メインコンテンツへスキップ
       

交通事故による尺骨神経麻痺の後遺障害等級――12級13号・14級9号と立証方法(AI作成)

◯山中弁護士への事件のご依頼・ご相談は「交通事故のお問い合わせ」から可能です。

第1 尺骨神経麻痺の等級判断で最初に分ける三つの障害

1 診断名だけでは後遺障害等級は決まらない

交通事故後に「尺骨神経麻痺」又は「肘部管症候群」と診断されても,その診断名だけで自賠責保険の後遺障害等級が決まるわけではない。最初に事故による尺骨神経障害の有無と損傷部位を確認し,次に残った障害を,①疼痛・しびれ等の神経症状,②手指の運動障害又は完全感覚脱失,③手関節又は肘関節の機能障害に分ける必要がある。

神経症状が中心であれば12級13号又は14級9号が候補となるが,真の運動麻痺が所定の手指機能障害に達するときは,手指の用廃に関する等級が先に問題となる。また,尺骨神経麻痺があることと肘関節又は手関節の可動域制限が12級6号に該当することは別の命題であり,関節障害には可動域制限を生じさせた独立の医学的説明が必要である。

2 本記事の対象と位置付け

本記事は,交通事故による尺骨神経麻痺の等級候補,医学的局在,検査の証拠価値,事故因果関係,裁判例及び資料収集を,AIを用いて法令,行政基準,判決全文及び医学原典と照合しながら整理するものである。個別事案では事故態様,初期記録,既往症及び検査条件が異なるため,本記事は一般的な情報提供であり,特定の事案に対する法的又は医学的助言ではない。

関節障害との役割分担については,手関節の可動域制限と後遺障害12級6号が,掌屈・背屈の合計値,健側比較,他動運動を原則とする測定及び橈屈・尺屈の参考運動を扱っている。また,肘関節の可動域制限と後遺障害12級6号は,肘の屈曲・伸展及び前腕の回内・回外を扱っている。本記事はこれらの可動域基準を繰り返さず,尺骨神経が支配する感覚・筋機能と事故との結び付きに対象を絞る。

第2 自賠責後遺障害等級の振分け

1 自賠責が労災の認定基準を参照する構造

自動車損害賠償保障法施行令別表第二が後遺障害の等級と内容を定め,国土交通省の自賠責保険の支払基準は等級認定を原則として労災保険の障害等級認定基準に準じて行うものとしている。そのため,等級表の文言だけでなく,厚生労働省が公表する神経障害及び上肢障害の認定基準を併せて確認する必要がある。

もっとも,自賠責の認定と民事訴訟における後遺障害及び損害の認定は同一ではない。裁判所は自賠責の認定を重要な資料とし得るが,当事者が提出した診療録,検査結果,医師意見及び事故資料に基づき,事故因果関係,等級相当性並びに労働能力への影響を個別に判断する。

2 神経症状としての12級13号と14級9号

施行令別表第二は,12級13号を「局部に頑固な神経症状を残すもの」,14級9号を「局部に神経症状を残すもの」と定める。法令本文は,神経伝導速度,複合筋活動電位又は神経超音波の断面積について,両等級を分ける単一の数値を定めていない。

厚生労働省の神経系統の障害認定基準は疼痛について,12級を「時には強度の疼痛のため,ある程度差し支えがあるもの」,14級を「受傷部位にほとんど常時疼痛を残すもの」と整理している。実務で用いられる「医学的に証明できるもの」と「医学的に説明できるもの」との対比は有用な整理であるが,施行令本文の文言でも,閉じた検査リストでもない。

したがって,12級13号の検討では,事故直後の症状,解剖学的な分布,神経伝導検査・針筋電図,筋萎縮,画像,手術所見,鑑別診断及び経時的一貫性を組み合わせる。客観所見が弱くても,事故態様から症状固定までの経過によって事故との医学的説明ができる場合には14級9号が問題となるが,単に本人が症状を訴え続けたというだけでは足りない。

3 手指の機能障害を先に検討する場合

厚生労働省の認定基準は,末梢神経麻痺について,原則として「損傷を受けた神経の支配する身体各部の器官における機能障害に係る等級」により認定するとしている。尺骨神経麻痺による真の運動障害をすべて12級13号又は14級9号に含めるのではなく,まず支配器官である手指等の機能障害に該当するかを確認する必要がある。

