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遺産相続における使途不明金の効果的な追及方法(AI作成)

目次

第1 本記事の狙いと使途不明金問題の特徴

1 使途不明金問題とは何か

本記事でいう「使途不明金問題」とは,被相続人の生前(又は死亡直後)に,その名義の預貯金から一部の相続人等によって多額の払戻しがされ,その使途が明らかでないとして,他の相続人が払戻しをした者に対しその返還を求める紛争をいいます。高齢化の進展に伴い,判断能力や身体機能が低下した被相続人の財産管理を同居の親族等が担うことは,ごく一般的です。その多くは被相続人のために誠実に行われる正当な財産管理であり,本記事はそれ自体を問題視するものではありません。他方で,管理の状況を示す客観的な資料が残されていないことも多く,相続開始後に管理に関与しなかった相続人との間で争いが生じることがあります。

この類型は,民事裁判実務上少なからぬ割合を占めるとされます(長田雅之「被相続人の生前に払い戻された預貯金を対象とする訴訟についての一試論」判例タイムズ1500号39頁〔2022年〕)。本記事は,この類型を弁護士がどのように追及するかを,証拠収集・法律構成・立証・争点整理の各局面から一体として設計できるよう整理したものです。

2 なぜ追及は難しいのか

前掲の長田論文は,この類型の審理が長期化しやすい理由として,次の点を指摘します。第1に,当事者間の人間関係を背景に感情的対立が激しくなりがちであること。第2に,家庭内部の財産管理には一定の経験則が形成されておらず,管理状況を示す客観的資料が乏しいこと。第3に,訴訟物とされる不法行為・不当利得の要件事実が定型的でなく,主張立証責任の所在について共通認識を得にくいこと。第4に,実務家が依拠できる的確な文献が少ないことです。

つまり,追及の難しさは「証拠が集まりにくい」という一点にとどまりません。限られた証拠から何を,どの法律構成で,誰の立証責任として主張するのかを最初に設計できるかどうかが,結果を大きく左右します。

3 追及を成功させる基本発想

本記事の基本発想は次の3点です。

ア まず証拠(取引履歴・払戻資料・医療介護記録)を早期に押さえること。
イ 次に,「誰が管理していたか」を軸に立証責任を相手方へ移す構造を作ること。
ウ そのうえで,「委託の趣旨」に照らして個々の払戻し・支出の当否を詰めること。

以下では,この順序に沿って具体的な方法を述べます。なお,本記事は,判断能力が低下した高齢者や,その介護・財産管理を担った親族の双方に配慮し,一方を当然に不正と決めつける趣旨ではないことをあらかじめお断りします。

第2 追及の全体設計―3つの争点と関与の3類型

1 3つの争点(引出主体・引出権限・使途)

この類型の争点は,突き詰めると次の3段階に整理できます。

ア 引出主体―誰が払い戻したのか(被相続人本人か,相手方相続人か)。
イ 引出権限―相手方相続人に払戻しの権限(被相続人の意思に基づく管理の委託)があったのか。
ウ 使途―払い戻された金銭が,被相続人のために使われたのか。

実際の訴訟では,これらは重畳的に,又は払戻しの時期ごとに問題となります。追及する側は,この3段階のどこで勝負するのかを意識して主張を組み立てる必要があります。

2 「無断で」の多義性と関与の3類型

提起する相続人は「被相続人に無断で払い戻した」と主張しがちですが,前掲長田論文が指摘するとおり,「無断で」の意味は多義的です。すなわち,①通帳等を交付していないという趣旨か,②交付・管理は前提としつつ払戻し自体に承諾がないという趣旨か,③払戻金の使用に承諾がないという趣旨か,で立証すべき事実が異なります。

