右川亮平裁判官(7期)の経歴

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生年月日 S5.6.14
出身大学 京大
退官時の年齢 60 歳
叙勲 H12年秋・勲二等瑞宝章
H3.2.1 依願退官
H1.4.1 ~ H3.1.31 大阪高裁4刑部総括
S61.7.1 ~ H1.3.31 徳島地家裁所長
S60.8.20 ~ S61.6.30 大阪家裁判事
S57.12.1 ~ S60.8.19 大阪地裁7刑部総括
S56.4.10 ~ S57.11.30 大阪高裁判事
S53.5.31 ~ S56.4.9 大阪国税不服審判所長
S51.4.1 ~ S53.5.30 大阪地裁13刑部総括
S48.4.2 ~ S51.3.31 大阪地家裁岸和田支部長
S45.4.20 ~ S48.4.1 大阪地家裁判事
S44.4.1 ~ S45.4.19 長崎地裁2民部総括
S40.4.9 ~ S44.3.31 長崎地家裁判事
S39.4.1 ~ S40.4.8 長崎地家裁判事補
S36.7.1 ~ S39.3.31 徳島地家裁判事補
S33.7.3 ~ S36.6.30 大阪地家裁判事補
S30.4.9 ~ S33.7.2 青森家地裁判事補

* 汚れた法衣-ドキュメント司法記者53頁には以下の記載があります。
   五十二年(山中注:昭和52年)一月十八日に宮川種一郎大阪高裁長官(弁護士)は、大阪地裁刑事部の日比幹夫右川亮平、民事部の道下徹ら三判事を書面注意、岩本正彦大阪地裁所長(弁護士)を監督責任で口頭注意処分にしたと発表した。理由は「日比判事らは休暇の承認を得ずに宅調日にゴルフに興じ、それを新聞やテレビに報道され、裁判官の執務姿勢について国民一般に疑惑を生じさせた」とされた。

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