司法修習生の守秘義務違反が問題となった事例


目次
1 ブログ記事の記載が守秘義務違反の疑いありとして報道されたこと
2 司法修習生の守秘義務違反の基準がよく分からないこと
3 司法修習生という立場は特別権力関係であるかもしれないこと
4 司法修習生の守秘義務に含まれるかもしれないこと
4の2 表現の自由を定めた国際人権規約
4の3 表現の自由の制約に関するメモ書き
5 公益通報者保護法と守秘義務
6 司法修習生の非違行為等の情報は開示されないこと
7 裁判官及び裁判所職員の守秘義務
8 検察官及び検察事務官の守秘義務
9 裁判所の広報活動では取材源の秘匿を尊重していること等
10 対外非公表の文書の外部への送達に関する指定職級幹部職員に対する懲戒処分書の記載,及び黒川弘務東京高検検事長の賭け麻雀に関する記事の記載
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1 ブログ記事の記載が守秘義務違反の疑いありとして報道されたこと
(1) 司法修習生は,修習に当たって知り得た秘密を漏らしてはいけません(司法修習生に関する規則3条)。
(2) 平成20年6月20日付の「「前科43犯ぜひ45目指してほしい」司法修習生軽率ブログ閉鎖」によれば,同月12日に最高裁が長崎地裁に連絡して,同月14日に「司法修習生のなんとなく日記」と題するブログが閉鎖されたそうです。
   また,企業法務戦士の雑感ブログ「「法曹」「守秘義務」とは何ぞや?」(平成20年6月19日付)によれば,検察修習のほか,刑裁修習に関して,色々と感想を書いていたみたいです。
(3) 平成20年6月19日,「司法修習生のなんとなく日記」と題するブログに関して,取調べや刑務所内の見学など修習内容をインターネット上のブログに掲載していたとして,長崎地裁が裁判所法に基づく守秘義務違反の疑いもあるとして調べていると報道されました(孫引きですが,外部ブログの「司法修習生。守秘義務違反」参照)。
   問題となったブログの記載の一部を引用すると以下のとおりであり,ブログを書いてから4ヶ月余り後に報道されたようです。

2008-02-15 | 修習
今日,はじめて取調べやりました。
相手は80歳のばあちゃん。
最初はいろいろ話を聞いてたけど,
途中から説教しまくり。おばあちゃん泣きまくり。
おばあちゃん,涙は出てなかったけど。
けど,なんで20代の若造が80歳のばあちゃんを説教してるのか。
それに対してなんで80歳のばあちゃんが泣いて謝ってるのか。
なんとなく,権力というか,自分の力じゃない力を背後に感じた。
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2 司法修習生の守秘義務違反の基準がよく分からないこと
(1) 56期高松修習の人が書いた「司法修習生日記」における「検察修習」とかについては,現在でもインターネット上に存在してますから,検察修習に関するこれらの記載は司法修習生の守秘義務には違反していなかったと思われます。
    しかし,新61期長崎修習の人が書いた「司法修習生のなんとなく日記」が守秘義務に違反するとして不祥事扱いになったのに対し,56期のブログが守秘義務に違反しないと判断する基準はよく分かりません。
(2)ア 新61期長崎修習の人は刑務所内の見学など司法修習の内容をブログに書いたことについても守秘義務違反の疑いがあるとされました。
    しかし,例えば,選択型実務修習における法務行政修習プログラムに関する文書は法務省による情報公開の対象となっています(「法務行政修習プログラム(選択型実務修習)」参照)。
イ 国家公務員法109条12号・100条1項にいう「秘密」とは,非公知の事実であって,実質的にもそれを秘密として保護するに値するものをいい,その判定は,司法判断に服します(最高裁昭和53年5月31日決定)。
    刑務所内の見学の感想は実質的に秘密として保護するに値するものではない気がしますが,司法修習生に課せられた守秘義務はそれだけ重いのかもしれません。


3 司法修習生という立場は特別権力関係であるかもしれないこと
(1)   「やっぱり世界は**しい!」と題するブログ「守秘義務」によれば,司法研修所が動くこと自体が司法修習生にとっては大変な脅威であって,司法修習生という立場は,まさに現代の特別権力関係だそうです。
(2) 最高裁昭和32年5月10日判決は,公務員に対する懲戒処分は,特別権力関係に基づく行政監督権の作用であると判示していました。
(3) 憲法21条所定の言論,出版その他一切の表現の自由は,公共の福祉に反し得ないばかりでなく,自己の自由意思に基づく特別な公法関係上又は私法関係上の義務によって制限を受けます(最高裁大法廷昭和26年4月4日決定)。
(4) 新61期長崎修習のブログについて守秘義務違反の可能性があると報道されたことから,それ以後,実務修習に関する詳しい記載がインターネット上に出てくることがなくなった気がします。


