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個人事業主の離婚と婚姻費用及び養育費――確定申告書からの総収入の認定,減価償却費の取扱い及び回収方法(AI作成)

第1 この記事が扱う対象

個人事業主(自営業者)が当事者となる離婚事件では,婚姻費用及び養育費の算定が給与所得者の事案とは別の難しさを持つ。給与所得者であれば源泉徴収票の「支払金額」をそのまま年収として算定表に当てはめれば足りるのに対し,自営業者では確定申告書の「課税される所得金額」を出発点として,そこへ何をどこまで足し戻すかという判断が避けられないからである。この足し戻しの当否は事案ごとの事実認定に左右され,令和4年には東京高等裁判所と大阪高等裁判所が,同じ年に減価償却費について反対方向の結論を示している。

この記事は,改定標準算定方式のもとで個人事業主の総収入をどのように認定するか,減価償却費及び青色申告特別控除をどう扱うか,令和8年4月1日に施行された民法等の一部を改正する法律が個人事業主の事案にどのように効くか,そして給与債権の差押えが使えない相手方からどのように回収するかを,一次資料及び公刊裁判例に即して整理するものである。生成AIを用いて裁判所の公表資料及び判決文を通読し,条文をe-Gov法令検索で,裁判例を裁判所ウェブサイト,判例秘書プラス及び第一法規D1-Law判例体系で確認した上で構成した。

以下の整理は,公表された算定方式及び公刊裁判例から一般的に導ける範囲のものである。個々の事件では,確定申告書の各欄,青色申告決算書の減価償却費の計算欄及び借入金の返済状況を現実に確認しなければ,同じ論点でも結論が変わる。関連する一般的事項は離婚事件に関するメモ書きにまとめている。

第2 自営業者の総収入は確定申告書の「課税される所得金額」から組み立てる

1 出発点となる書類と最も多い誤り

改定標準算定方式・算定表は,平成30年度司法研究(司法研究報告書第70輯第2号)の成果として令和元年12月に公表されたものであり,裁判所ウェブサイトに算定表と説明書が掲載されている。その説明書は,自営業者の年収について「確定申告書の「課税される所得金額」が年収に当たります」とした上で,「なお「課税される所得金額」は,税法上,種々の観点から控除がされた結果であり,実際に支出されていない費用(例えば,基礎控除,青色申告控除,支払がされていない専従者給与など)を「課税される所得金額」に加算して年収を定めることになります」と述べている。

実務で最も多い誤りは,売上金額(事業収入)をそのまま総収入として算定表に当てはめることである。売上金額から必要経費を控除する前の数字を用いれば,事業の種類によって必要経費の割合が大きく異なる以上,同じ生活水準の当事者でも結論が大きく食い違うことになる。逆に,「課税される所得金額」が0円であることを理由に分担義務を免れると主張されることも多いが,これも成り立たない。大阪高等裁判所平成18年6月23日決定は,課税される所得金額が0円であった自営業者の事案について,「婚姻費用分担額を定めるに当たり,確定申告の課税される所得金額を,そのまま,何の留保もなく,自営業者の総収入とすることは相当ではないことがあるから,控除されるべき経費などについて,なお検討すべきである」と述べ,加算後の総収入を認定して分担義務を認めている。

2 「課税される所得金額」に加算する項目

確定申告書の「所得から差し引かれる金額」欄に並ぶ各控除のうち,現実の支出を伴わないものは,婚姻費用及び養育費の原資となる以上,「課税される所得金額」に加算して総収入を認定することになる。具体的には,①雑損控除,②寡婦控除,③勤労学生控除,④障害者控除,⑤配偶者控除,⑥配偶者特別控除,⑦扶養控除,⑧基礎控除がこれに当たる。⑨青色申告特別控除額(租税特別措置法25条の2により10万円,55万円又は65万円)も,税法上の政策的な控除であって現実の支出を伴わないから同様である。⑩専従者給与(控除)額の合計額は,現実に支払がされていない場合に加算する。なお,令和2年分以後に寡夫控除に代えて設けられたひとり親控除は,実務書が挙げる例示には含まれていないが,同じ性質の人的控除であるから同様に扱うことになると考えられる。

