素因減額


目次
第1 身体的素因による減額
1 被害者の疾患の斟酌
2 頸椎後縦靱帯骨化症
3 平均的な体格ないし通常の体質と異なる身体的特徴
第2 心因的素因による減額
1 被害者の心因的要因の斟酌
2 減額の理由とされる被害者の性格等
第3 被害者側の過失
1 総論
2  被害者側の過失として斟酌した事例
2  被害者側の過失として斟酌しなかった事例
第4 既存障害がある場合の新たな後遺障害認定について
第5 関連記事その他

第1 身体的素因による減額
1 被害者の疾患の斟酌
    被害者に対する加害行為と加害行為前から存在した被害者の疾患とが共に原因となって損害が発生した場合において,当該疾患の態様,程度等に照らし,加害者に損害の全部を賠償させるのが公平を失するときは,裁判所は,損害賠償の額を定めるに当たり,民法722条2項の規定を類推適用して,被害者の疾患を斟酌することができます(最高裁平成4年6月25日判決参照)。
    そして,このことは,加害行為前に疾患に伴う症状が発現していたかどうか,疾患が難病であるかどうか,疾患に罹患することにつき被害者の責めに帰すべき事由があるかどうか,加害行為により被害者が被った衝撃の強弱,損害拡大の素因を有しながら社会生活を営んでいる者の多寡等の事情によって左右されるものではありません(最高裁平成8年10月29日判決)。

2 頸椎後縦靱帯骨化症
(1)ア 頸椎後縦靱帯骨化症に罹患していたことが,被害者の治療の長期化や後遺障害の程度に大きく寄与していることが明白である事例において,民法722条2項の類推適用により,後遺障害9級10号(神経系統の機能又は精神に障害を残し,服することができる労務が相当な程度に制限されるもの)となった被害者の疾患の寄与度は3割であるとした裁判例があります(最高裁平成8年10月29日判決の差戻控訴審である大阪高裁平成9年4月30日判決)。
イ 3に記載している最高裁平成8年10月29日判決とは別の判決です。
(2) 後縦靱帯骨化症とは,椎体骨の後縁を上下に連結し,背骨の中を縦に走る後縦靭帯が骨になった結果,脊髄の入っている脊柱管が狭くなり,脊髄や脊髄から分枝する神経根が押されて,感覚障害や運動障害等の神経症状を引き起こす病気です。
    骨になってしまう脊椎の部位によってそれぞれ頚椎後縦靱帯骨化症,胸椎後縦靱帯骨化症,腰椎後縦靱帯骨化症と呼ばれます(難病情報センターHP「後縦靱帯骨化症(OPLL)(指定難病69)」参照)。
(3) MindsガイドラインライブラリHP「頸椎後縦靱帯骨化症診療ガイドライン2011」が載っています。

3 平均的な体格ないし通常の体質と異なる身体的特徴
(1) 被害者が平均的な体格ないし通常の体質と異なる身体的特徴を有していたとしても,それが疾患に当たらない場合には,特段の事情の存しない限り,被害者の当該身体的特徴を損害賠償の額を定めるに当たり勘酌することはできません(最高裁平成8年10月29日判決)。
    なぜなら,人の体格ないし体質は,すべての人が均一同質なものということはできないものであり,極端な肥満など通常人の平均値から著しくかけ離れた身体的特徴を有する者が,転倒などにより重大な傷害を被りかねないことから日常生活において通常人に比べてより慎重な行動をとることが求められるような場合は格別,その程度に至らない身体的特徴は,個々人の個体差の範囲として当然にその存在が予定されているものというべきだからです。
(2) 疾患に当たらない多少の頚椎不安定症については,このような身体的特徴を有する車が一般的に負傷しやすいものとして慎重な行動を要請されているといった事情は認められないことにかんがみ,素因減額の対象とはなりません(最高裁平成8年10月29日判決)。

第2 心因的素因による減額
1 被害者の心因的要因の斟酌
(1) 身体に対する加害行為を原因とする被害者の損害賠償請求において,裁判所は,加害者の賠償すべき額を決定するに当たり,損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし,民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して,損害の発生又は拡大に寄与した被害者の性格等の心因的要因を一定の限度でしんしゃくすることができます(最高裁昭和63年4月21日参照)。
(2) 最高裁昭和63年4月21日判決の趣旨は,労働者の業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求においても,基本的に同様に解すべきものとされています。
    ただし,労働者の性格が,同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない場合,裁判所は,業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するに当たり,その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を,心因的要因としてしんしゃくすることはできません(最高裁平成12年3月24日判決)。

2 減額の理由とされる被害者の性格等
交通関係訴訟の実務(著者は東京地裁27民(交通部)の裁判官等)348頁には,「2 減額の理由とされる被害者の性格等について」として以下の記載があります(改行を追加しました。)。
   被害者の性格や気質を理由に減額を認める裁判例は少なくない。

   しかし、「性格」、「気質」といっても、すべての人が均一同質ではなく、その個人差も幅広いものである上、「性格」とされる内容も、たとえば「お人好し、世話好き、人情に厚い、自己中心的、凝り性、責任感が強い、仕事熱心、頑固、真面目」などと様々であり、これらは通常人において想定されるものであるから、「性格」が寄与したことを理由とする減額については、慎重な判断を要するものと思われる。
   この点、東京地判平成27年2月26日自保ジャーナル1950号70頁は、脳外科勤務医である原告が、交通事故により、うつ病等の後遺障害が生じた事案において、原告の性格.器質等がうつ病の発症及び増悪に影瀞したことは否定できないとしつつ、「脳神経外科医である原告にとって、右手指の自覚症状は原告の職業生活を左右しかねないものであったことに加え、……事故後の治療の内容、症状の推移、症状固定までの期間、後遺症の程度に鑑みると、本件事故との相当因果関係を認めた損害額について、原告の性格・器質等の寄与を理由に減額をせず、被告に損害額全部を賠償させるのが公平を失するということはできない。」と判示して、素因減額を否定しており、参考になるものと思われる。