4 司法修習生の守秘義務に含まれるかもしれないこと
(1)ア 平成27年度(行情)答申第135号(平成27年6月17日答申)の12頁及び13頁によれば,検事の弁護士職務経験制度における派遣法律事務所の名称及び検事の外部派遣制度における検事の派遣先法人等の名称は,不開示情報に該当するとのことです。
   そのため,司法修習生が弁護修習先で弁護士職務経験をしている検事と出会った場合,当該検事が所属している法律事務所の名称をブログに記載することについても,慎重になった方がいいのかもしれません。
イ 弁護士職務経験をしている検事の所属事務所が,弁護士職務経験検事を受け入れていることを公表している場合,検事の司法修習期も含めて不開示情報には該当しないこととなります(令和元年度(行情)答申第167号(令和元年8月29日答申)18頁及び19頁)。
(2) 平成28年(行情)答申第365号(平成28年9月29日答申)の4頁によれば,検事の修習期については,①法務省においてホームページ等で公表している等といった事実もなく,今後その予定もないとのことですし,②仮に任官年月日から司法修習期が推測できるものであったとしても,直接,各検事の修習期を公にした事実がない以上,慣行として公にされている情報には該当しないとのことです。
    そして,答申の結論として,検事の修習期については検事総長の修習期も含めて不開示情報に該当するとのことですから,司法修習生が指導係検事等の修習期をブログに記載することについても,慎重になった方がいいのかもしれません。
(3) 平成29年6月20日付の東京地検の行政文書開示決定通知書によれば,公判引継事項記載要領及び略式請求メモ(司法修習課控)記載要領の本文は全部,不開示情報に該当します。
   そのため,検察修習の体験談としてこれらの情報に言及した場合,守秘義務に触れるのかもしれません。
(4) 裁判所業務に必要なサイトをまとめたホワイトリストというものが裁判所にはあります(平成27年11月の全司法新聞2229号)ものの,情報公開請求では,その存在は明らかにされていません(平成28年度(最情)答申第7号(平成28年4月14日答申))。
    そのため,仮に裁判所職員が運営しているHPに記載されている情報であっても,司法修習生がブログに記載することについては慎重になった方がいいのかもしれません。


4の2 表現の自由を定めた国際人権規約
(1)ア 1966年12月16日に採択された国際人権規約には,社会権規約(経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約)及び自由権規約(市民的及び政治的権利に関する国際規約)があります。
イ 1979年9月21日,国際人権規約が日本国において発効しました。
(2) 市民的及び政治的権利に関する国際規約には以下の条文があります。
2条3項
この規約の各締約国は、次のことを約束する。
(a) この規約において認められる権利又は自由を侵害された者が、公的資格で行動する者によりその侵害が行われた場合にも、効果的な救済措置を受けることを確保すること。
(b) 救済措置を求める者の権利が権限のある司法上、行政上若しくは立法上の機関又は国の法制で定める他の権限のある機関によって決定されることを確保すること及び司法上の救済措置の可能性を発展させること。
(c) 救済措置が与えられる場合に権限のある機関によって執行されることを確保すること
19条
① すべての者は、干渉されることなく意見を持つ権利を有する。
② すべての者は、表現の自由についての権利を有する。この権利には、口頭、手書き若しくは印刷、芸術の形態又は自ら選択する他の方法により、国境とのかかわりなく、あらゆる種類の情報及び考えを求め、受け及び伝える自由を含む。
③ 2の権利の行使には、特別の義務及び責任を伴う。したがって、この権利の行使については、一定の制限を課すことができる。ただし、その制限は、法律によって定められ、かつ、次の目的のために必要とされるものに限る。
(a) 他の者の権利又は信用の尊重
(b) 国の安全、公の秩序又は公衆の健康若しくは道徳の保護
(3) 規約人権委員会の一般的意見には以下の記載があります。
ア 一般的意見3 (13)(2条・締約国の義務。1981年7月28日採択)2項
    この関連で、 個人が規約 (及び、 場合により、 選択議定書) 上の自己の権利が何であるかを知ること、及び、 すべての行政機関と司法機関が規約により締約国の引き受けた義務を知ることは、極めて重要である。このためには、 規約が締約国のすべての公用語で公表されるべきであり、関係機関に対しその研修の一部としてその内容を習熟させるための措置がとられるべきである。締約国と委員会の協力についても公表されることが望ましい。
イ 「一般的意見32 14条・裁判所の前の平等と公正な裁判を受ける権利」(2007年採択)29項
裁判が公開されていない場合でも、基本的な事実認定、証拠、法律上の理由付けを含む判決は、少年の利益のために必要がある場合、または当該手続が夫婦間の争いもしくは子どもの後見に関するものである場合を除いては、公開されなければならない。

