元裁判官の経歴

宮島文邦裁判官(49期)の経歴

生年月日 S44.7.2
出身大学 不明
退官時の年齢 51歳
叙勲 R3.1.14瑞宝小綬章
R3.1.14 病死等
R2.4.1 ~ R3.1.13 東京高裁16民判事
H29.4.1 ~ R2.3.31 宮崎地家裁延岡支部長
H26.4.1 ~ H29.3.31 東京地裁5民判事
H23.4.1 ~ H26.3.31 佐賀地家裁唐津支部長
H20.4.1 ~ H23.3.31 東京地裁49民判事
H19.4.10 ~ H20.3.31 札幌地家裁判事
H17.4.1 ~ H19.4.9 札幌地家裁判事補
H14.4.1 ~ H17.3.31 徳島家地裁判事補
H12.4.1 ~ H14.3.31 金沢地家裁判事補
H11.4.1 ~ H12.3.31 金沢家地裁判事補
H9.4.10 ~ H11.3.31 千葉地裁判事補

* 以下の記事も参照してください。
・ 叙位の対象となった裁判官
・ 裁判官の死亡退官

泉薫裁判官(36期)の経歴

生年月日 S32.5.25
出身大学 東大
退官時の年齢 63歳
R3.3.31  任期終了退官
H31.4.1 ~ R3.3.30 神戸地裁6民部総括(労働部)
H28.4.1 ~ H31.3.31 山口地家裁下関支部長
H25.4.1 ~ H28.3.31 大阪地裁19民判事(医事部)
H23.4.1 ~ H25.3.31 大阪高裁7民判事(弁護士任官・大弁)

*0 以下の記事も参照してください。
・ 平成20年度以降,任期終了により退官した裁判官の一覧
 部の事務を総括する裁判官の名簿(昭和37年度以降)
 弁護士任官者研究会の資料
 弁護士任官候補者に関する下級裁判所裁判官指名諮問委員会の答申状況
・ 弁護士任官希望者に関する情報収集の実情
*1 弁護士任官前は,淀屋橋法律事務所(大弁)(現在の弁護士法人淀屋橋法律事務所)に所属していました(同事務所のLaw Office YODOYABASHI第16号(2011年8月)4頁)。
*2 大阪高裁7民には,平成20年10月1日から平成23年3月31日までの間,弁護士任官した34期の上田日出子裁判官が所属していました。
*3 令和3年6月17日,大阪弁護士会で弁護士登録をして,大阪本町法律事務所に入所しました(大阪弁護士会HPの「泉薫(いずみかおる)」参照)。

松谷佳樹裁判官(38期)の経歴

生年月日 S36.1.14
出身大学 東大
退官時の年齢 64歳
R7.6.2 依願退官
R4.5.23 ~ R7.6.1 広島高裁松江支部長
R3.4.1 ~ R4.5.22 静岡地家裁浜松支部長
R2.4.1 ~ R3.3.31 東京高裁5民判事
H29.6.25 ~ R2.3.31 横浜家裁家事第2部部総括
H27.10.30 ~ H29.6.24 東京地裁立川支部4民部総括(破産再生執行保全部)
H27.4.1 ~ H27.10.29 東京高裁19民判事
H24.4.1 ~ H27.3.31 東京家裁家事第3部部総括
H21.4.1 ~ H24.3.31 福島地裁民事部部総括
H18.4.1 ~ H21.3.31 東京家裁判事
H14.4.1 ~ H18.3.31 水戸地家裁龍ヶ崎支部長
H11.4.1 ~ H14.3.31 徳島地家裁判事
H9.4.1 ~ H11.3.31 東京地裁判事
H6.4.1 ~ H9.3.31 法務省訟務局付
H5.4.1 ~ H6.3.31 東京地裁判事補
H3.4.1 ~ H5.3.31 那覇地家裁沖縄支部判事補
S63.4.1 ~ H3.3.31 金沢地家裁判事補
S61.4.11 ~ S63.3.31 東京地裁判事補

