閉会中解散は可能であることに関する内閣法制局長官の答弁

Pocket

○真田秀夫内閣法制局長官は,昭和54年3月19日の衆議院決算委員会において以下の答弁をしています(ナンバリング及び改行を行っています。)。
1(1) 衆議院を解散するという、これは厳密に言えば天皇の国事行為でございまして、御承知のとおり、内閣の助言と承認によって天皇の名前で衆議院の解散が行われるわけでございまするが、その解散の時期については憲法上どこにもその制約がございません。
   もともと衆議院の解散という行為は、それは時の政府が国民に向かって自分の政策あるいは自分のその内閣の存続についての国民の意思を問いかけるという非常に政治的な行為でございますが、そういう性格から見まして、憲法上どこにもその制約がない、時期について制約がないということは、もっぱら政府の政治的な判断に基づいてやるべきものであるというふうに理解されるわけでございます。
   この点につきましては、いろいろ学説を調べてみましたけれども、もうほとんど全部と言っていいくらい、理論上は国会の閉会中でも衆議院の解散は可能であるというふうに書いてございます。ただ、明治憲法以来現在まで国会――まあ昔は帝国議会でございますが、議会なり国会の閉会中に現実に衆議院の解散が行われたという事例はございません。
(2) なお、念のために申し上げますと、現在の憲法が審議されましたいわゆる制憲議会、その制憲議会におきまして、やはり閉会中のもちろん新憲法による衆議院の解散というのがあり得るのかという御質問がございまして、当時金森国務大臣が、それは非常に慎重にやらなきゃいかぬことは当然であるけれども、理論的に所見を言えということを申されますならば、もちろん解散はできるものと思っておりますという明確な御答弁がございます。
   御参考までに申し上げました。
2 いまだかつて〔閉会中解散の〕前例がないわけでございますので、その前例をもとにして御説明するわけにはいかないわけでございます。
   ただ理屈上は、国会の本会議が開会されている時期に、例の紫色のふくさを持って議長にお届けする、議長が、ただいま解散の詔書が出ましたという朗読をされまして、そうして各衆議院議員の方が、どういう意味合いか知りませんが、万歳を唱えてそこで無事解散ということになるわけなんですが、ただ、いままでに、本会議が開かれておらない時点で解散が行われたこと〔山中注:昭和27年8月28日に第14回国会が解散されたことを指していると思います。その後、昭和55年5月19日に第91回国会が、昭和61年6月2日に第105回国会が、本会議が開いていない時点で解散されました。〕はあるんです。
   その場合には、本会議が開かれておらないわけですから、ただいま申しましたような万歳の機会が実はなかったわけですが、その場合はどうしたかといいますと、議長に――もちろん事務総長を通してでございますが、議長に内閣の方から解散の詔書をお届けして、そして議長が各会派の代表者を議長室にお招きになってそして解散の旨をお伝えになる、そういうことが行われたようでございます。
   したがいまして、それがやや似ていると言えば似ている先例ということになりますので、もし閉会中に解散が行われると、それはただいま申しました本会議が開かれておらない時点において行われた解散の場合の手続に準じて、議長室に議長はいらっしゃいますから、議長のところへお届けして、議長がしかるべき手順を踏んで各会派の方にお伝えになると、こういう御手続を踏まれることになるだろうと思います。

3 なおついでに申し上げますと、もし閉会中は国会解散ができないのだという解釈をとりますと、たとえば国会の会期の最終日なり、あるいは非常に会期の終了間近に衆議院において内閣の不信任案が可決され、または信任案が否決されるというようなことがあった場合に、憲法69条は、そういう場合には10日間、つまり内閣は10日間、総辞職をするか解散をするかどちらかの選択をしなさいという選択権を与えているわけなんで、いま申しましたように、会期の終了間近、つまり10日以内の間近に衆議院において内閣の不信任案が可決されたような場合にはもうその選択ができないというような不都合なことになりますので、それでやはり閉会中においても解散ができるのだという解釈の趣旨は、憲法69条から見てもやはり是認されてしかるべきであろうというふうに考えるわけでございます。

*1 参議院議員小西洋之君提出内閣の解釈変更と議院内閣制等との関係に関する質問に対する答弁書(平成27年10月6日付)には以下の記載があります。
   憲法の解釈を最終的に確定する権能を有する国家機関は、憲法第八十一条によりいわゆる違憲立法審査権を与えられている最高裁判所である。他方、行政府においても、いわゆる立憲主義の原則を始め、憲法第九十九条が公務員の憲法尊重擁護義務を定めていることなども踏まえ、その権限を行使するに当たって、憲法を適正に解釈していくことは当然のことであり、このような行政府としての憲法の解釈については、第一次的には法律の執行の任に当たる行政機関が行い、最終的には、憲法第六十五条において「行政権は、内閣に属する。」と規定されているとおり、行政権の帰属主体である内閣がその責任において行うものである。行政府としての憲法の解釈は、国会及び裁判所を拘束するものではない。
   その上で、憲法を始めとする法令の解釈は、当該法令の規定の文言、趣旨等に即しつつ、立案者の意図や立案の背景となる社会情勢等を考慮し、また、議論の積み重ねのあるものについては全体の整合性を保つことにも留意して論理的に確定されるべきものであり、政府による憲法の解釈は、このような考え方に基づき、それぞれ論理的な追求の結果として示されてきたものであって、諸情勢の変化とそれから生ずる新たな要請を考慮すべきことは当然であるとしても、なお、前記のような考え方を離れて政府が自由に憲法の解釈を変更することができるという性質のものではないと考えている。仮に、政府において、憲法解釈を便宜的、意図的に変更するようなことをするとすれば、政府の憲法解釈ひいては憲法規範そのものに対する国民の信頼が損なわれかねないと考えられる。
   このようなことを前提に検討を行った結果、従前の解釈を変更することが至当であるとの結論が得られた場合には、これを変更することがおよそ許されないというものではないと考えられるが、政府として、御指摘のような「歴代政府の解釈に対して論理的整合性を逸脱し、法的安定性を損ねるような解釈変更」を行うことはない。
*2 「衆議院の解散は司法審査の対象とならないこと」も参照してください。

スポンサーリンク