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昭和時代の恩赦に関する国会答弁――選挙違反者をめぐる昭和47年の審議(AIリライト)

第1 この記事で扱う国会答弁

1 三つの会議録

この記事は,昭和47年4月25日の衆議院法務委員会,同年5月12日及び同月16日の参議院法務委員会における恩赦関係の質疑を整理したものである。4月25日の質疑では国際連合加盟恩赦等を刑事政策によって説明できるかが問われ,5月12日の質疑では沖縄復帰恩赦から選挙違反者を除外する決議案が審査され,5月16日の質疑では前日に実施された沖縄復帰恩赦の内容が説明された。

昭和47年5月12日の会議録の正式な表題は「第68回国会参議院法務委員会第14号」である。同日の答弁を参照する際には,衆議院ではなく参議院の会議録を用いる必要がある。

2 恩赦の決定主体及び種類

日本国憲法73条7号は,大赦,特赦,減刑,刑の執行の免除及び復権の決定を内閣の事務とし,同憲法7条6号は,これらの認証を天皇の国事行為とする。恩赦法は,大赦及び特赦が有罪の言渡しの効力に関わるのに対し,減刑は刑又はその執行を減軽し,刑の執行の免除は将来の執行を免除し,復権は有罪の言渡しによって喪失又は停止された資格を回復する制度であると定めている。

恩赦の種類,常時恩赦の件数及び戦後に実施された恩赦の一覧は,常時恩赦等の件数及び無期刑受刑者の仮釈放(AIリライト)及び戦後の政令恩赦及び特別基準恩赦で整理している。恩赦関係の記事全体は,恩赦に関する記事の一覧から参照できる。

第2 昭和47年4月25日の衆議院法務委員会

1 質問の焦点は国連加盟恩赦であったこと

西宮弘衆議院議員の質問は,終戦,日本国憲法公布及び平和条約発効に伴う恩赦については,戦時法規,占領関係法規又は経済統制法規の前提となった社会事情が変化したため,刑事政策上の説明が成り立つとした。その上で,昭和31年の国際連合加盟恩赦は,政令恩赦該当者6万9627人中6万9525人が公職選挙法違反者であり,その割合が約99.85%に達することから,選挙違反者の救済を刑事政策によって説明できるのかと質問した。

同議員は,地方自治法及び政治資金規正法の違反者等を含めれば対象者のほとんどが選挙又は政治関係の犯罪に関係すると指摘した。この数値と問題設定を離れて,次の政府答弁だけを読むと,答弁が何に対する説明であったのかが分かりにくくなる。

2 笛吹亨三法務省保護局長の留保と説明

笛吹亨三法務省保護局長の答弁は,冒頭で「当時のことは私,直接タッチしておりません」と述べ,後から資料を見て説明するため,当を得ない可能性があると明示した。したがって,以下の説明は,各恩赦の決定時に作成された政策決定文書の内容ではなく,昭和47年時点における同局長の事後的な説明又は推測を含むものとして読む必要がある。

同局長は,①国際連合加盟恩赦については,日本の国際社会への復帰を記念し,政治関係の犯罪を犯した者に新たな出発を促す意味があったのではないか,②昭和34年の皇太子御結婚恩赦については,国民が喜びを分かつとともに,選挙関係犯罪及び戦中・戦後の経済統制関係犯罪による資格制限を回復させる趣旨があったのではないか,③昭和43年の明治百年記念恩赦については,政治関係犯罪,経済統制関係犯罪及び道路交通関係犯罪を対象とし,交通反則金制度の導入等を踏まえて資格を回復させる意味があったのではないかと説明した。会議録では「思う」「考える」「ではなかろうか」という表現が反復されている。

3 質問者の再反論と資料上の限界

西宮議員の再質問は,戦時法規,経済統制法規及び道路交通法規の事情変更については局長の説明と認識が共通するとした一方,選挙違反者の恩赦だけは刑事政策によって説明できないと反論した。4月25日の質疑は,国家的な出来事を記念することと,対象犯罪を選ぶ刑事政策上の理由との関係が争点であったと整理できる。

同議員は,当時の新聞記事等を挙げ,国連加盟恩赦に法務事務当局,検察庁及び裁判所が反対したとも指摘した。ただし,会議録から確認できるのは同議員がそのように発言した事実であり,当時の政策決定原議,各機関の公式意見書又は新聞原紙まで確認しない限り,各機関の見解を確定した事実として扱うことはできない。

第3 昭和47年5月12日の参議院法務委員会

1 沖縄復帰恩赦と選挙違反者をめぐる審議

同日の付議案件は,「沖繩恩赦から選挙違反者を除外することを求める決議案」であった。会議録情報及び議題の宣告によれば,沖縄復帰に伴う恩赦の対象に選挙違反者を含めるべきかが委員会の審査対象であり,過去の恩赦の人数及び対象犯罪に関する答弁もこの審議の一部である。