施行令別表第二には,母指以外の二本の手指の用を廃したものを10級7号,示指・中指・環指の一本の用を廃したものを12級10号,小指の用を廃したものを13級6号とする項目がある。上肢障害の認定基準によれば,母指以外の手指ではMP関節又はPIP関節の可動域が健側の2分の1以下に制限される場合等が用廃に当たるため,握力又は巧緻性の低下だけで直ちに用廃となるわけではない。

末節の指腹部及び側部の深部感覚と表在感覚が完全に失われた場合を用廃に準じて扱うには,感覚神経が断裂し得る外傷の事実と,感覚神経伝導検査でSNAPが検出されないことの双方が必要とされる。この要件は,しびれ又は知覚鈍麻があるというだけの事案と,開放創等による完全感覚脱失の事案とを区別する。

4 肘関節又は手関節の12級6号との関係

尺骨神経は前腕の尺側手根屈筋及び深指屈筋尺側部を支配するが,肘関節の屈曲・伸展の主動作筋を支配しない。そのため,肘部尺骨神経障害があるというだけでは,肘関節の可動域制限を通常説明できない。肘頭骨折,関節内損傷,拘縮,異所性骨化,疼痛又は長期固定等の別の機序を示す必要がある。

手関節についても,尺側手根屈筋の麻痺は掌屈・尺屈に影響し得るが,手関節全体は正中神経・橈骨神経支配筋を含む複数の筋で動く。前記の手関節記事で説明しているとおり,関節機能障害は原則として掌屈・背屈の他動可動域を健側と比較して判断する。末梢神経損傷で弛緩性麻痺となり,他動では動くが自動では動かない場合には自動値を参考とする余地があるが,これは自動値の低下だけで12級6号になるという意味ではない。他動値,自動値及びその差を生む医学的理由を区別して記録し,手指の用廃又は神経症状の評価との重複を避ける必要がある。

第3 症状分布から損傷部位を絞る方法

1 典型的な感覚障害の分布

尺骨神経障害の典型的な感覚症状は,小指,環指の尺側半分及び手の尺側に生じる。高位の障害では掌側だけでなく手背尺側にも症状が出る一方,手関節のGuyon管での障害では,それより近位で分岐する背側皮枝が保たれ,手背尺側の感覚が保たれることがある。

前腕内側まで広く感覚障害がある場合には,尺骨神経単独ではなく,C8/T1神経根,下神経幹・内側索の腕神経叢又は内側前腕皮神経の障害を検討する。症状分布は重要であるが,患者の表現だけで局在を確定せず,感覚検査,筋力,反射及び電気診断との整合を確認する。

2 運動麻痺及び診察所見

高位の尺骨神経障害では,環指・小指の深指屈筋,手指の外転・内転,母指内転,握力及びピンチ力が低下し得る。進行例では,骨間筋萎縮,Froment徴候,Wartenberg徴候及び環指・小指の鉤爪変形が現れるため,左右の筋周径,写真及び経時的な徒手筋力検査が有用である。

Tinel徴候又は肘屈曲圧迫試験は診察の一部として利用できるが,単独では強い識別力を持たない。連続患者を対象とした前向き研究では,Tinel徴候の感度は62%・特異度は53%,屈曲圧迫試験の感度は61%・特異度は40%であったため,一つの誘発試験が陽性又は陰性であることだけから事故による尺骨神経障害の有無を決めるべきではない。

3 交通事故で想定される機序と鑑別診断

交通事故で想定される機序には,①肘内側の直接打撲又は挫滅,②急激な肘屈曲又は牽引,③肘周囲の骨折・脱臼,④血腫,瘢痕,異所性骨化又は術後癒着による二次圧迫,⑤手関節尺側外傷によるGuyon管障害,⑥開放創による部分又は完全断裂がある。遅発性麻痺を主張する場合には,骨折後変形,外反肘,瘢痕又は異所性骨化が形成された経過を示す必要がある。

鑑別すべきものは,C8/T1神経根障害,腕神経叢障害,胸郭出口症候群,Guyon管症候群,糖尿病その他の多発神経障害,既存の肘変形及びCRPSである。尺骨神経検査の一部だけが異常でも肘部局在は確定しないため,非尺骨神経支配のC8/T1筋,頸部傍脊柱筋,他神経のSNAP及び反対側の所見を併せて評価する。