医療費控除,生命保険料控除及び地震保険料控除も加算するのが原則である。これらは現実の支出を伴うものの,算定表は収入額に応じた標準的な保健医療費及び保険掛金を特別経費として既に織り込んでいるから,総収入の認定において重ねて控除すると二重に考慮することになるからである。標準的な額を大きく超える医療費の支出があるときは,総収入の認定で処理するのではなく,算定表によることが著しく不公平となる特別の事情として別途考慮するかどうかを検討することになる。

これに対し,小規模企業共済等掛金控除及び寄附金控除の扱いは見解が分かれる。これらの支出が婚姻費用及び養育費の支払に優先するものとは考えられないとして加算する立場が有力であるが,実務書の中には「考え方が分かれるところだと思います」と留保するものもある。個人事業主には退職金制度がなく,小規模企業共済や個人型確定拠出年金(iDeCo)を事実上の退職金として積み立てている例が少なくないため,この項目の扱いだけで年間数十万円の差が生じる。個人型確定拠出年金の掛金も同じ控除欄に入るが,この点を正面から扱った公刊裁判例は見当たらない。

3 社会保険料控除だけを加算しない理由

上記の各控除と異なり,社会保険料控除は加算しない。ここを取り違えると計算全体がずれるので,理由を押さえておく必要がある。

平成30年度司法研究の概要は,給与所得者について,総収入から公租公課(おおむね8パーセントから35パーセント),職業費(おおむね18パーセントから13パーセント)及び特別経費(おおむね20パーセントから14パーセント)を控除した結果,総収入に占める基礎収入割合がおおむね54パーセントから38パーセントとなるとする。これに対し自営業者については,「基礎収入が同一となる給与所得者の総収入と自営業者の総収入の対応関係を求め,自営業者の総収入に対する所得税及び住民税の割合,特別経費の割合並びに基礎収入割合を求めることにより算出する」とした上で,総収入に占める基礎収入割合はおおむね61パーセントから48パーセントとなるとしている。

自営業者の基礎収入割合が給与所得者より高いのは,優遇されているからではない。自営業者の「課税される所得金額」は,必要経費と社会保険料を控除した後の数字であり,給与所得者について控除される職業費(被服費,交通費,交際費等)に相当する費用が事業の必要経費として既に引かれているからである。したがって自営業者の総収入からは税金と特別経費だけを控除すればよく,職業費と社会保険料を重ねて控除してはならない。結果として,自営業者の総収入は,所得金額から社会保険料控除のみを控除した上,青色申告特別控除額及び現実に支払がされていない専従者給与額等を加算した額と一致することになる。

4 必要経費そのものを争う場合

「課税される所得金額」は必要経費を控除した後の数字であるから,必要経費が過大に計上されていれば総収入は過小になる。権利者側からは,①自宅兼事務所の地代家賃,水道光熱費,通信費及び車両費の家事関連費としての按分割合(所得税法45条1項1号),②交際費及び旅費の内容,③専従者給与が労務の対価として相当か(所得税法57条1項)といった点を,青色申告決算書及び収支内訳書に即して検証することになる。義務者側からは,税務上適法に計上された必要経費は婚姻費用の算定においても尊重されるべきであるという反論が想定される。

もっとも,必要経費の当否を争うには帳簿及び原資料の開示が前提となるから,まずは確定申告書一式(第一表,第二表,青色申告決算書又は収支内訳書,各種控除証明書)を3期分取得し,加算項目の洗い出しで足りるかどうかを見極めるのが順序である。事業所得は年による変動が大きいため,3期分を取得しておけば,都合のよい1年だけが提出された場合にも対応できる。