*1 38期の松谷佳樹裁判官は,令和7年8月1日,38期の野村高弘
公証人の後任として,千葉地方法務局所属の千葉公証役場の公証人に任命されました。
*2 以下の記事も参照して下さい
・ 高等裁判所支部
・ 部の事務を総括する裁判官の名簿(昭和37年度以降)
・ 地方裁判所の専門部及び集中部
・ 判事補の外部経験の概要
・ 行政機関等への出向裁判官
・ 判検交流に関する内閣等の答弁
・ 地方裁判所支部及び家庭裁判所支部
*3 広島高裁松江支部令和6年5月15日決定(裁判長は38期の松谷佳樹)は,定期検査による停止中で再稼働に向けた手続きが進む中国電力島根原発2号機(松江市)は地震や火山噴火など自然災害リスクを適切に考慮しておらず危険であるとして,島根,鳥取の両県の住民が申し立てた仮処分を退けました(産経新聞HPの「島根原発2号機の運転差し止め認めず 広島高裁松江支部、仮処分」参照)。

高原知明裁判官(51期)の経歴

生年月日 S47.8.5
出身大学 大阪大
退官時の年齢 49歳
R3.3.31 依願退官
H30.4.1 ~ R3.3.30 大阪地裁4民判事(商事部)
H29.4.1 ~ H30.3.31 横浜地裁9民判事
H25.4.1 ~ H29.3.31 最高裁民事調査官
H22.4.1 ~ H25.3.31 大阪地裁11民判事
H21.4.11 ~ H22.3.31 東京地裁判事
H19.4.1 ~ H21.4.10 東京地裁判事補
H16.7.1 ~ H19.3.31 宮崎地家裁判事補
H13.4.1 ~ H16.6.30 法務省民事局付
H13.3.26 ~ H13.3.31 東京地裁判事補
H11.4.11 ~ H13.3.25 大阪地裁判事補

