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日本はアメリカに戦後賠償を支払ったのか―賠償放棄,GARIOA・EROA返済及び米国人捕虜の請求権(AI作成)

第1 結論――米国への戦争賠償と戦後の対米支払

1 狭義の戦争賠償は米国に支払っていない

日本は,米国に対し,フィリピン等に供与したものと同じ意味での戦争賠償を支払っていない。昭和26年9月8日署名の日本国との平和条約(以下「サンフランシスコ平和条約」という。)第14条(b)により,米国を含む連合国は,条約に別段の定めがある場合を除き,賠償請求権,戦争遂行中の日本及び日本国民の行動から生じた連合国及びその国民の請求権並びに占領の直接軍事費に関する請求権を放棄したからである。

もっとも,「日本は米国に一切支払わなかった」という説明も正確ではない。日本は,①米国の占領期対日経済援助を最終処理するため,昭和37年の二国間協定で元金4億9千万ドルの債務を負い,②サンフランシスコ平和条約第16条に基づき,米国人を含む連合国軍の元捕虜のため,赤十字国際委員会に資産又は等価物を引き渡した。前者は戦後経済援助の処理であり,後者は国際赤十字を介した元捕虜への償いであって,米国に対する狭義の戦争賠償とは法的根拠も受領主体も異なる。

2 区別すべき五つの仕組み

「日本から米国へ金銭又は資産が移ったか」という問いと,「日本が米国へ戦争賠償を支払ったか」という問いは同じではない。本記事では,戦後処理を次のとおり区別する。

区分日本側の負担又は支払先法的根拠正確な位置付け
米国への狭義の戦争賠償なしサンフランシスコ平和条約第14条(b)米国が賠償請求権を放棄した
米国管轄下の日本資産米国が差押え,留置,清算その他の処分をすることを認めた同条(a)2現金による対米賠償とは別の在外財産処分である
GARIOA・EROA等の処理日本政府から米国政府へ元金4億9千万ドル及び利子昭和37年の日米協定占領期の戦後経済援助に関する最終的な債務処理である
元捕虜への償い日本から赤十字国際委員会へ英貨換算450万ポンド平和条約第16条同委員会及び各国機関を介する集団的な仕組みである
米国戦争請求法の給付米国の戦争請求基金から対象者へWar Claims Act of 1948米国国内法上の給付であり,日本政府から各捕虜への直接支払ではない

日本の戦後賠償全体の金額及び相手国別の内訳は,日本の戦後賠償はいくらか―賠償,在外財産,経済協力及び個人請求権の法的整理(AIリライト)で扱っている。本記事は,検索上混同されやすい対米関係に対象を絞り,賠償放棄,戦後経済援助の返済及び米国人元捕虜の請求権を整理するものである。

第2 米国が賠償請求を放棄した仕組み

1 サンフランシスコ平和条約第14条

外務省が公表するサンフランシスコ平和条約第14条は,日本に戦争中の損害及び苦痛に対する賠償義務があることを認める一方,存立可能な経済を維持しながら完全な賠償と他の債務を同時に履行するには,日本の資源が十分でないことも明記した。同条(a)1は,占領され損害を受けた連合国との役務賠償交渉を予定したが,米国はこの類型の賠償協定を日本と締結していない。

同条(b)は,条約に別段の定めがある場合を除き,連合国の賠償請求権だけでなく,戦争遂行中の日本及び日本国民の行動から生じた連合国とその国民の他の請求権並びに占領の直接軍事費に関する請求権も放棄した。この規定が,米国が日本から国としての戦争賠償や占領軍の直接軍事費を受け取らなかった直接の条約上の根拠である。

2 在米日本資産の処分は別問題である

平和条約第14条(a)2は,各連合国に対し,条約の最初の効力発生時にその管轄下にあった日本国,日本国民等の一定の財産,権利及び利益を差し押さえ,留置し,清算その他の方法で処分する権利を認めた。したがって,米国が賠償請求を放棄したことは,米国内の日本資産がすべて返還されたことを意味しない。

もっとも,在外財産処分は,米国政府へ一定額を分割送金する二国間賠償協定とは異なる。米国への戦後負担を検討するときは,「現金による戦争賠償がなかった」という結論と,「米国管轄下の日本資産の処分が認められた」という事実を併記する必要がある。