第3 減価償却費――令和4年の二つの高等裁判所決定

1 二者択一という枠組み

減価償却費は,税法上は必要経費であるが当該年度の現実の支出を伴わない。他方,事業用資産を取得するための借入金の元本返済は,現実の支出であるにもかかわらず税法上の必要経費とされない(利息は必要経費となる)。この二つを機械的に扱うと,減価償却費を否認しながら元本返済も考慮しないという結論になり,義務者に酷な結果を生む。逆に,減価償却費を控除した上に元本返済も特別経費として控除すれば,権利者に酷である。

そこで実務は,①適正な減価償却費であれば必要経費として控除して総収入を認定し,その代わり事業用資産の取得に要した負債の返済を特別経費とは認めない方法と,②減価償却費を所得金額に加算し,その代わり現実の負債返済額(税法上経費扱いされていない分)の全部又は一部を特別経費として控除する方法のいずれかを選び,二重に有利にも不利にもしないという枠組みを採っている。この整理は,改定前の標準算定方式の時期に判例タイムズ1209号で示され,改定後も維持されている。

2 減価償却費を加算した例

東京高等裁判所令和4年3月17日決定は,双方に年金収入がある夫婦の婚姻費用分担事件において,石材業を営む相手方の事業収入を次のように認定した。すなわち,令和2年の確定申告書上,売上382万6925円から売上原価及び経費の合計285万7804円(うち減価償却費63万2913円)を控除した残額が96万9121円,これから青色申告特別控除額65万円を控除した「所得金額」が31万9121円,さらに社会保険料控除12万0400円のほか生命保険料控除,配偶者控除及び基礎控除を控除して算出される「課税される所得金額」は0円であった。

その上で同決定は,「相手方の事業収入については,上記所得金額31万9121円に,現実に支出されていない青色申告特別控除額65万円及び減価償却費63万2913円(同申告書上,償却資産の取得のための借入金の返済金等,特別経費として考慮すべきものが存在することはうかがわれない。)を加算した160万2034円から,社会保険料12万0400円を控除した年額148万1634円と認めるのが相当である」とした。括弧内で借入金の返済の不存在を確認している点が重要であり,前記①②の枠組みに従って②を選択したことが判文自体から読み取れる。「課税される所得金額」が0円の申告であっても,年額148万円余の事業収入が認定されている。

3 減価償却費を加算しなかった例

これに対し,大阪高等裁判所令和4年2月24日決定は,開業医である義務者の婚姻費用分担事件において,権利者が「減価償却資産に係る必要経費算入額」約1241万円等の加算を求めたのに対し,「各確定申告書の添付書類によれば本件病院に関して相当額の減価償却を考慮する必要があると認められるから,同主張は理由がなく,採用できない」として加算を否定した。

4 分岐点はどこにあるか

この二つの決定は,いずれも令和4年に言い渡された高等裁判所の決定であり,いずれも判例タイムズ及び判例時報に登載されている。結論が分かれたのは判断枠組みが対立しているからではなく,事案の事実関係が異なるからであると考えられる。東京高等裁判所の事案では減価償却費が約3万円にすぎず,かつ償却資産の取得のための借入金の返済という現実の支出が確認できなかったのに対し,大阪高等裁判所の事案では病院という事業用資産について相当額の償却を要する実態が確定申告書の添付書類から確認できた。

したがって,「減価償却費は現実の支出を伴わないから常に加算される」と理解するのは正確ではない。実際に争うときは,減価償却資産の内訳(青色申告決算書の減価償却費の計算欄),当該資産の取得のための借入金の有無及び返済状況,並びに税法上必要経費とされていない元本返済額を確認し,前記①②のいずれの処理を求めるのかを明示して主張すべきことになる。

大阪高等裁判所平成20年5月1日決定は,②の処理を算式のまま示した例である。同決定は,不動産収入から控除されている必要経費のうち減価償却費284万3478円について「現実の支出を伴うものではないから,婚姻費用の前提となる収入把握の観点ではこれを控除するのは相当ではない」とし,「同様の観点から,青色申告特別控除額10万円を控除するのも相当ではない」とした上で,「他方,税務上必要経費とされていない不動産取得のための借入金の元本分の返済については,現実に支出されていることから,これを不動産収入から控除する必要がある」として,「157万9090円+10万円+284万3478円-370万5620円=81万6948円」との計算を示している。なお同決定は,権利者が居住する共有不動産の住宅ローン返済については「夫婦共有財産の清算の中で財産形成の観点から解決するのが相当である」として,収入認定では考慮しなかった。