*0 令和3年4月に大阪大学大学院高等司法研究科教授に就任しました(大阪大学研究者総覧「高原 知明 Tomoaki TAKAHARA 高等司法研究科 法務専攻,教授」参照)。
*1 大阪地裁平成11年8月30日決定(担当裁判官は32期の林圭介40期の森純子及び51期の高原知明)は,「強制わいせつの被害者として訴えを提起するに際しなされた訴訟記録等の閲覧等制限申立てにおいて、申立人(原告)を特定するに足りる氏名、住所、生年月日及び相性並びに同人が受けたとされる訴状記載の強制わいせつ行為の内容の一部について、閲覧等の請求ができる者を当事者のみに制限した事例」です。
*2  「検索事業者に対し,自己のプライバシーに属する事実を含む記事等が掲載されたウェブサイトのURL並びに当該ウェブサイトの表題及び抜粋を検索結果から削除することを求めることができる場合」について判示した最高裁平成29年1月31日決定の担当調査官でした。
*3の1 判例タイムズ1497号(2022年8月号)に「民事訴訟記録の閲覧等制限決定の理論と実務―多義的な「秘密」からの解放」を寄稿していますところ,当該論文には自由権規約14条1項への言及はありません。
*3の2 国際人権規約(自由権規約)14条1項は以下のとおりです。
    すべての者は、裁判所の前に平等とする。すべての者は、その刑事上の罪の決定又は民事上の権利及び義務の争いについての決定のため、法律で設置された、権限のある、独立の、かつ、公平な裁判所による公正な公開審理を受ける権利を有する。報道機関及び公衆に対しては、民主的社会における道徳、公の秩序若しくは国の安全を理由として、当事者の私生活の利益のため必要な場合において又はその公開が司法の利益を害することとなる特別な状況において裁判所が真に必要があると認める限度で、裁判の全部又は一部を公開しないことができる。もっとも、刑事訴訟又は他の訴訟において言い渡される判決は、少年の利益のために必要がある場合又は当該手続が夫婦間の争い若しくは児童の後見に関するものである場合を除くほか、公開する。
*3の3 「一般的意見32 14条・裁判所の前の平等と公正な裁判を受ける権利」(2007年採択)29項には以下の記載があります。
    裁判が公開されていない場合でも、基本的な事実認定、証拠、法律上の理由付けを含む判決は、少年の利益のために必要がある場合、または当該手続が夫婦間の争いもしくは子どもの後見に関するものである場合を除いては、公開されなければならない。
*4 最高裁平成29年1月31日決定に関する最高裁判所判例解説(担当者は51期の高原知明)には以下の記載があります。
    前掲東京高判平成26年1月15日に対する上告兼上告受理申立事件に関し,上告等に伴う最高裁判所への記録到着後における訴訟記録全部を対象とする閲覧等制限の申立て(最高裁平成27年(マ)第153号,第154号)がされ,本決定(山中注:最高裁平成29年1月31日決定)と同一日に,同申立てに対する一部認容,一部却下決定(以下「本閲覧等制限決定」という。)がされた。
    本閲覧等制限決定の理由は例文による簡潔なものであるが,本決定の裁判長裁判官である岡部喜代子裁判官の補足意見が次のとおり付されている。「本件は,民事訴訟法92条1項に基づき,訴訟記録全部についての閲覧等制限の申立てをしたものであるところ,同項1号は,訴訟記録中に当事者の私生活についての重大な秘密が記載されるなどした部分についてのみ閲覧等の請求をすることができる者を制限しているのであって,秘密記載部分が訴訟記録中の一部に限定されるにもかかわらず,そのような限定をすることなく訴訟記録全部について閲覧等の請求をすることができる者を当事者に限る旨の決定をすることは,同号に反するものであって許されない。とりあけ,裁判書は当事者以外の第三者にとって裁判理由中における判断の正確性を理解するために代替困難な手段であるから,裁判書を秘密記載部分に含めることは裁判の公正性を担保するために慎重な配慮が求められる。本決定は,基本事件における諸般の事情に鑑み,上記のような観点に加え,私生活についての重大な秘密を保護するという閲覧等制限の趣旨を踏まえて,主文のとおり決定したものである。」
    岡部裁判官補足意見で述べられた一般論は民事訴訟法92条1項の条文の文言や沿革に照らし当然のことであるが,同項に基づく申立てやこれに対する閲覧等制限決定の範囲の解釈に関する実務は,民事訴訟法施行20年を過ぎた今なお十分に確立されているとまではいえない。閲覧等制限決定をした裁判体ごとに基本的なスタンスが異なっているものも少なくない実情が背後にあるものと思われる。


*5 以下の記事も参照してください。
・ 地方裁判所の専門部及び集中部
・ 最高裁判所調査官
・ 最高裁判所判例解説
・ 判事補の外部経験の概要
・ 行政機関等への出向裁判官
・ 判検交流に関する内閣等の答弁

森岡孝介裁判官(40期)の経歴

生年月日 S34.2.2
出身大学 不明
退官時の年齢 62歳
R3.3.31 依願退官
H31.4.1 ~ R3.3.30 大阪高裁4刑判事
H26.7.31 ~ H31.3.31 大阪家裁少年第1部部総括
H26.4.1 ~ H26.7.30 大阪高裁2刑判事
H23.4.1 ~ H26.3.31 岡山地裁1刑部総括
H20.4.1 ~ H23.3.31 神戸地裁4刑判事
H17.4.1 ~ H20.3.31 福岡地家裁小倉支部判事
H16.4.1 ~ H17.3.31 大阪高裁6刑判事
H14.4.1 ~ H16.3.31 大阪地裁判事
H11.4.1 ~ H14.3.31 福岡地家裁行橋支部判事
H10.4.12 ~ H11.3.31 大阪地裁判事
H8.4.1 ~ H10.4.11 大阪地裁判事補
H5.4.1 ~ H8.3.31 広島法務局訟務部付
H2.4.1 ~ H5.3.31 横浜家地裁判事補
S63.4.12 ~ H2.3.31 神戸地裁判事補

