元裁判官の経歴

堀内信宏裁判官(69期)の経歴

生年月日 H2.10.28
出身大学 京大院
退官時の年齢 32歳
R5.3.31 依願退官
R3.4.1 ~ R5.3.30 名古屋地家裁岡崎支部判事補
R2.4.1 ~ R3.3.31 三井住友銀行(研修)
H31.4.1 ~ R2.3.31 東京地家裁判事補
H29.1.16 ~ H31.3.31 東京地裁判事補

*0 令和5年4月1日に第一東京弁護士会で弁護士登録をして(登録番号は64143),同年5月に島田法律事務所(東京都千代田区大手町)に入所しました(同事務所HPの「堀内 信宏NOBUHIRO HORIUCHI」参照)。
*1 69期の堀内信宏裁判官と70期の堀内さゆみ裁判官の勤務場所は似ていましたし,両者は令和5年3月31日付で依願退官しました。
*2 以下の記事も参照してください。
・ 判事補時代に退官した元裁判官の名簿(令和時代)
・ 地方裁判所支部及び家庭裁判所支部
・ 裁判官の民間企業長期研修等の名簿
・ 判事補の外部経験の概要

西脇典子裁判官(66期)の経歴

生年月日 S60.2.27
出身大学 不明
退官時の年齢 38歳
R5.3.31 依願退官
R4.4.1 ~ R5.3.30 名古屋地家裁岡崎支部判事補
R3.4.1 ~ R4.3.31  デンソー(研修)
R3.3.25 ~ R3.3.31 名古屋家地裁岡崎支部判事補
H31.4.1 ~ R3.3.24 横浜地家裁判事補
H29.4.1 ~ H31.3.31 大阪地家裁判事補
H28.4.1 ~ H29.3.31 岐阜地家裁判事補
H26.1.16 ~ H28.3.31 岐阜地裁判事補

*1 以下の記事も参照してください。
 判事補時代に退官した元裁判官の名簿(令和時代)
・ 裁判官の民間企業長期研修等の名簿
*2の1 令和5年7月1日に愛知県弁護士会で弁護士登録をして(登録番号は64217),株式会社ジェイテクト(愛知県刈谷市朝日町1-1)に入社しました。
*2の2 デンソーHPに「アイシン、アドヴィックス、ジェイテクト、デンソー、自動運転の普及に向けた統合制御ソフトウェア開発の合弁会社を設立」(2018年12月26日付)が載っています。

種村仁志裁判官(68期)の経歴

生年月日 S62.12.2
出身大学 不明
退官時の年齢 35歳
R5.9.30 依願退官
R3.12.1 ~ R5.9.29 名古屋家地裁岡崎支部判事補
R2.4.1 ~ R3.11.30 東京家裁判事補
H31.4.1 ~ R2.3.31 三菱地所(研修)
H31.3.25 ~ H31.3.31 東京家裁判事補
H30.4.1 ~ H31.3.24 甲府地家裁判事補
H28.1.16 ~ H30.3.31 甲府地裁判事補

* 68期の種村仁志裁判官と68期の柏戸夏子裁判官(令和4年7月6日の最高裁判所裁判官会議議事録記載の氏名は「種村夏子(68)」)の勤務場所は,68期の柏戸夏子裁判官が令和5年3月31日に依願退官するまでは似ていました。

柏戸夏子裁判官(68期)の経歴

生年月日 S63.7.19
出身大学 慶応大院
退官時の年齢 34歳
R5.3.31 依願退官
R4.8.7 ~ R5.3.30 名古屋地裁判事補
H30.4.1 ~ R4.8.6 東京地家裁判事補
H28.1.16 ~ H30.3.31 東京地裁判事補

