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自筆証書遺言の押印―必要な印と押し方・令和8年改正(AI作成)

第1 現在は自筆証書遺言に押印が必要である

1 本記事の対象と結論

本記事は,自筆証書遺言の本文,パソコン等で作成した財産目録及び加除訂正に必要な押印を対象とし,令和8年8月9日現在の法律と,成立・公布済みであるが押印関係部分は未施行の改正法を区別して説明する。結論として,現在作成する自筆証書遺言にはなお押印が必要であり,「押印が不要になった」という説明を先取りしてはならない。

押印の有無は遺言能力又は筆跡の真正とは別の方式問題である。遺言の成立自体が争われている場合は,自筆証書遺言特有の無効主張方法で説明する自書性,作成経緯及び証拠保全も併せて検討する必要がある。

2 現行民法968条の三つの押印

現行民法968条1項は,自筆証書遺言について,遺言者が全文,日付及び氏名を自書し,これに印を押すことを求めている。遺言者の真意が明らかであっても,原則として法定方式を省略することはできない。

同条2項は,自書によらない財産目録を添付するとき,その毎葉に署名押印を求め,非自書記載が両面にある場合は両面に署名押印を求めている。同条3項は,本文又は目録を加除訂正するとき,変更場所の指示,変更した旨の付記,その付記への署名及び変更場所への押印を求めている。

3 令和8年改正は成立したが未施行である

民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)は,令和8年6月17日に成立し,同月24日に公布された。同法は,自筆証書遺言の本文,非自書財産目録及び加除訂正について押印要件を削除するが,この改正部分の施行日は「公布の日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日」とされている。

令和8年8月9日現在,法務省の改正法案内及び公開法令資料では,押印任意化の具体的な施行日を定める政令を確認できない。このため,自筆証書遺言を作成する時点で,最新の法務省案内及びe-Gov法令検索を再確認する必要がある。

改正法施行日前にした遺言については,施行後も従前の例による。したがって,遺言者の死亡日ではなく遺言をした日を基準として,現行法上の押印要件が適用されるかを判断する。

第2 実印・認印・指印・花押の扱い

1 実印でなく認印でも足りる

現行法は,登録印又は実印を用いることを要求しておらず,認印でも足りる。本文と非自書財産目録に同じ印章を用いることも法定要件ではないため,異なる印章を用いたことだけで無効にはならない。

もっとも,有効性が争われたときは,印章の帰属,保管者及び押印の経緯が問題になる。実印又は日常継続して使用している印章を遺言者自身が用い,印鑑登録証明書その他の比較可能な印影資料を残すことには,方式要件を超えた証拠上の意味がある。

2 指印は押印に当たる

最高裁平成元年6月20日判決は,親指その他の指頭に墨又は朱肉等を付けて押す指印も,民法968条1項の押印に当たるとした。最高裁平成元年6月23日判決は,その指印が遺言者本人のものかは,既知の指印との鑑定対照だけでなく,証言,遺言書の体裁,作成状況及び保管状況等からも立証できるとした。

したがって,印章を用意できない場合に指印を用いる余地はある。ただし,指印の本人性を後から立証する負担が生じ得るため,通常の印章を使用できる場面では,あえて指印を選ぶ実務上の利点は大きくない。

3 花押やサイン様の略号は押印にならない

最高裁平成28年6月3日判決は,遺言者が継続して用いていた花押であっても,花押を書くことは印章による押印と同視できず,現行民法968条1項の押印要件を満たさないとした。同判決は,我が国に花押によって重要文書を完成させる一般的な慣行又は法意識があるとは認め難いことを理由とした。

下級審にも,片仮名を崩したサイン様の略号を押印と認めなかった裁判例がある。現行法の下では,氏名を自書した上で,花押又はサイン様記号だけを付しても安全な代替手段にはならない。

4 本人以外が物理的に押した場合

民法968条1項は,遺言者の意思に基づく押印を要求するが,遺言者が自分の手で印章を押し下げることまで文言上明記していない。古い判例及び下級審には,遺言者の依頼又は指示に基づいて第三者が物理的に押した場合を適式としたものがある。

