第1 この記事の対象と装具費用の枠組み
交通事故で下肢を骨折して短下肢装具や硬性コルセットを処方された場合,あるいは切断により義足を必要とするに至った場合,その費用を誰がどこまで負担するのかは,治療の段階と症状固定後とで別の制度が用意されている。本記事は,健康保険,労災保険,障害者総合支援法及び自賠責保険における装具費用の扱いと,加害者に対する損害賠償として将来の買替費用をどこまで請求できるかについて,法令,告示,通達及び裁判例をAIで調査して整理したものである。個別の事案では,傷病の内容,症状固定の時期,労災の適用の有無及び保険関係によって結論が変わるから,一般的な情報提供として読まれたい。
1 症状固定の前後で費用の出どころが変わること
装具費用を考えるときの出発点は,症状固定の前後で適用される制度が切り替わる点にある。症状固定前の装具は治療の手段であるから,健康保険では療養費(健康保険法87条),労災保険では療養補償給付等の範囲に含まれる「薬剤又は治療材料の支給」(労働者災害補償保険法13条2項2号),自賠責保険では支払基準の「義肢等の費用」で処理される。これに対し症状固定後の装具は,治療の手段ではなく失われた身体機能を補う用具となるため,労災保険では社会復帰促進等事業としての義肢等補装具費(同法29条1項),障害者福祉の制度としては障害者総合支援法76条の補装具費が受け皿となり,健康保険の療養費の対象からは外れる。加害者に対する損害賠償請求は,この全期間を通じて別に成立し,現に支出した実費に加えて,将来の買替費用をどこまで認めるかが争点となる。
2 治療用装具と更生用装具の区別が実務上重要である理由
健康保険の療養費は,あくまで治療の遂行に必要な範囲の装具を対象とする。令和5年3月17日保医発0317第1号「治療用装具に係る療養費の支給の留意事項等について」の別添第2章1は,療養費の支給対象となる治療用装具を「症状が固定する前に,医師の指示のもと装具療法として用いられる疾病又は負傷の治療遂行上必要な範囲のもので,オーダーメイド装具か既製品装具に限る。」と定義し,同章3は「日常生活や職業上の必要性によるもの,美容の目的で使用されるもの,スポーツなどの一時的使用を目的としたものは当該療養費の支給対象とならないこと。」と明記する。したがって,症状固定後に生活のために必要となる装具や,将来の買替費用は,健康保険からは出ない。この切り分けは,任意保険会社から治療費の支払を打ち切られた後の装具費用を誰が負担するのかという実際の場面に直結するから,症状固定日の設定と併せて早い段階で確認しておく必要がある。
第2 症状固定前の装具費用
1 健康保険による場合は償還払いの療養費となる
健康保険法87条1項は「保険者は,療養の給付若しくは入院時食事療養費,入院時生活療養費若しくは保険外併用療養費の支給(以下この項において「療養の給付等」という。)を行うことが困難であると認めるとき,又は被保険者が保険医療機関等以外の病院,診療所,薬局その他の者から診療,薬剤の支給若しくは手当を受けた場合において,保険者がやむを得ないものと認めるときは,療養の給付等に代えて,療養費を支給することができる。」と定める。装具は保険医療機関ではなく義肢装具製作事業者から調達されるため,窓口で自己負担分だけを支払う現物給付ではなく,いったん全額を事業者に支払ったうえで保険者に請求する償還払いとなる。被害者側からみると,装具代は一時的に全額の立替払となるため,事故直後の資金繰りの問題として説明を要する。なお,健康保険を使うこと自体は交通事故でも可能であり,その手続については交通事故でも健康保険は使える―第三者行為による傷病届と利用時の注意点で扱っている。
2 支給額の算定と,価格に上乗せされている消費税相当分
