第1 配偶者の税額の軽減の仕組み
1 制度の概要
相続税法19条の2の「配偶者の税額の軽減」は,被相続人の配偶者が遺産分割,遺贈等によって実際に取得した財産を基礎として,配偶者の相続税額から一定額を控除する制度である。
一般に「配偶者控除」と呼ばれることもあるが,課税財産から1億6000万円を差し引く制度ではなく,いったん相続税の総額と各相続人の算出相続税額を計算した後に適用する税額控除である。
配偶者が実際に取得した財産に対応する相続税額は,その取得額が1億6000万円以下である場合,又は課税価格の合計額に配偶者の法定相続分を乗じた額以下である場合には,原則として全額が軽減される。
もっとも,税額が0円になる場合でも,この軽減を受けるために申告書の提出を要することがある。
また,申告期限までに遺産が分割されていない場合には,未分割財産には直ちに軽減を適用できないため,後日の分割と期限管理が重要となる。
2 対象となる配偶者
対象となるのは,被相続人と法律上の婚姻関係にあった配偶者である。
婚姻期間の長短は問われず,配偶者が相続を放棄した場合でも,遺贈によって財産を取得したときは適用対象になり得る。
これに対し,婚姻届を提出していない事実婚の相手は,相続税法19条の2の配偶者には含まれない。
配偶者の税額の軽減は,昭和50年改正で婚姻期間にかかわらず一定額まで税負担を軽減する仕組みへ改められ,平成6年改正で定額部分が8000万円から1億6000万円へ引き上げられた。
現行制度は,夫婦が共同で財産を形成してきた事情,被相続人の死亡後に残された配偶者の生活を保障する必要性,及び同一世代間の財産移転であって次の相続までの期間が比較的短いことを考慮した制度であると説明されている。
第2 軽減額の計算方法
1 基本となる計算式
配偶者の税額の軽減額は,概念的には次の式によって計算する。
軽減額 = 相続税の総額 × 配偶者の軽減対象額 ÷ 課税価格の合計額
配偶者の軽減対象額は,次の①と②のいずれか少ない額である。
① 課税価格の合計額に配偶者の法定相続分を乗じた額と1億6000万円のうち,いずれか多い額
② 配偶者に係る課税価格
したがって,軽減額は配偶者の実際の取得額を超えて計算されるものではない。
ここでいう課税価格は,単純な遺産の時価ではなく,債務控除,みなし相続財産及び生前贈与加算等を反映した相続税法上の金額である。
また,配偶者の法定相続分は,相続放棄があった場合には,その放棄がなかったものとして計算する。
2 1億6000万円と法定相続分の関係
課税価格の合計額に配偶者の法定相続分を乗じた額が1億6000万円を下回るときは,1億6000万円が上限計算の基準となる。
反対に,法定相続分相当額が1億6000万円を上回るときは,その法定相続分相当額が基準となる。
ただし,いずれの場合も,配偶者が現実に取得した課税価格が最終的な上限となる。
例えば,課税価格の合計額が3億円,相続人が配偶者と子であり,配偶者の法定相続分が2分の1である場合,法定相続分相当額は1億5000万円である。
この場合は1億6000万円の方が多いため,配偶者が1億6000万円以上を取得すれば,1億6000万円に対応する税額まで軽減される。
配偶者が1億円しか取得しなければ,軽減対象額は実際の取得額である1億円までである。
3 法定相続分を超えて取得した場合
法定相続分を超える財産を配偶者が取得した場合でも,1億6000万円又は法定相続分相当額を超える部分について,軽減が当然に拡張されるわけではない。
例えば,前記の例で配偶者が2億円を取得したときは,軽減対象額は1億6000万円であり,残る4000万円に対応する税額は原則として配偶者に残る。
なお,相続税の総額の計算,財産評価,債務控除又は贈与税額控除が変われば,最終的な税額も変わるため,具体的な申告では相続税申告書の計算順序に従う必要がある。
第3 適用を受けるための申告
1 税額が0円になる場合の申告
配偶者の税額の軽減によって納付税額が0円になる場合でも,軽減前に相続税の申告義務が生じるときは,申告期限までに申告書を提出する必要がある。