ウ 「一般的意見34 19条・意見及び表現の自由」(2011年9月12日採択)
7項
    意見及び表現の自由を尊重する義務は,すべての締約国を全体として拘束するものである。締約国のあらゆる部門(行政,立法及び司法)および他の公的もしくは政府機関は,全国,地域,もしくは地方のいかなるレベルにあっても,締約国の責任を引き受ける地位にある。状況によっては,国家に準ずる主体(semi-State entities)の行為に関しても,締約国がそのような責任を引き受ける場合もある。この義務はまた,締約国に対し,これら規約の権利が私人又は法人間に適用される範囲において,意見及び表現の自由の享受を損なうような私人又は法人によるいかなる行為からも個人を保護することを要求する。
15項
    締約国は,インターネットやモバイル機器を利用した電子情報伝達システムのような情報通信技術の発達が,世界中でいかに大きく通信の実態を変化させているのか考慮すべきである。現在では,考え及び情報を交換するために,必ずしも従来のマスメディアの媒介に頼らないグローバルネットワークが存在する。締約国は,これらの新しいメディアの独立性を促進し,それに対する個人のアクセスを確保するために,あらゆる必要な手段を講じるべきである。
25項
    第3項に定められている目的のため,「法律」とみなされる規範は,各個人がその内容に従って自らの行動を制御できるよう十分な明確性をもって策定されなければならず,また一般大衆がアクセスしやすいものでなければならない。法律は,制限の実施にあたる者に対して,表現の自由の制限のために自由裁量を与えるものであってはならない。法律は,制限の実施にあたる者が,どのような表現が適切に制限されるのか,また制限されないのかを確かめられるように,十分な指針を定めていなければならない。 
(4)ア 国際人権規約の第一選択議定書に基づく個人通報制度は,人権諸条約において定められた権利の侵害の被害者と主張する個人等が,条約に基づき設置された委員会に通報し,委員会はこれを検討の上,見解又は勧告を各締約国等に通知する制度であり(外務省HPの「個人通報制度」参照),日本政府は個人通報制度関係省庁研究会において第一選択議定書を締結するかどうかの検討を続けています。
イ 日弁連HPに「国際人権規約の活用と個人申立制度の実現を求める宣言」(平成8年10月25日付)が載っています。
ウ 参議院議員浜田昌良君提出自由権規約第一選択議定書批准に関する質問に対する答弁書(平成22年6月11日付)には以下の記載があります。
    市民的及び政治的権利に関する国際規約(昭和五十四年条約第七号。以下「自由権規約」という。)の第一選択議定書等人権に関する様々な条約に設けられている個人通報制度については、条約の実施の効果的な担保を図るとの趣旨から注目すべき制度であると考えている。個人通報制度の受入れに当たっては、我が国の司法制度や立法政策との関連で問題が生ずることはないかという観点や個人通報制度を受け入れる場合の実施体制を含め検討課題があると認識している。個人通報制度の受入れの是非については、各方面から寄せられている意見も踏まえつつ、政府として真剣に検討を進めているところであるが、現時点で検討に要する具体的な期間についてお答えすることは困難である。
(5)ア 司法修習生の守秘義務の根拠は司法修習生に関する規則3条であって,裁判所法その他の法律ではありません。
イ 最高裁判所は,司法修習生に関する規則第3条の「秘密」の具体的内容が書いてある文書(最新版)は,「修習生活へのオリエンテーション」(平成30年11月)の「◇守秘義務」であると考えています(平成31年4月16日付の理由説明書)。
ウ 最高裁大法廷令和3年6月23日決定の裁判官宮崎裕子,同宇賀克也の反対意見(リンク先のPDF17頁以下)には以下の記載があります(リンク先のPDF36頁)。
    我が国においては,憲法98条2項により,条約は公布とともに国内的効力を有すると解されており,条約が締約国に対して法的拘束力がある文言で締約国の義務を定めている場合には,かかる義務には,国家機関たる行政府,立法府及び司法府を拘束する効力があると解される。