治療用装具の基準価格は,独自に決められているのではなく,障害者総合支援法に基づく補装具の告示を借用して算定される。令和5年3月17日保医発0317第1号の別添第3章3は,基準価格を「1購入基準」中の採型区分による基本価格に製作要素価格及び完成用部品の価格を合算した額の「100分の106に相当する額を上限とすること」と定める。この106%という数字の意味について,同章4のなお書は「治療用装具は身体障害者用物品として消費税が非課税であるが,事業者が治療用装具を製作(又は購入)するにあたり必要な材料及び部品の購入には消費税が課税されるため当該仕入れに係る消費税相当分を考慮したもの」と説明している。すなわち,装具本体の対価は消費税の非課税取引であり,仕入れに係る税相当分は公定価格の中に既に織り込まれている。損害賠償請求において装具代に消費税10%を上乗せして計算するのは,この仕組みと整合しない。
3 手続書類は後遺障害の立証資料にもなる
療養費の請求手続は,平成30年2月9日保発0209第1号「治療用装具の療養費支給申請に係る手続き等について」が定めており,保険医の診察,保険医の指示による製作又は購入,保険医による装着(適合)の確認,患者による代金の支払,事業者による領収書の発行,保険者への支給申請という順序を踏む。支給申請書には,医師が治療上必要と認めた年月日,義肢装具士に製作等を指示した装具の名称及び装着(適合)を確認した年月日を記載した証明書を添付することとされ,さらに同通達により,平成30年4月1日以降は靴型装具について,患者が実際に装着する現物であることが確認できる写真の添付が原則として求められている。これらの書類は,療養費のためだけの資料ではない。長管骨のゆ合不全(偽関節)の後遺障害等級は,硬性補装具を「常に」必要とするか「時々」必要とするかで7級と8級に分かれるため,装具の処方の頻度と装着確認の日付を示すこれらの資料は,等級を争う場面で直接の立証資料になる。偽関節を含む下肢の等級認定については交通事故による大腿骨顆部・顆上骨折の後遺障害等級認定でも扱っている。
4 労災保険及び自賠責保険による場合
業務中又は通勤中の事故であれば労災保険が適用され,症状固定前の装具は療養補償給付等の範囲に含まれる「薬剤又は治療材料の支給」(労働者災害補償保険法13条2項2号)として現物給付される。後述する義肢等補装具費支給要綱も,練習用仮義肢については療養の給付として行われるものであり社会復帰促進等事業としては購入費用及び訓練費用を支給できないとしており,症状固定前後の役割分担が制度の内部で明示されている。労災保険の給付全体の構造は労災保険の給付内容―給付の種類,金額及び令和8年改正で整理している。
自賠責保険については,支払基準(平成13年金融庁・国土交通省告示第1号)の第2の1(1)⑨が「義肢等の費用」として,医師が身体の機能を補完するために必要と認めた義肢,歯科補てつ,義眼,眼鏡(コンタクトレンズを含む。),補聴器,松葉杖等の用具の制作等に必要かつ妥当な実費を認め,これらの用具を使用していた者が傷害に伴い修繕又は再調達を必要とするに至った場合も同様とし,眼鏡(コンタクトレンズを含む。)については5万円を限度とすると定める。もっとも,同基準は傷害による損害と後遺障害による損害(逸失利益及び慰謝料等)を規律するにとどまり,将来の買替費用を認める規定は置かれていない。したがって,将来分は自賠責の枠内では処理できず,任意保険会社との交渉又は訴訟で求めることになる。支払基準の全文及び別表は自賠責保険の支払基準――令和2年4月1日以降の交通事故に適用される告示の全文,別表及び改正経緯にまとめてある。
第3 症状固定後の装具費用
1 労災保険の義肢等補装具費
労災保険では,症状固定後の装具は保険給付ではなく,労働者災害補償保険法29条1項の社会復帰促進等事業として支給される。平成18年6月1日基発第0601001号の別添「義肢等補装具費支給要綱」は,その1(趣旨)で,被災労働者等が両上下肢の亡失,機能障害等により義肢その他の補装具等を必要とすることがあることにかんがみ,社会復帰の促進を図るため同項の社会復帰促進等事業として購入又は修理に要した費用を支給する旨を定める。支給種目は,義肢,筋電電動義手,上肢装具・下肢装具及び靴型装具,体幹装具,姿勢保持装置,視覚障害者安全つえ,義眼,眼鏡,点字器,補聴器,人工喉頭,車椅子,電動車椅子,歩行器,収尿器,ストマ用装具,歩行補助つえ,かつら,浣腸器付排便剤,床ずれ防止用敷ふとん,介助用リフター,フローテーションパッド,ギャッチベッド及び重度障害者用意思伝達装置に及ぶ。