3 完全賠償を求めなかった米国の政策判断

米国国務省の昭和28年9月15日付け文書は,平和条約交渉の際,米国が,日本に賠償を負担させれば米国側の負担を増やす結果になるとの立場を採ったことを記録している。同文書は,東南アジア諸国との賠償問題が日本の貿易拡大の障害になっていたことにも言及している。

この記録からは,日本経済の存立可能性,米国の援助負担及び東アジア経済の再建が相互に関連していたことが分かる。ただし,米国の放棄を単一の動機だけで説明することはできない。本記事では,条約本文に明記された日本の支払能力の制約を法的な出発点とし,米国公文書に表れた経済及び外交上の判断をその背景として位置付ける。

第3 GARIOA・EROA返済の正確な位置付け

1 約20億ドルの占領期援助と4億9千万ドルの債務

外務省の昭和37年版外交青書は,米国が終戦直後から昭和26年頃までに行った戦後対日援助を総額約20億ドルとし,食糧のほか,肥料等の農業用品,石油,石炭,綿花等の工業原料及び機械が含まれていたと説明している。当時の日本側資料は,これを「いわゆるガリオア・エロア等」と総称しているが,その範囲にはGARIOA予算成立前の援助や払下げ・余剰物資も含まれていた。

昭和37年1月9日署名の日本国に対する戦後の経済援助の処理に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定第6条も,「戦後の経済援助」を,米国の占領地域の行政及び救済に関する歳出計画による援助だけでなく,昭和20年9月2日から昭和27年4月28日までに提供された他のすべての経済援助及び一定の余剰物資を含むものと定義した。したがって,「GARIOA・EROA返済」は通称としては有用であるが,協定の対象をその二つの名称だけに限定して理解すべきではない。

2 協定が定めた金額,利率及び支払期間

協定第1条は,戦後経済援助の提供から生じ,又はこれに関連する懸案の最終的処理として,日本政府が米国政府に4億9千万ドルの債務を負うと定めた。元金残高に対する利率は年2.5%,支払期間は協定発効から15年,支払は半年ごとの30回であり,最初の24回は各21,959,125ドル,残る6回は各8,701,690ドルとされた。協定所定の賦払額を単純合計すると,予定総額は579,229,140ドルとなるが,これは元金4億9千万ドルと利子を含む協定上の予定額であり,実際の支払経過を示す数値ではない。

協定は,日本語と英語を等しく正文として東京で署名され,国内法上の要件を満たした旨の通告交換により昭和37年9月11日に発効した。付属の交換公文では,米国が受領資金の大部分を開発途上国向け経済援助に使う意図を有すること,2,500万ドル相当までを円で受け取り,日米間の教育文化交流に使うことも確認された。

3 「当初から通常の借款」でも「明白な贈与」でもない

この援助が贈与であったか,後日の支払を予定する援助であったかは,当時から争われていた。昭和28年の米国政府内部文書は,GARIOA予算を計上した米国法には返済義務の定めがなく,日本政府による正式な返済約束もなかった一方,米国の国務・国防当局が議会に対し,日本に何らかの支払を求める旨を伝えたことがあったと記録している。金額及び条件は未確定であった。

昭和37年版外交青書は,贈与であって返済不要であるとの国内意見を紹介しつつ,米国が一部を除いて贈与の意思を表示せず,援助物資の支払を後日決定する趣旨の占領当局文書があったとの日本政府の説明を掲載している。最終的には,約20億ドルとされた援助総額をそのまま返すのではなく,各種控除,西ドイツの先例及び反対請求権を考慮して4億9千万ドルとする政治的・財政的な一括処理が合意された。

したがって,後の協定だけを根拠に占領期援助の全額が当初から確定した貸付債務であったとするのも,米国が無条件の贈与を一方的に借金へ変更したとするのも,いずれも経緯を単純化しすぎる。法的に確定しているのは,昭和37年協定の発効により,日本が戦後経済援助に関する懸案の最終処理として4億9千万ドルの債務を負ったことである。

4 返済は対米戦争賠償ではない

GARIOA・EROA等は,日本が戦争中に米国へ与えた損害を填補するための給付ではなく,終戦後の占領期に米国が日本へ供給した食糧,原料その他の経済援助である。昭和37年協定も,平和条約第14条の賠償ではなく,「戦後の経済援助の処理」を目的とし,対象期間を降伏文書署名日の昭和20年9月2日から平和条約発効日の昭和27年4月28日までとしている。

