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個人事業主の離婚と財産分与――事業用財産の画定,得意先,分与の方法及び課税(AI作成)

第1 この記事が扱う範囲

1 対象と,法人を設立している場合との違い

本記事は,法人を設立せずに事業を営む個人事業主が離婚する場合の財産分与を扱う。商店,飲食店,工務店,農業,個人開業の医院,士業の事務所その他,業種や規模を問わず,事業の主体が個人であることに共通する問題を対象とする。

会社を経営している場合との最も大きな違いは,法人格による遮断がないことである。会社の財産は法人に帰属するから原則として分与の対象とならず,実務の標準的な処理は配偶者が保有する株式を評価して算入することで足りる。これに対して個人事業では,店舗,機械,車両,在庫及び売掛金のいずれも名義が個人に属するから,出発点において事業用の財産が分与の対象に含まれることになる。したがって争点は,事業用の財産が対象となるかどうかではなく,どこまでを事業として切り分けられるか,事業を継続させながらどのように清算するか,及び得意先のような無形の価値を計上するかに移る。

会社を設立している場合の対象性,評価及び会社法上の制約は経営者の離婚と自社株式の財産分与で,役員報酬の認定や債権者との関係は経営者の離婚をめぐる四つの局面で,それぞれ扱っている。本記事の作成にはAIを用いており,引用する法令はe-Gov法令検索により,裁判例は裁判所ウェブサイト又は判例秘書により,それぞれ内容を確認している。本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり,個別の事案に対する法的助言ではない。

2 令和6年民法改正による前提の変化

民法等の一部を改正する法律(令和6年法律第33号)は令和8年4月1日から施行されている。改正後の民法768条2項ただし書は,家庭裁判所に対する協議に代わる処分の請求について「離婚の時から五年を経過したとき」を限界とし,同条3項は考慮すべき事情を列挙した上で,「この場合において,婚姻中の財産の取得又は維持についての各当事者の寄与の程度は,その程度が異なることが明らかでないときは,相等しいものとする」と定める。

個人事業の事案でこの後段が持つ意味は,会社を経営している場合と同じではない。事業主の側は,事業用の資産は自らの才覚と労働によって形成したものであると主張することが多いが,改正によって寄与の程度を等しいとする推定が条文上置かれた結果,その主張は「異なることが明らかである」といえる事情を示す立場からのものになる。他方で,配偶者が青色事業専従者として現に稼働してきた事案では,推定を維持する側が有利になる。

経過措置は請求期間だけが例外とされている。同法附則2条が改正後の民法の規定を施行前に生じた事項にも適用する旨を定める一方,同法附則4条は,施行日前に離婚した場合の財産の分与に関する処分を請求することができる期間の制限について,なお従前の例によるものとしている。施行日前に成立した離婚では請求期間は従前どおり2年である一方,寄与の程度に関する推定は及ぶという非対称が生ずる。なお,離婚時の年金分割の請求期限も,令和7年年金制度改正法(令和7年法律第74号)により同じ令和8年4月1日から2年ではなく5年とされているから,離婚の時期を確認した上で二つの期限を併せて把握することになる。

第2 分与の対象となる財産の画定

1 名義が個人に集中することの帰結

民法762条1項は,夫婦の一方が婚姻前から有する財産及び婚姻中自己の名で得た財産を特有財産とし,同条2項は,夫婦のいずれに属するか明らかでない財産を共有に属するものと推定する。個人事業では事業用の口座も事業用の不動産も事業主個人の名義であるから,名義だけを手掛かりにして特有財産と共有財産を仕分けることはできない。婚姻期間中に事業から得た収益によって取得した資産は,名義が事業主個人であっても婚姻中に取得した財産として分与の対象となるのが原則であり,これを対象から外そうとする側が,取得の時期及び原資を示して特有財産であることを主張立証することになる。

