元裁判官の経歴

武智克典裁判官(50期)の経歴

生年月日 S46.1.11
出身大学 京大院
退官時の年齢 32 歳
H15.9.30 依願退官
H15.8.1 ~ H15.9.29 東京地裁判事補
H12.4.1 ~ H15.7.31 法務省民事局付
H12.3.25 ~ H12.3.31 東京地裁判事補
H10.4.12 ~ H12.3.24 大阪地裁判事補

*1 平成15年10月に弁護士登録をしてアンダーソン・毛利・友常法律事務所に入所し,平成18年1月に同事務所のパートナーとなり,同年11月に片岡総合法律事務所のパートナーとなり,平成23年7月に武智総合法律事務所を開設しました(同事務所HPの「代表弁護士 武智克典」参照)。
*2 以下の記事も参照してください。
・ 判事補時代に退官した元裁判官507人の名簿(昭和時代及び平成時代)
・ 判事補の外部経験の概要
・ 行政機関等への出向裁判官

中村元弥裁判官(41期)の経歴

生年月日 S36.2.11
出身大学 京大
退官時の年齢 36 歳
H9.3.31 依願退官
H7.4.1 ~ H9.3.30 東京地裁判事補
H6.4.1 ~ H7.3.31 日本郵船(研修)
H6.3.25 ~ H6.3.31 東京地裁判事補
H3.4.1 ~ H6.3.24 旭川地家裁判事補
H1.4.11 ~ H3.3.31 大阪地裁判事補

*1 旭川弁護士会HP「中村元弥」が載っています。
*2 twilogに「くまちん(弁護士中村元弥)@1961kumachin」が載っています。
*3 以下の記事も参照してください。
・ 判事補時代に退官した元裁判官507人の名簿(昭和時代及び平成時代)
・ 裁判官の民間企業長期研修等の名簿
・ 判事補の外部経験の概要

斎藤岳彦裁判官(55期)の経歴

生年月日 S52.9.19
出身大学 明治大
退官時の年齢 45歳
R4.10.16 任期終了退官
R3.4.1 ~ R4.10.15 東京地裁18民判事
H30.4.1 ~ R3.3.31 福島家地裁判事
H27.4.1 ~ H30.3.31 東京地裁44民判事
H24.10.16 ~ H27.3.31 福島家地裁いわき支部判事
H24.4.1 ~ H24.10.15 福島家地裁いわき支部判事補
H21.6.22 ~ H24.3.31 山形地家裁判事補
H19.4.1 ~ H21.6.21 名古屋地裁判事補
H17.4.1 ~ H19.3.31 名古屋家裁判事補
H14.10.16 ~ H17.3.31 鹿児島地裁判事補

*0 「齋藤岳彦」とも表記されます。
*1 長原・洗足池法律事務所HP「弁護士紹介」に,第一東京弁護士会に所属している「齋藤岳彦(さいとう たけひこ)」弁護士の経歴が載っています。
*2 coconala法律相談「齋藤岳彦弁護士」が載っています。
*3 以下の記事も参照してください。
・ 平成20年度以降,任期終了により退官した裁判官の一覧
・ 地方裁判所支部及び家庭裁判所支部

原田晃治裁判官(30期)の経歴

生年月日 S27.1.2
出身大学 九州大
叙勲 H15.1.25 勲三等瑞宝章
退官時の年齢 51 歳
H15.1.25 病死等
H14.4.1 ~ H15.1.24 法務省大臣官房審議官(民事局担当)
H13.1.6 ~ H14.3.31 法務省大臣官房民事法制管理官
H10.6.23 ~ H13.1.5 法務大臣官房参事官(民事担当)
H6.10.1 ~ H10.6.22 法務省民事局第四課長
H5.7.2 ~ H6.9.30 法務省民事局第五課長
H4.4.1 ~ H5.7.1 法務省民事局付
H4.3.23 ~ H4.3.31 東京地裁判事
H1.4.1 ~ H4.3.22 札幌地家裁小樽支部判事
S63.4.7 ~ H1.3.31 東京地裁判事
S63.4.1 ~ S63.4.6 東京地裁判事補
S59.4.1 ~ S63.3.31 最高裁家庭局付
S57.7.1 ~ S59.3.31 金沢家地裁判事補
S53.4.7 ~ S57.6.30 東京地裁判事補