このため,日本から米国に実際の支払があったことを重視する文脈では「対米返済」といえるが,戦争損害に対する「対米賠償」と呼ぶのは正確でない。「日本は米国に賠償を支払ったのか」という問いには,狭義の賠償は支払っていないが,別の法的根拠による占領期援助の返済は行った,と答えるのが妥当である。

第4 米国人捕虜の請求権と給付

1 平和条約第14条の放棄と第16条の償い

サンフランシスコ平和条約第14条(b)は,連合国国民の戦争関連請求権も放棄の対象として記載した。他方,第16条は,日本の捕虜であった間に不当な苦難を受けた連合国軍の構成員に償いをするため,日本及び日本国民の一定の国外資産又はその等価物を赤十字国際委員会へ引き渡し,同委員会が元捕虜とその家族のため各国の適当な機関へ分配する仕組みを設けた。

外務省の戦後処理資料によれば,日本は第16条に基づき,英貨換算450万ポンドを赤十字国際委員会に支払い,同委員会が各国へ分配し,国内での配分方法は各国の裁量に委ねられた。米国人元捕虜も対象となり得るが,これは日本政府から米国政府への戦争賠償でも,日本企業から個々の元捕虜への損害賠償でもない。

2 米国戦争請求法による国内給付

米国は,War Claims Act of 1948により,第二次世界大戦中の米軍捕虜に対する国内給付制度を設けた。現在の合衆国法典50編4105条は,敵国が十分な食糧を供給しなかった日について1日1ドル,強制労働又は非人道的取扱いについて1日1.5ドルの基準を定めている。Foreign Claims Settlement Commissionの公表資料によれば,前者の申請期間は昭和25年1月30日から昭和27年3月31日まで,後者は昭和27年4月9日から昭和29年8月1日までであった。

認容された請求は,米国財務省に設けられたWar Claims Fundから支払われた。合衆国法典50編4110条及び同編4336条を併せて読むと,同基金には米国内で帰属処分されたドイツ,日本又はそれらの国民の財産に由来する資金が組み入れられたことが分かる。ただし,制度上の支払主体は米国であり,この国内給付を日本政府が各米国人捕虜へ直接賠償したものと表現するのは適切でない。

3 日本企業に対する米国での強制労働訴訟

(1) カリフォルニア北部地区連邦地方裁判所の判断

米国人元捕虜らは,日本企業に対し,捕虜中の強制労働等を理由とする訴訟を米国で提起した。米国カリフォルニア北部地区連邦地方裁判所平成12年(2000年)9月21日判決(In re World War II Era Japanese Forced Labor Litigation, Order No. 4, MDL No. 1347, 114 F. Supp. 2d 939)は,米国人元捕虜の請求について,サンフランシスコ平和条約が米国及びその国民の戦争関連請求を放棄したとの解釈を採り,請求を退けた。

同判決は,米国政府が提出した条約解釈を重視し,平和条約第26条の最恵国待遇条項も私人へ直接の請求権を与えるものではないと判断した。もっとも,この結論は米国の連邦地方裁判所による条約解釈であり,日本の裁判所による個人請求権一般の判断と同一視すべきではない。日本の最高裁判例を含む請求権放棄の整理は,最高裁平成19年4月27日判決とサンフランシスコ平和条約の請求権放棄(AIリライト)で扱っている。

(2) 第9巡回区連邦控訴裁判所の判断

控訴審である米国第9巡回区連邦控訴裁判所は,平成15年(2003年)1月21日提出・同年3月6日修正の意見(Deutsch v. Turner Corp., No. 00-56673ほか, 324 F.3d 692)で,戦時強制労働請求に特別の出訴期間を設けたカリフォルニア州民事訴訟法354.6条は,戦争及び外交問題を処理する連邦政府の専権領域へ州が介入するもので無効であると判断した。通常の州法又は連邦法上の請求についても出訴期間の経過等を認め,請求棄却を維持した。

控訴審は,地方裁判所が平和条約を理由に米国人その他の連合国捕虜の請求を退けた経緯を記載したが,結論を州法の無効及び出訴期間等によって導いた。したがって,「控訴審も条約放棄だけを理由に請求を全面否定した」と要約するのは正確でない。