婚姻前から営んでいた事業を婚姻後も継続している場合には,婚姻時点で存在していた事業用資産と,婚姻後に事業の収益で取得した資産とを区別する必要がある。もっとも,機械や車両のように更新を繰り返す資産や,日々出入りのある事業用預金については,婚姻時点の残高がそのまま特有財産として残存していると認定できる場面は限られる。開業時の帳簿,確定申告書及び固定資産台帳をさかのぼって取得の経緯を示せるかどうかが,実際上の分かれ目になる。

2 家計と事業の区分

事業用資産を分与の対象から外そうとする主張が成り立つかどうかは,家計と事業が区分されていたかによって決まる。実務書は,個人事業主の場合はすべての資産が個人名義であるから分与の対象となる財産が何かが問題となるとした上で,個人の家計用の資産と事業用の資産が明確に切り分けられている場合には事業用資産は分与の対象とならないと主張することが可能であろうとし,家計用の口座と事業用の決済口座が混在している場合には税務上も問題が生じかねないから普段から区分しておくほうがよいとしている。

この区分が失われている場合の帰結は,実際の解決例に現れている。夫が不動産業及び宿泊業を営み,不動産取引に関する預貯金と家計としての預貯金とが明確に分けられていなかった事案では,財産の区別が曖昧であることに加えて不動産取引の人員的規模が小さいという事情から,裁判所が不動産取引に関する財産も分与の対象とするという心証を開示し,最終的に夫から妻へ5000万円を支払う内容で和解が成立したと報告されている。

したがって,事業主の側の代理人としては,事業用口座の分離,屋号名義口座の有無,事業専用の資産の管理状況及び生活費の引出しの経路を早い段階で確認することになる。逆に,分与を求める側は,家計と事業が混然一体であったことを示す資料,すなわち事業用口座からの生活費の支出や,自宅と店舗が同一の建物であることなどを具体的に指摘することになる。

3 事業用の負債

個人事業では事業用の借入れも個人の債務であるから,積極財産だけを一覧化すると分与額が過大になる。前記の和解例も,不動産取引に関して負った夫の債務を含む事業用財産を分与の対象として扱った上で,分与の割合として5割を用いたことにより算出されたものと整理されている。

もっとも,一方の名義の債務が当然にすべて共同の負担となるわけではない。民法761条は,夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と法律行為をしたときに他の一方が連帯して責任を負う旨を定めるにとどまり,事業資金の借入れはその範囲を超える。実務上は,共同生活の維持又は共有財産の形成のために負担した債務を考慮する一方,事業の失敗による債務のうち共有財産の形成と結び付かないものについては,一方に帰属させる処理が問題となる。設備投資の借入れのように,取得した資産が分与の対象財産に含まれているものについては,その資産と対応する債務を併せて評価しなければ均衡を欠くことになる。

第3 得意先及び営業権

1 得意先名簿を現物で分与した例

個人事業では,帳簿や名簿という形をとった得意先そのものが,分与の対象として扱われることがある。東京高等裁判所昭和54年9月25日判決(昭和53年(ネ)第2887号,東京高等裁判所判決時報民事30巻9号225頁,判例時報944号55頁。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認)は,夫婦で医薬品配置販売業を営んでいた事案について,建物及び金500万円とともに「配置薬懸場帳」と題する帳簿9冊を妻に分与すべきものとした。同判決は,妻が支配下に置く本件懸場帳9冊が合計905戸分であり,夫は別に得意先1100戸ないし1200戸について諸要件を記載した懸場帳を支配下に置いて販売業を営んでいることを認定した上で,これらの帳簿はすべて夫婦が協力して取得した財産であると判断している。事業の価値の中心が得意先の集合にあることが,そのまま分与の対象と内容に反映されている。

同判決の判示事項は財産分与を命じてその給付を命ずる場合の判決主文に関するものであり,分与の主文をどのように立てるかという観点からも参照されている。無形の営業上の地位そのものを移転する主文ではなく,これを化体した帳簿という有体物の引渡しを命ずる形がとられている点は,実際に条項を起案する際の参考になる。

