裁判官は裁判所だけで勤務するわけではなく,法務省,金融庁,外務省その他の行政省庁等で勤務することがある。
もっとも,最高裁判所の説明によれば,裁判官から法務省等の行政省庁へ出向する場合には検事に転官し,裁判官の定員の枠外となるため,「出向裁判官」という通称だけでは出向中の身分を正確に表せない。
本記事では,最高裁判所の開示資料を基礎として,出向中の身分,令和7年12月1日現在の勤務先及び人数,判検交流や訟務検事との関係,国会で問題とされた点を整理する。
第1 行政機関等への出向と出向中の身分
1 本記事における「出向裁判官」の意味
最高裁判所は,「裁判官から法務省等の行政省庁へ出向する場合は,検事に転官しているので,裁判官定員の枠外である」と説明している。
したがって,本記事にいう「出向裁判官」は,裁判官から行政省庁等へ出向した経歴を持つ者を指す便宜的な表現であり,出向中も裁判官の身分を保持して裁判官定員に算入されるという意味ではない。
最高裁判所の一覧表が「出向裁判官」ではなく「裁判官出身者」と表記しているのも,この身分関係を踏まえたものと考えられる。
西川伸一『増補改訂版 裁判官幹部人事の研究―「経歴的資源」を手がかりとして』(五月書房新社,2020年)174頁も,司法的出向では裁判官がいったん退官して行政官等に任命され,後に裁判官へ戻るという身分関係を説明している。
2 外部経験制度の中での位置付け
最高裁判所は,原則として全ての判事補に外部経験の機会を与えるものとし,派遣先等として民間企業,弁護士事務所,海外留学,行政官庁及び在外公館等を挙げている。
また,最高裁判所が公表した「判事補の経験の多様化について」は,行政機関等への出向期間を原則2年としている。
行政省庁等への出向は,裁判官の外部経験全体の一類型であり,法務省の訟務部門だけに限られない。
第2 最高裁判所の官職一覧表と最新人数
1 令和7年12月1日現在の人数
最高裁判所作成の「行政省庁等に勤務する者のうち,裁判官出身者の官職一覧表(令和7年12月1日現在)」は,勤務先,人数及び官職名を2頁にわたって掲載している。
同表の合計は166人であり,勤務先別では法務省が104人で最も多く,金融庁が8人,外務省が11人などとなっている。
この166人は行政省庁等に勤務する裁判官出身者の合計であり,現在裁判官の身分を有する者の人数でも,国の指定代理人として活動する者だけの人数でもない。
また,各年の一覧表は基準日現在の在職者を示すスナップショットであるため,年間の新規出向者数又は復帰者数を直接示す資料ではない。
2 年次資料の読み方
(1) 平成29年以後の官職一覧表
平成29年以後の資料は,勤務先ごとの人数だけでなく具体的な官職名も掲載しているため,どの分野で裁判官出身者が勤務しているかを確認できる。
近年5年分の資料は,次のとおりである。
令和2年以前の資料は,令和2年,令和元年,平成30年,平成29年の各頁に掲載している。
(2) 平成28年以前の機関別人数表
平成28年以前の資料名は「行政機関等への出向裁判官数(機関別)」であり,平成29年以後の資料とは表題及び掲載項目が異なる。
3 平成15年資料との比較
平成15年4月15日現在の最高裁判所資料では,行政機関等への出向者は合計160人であり,法務省105人,内閣19人,外務省10人などであった。
令和7年の合計166人は平成15年より6人多いにとどまるが,この比較だけで個々の出向先の役割又は制度の影響を評価することはできない。
第3 判検交流及び訟務検事との関係
1 判検交流との重なり
裁判官から検事への転官を伴う行政省庁への出向は,裁判官と検察官の人事交流,いわゆる判検交流と重なる部分がある。
もっとも,行政省庁等への出向者には,訟務以外の法制執務,金融行政,外交,在外公館勤務,国税不服審判その他の職務に従事する者も含まれるため,出向者全体を訟務検事と同一視することはできない。
判検交流の年度別人数及び政府答弁は,関連記事「裁判官と検察官の人事交流」で整理している。
2 訟務検事の仕事
法務省は,訟務を「国の利害に関係のある争訟について,国の立場から裁判所に対して申立てや主張・立証などの活動を行うこと」と説明している。
訟務検事は,法務省訟務局及び全国8か所の法務局に配置され,行政庁の担当者から事実関係及び行政実務を聴き取り,裁判所に提出する書面や証人尋問の準備等を行う。
