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交通事故のインプラント治療費はどこまで損害になるか―赤い本講演録2025の論評(AI作成)

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※以下はAIが生成した要約です。内容の正確性は保証されません。本文をあわせてご確認ください。

本稿は,「赤い本」(民事交通事故訴訟損害賠償額算定基準)2025年版下巻に収録された,令和6年9月14日実施の講演「インプラント治療に関する費用」(東京地方裁判所民事第27部・佐藤康行裁判官講述)を,公開されている歯科医学資料及び交通事故実務資料と照合して論評するものである。同講演は,裁判例調査が網羅的なものではないと留保した上で,確認できた56件を基に,インプラント治療の要否,治療費用の相当性,耐用年数・将来のメンテナンス費用及び素因減額を検討したものである。

治療費用の相当性については,清水秀規論文等が示す過去の費用調査のほか,横浜地方裁判所平成29年12月4日判決が実額334万5000円のうち162万5000円の限度で相当因果関係を認めた事例を紹介する。素因減額については,神戸地方裁判所平成27年1月29日判決が,事故前からの歯牙の損傷,多数歯欠損,義歯及び継続的な歯科治療等を踏まえ,歯科治療費については8割,インプラント及びブリッジによる補綴治療費については4割の限度で認めた事例を紹介する。

本稿は,これに対し,過去の平均額を現在の事案に機械的に適用すべきでないこと,インプラントの生存率と個々の装置の寿命・交換時期とは区別すべきこと,将来費用及び慰謝料は具体的な治療計画と生活上の支障によって立証すべきこと,医療上のリスクファクターが直ちに法的な素因減額事由になるわけではないことを補足する。

◯本記事は専らAIで作成したものです。
◯対象とするのは,「赤い本」(民事交通事故訴訟損害賠償額算定基準,日弁連交通事故相談センター東京支部発行)2025年(令和7年)版下巻(講演録編)に収録された講演「インプラント治療に関する費用」(東京地方裁判所民事第27部・62期の佐藤康行裁判官講述,令和6年9月14日)である。

目次

第1 はじめに

交通事故により歯牙を失った被害者にとって,インプラント治療によって噛む機能と見た目を取り戻すことは,生活再建の重要な一部である。

他方で,一般的な歯科インプラント治療は基本的に健康保険の適用外であり,その費用のうちどこまでが加害者の負担すべき損害に当たるかは,実務上,繰り返し問題となってきた。ただし,外傷等による一定の広範囲な顎骨又は歯槽骨の欠損等について,従来のブリッジ又は有床義歯では咀嚼機能の回復が困難であるなどの要件を満たす場合には,「広範囲顎骨支持型装置」として保険算定の対象となることがある。

本講演は,この論点について,令和6年(2024年)9月14日に行われ,その講演録が「赤い本」2025年版下巻に収録されたものである。裁判例調査が網羅的なものではないと留保した上で,確認できた56件を一覧化し,日本歯科医学会の診療指針,厚生労働省委託事業のQ&A及び関連文献を用いて論点を整理しており,交通事故損害賠償の実務にとって価値の高い労作である。

本記事は,この講演の内容を,公開されている歯科医学資料,診療指針及び交通事故実務資料と照合して読み直し,法律実務家にとって参考となる補足を加えることを目的とする。

第2 本講演の位置付けと全体評価

1 本講演の対象

本講演は,次の4点の質問事項について検討するものである。

(1) インプラント治療の要否の判断基準
(2) インプラント治療として相当性の認められる費用の範囲
(3) インプラントの耐用年数と将来のメンテナンス費用の賠償の当否
(4) 素因減額の可否

以下,第3から第6まで,この4点の質問事項に沿って検討する。

2 全体的な評価

本講演は,日本歯科医学会「歯科インプラント治療指針」,厚生労働省委託事業「歯科インプラント治療のためのQ&A」(平成26年3月)といった,研究知見を整理した診療指針及び解説資料を的確に参照している。