2 営業権を計上する場合の考え方

得意先を金銭で評価して分与額に反映させる方法もある。松山地方裁判所西条支部昭和50年6月30日判決(昭和42年(タ)第11号,判例時報808号93頁。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認)は,夫婦で営んでいたプロパンガス販売業について,本店及び支店の得意先が約3000戸あるとした上で,これを「営業権として見積る」と1戸当たり5000円として1500万円が相当であると認定し,営業権を不動産その他の資産と並ぶ共有財産の一項目として計上した。同判決は,共有財産の合計を3387万3805円と算定した上で,妻が長期間忍従を強いられながら夫婦財産を構築してきた尽力の程度及び子の養育に捧げてきた費用等の諸般の事情を考慮し,その「七割方」である2371万1663円を分与させるのが相当であるとした。慰謝料500万円は主文で別に認容されているから,この7割は財産分与そのものについて示された割合である。顧客名簿や配送ルートに価値の中心がある事業,例えば燃料の宅配,配置薬,新聞販売又は保守契約を伴う事業では,この評価方法が交渉の枠組みになり得る。

もっとも,営業権の計上が常に認められるわけではなく,事業主個人の技能や資格に価値が結び付いていて他人に承継できない場合には,独立した財産としての評価になじまない。また,事業に伴う許認可については,所得税基本通達33-1が,譲渡所得の基因となる資産に「借家権又は行政官庁の許可,認可,割当て等により発生した事実上の権利も含まれる」としており,税務上は財産的価値のある権利として扱われ得る。分与の場面でこれをどう評価するかは,当該許認可が事実上譲渡され取引の対象となっているかどうかによる。

第4 基準時及び評価

評価の基準時について,最高裁判所第一小法廷昭和34年2月19日判決(昭和32年(オ)第333号,民集13巻2号174頁,裁判所ウェブサイト)は,「裁判上の離婚の場合においては,訴訟の最終口頭弁論当時における当事者双方の財産状態を考慮して,財産分与の額および方法を定めるべきである」と判示した。実務は,分与の対象となる財産を確定する時点と,確定した財産を評価する時点とを区別し,前者を別居時,後者を口頭弁論終結時とする運用をとることが多い。

個人事業に固有の難しさは,別居によって事業が変動することにある。事業用の預金は別居後も入出金が続き,在庫は販売され,売掛金は回収される。別居時の残高を機械的に切り出すと,別居後の事業活動によって生じた増減まで取り込むことになりかねないから,別居時点の残高を確定した上で,別居後の変動が事業の通常の運転によるものか,財産の隠匿又は費消によるものかを区別する必要がある。減価償却資産については,帳簿価額と実際の処分価額とが大きく異なることがあるため,固定資産台帳の記載をそのまま評価額とすることはできない。

なお,裁判所は,財産分与の額及び方法を定めるに当たり,一方が婚姻継続中に過当に負担した婚姻費用の清算のための給付を含めることができる(最高裁判所第三小法廷昭和53年11月14日判決。昭和53年(オ)第706号,民集32巻8号1529頁,裁判所ウェブサイト)。事業からの収入が別居後に変動する個人事業では,別居期間中の生活費の負担が争いになりやすく,その清算が分与額に反映される余地がある。

第5 分与の方法と事業の継続

1 現物共有を避けるべき理由

事業用の不動産や設備を持分の形で分けると,事業の継続が困難になる。実務書は,個人所有の不動産で事業を営んでおり事業所の代替性がない場合には,事業を継続する一方の配偶者が不動産を取得して他方には金銭で清算するほかないとした上で,清算金を手元資金で用意できない場合には工場や倉庫となっている不動産を現物で共有するほかないが,共有となれば共有物分割請求をされるリスクがあるから結局のところ事業継続が困難となる,と指摘している。

この指摘は,共有物分割の制度を前提とすれば当然の帰結である。分与によって共有関係を作れば,離婚によって解消したはずの当事者間の結び付きが不動産の上に残り,後日の分割請求によって事業の拠点そのものが失われかねない。夫婦が共同で事業を営んでいた場合には,一方が事業から退く際に事業に不可欠な資産の分与をどうするかという同じ問題が生ずる。

