司法修習生に支給される所定の旅費及び移転給付金は,移動又は転居に要する費用を弁償する性質を有するため,所得税の課税対象となる所得が残らない。
ただし,この結論を,給与所得者の出張旅費等を非課税とする所得税法9条1項4号の直接適用だけで説明するのは正確ではない。
本記事では,第79期司法修習生向けの案内,現行法令,国税当局の公表資料及び裁判例に基づき,旅費及び移転給付金の課税関係と現行制度を整理する。
第1 結論と用語の整理
1 旅費及び移転給付金から課税所得は生じない
司法修習生に支給される所定の旅費及び移転給付金は,税務上の収入金額に含めて考える場合であっても,これに対応する必要経費が同額となるため,差引後の雑所得の金額は0円となる。
したがって,旅費及び移転給付金の支給を受けたこと自体によって,所得税の課税対象となる金額は生じない。
最高裁判所の第79期向け「修習給付金案内」は,移転給付金を確定申告の対象外としている。
なお,司法修習生の旅費には,集合修習のための旅費,実務修習地への移動に関する旅費などがあり,支給の根拠及び対象となる費目は修習の場面ごとに確認する必要がある。
2 「非課税所得」と「課税所得が生じないこと」は異なる
所得税法上の「非課税所得」と,収入金額から必要経費を控除した結果として課税所得が生じないことは,法的な説明が異なる。
① 非課税所得とは,所得税法9条などの規定により,そもそも所得税を課さないこととされた所得である。
② 旅費及び移転給付金について税務当局が示している整理は,雑所得の総収入金額に算入した上で,費用弁償として同額の必要経費を認め,雑所得の金額を0円とするものである。
③ 日常語として「非課税」と表現されることがあるものの,確定申告書上の取扱いを判断するときは,この違いを理解する必要がある。
本記事の旧題にある「課税関係は発生しない」という結論は実質的に維持できるが,より正確には,「旅費及び移転給付金から課税所得は生じない」と表現するのが適切である。
第2 課税所得が生じない仕組み
1 所得税法9条1項4号を直接の根拠とはしない
所得税法9条1項4号は,給与所得を有する者が勤務場所を離れて職務を遂行するための旅行をした場合などに,通常必要と認められる旅費を非課税とする。
しかし,司法修習生と最高裁判所との間には雇用関係がなく,司法修習生は給与所得者として旅費及び移転給付金を受けるものではない。
また,司法修習生に採用されることを,所得税法9条1項4号が予定する「就職」と同視することも相当でない。
大阪国税局が最高裁判所に示した回答は,このため,同号の直接適用によって旅費及び移転給付金を非課税所得とするのではなく,雑所得の収入金額と必要経費の計算によって課税所得が生じないと整理している。
所得税基本通達9-3は,所得税法9条1項4号の適用を受ける者について「通常必要と認められる」範囲を判断する基準である。
同通達を,司法修習生の旅費及び移転給付金に同号を直接適用する根拠として用いるべきではない。
2 雑所得の総収入金額と必要経費が一致する
所得税法35条は,雑所得の金額を,その年中の雑所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額と定める。
所得税法37条は,所得を生ずべき業務について生じた費用などを必要経費に算入する旨を定める。
司法修習生の旅費及び移転給付金は,修習に必要な移動又は転居に伴う費用を補填するための給付である。
そのため,税務当局の計算では,支給額を雑所得の総収入金額に算入する一方,同額を必要経費に算入し,差引後の金額を0円とする。
これは,旅費又は移転給付金という名称の金銭が例外なく無条件に課税対象外となるという意味ではない。
所定の制度に基づく費用弁償であることと,収入に対応する費用が存在することが前提となる。
3 最高裁判所の説明と税務当局の説明には表現上の差がある
最高裁判所が作成した理由説明書は,旅費及び移転給付金について,実費弁償的な性質を有し,雑所得に該当せず,源泉徴収を行う必要もないとの立場を示している。