相続税の申告期限は,原則として,相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内である。
相続財産が基礎控除額以下であり,そもそも相続税の申告義務がない場合とは区別しなければならない。
2 申告書への記載と添付書類
軽減は,原則として,申告書又は更正請求書に軽減額を記載し,計算明細書及び遺言書,遺産分割協議書その他の配偶者が取得した財産を明らかにする書類を添付して受ける。
遺産分割協議書を添付する場合には,相続人全員の印鑑証明書等も必要となる。
申告書に記載した軽減額が,正しく計算した軽減額より少なかったときは,原則として,記載した額が適用額の上限となる。
もっとも,添付書類を提出できなかったことについてやむを得ない事情があると税務署長が認める場合には,後に書類を提出して適用を受けられる余地がある。
3 当初申告要件の廃止と更正の請求
かつては,当初の期限内申告書に軽減額を記載することが制度上重視されていたが,平成23年度税制改正により,当初申告要件は廃止された。
現行法では,申告書だけでなく,更正請求書によって軽減を求めることもできる。
ただし,この改正は,未分割財産について自由な時期に軽減を求められるという意味ではない。
未分割財産については,相続税法19条の2第2項及び32条に定める手続と期限を守る必要がある。
第4 申告期限までに遺産が分割されていない場合
1 未分割財産には直ちに適用されないこと
申告期限までに遺産が分割されていないときは,各共同相続人が民法上の相続分に従って財産を取得したものとして,いったん課税価格と税額を計算して申告する。
しかし,この相続分による仮の計算は,配偶者が現実に財産を取得したことを意味しないため,未分割財産について配偶者の税額の軽減を直ちに適用することはできない。
申告時には,軽減を適用しない税額を納付し,後日の分割後に更正の請求をするのが基本となる。
2 分割見込書と3年以内の分割
申告期限後3年以内に分割される見込みがあるときは,「申告期限後3年以内の分割見込書」を申告書に添付するのが基本である。
その後,申告期限から3年以内に遺産が分割された場合には,分割により配偶者が実際に取得した課税価格を基礎として,軽減を計算し直すことができる。
分割の結果,相続税が減少するときは,更正の請求を行う。
相続税法32条に基づく更正の請求期間は,原則として,分割が行われたことを知った日の翌日から4か月以内である。
3 3年を超える場合の承認申請
申告期限から3年を経過する日においても,訴えの提起,和解若しくは調停の申立て,遺産分割の禁止,遺産分割調停若しくは審判,又はその他の客観的に遺産を分割できない事情が続いている場合には,税務署長の承認を受ける制度がある。
承認を求めるときは,原則として,申告期限から3年を経過する日の翌日から2か月以内に,「遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請書」を提出する。
申請書には,訴状,調停申立書,審判書その他の事情を証明する書類を添付する。
申請書を提出した日の翌日から2か月を経過する日までに承認又は却下の処分がなければ,その日に承認があったものとみなされる。
承認を受けた後は,やむを得ない事由がなくなった日の翌日から4か月以内に遺産を分割する必要がある。
その上で,分割が行われたことを知った日の翌日から4か月以内に,更正の請求を行う。
当事者間で交渉を続けていること,感情的な対立があること,又は税務専門家が期限を誤認したことだけでは,通常,客観的に分割できない事情には当たらない。
4 裁判例が示す期限管理
東京地裁平成13年8月24日判決(平成12年(行ウ)第48号)は,旧制度下の承認申請期限を徒過した事案について,相続税法19条の2第4項の類推適用,税務署長の黙示の承認,及び税理士の過誤を理由とする救済をいずれも認めなかった。
この判決は,添付書類を提出できない場合の救済規定と,未分割財産についての承認申請期限とは別の制度であることを示している。