これを整理すると,相手方相続人の関与は次の3類型に分けられます。

ア 委託型関与―被相続人がその意思に基づいて通帳・印鑑・キャッシュカード等(以下「通帳等」)を交付し,管理を委ねた場合。
イ 能力欠如型関与―通帳等の交付はあったが,その時点で被相続人の意思能力が欠如していた場合。
ウ 侵奪型関与―入院等の隙に相手方相続人が通帳等の支配を奪って管理を始めた場合。

判別は,①被相続人が任意に通帳等を交付したか(否なら侵奪型),②交付があるとして被相続人の意思に基づいて管理が始まったか(意思能力を欠くなら能力欠如型,そうでなければ委託型),という順で行います。前掲長田論文が平成30年から令和2年までの東京地方裁判所の第一審裁判例30件を分析したところ,最終的に侵奪型・能力欠如型と認定された事案はなく,実務上は委託型が主戦場となっています。追及する側は,まず「相手方相続人による管理が,被相続人の意思に基づいて始まったものか否か」を明らかにするところから出発することになります。

3 立証責任の実務的な所在

理論上は,払戻権限の不存在が請求原因か抗弁かに争いがありますが,実務では,払戻しをした相手方相続人の側が,払戻権限や使途を説明・立証すべきものとして扱われる傾向にあります。相続実務書が紹介する東京地方裁判所の裁判例の中には,被告が預貯金を管理する立場にあった場合には,被告の側から出金の経緯・使途について相応の合理的な説明を伴う具体的な反証がない限り,法律上の原因なく利得し損失を与えたものと推認するのが相当とした例(東京地判令和2年10月22日)もあります。したがって,追及する側の要は,「相手方相続人が管理者であった」という事実を固めることにあります。これにより,事実上の立証負担を相手方へ移すことができます。

第3 証拠の収集―追及の第一歩

1 取引履歴の取得

(1) 相続人単独での開示請求

追及の出発点は,被相続人名義の口座の取引経過(取引履歴)の取得です。最高裁は,預金契約が消費寄託にとどまらず,振込入金の受入れや各種料金の自動支払等の委任・準委任の性質を含むことから,受任者の報告義務(民法645条・656条)を根拠に,金融機関は預金者に対し取引経過の開示義務を負うとしました。そして,共同相続人の一人は,預金契約上の地位に基づき,他の共同相続人全員の同意がなくても,単独で取引経過の開示を請求できるとしています(最一小判平成21年1月22日民集63巻1号228頁)。相手方相続人が資料を出さなくても,追及する側は自力で取引履歴を取得できるということです。

(2) 残高証明書の取得

相続開始時点の残高を確認するため,残高証明書も取得します。相続人の一人からの残高照会に金融機関が応じることは守秘義務違反にならないとされており(最判平成31年3月18日判時2422号31頁),戸籍謄本等で相続人であることを示せば交付を受けられます。

(3) 保存期間はおおむね10年

金融機関の取引経過の保存期間は,おおむね10年とされます。したがって,開示を受けられる取引経過は直近10年分程度が目安であり,それ以前の大口出金や退職金の入金等は,別途の資料や間接事実で補う必要があります。時効管理(後記第4の3(1))とも関わるため,早期の取得が重要です。

2 弁護士会照会

相手方相続人が払戻し自体を否認する場合には,金融機関に提出された払戻請求書(伝票)を確認する必要があります。銀行は伝票を一定期間保存しているため,弁護士会照会(弁護士法23条の2)により伝票を取り寄せ,その筆跡から誰が払い戻したかを立証できる可能性があります。費用は各弁護士会により異なりますが,8,000円から1万円程度が一般的です。もっとも弁護士会照会には強制力がなく(応じなくても罰則はありません),開示されないこともあります。その場合は,訴訟提起後の手続に進みます。

3 訴訟内での証拠収集

(1) 調査の嘱託と照会事項の設計

訴訟では,裁判所を通じた調査の嘱託(民事訴訟法186条)や文書送付嘱託を利用します。使途不明金の争いは,最終的には訴訟で解決を図るのが原則であり,家事調停手続の中で調査嘱託等がされることは一般的ではありません。照会事項は,争点に応じて具体的に設計します。例えば次のような整理が考えられます。