もっとも,同じ文書は,個別の課税関係に関する最終的な判断は税務当局が行うとも記載している。
これに対し,大阪国税局の回答及び国税庁が公表する裁判資料では,雑所得の総収入金額に算入した上で,同額を必要経費とする計算が示されている。
したがって,所得税法上の説明としては,税務当局の計算方法に従い,「雑所得に関する収入と必要経費が一致するため,課税所得が生じない」と整理するのが安全である。
司法修習生に支給される旅費の課税関係に関する最高裁判所の理由説明書
— 弁護士 山中理司(@yamanaka_osaka)・令和2年11月14日
司法修習生に支給される移転給付金の課税関係に関する最高裁判所の理由説明書
— 弁護士 山中理司(@yamanaka_osaka)・令和2年11月14日
4 源泉徴収,確定申告及び所得税の有無は別の問題である
源泉徴収が行われないことだけから,最終的に所得税が生じないと判断することはできない。
源泉徴収は支払時の徴収方法に関する制度であり,確定申告は1年間の所得税額を精算する手続であり,所得の有無は収入金額と必要経費などに基づく実体的な計算である。
第79期向け「修習給付金案内」は,基本給付金及び住居給付金を雑所得として確定申告の対象とする一方,移転給付金を確定申告の対象外としている。
第3 裁判例及び公表裁判資料の到達点
1 奈良地裁令和5年2月14日判決及び大阪高裁令和5年9月21日判決
奈良地裁令和5年2月14日判決(税務訴訟資料第273号・順号13814)に係る課税処分では,移転給付金324,000円及び旅費64,004円が雑所得の総収入金額に算入されるとともに,それぞれ同額が必要経費に算入された。
この計算では,移転給付金及び旅費から生じる雑所得の金額はいずれも0円となる。
同判決は請求を棄却し,大阪高裁令和5年9月21日判決(税務訴訟資料第273号・順号13887)も控訴を棄却した。
もっとも,この事件の中心的な争点は基本給付金等の課税関係であり,旅費及び移転給付金の計算部分は,課税実務における実際の処理例として位置付けるのが適切である。
国税庁の公開版では事件番号などの一部が伏せられており,裁判所ウェブサイトの裁判例検索では両判決の掲載を確認できなかった。
2 大阪地裁令和4年12月22日判決及び大阪高裁令和5年7月26日判決
大阪地裁令和4年12月22日判決(令和3年(行ウ)第48号,裁判所ウェブサイト裁判例ID 92213)は,旅費及び移転給付金が費用弁償として支給されるものであり,対応する収入金額と必要経費が同額となるため,所得税の課税対象となる所得が生じないと説明した。
同判決は,所得として留保される基本給付金とは性質が異なることも明示した。
大阪高裁令和5年7月26日判決(令和5年(行コ)第15号,裁判所ウェブサイト裁判例ID 93523)は,司法修習生が支給要件を満たす旨の通知をしておらず,最高裁判所による確認及び支給認定もなかった移転費用について,雑所得の必要経費として控除することを認めなかった。
この判断からも,現実に転居費用を負担しただけで,基本給付金等から当然に控除できるわけではないことが分かる。
3 最高裁令和5年12月22日決定の意味
国税庁の税務訴訟資料第273号・順号13915によれば,大阪高裁令和5年7月26日判決に対する上告及び上告受理申立てについて,最高裁第二小法廷は令和5年12月22日,上告を棄却し,上告審として受理しない旨を決定した。
これにより大阪高裁判決は確定したが,この決定は,最高裁が旅費又は移転給付金の課税関係について新たな実体判断を示した判例ではない。
国税庁の公開版では,最高裁の事件番号などの一部が伏せられている。
第4 移転給付金の現行制度
1 法的根拠と支給要件
裁判所法67条の2第5項は,司法修習生が修習のため通常必要とする住居の移転に伴い住所又は居所を移転する必要があると認められる場合に,路程に応じた移転給付金を支給する旨を定める。
具体的な支給要件及び金額は,司法修習生の移転給付金に関する規則並びに最高裁判所の案内で定められている。