第3 被害者側の過失
1 総論

    被害者本人が幼児である場合における民法722条2項にいう被害者の過失には,被害者側の過失をも包含するが,右にいわゆる被害者側の過失とは,被害者本人である幼児と身分上ないしは生活関係上一体をなすとみられる関係にある者の過失をいいます(最高裁昭和42年6月27日判決)。

2  被害者側の過失として斟酌した事例
(1) 夫の運転する自動車に同乗する妻が右自動車と第三者の運転する自動車との衝突により損害を被った場合において,右衝突につき夫にも過失があるときは,特段の事情のない限り,右第三者の負担すべき損害賠償額を定めるにつき,夫の過失を民法722条2項にいう被害者の過失として掛酌することができます(最高裁昭和51年3月25日判決)。
(2)  内縁の夫が内縁の妻を同乗させて運転する自動車と第三者が運転する自動車とが衝突し,それにより傷害を負った内縁の妻が第三者に対して損害賠償を請求する場合において,その損害賠償額を定めるに当たっては,内縁の夫の過失を被害者側の過失として考慮することができます(最高裁平成19年4月24日判決)。
(3) 最高裁平成20年7月4日判決は,Aが運転しBが同乗する自動二輪車とパトカーとが衝突しBが死亡した交通事故につき,Bの相続人がパトカーの運行供用者に対し損害賠償を請求する場合において,過失相殺をするに当たり,Aの過失をBの過失として考慮することができるとされた事例です。

3 被害者側の過失として斟酌しなかった事例
    被害自動車の運転者とこれに同乗中の被害者が恋愛関係にあったものの,婚姻していたわけでも,同居していたわけでもない場合には,過失相殺において右運転者の過失が被害者側の過失と認められるために必要な身分上,生活関係上の一体性があるとはいえません(最高裁平成9年9月9日判決)。


第4 既存障害がある場合の新たな後遺障害認定について
1 月刊大阪弁護士会2023年5月号25頁及び26頁には「既存障害がある場合の新たな後遺障害認定について」として以下の記載があります。
    まず、既存障害と新たな事故による後遺障害(以下「本件障害」という。)が自賠責施行令2条2項にいう同一部位であるかどうかが問題となる。自賠責の認定では同一部位であれば加重障害でない限り非該当となるためである。14級9号の神経症状については、一方が中枢神経系、他方が末梢神経系に由来する場合や、腰部や頸部など異なる末梢神経系に由来する場合は同一部位に当たらない。
    既存障害と本件障害が同一の末梢神経系に由来する場合は、既存障害が事故時に消失しているかどうかを検討する。症状消失を推認する事情としては、前回の症状固定日から相当年数が経過している場合、事故前の相当期間通院しなくなっている場合、既存障害による労働時間、収入額などの制約が事故前には回復していた場合などが考えられる。消失しているとまでは言えない場合でも、既存障害の影響が減退している場合はあり、事故時において既存障害の労働能力への影響があるかについて、既存障害と本件障害の内容、程度、前回事故後の通院状況や症状の推移、生活状況、前回事故や症状固定日からの期間などから判断している。
    近時の裁判例では9年前の事故で既存障害が14級9号となり事故前の5年間(カルテの保存期間の範囲内)は通院がなかった事案で再度14級9号が認定された例がある。和解例であるが、13年前に頸部に14級9号の既存障害が認定され、最後の通院が9寝ん前で事故前の3か月間の出勤状況に問題がなく後の事故による外力の方が大きかったと言える事案で再度の14級9号の認定がされた例、7年半前の事故により14級9号の既存障害があり直近5,6年の通院がなかった事案で労働能力喪失率5%、期間3年間、慰謝料95万円とした例、7年前に腰部のしびれについて14級9号の認定がされ本件障害について臀部外側の痛み両足等のしびれについて14級9号の認定をした例がある。他方で、約1年半前の事故で既存障害の症状固定から1年程度しか経過していない場合で再度の認定が否定された事案がある。
2 交通事故に関する赤い本講演録2006には「加重障害と損害額の算定」が載っています。

第5 関連記事その他
1(1) 交通事故・損害賠償請求ネット相談室HP(LSC総合法律事務所)「交通事故における素因減額(素因減責)とは?」が載っています。
(2) 交通事故被害者を2度泣かせないHP「骨粗鬆症による素因減額」が載っています。
(3) 交通関係訴訟の実務(著者は東京地裁27民(交通部)の裁判官等)に329頁ないし350頁に「素因(身体的素因・心因的素因)減額の諸問題」が載っていて,351頁ないし366頁に「損益相殺の諸問題」(控除の対象となるもの・ならないもの,時的範囲と人的範囲,過失相殺等による減額と控除の順序,どの損害から控除されるか,遅延損害金と元本への充当)が載っています。
2 「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(いわゆる「障害者差別解消法」)が平成28年4月1日から施行されています(内閣府HPの「障害を理由とする差別の解消の推進」参照)。
3 以下の記事も参照して下さい。
・ 損益相殺
・ 東京地裁民事第27部(交通部)
・ 東京地裁裁判官会議の概況説明資料
・ 弁護士費用特約


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