目次
第1 略式命令の請求から発令まで
1 略式命令の請求まで
2 略式命令の請求後の取扱い
第2 正式裁判の請求
第3 交通切符の略式手続(=三者即日処理方式)
1 総論
2 交通事件即決裁判
第4 略式手続の沿革
第5 関連記事その他
第1 略式命令の請求から発令まで
1 略式命令の請求まで
(1) 略式命令の請求は,簡易裁判所に対し,公訴の提起と同時に,書面でなされます(刑訴法462条1項)。
実務上は,起訴状の冒頭に,「下記被告事件につき公訴を提起し,略式命令を請求する。」と記載されています(事件事務規程64条1項参照)から,「略式命令請求書」と呼ばれています。
(2) 略式手続によることについて異議がないことを被害者が書面で明らかにしない限り,略式手続とはなりません(刑訴法461条の2第2項,462条2項,刑訴規則288条)。
そのため,略式手続で処理されることについて不服がある場合,通常の刑事裁判を受けることができます。
(3) 略式手続によることについて異議がないことを被疑者が明らかにした書面は実務上,「略式請書」(=略請(りゃくうけ))といわれます。
略式請書は,①略式手続についての説明告知をし,異議の有無を確認した旨の検察官作成に係る告知手続書と,②略式手続によることについて異議がない旨の被疑者作成に係る申述書によって構成されています。
(4)ア 略式命令の請求をする場合,実務上,検察官の科刑意見(没収その他付随処分を含む。)を裁判所に申し出ることになっており,略式命令請求書とは別個に科刑意見書を作成して提出しています(事件事務規程67条3項参照)。
イ 検察官の科刑意見どおりに略式命令が発付された場合であっても,その後累犯前科を含む多数の同種前科の存在が判明するに至ったなどといった事情の下では,検察官がした正式裁判の請求は適法です(最高裁平成16年2月16日決定)。
(5) 逮捕中又は勾留中に略式手続がとられる場合を,「逮捕中在庁略式」又は「拘留中在庁略式」といいます。
(6) 略式命令の請求と同時に,略式命令をするために必要があると考える書類及び証拠物が裁判所に差し出されます(刑訴規則289条)。
これは,いわゆる起訴状一本主義の例外であり,裁判所は,検察官の提出した資料だけを調査して略式命令を発令します。
2 略式命令の請求後の取扱い
(1) 略式命令請求書において,起訴検察官の所属庁の記載並びに検察官の署名(記名)及び押印(刑訴規則60条の2第2項参照)をいずれも欠いている場合,公訴提起の手続がその規定に違反したため無効ですから,刑訴法463条1項・338条4号により,公訴棄却判決が下されます(最高裁平成19年7月5日判決)。
(2) 略式命令の請求を受けた裁判所は,その事件が略式命令をすることができないものであり,又はこれをすることが相当でないものと思料するとき,及び略式命令手続がその規定に違反するときは,通常の規定に従い,審判をしなければなりません(刑訴法463条。「略式不相当」)。
(3) 略式命令は,遅くともその請求のあった日から14日以内に発しなければなりません(刑訴規則290条1項)ものの,これは訓示規定に過ぎません(最高裁昭和39年6月26日決定)。
(4) 略式命令の告知は,裁判書の謄本の送達によってなされます(刑訴規則34条本文)。
(5) 略式命令の送達は,被告人に異議がないときに限り,就業場所,つまり,「その者が雇用,委任その他法律上の行為に基づき就業する他人の住居又は事務所」においてなされます(刑訴規則63条の2,事件事務規程64条4項)。
(6) 略式命令は,正式裁判の請求期間の経過(=14日間の経過)又はその請求の取下により,確定判決と同一の効力を生じます(刑訴法470条)。
第2 正式裁判の請求
1 いったん略式命令を受けたとしても,略式命令の告知を受けた日から14日以内であれば,略式命令を下した簡易裁判所に対し,書面により正式裁判の請求をすることができます(刑訴法465条)。
そして,簡易裁判所が下した正式裁判の判決に対して不服がある場合,高等裁判所に対して控訴の申立てをすることができます(裁判所法16条1号,刑訴法372条以下)。
2 正式裁判の請求があったときは,裁判所は,速やかにその旨を検察官又は被告人に通知し(刑訴法465条2項後段),書類及び証拠物を検察官に変換します(刑訴規則293条)。
これは,起訴状一本主義(刑訴法256条6項)に戻るためです。
3 略式命令をした裁判官は,正式裁判に関与することはできません(刑訴法20条7号)。
4 正式裁判の請求を適法とするときは,裁判所は,通常の規定に従い審判しなければなりません(刑訴法468条2項)。
この場合,裁判所は略式命令に拘束されません(刑訴法468条3項)から,事実認定,法令の適用及び刑の量定のすべてにわたって事由に判断することができ,被告人だけが正式裁判を請求したときでも,不利益変更禁止の原則(刑訴法402条)も適用されません(最高裁昭和31年7月5日決定)。
5 正式裁判の請求は,被告人の明示した意思に反しない限り,弁護人もすることができます(刑訴法467条・355条及び356条)。
6 略式命令で仮納付の命じられた罰金,科料又は追徴に係る裁判について正式裁判の請求があったときは,徴収係事務官は,略式命令請求処理簿にその旨を記入します(徴収事務規程51条前段)。