移転給付金は,採用又は修習場所の変更に伴って実際に住居を移転し,所定の支給要件を満たした場合に支給される定額給付である。
旧居住地から修習場所までの距離よりも新居住地から修習場所までの距離が遠くなる移転,修習場所の地域内での移転,同一の特別区又は市町村内での移転などは,支給対象とならない場合がある。
個別の可否は,自己判断ではなく,配属時に示される案内及び最高裁判所の認定によって確認する必要がある。
2 届出期限と証明書類
第79期向け「修習給付金案内」によれば,移転給付金の支給を受けるには,原則として,移転の原因となった修習の開始日から7日以内に,所定の方法で届出をする必要がある。
やむを得ない事情により修習開始後に移転した場合は,実際の移転日が期限計算の起点となる。
案内は初日を算入しないと説明しており,期限を徒過した場合は支給されない。
移転給付金規則11条は,移転を証明する書類を添付して届け出る旨を定めている。
これに対し,第79期の電子届出では,賃貸借契約書,住民票その他の証明書類を届出時に添付する必要はないが,届出内容に疑義がある場合には後日提出を求められる。
届出時の添付省略を,証明資料が不要であるという意味に理解すべきではない。
3 現行の支給額
移転給付金の額は,実際の引越費用の額ではなく,旧居住地から新居住地までの路程の区分に応じ,次のとおり定額である。
| 路程 | 支給額 |
|---|---|
| 50km未満 | 46,500円 |
| 50km以上100km未満 | 53,500円 |
| 100km以上300km未満 | 66,000円 |
| 300km以上500km未満 | 81,500円 |
| 500km以上1,000km未満 | 108,000円 |
| 1,000km以上1,500km未満 | 113,500円 |
| 1,500km以上2,000km未満 | 121,500円 |
| 2,000km以上 | 141,000円 |
実際の引越費用が支給額を上回る場合であっても,その超過額を基本給付金の必要経費として当然に控除できるわけではない。
第5 司法修習生の旅費と令和7年旅費制度改正
1 旅費の対象は修習の場面ごとに確認する
司法修習生に支給される旅費は,採用後の移動,実務修習,集合修習その他の修習上必要な旅行について,最高裁判所が定める取扱いに基づいて支給される。
第79期については,司法研修所事務局経理課経理係が令和8年2月9日付けで,「導入修習及び分野別実務修習参加にかかる旅費の支給手続について」を示している。
同文書は,導入修習参加のための旅費と分野別実務修習参加のための旅費について,旅費支給庁及び提出先が異なるため,別の手続を求めている。
導入修習の旅費については,司法研修所が,採用内定時住所から司法研修所までの最も経済的な通常の経路及び移動手段等を選定して各人に通知し,航空機利用者,在来線特急利用者その他の該当者には証拠書類の提出を求める。
分野別実務修習の旅費については,司法研修所から配属庁までの旅行経路等申告書及び証拠書類を配属庁へ提出する手続とされている。
したがって,過去の期の案内に掲載された日当,日額旅費その他の定額を,現在の司法修習にそのまま当てはめることはできない。
具体的な旅行について支給対象となる費目,経路,証拠書類及び期限は,その期及び修習場面の最新案内を確認する必要がある。
2 国家公務員等の旅費制度は令和7年4月1日に大きく変わった
国家公務員等の旅費に関する法律は,令和6年法律第22号により全面的に改正され,令和7年4月1日に施行された。
財務省の制度解説によれば,法律の規定は48条から12条に簡素化され,細目の多くが政令等に委ねられた。
改正政令等に関する財務省の解説によれば,宿泊料は原則として上限付き実費支給となり,旧制度の日当は宿泊手当に,移転料は転居費に,着後手当は着後滞在費に改められた。
この改正により,旧旅費法を前提とした日当,日額旅費,移転料及び着後手当の金額を現行制度として紹介することはできない。
他方,司法修習生の移転給付金は,裁判所法67条の2第5項及び専用の最高裁判所規則に基づく別個の給付である。