インプラントの構造(歯根部であるインプラント体,支台部であるアバットメント,人工歯である上部構造の3パーツから成ること),使用される材質(インプラント体はチタン・チタン合金,アバットメントはチタン・チタン合金・ジルコニア,上部構造はレジン・セラミック・ハイブリッドセラミック・金合金等),他の補綴方法(義歯・ブリッジ)との長所短所の比較といった記述は,当時の診療指針及びQ&Aの記載とおおむね整合しており,交通事故実務の論点を歯科医学資料と結び付けて整理した点は評価できる。

そのうえで,第3以下では,講演後に公表又は改訂された資料も踏まえ,法的評価と医学的評価を区別しながら,主張立証上補足・強調しておきたい点を述べる。

第3 インプラント治療の要否の判断基準について

1 二段階の判断枠組み

(1) 医学的な必要性・合理性・相当性

本講演は,インプラント治療が事故と相当因果関係のある損害として認められるためには,①医学的見地からみて当該傷害の治療として必要性及び合理性・相当性の認められる治療行為であること,②その報酬額も社会一般の水準と比較して妥当なものであること,の2つを満たす必要があるとする。

この二段階の判断枠組みは,治療内容の必要性と請求額の相当性とを分けて主張立証するものであり,損害の範囲を具体的に審理する上で合理的である。

(2) 報酬額の社会的な相当性

この二段階の枠組みは,そもそも加害者が負担すべき損害の範囲を画する民法上の一般原則から導かれるものである。

民法(明治29年法律第89号)第709条は,「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う」と規定する。

交通事故によりインプラント治療を要する歯牙欠損が生じた場合,加害者は,同条に基づき,事故と相当因果関係のある治療費相当額を賠償する責任を負う。

もっとも,同条は「これによって生じた損害」の賠償を命じるにとどまり,被害者に生じた費用の全てを無限定に賠償の対象とする趣旨ではない。

したがって,どの範囲の治療内容・費用が事故と相当因果関係のある「損害」に当たるかを画定する作業が必要となり,これが,本講演の①医学的必要性・相当性,②報酬額の社会的相当性という二段階の枠組みに具体化されているものと理解できる。

2 他の治療方法との比較

(1) ブリッジ・義歯との比較

本講演は,ブリッジ治療のデメリット(健全歯の削合,二次う蝕のリスク,支台歯への負担)と,義歯のデメリット(誤嚥等のリスク,咀嚼力の低さ)を踏まえ,個々の事案に応じて,インプラント治療の必要性・相当性を判断すべきであるとする。

この整理は,前記診療指針及びQ&Aが示す各治療方法の特性とも整合する。

ブリッジは支台歯を削る侵襲を伴い,義歯は咀嚼力の回復に限界があるという構造的な短所を抱えており,個々の患者の口腔内の状態,年齢,全身状態を踏まえた個別判断が必要である。訴訟では,単に「インプラントの方が優れている」と主張するのでは足りず,欠損部位,隣接歯の健全性,残存歯の支持能力,咬合,全身状態及び患者の年齢を示し,なぜ当該患者についてブリッジ又は義歯では十分でないのかを担当歯科医師の意見書で具体化する必要がある。

(2) 生存率に関する知見の意味

本講演は,厚生労働省委託事業「歯科インプラント治療のためのQ&A」を引用し,1歯欠損についてインプラント治療とブリッジを比較した場合,5年及び10年における両者の生存率は同等であり,機能的にも審美的にも一方の優位性を示すエビデンスはないとする。

この引用は,同Q&Aの記載内容を正確に紹介したものである。ただし,同Q&Aが対象とするのは1歯中間欠損であり,多数歯欠損,遊離端欠損又は外傷性骨欠損を伴う症例にその結論をそのまま当てはめることはできない。

また,生存率が同等であることと,起こり得る合併症の性質が同じであることとは別の問題である。

ブリッジは支台歯のう蝕・歯髄壊死といった生物学的な合併症が中心であるのに対し,インプラントはスクリューの緩み・上部構造の破損といった技術的な合併症に加え,インプラント周囲炎というインプラントに固有のリスクを抱える。