2 代償金による清算と分割払い

したがって,事業を継続する側が事業用資産を取得し,他方に対して金銭で清算する方法が基本となる。実務書も,いずれの場合もなるべく事業を継続経営する一方の配偶者が他方に対して金銭清算するように交渉で解決することが肝要であるとし,資産相当額を一括払いできない場合には分割払いによる和解解決をめざすべきであるとしている。

分割払いによる場合には,履行の確保が問題となる。強制執行認諾文言付きの公正証書によることに加え,事業用不動産に抵当権を設定する方法や,期限の利益喪失条項を置く方法が考えられる。事業の収益から支払う構造になる以上,支払期間中に事業が縮小する可能性を織り込み,支払額を事業の実績と無関係に過大に設定しないことが,結果として履行の確実性を高めることになる。

第6 課税上の取扱い

1 分与した側に譲渡所得課税が生ずること

最高裁判所第三小法廷昭和50年5月27日判決(昭和47年(行ツ)第4号,民集29巻5号641頁,裁判所ウェブサイト)は,「財産分与としてされた不動産の譲渡は,譲渡所得課税の対象となる」と判示した。所得税基本通達33-1の4も,民法768条の規定による財産の分与として資産の移転があった場合には,その分与をした者は,その分与をした時においてその時の価額により当該資産を譲渡したこととなると定める。同通達の注1は,財産分与による資産の移転は財産分与義務の消滅という経済的利益を対価とする譲渡であって贈与ではないから,所得税法59条1項のみなし譲渡課税の規定は適用されないとする。

分与を受けた側については,所得税基本通達38-6が,財産の分与により取得した財産はその分与を受けた時においてその時の価額により取得したこととなることに留意する旨を定める。贈与ではないため贈与税は課されず,将来その資産を譲渡した場合の取得費は分与時の価額による。

2 譲渡所得税を分与の相当性の判断で考慮した例

この課税は,個人事業では事業用不動産という高額の資産に直接及ぶため,分与の相当性の判断そのものに影響する。岡山地方裁判所倉敷支部平成15年2月18日判決(平成13年(タ)第26号,裁判所ウェブサイト)は,花筵の製造及び賃加工の家業に従事してきた夫婦について,離婚に伴う給付の合意の効力が争われた事案において,「本件のように,財産分与が金銭以外の資産によって行われるときは,譲渡所得の課税要件である資産の譲渡(所得税法33条1項)に当たって,譲渡所得税が生じることになり(所得税基本通達33-1-4),かつ,この場合,分与財産が時価で譲渡されたものとして,これを譲渡所得の収入金額とする所得計算が行われるところ,ここでいう時価は,固定資産税評価額ではなく,実勢価格と解されているから,被告には相当程度高額の譲渡所得税が課されることが容易に推察することができる」と判示している。

同判決は,双方の生活状況の均衡を失することや,分与後に取得する不動産の価額に大きな差が生ずることと併せて,この譲渡所得税の負担を考慮し,合意のうち慰謝料3000万円の支払を求める部分は権利の濫用に当たり許されないとした。他方で,不動産の譲渡を求める部分については,事業の維持発展に大きく貢献してきた原告の寄与度を相当程度無視することになるとして,権利濫用の主張を排斥している。同判決では妻が経理を担当し,資金の借入れ,手形の決済及び不渡手形の処理に当たり,原材料の買付けや製造の下働きにも従事していたことが認定されており,家業への関与の具体的な内容が寄与度の判断を支えている。

3 棚卸資産及び事業用固定資産

事業用の資産であっても,課税の扱いは一様ではない。所得税法33条2項1号は,「たな卸資産(これに準ずる資産として政令で定めるものを含む。)の譲渡その他営利を目的として継続的に行なわれる資産の譲渡による所得」は譲渡所得に含まれないものとする。したがって,在庫商品の移転は前記の譲渡所得の枠組みでは処理されない。他方,所得税法40条1項1号が事業所得の総収入金額に算入する事由として掲げるのは贈与及び遺贈であるところ,前記のとおり財産分与は贈与ではないとされているから,在庫を現物で分与した場合の課税関係は,条文及び通達の上で明確に手当てされているとはいい難い。