交通事故の損害賠償実務で見落とされやすいのが,同要綱3(1)ウ(エ)である。同号は,義肢等補装具費の支給対象について「労災保険法に規定する第三者行為による災害について損害賠償を受けたため障害(補償)等給付を受けることができない者」を障害(補償)等給付を受けた者とみなして取り扱うと定める。すなわち,加害者から損害賠償を受けた結果として障害補償給付等を受けられなくなった者であっても,義肢等補装具費の支給対象からは外れない設計になっている。費用の額の基準は,同要綱13(1)により告示別表等に定める上限価格の100分の106に相当する額の範囲内とされ,レディメイドの装具は100分の100,一定の眼鏡及び歩行補助つえは100分の110,国,地方公共団体等の設置する事業者が製作したものは100分の95とされている。また,修理は本来の機能を復元するための一切の修理とされ,耐用年数の範囲内において回数に制限が付されていない。
2 障害者総合支援法の補装具費
障害者総合支援法76条1項は,市町村が,障害者等が補装具の購入,借受け又は修理を必要とする者であると認めるときは,当該障害者又は障害児の保護者に対し,その購入等に要した費用について補装具費を支給する旨を定め,同条2項は,補装具費の額を,主務大臣が定める基準により算定した費用の額を合計した額から,家計の負担能力その他の事情をしん酌して政令で定める額(基準額の合計額の100分の10に相当する額を上限とする。)を控除して得た額とすると定める。ここでいう主務大臣が定める基準が,「補装具の種目,購入等に要する費用の額の算定等に関する基準」(平成18年厚生労働省告示第528号)であり,補装具の種目ごとに上限価格と耐用年数を定めている。同告示の本則3項は費用の額の基準を別表による上限価格の百分の百六に相当する額とし,4項はレディメイドの装具について百分の百,5項は遮光用及び弱視用を除く眼鏡等について百分の百十,6項は国,地方公共団体,日本赤十字社,社会福祉法人等の設置する補装具製作施設が製作したものについて百分の九十五としている。
3 労災保険と障害者福祉制度とでは支給の厚みが異なる
同じ被害者であっても,労災保険が適用されるかどうかで支給の内容は変わる。義肢等補装具費支給要綱の別表1は,上肢装具,下肢装具及び靴型装具並びに義肢について「1障害部位につき2本」を支給対象とし,義肢については原則として能動式とその他の中から異なる型式のものを各1本ずつ支給対象とすると定める。これに対し,補装具費支給事務取扱指針(平成18年9月29日障発第0929006号)は,補装具費の支給対象となる補装具の個数を原則として1種目につき1個とし,職業又は教育上等特に必要と認めた場合に2個とすることができるとしている。屋内用と屋外用を使い分ける必要がある事案では,この差が実際の負担に直結するから,事故が業務中又は通勤中のものでなかったかを最初に確認する実務上の理由がここにある。
第4 将来の買替費用の算定
1 実務基準における位置付け
装具・器具の購入費は,交通事故の損害賠償実務では積極損害の一費目として確立している。日弁連交通事故相談センター東京支部の「民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準」(いわゆる赤い本)は,装具・器具等購入費について,必要があれば認めるとしたうえで,義歯,義眼,義手,義足その他相当期間で交換の必要があるものは将来の費用も原則として全額認めるとし,眼鏡,コンタクトレンズ,補聴器,車椅子,盲導犬費用,電動ベッド,コルセット,サポーター,歩行訓練器等を挙げる。日弁連交通事故相談センターの「交通事故損害額算定基準」(いわゆる青本)も,義足,車椅子,補聴器,入歯,義眼,かつら,眼鏡等の購入費等につき相当額を認めたうえで,将来の買替え費用については原則として中間利息を控除するとしている。
大阪地裁の算定基準は,装具・器具購入費等について,症状の内容・程度に応じて必要かつ相当な範囲で認め,一定期間で交換の必要があるものは装具・器具が必要な期間の範囲内で将来の費用も認めるとし,将来分は取得価額相当額を基準に,使用開始時及び交換を必要とする時期に対応して中間利息を控除すると定める。同基準は資料編に「装具・器具等購入費買替係数表」を用意し,買替回数について,通常は必要とする期間(平均余命)を耐用年数で割った値の小数以下を切り捨てて求めると説明している。大阪地裁基準の全体像は医療関係者から見た大阪地裁の交通損害賠償の算定基準で扱っている。