*1 以下の記事も参照してください。
・ 判事補時代に退官した元裁判官の名簿(令和時代)
*2の1 68期の種村仁志裁判官と68期の柏戸夏子裁判官の勤務場所は,68期の柏戸夏子裁判官が令和5年3月31日に依願退官するまでは似ていました。
*2の2 判事補任官時の氏名は「柏戸夏子」であり,令和4年7月6日の最高裁判所裁判官会議議事録には「種村夏子(68)」と書いてあるものの,新日本法規HPには「柏戸夏子」として載っています。
*3 令和5年4月,第一芙蓉法律事務所(東京都千代田区霞が関)に入所しました(同事務所HPの「弁護士紹介」参照)。
*4 空気を読まずに生きるブログ(筆者は新61期の趙誠峰弁護士)の「大川原化工機事件の身柄判断を検証する」には以下の記載があります。
個々の判断内容は本紙第116号の季刊刑事弁護レポート「大川原化工機事件・人質司法の記録」を参照されたい。ここでは本件の身体拘束の判断に関与した裁判官の名前だけ列挙しておく。本件で誤った身体拘束の判断をしたのは、岡野清二、世森ユキコ、吉崎佳弥、井下田英樹、池田翔平、赤松亨太、柏戸夏子、遠藤圭一郎、蛭田円香、坂田正史、島尻大志、長野慶一郎、宮本誠、丹羽敏彦、長池健司、佐藤有紀、小林謙介、西山志帆、松村光泰、楡井英夫、竹田美波、佐藤みなと、本村理絵、牧野賢、三貫納隼、守下実、家入美香、一社紀行、佐伯恒治、室橋秀紀、名取桂の各裁判官である。

植木麻里裁判官(66期)の経歴

生年月日 S62.3.17
出身大学 一橋大院
退官時の年齢 36歳
R5.3.31 依願退官
R4.4.1 ~ R5.3.30 東京地裁判事補
H31.4.1 ~ R4.3.31 新潟家地裁判事補
H28.4.1 ~ H31.3.31 名古屋地家裁判事補
H26.1.16 ~ H28.3.31 名古屋地裁判事補

*1 任官時の氏名は「波多野麻里」でありましたところ,66期の植木亮裁判官及び66期の植木麻里裁判官の勤務場所は判事補任官当初から似ていました。
*2 令和5年4月1日,第一東京弁護士会で弁護士登録をして,AI-EI法律事務所(東京都千代田区内幸町)に入所しました(同事務所HPの「植木 麻里 アソシエイト」参照)。
*3 以下の記事も参照してください。
・ 判事補時代に退官した元裁判官の名簿(令和時代)

近藤猛司裁判官(45期)の経歴

生年月日 S39.10.2
出身大学 南山大
退官時の年齢 58歳
R5.3.31 依願退官
R2.4.1 ~R5.3.30 名古屋家地裁豊橋支部判事
H29.4.1 ~ R2.3.31 名古屋高裁3民判事
H26.4.1 ~ H29.3.31 岐阜地家裁大垣支部長
H23.4.1 ~ H26.3.31 大阪地家裁堺支部判事
H22.4.1 ~ H23.3.31 名古屋高裁2民判事
H19.4.1 ~ H22.3.31 名古屋地裁判事
H16.4.1 ~ H19.3.31 京都地裁判事
H15.4.9 ~ H16.3.31 岐阜地家裁御嵩支部判事
H13.4.1 ~ H15.4.8 岐阜地家裁御嵩支部判事補
H10.4.1 ~ H13.3.31 神戸地家裁判事補
H7.4.1 ~ H10.3.31 鹿児島地家裁判事補
H5.4.9 ~ H7.3.31 大阪地裁判事補

*1 昭和62年3月に南山大学法学部を卒業しました(南山大学HP「南山法学会 講演会」「講演 裁判官近藤猛司氏 法学部卒業後の歩み~裁判官としてのキャリア~」参照)。
*2 以下の記事も参照して下さい。
・ 裁判官の早期退職
・ 50歳以上の裁判官の依願退官の情報
・ 地方裁判所支部及び家庭裁判所支部