第4 検査結果の証拠価値と限界

1 神経伝導検査及び針筋電図

医学的な電気診断指針は,肘をまたぐ約10 cmの区間について,①運動神経伝導速度が50 m/s未満,②同区間が肘下―手関節間より10 m/sを超えて遅い,③肘上刺激でCMAP陰性ピーク振幅が20%を超えて低下すること等を,肘部の局所病変を示唆する所見として挙げる。ただし,これらは検査室の参照値,肘角度,測定距離及び皮膚温等を前提とする電気診断指標であり,自賠責12級13号の法的数値基準ではない。

約10 cmの区間測定は短い局所病変を平均化し,正常に見せることがある。疑いが残るときは,短区間inching,第一背側骨間筋からの記録及び針筋電図を組み合わせ,非尺骨神経支配のC8筋と頸部傍脊柱筋まで検査範囲を広げて神経根・腕神経叢障害を除外する。単独の軽微な遅延より,患側だけに再現される複数の異常,CMAP・SNAP振幅低下,筋萎縮及び脱神経所見が相互に一致する方が証拠価値は高い。

2 陰性検査及び検査時期

軽症又は動的な病変では電気診断が陰性となり得るほか,軸索損傷後のWaller変性及び針筋電図上の脱神経所見には時間を要する。したがって,受傷直後の単回陰性だけで尺骨神経障害を否定するのは適切でないが,必要な再検査時期は損傷型及び臨床経過に応じて医師が判断する。

反対に,事故から長期間経過して初めて得られた異常は,事故直後から同じ側・同じ分布の症状が記録されていなければ,事故前の絞扼又は後発性疾患との区別が難しい。検査日だけで証拠価値を決めず,初期記録,局在の明確さ,健側比較及びそれ以前の検査との変化を一続きの経過として評価する。

3 神経超音波,MRI,X線及びCT

医学的な神経超音波ガイドラインは,症状・徴候がある患者について,尺骨神経の断面積又は直径を診断確認及び圧迫部位の局在に用いることをLevel Bで推奨している。もっとも,研究ごとに断面積の閾値は異なり,超音波だけで事故外傷性,発症時期又は法的等級を確定できない。

令和8年公表の299肘を対象とした研究では,断面積が6 mm²未満又は15 mm²超という極端な値は電気診断異常の確率を大きく動かしたが,8 mm²以下又は9 mm²以上という二分では変化が小さく,隣接する重症度区分を安定して分けられなかった。この知見は,断面積を診断確率の補助に使えても,自賠責等級の普遍的な境界にはできないことを示す。

超音波は神経腫大と動的亜脱臼,MRIは神経のT2高信号,近位腫大,筋脱神経又は深部腫瘤,X線・CTは骨折,変形,骨棘及び異所性骨化の把握に適する。しかし,神経腫大又はT2高信号だけでは事故前からの絞扼と事故後の障害を区別できず,画像上の骨傷がないことも軽症又は動的な神経障害を直ちに否定しない。

第5 事故との因果関係を組み立てる要素

1 事故から残存障害までをつなぐ強い事情

事故因果関係を支えるのは,事故規模の大きさだけではなく,事故機転,初期症状,解剖学的局在及び検査を連続させる証拠である。次の事情が複数一致するほど,事故から症状固定時の残存障害までの説明は強くなる。

  • ① 開放創,骨折,脱臼,血腫,異所性骨化又は手術所見が神経障害の部位と一致すること
  • ② 事故当日又は早期から,小指・環指尺側又は手尺側の症状が診療録に記録されていること
  • ③ 患側の肘部区間等に限局する再現性のある神経伝導異常があること
  • ④ 筋萎縮,Froment徴候,鉤爪変形又は針筋電図上の脱神経が症状と一致すること
  • ⑤ 頸椎神経根,腕神経叢,Guyon管及び多発神経障害を合理的に除外していること

本人が衝突の瞬間の肘角度を記憶していなくても,ドライブレコーダー,車両変形,エアバッグ作動,シート・ドア・コンソールとの位置関係及び救急記録から,打撲又は過屈曲を推認できる場合がある。ただし,車両が大破したという事実だけから尺骨神経の損傷部位及び重症度まで推認することはできず,事故工学上の説明を初期の医学記録につなぐ必要がある。

2 因果関係又は等級を弱める事情

事故直後の肘外傷・尺骨神経症状の記録がなく,後遺障害診断書で初めて病名が現れた場合には,事故との時間的連続性が問題となる。また,症状が尺骨神経領域を越えて変動する,両側に同様の所見がある,糖尿病性多発神経障害がある,又は検査条件不明の軽微な異常しかない場合には,別原因の検討が必要である。