第4 給与所得と事業所得が併存する場合の換算

事業を営みながら給与所得も得ている場合や,年金収入がある場合には,一方を他方に換算してから合算し,合算後に基礎収入割合を乗じる。先に別々の基礎収入割合を乗じて足し合わせる方法は,基礎収入の割合を低い方の収入に合わせることになって合理的でない。換算は,算定表の縦軸及び横軸に並記された「給与」欄と「自営」欄の対応値を用いるのが簡明であり,令和元年改定後の算定表では,給与所得1000万円は事業所得763万円に対応する。

計算により換算する場合,給与所得を事業所得に換算するには職業費と社会保険料を控除し,事業所得を給与所得に換算するには社会保険料を加えた上で「1-職業費の割合」で除する。ここで用いる職業費の割合は,改定標準算定方式のもとでは15パーセントである。前記の東京高等裁判所令和4年3月17日決定は,職業費が「おおむね18~13%であり,高額所得者の方が割合が小さい」とした上で「そのうち15%を採用して給与収入に換算する」とし,年金収入392,160円について「392,160÷(1-0.15)=461,364」と計算している。改定前の標準算定方式を前提とする文献は職業費を約20パーセントとして「0.8で除する」と説明するが,この数値をそのまま現行方式に持ち込むことはできない。

同決定は,逆方向の換算について「上記のように算定した事業収入は,既に職業費に相当する費用を控除済みのものであるから,年金収入を事業収入に換算するに当たっても,上記(2)のような修正計算は必要ない」とも述べている。自営業者の総収入に職業費を重ねて控除しないという前記第2の3の構造が,判文の形で確認されたものといえる。同決定の判示事項も,年金収入を給与収入に換算する場合には職業費の修正計算をし,事業収入に換算する場合には修正計算を要しないとした事例として整理されている。

なお,法人成りをして役員報酬を受けている場合は,源泉徴収票が発行されるため形式的には給与所得者となるが,同族会社の役員は自らの報酬額を実質的に決定できる立場にあることが多く,別居後の減額が争点となる。この局面は経営者の離婚をめぐる四つの局面で扱っている。

第5 確定申告書が信用できない場合の収入認定

義務者が資料を提出しない場合や,提出された確定申告書の内容を信用できない場合の収入認定には,段階がある。まず,従前の就労状況及び同居時の生活実態から推定する方法が検討される。毎月一定額の生活費を交付し続けており,事業の営業状態に特段の変化がないのであれば,少なくともその生活費を捻出するだけの収入はあったと推定してよいからである。この場合,自営業者の公租公課,職業費及び特別経費等の標準的な割合をおおむね5割とみて,交付していた生活費の月額を12倍し,これを0.5で除して年収を推計するという処理が実務で用いられている。

次に,別居直前の収入によって推計する方法がある。別居後に収入が減ったという主張に疑問があるときは,従前の収入が有力な手掛かりとなる。

これらによっても認定が困難な場合に,最後の手段として賃金センサス(賃金構造基本統計調査)による推計が行われる。事業所得者について労働者としての賃金統計を用いることには理論的な違和感があるが,事業者の収入が雇用する労働者の賃金より低いとは通常考えにくいことから,他に方法がない場合の推認方法として許容されている。賃金センサスで推計したときは,養育費及び婚姻費用の算定に関する限り給与所得者として取り扱う。