京都地裁平成26年3月13日判決及びその控訴審である大阪高裁平成27年4月9日判決は,遺産分割調停を取り下げた後,訴訟等を提起せずに3年を経過した事案について,客観的に分割できない事情を否定した。
また,東京地裁平成24年4月18日判決は,遺産分割に関する即時抗告審決定の送達によって分割内容を知ったとして,その時点から更正の請求の4か月の期間を計算した。
これらの裁判例からは,家庭裁判所の手続が終了した日,決定又は審判が送達された日,承認申請期限及び更正の請求期限を,別々に記録して管理する必要があることが分かる。
第5 一部分割,分割のやり直し及び配偶者死亡の問題
1 一部分割がされた場合
遺産の一部だけが分割された場合には,配偶者がその一部分割によって実際に取得した財産を基礎として軽減を計算する。
残る未分割財産は,相続税法55条により相続分に従って仮に計算するが,その仮計算額をそのまま配偶者の現実の取得額として軽減に含めることはできない。
また,一部分割による取得額が相続分相当額に満たない共同相続人については,未分割財産からその不足額を補う計算が必要となるため,単純に分割済財産と未分割財産を別々に按分する計算では足りない。
国税不服審判所平成27年10月2日裁決も,名義預金を相続財産と認定した上,遺産分割協議書の包括的な条項だけでは配偶者への具体的な帰属を認めず,未分割部分について相続税法55条の計算を行っている。
2 有効な遺産分割をやり直した場合
いったん有効に成立した遺産分割を合意解除し,再分割したとしても,通常は,相続開始時に遡る新たな遺産分割として相続税額を計算し直すことはできない。
当初の分割で財産を取得した者から別の者への贈与又は譲渡として扱われ,贈与税等の問題が生じることがある。
配偶者の税額の軽減を増やす目的だけで分割をやり直すことは,かえって別の課税を招き得るため注意を要する。
3 分割前に配偶者が死亡した場合
最初の相続に係る遺産分割が終わらないうちに配偶者が死亡した場合には,配偶者の相続人が,最初の相続について配偶者が取得する財産を確定することがある。
この場合でも,最初の相続と配偶者について生じた次の相続を区別し,各相続の申告期限,更正の請求期限及び取得財産を整理しなければならない。
第6 隠蔽又は仮装がある場合の軽減制限
1 配偶者自身の行為が基準となること
配偶者が,相続税の課税価格の計算の基礎となる財産を隠蔽し,又は事実を仮装していた場合には,その隠蔽又は仮装に係る財産を軽減の計算から除外する調整が行われる。
現行の相続税法19条の2第5項は,隠蔽又は仮装を行った者が配偶者であるかどうかを基準とする。
他の相続人が隠蔽又は仮装を行ったというだけで,配偶者の軽減が当然に失われるものではない。
反対に,配偶者自身が隠蔽又は仮装を行ったときは,隠蔽財産を最終的に他の相続人が取得したとしても,軽減額の制限が問題となる。
2 申告漏れと隠蔽仮装の区別
申告漏れがあったという事実だけで,直ちに隠蔽又は仮装に当たるわけではない。
申告時点から財産を除外する意思があり,その意思を外部から確認できる行動があったかどうかが重要となる。
国税不服審判所平成28年3月30日裁決は,税務調査中に資料が廃棄されたものの,その時期が法定申告期限から約1年8か月後であったこと等を踏まえ,法定申告期限時点の隠蔽又は仮装に基づく無申告を否定した。
これに対し,国税不服審判所令和3年9月17日裁決は,配偶者が被相続人の死亡直前に口座資金を移動し,他の相続人及び税理士に秘匿し,通帳を廃棄した事実等から,隠蔽又は仮装を認定して軽減を制限した。
したがって,申告漏れの金額だけでなく,資金移動の時期,税理士への説明,通帳等の保管状況,申告後の調査対応及び関係者間の情報共有を,時系列で確認する必要がある。
第7 他の制度との違いと第二次相続
1 贈与税の配偶者控除との違い
贈与税には,婚姻期間が20年以上の夫婦間で,居住用不動産又はその取得資金の贈与が行われた場合に,基礎控除とは別に最高2000万円を控除する制度がある。
この贈与税の配偶者控除と,相続税法19条の2の配偶者の税額の軽減は別の制度である。
相続税の軽減には婚姻期間の要件がなく,居住用不動産に対象を限定する要件もない。