この違いは,本講演が採用する「画一的な基準を機械的に適用するのではなく,個別事情を踏まえて必要性・相当性を判断すべきである」という姿勢を,歯科医学資料の面からも支える材料になる。

3 原状回復の原則について

(1) 本講演が示す考え方

本講演は,損害賠償が被害者を被害前の状態に原状回復することを目的とするものであることから,事故前に義歯やブリッジを装着していた箇所が事故により破損したという場合には,原状よりも良い状態にするインプラント治療への転換は,原則として認められないとする考え方を紹介している。

他方で,事故前が自然歯であった箇所が事故により破折した場合には,インプラント治療に係る費用の損害賠償が認められる余地があるとする。

(2) 法的根拠の確認

この考え方も,前記1(2)で述べた民法第709条の相当因果関係の枠組みから導かれるものと整理できる。

すなわち,同条に基づく損害賠償は,被害者を事故が無かったならばあったであろう状態(事故前の状態)に回復させることを目的とするものであり,事故前の状態を超える利益をもたらす治療費までを加害者に負担させることは,同条が予定する損害の範囲を超えることになる。

事故前に義歯・ブリッジであった箇所をインプラントに置き換える治療費が原則として認められないとする考え方は,この損害賠償の目的から論理的に導かれる帰結である。もっとも,事故前の補綴物が既に更新時期にあったか,事故によって支持歯又は顎骨に新たな損傷が生じたか,従前と同種の補綴では機能回復が困難になったかによって結論は異なり得るため,「事故前が義歯・ブリッジであった」という一事だけでインプラント費用を否定すべきではない。

第4 治療費用の相当性について

1 費用相場に関する文献

(1) 清水論文の調査結果

本講演が引用する清水秀規「交通事故被害者の歯牙破折に対する口腔インプラント治療による損害賠償に関する考察」(損害保険研究82巻2号101頁以下,J-STAGEにて公開)は,平成30年3月時点でウェブ上に価格を公開していた721施設のインプラント治療費を調査し,1歯当たりの治療費は30万円から40万円未満が最も多く(358件),次いで20万円から30万円未満が続き(219件),平均単価は31万8500円であったとしている。

もっとも,721施設は,当時のインプラント実施施設2万4014施設の約3%に当たり,全国の実施施設を無作為抽出した標本ではない。また,この単価は,前歯部のインプラント埋入費用,アバットメント及びメタルボンド上部構造の合計であり,診察料,CT等の術前検査費用,麻酔費用,消費税及び術後の定期検診費用等を含まない。約2万3000円は,検査費用等も公開していた203施設の平均値である。

(2) その他の調査結果

本講演はこのほか,独立行政法人国民生活センターが平成31年に公表した報告書(インプラント手術経験者へのアンケート調査で,埋入したインプラントの数の平均が2.49本,費用の平均が85万8300円),日本口腔インプラント学会のホームページで紹介された平成27年実施の調査(インプラント患者333人の回答のうち,初めてインプラントを入れたときの費用について1本20万円から40万円との回答が過半数),全国362の歯科医院を対象とした調査(平成23年時点のインプラント1本当たりの平均価格が32万5000円)を紹介している。

したがって,「30万円から40万円に2万3000円を加えた程度」という数値は,同論文が示した一つの目安であり,現在の全国平均額又は裁判上の当然の上限を示すものではない。

2 「全国平均額」を基準とした認定の実例

(1) 事案の概要

本講演は,横浜地方裁判所平成29年12月4日判決(平成27年(ワ)第4677号,損害賠償請求事件。LLI/DB判例秘書登載,自保ジャーナル2018号75頁)を,インプラント費用の全国平均額を基準に相当因果関係を認めた事案として紹介している。

同判決の判文を確認したところ,次のとおりの事案であった。

原告は,信号機のない丁字路交差点における事故により上顎骨骨折,多発歯牙欠損等の傷害を負い,右上1番,2番,4番及び左上1番,2番の合計5本にインプラント治療を受けた。