これとは別に,働くことができるのに働かない場合には,潜在的稼働能力に見合った収入を擬制することがある。判断要素は,就労歴,健康状態,監護している子の年齢及び健康状態であり,乳幼児を監護している場合には無収入もやむを得ないとされることが多い。前記の大阪高等裁判所令和4年2月24日決定も,別居前に義務者の病院で専従者給与を受けていた権利者について,別居後は障害のある子を含む3人の子を1人で養育していることなどを理由に,稼働能力に基づく収入の擬制を認めず無収入と認定した。個人事業主の事案では,配偶者が青色事業専従者であることが多く,別居によって権利者の収入が失われる一方,義務者の事業所得は専従者給与の分だけ増えるという,給与所得者の事案にはない同時変動が起きる。

第6 高額所得の個人事業主

1 算定表の上限

改定標準算定方式・算定表の上限は,給与所得者で2000万円,事業所得者で1567万円である。裁判所ウェブサイトに掲載された表10(婚姻費用・夫婦のみの表)の縦軸最上段は「2,000/1,567」であり,以下「1,975/1,546」「1,950/1,524」と対応している。改定前の算定表の上限は事業所得1409万円であったから,平成30年以前の文献の数値をそのまま用いることはできない。

義務者の収入が上限を超える場合の処理には,①算定表の上限額を上限とする方法,②基礎収入割合を修正する方法,③貯蓄率を控除する方法,④同居中の生活水準及び現在の支出状況から裁量により算定する方法がある。養育費については,子が1人の場合には基本的に算定表の上限額を上限とすることで足りると考えられており,婚姻費用については,収入額が上限額に比較的近い事案であれば,おおむね上限額を分担額と認定することで足りると考えられている。

2 基礎収入の修正計算

大阪高等裁判所令和4年2月24日決定は,開業医である義務者について,原審が標準算定方式によらずに同居時の生活水準等から分担額を定めたのに対し,同方式を維持した上で基礎収入を修正計算する方法を採った。同決定は,まず「当該上限(1567万円)をもって原審相手方の事業収入と擬制するのは相当でない」とし,「高額所得者である原審相手方においては総収入から控除する税金や社会保険料,職業費及び特別経費について,原審相手方における事業収入の特殊性を踏まえた数値を用い,さらに一定の貯蓄分を控除して,同人の基礎収入を修正計算するのが相当である」とした。

具体的な計算は次のとおりである。事業年収7481万1253円は収入認定の際に約149万円の社会保険料を控除済みであるから,申告所得税1904万7800円を控除して5576万3453円とする。職業費及び特別経費については,年収2000万円以上を区分して集計した統計がないため,家計調査年報の年間収入階級1500万円以上の統計数値に基づき,職業費13.35パーセント(998万7302円),特別経費13.67パーセント(1022万6698円)を控除して3554万9453円とする。さらに,高額所得者は収入から資産形成に回る割合が増え生活費割合が低減すると考えられることから,全収入区分の貯蓄率19.8パーセントや義務者の収入額及び同種事案の裁判例を踏まえ,税引後の5576万3453円の26パーセントに当たる約1449万8497円を貯蓄分として控除し,基礎収入を2105万0956円と認定した。同決定は,義務者が権利者を母としない認知子2名の養育費として年額146万4000円を支払っていることも基礎収入から控除している。

同決定は,権利者が受給している児童手当,特別児童扶養手当及び各種の特別給付金について,児童の福祉という政策目的で私的扶助を補充する意味合いで支給されるものであるから権利者の収入に算入しないとし,上場株式の譲渡収入及び不動産売却に係る収入についても,一時的なものにとどまるとして収入認定において考慮しなかった。

第7 令和6年改正が個人事業主の事案に及ぼす影響

1 情報開示命令

民法等の一部を改正する法律(令和6年法律第33号)は令和8年4月1日に施行された。個人事業主の事案で最も効くのは,家事事件手続法152条の2の情報開示命令である。同条1項は,夫婦間の協力扶助に関する処分,婚姻費用の分担に関する処分及び子の監護に要する費用の分担に関する処分の各審判事件において,家庭裁判所が申立て又は職権により,当事者に対しその収入及び資産の状況に関する情報を開示することを命ずることができるとする。同条3項は,正当な理由なく情報を開示せず,又は虚偽の情報を開示したときは10万円以下の過料に処するとしている。