(3) 請求権放棄をめぐる対立と司法上の到達点

平成12年6月28日の米上院司法委員会公聴会では,平和条約が米国及び米国民の戦争関連請求を解決したとする米国政府の立場に対し,条約第14条(b)は外交保護又は政府間請求を放棄したにとどまり,私人から日本企業への請求まで消滅させていないとの反対論も示された。この対立は,条約上の「放棄」が私人の実体的請求権を消滅させたのか,国家による外交保護及び訴求可能性を失わせたのかという,戦後補償訴訟に共通する問題を含む。

しかし,米国人元捕虜による日本企業への主要訴訟では,地方裁判所が平和条約による放棄を認め,控訴裁判所も州法による請求復活を連邦の外交権限に反するとして退け,通常の出訴期間による請求も認めなかった。少なくともこれらの訴訟経過からは,米国の州法によって戦後数十年後に対日請求の司法的救済を実現する道は閉ざされたと整理できる。

4 平成22年の政府による謝罪と招へい

平成22年9月13日,岡田克也外務大臣は,外務省の招へいで訪日した米国人元捕虜らに対し,日本軍の捕虜となり非人道的な取扱いを受けたことについて,日本政府を代表して謝罪した。外務省の発表によれば,この訪問は元捕虜招へいプログラムとして実施され,元捕虜側からは日本政府との対話の場が設けられたことへの謝意と,日本企業による謝罪を求める意見が述べられた。

この謝罪と交流事業は,元捕虜の被害に向き合う戦後の和解措置として位置付けられるが,新たな法的賠償義務を認め,個人請求に金銭を支払ったものではない。条約上の請求権処理,米国国内法上の給付,裁判上の請求及び外交的な謝罪・交流は,それぞれ分けて評価する必要がある。

第5 出典・参考資料

1 条約・協定

①外務省「サンフランシスコ平和条約の関連条項」(昭和26年9月8日署名,昭和27年4月28日発効)第14条,第16条及び第19条

②外務省「日本国に対する戦後の経済援助の処理に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定」(昭和37年1月9日署名,同年9月11日発効)及び交換公文

③United Nations, Treaty Series, Volume 451, No. 6488, Agreement between Japan and the United States of America regarding the Settlement of Postwar Economic Assistance to Japan, signed January 9, 1962, entered into force September 11, 1962, 97頁~124頁

2 公文書・行政資料

①外務省「日本の具体的戦後処理(賠償,財産・請求権問題)」(令和2年9月1日)

②外務省『わが外交の近況(第6号)』「米国の戦後対日援助処理問題」(昭和37年)

③United States Department of State, Foreign Relations of the United States, 1952–1954, China and Japan, Volume XIV, Part 2, No. 686, “Settlement of Postwar Economic Assistance to Japan,” September 15, 1953

④United States Department of State, Foreign Relations of the United States, 1961–1963, Volume XXII, Northeast Asia, No. 353, “Settlement of the United States Claim for Postwar Economic Assistance to Japan (GARIOA),” March 22, 1962

⑤第40回国会衆議院大蔵委員会第26号「日本国に対する戦後の経済援助の処理に関する協定等」(昭和37年3月23日)

⑥Foreign Claims Settlement Commission of the United States, “War Claims Act of 1948, Program Details,” 2006 Annual Report, Section VI

⑦Office of the Law Revision Counsel, U.S. House of Representatives, 50 U.S.C. § 4105, § 4110 and § 4336

⑧外務省「米国人元戦争捕虜(POW)招聘(岡田外務大臣表敬)」(平成22年9月13日)

3 裁判例・米国議会資料

①米国カリフォルニア北部地区連邦地方裁判所平成12年(2000年)9月21日判決,In re World War II Era Japanese Forced Labor Litigation, Order No. 4, MDL No. 1347, 114 F. Supp. 2d 939

②米国第9巡回区連邦控訴裁判所平成15年(2003年)1月21日提出・同年3月6日修正意見,Deutsch v. Turner Corp., No. 00-56673ほか, 324 F.3d 692

③United States Senate Committee on the Judiciary, “Former U.S. World War II POW’s: A Struggle for Justice,” S. Hrg. 106-585, June 28, 2000

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