治療費の内訳は,インプラント手術費85万円,埋入手術代40万円,GBR(骨造成術)20万円,プロビジョナル(仮歯)装着費用12万5000円,ジルコニア上部構造体等153万円,ジルコニアポーセレン冠24万円の合計334万5000円であった。

(2) 裁判所の認定内容

裁判所は,この実額334万5000円に対し,「インプラント費用の全国平均額は約32万5000円とされている」として,1本当たり同平均額を上限とし,5本分である162万5000円の限度で相当因果関係を認めた。

すなわち,実際に要した治療費のうち,約半額のみが損害として認容された事案である。

3 個別事情を立証するための補足

(1) 外傷症例に特有の付随処置

この事案は,平均額と個別治療費との関係を考える上で重要な論点を含んでいる。

交通事故によるインプラント症例では,外傷の態様により,歯槽骨の骨折・欠損を伴うことがある。

前記(1)で確認したとおり,この事案でもGBR(骨造成術)が治療費の内訳として計上されている。

その場合には,GBR等の骨造成又は仮歯(プロビジョナル)による暫間補綴が必要となることがある。他方,サイナスリフトの必要性は,外傷の有無だけでなく,上顎臼歯部の残存骨高及び上顎洞との解剖学的関係等によって個別に判断されるため,「外傷症例ではごく普通に必要」と一括すべきではない。

ところが,前記第4の1で確認した「全国平均額」(約32万5000円)は,調査対象,調査時点及び価格に含まれる項目が限定された数値であり,事故による骨欠損に対応する付随処置の費用を当然に含むものではない。

したがって,交通事故による外傷性のインプラント症例において,このような「全国平均額」を機械的な上限として適用すると,骨造成術のような医学的に必要な付随処置の費用が,実質的に損害として認められないという結果を招くおそれがある。

もっとも,これは本講演の枠組み自体を否定するものではない。

本講演自身も,「歯牙欠損の態様等の具体的な事情を踏まえることなく文献等で指摘される治療費の平均額や金額帯を強調しすぎるべきではない」と指摘しており,横浜地裁判決は,平均額に対抗するために何を個別立証すべきかを検討する素材と位置付けられる。

(2) 実務上の留意点

交通事故によるインプラント症例を取り扱う際は,治療見積書及び請求明細を,インプラント埋入手術費,骨造成術・サイナスリフト等の付随処置費,仮歯(プロビジョナル)費用,上部構造(最終補綴)費用に区分して提出させ,付随処置が外傷起因の骨欠損に伴う医学的に必要な処置であることを,担当歯科医師の意見書で明示してもらうことが,「全国平均額」による一律の圧縮を避ける観点から有用であると考えられる。

(3) 治療費の必要性・相当性に関する主張立証の要点

被害者側は,①事故前の歯牙・歯周組織・補綴物の状態,②事故によって新たに生じた歯根破折,脱臼,歯槽骨骨折又は骨欠損,③ブリッジ又は義歯ではなくインプラントを選択する医学的理由,④各処置の内容と価格の相当性を,それぞれ別の争点として立証する必要がある。そのため,事故前後の診療録,デンタルX線写真・パノラマX線写真・CT画像,口腔内写真,歯周組織検査,治療計画書,説明同意書,見積書及び担当歯科医師の意見書を対応付けて提出することが望ましい。

相手方から「ブリッジ又は義歯で足り,インプラントは過剰診療である」と反論された場合には,隣接歯が健全で削合を避ける必要があること,欠損部位及び欠損数,残存歯の支持能力,咬合,年齢,全身状態並びに義歯の安定性等を示し,当該患者について代替治療では十分な機能回復が得られない理由を具体化する必要がある。

「全国平均額を超えて高額である」との反論に対しては,当該歯科医院の通常料金表,治療地域における複数医療機関の現行価格,使用するインプラントシステム及び上部構造の材質を提出した上で,通常の埋入・補綴費用と,外傷性骨欠損に固有の骨造成,暫間補綴その他の追加費用とを分けて説明すべきである。単に総額が相場の範囲内であると主張するよりも,各処置の必要性と単価の双方を示す方が説得的である。