吉岡正豊裁判官(63期)の経歴

生年月日 S50.2.6
出身大学 早稲田大院
退官時の年齢 46歳
R3.3.31 依願退官
R3.1.16 ~ R3.3.30 東京地裁8民判事(商事部)
H30.4.1 ~ R3.1.15 東京地裁判事補
H28.4.1 ~ H30.3.31 高松家地裁判事補
H25.4.1 ~ H28.3.31 横浜地家裁判事補
H23.1.16 ~ H25.3.31 横浜地裁判事補

*1 平成12年に慶應義塾大学医学部を卒業し,同年から平成18年までの間,慶應義塾大学病院等で勤務したとのことであり,「杏林大学病院割箸死刑事事件等の著明な医療訴訟が報道されて社会の耳目を集め、医療界においても医療と法の関係について関心が高まっていったことをきっかけに、医療者として法的専門知識を備えることで医療界に貢献したいと考え」,早稲田大学法科大学院の未修コースに入学したそうです(早稲田大学法科大学院の「ロースクールに行こう!〈裁判官・検察官志望者編〉」,及び横浜地裁HPの「他職経験を有する裁判官~白衣から法服へ~」参照)。
    なお,杏林大学病院割りばし死事件は,平成11年7月10日に東京都杉並区で綿菓子を食べていた男児が転倒して,喉を割り箸で深く突き刺し,翌日に死亡した事故のことです。
*2 令和3年4月に東京弁護士会で弁護士登録をして,TMI総合法律事務所に入所しました(同事務所HPの「吉岡正豊」参照)。
*3 以下の資料を掲載しています。
・ 平成26年度判事補海外留学研究員報告書簡
→ イギリス・コヴェントリーにあるウォーリック大学に留学したことに関するものです。

西愛礼裁判官(68期)の経歴

生年月日 H3.11.1
出身大学 一橋大
退官時の年齢 29歳
R3.4.2 依願退官
R3.4.1 東京地裁判事補
H31.4.1 ~ R3.3.31 アンダーソン・毛利・友常法律事務所(二弁)
H31.3.25 ~ H31.3.31 東京地裁判事補
H30.4.1 ~ H31.3.24 千葉地家裁判事補
H28.1.16 ~ H30.3.31 千葉地裁判事補

*1 以下の記事も参照してください。
・ 判事補時代に退官した元裁判官の名簿(令和時代)
・ 判事補及び検事の弁護士職務経験制度
・ 取調べのための呼び出しに応じないことと,逮捕の必要性に関する最高裁刑事局作成の資料の記載
・ 司法修習生による取調べ修習の合法性

*2の1 二弁フロンティア2020年12月号の「この一冊」において,「HUNTER× HUNTER」という作品を紹介しています。
*2の2 判例時報2608号(2025年1月1日号)に「「人質司法」について」を寄稿しています。
*3 令和3年3月26日の閣議で依願退官が決定し,同年4月2日付で裁判官を依願退官し,同月3日付でしんゆう法律事務所(大阪市北区西天満)に入所しました(同事務所HPの「お知らせ」,及び大阪弁護士会会員検索サービスの「西愛礼」参照)。
*4 しんゆう法律事務所HPの「西愛礼」には,「しんゆう法律事務所にて刑事事件重点事務所修習」とか,「家庭の事情により東京地方裁判所判事補依願退官」などと書いてあります。


*5 31期の小泉博嗣 元裁判官は,情報公開・個人情報保護審査会の第1部会の委員として,以下の文書の存否自体が行政機関情報公開法5条4号(公共の安全等に関する情報)に該当すると判断しました。
① 保釈中の被告人が保釈保証金を没取されることなく罪証隠滅に成功した事例に関して法務省が作成し,又は取得した文書(直近の事例に関するもの)(令和元年11月12日答申(令和元年度(行情)答申第296号))
② 保釈中の被告人が事件関係人に接触した結果,事件関係人の供述を自己に有利に変更して無罪判決を獲得した事例に関して法務省が作成し,又は取得した文書(直近の事例に関するもの)(令和元年11月12日答申(令和元年度(行情)答申第297号))