もっとも,初期記録の欠落を後から作成した陳述書だけで埋めるのは難しい一方,救急活動記録,紹介状,リハビリ原票又は看護記録に当時の症状が残っていることがある。保有者と保存状況は事案ごとに異なるため,医療機関,消防機関及び保険会社等に存在する資料を早い段階で特定する。

3 既往症・素因がある場合の三つの結論

事故前の無症候性肘部管狭窄,変形性肘関節症,外反肘,糖尿病,反復作業又はスポーツ歴があっても,直ちに事故因果関係が否定されるわけではない。法的な結論には,①既存疾患だけで説明できるとして因果関係を否定する,②事故が発症又は増悪の契機となったとして損害を認める,③事故と既存疾患が共同原因であるとして素因減額する,という違いがある。

この分岐では,事故前に症状があったか,左右差があったか,事故後いつから症状が記録されたか,既存狭窄だけで急な発症を説明できるか,事故がなければ同時期に発症した可能性があるかを検討する。既往症の存在と事故による増悪の有無を分けずに,一足飛びに全否定又は全肯定するのは適切でない。

第6 裁判例が示す判断の分かれ目

1 追加の神経伝導検査で14級9号が認められた事例

札幌地裁令和元年11月28日判決(平成29年(ワ)第1109号)は,事故直後から環指・小指の症状と肘部Tinel徴候があったものの,通院が疎らで,画像上の外傷所見,決定的な神経学的検査及び具体的受傷機転が弱いとして後遺障害を否定した。これに対し,札幌高裁令和2年12月4日判決(令和2年(ネ)第16号)は,第一審後に提出された神経伝導検査を初期症状と併せて評価し,14級9号相当を認めた。

同検査では,患側の肘部区間が35.2 m/s,同側の前腕区間が58.8 m/s,健側の肘部区間が50.0 m/sであり,患側肘部だけに明確な遅延があった。控訴審は,事故直後の所見,症状分布,患側・健側の比較及び同じ神経内の区間比較が整合することを重視しており,遅い時期の検査でも初期症状との連続性と局在性があれば証拠価値を持ち得ることを示す。

2 12級13号と素因減額を併存させた事例

神戸地裁令和6年5月9日判決(令和2年(ワ)第1080号,同第1790号)は,自賠責では非該当であった尺骨神経障害について,事故前は無症状で事故後に発症したこと,医師が事故と既存素因の共同作用を認めたこと及び上肢周径差等を考慮し,12級13号相当とした。他方,骨折等の外傷画像がなく,事故時の肘伸展だけで発症を説明することが弱いことや,総合格闘技その他の既存負荷を踏まえ,40%の素因減額をした。

この判決は,事故因果関係を認めることと,発生した損害の全部を事故に負担させることが別問題であることを示す。既存狭窄が疑われる事案では,事故が発症の契機となったかという因果関係の問題と,既存要因が損害の拡大に寄与したかという損害調整の問題を分けて主張する必要がある。

3 初期記録と両側性所見から因果関係を否定した事例

神戸地裁令和3年6月24日判決(平成30年(ワ)第1032号)は,重傷を負った交通事故であっても,右肘部管症候群と事故との因果関係を否定した。初期の後遺障害診断書に病名がなく,後の診断書で追加されたこと,事故直後の右肘受傷・愁訴が乏しいことに加え,両側性所見,糖尿病及び事故前の右上肢症状が考慮された。

事故全体が重いことは,個別の末梢神経損傷を当然に証明しない。この事例は,受傷部位ごとに初期記録,左右差及び代替原因を確認しなければならず,後から病名が付いたという経過だけでは事故との接続が弱いことを示す。

4 神経症状と関節・手指機能障害を分けた事例

神戸地裁平成26年6月20日判決(平成24年(ワ)第98号)は,正面衝突による肘頭骨折,術中の尺骨神経の陥凹・充血及び神経剝離術があった事案で,痛み,しびれ及び握力低下を14級9号相当とした。他方,受傷4か月後の神経伝導検査が正常で,約4年後の感覚伝導低下を事故因果関係の決め手とはせず,変動する肘可動域制限も尺骨神経損傷から直接説明できないとして否定した。