2 耐用年数は告示第528号を出発点とすること
将来の買替費用の額は,単価と耐用年数と回数の積で決まるため,耐用年数の認定が結論を大きく左右する。告示第528号の別表が定める主な耐用年数は,下肢装具では股装具(硬性)3年,長下肢装具3年,膝装具(硬性)3年,短下肢装具は硬性で支柱があるものが3年,支柱がないものが1.5年,軟性が2年,足装具1.5年,靴型装具1.5年であり,体幹装具では頚椎装具(硬性)2年,胸腰仙椎装具(硬性)2年,腰仙椎装具(軟性)1.5年である。義肢では股義足4年,大腿義足は差込式及びライナー式が3年,吸着式が5年,下腿義足及びサイム義足が2年であり,車椅子及び電動車椅子は6年,姿勢保持装置は3年,歩行器は5年,眼鏡は4年,コンタクトレンズは2年,義眼はレディメイドで2年である。
もっとも,この年数は上限でも下限でもなく,反証を許す出発点にすぎない。告示第528号の別表自体が備考において「耐用年数とは,通常の使用状態において当該補装具が修理不能となるまでの予想年数を示しているものであるため,耐用年数を一律に適用しないこと。」と定めており,令和5年3月17日保医発0317第1号の別添第2章10も,実耐用年数は患者の病態や治療経過等によって異なるとして,再支給や修理の際に告示の耐用年数を一律に適用することなく個々の実情に沿った対応をするよう配慮を求めている。加害者側から告示の年数どおりでなければ買替えを認められないという主張が出た場合には,行政自身がこのように述べていることを反証として示すことができる。
なお,交通事故の体系書には,耐用年数の目安として昭和48年6月16日厚生省告示第171号を引き,車椅子及び歩行器を5年,電動車椅子を6年とする記述が残っている。しかし現行の基準は障害者総合支援法76条2項に基づく告示第528号であり,同告示では車椅子は6年である。単価も年数も毎年度改定されているから,書籍の記載を書き写すのではなく,主張の時点で有効な告示の本文を確認する必要がある。
3 年少者は耐用年数ではなく使用年数で組むこと
被害者が18歳未満である場合,告示第528号は耐用年数とは別に「使用年数」を定めている。義肢及び装具について,0歳は4月,1歳から2歳までは6月,3歳から5歳までは10月,6歳から14歳までは1年,15歳から17歳までは1年6月とされ,年齢による児童の特殊性を考慮したものであると説明されている。成長に伴って作り替えが必要になる以上,年少の被害者について成人の耐用年数をそのまま当てはめると,買替回数を大幅に過少に見積もることになる。年少者の事案では,高校卒業までは短い周期で,その後は耐用年数に応じた周期で買い替えるという二段構えの主張が,告示の構造と整合する。
4 骨格構造義肢は完成用部品ごとに積むこと
義足の将来費用を「1本いくら×何回」という形で組むと,実際の交換実態から大きく外れることがある。告示第528号は,殻構造義肢については義肢本体の耐用年数を定める一方,骨格構造義肢については本体の耐用年数を定めておらず,完成用部品ごとの耐用年数だけを置いている。その内訳は,パイプ(チューブアダプター)5年,継手類3年,手部3年,ターンテーブル3年,手袋1.5年,足部1.5年,フォームカバー(義手用)1.5年,フォームカバー(義足用)0.5年,その他小部品(消耗品)1年である。フォームカバーのように半年で交換を要する部品があるため,本体一括で積算すると高頻度で交換される部分が丸ごと落ちることになる。したがって,骨格構造義肢については,完成用部品の表に沿って部位ごとに積み上げる方が実態にも告示の構造にも合う。
5 買替回数,中間利息の控除及び終期