実務上は,在庫の比重が大きい小売業や卸売業において,在庫そのものを現物で分与する方法をとらず,事業を継続する側が在庫を引き継いだ上でその評価額を含めて金銭で清算する方法をとることが,課税関係の不確実性を避ける意味を持つ。機械,車両及び工具のような事業用の固定資産を現物で移転する場合には,前記の譲渡所得の枠組みが及び,帳簿価額と時価との差額が課税の対象となり得るから,簿価を前提に分与額を組み立てると税負担の見込みを誤ることになる。財産分与に伴う課税の全体像は離婚時の財産分与と税金で扱っている。

第7 年金及び共済

1 個人事業主本人には分割すべき厚生年金がないこと

離婚時の年金分割は,厚生年金保険法78条の2第1項により,対象期間に係る被保険者期間の標準報酬の改定又は決定を請求するものである。同法9条は「適用事業所に使用される七十歳未満の者は,厚生年金保険の被保険者とする」と定めており,事業主本人は事業所に使用される者ではないから被保険者とならない。同法6条1項1号により,物の製造,販売,金融,教育,医療その他の掲げられた事業について常時5人以上の従業員を使用する個人の事業所が適用事業所となる場合であっても,被保険者となるのは使用される従業員であって,事業主本人ではない。

その結果,個人事業主が国民年金の第1号被保険者にとどまっている限り,その者について分割すべき標準報酬は存在しない。相手方配偶者が会社員又は公務員であれば,事業主の側が分割を求める立場に立つことはあるが,逆方向の分割は生じない。老後の備えの差が財産分与の場面で顧慮されるべき事情となるかは,扶養的要素の問題として別に検討することになる。

2 小規模企業共済等の取扱い

厚生年金がない代わりに,個人事業主は小規模企業共済,国民年金基金,個人型確定拠出年金及び中小企業倒産防止共済といった制度を利用していることが多い。婚姻期間中の掛金が夫婦の収入から拠出されている以上,基準時における解約手当金相当額を分与の対象財産として計上するのが実務的な処理である。

もっとも,これらの権利は現物で移転することができない。小規模企業共済法15条は「共済金等の支給を受ける権利は,譲り渡し,担保に供し,又は差し押さえることができない」と定め,確定拠出年金法32条1項も給付を受ける権利について同旨を定める。国民年金基金が支給する給付についても,国民年金法24条が受給権の譲渡,担保供与及び差押えを禁じている。対象財産として計上することと,現物で分与することとは別の問題であり,これらについては評価額を算入した上で金銭で清算する方法によることになる。

第8 婚姻費用及び養育費における収入の認定

婚姻費用及び養育費の算定は,令和元年12月23日に公表された平成30年度司法研究(養育費,婚姻費用の算定に関する実証的研究)が提案した改定標準算定方式及び算定表によっている。同研究の概要によれば,総収入から公租公課,職業費及び特別経費を控除した基礎収入の割合は,給与所得者でおおむね54パーセントから38パーセント,自営業者でおおむね61パーセントから48パーセントであり,いずれも高額所得者ほど割合が小さくなる。子の生活費指数は0歳から14歳までが62,15歳以上が85である。

自営業者について総収入とされるのは,確定申告書の課税される所得金額である。給与所得者と異なり,職業費に相当する部分が必要経費として既に控除されているため基礎収入の割合が高く設定されている点が,算定の構造上の違いになる。もっとも,課税される所得金額をそのまま用いると実態と乖離する場合があり,青色申告特別控除額のように現実の支出を伴わない控除や,実際には稼働していない親族に対する専従者給与,減価償却費のうち現実の支出を伴わない部分については,加算して総収入を認定すべきであるという主張がされることがある。これらは事案ごとの資料に基づく判断であって,一律に加算されるものではない。