大阪地裁平成13年1月25日判決(平成11年(ワ)第8567号)は,高速度横転事故による開放性肘骨折,組織欠損,尺骨神経部分欠損及び前腕挫滅という重い器質損傷について,尺骨神経症状という一項目だけで処理しなかった。肘関節用廃8級,肩・手関節の著しい機能障害10級,瘢痕12級等を併合して7級と評価しており,末梢神経麻痺を支配器官の機能障害で評価する原則が具体的に現れた事例である。

5 臨床診断と補償基準を分けた事例

大阪地裁令和4年4月13日判決(平成30年(ワ)第9469号)は,正中・尺骨神経断裂を伴う高度挫滅創の事案で,症状固定時の所見からCRPS II及び主張された手指機能障害を否定した一方,神経支配領域に一致する疼痛等を12級13号相当とした。臨床用のCRPS判定指標と,補償又は訴訟における障害認定基準の目的を分けて検討した点に意義がある。

以上の裁判例は,公開された判決の全部から統計的傾向を導くものではなく,異なる判断要素を示すものとして選別したものである。いずれも裁判所HPでは掲載を確認できなかったため,判例秘書で全文を確認し,公刊誌掲載のあるものは書誌も照合した。

第7 被害者側の資料収集と申請の順序

1 最初に確保する事故資料と医療記録

被害者側が最初に集めるべきものは,既に通常作成されている低負担の資料である。事故関係ではドライブレコーダー,車両写真,修理見積,救急活動記録及び事故当日又は初診時の診療録を確認し,最初に小指・環指尺側のしびれ又は肘内側痛が記録された日を特定する。

医療関係では,事故後の診療録,紹介状,画像データ,手術記録,リハビリ測定原票及び神経伝導検査報告書を取得する。資料は患者本人が持っているとは限らず,医療機関,消防機関,修理業者又は保険会社等が保有するため,通常作成されたか,現在も保存されているか,任意開示が得られるかを個別に確認する。

2 調査負担に応じた三段階

(1) 低負担の初期確認

初期段階では,診療録上の初発症状,側性,症状分布,肘部の打撲痕又は腫脹,骨折・脱臼の有無及び事故前の同様症状を一覧化する。この段階で事故当日から同じ側の尺骨神経領域に症状があり,受傷機転とも整合するかを確認する。

後遺障害診断書の病名だけで判断せず,診療録の時間軸を先に作る。初期記録に矛盾がある場合は,その理由を資料で説明できるかを検討し,説明できない部分を本人の記憶だけで補わない。

(2) 資料取得後の中間評価

中間段階では,神経伝導検査の結論欄だけでなく,肘角度,皮膚温,刺激点間距離,記録筋,MCV,CMAP,SNAP,波形及び健側比較を確認する。症状が肘部尺骨神経障害と合わない場合は,頸椎・腕神経叢・Guyon管・多発神経障害の資料を追加する。

この段階で,①障害の種類が神経症状か手指機能障害か,②事故因果関係の弱点は何か,③追加検査によって結論が変わり得るかを評価する。単に検査項目を増やすのではなく,どの対立仮説を区別するための検査かを明確にする。

(3) 高負担手段へ進む条件と停止基準

医師意見書,専門医への再評価又は訴訟上の鑑定は,既存資料を整理した後にも具体的な医学的争点が残り,その回答によって因果関係又は等級の結論が変わる場合に検討する。意見を求める事項は,損傷部位,損傷型,事故機転,症状分布,各検査の意味,鑑別除外,症状固定時の残存機能及び改善可能性に分ける。

反対に,事故直後から相当期間にわたり尺骨神経領域の症状記録がなく,病名が後遺障害診断時に初めて現れ,両側性疾患又は既往症だけで所見を説明でき,追加検査でも事故との時間的接続を回復できない場合には,高負担の意見書又は訴訟を進めないことも検討する。停止基準は「検査が陰性であったから」ではなく,何を追加しても事故から残存障害までの欠けた連鎖を埋められないかという観点で設定する。

3 後遺障害診断書と医師意見書の役割

後遺障害診断書には,傷病名だけでなく,症状分布,筋力,筋萎縮,知覚検査,Froment徴候等,手指・手関節・肘関節の自動及び他動可動域並びに検査日を記載してもらう必要がある。手指用廃を検討する場合はMP・PIP関節の測定値,完全感覚脱失を検討する場合は外傷態様とSNAP不検出の有無が重要となる。

医師意見書は,法的等級を結論だけで記載するより,どの所見がどの医学命題を支えるかを示す方が有用である。画像所見,電気診断,診察所見及び手術所見が一致しない場合には,矛盾を隠さず,検査時期又は損傷型によって説明できるかを明らかにする。