*1 以下の記事も参照してください。
・ 裁判官の死亡退官
・ 行政機関等への出向裁判官
・ 判検交流に関する内閣等の答弁
・ 地方裁判所支部及び家庭裁判所支部
*2 前衆議院議員塩崎やすひさHPの「原田晃治さん、どうか安らかに」(2003年1月26日付)に以下の記載があります。
    かつて我が松山事務所でスタッフを勤めてくれていた青年から昨夜遅く携帯に電話があり、法務省民事局担当審議官、原田晃治さんが急逝したとの連絡を受ける。愕然とし暫し言葉を失った。通信社のウェッブサイト上の情報だった。テニスの後倒れた、という。何ということだ。未だに信じられない。

古川正孝裁判官(14期)の経歴

生年月日 S11.9.11
出身大学 京大
退官時の年齢 65 歳
H13.9.11 定年退官
H2.4.1 ~ H13.9.10 大阪高裁12民判事
S58.7.1 ~ H2.3.31 大阪地裁24民部総括
S55.4.1 ~ S58.6.30 大阪高裁判事
S53.4.1 ~ S55.3.31 札幌地裁3民部総括
S50.4.1 ~ S53.3.31 高松地家裁丸亀支部判事
S47.4.10 ~ S50.3.31 大阪地裁判事
S47.4.1 ~ S47.4.9 大阪地裁判事補
S45.4.10 ~ S47.3.31 富山地家裁高岡支部長
S44.4.21 ~ S45.4.9 富山地家裁高岡支部判事補
S40.4.16 ~ S44.4.20 大阪地家裁判事補
S37.4.10 ~ S40.4.15 名古屋家地裁判事補

(殿山ダム水害訴訟に関する大阪高裁判決)
*1の1 大阪高裁平成12年12月22日判決(担当裁判官は17期の井筒宏成14期の古川正孝及び37期の和田真。判例体系に掲載)は,関西電力が日置川(ひきがわ)上流に設置した殿山ダム(昭和32年5月運転開始。有効貯水容量は1379万5000トン)において平成2年9月の台風19号に伴い実施した放流による下流域の浸水被害について,関西電力と二級河川管理者である和歌山県に対してした損害賠償請求がいずれも棄却された事例です。
*1の2 大阪高裁平成12年12月22日判決は,例えば,「原判決別図第2の流域平均雨量、貯水位、流量の変化からも明らかなとおり、6門のゲートを全て開放せざるを得ない状況になった(山中注:この場合の放流量は毎秒3000トンになります。)のは、19日17時から20時までの異常な降雨による。たとえ、台風の上陸が確実視され、大雨・洪水警報が発令されていたとしても、右のような、特異な降雨状況をたどることまで予測することは通常できない。」とか,
「河川法52条に基づく指示(山中注:洪水調節のための指示)が、前記のとおり緊急・例外的な措置であると考えられる点等を総合考慮すると、(山中注:従前から豪雨の都度洪水が発生する日置川の現状にかんがみ,台風の上陸が確実視され,日置川周辺に大雨・洪水警報が発令された段階で,)知事(実際上は、被控訴人県の土木部河川課長等)が、河川法52条の指示を行わなかったことが裁量権を逸脱した著しく不合理なものであるとは認められない。」と判示しています。
*1の3 四国最大のダムである早明浦ダム(有効貯水容量は2億8900万㎥であり,殿山ダムの20倍以上です。)の場合,計画最大放流量は毎秒2000㎥(つまり,2000トン)です(国土交通省四国地方整備局HPの「早明浦ダム定期報告書 概要版」18頁参照)。
(殿山ダム)
*2の1 Wikipediaの「殿山ダム」には以下の記載があります。
① 1990年平成2年)および1997年(平成9年)の水害に対しては、被害に見舞われた流域住民が殿山ダムを管理する関西電力、そして日置川を管理する和歌山県を相手取り、損害賠償をめぐって訴訟を起こす事態になった。裁判では原告側の敗訴という結果となっているが、このように水害の度に殿山ダムの責任を問う声が上がるのは、殿山ダムが日置川水系唯一のダムであるためでもあり、関西電力も殿山ダムの改修や運用の見直しを行っている。
② 殿山ダムが完成した当時は電力不足という時代背景もあって、発電を最優先し水位を満水位近くで維持する運用がとられていた。
(中略)
殿山ダムのオリフィスゲート(山中注:ダムの比較的浅い位置に設置される放流ゲートのこと。)は任意の開度で固定しておくことができなかった。これでは、たとえ1門ずつ開いていったとしても、1門あたりの放流量が最大525立方メートル毎秒と大きいため、下流はたちまち大洪水である。関西電力は低水位運用の開始に合わせてオリフィスゲートを部分開操作(パーシャル操作ともいう)できるよう改修を行った。
(中略)
関西電力は課題であった部分開時の振動および噴流の問題を研究・解決し、2006年平成18年)にようやく全門の部分開操作を可能とした。