2 戦後の各恩赦と選挙違反関係者数

笛吹局長の答弁が示した政令恩赦の該当者数及び選挙違反関係者数は,次のとおりである。明治百年記念恩赦については,法的な該当者総数と,復権の通知又は証明事務がされた者の数とを区別する必要がある。

実施日・事由政令恩赦の該当者選挙違反関係者数値の注意点
昭和20年10月17日・第二次大戦終局42万3796人約7万500人大赦,減刑及び復権の合計
昭和21年11月3日・日本国憲法公布16万8254人約4300人大赦,減刑及び復権の合計
昭和22年11月3日・二つの減刑令の修正4750人なし減刑のみ
昭和27年4月28日・平和条約発効100万4492人約3万900人大赦,減刑及び復権の合計
昭和31年12月19日・国際連合加盟6万9627人約6万9500人4月25日答弁の公職選挙法違反者数は6万9525人
昭和34年4月10日・皇太子御結婚4万5797人約1万2200人復権のみ
昭和43年11月1日・明治百年1000万人超約6万7000人14万8732人は証明書等を発行した者の数

国会会議録のテキストには,国際連合加盟の日を「昭和三十一年十三月十九日」,大赦令を「出ざれた」とする明白な文字上の異常がある。本記事では,同じ会議録の内容及び公的資料と照合し,昭和31年12月19日及び大赦令が出されたとの意味で整理した。

3 対象犯罪の広狭を説明した答弁

同年5月12日の発言8で,笛吹局長は,終戦時の大赦が刑法,陸軍刑法,海軍刑法,治安警察法,新聞紙法,出版法,選挙罰則及び戦時の経済統制関係法令等を広く対象としたことを説明した。日本国憲法公布時の恩赦も広範囲であり,平和条約発効時の大赦は占領中の関係法令違反も対象としたと説明している。

これに対し,国際連合加盟時の大赦は,公職選挙法,旧刑法の公選投票関係規定,政治資金規正法,地方自治法及び最高裁判所裁判官国民審査法の違反を対象とした。同じ政令恩赦でも,社会事情又は法令の大幅な変化に対応して広い罪種を対象としたものと,選挙・政治関係の罪を中心に対象としたものとでは,該当者総数に占める選挙違反関係者の割合が大きく異なる。

4 決議案の採決結果

決議案に反対する側は,具体的な恩赦の決定が憲法上内閣の権限に属することを理由に,国会が行政権を制約すべきではないと主張した。賛成する側は,選挙の公正を維持し,選挙違反を助長しないため,選挙違反者を恩赦の対象から除くべきであると主張した。

採決の結果,決議案は賛成少数により否決すべきものと決定された。この結果は,選挙違反者を恩赦の対象に含めることが,内閣の恩赦決定権と選挙の公正という二つの観点から争われていたことを示す。

第4 昭和47年5月15日の沖縄復帰恩赦

1 復権令及び特別恩赦基準

昭和47年5月15日,復権令(昭和47年政令第196号)が公布され,沖縄の復帰に当たり行う特別恩赦基準が閣議決定された。翌日の参議院法務委員会における笛吹局長の説明によれば,復権令は,原則として基準日前日までに一又は二以上の罰金刑の執行を終え,又は執行の免除を得た者について,その罰金刑によって喪失又は停止された資格を回復するものであった。

特別基準恩赦については,特赦,減刑,刑の執行の免除及び復権の四種類の基準が設けられた。沖縄で復帰前に効力を有した刑罰法令,日本本土との出入域・輸出入等を規制した法令,少年時の犯罪,高齢,刑の執行後の期間,社会生活上の障害等に応じて対象が定められ,沖縄の裁判所で刑に処せられた者は基準の適用上特に寛大に取り扱うとされた。

2 推定該当者数と後年の集計

昭和47年5月16日の発言32では,復権令の該当者は全体で約650万人,そのうち公職選挙法違反者は約3万4000人と推定された。他方,国立国会図書館の「恩赦制度の概要」が掲げる後年の集計では,復権令について復権の通知及び証明事務がされた者は3万2329人であり,特別基準恩赦の結果は,特赦2011人,減刑72人,刑の執行の免除40人及び復権51人である。

約650万人と3万2329人は,同じ対象を同じ方法で数えた数字ではない。前者は復権令の法的な該当者総数の推定であり,後者は復権の通知及び証明事務がされた者の数であるため,両者の差を恩赦申請の認容率又は実施率として計算することはできない。

第5 人数と復権の効果を読む際の注意

1 明治百年記念恩赦の「1000万人超」と「14万8732人」

明治百年記念恩赦についても,笛吹局長が述べた1000万人超は復権令に法的に該当する者の規模であり,14万8732人は証明書等を発行した者の数である。国立国会図書館の一覧表も,明治百年記念恩赦の14万8732人及び沖縄復帰恩赦の3万2329人は,復権の通知及び証明事務がされた者の数であると注記している。