2 配偶者居住権と小規模宅地等の特例
配偶者居住権を取得した場合には,配偶者居住権とその敷地利用権を相続税法上評価し,配偶者の課税価格に反映させる。
また,被相続人の居住用宅地等について小規模宅地等の特例が適用されれば,課税価格自体が減少する。
これらは財産の評価又は課税価格を調整する制度であり,算出された相続税額から控除する配偶者の税額の軽減とは,計算段階が異なる。
複数の制度を併用できる場合でも,各制度の要件,選択及び添付書類を個別に確認する必要がある。
3 第一次相続だけで判断しないこと
配偶者の取得額を増やせば,第一次相続の納付税額は減少しやすい。
しかし,その後に配偶者が死亡したときは,配偶者が取得した財産が第二次相続の課税対象となり,第二次相続では相続人の数が減ることもある。
そのため,第一次相続で軽減を最大限利用する方法が,第一次相続と第二次相続を通じた税負担の合計を常に最小にするとは限らない。
配偶者自身の固有財産,年齢,生活費,収益不動産の将来収益,財産の値上がり又は値下がりの可能性,二次相続の相続人構成及び納税資金を踏まえて,複数の分割案を比較する必要がある。
第8 申告及び遺産分割の実務チェック
① 被相続人との法律上の婚姻関係,相続開始日及び申告期限を戸籍等によって確認する。
② 相続財産,みなし相続財産,債務,葬式費用及び生前贈与加算の対象を確定し,課税価格を計算する。
③ 遺言書,遺産分割協議書及び家庭裁判所の手続書類から,配偶者が現実に取得した財産を特定する。
④ 申告期限までに未分割財産が残るときは,軽減を適用しない税額を計算し,分割見込書を添付する。
⑤ 申告期限から3年を超える可能性があるときは,3年経過日の翌日から2か月以内の承認申請を予定表に登録し,客観的に分割できない事情を示す書類を保存する。
⑥ 分割成立日,審判又は決定の送達日,やむを得ない事由がなくなった日,及び分割を知った日を区別し,4か月以内の更正の請求を管理する。
⑦ 一部分割,分割のやり直し,配偶者死亡後の分割又は申告漏れ財産がある場合には,通常の分割事案と同じ計算をしない。
⑧ 第一次相続の納付税額だけでなく,第二次相続まで含めた税額,配偶者の生活資金及び納税資金を比較する。
相続財産の調査,遺産分割及び更正の請求に関する周辺論点については,相続事件に関するメモ書きも参照されたい。
実際の適用額と期限は,財産及び債務の内容,遺産分割手続の進行,過去の贈与並びに提出済みの申告書類によって変わるため,個別の資料に基づく確認を要する。
第9 出典・参考資料
1 法令・通達
2 裁判例・裁決
① 東京地裁平成13年8月24日判決・平成12年(行ウ)第48号
② 東京地裁平成24年4月18日判決・税務訴訟資料262号順号11931。裁判所HP未掲載。国税庁公表版により全文確認。同版では事件番号が匿名化されている。
③ 京都地裁平成26年3月13日判決・税務訴訟資料264号順号12429及び大阪高裁平成27年4月9日判決・税務訴訟資料265号順号12645。いずれも裁判所HP未掲載。国税庁公表版により全文確認。同版では事件番号が匿名化されている。
④ 国税不服審判所平成27年10月2日裁決・裁決事例集101号
⑤ 国税不服審判所平成28年3月30日裁決・裁決事例集102号
⑥ 国税不服審判所令和3年9月17日裁決・裁決事例集124号
3 公的資料・文献
① 国税庁タックスアンサーNo.4158「配偶者の税額の軽減」
② 国税庁タックスアンサーNo.4208「相続財産が分割されていないときの申告」
③ 国税庁「令和8年版 相続税法」42頁~43頁及び74頁~75頁
④ 国税庁「遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請」
⑦ 第129回国会衆議院大蔵委員会第2号・平成6年3月24日及び第129回国会参議院大蔵委員会第2号・平成6年3月28日
⑧ 小池正明『民法・税法による遺産分割の手続と相続税実務』(税務研究会出版局,2019年)306頁~309頁及び335頁~336頁
⑨ 佐藤繁『Q&A未分割遺産の税務』(ぎょうせい,2024年)203頁~216頁