国家公務員の転居費と,司法修習生の移転給付金を混同してはならない。
第6 基本給付金及び住居給付金との違い
1 基本給付金及び住居給付金は確定申告の対象となる
第79期向け「修習給付金案内」は,基本給付金,住居給付金及び移転給付金のいずれについても,支給時に所得税の源泉徴収を行わないとしている。
しかし,同案内は,基本給付金及び住居給付金を雑所得として確定申告の対象とし,移転給付金だけを確定申告の対象外としている。
源泉徴収がないという共通点だけを見て,3種類の給付の課税関係が同じであると考えることはできない。
2 修習費用を基本給付金等の必要経費に振り替えることはできない
同案内は,基本給付金及び住居給付金について,必要経費に該当するものはないと説明している。
大阪地裁令和4年12月22日判決も,基本給付金は司法修習生が修習期間中の生活を維持するために支給され,個別の支出を補填するものではないとして,修習に要した書籍費,交通費その他の支出を基本給付金の必要経費とする主張を退けた。
また,大阪高裁令和5年7月26日判決は,支給要件を満たす通知及び認定がなかった移転費用を,基本給付金等に係る雑所得の必要経費として控除することを認めなかった。
したがって,旅費又は移転給付金の支給対象にならなかった支出を,基本給付金又は住居給付金の必要経費として振り替えることはできない。
3 学説上の議論は基本給付金の課税が中心である
吉沢健太郎「裁判所法67条の2第1項に基づく修習給付金の課税上の取扱いについて」は,大阪地裁判決前に,基本給付金が非課税の学資金に該当する可能性及び必要経費を認める可能性を論じた。
その後,藤間大順「司法修習生が得る基本給付金および修習専念資金の非課税所得該当性」及び田中治「非課税所得該当性をめぐる近時の紛争例」は,大阪高裁判決による学資金及び必要経費の判断を批判的に検討している。
これらの議論は,基本給付金の非課税所得該当性又は必要経費の範囲を対象とするものであり,旅費及び移転給付金について収入金額と対応経費を同額とする税務上の取扱いを否定するものではない。
第7 出典
1 法令,規則及び公式案内
① e-Gov法令検索・裁判所法67条の2
② e-Gov法令検索・所得税法9条,35条及び37条
③ 国税庁・所得税基本通達9-3
④ 最高裁判所・司法修習生の移転給付金に関する規則
⑤ 最高裁判所・第79期向け「修習給付金案内」
⑥ 最高裁判所・修習給付金の概要
⑦ 財務省・国家公務員等の旅費に関する法律の改正
⑧ 財務省・改正旅費法の政令等
⑨ 司法研修所・第79期「導入修習及び分野別実務修習参加にかかる旅費の支給手続について」
⑩ e-Gov法令検索・国家公務員等の旅費に関する法律
2 裁判例及び税務当局の公表資料
① 奈良地裁令和5年2月14日判決・税務訴訟資料第273号順号13814
② 大阪高裁令和5年9月21日判決・税務訴訟資料第273号順号13887
③ 大阪地裁令和4年12月22日判決・令和3年(行ウ)第48号
④ 大阪高裁令和5年7月26日判決・令和5年(行コ)第15号
⑤ 最高裁第二小法廷令和5年12月22日決定・税務訴訟資料第273号順号13915
⑥ 大阪国税局が最高裁判所に伝えた修習給付金等の課税関係
⑦ 最高裁判所の理由説明書・司法修習生に支給される旅費の課税関係
⑧ 最高裁判所の理由説明書・司法修習生に支給される移転給付金の課税関係
3 関連する司法修習事務資料
① 司法修習生の旅費に関する文書(第79期の旅費支給手続を含む。)
4 学説
① 吉沢健太郎「裁判所法67条の2第1項に基づく修習給付金の課税上の取扱いについて―国税不服審判所裁決令和3年3月24日の検討―」東京大学法科大学院ローレビュー17号(2022年)80頁~102頁
② 藤間大順「司法修習生が得る基本給付金および修習専念資金の非課税所得該当性」新・判例解説Watch租税法No.186(2024年)1頁~4頁
③ 田中治「非課税所得該当性をめぐる近時の紛争例」税務事例研究202号(2026年)11頁~32頁