4の3 表現の自由の制約に関するメモ書き
(1) レペタ訴訟に関する最高裁大法廷平成元年3月8日判決は以下の判示をしています。
    報道機関の報道は、民主主義社会において、国民が国政に関与するにつき、重要な判断の資料を提供するものであつて、事実の報道の自由は、表現の自由を定めた憲法二一条一項の規定の保障の下にあることはいうまでもなく、このような報道機関の報道が正しい内容をもつためには、報道のための取材の自由も、憲法二一条の規定の精神に照らし、十分尊重に値するものである(最高裁昭和四四年(し)第六八号同年一一月二六日大法廷決定・刑集二三巻一一号一四九〇頁)。
(2) 表現の自由を規制する法律の規定について限定解釈をすることが許されるのは,その解釈により,規制の対象となるものとそうでないものとが明確に区別され,かつ,合憲的に規制しうるもののみが規制の対象となることが明らかにされる場合でなければならず、また,一般国民の理解において,具体的場合に当該表現物が規制の対象となるかどうかの判断を可能ならしめるような基準をその規定から読みとることができるものでなければなりません(最高裁大法廷昭和59年12月12日判決。なお,先例として,最高裁大法廷昭和50年9月10日判決参照)。
(3) 日本図書館協会HPに載ってある「図書館の自由に関する宣言」には,「国民主権の原理を維持し発展させるためには、国民ひとりひとりが思想・意見を自由に発表し交換すること、すなわち表現の自由の保障が不可欠である」とか,「検閲と同様の結果をもたらすものとして、個人・組織・団体からの圧力や干渉がある。」と書いてあります。
(4) 法務省HPの「令和3年司法試験の採点実感」に載ってある令和3年司法試験の採点実感(公法系科目第1問)には以下の記載があります。
     人権は,具体的事案を離れて,一般的な憲法上の保障に値するものとして観念されるものである。この点で,匿名表現の自由を憲法第21条の下で保障される権利類型の一つであることを十分論述した答案は,匿名での表現や集団行進が憲法第21条の保障の下にあることを当然の前提として論じた答案よりも,高く評価できた。
(中略)

     精神的自由の制約が問題になっている場面であるにもかかわらず立法裁量の存在を前提に論述したりする等,基本的な理解が不十分と思われる答案も見られた。
(中略)
     表現内容中立規制と表現行為の間接的・付随的規制との異同を意識せずに論じている答案が一定数あった。


5 公益通報者保護法と守秘義務
(1) 平成30年3月30日付の内閣答弁書には以下の記載があります。
    公益通報者保護法は、国家公務員法第百条第一項の規定により課される守秘義務を解除するものではないが、公益通報者保護法第二条第三項に規定する通報対象事実(以下「通報対象事実」という。)は、犯罪行為などの反社会性が明白な行為の事実であり、国家公務員法第百条第一項に規定する「秘密」として保護するに値しないと考えられるため、そもそも、通報対象事実について、一般職の国家公務員が公益通報をしたとしても、同項の規定に違反するものではないと考えられる。
(2) 以下の資料を掲載しています。
・ 消費者庁消費者制度課が令和2年2月及び3月に内閣法制局に提出した,公益通報者保護法の一部を改正する法律案に関する説明資料及び用例集
・ 公益通報に関する事務の取扱いについて(平成18年3月17日付の最高裁判所事務総長の依命通達)
・ 準公益通報に関する事務の取扱いについて(令和3年2月25日付の最高裁判所事務総長依命通達)
(3)ア 消費者庁HPに「公益通報者保護法と制度の概要」が載っています。
イ 東弁リブラ2022年10月号「どう変わった?公益通報者保護法-改正による実務への影響-」が載っています。