政令によって一定の要件を満たす者に一律の効果が生じる場合,法的な該当者全体を行政機関が個別に把握しているとは限らない。人数を引用するときは,該当者総数,推定値,通知・証明事務の対象者数及び個別恩赦の決定人員のいずれであるかを示す必要がある。

2 復権は有罪の言渡し自体を消滅させないこと

恩赦法9条及び10条によれば,復権の効果は,有罪の言渡しによって喪失又は停止された資格の回復である。同法11条は,有罪の言渡しに基づく既成の効果は,大赦,特赦,減刑,刑の執行の免除又は復権によって変更されないと定める。

したがって,国会答弁中に道路交通法違反者等について「前科になっておった」との表現があるとしても,復権によって有罪の言渡し自体が消滅し,又は既に生じた効果が遡って変更されるという意味に読むことはできない。

最高裁昭和39年12月15日第三小法廷判決(昭和39年(あ)第1850号,集刑153号687頁)も,復権は一旦喪失した資格を回復するにとどまり,有罪の言渡しに基づく既成の効果を変更しないとして,復権した公職選挙法違反の前科を後の刑の量定で参酌することは憲法14条及び39条に違反しないと判示した。

第6 昭和47年の答弁を位置付ける資料

1 恩赦制度審議会最終意見書の日付

昭和47年4月25日の国会答弁は,恩赦制度審議会の最終意見書を昭和23年11月のものとしている。しかし,国立公文書館所蔵の原資料「恩赦制度に関する恩赦制度審議会委員長よりの最終意見書及び勧告書」(類03279100-01700)の年月日は,昭和23年7月9日である。

国立国会図書館も,平成30年発行の「恩赦制度の概要」の脚注について訂正票を公表し,最終意見書の日付を1948年7月9日としている。過去の政府答弁の日付は,原資料及び訂正情報と照合して用いる必要がある。

2 国家的慶事と刑事政策との関係

平成31年4月17日の衆議院法務委員会では,政府が,恩赦制度審議会の最終意見書に基づく恩赦の機能として,①法の画一性に基づく具体的不妥当の矯正,②事情の変更による裁判の事後的変更,③他の方法では救い得ない誤判の救済,④犯罪後の行状等に基づく刑事政策的な裁判の変更又は資格回復を説明した。政府は,国家又は皇室の慶弔禍福時に恩赦を行う法的義務はないとした上で,その時期を国民が心を新たにする機会と捉え,犯罪をした者の改善更生の意欲を高める意義があると説明したのに対し,質疑では,慶事と刑事政策との結び付きに飛躍があるとの批判も示された。

昭和34年の逐条解説は,一般恩赦を国家的慶事又は社会事情・法令の変化に対応するものとして説明していた。これに対し,近時の刑事政策学及び恩赦制度研究は,一般恩赦の判断過程の透明性,対象犯罪及び基準の明確化,国家的慶事と刑事政策上の合理性との関係を検討課題としている。本記事では,昭和47年の笛吹局長答弁を当時の政府職員による事後的説明として記録し,政策決定理由が原資料によって確定した場合とは区別している。

出典・参考資料

1 法令

日本国憲法7条6号及び73条7号(e-Gov法令検索)

恩赦法(昭和22年法律第20号)2条~12条(e-Gov法令検索)

2 裁判例

最高裁昭和39年12月15日第三小法廷判決(昭和39年(あ)第1850号,公職選挙法違反被告事件,集刑153号687頁。裁判所ウェブサイト)

3 国会会議録・公文書

第68回国会衆議院法務委員会第18号(昭和47年4月25日。発言18~20。国立国会図書館国会会議録検索システム)

第68回国会参議院法務委員会第14号(昭和47年5月12日。発言0,4,6,8及び29。国立国会図書館国会会議録検索システム)

第68回国会参議院法務委員会第15号(昭和47年5月16日。発言18及び32。国立国会図書館国会会議録検索システム)

第198回国会衆議院法務委員会第11号(平成31年4月17日。発言59,77,81及び83。国立国会図書館国会会議録検索システム)

「恩赦制度に関する恩赦制度審議会委員長よりの最終意見書及び勧告書」(昭和23年7月9日。類03279100-01700。国立公文書館デジタルアーカイブ)

4 公的資料

①小沢春希「恩赦制度の概要」『調査と情報―ISSUE BRIEF―』1027号(国立国会図書館調査及び立法考査局,平成30年)1頁~3頁及び12頁~13頁(令和元年10月10日付け訂正を含む。)

②法務省「恩赦

5 文献

①岡田亥之三朗『逐条恩赦法釈義(改訂再増補版)』(第一法規出版,昭和34年)2頁~13頁及び46頁~49頁

②武内謙治・本庄武『刑事政策学』(日本評論社,令和元年)144頁~148頁

③飯島暢「刑罰論から見た恩赦制度(1)」『關西大學法學論集』71巻3号(令和3年)770頁~771頁及び778頁

④飯島暢「刑罰論から見た恩赦制度(4・完)」『關西大學法學論集』74巻1号(令和6年)69頁~70頁