第8 保険会社側から想定される反論と検討順序

1 初期症状が記録されていないとの反論

保険会社側からは,事故当日又は初診時のカルテに小指・環指のしびれがなく,後から症状が追加されたとの反論が想定される。被害者側は,初期記録のどこに症状があるかを示し,記載がなければ紹介状,看護記録,救急活動記録等に同時期の記録がないかを確認する。

初期記録が存在しない場合には,遅発性麻痺を説明する骨折後変形,瘢痕,異所性骨化又は術後癒着があるかを検討する。客観的な形成過程がないまま「症状に気付くのが遅れた」と述べるだけでは,事故との連続性に対する反論を十分に解消しにくい。

2 検査異常が軽微又は遅すぎるとの反論

単独の伝導遅延,検査条件不明又は事故から長期間後の異常については,技術誤差,既存性又は後発性が反論となる。被害者側は,患側と健側,肘部区間と前腕区間,複数回の検査及び臨床所見を比較し,その異常が局在を一貫して示すかを確認する。

早期陰性を覆すには,陰性になり得るという一般論だけではなく,初回検査の時期・方法,後の検査が示す損傷型及びその間の症状経過を説明する必要がある。遅い検査の価値は,検査日それ自体ではなく,事故直後からの症状との接続によって決まる。

3 既往症,関節障害及び重複評価に関する反論

糖尿病,スポーツ歴,両側性所見又は既存肘変形がある場合には,事故以外の原因又は素因減額が主張される。被害者側は事故前の無症状性だけに依存せず,事故前後の診療録,左右差,発症時期及び既存要因単独での発症可能性を検討し,因果関係と素因減額を分けて論じる。

また,尺骨神経麻痺と肘関節可動域制限の因果関係がなく,手指機能障害と神経症状を同じ損傷から二重に評価しているとの反論も想定される。各障害について,原因となる組織,評価基準及び日常生活・就労上の支障を区別し,同一障害を異なる名称で重ねていないかを確認する。

4 等級と労働能力喪失率・期間は別に立証する

後遺障害等級が認められても,労働能力喪失率及び喪失期間が自動的に決まるわけではない。利き手,職種,精密把持,キーボード操作,工具使用,重量物保持,代償動作,改善可能性及び実際の就労経過を個別に示す必要がある。

反対に,就労を継続しているというだけで労働能力喪失がないとも限らない。職務変更,作業時間の増加,同僚の補助,収入維持のための過大な努力又は将来の昇進・配置への影響を,勤務先資料と本人供述の双方で具体化する。

第9 出典・参考資料

1 法令・行政資料

2 裁判例

  • ① 札幌地裁令和元年11月28日判決・平成29年(ワ)第1109号・自保ジャーナル2076号116頁。判例秘書で全文確認,裁判所HP未掲載。
  • ② 札幌高裁令和2年12月4日判決・令和2年(ネ)第16号・自保ジャーナル2087号44頁。判例秘書で全文確認,裁判所HP未掲載。
  • ③ 神戸地裁令和6年5月9日判決・令和2年(ワ)第1080号,同第1790号・自保ジャーナル2170号62頁。判例秘書で全文確認,裁判所HP未掲載。
  • ④ 神戸地裁令和3年6月24日判決・平成30年(ワ)第1032号。判例秘書で全文確認,裁判所HP未掲載。
  • ⑤ 神戸地裁平成26年6月20日判決・平成24年(ワ)第98号・交通事故民事裁判例集47巻3号760頁。判例秘書で全文確認,裁判所HP未掲載。
  • ⑥ 大阪地裁令和4年4月13日判決・平成30年(ワ)第9469号。判例秘書で全文確認,裁判所HP未掲載。
  • ⑦ 大阪地裁平成13年1月25日判決・平成11年(ワ)第8567号・交通事故民事裁判例集34巻1号61頁。判例秘書で全文確認,裁判所HP未掲載。

3 医学文献・学会資料

4 書籍

  • ① 榎木貴之・小杉晴洋『自賠責・紛争処理事例と判例から読み解く後遺障害等級認定の判断―傾向を踏まえた交通事故事件処理―』新日本法規,令和8年,208頁~209頁。
  • ② 塩尻俊明『非専門医が診るしびれ』羊土社,平成30年,152頁~156頁。
  • ③ 『標準整形外科学第15版』医学書院,令和5年,495頁~497頁,904頁。