6 司法修習生の非違行為等の情報は開示されないこと
(1)ア 平成31年3月26日付の司法行政文書不開示通知書によれば,「全国の実務修習地から送付された,71期司法修習生に関する,罷免,修習の停止,戒告の該当事由及び非違行為の報告」は,その枚数も含めて不開示情報です。
イ 令和元年5月30日付の理由説明書には,「(3) 最高裁判所の考え方及びその理由」として以下の記載があります。
 本件対象文書には,第71期司法修習生の氏名や行状等が記載されており,これらは個人識別情報に該当し,行政機関情報公開法(以下「法」という。)第5条第1号に定める不開示情報に相当する。
 また,本件対象文書の性質及び内容を踏まえると,標題及び様式等を含む,本件対象文書に記載されている情報並びに実務修習を委託している各配属庁会から送付された本件対象文書の枚数は,全体として,公にすると,司法修習生の非違行為等に関する調査事項や調査量,提出された資料の内容及び分量が推知されることになり,今後の公正かつ円滑な調査及び資料収集事務に好ましくない影響を与えるなど,今後の人事管理に係る事務に関し,公正かつ円滑な人事の確保に支障を及ぼすおそれがある情報に該当し,法第5条第6号二に定める不開示情報に相当する。
 したがって,標題及び様式等を含む本件対象文書に記載されている情報並びに実務修習を委託している各配属庁会から送付された本件対象文書の枚数は,全体として法第5条第1号及び第6号二に規定する不開示情報に相当する。
(2) 平成29年12月8日の日弁連臨時総会報告12頁には吉岡康祐日弁連副会長(岡山)の以下の答弁が載っています。
  戒告、修習停止、罷免の基準は明示的には定められていない。第71期司法修習生に対しては、例えば、犯罪に該当すると思料される行為があった場合はもとより、交通違反や交通事故、情報セキュリティ対策違反、守秘義務違反、無許可の兼職・兼業、セクハラ等の非違行為があった場合には、罷免、修習の停止又は戒告の処分や注意の措置を受けることがある旨説明されている。
  統一基準については、基準を定めてしまったら、硬直化されることも考えられるので、柔軟に対応するということで基準は作らないほうが、今のところいいのではないか。
(3) 江戸幕府第8代将軍の徳川吉宗の下で1742年に編纂された公事方御定書(くじがたおさだめがき)につき,上巻は警察や行刑に関する基本法令81通を,「御定書百箇条」ともいわれる下巻は旧来の判例を抽象化・条文化した刑事法令などを収録したものでありましたところ,Wikipediaの「公事方御定書」には以下の記載があります。
  奥書には「奉行中之外不可有他見者也」と記され、本来は幕府の司法中枢にあった者のみが閲覧できる文書だった。それは「民は由らしむべし、知らしむべからず」という儒教的政治理念だけでなく、吉宗の政策が刑の軽減を図るものだったため公開しないほうが威嚇効果を維持できると考えられたためとされる。また、下巻は刑法典の体裁をとってはいるが、あくまでも裁判や科刑の標準を示す重要判例集のようなもので制定法というよりも法曹法的な性格が強く、罪刑法定主義の考え方もなかったため条文の類推解釈や拡張解釈も裁量で行われていた。


7 裁判官及び裁判所職員の守秘義務
(1) 裁判所法に基づく守秘義務
・ 裁判所法75条(評議の秘密)は以下のとおりです。
① 合議体でする裁判の評議は、これを公行しない。但し、司法修習生の傍聴を許すことができる。
② 評議は、裁判長が、これを開き、且つこれを整理する。その評議の経過並びに各裁判官の意見及びその多少の数については、この法律に特別の定がない限り、秘密を守らなければならない。
(2) 官吏服務紀律に基づく守秘義務
ア 官吏服務紀律4条1項は,「官吏ハ己ノ職務ニ關スルト又ハ他ノ官吏ヨリ聞知シタルトヲ問ハス官ノ機密ヲ漏洩スルコトヲ禁ス其職ヲ退ク後ニ於テモ亦同樣トス」と定めています。
イ 令和元年度(最情)答申第65号(令和元年12月20日答申)には以下の記載があります。
   裁判官及び裁判官の秘書官以外の裁判所職員については,裁判所職員臨時措置法において準用する国家公務員法97条の規定により,服務の宣誓をしなければならないこととされており,裁判所職員の服務の宣誓に関する規程において,その手続が定められている。これに対し,裁判官については,同法の規定が適用又は準用されず,服務に関しては裁判所法や官吏服務紀律に規定があるほか,例えば倫理保持に関しては高等裁判所長官の申合せがあるところ,これらには服務の宣誓に関する定めはない。
ウ 参議院議員秦豊君提出官吏服務紀律の解釈と運用の実態等に関する質問に対する答弁書(昭和56年1月16日付)には以下の記載があります。
 官吏服務紀律(明治二十年勅令第三十九号)は、「官吏及俸給ヲ得テ公務ヲ奉スル者」の服務上の義務を定めたものであるが、昭和二十二年十二月三十一日限りで、その効力を失つている。
 昭和二十三年一月一日以後は、国家公務員法の規定が適用せられるまでの官吏その他政府職員の任免等に関する法律(昭和二十二年法律第百二十一号。以下「法律第百二十一号」という。)の規定により、官吏その他政府職員の服務等に関する事項については、その官職について国家公務員法の規定が適用せられるまでの間、法律等をもつて別段の定めがされない限り、従前の例によることとされている。特別職の国家公務員については、国家公務員法の規定が現在なお適用されていないため、特別職の職員のうち法律第百二十一号施行の際に存していた職にある職員の服務に関しては、他の法律等に別段の定めがない限り、なお官吏服務紀律の規定の例によることとなるものである。
 なお、特別職の職員のうち法律第百二十一号施行後に新たに特別職とされた職にある職員については、必要に応じ、関係法令において個別に服務に関する所要の規定が設けられているものである。
(中略)
 職員の任用に当たり、その服務等に関する法令の適用関係を当該職員に告知することを要するものではない。
 なお、官吏服務紀律は既に失効しているため、現在同勅令を直接所管する府省庁は存しない。
(中略)
 官吏服務紀律第四条第一項の「官ノ機密」は、国家公務員法第百条第一項の「職務上知ることのできた秘密」とその内容において差異はないものと解される。
エ 法曹会の「裁判所法逐条解説(中巻)」10頁によれば,裁判官の服務についても,官吏服務紀律の適用があるとされています(判例時報1359号35頁参照)。
オ 裁判所職員の場合,裁判所職員臨時措置法1項・国家公務員法100条1項前段に基づき,守秘義務を負っています。