*2の2 前坂俊之オフィシャルウェブサイト「高杉晋吾レポート(24)ルポ ダム難民⑧ ダム災害にさいなまれる紀伊半島⑧殿山ダム裁判の巻①」には以下の記載があります(42期の林功弁護士(令和4年8月7日死亡)は私の所属事務所の前所長でした。)。
ダム(山中注:殿山ダム)本体にはクレストゲートが六門あり、その下部にオリフイスゲートが六門ある。計12門のゲートがある。
私たちが現地に行ってみたとき、このゲートの大規模な取り換え工事を行っていた。
林功弁護士は国土研究」で説明している。
「一門開けると毎秒約500トンが流れ出る」。
単純計算すると、六門開けると3000トン流れる。一分間で一八万トン流れ、一時間で一千八十万トン流れる。例によって巨船に例えると二十二万トンの巨船が約五十隻、猛烈な噴流となって日置川に流れるということになる。
林氏の説明は続く。
「このゲートの内側の二門は開き具合の調節が出来ます。ゲートの開き方を調節して、毎秒二百トンの流量にしようというような事が出来るわけです。しかし外側の四門についてはそういう調節が不可能で、途中で自由な開閉操作は出来ない。操作できる二門も開け始めて開け終わるまでに二十分間は掛り、閉じ始めても二十分間はかかる。
ダムゲートの開閉と簡単に言うが、その開閉にはかなりの時間がかかるというのである。
(中略)
「最近になって住民の批判が鋭くなって、関西電力は若干態度を改めて、和歌山県と協議して治水に役立つように、事前に放水を行うように協定を結ぶ方向に姿勢を改めています」
だが、裁判所も、事実を調査して判決を下すのではなく、完全に、大企業や行政の立場しか耳をかさずに住民原告の全面敗訴を言い渡していた。
消防団も、河川での漁を行っている人も、ダムの放水で急激に日置川が増水し、避難する暇もなく水害の中を逃げ惑ったという証言を216人が行った。しかし裁判官はこれらの証言を一切無視し住民原告の敗訴を言い渡したのである。
(事前放流)
*3の1 庄司勝和歌山県県土整備部長は,令和2年6月19日の和歌山県議会において以下の答弁をしています。
 本県におきましては、平成23年9月の紀伊半島大水害を契機として、全国に先駆けて、洪水対策の一つとして、事前にダムの水位を低下させ空き容量を確保する事前放流を積極的に実施してきました。
 具体的には、県内の二川ダム、椿山ダム、七川ダム、殿山ダムの四つのダムにおいて、平成24年5月に、利水事業者である関西電力株式会社と事前放流に関する協定を締結しました。
 本協定に基づき、これまで計50回の事前放流を行い、下流地域における浸水被害の軽減を図るなど、住民の安全・安心の確保に努めています。
*3の2 和歌山県HPに載ってある「知事からのメッセージ 令和4年7月19日」には以下の記載があります。
 下部の利水のために貯められた水は関西電力の営業資産であって、このため、関西電力はダム建設の時も応分の負担を払っているのですが、通常はこの水を抜いて、それによってできる空間を治水のために使おうなどと考えた人はいませんでした。
 しかし、人の命にはかえられませんので、私は思い切って、関西電力に洪水が予想されるときは利水用の水も県の要請によって事前に放流してくれませんかと頼むことにしました。そして、(山中注:平成23年の紀伊半島大水害によって)ちょうど全県でズタズタになった電力供給の復旧の経過報告に来庁された当時の関西電力の八木社長に直訴したわけです。そうしたら、八木社長は「商売も大事ですが、人命にはかえられません」と一発で快諾してくれました。
(中略)
 私は、このアイデアと実際の顛末を国交省に何度も報告し、全国のほかの河川のダムでも同じような方法をとったら洪水リスクがうんと減るのではないかと進言しました。しかし、その後何年もこの方式が採用されることはありませんでした。和歌山県だけが大型台風の襲来の度ごとに、県から関電に協力要請をしてダムの水を極限まで抜き続けていたのです。他はやっていません。そしてついに悲劇が起こりました。平成30年7月豪雨で愛媛県の国管理河川の肱川が増水し、そこにある野村ダム、鹿野川ダムが洪水調整のできる量を超える増水のため、「ただし書放流」(山中注:洪水調節ができないほどダムに水が溜まった場合に行う,流入量と同じ量となる放流)のやむなきに至り、結果的には8人もの尊い人命が失われました。
*3の3 和歌山県HPに載ってある「事前放流実績(運用開始~現時点)」によれば,平成24年から令和3年までの10年間で,殿山ダムでは事前放流が12回実施されました。
*3の4 和歌山県と関西電力の以下の協定書を掲載しています。
・ 緊急時におけるダム利水容量の有効活用に関する協定書(平成24年5月29日付の,和歌山県と関西電力の協定書)→二川ダム,椿山ダム及び七川ダム
・ 緊急時におけるダム利水容量の有効活用に関する協定書(平成24年5月29日付の,和歌山県と関西電力の協定書)→殿山ダムに関するもの
*3の5 国土交通省HPに「事前放流ガイドライン」(令和2年4月の国土交通省水管理・国土保全局の文書)が載っています。


