第1 最高裁判例上の結論
1 司法審査の対象外とされた範囲
最高裁昭和35年6月8日大法廷判決(昭和30年(オ)第96号,民集14巻7号1206頁)は,衆議院の解散を「極めて政治性の高い国家統治の基本に関する行為」と位置付け,その法律上の有効又は無効を審査することは裁判所の権限の外にあるとした。
このため,判例上,具体的な訴訟の結論を出す前提として解散の効力が問題となる場合であっても,裁判所はその効力を審査しない。
この考え方は一般に「統治行為論」と呼ばれるが,判決自体はこの用語を用いていない。
2 「違法な解散があり得ない」という判決ではないこと
司法審査の対象外であることと,内閣の解散権に法的な限界が一切ないことは,同じではない。
同判決は,憲法第69条の場合以外にも憲法第7条により解散できるとする政府見解を裁判所が否定することはできないとしたにとどまり,いわゆる7条解散が実体法上常に適法であると積極的に判示したものではない。
また,後述する名古屋高裁判決は,解散自体の効力と,解散後の総選挙の期日を定める行為とを区別している。
したがって,「衆議院の解散に関連する行為はすべて司法審査の対象外である」とまで一般化することはできない。
第2 二つの苫米地事件
1 第一次苫米地事件
昭和27年8月28日の衆議院解散,いわゆる抜き打ち解散について,衆議院議員であった苫米地義三は,まず解散の無効確認を直接求めた。
最高裁昭和28年4月15日大法廷判決(昭和27年(マ)第148号,民集7巻4号305頁)は,裁判所は具体的な法律上の争訟を離れて,憲法に適合するかどうかを抽象的に判断する権限を有しないとした。
この判決は,日本の違憲審査制が具体的事件を前提とすることを示したものであり,抜き打ち解散の有効又は無効を本案で判断したものではない。
2 第二次苫米地事件の多数意見
苫米地義三は,次に,解散が無効であるから議員としての地位を失っていないとして,国に対して任期満了までの歳費の支払を求めた。
この訴訟では,議員の歳費請求という具体的な権利義務が争われたため,第一次苫米地事件とは異なり,法律上の争訟が存在した。
しかし,最高裁昭和35年6月8日大法廷判決の多数意見は,解散がどの憲法規定に基づくか,内閣の助言と承認に手続上の欠缺があるかという法律問題を含め,解散の有効又は無効は裁判所が審査すべき事項ではないとした。
多数意見は,解散のような行為については,政府及び国会等の政治部門が国民に対して負う政治的責任に委ね,最終的には選挙を通じた国民の政治判断に委ねるべきであると説明した。
3 複数の個別意見
同判決には,多数意見と異なる複数の個別意見が付されている。
これらの個別意見には,解散をすることの政治上の妥当性は裁判所の審査になじまないとしても,解散の法律上の有効性は審査できるとした上で,本件解散を有効とする立場が含まれる。
したがって,同判決を理解する際は,「最高裁の全裁判官が,解散の法律問題を一切審査できないとの理由で一致した」と整理してはならない。
4 東京地裁平成24年12月12日判決
平成24年11月16日の衆議院解散について,選挙人らが,解散に関する内閣の助言と承認及び総選挙の公示に関する助言と承認の無効確認を求めた事件がある。
東京地裁平成24年12月12日判決(平成24年(行ウ)第831号)は,第二次苫米地事件判決を引用し,解散及びこれについての内閣の助言と承認の効力を裁判所が審査することはできず,その無効確認を求める訴えは法律上の争訟に当たらないとして却下した。
また,同判決は,総選挙の公示は選挙執行手続の一環であり,その適否は選挙後の公職選挙法所定の選挙訴訟で争うべきであって,公示に関する助言と承認を個別に争うことはできないとした。
これは下級審判決であるが,解散の効力審査を排除する一方,選挙手続に関する違法の争い方を公職選挙法上の訴訟に委ねるという,判例の実際の適用例である。
第3 解散の根拠,権限主体及び限界
1 憲法第7条と第69条
日本国憲法第7条第3号は,天皇が内閣の助言と承認により行う国事行為として,衆議院の解散を掲げている。
憲法第69条は,衆議院で内閣不信任決議案が可決され,又は信任決議案が否決された場合,10日以内に衆議院が解散されない限り,内閣は総辞職しなければならないと定めている。
実務上,解散は第69条の場合に限定されず,第7条に基づく解散が広く行われてきた。
令和8年1月23日の解散についても,衆議院本会議で「日本国憲法第七条により、衆議院を解散する。」との詔書が朗読されている。
2 法律上の権限主体は内閣であること
解散はしばしば「内閣総理大臣の専権事項」と表現されるが,これは政治上の慣用表現である。
憲法上,天皇の国事行為について助言と承認をする主体は内閣であり,解散を実質的に決定する法律上の主体も内閣である。
内閣総理大臣が国務大臣を任免し,内閣を代表して行政各部を指揮監督することから,実際の政治過程で極めて強い主導権を持つとしても,「内閣」と「内閣総理大臣個人」とを同一視すべきではない。
3 司法審査の限界と解散権の限界