(3) 最高裁判決の審議の経過が記載された実例
ア 22期の塚原朋一弁護士(元 知財高裁所長)は,昭和58年4月1日から昭和63年3月31日までの最高裁判所調査官時代の思い出として,自由と正義2013年6月号27頁ないし31頁において,最高裁昭和59年5月29日判決に関する審議の経過を詳細に記載していますところ,平成27年秋の叙勲において瑞宝重光章を受章しました。
イ 《講演録》最高裁生活を振り返って(講演者は前最高裁判所判事・弁護士の田原睦夫)には以下の記載があります(金融法務事情1978号(2013年9月号)18頁)。
   「自由と正義」に載っている塚原朋一元知財高裁所長の調査官時代の話(「昭和末期の最高裁調査官室のある情景-私の場合」自正2013年6月号27頁)も、評議の秘密を書くのかよという感じですね。古い事件ですけれどね。


8 検察官及び検察事務官の守秘義務
(1)ア 検察官及び検察事務官は一般職の国家公務員ですから,「職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後といえども同様とする。」と定める国家公務員法100条1項の適用があります。
イ 参議院議員松野信夫君提出捜査情報の漏洩に関する質問に対する答弁書(平成21年4月7日付)には以下の記載があります。
① 刑法(明治四十年法律第四十五号)第百三十四条及び国家公務員法第百条第一項の違反の有無は、事案に即して個別具体的に判断すべきものである。
 なお、刑法第百三十四条及び国家公務員法第百条第一項違反の行為は、いずれも、法律に違反する行為であり、許されない行為である。
② お尋ねの件数(山中注:捜査情報の漏洩について守秘義務違反で立件等がされた事案の件数)については、統計がないが、法務省及び警察庁において確認できる範囲では、捜査をする過程で入手した情報を漏洩したとして、刑事事件として検察庁において受理した事件の数は、平成十六年度に二件、平成十七年度に一件、平成十八年度に一件、平成十九年度に一件、平成二十年度に二件であり、刑事裁判で有罪が確定した事件の数は、平成十七年度に一件、平成十八年度に一件、平成十九年度に一件、平成二十年度に一件であり、捜査をする過程で入手した情報を漏洩したことについて懲戒処分等を受けた事案(当該漏洩について刑事事件として検察庁において受理した事案に係るものを除く。)の数は平成二十年度に一件である。
(2)ア 前田恒彦 元検事によれば,捜査当局は捜査情報をマスコミにリークすることがあるみたいです。
① なぜ捜査当局は極秘の捜査情報をマスコミにリークするのか(1)
② なぜ捜査当局は極秘の捜査情報をマスコミにリークするのか(2)
③ なぜ捜査当局は極秘の捜査情報をマスコミにリークするのか(3)
イ ちなみに,ライブドア事件に関して,平成18年1月16日午後4時過ぎ,ライブドアに捜索に入ったとNHKテレビニュースで報道されたものの,ライブドアが入居していた六本木ヒルズに東京地検特捜部の捜査官が到着したのは同日午後6時半過ぎでした(Cnet.Japanの「ライブドアショックの舞台裏とその余震」(2006年1月26日付)参照)。
ウ 平成23年9月に制定された検察の理念7項には「関係者の名誉を不当に害し,あるいは,捜査・公判の遂行に支障を及ぼすことのないよう,証拠・情報を適正に管理するとともに,秘密を厳格に保持する。」と書いてあります。
(3)ア 城祐一郎(元最高検察庁検事)が著した「性犯罪捜査全書-理論と実務の詳解-」(2021年9月10日付)588頁には「筆者は,痴漢に関する裁判の実態を明らかにすべく,平成28年1月1日から同年12月末までの間,東京地検によって東京地裁に公判請求された本条例違反のうちで,盗撮などを除いた電車等の公共交通機関内等の痴漢事件に関し,そのほぼ全てである77件を抽出し,公判での否認の内容,争点及び事実認定の各問題点について個別具体的に検討し,近時における痴漢事件の捜査・公判上の問題点を洗い出して検討することとした。」と書いてありますし,同書1001頁ないし1004頁を見れば,性犯罪に関する公刊物未搭載判例が大量に掲載されていることが分かります。
イ 下級裁判所裁判例速報の場合,「性犯罪(起訴罪名は性犯罪ではなくても,実質的に性犯罪と同視できる事件を含む。) ,犯行態様が凄惨な殺人事件など,判決書を公開することにより被害者・遺族などの関係者に大きな精神的被害を与えるおそれがある事件」は裁判所HPに掲載されません(「下級裁判所判例集に掲載する裁判例の選別基準等」参照)。
(4) 伊藤栄樹検事総長は,入院先の病院に来てもらった次長検事及び法務事務次官に対し,昭和62年10月17日,がんの再発に伴い退職の意向を伝えた後,周囲の慰留もあって昭和63年3月4日に正式に退官日が決定しましたところ,病気療養のために検事総長が退官することが報道されたのは同月5日でした(「伊藤栄樹検事総長の,退官直後の死亡までの経緯」参照)。


