとめ
    一般事案において,自己負担金変更後の没取率は、それ以前の没取率を大きく下回っている。裁判所が別途現金の納付を求めていない事案においても、相当件数が没取されることなく保釈が終了している。没取後は、分割払であれ、保証委託者が全弁協に支払を行う案件がほとんどである。全弁協による保釈保証書も抑止力は十分にあると言える。なお、全弁協は、事前申込事案のうち、保証承諾の可否を慎重に判断すべき事案(申込総数の50%程度)については、審査担当弁護士が弁護人に個別に事実確認した上で判断している。
本稿で紹介した数値は、個々の事案を踏まえたものではないため、最終的には個々の事案によるという面があることは否定できないが、事案によっては保釈保証書のみでも保釈条件を遵守させるには十分である。
    裁判官、検察官には、是非全弁協の保釈保証書の抑止力を正当に評価していただき、それを踏まえて個々の事案において適切な判断がなされることを期待したい。


4 保釈中の逃亡事件に関する国会答弁
43期の安東章最高裁判所刑事局長は,令和2年2月25日の衆議院予算委員会第三分科会において以下の答弁をしています。
 まず、委員御指摘ありましたカルロス・ゴーン被告人の保釈中の逃亡事件についてでございますけれども、個別裁判の当否についての言及は差し控えますが、保釈中の被告人が不正に出国して刑事裁判が開けなくなるというのは本来あってはならない事態と事務当局としても考えておりまして、今回の件については重く受けとめておるところでございます。
 それから、裁判所での取組でございます。
 先ほど委員からも御指摘ありました、昨年夏ごろから保釈中の被告人の逃走事案が相次いで発生しておりまして、一部の地方裁判所におきましては、保釈が取り消された実例を素材として、保釈の運用に関する議論がされていたところです。
 これを受けまして、昨年秋に開催された司法研修所の刑事事件を担当する裁判官の研究会におきまして、事務当局の方からその地裁の議論状況を紹介したところでございます。その後、その内容は各庁に還元され、各庁で議論が行われたものと承知しております。
 また、こうした各庁での議論を踏まえまして、先月から高裁単位で刑事事件担当の裁判官の協議会を開いておりまして、そちらでも、保釈保証金を含む保釈条件のあり方、それからその設定に必要な情報を当事者から把握するための審査手続のあり方などについて、更に議論がなされたところでございます。
 このように裁判官の間での議論を積み重ねていくことによりまして、個々の事案に応じた適切な保釈の運用が行われていく、そのように考えているところでございます。


5 保釈保証金の没取に関する下級審判例
・ 東京高裁令和4年1月24日決定(判例時報2543号・2544号)は,実刑判決確定後に約3か月間逃亡した事案の保釈保証金没取請求について,保釈保証金の実質的納付者の事情や刑の執行が開始されたことなどを指摘して保釈保証金の一部を没取した原決定について,本件の没取事由によれば,特に事情がない限り保釈保証金は全額没取すべきであり,原決定が考慮した事情は,没取額を減額する方向の事情ではないか,一部没取が相当な理由が示されていないとして,これを取り消し,保釈保証金の全額を没取した事例です。

6 関連記事その他
(1) 一般社団法人日本保釈支援協会HP「保釈保証金立替システム」が載っています。
(2)ア 債権者が会社に金銭を貸し付けるに際し,社債の発行に仮託して,不当に高利を得る目的で当該会社に働きかけて社債を発行させるなど,社債の発行の目的,会社法676条各号に掲げる事項の内容,その決定の経緯等に照らし,当該社債の発行が利息制限法の規制を潜脱することを企図して行われたものと認められるなどの特段の事情がある場合を除き,社債には同法1条の規定は適用されません(最高裁令和3年1月26日判決)。
イ 最高裁令和6年11月19日決定は,刑訴法96条7項による保釈保証金没取請求が認容された事例です。
(3) 国際法学会HPの「エキスパート・コメント」「カルロス・ゴーン氏逃亡問題(改訂版)」が載っています。
(4) 以下の記事も参照して下さい。
・ 被告人の保釈
 刑事裁判係属中の,起訴事件の刑事記録の入手方法(被害者側)
 刑事裁判係属中の,起訴事件の刑事記録の入手方法(加害者である被告人側)
・ 刑事記録の入手方法等に関する記事の一覧