(その他)
*4の1 国土交通省の川の防災情報HP「殿山ダム 日置川水系 日置川」が載っていて,和歌山県HPに「ダム観測所:殿山ダム」が載っています。
*4の2 八ッ場あしたの会ブログ「豪雨が来たら気をつけたい。専門家が選ぶ「危険なダム ワースト10」」(2018年9月1日付)によれば,和歌山県の殿山ダムは危険なダム10位になっています。
(関連記事)
*5 以下の記事も参照してください。
・ 部の事務を総括する裁判官の名簿(昭和37年度以降)
・ 地方裁判所支部及び家庭裁判所支部

松本佳織裁判官(60期)の経歴

生年月日 S56.9.28
出身大学 一橋大院
退官時の年齢 40歳
R4.8.31 依願退官
R4.4.1 ~ R4.8.30 千葉家地裁判事
R2.4.1 ~ R4.3.31 金融庁審判官
H30.1.16 ~ R2.3.31 静岡地家裁沼津支部判事
H29.4.1 ~ H30.1.15 静岡地家裁沼津支部判事補
H25.4.1 ~ H29.3.31 東京地裁判事補
H23.4.1 ~ H25.3.31 松山家地裁判事補
H22.4.1 ~ H23.3.31 東京地家裁判事補
H20.1.16 ~ H22.3.31 東京地裁判事補

*1 令和4年9月1日に第一東京弁護士会で弁護士登録をして,TMI総合法律事務所に入所しました(同事務所HPの「松本佳織 Kaori Matsumoto」参照)。
*2 東京シティ・バレエ団「松本佳織」とは別の人です。
*3 以下の記事も参照してください。
・ 判事補の外部経験の概要
 行政機関等への出向裁判官
 地方裁判所支部及び家庭裁判所支部

杉原崇夫裁判官(51期)の経歴

生年月日 S45.12.24
出身大学 九州大
退官時の年齢 54歳
R7.3.31 依願退官
R5.7.1 ~ R7.3.30 福岡高裁2刑判事
R2.4.1 ~ R5.6.30 熊本地裁刑事部判事
H29.4.1 ~ R2.3.31 佐賀地家裁判事
H26.4.1 ~ H29.3.31 福岡地家裁小倉支部判事
H23.4.1 ~ H26.3.31 大阪地裁14刑判事
H21.4.11 ~ H23.3.31 福岡高裁2刑判事
H19.4.1 ~ H21.4.10 福岡地家裁判事補
H16.4.1 ~ H19.3.31 鹿児島地家裁判事補
H13.4.1 ~ H16.3.31 佐賀家地裁判事補
H11.4.11 ~ H13.3.31 福岡地裁判事補

