任期満了により衆議院議員が失職した場合における,参議院の緊急集会の開催の可否


目次

1 総論
2 政府答弁
3 最高裁大法廷判決における反対意見
4 明治憲法下における任期満了総選挙
5 関連記事その他

1 総論
(1) 憲法54条2項は,「衆議院が解散されたときは、参議院は、同時に閉会となる。但し、内閣は、国に緊急の必要があるときは、参議院の緊急集会を求めることができる。」と定めています。
(2) 任期満了により衆議院議員が失職したことを受けて昭和51年12月5日,第34回衆議院議員総選挙が実施されたものの,日本国憲法下では,それ以外に任期満了により衆議院議員が失職した事例はありません。

2 政府答弁
(1) 横畠裕介内閣法制局長官は,平成30年2月6日の衆議院予算委員会において以下の答弁をしています。
   参議院の緊急集会についてでございますけれども、憲法第五十四条第二項は、「衆議院が解散されたときは、」と冒頭に規定しております関係で、任期満了により衆議院議員がいなくなったという場合にこの緊急集会が開けるのかという論点が確かにございます。
   この点につきましては、昭和五十一年に、必ずしも大災害という前提ではございませんけれども、内閣法制局において検討したことがございます。
   そのときは、1参議院の緊急集会の制度は、極めて特殊な場合の変則的、異例の措置であって、解散という予期しない事態の場合に限って、特に明文の規定をもって認めたものであり、それ自体としても抑制的に運用されるべきものであるため、消極的に解すべきであるという見解、2解散による選挙と任期満了による選挙の間に根本的な差異があるとは考えられず、解散の場合の条件よりも厳格に考えるべきであるが、真に国政上の緊急の必要があるときは、憲法第五十四条第二項の類推適用が許されるという見解の両論がありましたが、結論を得るに至っておりません。
   いずれにせよ、この問題につきましては、憲法上の国会の権能に関する重要な事柄でございますので、国会で御議論をいただくのが適当であると考えます。
(2) 参議院議員蓮舫君提出災害対策としての選挙制度の在り方等に関する質問に対する答弁書(平成28年3月18日付)には以下の記載があります。
   御指摘の「過去の検討状況及び過去の答弁等」を網羅的にお答えすることは困難であるが、旧憲法調査会法(昭和三十一年法律第百四十号)第一条の規定により内閣に置かれた憲法調査会の昭和三十四年七月二十二日及び九月二十三日に開催された第二委員会において、衆議院議員の任期満了による総選挙は、原則的には任期満了以前に行われるが、常会の会期が衆議院議員の任期満了によって終了するような場合には、総選挙は任期満了後に行われることになり、このあとの場合に何らかの緊急事態が発生したときには、衆議院解散の場合と同じく、緊急集会的制度が必要なのではないかという指摘がされたことがあると承知している。
   また、衆議院議員の任期満了による総選挙が行われた昭和五十一年には、内閣法制局において検討したことがあるが、結論を得るに至っていないものと承知している。

3 最高裁大法廷判決における反対意見
(1) 最高裁大法廷平成30年12月19日判決における山本庸幸裁判官(元 内閣法制局長官)の反対意見には以下の記載があります。
① 私は,現在の国政選挙の選挙制度において法の下の平等を貫くためには,一票の価値の較差など生じさせることなく,どの選挙区においても投票の価値を比較すれば1.0となるのが原則であると考える。その意味において,これは国政選挙における唯一かつ絶対的な基準といって差し支えない。ただし,人口の急激な移動や技術的理由などの区割りの都合によっては1~2割程度の一票の価値の較差が生ずるのはやむを得ないと考えるが,それでもその場合に許容されるのは,せいぜい2割程度の較差にとどまるべきであり,これ以上の一票の価値の較差が生ずるような選挙制度は法の下の平等の規定に反し,違憲かつ無効であると考える。
② 仮にこれらの議員(山中注:一票の価値が0.8以上の選挙区から選出された議員及び訴訟の対象とされなかった選挙区がある場合にあってはその選挙区から選出された議員)によっては院の構成ができないときは,衆議院が解散されたとき(憲法54条)に準じて,内閣が求めて参議院の緊急集会を開催し,同緊急集会においてその新しい選挙区の区割り等を定める法律を定め,これに基づいて次の衆議院議員選挙を行うべきものと解される。
(2) 選挙無効の判決により多数の衆議院議員が失職した結果,衆議院の構成ができなくなるという事態を憲法が想定しているとは思えませんから,このような事態が生じた場合,任期満了により衆議院議員が失職した場合以上に参議院の緊急集会を開催できる法的根拠はない気がします。

4 明治憲法下における任期満了総選挙
(1) 明治憲法下における衆議院議員総選挙は23回ありましたところ,そのうち,任期満了によるものは4回であり,以下の日付で実施されました(Wikipediaの衆議院議員総選挙参照)。
1902年8月10日(第7回)1908年5月15日(第10回)1912年5月15日(第11回)1942年4月30日(第21回)
(2) 1924年5月10日の第15回総選挙は,1924年1月31日の解散を受けて実施されたものですが,関東大震災の影響により選挙人名簿の作成が遅れた結果,タイミング的には任期満了総選挙となりました。

5 関連記事その他
(1) 令和3年10月14日に衆議院が解散されていなかった場合,同月21日に衆議院議員の任期が満了していました。
(2) 以下の記事も参照してください。
・ 衆議院の解散
・ 日本国憲法下の衆議院の解散一覧
・ 衆議院の解散は司法審査の対象とならないこと
・ 閉会中解散は可能であることに関する内閣法制局長官の答弁
・ 最高裁が出した,一票の格差に関する違憲状態の判決及び違憲判決の一覧


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