「事故前から歯が悪かった」との反論に対しては,病名又は既往歴の有無だけでなく,事故前に当該歯が保存可能であったか,いつ,どのような治療を要する状態であったか,事故がなければ同じ時期に同じ治療を受けた蓋然性があったかを検討する必要がある。事故前資料が乏しい場合でも,事故直後の画像,破折線又は脱臼の所見,担当歯科医師の初診記録等により,事故による追加損傷を特定することが重要である。

将来費用については,インプラント体,アバットメント,上部構造及びメンテナンスを区別し,それぞれについて,将来実施される蓋然性,実施時期,回数,単価及び医学的実現可能性を示す必要がある。「10年ごとに一律更新する」といった抽象的な想定だけではなく,患者の年齢,部位,骨量,咬合,歯周病歴,全身状態及び維持管理計画を踏まえた担当歯科医師の具体的な予測が必要である。

なお,本講演が引用する費用相場のデータは,国民生活センター調査が平成31年,清水論文の調査が平成30年3月時点,全国362施設調査が平成23年時点のものであり,いずれも数年から10年以上前の水準である。

これらの古い調査だけから,現在の実勢相場又はその上昇幅を推定することはできない。現在の事案に用いる場合は,治療地域における複数医療機関の現行価格,当該医療機関の通常料金表及び見積内訳を改めて確認し,過去の調査値は補助資料として位置付けるべきである。

(4) 治療期間の長期化がもたらす精神的な負担

治療期間と慰謝料との関係についても補足しておきたい。

外傷による歯槽骨の欠損を伴うインプラント症例では,骨造成術を行った部位の治癒を待ってからインプラントを埋入し,さらに骨結合の完成を待ってから上部構造を装着するという段階を踏む必要があり,治療期間が半年から1年以上に及ぶこともある。

この間,患者は,仮歯(プロビジョナル)による不安定な咬合状態や,欠損部位が残ったままの審美的な不便を,長期間にわたって受忍しなければならない場合がある。

本講演は,インプラントの治療費及び将来費用の当否を中心に検討するものであり,この治療期間の長期化それ自体を慰謝料算定の考慮要素として取り上げてはいない。

もっとも,インプラント治療では,治療期間の相当部分が骨結合等を待つ期間であり,暦上の治療期間が長い一方で実通院日数が多くないこともある。そのため,期間の長さだけから慰謝料の増額が当然に導かれるわけではない。

慰謝料を主張する際は,実通院日数,手術回数,疼痛,食事・咀嚼・発音上の制限,審美上の支障,暫間補綴の不安定さ及び治療後も残る具体的な不便を個別に立証すべきである。また,将来メンテナンス費用又は将来治療費として評価した負担を,慰謝料でも重ねて評価しないよう注意を要する。

第5 耐用年数及び将来メンテナンス費用について

1 インプラントの生存率に関する知見

本講演が引用する日本歯科医学会「歯科インプラント治療指針」による,10年生存率92パーセントから95パーセント,10年から15年の累積生存率が上顎で約90パーセント,下顎で94パーセント程度という数値は,講演が参照した資料に記載された集団の残存割合である。もっとも,「生存率」は観察時点でインプラント体が残存している割合を示す指標であり,個々のインプラント体又は上部構造の寿命・交換時期を直接示すものではない。

2 「更新」という枠組みへの補足

(1) 上部構造とインプラント体の違い

ここでは,「生存率」「寿命」「裁判上想定される更新時期」を区別する必要がある。

骨結合(オッセオインテグレーション)が確立したインプラント体は,機械部品のように一定年数の経過だけで当然に交換されるものではない。他方で,患者の生涯を通じて機能することを前提にすることもできず,厚生労働省委託事業のQ&Aも,何年間口腔内で残存・機能するかという意味での寿命について,現在の研究報告から適切に回答することは困難としている。