*0 真和中学・高等学校HP「Career Guidance 真和が今の原点です」51期の杉原崇夫の顔写真が載っています。
*1 以下の記事も参照してください。
・ 地方裁判所支部及び家庭裁判所支部
*2の1 平成19年4月17日発生の長崎市長射殺事件に関する長崎地裁平成20年5月26日判決(39期の松尾嘉倫49期の安永武央及び56期の内藤寿彦)(判例秘書に掲載)は死刑を言い渡したものの,福岡高裁平成21年9月29日判決(26期の松尾昭一49期の今泉裕登及び51期の杉原崇夫)は原判決を破棄して無期懲役を言い渡し,最高裁平成24年1月16日決定で支持されました。
*2の2 最高裁平成24年1月16日決定は,以下のとおり判示して福岡高裁平成21年9月29日判決に対する検察官及び弁護人の上告を棄却しました(改行を追加しています。)。
    原判決は,これらの事情等に照らし,被告人の刑事責任は誠に重大であるとしつつも,本件においては殺害された者は1名であることを考慮する必要があるとした上で,本件犯行は,組織内で孤立していた被告人が,経済的に困窮し,自己の病気等により自暴自棄になる中,長崎市への不当要求等が思いどおりにならなかったことで思い詰めて,これがいわば暴発したという側面もあり,経済的利益等何らかの利益を得るために実行した事案とはいえず,本件犯行の動機,目的自体には利欲目的はなかったとし,さらに,何らかの政治的信条に基づき,その主義主張を実現する手段として,本件犯行に及んだものではなく,本件の主要な動機は被害者に対する恨みであり,選挙妨害そのものを目的としたものではないことなどを指摘する。
    そして,以上の事情は,本件犯行の量刑評価に当たって軽視できない犯情であり,これらの事情も総合考慮すると,被告人に対し,死刑を選択することについてはなおちゅうちょせざるを得ないと判示している。
    原判決のこのような判断は首肯し得ないではなく,第1審判決を破棄し,被告人を無期懲役に処した原判決が,刑の量定において甚だしく不当であるということはできない。
*3 令和2年11月15日に自宅の自室で双子を死産し,同月19日に死体遺棄容疑で逮捕されたベトナム人技能実習生は同年12月10日に死体遺棄罪で起訴されましたところ,その後の裁判経過は以下のとおりです。
① 熊本地裁令和3年7月20日判決(担当裁判官は51期の杉原崇夫)は,懲役8月・執行猶予3年の有罪判決となりました。
② 福岡高裁令和4年1月19日判決(担当裁判官は40期の辻川靖夫54期の武林仁美及び61期の倉知泰久)は,熊本地裁令和3年7月20日判決を破棄して,懲役3月・執行猶予2年の有罪判決となりました。
③ 最高裁令和5年3月24日判決福岡高裁令和4年1月19日判決を破棄して無罪判決となりました。


*4 熊本日日新聞HPの「熊本地裁の刑事裁判、特定の裁判官が〝即日判決〟連発 開廷30分で実刑も 「拙速では」と疑問の声」は,51期の杉原崇夫裁判官に関する記事です。


高嶋美穂裁判官(66期)の経歴

生年月日 S61.8.25
出身大学 京大院
退官時の年齢 35歳
R4.4.15 依願退官
H31.4.1 ~ R4.4.14 大阪家地裁堺支部判事補
H28.4.1 ~ H31.3.31 神戸地家裁判事補
H26.1.16 ~ H28.3.31 神戸地裁判事補

*1 平成26年1月16日に神戸地裁判事補になった時点では「杉浜美穂」でしたが,平成28年4月1日に神戸地家裁判事補になった時点では「高嶋美穂」になっていました。
*2 以下の記事も参照してください。
・ 判事補時代に退官した元裁判官の名簿(令和時代)
・ 地方裁判所支部及び家庭裁判所支部