*6の1 ジュリスト551号(1974年1月1日付)は「刑事訴訟法25年の軌跡と展望」を掲載したものであり,刑事訴訟法の①制定の過程,②定着の過程,③展開の過程及び④将来の展望に関する記事が載っています。


*6の2 「供述拒否権」(投稿者は本田正義福岡高検検事長)には以下の記載があります(ジュリスト551号(1974年1月1日付)94頁)。
    現行刑訴法が施行になった当初、検察官が頭をかかえこんだ問題のひとつは、被疑者に供述拒否権が認められ、取調に当たってこれを告知しなければならないと改められたことであった。というのは、従来の裁判では被疑者に対する取調によってその自供を求めるか、否認の場合にはその弁解をくわしく聞き出して、これらの供述が果たして真実かどうかを他の供述証拠と対比して決めるというやり方をとってきたからである。従って、もしも供述拒否権を告知したため、被疑者から「供述を拒否する」といわれて、弁解のひとことも聞き出すことができないとしたら、検察官は真相を究明することができず、全くお手あげになると危惧されたからである。
(中略)
    ところが施行以来二五年をむかえたわけだが、供述拒否権を行使して沈黙を守る被疑者は、特別の事件は別として、一般の事件では危惧されたほど多くないことがわかったのである。情況証拠だけで有罪無罪をきめなければならないケースも旧法当時より多くなったというものの、予想された数より遥かに少ないことがわかった。最も心配された贈収賄などの検挙摘発は、旧法当時のはなやかさはなかったとしても、どうにか曲がりなりにも行われてきて、検挙困難と推測したのはき憂であることがわかった。これは警察の捜査技術が長じたためでも、検察官の尋問技術が進歩したためでもない。日本人は供述拒否権の下においても供述してくれる国民だったためである。このため裁判は昔通り供述中心の審理が行われ、供述の証拠価値に関する攻防が裁判のやまとなっていることは、今日でも旧法当時と本質的に変わりがないといえるのである。


*6の3 季刊刑事弁護79号(2014年7月20日付)41頁ないし73頁の「座談会 黙秘をどのように活用するか 具体的設例から考える」には,否認事件及び自白事件における個別のケースごとに,黙秘権を行使すべきかどうかに関する議論が載っています。


*7 以下の資料を掲載しています。
・ 令和4年11月2日付の総務省情報公開・個人情報保護審査会の答申書(令和4年(行情)第308号)
→ 「大阪地検の検察官としては,弁護人請求予定証拠の中身が信用できない場合,同意した上で信用性を争うのではなく,まずは全部不同意の意見を述べることになっていることが分かる文書」については,存否応答拒否の対象となります。
・ 令和4年11月24日付の総務省情報公開・個人情報保護審査会の答申書(令和4年(行情)第348号)
→ 「裁判の公開は,裁判の公正と司法権に対する国民の信頼を確保することなどの基本的な理念に基づき,特定の受訴裁判所の具体的判断の下に実施されているもので,その手続及び目的の限度において訴訟関係者に関する情報が開披されることがあるとしても,このことをもって直ちに,同情報を一般的に公表することが許されていると解する根拠となるものではない」と書いてあります。

谷合克行裁判官(25期)の経歴

生年月日 S14.5.14
出身大学 法政大
退官時の年齢 42 歳
S56.11.6 罷免
S54.4.1 ~ S56.11.5 東京地裁判事補
S51.4.1 ~ S54.3.31 千葉家地裁松戸支部判事補
S48.4.10 ~ S51.3.31 鹿児島地裁判事補