もっとも,第三者が関与すると,遺言者の指示があったか,完成前後の文書が差し替えられていないかという争点が増える。本人が押印できる場合は本人が押し,困難がある場合は依頼の内容,立会人及び完成後の保管経路を客観的に残すことが望ましい。

5 押印を全く欠く遺言の例外は極めて狭い

現行法上,押印又はこれと法的に同視できる行為を全く欠く自筆証書遺言は,原則として無効である。最高裁昭和49年12月24日判決は,日本へ帰化した後も主としてロシア語又は英語を使用し,欧州式の生活を続け,印章を使うのは提出先から要求された場合に限られていた遺言者の英文署名遺言を,特段の事情の下で有効とした。

この判決は,真意が証明できれば一般に押印を省略できるとしたものではない。通常の日本の生活慣行の中で作成された無印の遺言を救済する根拠として一般化することはできず,改正法施行前に作成する遺言では押印を省略すべきではない。

第3 押印の場所・複数枚・押印時期

1 氏名の直下が安全だが法定の場所ではない

押印は,通常,遺言書本文末尾の氏名の直下又は付近に行う。しかし,民法968条1項は押印場所を明示しておらず,氏名直下でないことだけから直ちに無効になるわけではない。

押印場所が本文から離れるほど,どの文書を完成させるための押印であるかが争われやすくなる。本文末尾の氏名付近に明瞭に押印する方法が,判例上許される限界を試さずに済む最も安全な作成方法である。

2 封筒の封じ目への押印が認められた事例

最高裁平成6年6月24日判決は,遺言書本文を入れた封筒の封じ目にされた押印について,原審が認定した事実関係の下で押印要件を満たすとした。この結論は,本文と封筒が一体の遺言証書として作成され,その状態で保管されたことを前提とする事例判断である。

これに対し,東京高裁平成18年10月25日判決は,本文に署名押印がなく,封筒に氏名と印影があったものの,検認時には既に開封されていて本文と封筒の一体性を認められない事案で,遺言を無効とした。封筒だけに押す方法は,封筒の紛失,開封又は中身の入替えによって一体性の立証が崩れる危険があるため,本文にも押印すべきである。

3 複数枚でも各頁の押印や契印は必須ではない

遺言書本文が複数枚にわたる場合でも,全体が一通の遺言書として作成されたと確認できれば,日付,氏名及び押印が末尾の一枚にしかなくても直ちに無効とはならない。本文各頁の押印,契印,編綴又は封印は,現行民法968条1項の独立した方式要件ではない。

さいたま地裁平成17年6月7日判決は,4枚のうち1枚だけに日付,署名及び押印があった事案について,同じ便箋と青色ペンが使われ,内容が連続し,末尾の1枚に実印が押され,4枚が一つの封筒に入れられたなどの事情から,一通の遺言書と認めた。実務上は,頁番号を付し,契印又は一体的な編綴を行い,完成状態を撮影又は複写して,差替えの疑いを減らす方がよい。

4 後日の押印で完成することがある

全文,日付及び氏名の自書と押印は,同じ時刻に行う必要まではない。最高裁令和3年1月18日判決は,遺言者が入院中の平成27年4月13日に全文,同日の日付及び氏名を自書し,退院後の同年5月10日に弁護士の立会いの下で押印した事案について,5月10日に遺言が完成したとした上で,記載日付と完成日が異なることだけから直ちに無効にはならないとした。

この判決は,押印前に遺言が完成していたとしたものでも,日付と完成日の不一致を常に許したものでもない。後日の押印は作成日,遺言能力及びその間の意思変更について新たな争点を生むため,本文の自書と同じ機会に押印して完成させるのが安全である。

第4 財産目録と加除訂正の押印

1 非自書財産目録は毎葉に署名押印する

パソコンで作成した一覧表,登記事項証明書の写し又は預金通帳の写し等を財産目録として添付する場合,本文とは別の用紙にし,本文と一体の目録であることを明らかにする。現行民法968条2項により,遺言者はその毎葉に署名押印し,非自書記載が両面にある葉では両面に署名押印しなければならない。

本文末尾の署名押印だけで,目録各葉の署名押印を兼ねることはできない。本文と目録で同じ印章を使うことや契印をすることは法定要件ではないが,同じ印章,連続した頁番号及び一体的な保管によって,どの目録を添付したかを明確にする方がよい。