同研究の概要には,本研究の発表は養育費等の額を変更すべき事情変更には該当しない旨の記載もある。既に定められた額について,算定方式が改定されたこと自体を理由に変更を求めることはできないという趣旨であり,改定の前後をまたぐ事案では確認しておく必要がある。令和6年改正で新設された法定養育費及び子の監護費用の先取特権については法定養育費と養育費債権の先取特権で扱っている。

第9 資料の収集,保全及び手続上の留意点

1 情報開示命令

個人事業の財産分与では,確定申告書,青色申告決算書,総勘定元帳,固定資産台帳及び事業用口座の取引履歴が資料の中心となるが,これらはいずれも事業主の側が保有している。令和6年改正で新設された家事事件手続法152条の2は,この偏在に対する正面からの手当てである。同条2項は,家庭裁判所が,財産の分与に関する処分の審判事件において,必要があると認めるときは,申立てにより又は職権で,当事者に対し「その財産の状況に関する情報を開示することを命ずることができる」と定め,同条1項は,夫婦間の協力扶助に関する処分,婚姻費用の分担に関する処分及び子の監護に要する費用の分担に関する処分の各審判事件について,収入及び資産の状況に関する情報の開示を命ずることができるものとしている。

同条3項は,情報の開示を命じられた当事者が正当な理由なくその情報を開示せず,又は虚偽の情報を開示したときは,家庭裁判所は10万円以下の過料に処すると定める。開示しないこと自体に制裁が設けられた意味は小さくないが,命ずるかどうかは家庭裁判所の判断であり,過料の額も10万円以下であるから,これだけで資料が必ず出るとはいえない。実務的には,まず情報開示命令の申立てをした上で,出てこない場合に調査嘱託その他の手段を検討するという順序になる。

2 財産分与請求権に基づく債権者代位

事業用の不動産が第三者に移転されるなど,分与の対象財産が散逸するおそれがある場合には,保全の手段が問題となる。東京高等裁判所昭和52年11月7日判決(昭和50年(ネ)第2832号,高等裁判所民事判例集30巻4号414頁,裁判所ウェブサイト)は,「乙と協議離婚した甲が乙に対し財産分与請求権を有し,分与対象財産の散逸を防止するため必要と認められる場合には,甲は,乙の無資力を要件とすることなく,右請求権を被保全権利とする債権者代位権に基づき,乙が第三者に対して有する不動産の抹消登記手続請求権を裁判上行使することができる」と判示した。無資力を要件としない点に,この判断の実務的な価値がある。

逆の立場から,分与そのものが債権者に争われることもある。個人事業主が金融機関からの借入れを抱えたまま分与をした場合,最高裁判所第二小法廷昭和58年12月19日判決(昭和57年(オ)第798号,民集37巻10号1532頁,裁判所ウェブサイト)は,分与者が既に債務超過の状態にあって当該財産分与によって一般債権者に対する共同担保を減少させる結果になるとしても,「それが民法七六八条三項の規定の趣旨に反して不相当に過大であり,財産分与に仮託してされた財産処分であると認めるに足りるような特段の事情のない限り,詐害行為として,債権者による取消の対象となりえない」と判示している。同判決は,分与者が債務超過であるという一事によって財産分与をすべて否定するのは相当でないともしており,事業の失敗と離婚が近接した事案でこの枠組みが出発点となる。債権者及び破産管財人から見た財産分与の詳細は経営者の離婚をめぐる四つの局面の第4で扱っている。

3 分与を求める財産の一部について裁判をしないことは許されないこと

最高裁判所第二小法廷令和4年12月26日判決(令和3年(受)第1115号,民集76巻7号1948頁,裁判所ウェブサイト)は,「離婚請求に附帯して財産分与の申立てがされた場合において,裁判所が離婚請求を認容する判決をするに当たり,当事者が婚姻中にその双方の協力によって得たものとして分与を求める財産の一部につき,財産分与についての裁判をしないことは許されない」と判示した。