山崎雄大裁判官(60期)の経歴

生年月日 S57.6.18
出身大学 東大
退官時の年齢 40歳
R5.3.31 依願退官
R4.4.1 ~ R5.3.30 東京地裁11民判事(労働部)
H31.4.1 ~ R4.3.31 津地家裁伊勢支部判事
H29.9.20 ~ H31.3.31 大阪地裁2民判事(租税・行政部)
H28.4.1 ~ H29.9.19 大阪地家裁判事補
H26.4.1 ~ H28.3.31 外務省領事局政策課ハーグ条約室課長補佐
H26.3.1 ~ H26.3.31 外務省総合外交政策局人権人道課ハーグ条約室課長補佐
H26.1.10 ~ H26.2.28 法務省民事局付
H25.4.1 ~ H26.1.9 さいたま地家裁判事補
H24.7.13 ~ H25.3.31 さいたま家地裁判事補
H19.9.20 ~ H24.7.12 徳島地裁判事補

*1 令和5年4月に東京弁護士会で弁護士登録をして,東京国際法律事務所(東京都千代田区霞が関1-4-2 大同生命霞が関ビル8階)に入所しました(同事務所HPの「山崎 雄大 Yuta Yamasaki」参照)。
*2 以下の記事も参照して下さい。
・ 地方裁判所の専門部及び集中部
・ 判事補の外部経験の概要
・ 行政機関等への出向裁判官

東條敬裁判官(13期)の経歴

生年月日 S5.8.12
出身大学 京大
退官時の年齢 61 歳
H4.4.1 依願退官
S59.4.5 ~ H4.3.31 大阪高裁3民判事
S56.1.27 ~ S59.4.4 東京法務局訟務部長
S56.1.1 ~ S56.1.26 大阪地裁16民部総括
S53.4.1 ~ S55.12.31 大阪地裁判事
S48.4.10 ~ S53.3.31 最高裁調査官
S46.4.14 ~ S48.4.9 神戸家地裁判事
S45.4.1 ~ S46.4.13 神戸家地裁判事補
S43.4.20 ~ S45.3.31 岡山地家裁判事補
S42.5.1 ~ S43.4.19 岡山地家裁倉敷支部判事補
S39.4.20 ~ S42.4.30 奈良家地裁判事補
S36.4.14 ~ S39.4.19 神戸地家裁判事補

四宮章夫裁判官(25期)の経歴

生年月日 S23.11.21
出身大学 京大
退官時の年齢 32 歳
S56.4.1 依願退官
S53.4.1 ~ S56.3.31 大阪地裁判事補
S51.4.1 ~ S53.3.31 津地家裁四日市支部判事補
S48.4.10 ~ S51.3.31 東京地裁判事補

*1 昭和56年に大阪弁護士会で弁護士登録をして淀屋橋合同法律事務所(現在の弁護士法人淀屋橋・山上合同)に入所し,平成26年4月に独立してコスモス法律事務所(大阪市中央区北浜)を開設しました。
*2 以下の記事も参照してください。
・ 判事補時代に退官した元裁判官507人の名簿(昭和時代及び平成時代)

黒田京子裁判官(14期)の経歴

生年月日 S12.12.17
出身大学 東北大
退官時の年齢 26 歳
S39.3.31 依願退官
S37.4.10 ~ S39.3.30 神戸家地裁判事補

*1 13期の黒田直行裁判官と初任地が同じです。
*2 判事補に任官した時点の氏名は「小泉京子」であり,判事補を退官した時点の氏名は「黒田京子」でした。
*3 昭和52年6月に第一東京弁護士会で弁護士登録をして,昭和58年5月に大阪弁護士会に登録換をしました(ヤマトインターナショナル株式会社HPの「「当社株式の大規模買付行為への対応策(買収防衛策)」の継続及び独立委員会委員選任に関するお知らせ」参照)。
*4 以下の記事も参照してください。
・ 判事補時代に退官した元裁判官507人の名簿(昭和時代及び平成時代)