従来,確定申告書の提出は事実上当事者の任意に委ねられており,提出しない,あるいは一部しか提出しないという対応に対する制度上の手当てがなかった。同条は,この点に正面から対応するものであり,過料の制裁が虚偽開示にも及ぶことから,必要経費の計上が過大であるとの疑いがある事案でも意味を持つ。受任後の早い段階で申立てを検討すべき制度である。

2 法定養育費

民法766条の3は,子の監護に要する費用の分担についての定めをすることなく協議上の離婚をした場合に,離婚の時から引き続きその子の監護を主として行う父母の一方が,他の一方に対し,離婚の日から,協議により分担の定めをした日,分担の審判が確定した日又は子が成年に達した日のいずれか早い日までの間,毎月末に法務省令で定める額の支払を請求することができるとする。その額は,民法第308条の2の規定による子の監護費用の先取特権に係る額の算定等に関する省令2条1項により,子1人につき月額2万円である。

同条1項ただし書は,義務者が支払能力を欠くために支払をすることができないこと,又は支払によって生活が著しく窮迫することを証明したときは,全部又は一部の支払を拒むことができるとしており,証明責任は義務者にある。個人事業主は「赤字である」と主張しやすい類型であるが,前記第2及び第3のとおり,申告上の所得が0円であることは支払能力の不存在を意味しない。この抗弁の運用については,施行直後であり公刊裁判例が見当たらない。なお,改正法附則3条2項により,施行日前に離婚した場合には法定養育費の規定は適用されない。

3 子の監護費用の先取特権

民法306条3号は一般の先取特権の対象に「子の監護の費用」を加え,民法308条の2は,夫婦間の協力及び扶助の義務,婚姻から生ずる費用の分担の義務,子の監護に関する義務並びに親族間の扶養の義務に係る確定期限の定めのある定期金債権の各期の定期金のうち,子の監護に要する費用として相当な額について先取特権が存在するとする。その額は前記省令1条により子1人につき月額8万円が上限である。

この先取特権により,債務名義がなくても担保権の実行としての差押えが可能となり(民事執行法193条1項),他の一般債権者に優先する。また,先取特権を有することを証する文書を提出した債権者にも,財産開示手続(民事執行法197条2項)並びに不動産,給与債権及び預貯金債権に係る第三者からの情報取得手続(同法205条1項2号,206条2項,207条2項)の申立権が認められる。個人事業主に対しては差押えの対象を見つけること自体が難しいため,債務名義を取得する前の段階で預貯金債権に係る情報を取得できる意義は大きい。改正法附則3条1項により,先取特権は施行日以後に生じた各期の定期金について適用される。制度の詳細は法定養育費と養育費債権の先取特権で扱っている。

第8 回収――個人事業主には給与債権の差押えが使えない

1 制度上の隘路

養育費等の債権について,民事執行法151条の2第1項は,確定期限の定めのある定期金債権の一部に不履行があるときは,確定期限が到来していない部分についても債権執行を開始できるとする。しかし同条2項は,この場合に差し押さえることができるのを「その確定期限の到来後に弁済期が到来する給料その他継続的給付に係る債権」に限っている。差押禁止範囲を4分の3から2分の1に縮減する同法152条3項の特則も,対象は給料等の債権である。

さらに,給与債権に係る第三者からの情報取得手続について,民事執行法206条1項2号は,日本年金機構等に対する情報提供の対象となる債務者を「厚生年金保険の被保険者であるものに限る」としている。個人事業主は国民年金法7条1項1号の第1号被保険者であって厚生年金保険の被保険者ではないから,この経路は空振りに終わる。同項1号の市町村に対する照会も,給与所得がなければ実益に乏しい。