インプラント体,アバットメント及び上部構造では,生じ得る問題と修理・交換の方法が異なる。上部構造には咬耗,レジン又はセラミックの破折,スクリューの緩み等が生じ得る一方,インプラント体の喪失又は撤去に至る原因には,インプラント周囲炎,オッセオインテグレーションの喪失,過大な咬合負担,インプラント体の破折等がある。

したがって,裁判例が10年又は15年等の期間を前提に将来費用を認定したことから,その期間を上部構造又はインプラント体の医学的な一律の寿命と読み替えることはできない。

将来治療費の検討では,どの構成部分に,どのような不具合が,いつ,どの程度の確率で生じ,どの処置を要するかを個別に検討すべきである。

(2) 再植立の臨床的な実際

ここで重要なのは,一度周囲骨の吸収が進んだ部位への再植立(本講演のいう「更新」)は,臨床的には決して単純な部品の入れ替えではないということである。

骨量が失われた部位に再びインプラントを植立する際は,残存骨量,欠損形態,感染の制御及び部位等により,骨造成を要する場合や再植立自体が困難な場合があるが,常に大規模な骨造成を要するわけではない。

この点,本講演が,前記の清水論文を引用して「複数回のインプラントの再埋入を認定した裁判例に対し,臨床的には現実的に複数回の再埋入は不可能な場合が多い」と指摘していることは,将来治療の医学的実現可能性を個別に検討すべきことを示している。

もっとも,複数回の再治療を見込むことが常に誤りというわけでもない。裁判上は,更新又は再植立の蓋然性,実施時期,回数,費用及び医学的実現可能性を証拠によって認定する必要がある。

今後,将来の更新費用が争点となる事案を検討する際は,「更新1回当たり150万円掛ける回数」という機械的な将来コスト算定ではなく,インプラント体,アバットメント,上部構造及び骨造成等を区別し,担当歯科医師の具体的な再治療計画,発生時期及び発生確率を示した上で,実施時期に応じた中間利息控除も含めて算定すべきである。

3 メンテナンス費用について

本講演によれば,インプラントのメンテナンス費用について説示した裁判例11件のうち,9件でメンテナンス費用を独立の損害項目として認め,残る2件でも後遺障害慰謝料の算定事情として考慮されており,メンテナンスの必要性自体を否定した例はなかったとされる。

この整理は,将来のメンテナンスの医学的必要性が裁判上も重視されていることを示している。

定期的なメンテナンスでは,プラークコントロール,インプラント周囲組織の診査,咬合状態の確認等が行われる。もっとも,インプラント周囲炎又はインプラント喪失には,喫煙,糖尿病,歯周炎の既往,清掃状態,補綴設計その他の複数の因子が関与し得るため,メンテナンスを怠ることを一律に「最大の危険因子」と断定するのは適切でない。

将来のメンテナンス費用を主張・立証する際は,担当歯科医師の具体的な維持管理計画及び料金体系に加え,予定する診査・処置の内容,頻度,1回当たりの費用,継続期間並びに当該患者についてその頻度を要する理由を明らかにすることが望ましい。将来費用として一括請求する場合は,実施予定時期に応じた中間利息控除も検討する必要がある。

また,将来,患者が実際にメンテナンスを受けなかったことによって損害が拡大したかどうかは,メンテナンス費用の当初の必要性とは別に,その時点の医学的因果関係及び損害軽減義務の問題として個別に検討すべきである。

第6 素因減額について

1 法的根拠

民法第722条第2項は,「被害者に過失があったときは,裁判所は,これを考慮して,損害賠償の額を定めることができる」と規定する。(e-Gov法令検索

同項は文言上,被害者の「過失」を要件とするものであるが,最高裁判所昭和63年4月21日判決(昭和59年(オ)第33号,民集42巻4号243頁)は,「身体に対する加害行為と発生した損害との間に相当因果関係がある場合において,その損害がその加害行為のみによって通常発生する程度,範囲を超えるものであって,かつ,その損害の拡大について被害者の心因的要因が寄与しているときは,損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし,裁判所は,損害賠償の額を定めるに当たり,民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して,その損害の拡大に寄与した被害者の右事情を斟酌することができる」と判示した。(裁判所HP