この場合において,納付されていない仮納付金については執行しません(徴収事務規程51条後段)。
7 正式裁判の請求は,第一審の判決があるまでこれを取り下げることができます(刑訴法466条)。
そのため,刑事記録を閲覧・謄写した上で,略式命令の根拠となった一件記録を確認してから,正式裁判の請求を取り下げることもできます。
8 弁護士を弁護人に依頼した場合,弁護士の差支え日時を通じて,第1回公判期日の指定について裁判所と交渉することが可能です。
第3 交通切符の略式手続(=三者即日処理方式)
1 総論
(1) 三者即日処理方式における三者とは,警察,検察及び裁判所をいいます。
(2) 交通切符の略式手続(=三者即日処理方式。在宅在庁略式の方式)とは,(a)非反則行為に関する道路交通法違反,又は(b)自動車の保管場所の確保等に関する法律違反(以下「交通違反」といいます。)により,警察官から交通切符(赤色切符)の交付を受けて出頭日時・場所を告知された人について,以下の手続を1日で行う処理方式であり,違反者が出頭するのは一回だけで済みます。
① 警察の取調べ
② 検察庁の取調べ
③ 検察庁から簡易裁判所への略式命令請求(刑訴法462条)
→ この時点で「被疑者」から「被告人」に変わります。
④ 簡易裁判所の裁判所書記官からの略式命令謄本の交付(刑訴法463条の2参照)
→ 在宅事件の被告人が裁判所の庁舎で略式命令謄本の交付を受けることから,「在宅在庁」というわけです。
なお,在宅事件の対義語は,身柄事件(=逮捕又は勾留されている事件)です。
⑤ 仮納付の裁判(刑訴法348条)の執行として,検察庁での罰金の仮納付(刑訴法490条1項前段,494条1項参照)
(3) 大阪府の場合,新大阪駅の近くにある大阪簡易裁判所交通分室で三者即日処理方式が行われています。
(4) 通常の裁判手続によると,まず警察での取調べ,次に検察庁での取調べ,更に裁判所での裁判,最後に検察庁への罰金納付といった手続が採られ,手続が終了するまでに警察署・検察庁・裁判所に数回の出頭を余儀なくされます。
そこで,交通違反をした人達の便を考慮し,警察・検察庁の担当者がいわゆる交通裁判所に集まることで,2時間ぐらいですべての手続を終えるようにしています。
(5) 青色切符を切られたにもかかわらず,交通反則金を納付しなかった場合,刑事訴訟手続又は少年審判手続で処理されることとなりますところ,通常は,交通切符の略式手続に基づいて罰金刑を科せられます。
2 交通事件即決裁判
(1) 交通事件即決裁判手続法(昭和29年5月18日法律第113号。昭和29年11月1日施行)に基づく交通事件即決裁判は,昭和54年以降,実施されていません。
略式手続との最大の相違点は,交通事件即決裁判の場合,即決裁判期日を法廷で実施する必要があるという点でした。
(2)ア 交通事件即決裁判手続は,平成16年5月28日法律第62号による改正後の刑訴法に基づき,平成18年10月2日に導入された即決裁判手続(刑訴法350条の2ないし350条の14)とは異なります。
イ 即決裁判手続は憲法32条に違反しません(最高裁平成21年7月14日判決)。
第4 略式手続の沿革
1 平成元年版犯罪白書の「第3章 犯罪者の処遇」には以下の記載があります。
略式手続は,大正2年4月公布(同年6月1日施行)の刑事略式手続法によって初めて認められ,区裁判所は,検察官の請求により,その管轄に属する刑事事件につき,被告人に異議のない場合に,公判前に略式命令で罰金又は科料を科することができるようになった(略式命令に対して7日以内に正式裁判の申し立てをすることができた。)。
その後,大正11年5月に公布(13年1月1日施行)された旧刑事訴訟法も,これとほぼ同じ内容の規定が設けられ,略式命令で罰金又は科料を科することができた。昭和18年10月公布の戦時刑事特別法の一部改正(同年11月15日施行)により,略式命令で,1年以下の懲役(窃盗罪等については3年以下の懲役)若しくは禁錮又は拘留をも科することができるようになったが,21年1月に同法が廃止され,略式命令で懲役若しくは禁錮又は拘留を科することはできなくなった。23年7月公布(24年1月1日施行)の現行刑事訴訟法では,簡易裁判所は略式命令で5,000円以下の罰金又は科料を科することができると定められ,その後,略式命令で科することのできる罰金の最高額は,23年12月公布(24年2月1日施行)の罰金等臨時措置法により5万円となり,さらに,47年6月公布の同法の一部改正(同年7月1日施行)により20万円となった。
2 略式手続で科することのできる罰金の最高額は現在,100万円です(刑事訴訟法461条前段)。
第5 関連記事その他
1 審級制度については,憲法81条に規定するところを除いては,憲法はこれを法律の定めるところにゆだねており,事件の類型によって一般の事件と異なる上訴制限を定めても,それが合理的な理由に基づくものであれば憲法32条に違反するものではありません(最高裁大法廷昭和23年3月10日判決,最高裁大法廷昭和29年10月13日判決。なお,最高裁昭和59年2月24日判決,最高裁平成2年10月17日決定参照)。
2 以下の記事も参照してください。
・ 刑事事件の裁判の執行