合田智子裁判官(39期)の経歴

生年月日 S33.3.22
出身大学 中央大
退官時の年齢 65歳
R5.3.22 定年退官
R2.4.1 ~ R5.3.21 さいたま家地裁川越支部判事
H28.4.1 ~ R2.3.31 東京家地裁立川支部判事
H25.4.1 ~ H28.3.31 宇都宮地家裁栃木支部長
H22.4.1 ~ H25.3.31 千葉地裁2民判事
H18.4.1 ~ H22.3.31 さいたま家地裁越谷支部判事
H15.4.1 ~ H18.3.31 さいたま地家裁判事
H11.4.1 ~ H15.3.31 東京地家裁八王子支部判事
H9.4.10 ~ H11.3.31 東京地裁判事
H6.3.25 ~ H9.4.9 東京地裁判事補
H5.4.1 ~ H6.3.24 仙台地家裁判事補
H2.4.1 ~ H5.3.31 仙台家地裁判事補
H1.4.1 ~ H2.3.31 浦和地家裁判事補
S62.4.10 ~ H1.3.31 浦和地裁判事補

* 以下の記事も参照してください。
・ 地方裁判所支部及び家庭裁判所支部

高井吉夫裁判官(9期)の経歴

生年月日 S1.12.28
出身大学 早稲田大
退官時の年齢 47 歳
S49.4.10 依願退官
S46.4.10 ~ S49.4.9 東京家裁判事
S42.4.6 ~ S46.4.9 静岡地家裁判事
S40.4.1 ~ S42.4.5 静岡地家裁判事補
S37.4.10 ~ S40.3.31 宮崎家地裁判事補
S34.4.16 ~ S37.4.9 東京家地裁判事補
S33.6.10 ~ S34.4.15 福島地家裁郡山支部判事補
S32.4.6 ~ S33.6.9 仙台家地裁判事補

*1 以下の記事も参照してください。
・ 刑事の再審事件
*2の1 袴田事件(昭和41年6月30日未明,静岡県清水市で発生した,味噌製造・販売会社の専務一家4人が殺害された強盗殺人・放火事件)に関して,静岡地裁昭和43年9月11日判決(担当裁判官は石見勝四,9期の高井吉夫及び15期の熊本典道)は死刑判決であり,東京高裁昭和51年5月18日判決は控訴棄却判決であり,最高裁昭和55年11月19日判決は上告棄却判決でした。
*2の2 Wikipediaの「熊本典道」には「2007年(平成19年)に袴田事件の第一審で死刑判決を出した他2人の裁判官が死亡したことを確認後、同年3月9日に衆議院議員会館で行われた「死刑廃止を推進する議員連盟」の院内集会に参加し、元担当判事として袴田巌の無実を訴える。」とか,「2018年(平成30年)1月9日、熊本が入院中の病院において、地裁の法廷以来約50年ぶりに袴田巌と対面する。」と書いてあります。
*2の3 袴田事件に関して,差戻審としての東京高裁令和5年3月13日決定(裁判長は38期の大善文男)は再審開始決定となりました(NHK静岡放送局HPの「【詳報】袴田事件 再審開始決定! 東京高裁」(2023年3月13日付)参照)ところ,同決定では証拠捏造の可能性にまで言及しています。


熊本典道裁判官(15期)の経歴

生年月日 S12.10.30
出身大学 九州大
退官時の年齢 31 歳
S44.4.10 依願退官
S41.12.8 ~ S44.4.9 静岡地家裁判事補
S41.4.20 ~ S41.12.7 福島地家裁白河支部判事補
S38.4.9 ~ S41.4.19 東京地家裁判事補