*0 Wikipediaの「梓ゴルフ場事件」には以下の記載があります。
    谷合は法政大学卒業後、民間会社の夜警として働きつつ司法試験に合格し、1973年、鹿児島地方裁判所判事補に任官。千葉地方裁判所・同家庭裁判所を経て、1979年に東京地方裁判所判事補・東京簡易裁判所判事として赴任していた。谷合は現場検証と称してBと無料のゴルフをし、Bからゴルフセット1式、背広2着など計30万円を受け取った
*1 昭和56年11月6日の裁判官弾劾裁判所の判決では,「二 罷免事由に当る被訴追者の行為」として以下の記載があります。
    被訴追者は、前記のように、東京地裁民事第二十部において、破産事件の審理裁判を担当中、同部に係属中の昭和五一年(フ)第一二九号破産事件の破産者新日本興産株式会社の破産管財人である弁護士井上恵文から
(一) 昭和五四年九月ごろ、右破産会社経営の栃木県栃木市梓町所在栃木枠ゴルフ場の視察に赴いた際宿泊した附近の民宿において、ゴルフクラブ(ブラツクシヤフト)二本(価格合計金五万七千余円相当)の供与を受け、
(二) 翌五五年六月ごろ、被訴追者の住所である松戸市岩瀬無番地最高裁判所(以下、単に、最高裁という。)松戸宿舎において、外国製ゴルフ道具一セツト及びキヤデイバツグ一個(価格合計金四万九千余円相当)の供与を受け、
(三) 同年同月ごろ、同宿舎において、被訴追者自身の選択した洋服生地による新調の背広三つ揃い二着(価格合計金十八万円相当)の供与を受け
たものである。


*2 昭和61年12月25日の裁判官弾劾裁判所の資格回復の判決では「二 当裁判所の判断」として以下の記載があります。
1 当裁判所が請求者に対する罷免訴追事件(昭和五六年(訴)第一号)につき、昭和五六年一一月六日、罷免の裁判の宣告をしたことは同事件判決書謄本によりこれを認めることができ、その後五年を経過したことは明らかである。
2 次に、弾劾法第三八条第一項第一号にいう「相当とする事由」の有無につき検討する。
 当裁判所は、前記罷免訴追事件判決において、請求者が苦学力行の末、裁判官となり、その職務に精励してきたものであつて、罷免事由となつた行為を深く恥じ、改悛の情も顕著である等の情状が窺われ、これらの情状は、通常の刑事裁判であれば、刑の執行を猶予する有利な資料ともなり得るのであるが、弾劾法による裁判にあつては、執行猶予の裁判は認められないため、結局、罷免の裁判をなさざるを得ないとし、請求者がその心境を持続し、更に法の研鑚に努め、将来、資格回復裁判の請求をなし、在野法曹として再起して先輩、友人らの期待に副うことを希望するとしたものである。
 そこで、罷免後における請求者の生活態度、生活状況等をみてみるのに、請求者、谷合○○○(山中注:原文では実名です。)、仲武雄及び柴田憲保作成の各上申書、請求者作成の「回答書」と題する書面、大分地方検察庁検事正作成の「犯罪容疑による取調べ等について(回答)」と題する書面並びに住民票の写を総合すれば、請求者は、右罷免の裁判の後、家族と共に大分市に転居し、請求者の司法修習生当時、弁護実務修習の指導を担当した仲武雄弁護士の法律事務所嘱託となつて事実関係の整理、判例、学説の調査にあたり、昭和五七年四月からは更に友人である熊本県弁護士会所属柴田憲保弁護士の法律事務所嘱託ともなり、誠実にその職務を果たして現在に至つたこと、この間の請求者ら家族の生活は必ずしも容易なものではなかつたが、請求者は仲弁護士の指導と親族、友人らの励まし、援助を受け、自省と謹慎を心掛けて生活を送り、犯罪容疑により取調べを受ける等の非行もなかつたこと、また請求者は破産法の研究を続け、昭和四五年以降同五八年九月までに公刊された破産法関連の判例を分析整理し、「破産判例の研究」として著すなどの研鑚を積んできたこと、請求者は、資格回復が認められ、在野法曹として再起することができたならば、その使命を全うすべく努め、社会のために役立ちたいと念願していることが認められる。
 ところで、資格回復の裁判は、裁判所法第四六条第二号、検察庁法第二〇条第二号及び弁護士法第六条第二号にそれぞれ規定する、裁判官、検察官に任命するについての欠格事由及び弁護士となるについての欠格事由を消滅させることをその効力の主要な内容とするものであるところ、前記のとおりの諸事情のほか、本件にあらわれた全証拠によるも、請求者において罷免の裁判により失つた資格を回復させるについて妨げとなるべき格別の事情も窺われないことを併せて考慮すれば、本件については弾劾法第三八条第一項第一号にいう「相当とする事由」があると認めるに充分である。
3 よつて、本件請求は理由があるから、弾劾法第三八条第一項第一号、裁判官弾劾裁判所規則第一二六条第一項により資格回復の裁判をすることとし、主文のとおり決定する。