将来分をまとめて差し押さえられる「継続的給付に係る債権」の範囲については,最高裁判所第三小法廷平成17年12月6日決定が,健康保険法上の保険医療機関又は生活保護法上の指定医療機関等の指定を受けた病院又は診療所が社会保険診療報酬支払基金に対して取得する診療報酬債権はこれに当たると判断している。個人開業医に対する執行では,この判断が実務上の要になる。もっとも,一般の売掛金が「継続的給付に係る債権」に当たるかどうかを正面から判断した裁判例は,民事執行法151条の2を参照法令とする裁判例を検索しても見当たらない。

2 差し押さえる対象

以上を前提とすると,個人事業主に対する回収では,①預貯金債権に係る情報取得手続(民事執行法207条1項1号,2項)を主戦場とし,②不動産については登記所に対する情報取得手続(同法205条),③診療報酬債権のように継続的給付に係る債権と評価できるものがあればその差押え,④取引先が固定している場合の売掛金の差押え,を組み合わせることになる。債権差押えの一般的な手続は債権差押えに関するメモ書きにまとめている。

注意を要するのは,小規模企業共済法15条本文が「共済金等の支給を受ける権利は,譲り渡し,担保に供し,又は差し押さえることができない」と定めていることである。同条ただし書は,相続により承継された場合,通算の申出をする場合及び国税滞納処分により差し押さえる場合を例外とするにとどまり,養育費債権はこれに含まれない。個人事業主が資産を小規模企業共済に積み立てている場合,財産分与の対象財産としては評価できても,養育費の引当てとしては期待できないことになる。したがって,調停条項及び和解条項を作成する段階で,分割払の履行確保をどう設計するかを検討しておく必要がある。

第9 財産分与及び年金分割との関係

事業用資産は,婚姻中に取得され又は維持されたものである限り財産分与の対象となる。民法768条3項は,令和6年法律第33号による改正により考慮要素を明示するとともに,「婚姻中の財産の取得又は維持についての各当事者の寄与の程度は,その程度が異なることが明らかでないときは,相等しいものとする」と定めた。事業主の側が寄与度の修正を求めるのであれば,寄与の程度が異なることが明らかであることを立証する必要がある。同条2項ただし書により請求期間は離婚の時から5年となったが,改正法附則4条により,施行日前に離婚した場合はなお従前の例(2年)による。

個人事業主の事案で見落とされやすいのは,年金分割に実益がないことである。厚生年金保険法78条の2の標準報酬改定請求は,厚生年金保険の標準報酬を対象とするものであるから,第1号被保険者である個人事業主には分割の対象となる標準報酬が存在しない。長年にわたり専従者として事業に従事してきた配偶者には,退職金も年金分割もないことになり,老後の清算は財産分与によるほかない。なお,同条1項ただし書により請求期限は離婚等をしたときから5年である。

事業用不動産を現物で分与する場合には,分与した側に譲渡所得課税が生ずる点にも注意を要する。最高裁判所第三小法廷昭和50年5月27日判決は,財産分与としてされた不動産の譲渡は譲渡所得課税の対象となると判示しており,所得税基本通達33-1の4も同旨である。事業用資産を失うことによる事業継続への影響と合わせて考えると,金銭による分与と履行確保条項の組合せを先に検討すべき類型である。法人形態を採っている場合の株式の評価及び分与方法は経営者の離婚と自社株式の財産分与で扱っている。

過去に過当に負担した婚姻費用は,財産分与において清算することができる。最高裁判所第三小法廷昭和53年11月14日判決は,離婚訴訟において裁判所が財産分与を命ずるに当たり,当事者の一方が婚姻継続中に過当に負担した婚姻費用の清算のための給付をも含めて財産分与の額及び方法を定めることができるとしている。高額所得者について算定表の上限を超える部分を資産形成に回ったものと評価する処理は,この判例を前提とするものである。

出典・参考資料

1 法令・省令

民法(明治29年法律第89号)306条・308条の2・752条・760条・762条・766条・766条の3・768条・771条・877条から880条まで(e-Gov法令検索)

民事執行法(昭和54年法律第4号)151条の2・152条・193条・197条・205条・206条・207条(e-Gov法令検索)