買替回数は,装具を必要とする期間を耐用年数で割って求める。中間利息の控除については,民法417条の2第2項が「将来において負担すべき費用についての損害賠償の額を定める場合において,その費用を負担すべき時までの利息相当額を控除するときも,前項と同様とする。」と定め,同条1項により損害賠償請求権が生じた時点における法定利率によることとなる。法定利率は民法404条2項により年3%とされ,法務省の公表によれば,第3期(令和8年4月1日から令和11年3月31日まで)における基準割合が年0.4%と告示された結果,第3期においても法定利率は3%のまま変動しないこととなった。したがって,令和11年3月末までに発生した事故については,中間利息の控除率は年3%で確定している。
計算の組み方については,実務基準の間で前提が異なる点に注意を要する。赤い本の計算例は交換分だけを積み上げる形をとり,青本の計算例は症状固定時に1台目を購入すると仮定して係数1を含める形をとっている。両者は矛盾するものではなく,初回購入分を実費として別に計上するか係数1に含めるかの違いにすぎないが,どちらを採ったかを明示しないと,二重計上又は初回分の脱落を招く。実際の裁判例をみても,名古屋地方裁判所平成14年1月28日判決は,屋外用車椅子1台15万円について耐用年数を5年とし,平均余命までの買換費用の事故時の現価をライプニッツ係数により控除して59万4750円を認め,屋内用車椅子1台12万円についても同様に35万4856円を認めており,係数を列挙した計算式が判文に示されている。同判決は改正前民法下の事案であるため控除率は年5%である。
終期をどこに置くかについては,議論がある。装具・器具は日常生活に不可欠であるから平均余命の期間の範囲で認められるとするのが一般的な理解であるが,歩行器具については平均余命期間ではなく就労可能期間の範囲で認めるべきであるという見解も示されている。この見解は歩行器具を労働能力を補充するものと位置付けるものであるが,装具の必要性は稼働の有無にかかわらず生じるのが通常であるから,本記事では,装具が日常生活の維持に不可欠であることを立証したうえで平均余命を終期とする構成が原則であると整理する。将来にわたる費用の算定という点で共通する将来手術費の扱いについては交通事故後の人工骨頭置換術と後遺障害等級を,将来の治療費一般については交通事故のインプラント治療費はどこまで損害になるかを参照されたい。
第5 公的給付があることを理由とする減額の可否
1 下級審が示した理由
加害者側からは,装具は障害者総合支援法や労災保険から公費で支給されるのだから被害者に損害はない,あるいは損益相殺をすべきであるという主張がされることがある。名古屋地方裁判所平成14年1月28日判決は,将来公的扶助による負担軽減を考慮したうえで将来の器具等を算出すべきであるという被告の主張に対し,「原告らに対する公的扶助を被告の賠償すべき損害から控除すべき根拠が明らかでないこと,将来も公的扶助が確定的に受けられるか否か明らかでないことからすれば,原告らの将来の器具等の購入費用を算出するに当たり現行の公的扶助制度の存在を考慮するのは相当ではない。」として,これを排斥した。理由は,控除の法的根拠が示されていないことと,将来の給付の不確実性という二点である。
この判断は,損益相殺的な調整の一般則とも整合する。最高裁判所大法廷平成5年3月24日判決は,不法行為と同一の原因によって被害者又はその相続人が第三者に対して損害と同質性を有する利益を内容とする債権を取得した場合について,当該債権が現実に履行されたとき又はこれと同視し得る程度にその存続及び履行が確実であるときに限り,これを加害者の賠償すべき損害額から控除すべきであるとしている。将来の補装具費の支給は,申請と支給決定を経て初めて現実化するものであり,制度の改正もあり得るから,この基準に照らして控除の対象とするのは容易ではない。損益相殺の一般的な考え方及び計算順序については損益相殺とは―労災保険給付・年金・保険金の控除と計算順序で整理している。
2 制度の設計からみた検討
制度の建付けからも同じ方向の説明ができる。健康保険法57条1項は,保険者が第三者の行為によって給付事由が生じた場合に保険給付の価額の限度で損害賠償請求権を取得すると定め,労働者災害補償保険法12条の4第1項も政府について同旨を定めるが,障害者総合支援法76条の補装具費についてはこのような代位の規定が置かれていない。また,労災保険の義肢等補装具費は同法29条1項の社会復帰促進等事業として支給されるものであって保険給付ではないから,保険給付を要件とする同法12条の4の適用対象にもならない。