2 訂正には変更場所への押印が必要である

現行民法968条3項による加除訂正は,遺言者が変更場所を指示し,変更した旨を付記してその付記に署名し,変更場所に押印する方法で行う。単に二重線を引いて書き直し,訂正印を押すだけでは,法定の付記及び署名を欠くことがある。

条文は,この方式を満たさない変更について「その効力を生じない」と定めている。訂正の必要が多い場合又は訂正によって意味が分かりにくくなる場合は,方式違反の範囲をめぐる争いを避けるため,訂正済みの全文を新たに自書し直す方が安全である。

第5 押印廃止後に残る要件

1 自書と署名は残る

令和8年法律第45号の改正文は,民法968条1項の本文押印,同条2項の非自書財産目録の押印及び同条3項の変更場所への押印を削除する。もっとも,本文について全文,日付及び氏名を自書する要件,非自書財産目録の毎葉に署名する要件並びに加除訂正について変更の付記に署名する要件は残る。

押印廃止に代えて,末尾への氏名記載,封入,封印又は表題として「遺言書」と書くことが新たな方式要件になるわけではない。押印だけが任意になり,自筆証書遺言の方式全体が自由化されるのではない。

2 施行後も任意に押印できる

押印要件が廃止された後も,遺言者が任意に押印することは禁止されない。令和8年6月16日の参議院法務委員会で,法務省民事局長は,その押印が遺言者の真意に基づくことを示す一つの証拠になり得ると説明している。

もっとも,任意の押印だけで自書性,遺言能力又は内容の真正が当然に証明されるわけではない。改正後は,筆跡資料,作成時の客観的記録,原本の連続した保管及び法務局の保管制度の利用を含め,押印以外の証拠設計の重要性が相対的に高まる。

3 施行前の遺言を施行後に訂正するとき

令和8年法律第45号附則5条は,押印任意化の施行日前にした遺言について従前の例によると定めている。令和8年6月16日の参議院法務委員会で,法務省民事局長は,施行前にした自筆証書遺言を施行後に加除訂正する場合も,現行法に従って変更場所へ押印する必要があると説明した。

したがって,施行後に既存遺言を見直す際は,元の遺言を訂正するのか,新しい遺言を作成して前の遺言を撤回するのかを区別しなければならない。訂正方式が複雑になる場合は,新たな遺言として全体を作り直す方が,適用法と変更範囲を明確にしやすい。

第6 作成と保管の実務

1 現在作成する場合の安全な方法

押印任意化の施行前に作成する場合は,①遺言者が本文全文,正確な日付及び氏名を自書する,②氏名の直下に鮮明に押印する,③非自書財産目録の毎葉に署名押印し,両面記載なら両面に行う,④訂正は民法968条3項の方式に従う,という順序で確認する。

実印は法定要件ではないが,後日の立証まで考えれば,遺言者が管理している実印又は継続使用印を本人が押すのが安全である。印影が欠けた場合は重ね押しで不鮮明にせず,別の明瞭な印影を氏名付近に押し,作成経緯が分かる状態を保つ方がよい。

2 完成状態と保管経路を残す

複数枚の本文又は財産目録には頁番号を付し,全頁を一体として綴じ,契印をする方法が有用である。これらは本文についての法定要件ではないが,差替えの有無,本文と目録の対応及び押印時の完成状態を後から説明しやすくする。

作成直後の全頁と封筒を複写又は撮影し,立会人がいる場合は日時,場所,押印者及び保管先を記録する。第三者が印章を保管していた場合又は押印を補助した場合は,その理由と遺言者の具体的な指示を曖昧にしないことが重要である。

3 法務局保管と家庭裁判所の検認

法務局の自筆証書遺言書保管制度を利用すれば,原本の紛失,亡失及び相続人による破棄・隠匿・改ざんの危険を低減できる。保管申請をする遺言書は法務省令所定の様式による無封のものでなければならないため,封筒を封じる前に利用の有無を決める必要がある。