ア 無断解約が争われる場合―窓口に来たのは誰か,本人意思の確認方法,解約時に提出を受けた書類一式の写し。
イ 無断払戻しが争われる場合―各払戻しを窓口で行ったのは誰か(年月日ごと),本人意思の確認方法,払戻請求書等の書類一式の写し,ATMによる場合は場所・日時・金額(取引ログ)(防犯カメラ映像は,保存期間内で残っていればその写しも)。
ウ 口座開設・口座振替が争われる場合―開設時期,本人確認資料,届出事項とその変更,振替依頼の内容,書類一式。
エ キャッシュカードが争われる場合―作成の有無,申込日,作成日,誰にいつ交付したか,申込みから交付・発送までの手続の説明,書類一式。

(2) 相手方口座の文書提出命令

被相続人の口座から払い戻された金銭が相手方相続人の口座に入金された事実を立証したい場合には,相手方口座の取引明細の文書提出命令を検討します。最高裁は,被告が開設した口座の取引明細の提出が求められた事案で,当該顧客自身が民事訴訟の当事者として開示義務を負う場合には,金融機関に秘匿すべき独自の利益がない限り,その取引明細は職業の秘密(民事訴訟法220条4号ハ・197条1項3号)に当たらないとしました(最三小判平成19年12月11日民集61巻9号3364頁)。金銭の流れを相手方の口座で裏づける有力な手段です。なお,貸金業者に対する取引履歴の開示についても,信義則上の開示義務が認められています(最三小判平成17年7月19日民集59巻6号1783頁)。

(3) 探索的な立証の限界

もっとも,相手方相続人の口座の取引履歴を広く求める調査嘱託や文書提出命令は,探索的な立証として採用されないことがあります。権利濫用にわたらないよう,証拠調べの必要性を十分に検討し,どの払戻しと,どの入金・支出とが結び付くのか,その関連性を具体的に疎明したうえで申し立てることが肝要です。

なお,ATMの防犯カメラ映像は,保存期間が数か月程度と短く(保存期間は金融機関ごとに異なります),相続紛争が表面化する時点では既に消去済みであることが多いのが実情です。残っていても,プライバシーやセキュリティを理由に開示に消極的な金融機関もあります。したがって,映像そのものの入手は当てにせず,取引ログ(場所・日時・金額),払戻請求書の筆跡,通帳・キャッシュカードの管理状況を立証の主軸に据えるのが安全です。

4 出金主体を特定する間接事実

伝票の筆跡やATM映像といった直接証拠が得られないときは,間接事実を積み上げます。主なものは次のとおりです。

ア 被相続人の身体状況・居住場所―施設入所等で外出できず,自ら払戻しに行くことが不可能であったか。
イ 通帳等の保管・管理状況―とりわけ要介護認定の認定調査票の「金銭の管理」欄に,管理者として相手方相続人が記載されているかは有力な手がかりです。
ウ 引き出しの場所―被相続人が行ける支店・ATMか,相手方相続人の近隣か。
エ 金銭の移動状況―払戻しに近接して相手方名義口座への入金があるか,原資を説明できない支出があるか。
(ア) 200万円を超える現金の払戻しは犯罪収益移転防止法により本人確認が必要であり,本人確認手続の有無は一つの間接事実になります。
(イ) ATMの払戻限度額と同額の連日の引き出しは,不自然に急いだ払戻しとして関与を推認させることがあります。
オ 引出額の推移―健常時の月々の払戻額に比べ,ある時期から格段に増加していないか。