さらに,前記の義肢等補装具費支給要綱3(1)ウ(エ)が,第三者行為による災害について損害賠償を受けたため障害補償給付等を受けることができない者も支給対象とみなすと明記している点は見落とせない。この規定は,損害賠償を受けたことを理由に義肢等補装具費を打ち切らないという制度設計を示すものであり,公費で賄われるから損害がないという主張とは前提を異にする。本記事では,公的給付の存在は将来の装具費用の損害額を減額する理由にはならないと整理するが,事案によって支給の確実性の程度は異なるから,主張の際には当該被害者が現に支給決定を受けているかどうかを区別して述べるべきである。
3 現に支給を受けた過去分の扱い
将来分と異なり,現に支給を受けた過去分については控除が問題となり得る。最高裁判所第二小法廷平成22年10月15日判決の事案では,被害者に生じた損害のうち治療費,入院雑費及び装具代が420万8843円とされ,被害者は労災保険法の療養給付(装具代を含む。)として合計391万1278円の支給を受けており,これにより治療費,入院雑費及び装具代相当額の損害の元本がてん補されたものとして元本の額から控除することを被害者自身が認めていた。症状固定前の治療用装具が労災保険の療養給付で現物給付され,その分が損害からてん補されるという構造が,最高裁判決の事実摘示のレベルで確認できる。
実務上は,過去分について損益相殺を争うよりも,請求の立て方で処理する方法もある。名古屋地方裁判所平成15年3月24日判決は,車椅子,歩行補助つえ,歩行器等の補装具について公的補助がされていることは当事者間に争いがないとしたうえで,原告が自己負担分のみを本訴において請求していることを認定し,その金額を本件事故と相当因果関係のある損害として認め,これとは別に将来の装具購入費用311万7659円を認めた。同判決は,手動車イスの耐用年数を4年,電動車イスの耐用年数を5年と認定している。なお,労災保険給付や障害年金の支給が見込まれる事案における示談の注意点は労災保険又は障害年金を支給される可能性がある事案における示談で扱っている。
第6 請求にあたっての留意点
1 支出の立証を欠くと費目ごと落ちる
装具費用は,必要性が争われる以前に,支出の立証で落ちることがある。名古屋高等裁判所平成29年6月1日判決は,装具代について,控訴人が本件事故によって頚椎装具の費用負担をしたと認めるに足りる的確な証拠はないとして,これを0円と判断した。装具は医療機関の診療報酬明細書には現れず,事業者の領収書と装具製作指示装着証明書が唯一の資料となることが多いから,受任の初期段階でこれらを取り寄せておく必要がある。前記のとおり靴型装具については保険者に写真が提出されているため,装着の実態を示す資料としてこれを取得することも検討に値する。
2 他の費目との二重計上を避けること
装具・器具等購入費として主張した費用が,将来の治療関係費,入院雑費,家屋改造費又は将来介護費として認められる場合には,装具・器具等購入費として重ねて賠償を認めることはできない。介護用ベッド,リフト,吸引器のような物品は,装具・器具等購入費でも将来介護費でも構成することができるため,重複が生じやすい。準備書面では,どの物品をどの費目に割り付けたのかを冒頭で明示しておくのが安全である。
3 消費税は費目ごとに判断すること
装具類が一律に非課税であるという理解は正確ではない。消費税法施行令14条の4第1項は,非課税となる身体障害者用物品を,義肢,視覚障害者安全つえ,義眼,点字器,人工喉頭,車椅子その他の物品で,身体障害者の使用に供するための特殊な性状,構造又は機能を有する物品として内閣総理大臣及び厚生労働大臣が財務大臣と協議して指定するものとすると定め,その指定をしているのが平成3年厚生省告示第130号である。同告示は,第2号で「装具」を非課税の対象とするが,補装具の告示第528号の別表の1の(3)及び(4)に定めるものに限るという限定を付し,補聴器及び歩行器についても同別表の該当項に掲げるものに限るとしている。