冤罪事件における捜査・公判活動の問題点

目次
1 法務省HP又は検察庁HPにある,冤罪事件に関する捜査・公判活動の問題点をまとめた報告書
2 平成22年9月21日の,大阪地検特捜部証拠改ざん事件に関するスクープ記事
3 司法行政文書開示手続の場合,法解釈を示している部分等は不開示情報であること
4 関連記事その他

1 法務省HP又は検察庁HPにある,冤罪事件に関する捜査・公判活動の問題点をまとめた報告書
① 平成19年8月付の「いわゆる氷見事件及び志布志事件における捜査・公判活動の問題点について」
② 平成22年4月付の「いわゆる足利事件における捜査・公判活動の問題点等について(概要)」
・ リンク切れにつき,かつて掲載されていた文書を私のブログに載せています。
・ 警察庁HPに「足利事件における警察捜査の問題点等について(概要)」(平成22年4月)が載っています。
③ 平成22年12月付の「いわゆる厚労省元局長無罪事件における捜査・公判活動の問題点等について(公表版)」
・ 検察庁内部において,逮捕の判断,起訴の判断,捜査・処理における取調べ・決裁,公判遂行中の対応が具体的にどのようになされているかが非常によく分かるのであって,例えば,末尾20頁(PDF25頁)には以下の記載があります(本件というのは厚労省元局長無罪事件のことであり,A氏というのは村木厚子 厚生労働省雇用均等・児童家庭局長(平成21年6月14日逮捕)のことです。)。
    最高検における本件の検討は,担当のP3検事が,高検刑事部長から,報告書等の資料の送付を受け,電話で報告・説明を受けて,その検討の結果を最高検刑事部長,次長検事及び検事総長に報告して,その了承を得るという形で行われた。ただし,A氏の処分に関する検討の際は,高検刑事部長が,別事件に関する報告も併せて最高検を訪れ,最高検のP3検事と協議の上,検事総長室において,検事総長及び次長検事に対し,報告書に基づき,処分の方針を報告し,その了承を得た


2 平成22年9月21日の,大阪地検特捜部証拠改ざん事件に関するスクープ記事
(1) 平成22年9月21日の,大阪地検特捜部証拠改ざん事件に関するスクープ記事については,「大スクープはこうして生まれた 大阪地検特捜部証拠改ざん事件報道を,朝日・板橋洋佳記者と語る」が大変,参考になります。
(2) リンク先の文中の「第8回 公開議論・質疑応答 (2)報道機関と権力の関係」には以下の記載があります。
(石丸)
権力との関係ということに集中してお訊きしたいと思います。
大阪高検の三井さんが裏金事件を暴露しようとした直前に逮捕されました。三井さん自身は検察の中の人でした。外部の、たとえばジャーナリストを口封じ的に、報復として逮捕するようなことがあれば、大変な問題です。
検察との関係のなかで、どの程度までの危険を想定しながら取材していたんでしょうか。
(合田)
それは記者の逮捕もありうるということですが、その容疑はなんでしょうか。
(板橋)
考えていたのは守秘義務違反、つまり国家公務員法違反です。それ以外では、警戒しすぎだと思われるかもしれませんが、例えば書店に行った際に、鞄に本を入れられて万引きで逮捕されるとかですね。いろいろ想定はしましたが、尾行されたことも結果的にありませんでした。
つまり、杞憂におわったのが実情です。
検察組織にも、改ざんをした検事とは違って、証拠と法に基づいて真面目にやっている検事たちがいます。組織全部がだめというわけではありません。
当然、きちんと物事を判断できる検察幹部や現場の検事たちもいますから、おそらく逮捕はないだろうと思っていましたが、危機管理としては想定していました。
(3) 報道機関が公務員に対し秘密を漏示するようにそそのかしたからといって,直ちに当該行為の違法性が推定されるものではなく,それが真に報道の目的からでたものであり,その手段・方法が法秩序全体の精神に照らし相当なものとして社会観念上是認されるものである限りは,実質的に違法性を欠き正当な業務行為です(最高裁昭和53年5月31日決定)。