5 意思能力を裏づける医療・介護記録

払戻し時に被相続人の意思能力が欠けていたことは,「本人に頼まれて代わりに払い戻した」という説明を封じる重要な事実です。もっとも,意思能力の有無は,長谷川式やMMSEの点数のみ,あるいは看護記録の「認知障害」等の表現のみで決すべきではなく,年齢・病状・健康状態とその推移,行為の前後の言動を総合して判断されます。カルテ・看護記録・要介護認定資料等を幅広く収集し,遺言能力が争われる事案と同様の攻撃防御を行うことになります。

第4 法律構成―訴訟物の選択

1 3つの訴訟物

払戻金相当額の返還を求める法律構成は,主として次の3つです。

ア 不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条)。
イ 不当利得返還請求(民法703条・704条)。
ウ 委任・準委任に基づく請求―善管注意義務違反による損害賠償(民法644条)又は受取物引渡請求(民法646条)。

実務では,不当利得構成か不法行為構成の一方又は両方(選択的)を用いるものが大多数で,受取物引渡構成が散見される程度です。

2 委託型では請求原因が収斂する

前掲長田論文の重要な指摘は,委託型では,いずれの訴訟物によっても請求原因が実質的に同一に収斂するという点です。すなわち,追及する側は,①被相続人の意思に基づく相手方相続人に対する預貯金管理の委託(委託の趣旨を含む),②相手方相続人による委託の趣旨に反する払戻し又は払戻金の支出を主張立証することになります。そして,被相続人が払戻し・取得を了解していたという「贈与」の主張は,相手方相続人が抗弁として主張立証すべきものと位置付けられます。ここでいう「払戻権限」は,金融機関との関係での権限ではなく,被相続人が払戻しを一般に許容していたか,という意味である点に注意が必要です。したがって,どの訴訟物を選んでも,「委託の趣旨」の認定が実質的な争点になります。

3 訴訟物選択に残る3つの実益

請求原因が収斂するとしても,訴訟物の選択には,なお次の3つの実益が残ります。

(1) 消滅時効

不法行為構成は,損害及び加害者を知った時から3年(民法724条1号),不当利得構成・委任構成は,権利を行使できることを知った時から5年・行使できる時から10年(民法166条1項)です。死亡後に発覚することが多いこの類型では,不法行為の3年が先に完成するおそれがあり,長期にわたる生前の払戻しでは時効管理が重要です。相続実務書が紹介する裁判例には,時効により請求が全部棄却された例(東京地判平成26年3月6日)もあります。なお,相続・遺贈により承継した請求権の主観的起算点は,承継人ではなく被相続人本人が知った時を基準とする点に留意が必要です。

(2) 遅延損害金の起算日

遅延損害金の起算日は構成により異なります。不法行為構成では払戻し(不法行為)の時,悪意の受益者に対する不当利得構成では利得の時(民法704条),単純な不当利得では請求の翌日(民法412条3項)が基本です。悪意の受益者と評価できれば,利得時からの利息を付すことができます。もっとも,不法行為構成で払戻し時起算を狙う場合,個別の支出が委託の趣旨に反することの立証や個別支出日の特定は,相当の困難を伴うことがあります。

(3) 返還の範囲

不当利得構成では,善意の受益者は現存利益の返還で足ります(民法703条)。返還範囲の点でも,悪意の受益者と評価できるかどうかが結論を分けます。

4 遺産分割・遺留分との関係

生前に払い戻された使途不明金は,被相続人の死亡時に預貯金として現存しないため,遺産分割の対象にはなりません。これにより生じる損害賠償・不当利得返還請求権は可分債権として,相続開始と同時に各相続人が相続分に応じて当然に取得します(最判昭和29年4月8日民集8巻4号819頁)。したがって,一人で使い込み全額を請求することはできず,自己の相続分の限度での請求となります。また,これらは家庭裁判所の遺産分割審判では解決できない付随問題であり(大阪高決平成22年8月26日),地方裁判所の民事訴訟で争うことになります。