*1 以下の記事も参照してください。
・ 刑事の再審事件
・ 判事補時代に退官した元裁判官507人の名簿(昭和時代及び平成時代)
*2の1 袴田事件(昭和41年6月30日未明,静岡県清水市で発生した,味噌製造・販売会社の専務一家4人が殺害された強盗殺人・放火事件)に関して,静岡地裁昭和43年9月11日判決(担当裁判官は石見勝四,9期の高井吉夫及び15期の熊本典道)は死刑判決であり,東京高裁昭和51年5月18日判決は控訴棄却判決であり,最高裁昭和55年11月19日判決は上告棄却判決でした。
*2の2 刑事弁護OASIS「袴田事件で「無罪を主張した」裁判官、熊本典道さんが逝去」(2020年12月9日公開)には以下の記載があります。
 袴田さんは逮捕から起訴まで1日平均12時間、最長で16時間超もの取調べを受けており、自白の任意性に疑問を持った。刃渡り13㎝ほどの小刀だけで、しかも単独で、4人を殺害できるのか。これだけの事件を起こす動機があったのか。逃走経路とされる裏木戸は留め金がかかっていたのに通れたのか──。精査するほどに疑念は募り、3人の裁判官による合議で熊本さんは「無罪」を主張した。
 しかし、他の2人は有罪を唱え、説得を試みたものの実らず、判決は「死刑」に決まる。その理由として、熊本さんは「マスコミの犯人視報道の影響」を挙げていた。
*2の3 Wikipediaの「熊本典道」には「2007年(平成19年)に袴田事件の第一審で死刑判決を出した他2人の裁判官が死亡したことを確認後、同年3月9日に衆議院議員会館で行われた「死刑廃止を推進する議員連盟」の院内集会に参加し、元担当判事として袴田巌の無実を訴える。」とか,「2018年(平成30年)1月9日、熊本が入院中の病院において、地裁の法廷以来約50年ぶりに袴田巌と対面する。」と書いてあります。
*2の4 袴田事件に関して,差戻審としての東京高裁令和5年3月13日決定(裁判長は38期の大善文男)は再審開始決定となりました(NHK静岡放送局HPの「【詳報】袴田事件 再審開始決定! 東京高裁」(2023年3月13日付)参照)ところ,同決定では証拠捏造の可能性にまで言及しています。


中尾隆宏裁判官(49期)の経歴

生年月日 S39.4.15
出身大学 不明
退官時の年齢 61歳
R7.10.31 依願退官
R6.4.1 ~ R7.10.30 東京地家裁立川支部判事
R3.4.1 ~ R6.3.31 横浜家裁家事第1部判事
H30.4.1 ~ R3.3.31 静岡地家裁富士支部長
H27.4.1 ~ H30.3.31 東京地裁23民判事
H25.4.1 ~ H27.3.31 広島地家裁判事
H24.4.1 ~ H25.3.31 広島高裁第2部判事(弁護士任官・東弁)

山本健一裁判官(51期)の経歴

生年月日 S39.1.14
出身大学 早稲田大
退官時の年齢 60歳
R6.3.31 依願退官
R5.4.1 ~ R6.3.30 名古屋地家裁豊橋支部判事
R2.4.1 ~ R5.3.31 津地家裁判事
H29.4.1 ~ R2.3.31 静岡地家裁浜松支部判事
H27.4.1 ~ H29.3.31 名古屋地裁6民判事
H25.10.1 ~ H27.3.31 名古屋高裁4民判事(弁護士任官・二弁)

*1 山本 健一 (Kenichi Yamamoto)と題するフェイスブックアカウントがあります。
*2 毎日新聞HPに「残業代なし、まるでブラック企業? 疲弊する裁判官 なり手も減少」が載っています。
*3 海城中学高等学校HP「海城入学の理由は「将来は法律に携わる職業に就きたい」だった 」と題する記事を寄稿しています。
*4 東弁リブラ2025年6月号「第1回 民事調停官・裁判官を経験して」を寄稿しています。