増田定義裁判官(17期)の経歴

生年月日 S12.10.6
出身大学 不明
退官時の年齢 62 歳
R4.2.14 瑞宝小綬章
H12.4.1 依願退官
H5.4.1 ~ H12.3.31 広島家裁判事
S62.4.1 ~ H5.3.31 広島地家裁尾道支部長
S57.4.1 ~ S62.3.31 広島地家裁判事
S55.4.1 ~ S57.3.31 広島地裁判事
S52.4.1 ~ S55.3.31 山口地家裁柳井支部判事
S50.4.9 ~ S52.3.31 鹿児島地家裁判事
S49.4.1 ~ S50.4.8 鹿児島地家裁判事補
S46.4.1 ~ S49.3.31 大阪地裁判事補
S43.4.1 ~ S46.3.31 山口地家裁岩国支部判事補
S40.4.9 ~ S43.3.31 神戸地裁判事補

* 以下の記事も参照してください。
・ 地方裁判所支部及び家庭裁判所支部

荒木勝己裁判官(12期)の経歴

生年月日 S2.10.10
出身大学 中央大
退官時の年齢 65 歳
H4.10.10 定年退官
H2.4.1 ~ H4.10.9 東京高裁5刑判事
S63.4.1 ~ H2.3.31 福岡地裁3刑部総括
S59.4.1 ~ S63.3.31 熊本地裁1刑部総括
S55.4.8 ~ S59.3.31 東京高裁判事
S52.4.1 ~ S55.4.7 千葉地裁判事
S49.4.1 ~ S52.3.31 横浜地裁判事
S48.4.2 ~ S49.3.31 長崎地裁刑事部部総括
S45.4.8 ~ S48.4.1 長崎地家裁判事
S44.6.16 ~ S45.4.7 長崎地家裁判事補
S41.4.1 ~ S44.6.15 東京地裁判事補
S38.5.1 ~ S41.3.31 名古屋地家裁一宮支部判事補
S35.4.8 ~ S38.4.30 新潟地家裁判事補

*1の1 松橋事件(昭和60年1月,熊本県下益城郡松橋町(現在の宇城市)で発生した殺人事件)につき,熊本地裁昭和61年12月22日判決(裁判長は12期の荒木勝己裁判官)は懲役13年を言い渡し,福岡高裁昭和63年6月2日判決(裁判長は2期の生田謙二裁判官)は被告人の控訴を棄却し,最高裁平成2年1月26日決定(裁判長は高輪2期の大内恒夫裁判官)は被告人の上告を棄却しました。
*1の2 平成24年3月12日に再審請求があり,熊本地裁平成28年6月30日決定(裁判長は44期の溝国禎久裁判官)が再審開始を決定し,福岡高裁平成29年11月29日決定(裁判長は32期の山口雅高裁判官)が検察官の即時抗告を棄却し,最高裁平成30年10月10日決定(裁判長は32期の菅野博之裁判官)が検察官の特別抗告を棄却し,熊本地裁平成31年3月28日決定(裁判長は44期の溝国禎久裁判官)が再審無罪を言い渡しました。
*1の3 2019年10月3日の日弁連人権擁護大会シンポジウム第3分科会基調報告書 末尾60頁ないし63頁に松橋事件のことが書いてあります。
*2 以下の記事も参照してください。
・ 部の事務を総括する裁判官の名簿(昭和37年度以降)
・ 地方裁判所支部及び家庭裁判所支部

榎本豊三郎裁判官(21期)の経歴

生年月日 S6.1.12
出身大学 中央大
退官時の年齢 59 歳
H2.4.1 依願退官
S63.4.1 ~ H2.3.31 横浜地家裁川崎支部判事
S59.4.1 ~ S63.3.31 水戸地家裁土浦支部判事
S57.4.1 ~ S59.3.31 静岡地家裁判事
S55.4.1 ~ S57.3.31 静岡家地裁判事
S54.4.8 ~ S55.3.31 鹿児島地家裁川内支部判事
S52.4.1 ~ S54.4.7 鹿児島地家裁川内支部判事補
S49.4.1 ~ S52.3.31 東京地家裁八王子支部判事補
S44.4.8 ~ S49.3.31 静岡簡裁判事