裁判官出身者が法務省で勤務していても,民事局,司法法制部その他の部局に所属する場合があるため,法務省勤務者数と訟務検事数は一致しない。
3 法務省設置法附則第3項の「133人」
法務省設置法(平成11年法律第93号)附則第3項は,当分の間,特に必要があるときは,検察庁を除く法務省職員のうち133人を検事で充てることができる旨を定めている。
この133人は,検事をもって充てることができる法務省職員の上限であり,裁判官出身者の人数を定めたものではない。
また,この規定だけから,133人の具体的な職務又は出身職種の内訳を知ることもできない。
第4 出向から裁判官へ戻る場合の資料
1 令和元年の指名諮問委員会議事要旨
下級裁判所裁判官指名諮問委員会(第89回)の議事要旨3頁には,令和元年7月期及び8月期の「出向からの復帰候補者」3人について,略歴及び出向先から得た執務状況等に基づき,裁判官に任命されるべき者として指名することの適否を審議したとの記載がある。
同委員会は,3人のいずれについても指名することが適当であると最高裁判所に答申した。
もっとも,この議事要旨から直接確認できるのは当該時期の3人に対する審議であり,全ての出向者が復帰するたびに例外なく同じ審議を受けると一般化することはできない。
2 平成29年当時に存在しないとされた文書
平成29年9月26日付の司法行政文書不開示通知書によれば,最高裁判所と法務省民事局,刑事局又は訟務局との直近の会合に関する文書は,同通知書の時点で存在しないとされた。
また,平成29年10月23日付の最高裁判所事務総長の理由説明書によれば,平成29年8月3日時点で,最高裁判所とこれら3局との間の二者間会議又は協議会等は存在しなかったとされている。
これらは平成29年当時の文書存否を示す資料であり,現在も同じ状態であることを証明するものではない。
第5 国会の附帯決議と人数の推移
1 衆議院法務委員会の附帯決議
平成29年3月31日の衆議院法務委員会は,裁判所職員定員法改正案に対する附帯決議において,司法制度に対する信頼確保のため,訟務分野で国の指定代理人として活動する裁判官出身の検事の数を縮小するとの政府答弁を引き続き遵守するよう求めた。
同趣旨の附帯決議は,令和2年4月3日,令和3年3月12日及び令和4年3月9日の各衆議院法務委員会でも採択された。
附帯決議は国会委員会による要請であり,裁判所が個別事件で偏った判断をしたことを認定する裁判又は調査結果ではない。
2 国の指定代理人として活動する裁判官出身者
令和5年3月10日の衆議院法務委員会で,法務省は,国の指定代理人として活動する裁判官出身者の数及び割合が,平成22年4月時点の55人,57.9%から,令和4年4月時点の41人,33.6%へ減少したと答弁した。
この41人は国の指定代理人として活動する裁判官出身者の人数であり,令和7年の官職一覧表にある法務省勤務者104人又は行政省庁等勤務者166人とは母集団も基準日も異なる。
したがって,これらの数字をそのまま増減比較することはできない。
第6 制度評価と近時の問題
1 外部経験を重視する立場
最高裁判所は,行政庁への出向を含む外部経験制度を,多様で豊かな知識及び経験を備えた裁判官を確保するための機会と位置付けている。
行政庁では,法令及び政策の立案,国会答弁,組織内外の調整,訴訟当事者としての対応など,裁判所とは異なる意思決定過程を経験できる。
小原一人裁判官を取り上げた三木賢治『裁判官になるには』(ぺりかん社,2009年)12頁~27頁のうち22頁には,訟務検事として行政庁の決裁を経験したことにより,裁判所の権限の大きさを改めて認識したとの趣旨の記述がある。
2 中立性への懸念と反対評価
福井秀夫『行政訴訟による憲法的価値の確保―法治国原理・法と経済学に基づく行政法理論』(日本評論社,2022年)77頁は,裁判所と行政組織との人事交流が行政訴訟の判断へ影響し得るとの批判を述べている。
これに対し,須藤典明裁判官の「高裁から見た民事訴訟の現状と課題―自由平等社会における民事裁判の役割―」判例タイムズ1419号(2016年)6頁は,訟務検事が行政政策を決定するわけではなく,訟務経験を持つ裁判官が行政側へ厳しいこともあるとして,国寄りの判断をするとの類型的な批判に反論している。