評価が困難であることを理由として裁判所が判断を留保することはできないから,営業権や在庫のように評価に幅の出る財産についても,裁判所は提出された資料の範囲で評価を行うことになる。当事者としては,自らの主張に沿う評価の根拠を具体的に示すことが結論に直接影響する。事業主の側にとっても,評価資料を出さないまま争う姿勢は,相手方が提出した資料に基づく評価を招く点で不利に働き得る。

分与の額は,当事者の申立ての趣旨にも拘束されない。前記の松山地方裁判所西条支部昭和50年6月30日判決は,人事訴訟手続法15条に基づく財産分与の申立てについて,原告の申立ての趣旨に拘束されないでその約2.7倍の金員の分与を命じた事例として位置づけられている。分与を求める側が申立ての額を控えめに設定したことが上限として働くわけではない一方,裁判所が資料に基づいて算定する以上,額の当否は結局のところ提出された評価資料によって決まることになる。

第10 出典・参考資料

1 法令・通達

民法(明治29年法律第89号)761条,762条,768条,771条(e-Gov法令検索)

②民法等の一部を改正する法律(令和6年法律第33号)附則2条,4条(e-Gov法令検索・民法の附則として登載)

家事事件手続法(平成23年法律第52号)152条の2(e-Gov法令検索)

所得税法(昭和40年法律第33号)33条,40条,59条1項(e-Gov法令検索)

所得税基本通達33-1(譲渡所得の基因となる資産の範囲)及び33-1の4(財産分与による資産の移転)(国税庁「法第33条《譲渡所得》関係」)

所得税基本通達38-6(分与財産の取得費)(国税庁「法第38条《譲渡所得の金額の計算上控除する取得費》関係」)

厚生年金保険法(昭和29年法律第115号)6条1項,9条,78条の2第1項(e-Gov法令検索)

国民年金法(昭和34年法律第141号)24条(e-Gov法令検索)

小規模企業共済法(昭和40年法律第102号)15条(e-Gov法令検索)

確定拠出年金法(平成13年法律第88号)32条(e-Gov法令検索)

2 裁判例

最高裁判所第一小法廷昭和34年2月19日判決(昭和32年(オ)第333号,民集13巻2号174頁,裁判所ウェブサイト)

最高裁判所第三小法廷昭和50年5月27日判決(昭和47年(行ツ)第4号,民集29巻5号641頁,裁判所ウェブサイト)

最高裁判所第三小法廷昭和53年11月14日判決(昭和53年(オ)第706号,民集32巻8号1529頁,裁判所ウェブサイト)

最高裁判所第二小法廷昭和58年12月19日判決(昭和57年(オ)第798号,民集37巻10号1532頁,裁判所ウェブサイト)

最高裁判所第二小法廷令和4年12月26日判決(令和3年(受)第1115号,民集76巻7号1948頁,裁判所ウェブサイト)

東京高等裁判所昭和52年11月7日判決(昭和50年(ネ)第2832号,高等裁判所民事判例集30巻4号414頁,裁判所ウェブサイト)

岡山地方裁判所倉敷支部平成15年2月18日判決(平成13年(タ)第26号,裁判所ウェブサイト)

⑧松山地方裁判所西条支部昭和50年6月30日判決(昭和42年(タ)第11号,判例時報808号93頁。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認)

⑨東京高等裁判所昭和54年9月25日判決(昭和53年(ネ)第2887号,東京高等裁判所判決時報民事30巻9号225頁,判例時報944号55頁。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認)

3 公的資料

平成30年度司法研究(養育費,婚姻費用の算定に関する実証的研究)の報告について(令和元年12月23日公表。研究報告の概要及び改定標準算定表(令和元年版)。裁判所)

離婚時の年金分割の請求期限が改正されました(日本年金機構)

4 文献

①山浦美紀=西田恵=山中俊郎=桑田直樹『家族・親族経営会社のための相談対応実務必携――紛争の予防と回避を実現する実践ノウハウ集』(民事法研究会,2020年)285頁~286頁

②三平聡史『ケーススタディ 多額の資産をめぐる離婚の実務――財産分与,婚姻費用・養育費の高額算定表』(日本加除出版,2020年)11頁~12頁