もっとも,保管申請時の外形的な様式確認によって,遺言能力,内容の法的有効性又は作成過程の真正が確定するわけではない。法務局保管を利用する場合でも,押印任意化の施行前は本文及び非自書財産目録の押印要件が残る。

法務局で保管されている自筆証書遺言に関して交付される遺言書情報証明書は,家庭裁判所の検認を要しない。それ以外の自筆証書遺言は,相続開始後に検認が必要であり,検認は遺言書の現状を明確にして偽造・変造を防ぐ手続であって,有効・無効を判断する手続ではない。

第7 出典・参考資料

1 法令・国会資料・公的案内

① e-Gov法令検索「民法」960条,967条,968条及び1004条。現行の遺言方式,押印,財産目録,加除訂正及び検認の根拠である。

② 衆議院「民法等の一部を改正する法律案」本文及び附則法務省「民法等の一部を改正する法律」(令和8年法律第45号)について並びに法務省民事局「民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)」1頁・8頁。成立日,公布日,押印要件の削除,施行期日及び経過措置の根拠である。

③ 国立国会図書館「第221回国会参議院法務委員会会議録」令和8年6月9日,押印廃止と偽造防止に関する法務省民事局長答弁,同月16日,任意の押印の証拠機能に関する答弁及び施行前遺言の施行後訂正に関する答弁

④ 日本公証人連合会「Q1.自筆証書遺言は,どのように作成するのですか?」及び裁判所「遺言書の検認」。現行の作成方法,財産目録及び検認の公的案内である。

2 裁判例

① 最高裁判所第三小法廷昭和49年12月24日判決・昭和48年(オ)第1074号・民集28巻10号2152頁。押印を欠く英文署名遺言を特段の事情の下で有効とした事例である。裁判所HP掲載情報を収録した判決資料で原文を確認した。

② 最高裁判所第三小法廷平成元年6月20日判決・昭和63年(オ)第955号・集民157号147頁及び最高裁判所第二小法廷平成元年6月23日判決・昭和62年(オ)第1180号・集民157号207頁。指印の押印該当性及び本人性の立証方法を示した。

③ 最高裁判所第二小法廷平成6年6月24日判決・平成6年(オ)第83号・集民172号733頁。本文と一体の封筒の封じ目への押印を認めた。

④ さいたま地方裁判所平成17年6月7日判決・平成16年(ワ)第533号。4枚の遺言書の一体性を認めた。

⑤ 東京高等裁判所平成18年10月25日判決・平成18年(ネ)第1825号・判時1955号41頁・判タ1234号159頁。開封済み封筒と本文の一体性を否定した。

⑥ 最高裁判所第二小法廷平成28年6月3日判決・平成27年(受)第118号・民集70巻5号1263頁。花押は現行民法968条1項の押印に当たらないとした。

⑦ 最高裁判所第一小法廷令和3年1月18日判決・平成31年(受)第427号,第428号・集民265号11頁・判時2498号50頁。後日の押印による完成と記載日付の効力を判断した。

⑧ 大審院昭和6年7月10日判決・民集10巻736頁及び東京地方裁判所昭和61年9月26日判決・家月39巻4号61頁。遺言者の意思に基づく第三者の押印に関する裁判例であり,裁判所HP未掲載である。判旨と書誌は,佃浩一・上原裕之編『家事事件重要判決50選』(立花書房,2012年)336頁~344頁で確認した。

⑨ 東京地方裁判所平成25年10月24日判決・判時2215号118頁。サイン様略号の押印該当性を否定した裁判例であり,裁判所HP未掲載である。判旨と書誌は,熊谷士郎「自筆証書遺言における押印要件と花押」名城法学72巻1・2号46頁~47頁及び掲載誌書誌で確認した。

3 文献

① 森公任・森元みのり『法律家のための遺言・遺留分実務のポイント』(日本加除出版,2021年)116頁。

② 堂薗幹一郎・野口宣大編著『一問一答 新しい相続法』(商事法務,2019年)101頁~107頁。

③ 佃浩一・上原裕之編『家事事件重要判決50選』(立花書房,2012年)336頁~344頁。

④ 熊谷士郎「自筆証書遺言における押印要件と花押」名城法学72巻1・2号31頁~53頁(2022年)。