なお,相続開始「後」の無断払戻しは,他の相続人の準共有持分の侵害として違法と評価され得るほか,民法906条の2により,これを遺産分割の対象に取り込む道が開かれています(処分をした相続人本人の同意は不要)。預貯金債権を遺産分割の対象とした最大決平成28年12月19日民集70巻8号2121頁は,無断払戻しにより生じた請求権には及ばないとされ,遺産分割終了後に発見された払戻しについて別途訴訟を提起することも妨げられません(相続開始後の可分債権の無権限行使につき,最判平成16年4月20日判時1859号61頁)。

第5 「委託の趣旨」の主張立証―委託型の主戦場

1 「委託の趣旨」とは

委託型では,被相続人と相手方相続人の間に準委任の関係があり,払戻しや使途の当否は,受任者の善管注意義務(民法644条)に違反したか否かで決まります。受任者には一定の裁量が与えられており,その裁量の幅を画する基準が「委任の本旨」,すなわち本記事でいう「委託の趣旨」です。追及する側は,委託の趣旨を具体的に特定し,個々の払戻し・支出がその範囲を超えていることを示すことになります。

2 委託の趣旨を認定する考慮要素

委託の趣旨は,文書が作成されていることが希であるため,次の3層の事情から認定されます。

ア 委託の経緯―(ア)委託以前の財産管理の状況(誰がどのように管理し,通帳等をどう保管していたか),(イ)被相続人の心身の状況と当時自ら財産管理ができたか,(ウ)当時の被相続人と相手方相続人の信頼関係(同居の有無・期間,身上監護の状況)。
イ 委託の状況―第三者の立会いの有無,被相続人の意思をうかがわせる手紙等の存在。
ウ 財産管理の状況―(ア)被相続人の関与(指示・報告・把握の有無),(イ)払戻しの頻度・金額・使途・期間,(ウ)被相続人の収入及び財産全体の推移(年金額,資産の増減)。

3 使途と委託の趣旨の適合性

(1) 生活費・医療費・介護費

被相続人の生活費・医療費・介護費に充てられた払戻しは,委託の趣旨に含まれることに争いが生じにくい費目です。これらは領収書が全て残っていることが通常想定できないため,従前の生活状況等からある程度概算で認定されることが多く,裁判例にも生活費を月額10万円から15万円程度と概算で認めた例が見られます。

(2) 高額な生活費という主張の吟味

相手方相続人から「被相続人の生活費として毎月50万円を支出した」といった高額の主張がされることがあります。しかし,委託型は,被相続人の身体的・精神的な理由から管理の委託が始まる事案が多く,その日常の生活費が高額に及ぶことは通常考えにくいところです。追及する側は,委託開始前の数年分の家計簿・払戻金額・年金額・資産の増減から従前の生活費を推計し,相手方相続人自身の生活費への援助が紛れ込んでいないかを明らかにして,適合性を争うことになります。

(3) 葬儀費用

葬儀費用は,一般に委託の趣旨に当然に含まれるわけではなく,個別に委託の趣旨を認定する必要があります。裁判例では,葬儀費用は原則として喪主が負担すべきもの(その反面として香典を取得できる)とし,他の相続人の了解なく遺産から支出することは認められないとした例があります(喪主負担を基礎づける近時の例として名古屋高判平成24年3月29日等)。相続実務書が紹介する裁判例にも,喪主が香典を取得している以上,自己の法定相続分を超える葬儀費用の支出は法律上の原因を欠くとした例(東京地判令和4年4月21日)があります。

(4) 相手方やその家族のための支出

相手方相続人やその家族のための支出(自動車購入費,学費,自宅の建替え・改修費,金融資産の購入等)は,外形上,専ら相手方のためのものであり,原則として委託の趣旨に含まれるとは解し難いものです。これらは,委託の趣旨の問題としてではなく,被相続人による「贈与」として整理し,その成否(及び後述の特別受益該当性)を検討するのが適切です。自宅の改修費でも,被相続人が退院後に居住するためのバリアフリー工事など,被相続人の利益に直結する場合には委託の趣旨に含まれる余地があり,内容と委託の趣旨との相関の中で判断されます。