身体的素因については,最高裁判所平成4年6月25日判決(昭和63年(オ)第1094号,民集46巻4号400頁)が,被害者の疾患と加害行為とが共に原因となって損害が発生した場合に,疾患の態様,程度等に照らして加害者に損害全部を賠償させることが公平を失するときは,民法第722条第2項を類推適用して疾患を斟酌できるとした。(裁判所HP

他方,最高裁判所平成8年10月29日判決(平成5年(オ)第875号,民集50巻9号2474頁)は,身体的特徴が疾患に当たらない場合には,その特徴が平均的な体格・体質と異なるというだけで,原則として減額事情として斟酌することはできないとした。(裁判所HP

したがって,身体的な事情が存在するだけで直ちに素因減額となるわけではない。減額を求める側は,その事情が「疾患」に当たるか,事故と共に損害の発生又は拡大にどの程度寄与したか,その態様・程度に照らして加害者に損害全部を負担させることが公平を失するかを,診療記録及び医学的意見によって具体的に示す必要がある。

本講演が検討する,事故前からの歯牙の損傷・欠損,歯周疾患等を理由とする素因減額も,この判断枠組みに即して検討すべき問題である。

2 事故前からの歯牙の損傷・欠損等を理由とする裁判例

(1) 事案の概要

本講演は,事故前からの歯牙の損傷状況を理由に治療費を限定した裁判例として,神戸地方裁判所平成27年1月29日判決(平成25年(ワ)第427号,損害賠償等請求事件。LLI/DB判例秘書・L07051427,交民48巻1号206頁)を紹介している。

同判決の判文を確認したところ,原告は,若年の頃から歯が弱く,事故以前から継続的に歯科治療を受け,多数の歯牙が欠損し義歯となっていたところ,事故により右上1番,左上1番,2番の義歯が外れ,これらについてインプラント治療を,左上3歯冠破折についてブリッジ部の補綴処置を受けた事案であった。

(2) 裁判所の判断

裁判所は,原告の歯牙治療が長期化し,かつ,事故による損傷の程度に照らすと過剰といえる抜本的な治療を受けることになったのは,事故以前からの原告の歯牙の損傷状況が相当程度影響していることは否定できないとして,インプラント治療及びブリッジ部補綴処置の治療費については4割の限度で認めるのが相当であると判断した。

ただし,同判決は,歯科治療費の全体を一律に4割としたわけではない。判文上,既払い分を除く歯科治療費68万7800円については8割,インプラント治療及びブリッジ部補綴処置の治療費88万円については4割を損害として認めている。

また,判文が事故前の事情として認定したのは,若年時から歯が弱かったこと,継続的な歯科治療,多数歯の欠損・義歯化等であり,「事故前から歯周病が進行していた」とは認定していない。したがって,同判決を歯周病に関する素因減額の先例と位置付けるのは正確でない。

8020推進財団が平成30年に全国2345歯科医院で実施した第2回永久歯の抜歯原因調査では,全年齢集計で歯周病37.1パーセント,う蝕29.2パーセント,破折17.8パーセントと報告されている。しかし,この集団統計だけでは,個別の被害者の事故前の歯周疾患が当該治療又は費用の拡大に寄与したことは証明できない。事故前後の歯周組織検査,画像,動揺度,欠損・補綴歴等を対照し,事故による変化と既往状態による寄与を具体的に示す必要がある。

3 今後の検討課題

本講演は,インプラント治療の可否を検討する場面では,糖尿病,骨粗しょう症,金属アレルギー等の全身的な疾患が,手術を受けられるかどうかに影響する要因として言及している。