9 裁判所の広報活動では取材源の秘匿を尊重していること等
(1) 裁判所の広報活動では取材源の秘匿を尊重していること

ア 平成29年2月23日付の最高裁判所事務総長の理由説明書によれば,逆転有罪判決となった名古屋高裁平成28年11月28日判決(被告人は藤井浩人美濃加茂市長)の判決要旨が存在するか否かを答えた場合,取材源の秘匿を基本原則とする報道機関と裁判所との信頼関係を大きく損なうおそれがあり,ひいては,裁判報道に係る広報事務の遂行を困難にする可能性が高いから,開示できないそうです。
    ただし,最高裁平成18年10月3日決定が「民事事件において証人となった報道関係者が民訴法197条1項3号に基づいて取材源に係る証言を拒絶することができるかどうかは,当該報道の内容,性質,その持つ社会的な意義・価値,当該取材の態様,将来における同種の取材活動が妨げられることによって生ずる不利益の内容,程度等と,当該民事事件の内容,性質,その持つ社会的な意義・価値,当該民事事件において当該証言を必要とする程度,代替証拠の有無等の諸事情を比較衡量して決すべきである。」と判示していることとの整合性はよく分かりません。
 平成29年度(情)答申第4号(平成29年5月25日答申)は,「判決要旨の作成は,報道機関からの申請を受けて対応するのが一般的であるところ,この判決要旨の交付申請は,報道機関の取材活動そのものである。当該申請が個別の記者の独自の取材活動の一環として行われた場合はもとより,幹事社を経由しての司法記者クラブ全体からの申請で行われた場合であっても,判決要旨が作成されたことが公開され,報道機関の取材活動の存在,内容が推知されてしまうことは,取材源の秘匿を基本原則とする報道機関と裁判所との信頼関係を大きく損なうおそれがあり,ひいては,裁判報道に係る広報事務の遂行を困難にする可能性が高い。」ということで存否応答拒否は妥当であるとする答申を出しました。
(2) 愛媛玉ぐし訴訟大法廷判決(最高裁大法廷平成9年4月2日判決)の事前漏えい疑惑に関する最高裁の対応
ア 愛媛玉串訴訟に関する最高裁大法廷平成9年4月2日判決に関しては,その評議内容に関する記事が平成9年2月9日の朝日新聞及び共同通信配信地方紙に掲載されました。
   そのため,最高裁は,評議の秘密が外部に漏洩したかどうかを確認するため,裁判部の担当記者を複数回呼び出し,直接本人から繰り返し取材経過等について釈明を聴取しました。
イ 「愛媛玉ぐし訴訟大法廷判決(最高裁大法廷平成9年4月2日判決)の事前漏えい疑惑に関する国会答弁」も参照してください。