4 「贈与」の抗弁とその立証責任

相手方相続人が払戻金を取得したことについて,被相続人の指示又は了解(「贈与」)があったことは,委託の開始時点で予定されていたものでない限り,相手方相続人が主張立証すべき抗弁と位置付けられます。追及する側は,贈与を基礎づける客観的事情(書面,贈与税の申告の有無等)の不存在を突くことになります。もっとも,裁判例では,介護等の事情から委託の趣旨を認定したうえで,その延長線上のものとして贈与が比較的容易に認定される傾向も指摘されています。贈与が認められた場合には,特別受益として遺産分割で考慮される可能性があるため,訴訟と遺産分割の双方を見据えた対応が必要です。

5 残金の返還と「領得」の壁

払い戻された金銭のうち,委託の趣旨に沿った支出を除いた「残金」の返還を求める場合には,注意が必要です。前掲長田論文が指摘するとおり,相手方相続人が残金を保有しているというだけでは,直ちに被相続人の財産を故意に侵害したとは評価できず,残金を自己のものとして領得したと認定する必要があるとされます。残金構成を採るときは,自己口座への混入や私的費消といった「領得」を裏づける間接事実を積み上げることが求められます。

第6 争点整理と立証活動の進め方

1 払戻一覧表を早期に作る

払戻しの期間が長く,口座間の資金移動がある事案では,前提となる客観的事実がずれたまま主張立証が進むおそれがあります。これを避けるため,追及する側は,早期に払戻一覧表(年月日・支店・金額・払戻方法・使途欄)を作成し,相手方に確認を求めることが有効です。これは,その後の争点整理の土台になります。

2 使途説明の「粒度」を調整する

相手方が管理を認めた場合には,使途の説明を求めますが,その「粒度」を早期の口頭協議でメリハリを付けることが重要です。生活費・医療費のように委託の趣旨に含まれることに争いが生じにくい費目は概算(平均月額)で足り,比較的高額な払戻しやその使途を重点的に深掘りします。全ての費目について一律に使途一覧表の作成を求めると,断片的な書証との対応関係の説明の応酬となり,かえって審理が長引くことになりかねません。

3 「厳格審査の錯覚」を避ける

費目が詳細に主張されると,第三者が財産を管理する場面のように,被相続人のための支出か否かを厳格に審査すべきだという印象を持ちがちです。しかし,この類型は,被相続人があえて身内である相手方相続人に管理を委ねたものであり,相手方に一定の裁量が与えられていることが多く,その裁量の幅の認定こそが委託の趣旨の認定そのものです。追及する側も,個々の領収書の有無に拘泥するより,裁量の幅を画する事情(前記第5の2)を示すことに力点を置くのが効果的です。

第7 場面別の勘所―裁判例に現れた分かれ目

1 死亡直前・危篤期・死亡後の出金

相続実務書や前掲長田論文が分析する東京地方裁判所の裁判例には,被相続人が危篤状態となった以降の払戻しについては,本人へ交付されたとの推認は働かないとし,領得を認めた例(東京地判平成30年3月28日)があります。全介助の状態や連日・限度額同額の不自然に急いだ払戻しは,本人による費消が考えにくく,追及の的を絞りやすい局面です。反面,被相続人が自宅で生活し,容易に払戻しに気づける状況にありながら異議を述べた形跡がない期間については,交付の可能性が否定できないと判断されることもあり,時期ごとの切り分けが有効です。

2 配偶者による出金

出金者が配偶者である場合には,婚姻費用の分担義務(民法760条)や夫婦の財産の性質から,判断能力が低下した後でも包括的な承諾が認定されやすく,相当な範囲の払戻しについては不法行為・不当利得が否定されることがあります(相続実務書が紹介する例として東京地判平成29年6月21日)。この場合,追及する側は,婚姻費用として相当な範囲を超える,高額かつ異質な支出(配偶者個人の利得,第三者への流出)に的を絞る必要があります。