他方で,素因減額の場面では,歯周病及び不正咬合以外のこうした全身的な疾患は取り上げられていない。

日本口腔インプラント学会の「口腔インプラント治療指針2024」は,コントロール不良の糖尿病では術後の合併症リスクが高くなり得ることを指摘している。他方,骨粗しょう症については,骨粗しょう症でない患者との間でインプラントの成功率に差があるかは不明とし,骨吸収抑制薬等の使用については,特に薬剤関連顎骨壊死のリスク評価を要するとしている。したがって,糖尿病と骨粗しょう症を一括して,オッセオインテグレーション又はインプラント周囲炎への影響が確立しているかのように記載するのは正確でない。

さらに,医学上のリスク因子があることと,法的に素因減額が認められることは別問題である。全身疾患の存在だけで直ちに減額されるものではなく,減額を求める側が,当該疾患の態様・程度,事故時のコントロール状態,実際の治癒遅延又は追加処置との因果関係,損害拡大への寄与度及び損害全部を加害者に負担させることが公平を失する事情を具体的に立証する必要がある。

そのため,事故前後の歯周組織検査記録,画像,動揺度,HbA1cその他の血糖管理記録,服薬歴,喫煙歴,担当医の評価及び実際の治癒経過を収集し,事故による損傷と基礎疾患等の寄与を時系列で区別することが重要である。

被害者側では,基礎疾患があっても事故前には当該歯が機能していたこと,事故による外傷が抜歯又は骨造成等を必要とさせたこと,現在の管理状態の下で予定治療が可能であることを示すべきである。加害者側が減額を求める場合は,抽象的な疾患名だけでなく,その疾患が当該損害をどのように,どの程度拡大したのかを医学的に特定すべきである。

第7 おわりに

本講演は,交通事故によるインプラント治療費の損害賠償という,実務上避けて通れない論点について,講演で収集できた56件の裁判例と歯科医学上の資料を整理した,実務上有用な講演である。もっとも,裁判例の収集は網羅的なものではなく,引用資料にも診療指針・Q&A等が含まれるため,個別事件では判文,現行の診療指針及び当該患者の診療記録に戻って検討する必要がある。

本記事で補足した実務上の要点は,主として次の4点である。

第1に,外傷性のインプラント症例では骨造成術等の付随処置を伴うことがあり,単純な1歯当たりの相場だけで治療費を評価すべきではない。外傷による骨欠損,処置の内容・単価及び代替治療との比較を,画像,見積内訳及び歯科医師の意見書によって立証する必要がある。また,平成30年・平成31年等の価格資料を現在の事案に用いる場合は,現在の同種治療の複数資料を追加し,価格差の理由を具体的に説明すべきである。

第2に,インプラントの「更新」については,インプラント体,アバットメント及び上部構造を区別し,不具合の種類,発生の蓋然性,時期,回数,必要な処置及び医学的実現可能性を個別に立証し,中間利息控除を含めて将来費用を算定すべきである。

第3に,治療期間の長期化は,それだけで基準上の入通院慰謝料が増額されるものではない。実通院日数,治療の必要性,傷害の部位・程度,治療中の具体的な苦痛・生活上の支障を証拠化し,傷害慰謝料の個別事情として主張するのが相当である。

第4に,事故前の歯牙の損傷・欠損,歯周疾患,糖尿病等は,医学上のリスク因子であるだけで直ちに素因減額となるものではない。減額を求める側が,疾患の態様・程度,損害への具体的寄与及び損害全部を加害者に負担させることが公平を失する事情を立証する必要がある。神戸地裁平成27年1月29日判決も,「歯周病」を認定した判例ではなく,事故前からの歯牙の損傷・欠損等を踏まえて治療費を限定した事例として理解すべきである。

以上のとおり,交通事故によるインプラント治療費の争いでは,「1歯当たりの平均額」や「10年ごとの更新」といった一般論だけで結論を出すことはできない。事故前後の口腔内の状態,外傷による変化,治療選択の合理性,費用内訳,将来治療の蓋然性及び既往状態の寄与を,原資料に基づいて一つずつ立証することが重要である。

今後,交通事故によるインプラント治療費が問題となる事案を担当される法律実務家にとって,本記事が何らかの参考になれば幸いである。

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