制度の存在及び人事交流の経歴だけから,個別の裁判官の判断が国寄りになると断定することはできない。
他方で,裁判の公正に対する外観上の信頼も重要であるため,人数,職務,出向期間及び復帰手続を継続的に公開し,検証可能にする必要があると考えられる。
3 金融庁出向中の内部者取引事件とその後
証券取引等監視委員会は,令和6年12月23日,金融庁企画市場局企業開示課課長補佐として勤務していた佐藤壮一郎裁判官を,金融商品取引法違反の嫌疑で東京地方検察庁に告発した。
同委員会の公表によれば,同人は,職務上知った10件の公開買付けに関する事実について,公表前に対象会社の株券を買い付けたとされた。
また,同人は,同日付で,国家公務員法第82条第1項第1号及び第3号に基づき懲戒免職となった。
東京地裁令和7年3月26日判決(令和6年特(わ)第3846号)は,同人を懲役2年及び罰金100万円に処し,懲役刑について4年間の執行猶予を付したほか,479万3700円相当の売買代金債権の没収及び1020万7900円の追徴を命じた。
同判決は,本件を,裁判官として金融庁に出向し,公開買付届出書等の審査及び処分に従事していた者による常習的な犯行であると評価し,金融商品市場及び金融庁の監督制度に対する信頼を大きく失墜させたと指摘している。
金融庁は,本件告発後の令和6年12月27日付文書により,公開買付届出書等の審査を担当する職員について,株式等の売買を原則として行わない取扱いとし,やむを得ない理由がある場合には事前の報告及び確認を求めることとした。
本件の懲戒処分書,処分説明書及び金融庁の事後対応資料は,「佐藤壮一郎裁判官(71期)の経歴」に掲載している。
本件は出向制度全体の評価を直ちに決めるものではないが,機密情報に接する出向者について,出向先での情報管理,服務規律及び監督体制を具体的に整備する必要性を示す事例である。
第7 関連する公開資料
1 判検交流の集計資料
裁判官と検察官の人事交流については,平成25年度から令和4年度まで,平成26年度から令和5年度まで及び平成27年度から令和6年度までの集計資料を掲載している。
2 出向予定者向け資料等
次のX投稿には,行政機関への出向予定者向けの国家公務員倫理法に関する文書及び検察事務に携わっていない検察官数に関する開示文書を添付している。
国家公務員倫理法について(行政機関への出向予定の裁判官向けの文書)を添付しています
— 弁護士 山中理司 (@yamanaka_osaka) May 27, 2021
検察事務に携わっていない検察官数(充職検事職別人員及び他省庁等勤務者別人員)(裁判官出身者は内数)及びその官職名(令和6年2月の文書)を添付しています。
— 弁護士 山中理司 (@yamanaka_osaka) July 6, 2024
第8 出典
1 法令及び公的資料
① 最高裁判所「第2 裁判官の人事評価の現状と関連する裁判官人事の概況」
② 最高裁判所「外部経験制度の利用(その1)」及び「外部経験制度の利用(その2)」
③ 最高裁判所「判事補の経験の多様化について」
④ 最高裁判所「下級裁判所裁判官指名諮問委員会(第89回)議事要旨」3頁及び「出向先別人数一覧表(平成15年4月15日現在)」
⑤ e-Gov法令検索「法務省設置法」附則第3項
⑦ 衆議院法務委員会会議録及び附帯決議(平成29年3月31日,令和2年4月3日,令和3年3月12日,令和4年3月9日,令和5年3月10日)
⑧ 証券取引等監視委員会「金融庁職員による内部者取引事件の告発について」(令和6年12月23日)及び東京地裁令和7年3月26日判決(令和6年特(わ)第3846号)
⑨ 平成29年9月26日付司法行政文書不開示通知書及び平成29年10月23日付最高裁判所事務総長理由説明書
⑩ 「佐藤壮一郎裁判官(71期)の経歴」(懲戒処分書,処分説明書及び金融庁の事後対応資料を掲載)
2 文献
① 西川伸一『増補改訂版 裁判官幹部人事の研究―「経歴的資源」を手がかりとして』(五月書房新社,2020年)174頁
② 三木賢治『裁判官になるには』(ぺりかん社,2009年)12頁~27頁
③ 福井秀夫『行政訴訟による憲法的価値の確保―法治国原理・法と経済学に基づく行政法理論』(日本評論社,2022年)77頁
④ 須藤典明裁判官「高裁から見た民事訴訟の現状と課題―自由平等社会における民事裁判の役割―」判例タイムズ1419号(2016年)6頁