3 意思能力が争われる場面

意思能力の有無は結論を大きく左右します。相続実務書が紹介する裁判例には,判断能力が高度に低下していたとして無権限の払戻しに不法行為の成立を認めた例がある一方,本人が通帳等を自ら管理し一定の判断能力を保っていたとして,使途を説明できなくても無断の領得とは認定できないとした例(東京地判令和4年9月28日)もあります。追及する側は,主治医の意見や具体的な言動を総合して意思能力の欠如を立証する必要がありますが,仮に意思能力を欠く場合でも,被相続人の利益に適合する支出は事務管理として違法性が阻却される余地がある点にも留意が必要です。

4 名義預金

子や孫の名義の預貯金であっても,原資が被相続人で,通帳・証書・届出印を被相続人が保管し続けていた場合には,贈与・引渡しの立証がない限り,被相続人に帰属する(名義預金)と判断され得ます。この場合は,使途不明金の問題ではなく,まず当該預金が遺産に属するか(帰属)を争点とすることになります。

第8 まとめ―追及のロードマップと出典

1 追及のロードマップ

本記事の内容を,追及の手順として整理すると次のとおりです。

ア 証拠を押さえる―相続人単独で取引履歴・残高証明を取得し(最一小判平成21年1月22日),弁護士会照会で払戻請求書を入手して筆跡を確認する。
イ 管理者性を固める―要介護認定調査票・保管状況・医療介護記録から「相手方相続人が管理者であった」ことを立証し,事実上の立証負担を相手方へ移す。
ウ 金銭の流れを裏づける―必要に応じ調査嘱託・文書提出命令(最三小判平成19年12月11日)で相手方口座への流入を顕出する(ただし探索的な申立ては避ける)。
エ 法律構成を選ぶ―委託型では請求原因が収斂するため,時効・遅延損害金・返還範囲の実益から訴訟物を選択する。
オ 委託の趣旨で詰める―委託の趣旨を特定し,高額・異質な支出,危篤期・死亡後の出金,残金の領得に的を絞る。
カ 争点整理を主導する―払戻一覧表を早期に作り,使途説明の粒度を調整して,重点的な立証を行う。

使途不明金の追及は,個々の出金を場当たり的に問い詰める作業ではなく,「誰が管理していたか」から「委託の趣旨」へと論点を進める設計が成否を分けます。本記事が,その設計の一助となれば幸いです。

2 主な参照文献

本記事は,次の文献等を参照しています(いずれも著作物の表現をそのまま引用したものではなく,その分析・整理を筆者の理解に基づき要約したものです)。

・長田雅之「被相続人の生前に払い戻された預貯金を対象とする訴訟についての一試論―最近の第一審裁判例の分析―」判例タイムズ1500号39頁(2022年)
・本橋総合法律事務所編『Q&Aと事例 相続における使途不明金をめぐる実務』(新日本法規出版,2025年)
・本橋総合法律事務所編『法律家のための 相続預貯金をめぐる実務』(新日本法規出版,2019年)
・田村洋三ほか編『第3版 実務 相続関係訴訟―遺産分割の前提問題等に係る民事訴訟実務マニュアル』(日本加除出版,2020年)
・片岡武・管野眞一編著『第3版 家庭裁判所における遺産分割・遺留分の実務』(日本加除出版,2017年)
・引用した最高裁判例(最一小判平成21年1月22日民集63巻1号228頁,最三小判平成19年12月11日民集61巻9号3364頁,最三小判平成17年7月19日民集59巻6号1783頁,最判平成31年3月18日判時2422号31頁,最大決平成28年12月19日民集70巻8号2121頁,最判昭和29年4月8日民集8巻4号819頁,最判平成16年4月20日判時1859号61頁)は,いずれも裁判所ウェブサイトの裁判例検索等で確認することができます。