*3 以下の記事も参照してください。
・ 昭和27年4月発覚の刑事裁判官の収賄事件(弾劾裁判は実施されず,在宅事件として執行猶予付きの判決が下り,元裁判官は執行猶予期間満了直後に弁護士登録をした。)
・ 報道されずに幕引きされた高松高裁長官(昭和42年4月28日依願退官,昭和46年9月5日勲二等旭日重光章)の,暴力金融業者からの金品受領

上田日出子裁判官(34期)の経歴

生年月日 S31.3.25
出身大学 京大
退官時の年齢 65歳
R3.3.25 定年退官
H30.4.1 ~ R3.3.24 大阪高裁9民判事(家事抗告集中部)
H27.4.1 ~ H30.3.31 神戸家地裁尼崎支部判事
H24.4.1 ~ H27.3.31 岐阜家地裁判事
H23.4.1 ~ H24.3.31 大阪地裁22民判事
H20.10.1 ~ H23.3.31 大阪高裁7民判事(弁護士任官・兵庫弁)

*0 平成20年4月当時,神戸学院大学法科大学院の客員教授をしていました(同大学HPの「実務法学研究科(法科大学院) 」参照)。
*1 36期の泉薫裁判官は,平成23年4月1日に弁護士任官した際,上田日出子裁判官が所属していた大阪高裁7民に配属されました。
*2 令和3年4月1日,兵庫県弁護士会で弁護士登録をしました。
*3 以下の記事も参照してください。
・ 平成20年度以降,任期終了により退官した裁判官の一覧
 弁護士任官者研究会の資料
 弁護士任官候補者に関する下級裁判所裁判官指名諮問委員会の答申状況
・ 弁護士任官希望者に関する情報収集の実情

井関浩裁判官(7期)の経歴

生年月日 S4.4.16
出身大学 東大
退官時の年齢 46 歳
叙勲 H9.11.1勲四等旭日小綬章
S51.3.1 辞職
S50.8.15 ~ S51.2.29 法務大臣官房参事官
S49.4.10 ~ S50.8.14 法務省民事局参事官
S46.7.1 ~ S49.4.9 東京地裁判事
S42.4.5 ~ S46.6.30 司研民裁教官
S40.4.9 ~ S42.4.4 岡山地家裁判事
S38.5.1 ~ S40.4.8 岡山地家裁判事補
S35.4.1 ~ S38.4.30 最高裁民事局付
S33.6.1 ~ S35.3.31 鹿児島地家裁判事補
S30.4.9 ~ S33.5.31 東京地家裁判事補

中山一郎裁判官(26期)の経歴

生年月日 S24.3.3
出身大学 東大
退官時の年齢 41 歳
叙勲 H2.1H2.24勲四等瑞宝章
H2.12.24 病死等
H2.11.5 ~ H2.12.23 東京地裁判事
S62.4.12 ~ H2.11.4 司研民裁教官
S59.4.12 ~ S62.4.11 札幌地家裁判事
S59.4.1 ~ S59.4.11 札幌地家裁判事補
S56.3.21 ~ S59.3.31 書研教官
S54.7.20 ~ S56.3.20 津家地裁判事補
S53.7.11 ~ S54.7.19 東京地裁判事補
S51.4.1 ~ S53.7.10 最高裁総務局付
S49.4.12 ~ S51.3.31 東京地裁判事補