第二次苫米地事件判決によれば,裁判所は解散の法律上の効力を審査しないが,学説上は,民意を問う必要性,議院内閣制の趣旨,解散権行使の目的及び時期などから,解散権に憲法上又は憲法慣習上の制約を認めるべきかが論じられている。
解散権の制限に関する見解は分かれており,どのような場合に解散が違憲又は違法となるかについて,確立した裁判上の基準があるわけではない。
そのため,解散権の濫用を抑制する方法としては,裁判による事後的な無効判断だけでなく,解散理由の説明,事前通知,国会での審議,選挙までの準備期間の確保その他の政治的又は立法的な統制も議論されている。
第4 衆参同日選挙と司法審査
1 名古屋高裁昭和62年3月25日判決
昭和61年6月2日の衆議院解散後,同年7月6日に衆議院議員総選挙と参議院議員通常選挙が同じ日に行われた。
参議院選挙の無効訴訟において,名古屋高裁昭和62年3月25日判決(昭和61年(行ケ)第1号,行集38巻2・3号275頁,判例時報1234号38頁,判例タイムズ640号115頁)は,衆議院の解散自体は裁判所の審査権の外にあるとした。
他方で,同判決は,解散後の総選挙の期日をいつに定めるかは,解散そのものとは別個の内閣の行為であり,その適法性は裁判所が審査できるとした。
2 選挙期日の決定は審査対象となること
同判決は,総選挙の期日の決定について内閣に裁量があることを認めつつ,裁量権の逸脱又は濫用があれば違法となり得るとの枠組みを示した。
そして,憲法及び法律には衆参同日選挙を禁止する規定がなく,衆参同日選挙を禁止するかどうかは立法政策の問題であるとして,当該選挙を違法とはしなかった。
衆参同日選挙には,参議院の独自性や二院制の機能との関係で議論があるものの,その制度的な妥当性と,現行法上の違法性は区別する必要がある。
第5 令和8年までの動き
1 令和8年1月の解散
衆議院は令和8年1月23日に解散され,第51回衆議院議員総選挙は同年2月8日に行われた。
この解散は第220回国会の召集日に行われ,同年2月18日に第221回国会の特別会が召集された。
令和8年5月28日の衆議院憲法審査会でも,第二次苫米地事件判決により解散権濫用に対する司法の事後的是正が期待しにくいとの問題意識から,解散理由の説明,解散できる場合の限定及び選挙までの期間の確保などが議論された。
もっとも,これは国会における政策論議であり,新たな判例又は現行法上の拘束的な解散要件を示すものではない。
2 解散手続及び選挙期日に関する法案
第217回国会には,内閣が原則として解散予定日及び理由を予定日の10日前までに衆議院へ通知することなどを内容とする「衆議院の解散に係る手続等に関する法律案」が提出されたが,成立しないまま令和8年1月23日の解散により審査未了となった。
さらに,第221回国会には,衆議院の解散による総選挙を解散の日から26日以後40日以内に行うものとする公職選挙法改正案が提出された。
令和8年8月11日現在,この改正案の成立は確認できず,現行の公職選挙法第31条第3項は,解散の日から40日以内に総選挙を行うと定めるにとどまり,投票日までの下限日数を定めていない。
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第6 出典・参考資料
1 法令
① e-Gov法令検索「日本国憲法」(第7条,第54条,第69条,第76条及び第81条)
② e-Gov法令検索「裁判所法」(第3条第1項)
③ e-Gov法令検索「公職選挙法」(第31条第3項,第204条,第205条及び第219条)
2 裁判例
① 最高裁昭和28年4月15日大法廷判決(昭和27年(マ)第148号,民集7巻4号305頁)
② 最高裁昭和35年6月8日大法廷判決(昭和30年(オ)第96号,民集14巻7号1206頁)
③ 名古屋高裁昭和62年3月25日判決(昭和61年(行ケ)第1号,行集38巻2・3号275頁,判例時報1234号38頁,判例タイムズ640号115頁)
④ 東京地裁平成24年12月12日判決(平成24年(行ウ)第831号,天皇の衆議院の解散等に関する内閣の助言と承認の無効確認請求事件)
3 国会資料
① 衆議院憲法審査会事務局「『衆議院の解散』に関する資料(衆憲資第104号)」(令和7年5月,25頁,35頁~38頁及び44頁)
③ 第220回国会衆議院本会議録第1号(令和8年1月23日)
④ 第221回国会衆議院憲法審査会議録第7号(令和8年5月28日)
⑤ 第217回国会衆法第51号「衆議院の解散に係る手続等に関する法律案」及び審議経過
⑥ 第221回国会衆法第35号「公職選挙法の一部を改正する法律案」及び第221回国会議案一覧
4 文献
① 渡辺康行・宍戸常寿・松本和彦・工藤達朗『憲法Ⅱ 総論・統治[第2版]』日本評論社,2025年,232頁~233頁
② 樋口雄人「衆議院の解散―近年における『解散権制限論』の検討を中心に―」憲法研究53号75頁~96頁,2021年
③ 樋口雄人「衆議院の解散に関する再論―近年の状況を踏まえて―」憲法研究56号69頁~92頁,2024年