*1の1 布川事件(昭和42年8月30日の朝,茨城県北相馬郡利根町布川で,独り暮らしだった大工の男性(当時62歳)が,仕事を依頼しに来た近所の人によって自宅8畳間で他殺体で発見された事件)について昭和58年12月23日に第1次再審請求申立てがありましたところ,水戸地裁土浦支部昭和62年3月31日(裁判長は21期の榎本豊三郎裁判官)は再審請求を棄却し,東京高裁昭和63年2月22日決定(裁判長は7期の小野幹雄裁判官)は弁護側の即時抗告を棄却し,最高裁平成4年9月9日決定(裁判長は3期の大堀誠一裁判官)は弁護側の特別抗告を棄却しました。
    平成13年12月6日に第2次再審請求がありましたところ,水戸地裁土浦支部平成17年9月21日決定(裁判長は32期の彦坂孝孔裁判官)は再審開始決定を出し,東京高裁平成20年7月14日決定(裁判長は22期の門野博裁判官)は検察側の即時抗告を棄却し,最高裁平成21年12月14日決定(裁判長は竹内行夫裁判官)は検察側の特別抗告を棄却しました。
*1の2 水戸地裁土浦支部平成23年5月23日判決(判例秘書に掲載。裁判長は47期の神田大助,陪席裁判官は52期の朝倉(吉田)静香及び59期の信夫絵里子)は,布川事件について,再審無罪を言い渡しました。
*1の3 2019年10月3日の日弁連人権擁護大会シンポジウム第3分科会基調報告書 末尾56頁ないし60頁に布川事件のことが書いてあります。
*2 以下の記事も参照してください。
・ 地方裁判所支部及び家庭裁判所支部

浅井憲裁判官(43期)の経歴

生年月日 S39.4.3
出身大学 東大
退官時の年齢 59歳
R6.3.31 依願退官
R3.6.1 ~ R6.3.30 知財高裁第2部判事
H29.4.1 ~ R3.5.31 東京高裁2民判事
H28.4.1 ~ H29.3.31 水戸地裁1民部総括
H25.4.1 ~ H28.3.31 さいたま地裁1民判事
H22.4.1 ~ H25.3.31 札幌地裁2民判事
H19.4.1 ~ H22.3.31 知財高裁第4部判事
H16.4.1 ~ H19.3.31 福岡高裁宮崎支部判事
H14.1.9 ~ H16.3.31 東京地裁判事補
H13.4.1 ~ H14.1.8 東京地裁判事補
H10.4.6 ~ H13.3.31 札幌地家裁判事補
H10.4.1 ~ H10.4.5 東京地裁判事補
H9.7.1 ~ H10.3.31 国連日本政府代表部二等書記官
H7.7.10 ~ H9.6.30 外務省条約局事務官
H3.4.9 ~ H7.7.9 東京地裁判事補

* 特許庁HPの「裁判所」に顔写真及び経歴が載っています。

見原涼介裁判官(62期)の経歴

生年月日 S57.9.14
出身大学 不明
退官時の年齢 39歳
R4.5.30 依願退官
R3.4.1 ~ R4.5.29 千葉地家裁八日市場支部判事
R2.1.16 ~ R3.3.31 静岡地家裁判事
H29.4.1 ~ R2.1.15 静岡地家裁判事補
H27.4.1 ~ H29.3.31 和歌山地家裁判事補
H25.7.8 ~ H27.3.31 山口地家裁下関支部判事補
H24.4.1 ~ H25.7.7 東京地家裁判事補
H22.1.16 ~ H24.3.31 東京地裁判事補

*1 令和4年9月15日に第二東京弁護士会で弁護士登録をして,株式会社小松製作所に入社しました。
*2 以下の記事も参照してください。
・ 地方裁判所支部及び家庭裁判所支部

本井文夫裁判官(21期)の経歴

生年月日 S19.7.26
出身大学 京大
退官時の年齢 30 歳
S50.4.1 依願退官
S47.5.1 ~ S50.3.31 盛岡地家裁判事補
S44.4.8 ~ S47.4.30 東京地裁判事補

*1 昭和50年5月に大阪弁護士会で弁護士登録をして,御堂筋法律事務所に入所しました(弁護士法人御堂筋法律事務所HP「本井文夫Fumio Motoi」参照)。
*2 以下の記事も参照してください。
・ 判事補時代に退官した元裁判官507人の名簿(昭和時代及び平成時代)