とくに注意を要するのは眼鏡であり,同告示第6号は非課税となる眼鏡を「弱視眼鏡及び遮光眼鏡に限る」としている。したがって,複視の矯正用眼鏡のように治療上必要な眼鏡であっても,弱視用又は遮光用でなければ非課税とはならない。また,かつらは同告示のいずれの号にも掲げられていない。義肢,義眼,車椅子,電動車椅子,松葉づえ等は限定なしに非課税とされる一方,特殊寝台及び移動用リフトは構造上の要件を満たすものに限られるから,重度後遺障害の事案で介護ベッドを積む際にも確認が必要である。
4 医療費控除と示談書の費目の書き分け
装具費用は,被害者の税務にも影響する。所得税法73条1項は,医療費控除の対象となる医療費の額から「保険金,損害賠償金その他これらに類するものにより補てんされる部分の金額」を除くと定めており,所得税基本通達73-3は,医療用器具等の購入のための費用で通常必要なもの及び自己の日常最低限の用をたすために供される義手,義足,松葉づえ,補聴器,義歯等の購入のための費用を医療費に含めるとしている。他方,同通達73-8は,健康保険法87条2項の規定により支給を受ける療養費及び医療費の補塡を目的として支払を受ける損害賠償金を「医療費を補塡する保険金等」に当たるとし,同通達73-9は,重度障害の状態となったこと等に基因して支払を受ける損害賠償金等はこれに当たらないとしている。
この区別があるため,示談書や和解調書で費目を分けずに一括の金額だけを記載すると,賠償金の全体が医療費を補塡するものとして扱われるおそれがある。装具費用,治療費,慰謝料及び逸失利益を費目ごとに記載しておくことは,被害者の税務上の利益にも直結する。また,同通達73-10は,補塡する保険金等の額が確定申告書の提出時までに確定していない場合には見込額に基づいて適用し,後日,確定額と見込額とが異なることとなったときは遡及して医療費控除額を訂正するとしているから,示談が年をまたぐ事案では,この点を依頼者にあらかじめ説明しておく必要がある。人身傷害保険金の課税関係については人身傷害保険金に税金はかかるかで扱っている。
5 症状固定後に別の原因で死亡した場合と定期金賠償
将来の装具費用は,被害者が生存していることを前提とする費用であるから,被害者が事故後に別の原因で死亡した場合の扱いが問題となる。最高裁判所第二小法廷平成11年12月20日判決は,交通事故の被害者が事故のため介護を要する状態となった後に別の原因により死亡した場合には,死亡後の期間に係る介護費用を交通事故による損害として請求することはできないとしており,同じ理由づけは将来の装具費用にも及ぶと考えられる。
長期にわたって反復して現実化する損害であるという性質からは,定期金賠償に馴染む費目でもある。最高裁判所第一小法廷令和2年7月9日判決は後遺障害による逸失利益について定期金賠償を認めたが,将来の装具費用について定期金賠償の可否を正面から判断した最高裁判例は見当たらない。同判決の第一審は,装具費用等44万4540円を一時金として認定しており,逸失利益を定期金とする場合であっても装具費用が当然に定期金になるわけではないことがうかがえる。
出典・参考資料
1 法令・告示・通達
①健康保険法(大正11年法律第70号)57条・87条(e-Gov法令検索)
②労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号)12条の4・13条・29条(e-Gov法令検索)
③障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(平成17年法律第123号)76条(e-Gov法令検索)
④民法(明治29年法律第89号)404条・417条の2(e-Gov法令検索)
⑤所得税法(昭和40年法律第33号)73条(e-Gov法令検索)
⑥消費税法施行令(昭和63年政令第360号)14条の4(e-Gov法令検索)
⑦補装具の種目,購入等に要する費用の額の算定等に関する基準(平成18年9月29日厚生労働省告示第528号。最終改正 令和7年こども家庭庁・厚生労働省告示第5号)(厚生労働省法令等データベースサービス)
⑧消費税法施行令第十四条の四の規定に基づき内閣総理大臣及び厚生労働大臣が指定する身体障害者用物品及びその修理(平成3年6月7日厚生省告示第130号。最終改正 令和8年3月31日内閣府・厚生労働省告示第1号)(厚生労働省法令等データベースサービス)