3 司法行政文書開示手続の場合,法解釈を示している部分等は不開示情報であること
・ 46期の岡口基一裁判官が平成30年5月17日頃にツイートで紹介した事件の第1審判決及び控訴審判決(平成30年6月12日付の東京高裁事務局長報告書の別紙)に関する令和2年度(情)答申第37号には以下の記載があります。
     苦情申出人は,①本件第1審判決のうち法解釈を示している部分,②犬の犬種等を記載した別紙物件目録及び写真,③担当裁判官の氏名については,明らかに法5条1号の不開示情報に相当しない旨主張する。
     しかしながら,上記①及び②の各情報は,上記1及び2(1)のとおり,いずれも法5条1号に規定する個人識別情報であり, 同号ただし書イからハまでに掲げる情報に相当する事情は認められない。そして,上記①について,これが公にされた場合には,特定の訴訟当事者間における特定の民事訴訟の事実関係や主張内容,訴訟の勝敗を分けた原因等を推知される可能性があり,また,上記②についても,これが公にされた場合には,上記民事訴訟における返還請求の対象となった犬を特定される可能性があるといえ,当該訴訟当事者の権利利益が害されるおそれがあると認められるから, これらについて,いずれも取扱要綱記第3の2に定める部分開示をすることはできない。
    また,上記③については,本件対象文書において不開示とされたのは裁判官の署名であり,法5条1号に規定する個人識別情報に相当すると認められ,職務の遂行に係る情報には当たるものの,その固有の形状が文書の真正を示す認証的機能を有しており, これが公にされた場合には,偽造など悪用されることを誘発して,個人の権利利益が害されるおそれがあることからすれば,同号ただし書に規定する情報に相当するとはいえない。このことからすれば,苦情申出人が指摘する事案において裁判官の氏名が開示されていたことと同視することはできない。


4 関連記事その他
(1) 日弁連HPに「「足利事件」調査報告書」(2011年5月6日付)が載っています。
(2) 大阪地裁平成25年9月4日判決(判例秘書に掲載。裁判長は41期の中垣内健治裁判官)は,大阪地検特捜部証拠改ざん事件に関して大阪地検特捜部副部長が提起した懲戒免職処分取消等請求を棄却しました。
(3) 平成21年度初任行政研修「事務次官講話」「国家がなすべきことと民間とのコラボレーション-裁判員制度からの示唆-」と題する講演(平成21年5月26日実施)において,小津博司法務事務次官は以下の発言をしています(PDF22頁)。
    痴漢冤罪でありますけれども、冤罪って何かというのは難しいのですが、ただ、やはり無罪になったので冤罪と言っているのだと思いますね。このタイプの事件というのは非常に難しい事件です。たくさん起こっているけれども、一対一であって、その立証に非常に検察側も難渋しているということがあります。そのときそのときで、この被害者の言っていることは信用できる、こういう証拠があるということで起訴はするわけですけれども、それがほかのタイプの事件と違って、何かそれが裁判所で信用できないと言われてしまう、どうしてもそういう立証構造になるというところと、それからもう一つは、やはりみんな、えっ、おれだって言われるのではなかというふうに思ってしまうところが余計にこの問題は切実なのであります。
(4) 東北大学HPの「裁判官の学びと職務」(令和5年11月22日に東北大学法科大学院で行われた、法科大学院学生を対象とした47期の井上泰士の講演原稿に大幅に加筆したもの)には以下の記載があります(改行を追加しています。)。
    過早な決断をしてしまうことは、実は犯罪捜査官にありがちです。すなわち、「スジ読み」とも言われるのですが、優秀で練達の捜査官は、断片的な証拠から事件の全体像を実に見事につなぎ合わせていくのです。その結果、「ここにはこういう証拠があるはずだ。」という目利きができるので、そこに捜査の資源を投入すると、見事ビンゴ!ということになるわけです。
しかし、無謬の捜査官はおりません。そのため、「スジ読み」を間違えて妙なところに捜査の資源を投入すると、出るべき証拠が出てこない焦りから、しばしば無理な取調べや違法捜査につながってしまうのです。無罪事件や冤罪事件が生まれる一つのパターンです。捜査官たるもの、出るべきところで証拠が出てこないのであれば、「スジ読み」自体を柔軟に見直す勇気と度量が必要なのです。

(5) 以下の記事も参照して下さい。
・ 判決要旨の取扱い及び刑事上訴審の事件統計
・ 刑事事件の上告棄却決定に対する異議の申立て
 最高裁判所事件月表(令和元年5月以降)