田邊公二裁判官(1期)の経歴

生年月日 T10.2.18
出身大学 不明
退官時の年齢 43 歳
叙勲 S39.5.5勲五等瑞宝章
S39.5.5 病死等
S39.4.1 ~ S39.5.4 東京地裁判事
S37.4.10 ~ S39.3.31 水戸地家裁判事
S34.4.1 ~ S37.4.9 司研所付
S29.5.25 ~ S34.3.31 名古屋地裁判事補
S24.6.4 ~ S29.5.24 東京地裁判事補

* 東弁リブラ2015年3月号の「中野次雄刑裁教官のことなど」(筆者は15期の泉徳治 元最高裁判所判事)に以下の記載があります。

田辺氏は、学徒出陣で戦艦大和の護衛艦「冬月」の乗組員となって奇跡的に生還し、1954年の日米法学勾留計画で2年間米国のロースクールに学び、帰国後に研修所付きとなって「民事訴訟の第一審訴訟記録について」、「民事起案の手びき」、「供述心理」等の教材作成に携わり、研修所教育の基礎を築いた裁判所一の俊英であったが、43歳で急逝した。

岩井康倶裁判官(12期)の経歴

生年月日 S8.8.10
出身大学 不明
退官時の年齢 59 歳
叙勲 H15年秋・瑞宝中綬章
H4.11.18 依願退官
H1.4.1 ~ H4.11.17 仙台地裁3民部総括
S59.4.1 ~ H1.3.31 仙台高裁判事
S54.4.10 ~ S59.3.31 東京高裁判事
S51.4.1 ~ S54.4.9 司研民裁教官
S47.4.1 ~ S51.3.31 福島地家裁判事
S45.4.8 ~ S47.3.31 東京地家裁判事
S44.4.1 ~ S45.4.7 東京地家裁判事補
S41.4.9 ~ S44.3.31 宮崎地家裁判事補
S39.4.1 ~ S41.4.8 東京地裁判事補
S38.5.1 ~ S39.3.31 最高裁民事局付
S35.4.8 ~ S38.4.30 福岡家地裁判事補

小川正澄裁判官(5期)の経歴

生年月日 T15.8.18
出身大学 京大
退官時の年齢 57 歳
叙勲 H8年秋・勲二等瑞宝章
S58.12.25 依願退官
S58.4.1 ~ S58.12.24 名古屋地裁部総括 
S54.1.5 ~ S58.3.31 横浜地裁1民部総括
S50.7.15 ~ S54.1.4 東京地裁25民部総括
S48.4.5 ~ S50.7.14 司研民裁教官
S45.4.20 ~ S48.4.4 札幌高裁判事
S41.4.1 ~ S45.4.19 神戸地家裁判事
S38.4.8 ~ S41.3.31 徳島地家裁判事
S38.4.1 ~ S38.4.7 徳島地家裁判事補
S35.8.1 ~ S38.3.31 鹿児島地家裁判事補
S32.6.1 ~ S35.7.31 福岡地家裁判事補
S28.4.8 ~ S32.5.31 佐賀地家裁判事補

飯原一乗裁判官(7期)の経歴

生年月日 T15.7.8
出身大学 中央大
退官時の年齢 48 歳
叙勲
S50.4.9 任期終了
S48.6.1 ~ S50.4.8 大阪地裁19民部総括
S47.4.15 ~ S48.5.31 大阪地裁判事
S43.4.1 ~ S47.4.14 司研民裁教官
S40.4.9 ~ S43.3.31 前橋家地裁桐生支部判事
S39.4.20 ~ S40.4.8 前橋家地裁桐生支部判事補
S36.4.17 ~ S39.4.19 福岡地家裁小倉支部判事補
S33.4.5 ~ S36.4.16 東京地裁判事補
S30.4.9 ~ S33.4.4 松江家地裁判事補