10 対外非公表の文書の外部への送達に関する指定職級幹部職員に対する懲戒処分書の記載,及び黒川弘務東京高検検事長の賭け麻雀に関する記事の記載
(1) 対外非公表の文書の外部への送達に関する指定職級幹部職員に対する懲戒処分書の記載

・ 任官11年目以降の裁判官及び検事は指定職相当職であります(裁判官の報酬等に関する法律9条及び検察官の俸給等に関する法律1条)ところ,内閣審議官として国家安全保障局に在職していた藤井敏彦に対する経済産業省の懲戒処分(停職12月)には以下の記載があります。
① 国家安全保障局の幹部が、かつて国家安全保障局を担当していた記者の自宅に複数回単独で出入りしていること自体が、上記のような情報の漏洩を疑わしめ、ひいては、国家安全保障局の情報保全能力に対する疑念を生じせしめたものであり、国家安全保障局の幹部職員として不適切であった。
② 指定職級幹部職員たる被処分者が、実質秘は含まないとはいえ、他省庁から受領した対外非公表の文書を外部に無断で送達したことは、国家安全保障局取扱注意文書等取扱規程の内規違反に留まらず、情報の保全を業務の基調に据える国家安全保障局と他省庁との信頼関係を瓦解させかねない行為であり、信用を失墜させるものとして国家公務員法第99条の信用失墜行為の禁止に違反する。
(2) 黒川弘務東京高検検事長の賭け麻雀に関する記事の記載
ア ヤフージャパンニュースの「問われるべきは検察幹部とマスコミの「ズブズブ」関係 取材のあり方にもメスを」(2020年5月25日付)には以下の記載があります。
① 確かに、幹部による情報リークはある。その背景や検察にとってのメリット・デメリット、メディアコントロールの狙いなどは、すでに拙稿「なぜ捜査当局は極秘の捜査情報をマスコミにリークするのか (1)」、「同(2)」、「同(3)」で記したとおりだ。
 ただ、今回の騒動で、さすがに検事総長にもなろうという人物は違うなと思ったのは、黒川弘務氏が産経新聞と朝日新聞という、両極にあるメディアの記者らと賭け麻雀をするほど「ズブズブ」の関係に至っていたという点だ。
② 中には口の堅い者もいるにはいるが、本来であれば庁内で行われる公式の記者対応しかやってはならないはずなのに、「夜討ち朝駆け」に応じたり、記者と飲み食いなどをして関係を深めていく者も出てくるわけだ。

 とはいえ、さすがに黒川氏のように記者の自宅に上がり込むとか、「三密」の回避や外出自粛が呼びかけられていた緊急事態宣言下で記者と賭け麻雀を繰り返すとか、そのハイヤーで帰宅するといった幹部など聞いたことがない。
イ 「黒川弘務東京高検検事長の賭け麻雀問題」も参照してください。


11 関連記事その他
(1) ツイッター等のSNSを国家公務員が私的利用する際の注意点については,総務省人事・恩給局の「国家公務員のソーシャルメディアの私的利用に当たっての留意点」(平成25年6月付)に書いてあります。
(2) 早稲田大学HPに載ってある「河合健司元仙台高裁長官講演会講演録 裁判官の実像」には,32期の河合健司裁判官が東京地裁の部総括時代に最高裁平成24年 9 月7 日判決(前科証拠を被告人と犯人の同一性の証拠に用いることが許されないとされた事例)の第一審を担当したときの感想が書いてあります(リンク先のPDF13頁ないし16頁)。
(3) 情報源を公にしないことを前提とした報道機関に対する重要事実の伝達は,たとえその主体が金融商品取引法施行令30条1項1号に該当する者であったとしても,同号にいう重要事実の報道機関に対する「公開」には当たりません(最高裁平成28年11月28日判決)。
(4) 最高裁令和5年2月21日判決は,金沢市庁舎前広場における集会に係る行為に対し金沢市庁舎等管理規則(平成23年金沢市規則第55号)5条12号を適用することは、憲法21条1項に違反しないと判示した事例です。
(5)ア 以下の資料を掲載しています。
・ 監督活動の内容に関し公表を行うに当たって留意すべき事項について(平成24年2月8日付の厚生労働省労働基準局監督課長の書簡)
イ 以下の記事も参照してください。
 司法修習生に関する規則第3条の「秘密」の具体的内容が書いてある文書
・ 「品位を辱める行状」があったことを理由とする司法修習生の罷免事例及び再採用
 司法修習生の罷免理由等は不開示情報であること
・ 司法修習生の逮捕及び実名報道


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