家事事件手続法(平成23年法律第52号)152条の2・154条(e-Gov法令検索)

所得税法(昭和40年法律第33号)26条・27条・45条・49条・57条(e-Gov法令検索)

租税特別措置法(昭和32年法律第26号)25条の2(e-Gov法令検索)

厚生年金保険法(昭和29年法律第115号)78条の2(e-Gov法令検索)

国民年金法(昭和34年法律第141号)7条(e-Gov法令検索)

小規模企業共済法(昭和40年法律第102号)15条(e-Gov法令検索)

民法第308条の2の規定による子の監護費用の先取特権に係る額の算定等に関する省令(令和7年法務省令第56号)1条・2条(e-Gov法令検索)

所得税基本通達33-1の4(国税庁)

2 裁判例

最高裁判所第三小法廷平成17年12月6日決定(平成17年(許)第19号,民集59巻10号2629頁,裁判所ウェブサイト)

最高裁判所第三小法廷昭和53年11月14日判決(昭和53年(オ)第706号,民集32巻8号1529頁,裁判所ウェブサイト)

最高裁判所大法廷昭和40年6月30日決定(昭和37年(ク)第243号,民集19巻4号1114頁,裁判所ウェブサイト)

最高裁判所第一小法廷令和2年1月23日決定(平成31年(許)第1号,民集74巻1号1頁,裁判所ウェブサイト)

最高裁判所第一小法廷令和7年9月4日判決(令和6年(受)第239号,民集79巻6号2637頁,裁判所ウェブサイト)

⑥東京高等裁判所令和4年3月17日決定(令和4年(ラ)第172号,判例タイムズ1507号99頁,判例時報2540号5頁。裁判所HP未掲載。判例秘書プラス及び第一法規D1-Law判例体系により全文確認)

⑦大阪高等裁判所令和4年2月24日決定(令和3年(ラ)第869号,判例タイムズ1508号108頁,判例時報2561・2562合併号76頁。裁判所HP未掲載。判例秘書プラスにより全文確認)

⑧東京高等裁判所令和4年10月13日決定(令和4年(ラ)第1604号,判例タイムズ1512号101頁,判例時報2567号41頁。裁判所HP未掲載。判例秘書プラスにより全文確認)

⑨大阪高等裁判所平成18年6月23日決定(平成18年(ラ)第120号。裁判所HP未掲載。第一法規D1-Law判例体系により全文確認)

⑩大阪高等裁判所平成20年5月1日決定(平成20年(ラ)第362号。裁判所HP未掲載。第一法規D1-Law判例体系により全文確認)

最高裁判所第三小法廷昭和50年5月27日判決(昭和47年(行ツ)第4号,民集29巻5号641頁,裁判所ウェブサイト)

3 公的資料

平成30年度司法研究(養育費,婚姻費用の算定に関する実証的研究)の報告について(裁判所)

養育費・婚姻費用算定表について(裁判所。平成30年度司法研究の研究員作成)

平成30年度司法研究概要(裁判所)

(表10)婚姻費用・夫婦のみの表(裁判所)

4 文献

①岡健太郎「養育費・婚姻費用算定表の運用上の諸問題」判例タイムズ1209号5頁~7頁

②東京・大阪養育費等研究会「簡易迅速な養育費等の算定を目指して――養育費・婚姻費用の算定方式と算定表の提案」判例タイムズ1111号285頁~

③松本哲泓『婚姻費用・養育費の算定――裁判官の視点にみる算定の実務』(新日本法規出版,平成30年)71頁~85頁,135頁~143頁

④冨永忠祐編著『養育費・扶養料・婚姻費用実務処理マニュアル』(新日本法規出版,平成30年)34頁~51頁

⑤大阪弁護士協同組合編『令和元年改定 養育費・婚姻費用算定表(解説及びQ&A付き)』(大阪弁護士協同組合,令和2年)1頁~18頁

⑥小島妙子ほか編著『離婚・パートナー関係の実務相談Q&A』(日本加除出版,令和5年)244頁~247頁