⑨自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準(平成13年金融庁・国土交通省告示第1号)第2の1(1)⑨(国土交通省)
⑩義肢等補装具の支給について(平成18年6月1日基発第0601001号)別添 義肢等補装具費支給要綱(厚生労働省法令等データベースサービス)
⑪治療用装具に係る療養費の支給の留意事項等について(令和5年3月17日保医発0317第1号)別添第2章・第3章(厚生労働省)
⑫治療用装具の療養費支給申請に係る手続き等について(平成30年2月9日保発0209第1号)(厚生労働省)
⑬所得税基本通達 法第73条《医療費控除》関係73-3・73-8・73-9・73-10(国税庁)
2 裁判例
①最高裁判所大法廷平成5年3月24日判決(昭和63年(オ)第1749号,民集47巻4号3039頁,裁判所ウェブサイト)
②最高裁判所第二小法廷平成11年12月20日判決(平成10年(オ)第583号,民集53巻9号2038頁,裁判所ウェブサイト)
③最高裁判所第一小法廷平成22年9月13日判決(平成20年(受)第494号,民集64巻6号1626頁,裁判所ウェブサイト)
④最高裁判所第二小法廷平成22年10月15日判決(平成21年(受)第1932号,集民235号65頁,裁判所ウェブサイト)
⑤最高裁判所第一小法廷令和2年7月9日判決(平成30年(受)第1856号,民集74巻4号1204頁,裁判所ウェブサイト)
⑥名古屋地方裁判所平成14年1月28日判決(平成12年(ワ)第2335号,裁判所ウェブサイト)
⑦名古屋地方裁判所平成15年3月24日判決(平成13年(ワ)第4280号,裁判所ウェブサイト)
⑧名古屋高等裁判所平成29年6月1日判決(平成27年(ネ)第983号,原審・名古屋地方裁判所平成24年(ワ)第4022号,裁判所ウェブサイト)
⑨さいたま地方裁判所令和6年11月27日判決(令和4年(ワ)第1211号,交通事故民事裁判例集57巻6号。裁判所HP未掲載。弁護士ドットコムLIBRARY所収の同判例集本文により確認)
⑩大阪地方裁判所令和4年7月26日判決(令和2年(ワ)第5257号,交通事故民事裁判例集55巻4号。裁判所HP未掲載。弁護士ドットコムLIBRARY所収の同判例集本文により確認)
⑪大阪地方裁判所令和2年2月28日判決(平成30年(ワ)第8440号,交通事故民事裁判例集53巻1号。裁判所HP未掲載。弁護士ドットコムLIBRARY所収の同判例集本文により確認)
⑫神戸地方裁判所平成29年3月30日判決(平成26年(ワ)第1026号,交通事故民事裁判例集50巻2号。裁判所HP未掲載。弁護士ドットコムLIBRARY所収の同判例集本文により確認)
⑬横浜地方裁判所平成29年4月17日判決(平成27年(ワ)第1596号,交通事故民事裁判例集50巻2号,自保ジャーナル2004号1頁。裁判所HP未掲載。弁護士ドットコムLIBRARY所収の同判例集本文により確認)
⑭横浜地方裁判所平成30年5月29日判決(平成28年(ワ)第132号,交通事故民事裁判例集51巻3号。裁判所HP未掲載。弁護士ドットコムLIBRARY所収の同判例集本文により確認)
3 公的資料
①令和8年4月1日以降の法定利率について(法務省民事局。令和7年3月31日)
②療養費の支給対象となる既製品の治療用装具について(厚生労働省。治療用装具の療養費関係通知の一覧)
4 文献
①民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準 2026年版 上巻(日弁連交通事故相談センター東京支部,2026年)55頁~59頁
②交通事故損害額算定基準――実務運用と解説(日弁連交通事故相談センター,2020年)43頁~45頁
③大阪地裁における交通損害賠償の算定基準〔第4版〕(判例タイムズ社,2022年)4頁・29頁・150頁~159頁
④北河隆之『交通事故損害賠償法〔第3版〕』(弘文堂,2023年)141頁
⑤交通損害関係訴訟〔補訂版〕(リーガル・プログレッシブ・シリーズ,青林書院,2013年)198頁