検察官の身分保障

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   七訂版 検察庁法(平成31年3月の法務総合研究所の文書)77頁ないし84頁には,「第2節 検察官の身分保障」として以下の記載があります(文中の「庁法」は検察庁法のことであり,「章程」は検察庁事務章程のことです。なお,別の場所の脚注に言及している部分は削りました。)。

1 既に述べたように,検察権は, 司法権と密接不可分な関係にあり, 司法権の適正な実現のためには,検察権が公正妥当に行使されることが不可欠の前提となる。 したがって, 司法権の独立を確保するためには,検察権の立法権及び他の行政権からの独立が担保されなければならない。
   そのため,庁法は,一面において,個々の検察官をそれぞれ独立の官庁とするとともに,法務大臣の検察官に対する指揮監督権をも制限し,他面において,検察官の身分保障を一般の国家公務員のそれ(注)に比して厚いものとして,検察官の独立性を担保しているのである。けだし,いかに個々の検察官を独立の官庁とし,法務大臣の指揮監督椎を制限したとしても,内閣ないし法務大臣が自由に検察官を罷免したり, あるいは,検察官に対して身分上不利益な処分を行ったりすることができるものとするならば,検察権の独立の担保は,有名無実に帰するであろう。
この意味において,検察官の独任制官庁及び法務大臣の指揮監督権の制限と,検察官の身分保障とは,検察権の独立を担保するための不可欠の前提であるというべきものである。
   その身分保障の内容は,検察官は,懲戒処分については一般の国家公務員と全く同様に国家公務員法の適用を受けるが,分限処分については,一定の場合を除いて,原則として, その意思に反して,官を失い,職務を停止され, 又は俸給を減額されることがない(庁法第25条)ことである。このように,検察官に対して一般の国家公務員と比べて特に厚い身分保障が認められているのは,検察権の公正妥当な行使を担保するためであり, 一方,検察官は,個々の国民の権利義務に重大な影響を及ぼすところの検察権を,専ら自己の判断と責任において行使することを委ねられているのであるから,検察官は, 自己の判断の誤りによって,国家,国民に重大な損害を与える結果を招いたり,検察の公正を疑わしめる結果を招いたりしたような場合には,漫然,身分保障の上に安住することなく,検察官としての良心に従い,潔く出所進退を決しなければならないのは当然である。

(注) 一般の国家公務員の身分保障とは,国家公務員が意に反してみだりにその官職を失ったり,あるいは官職の保有に基づく各種の権利をみだりに制限ないし剥奪されることがない制度をいう。一般の国家公務員も国民全体の奉仕者として,行政事務を能率的かつ公正に執行する責務を負うものとして。安心して職務に精励できるように一定の事由に該当する場合以外はその地位やそれに伴う利益を保障しようとするものである。
   そして国家公務員に対し身分上の不利益を与える制度として,懲戒処分と分限処分とがある。懲戒処分の種類には, (1)免職,(2)停職,(3)減給,(4)戒告(国家公務員法第82条)があり,分限処分の種類には, (1)免職, (2)降任,(3)休職(同法第75条第1項)がある。同じく免職といっても,懲戒処分としての免職と分限処分としての免職があるので,両者の相違が問題になるが,前者は公務秩序の維持という観点に立ってのもので,倫理的な非難の要素を含んでいるのに対し,後者は公務の能率的な運営という観点に立つもので,倫理的な非難の要素は含んでいない。検察庁職員のうち検察事務官は, 一般職(同法第2条第2項)であるから,上記懲戒処分,分限処分の両規定の適用がある。これに対し,検察官は一般職(同項)ではあるが,分限処分については庁法に規定(第23条,第24条)があるので,国家公務員法の適用は排除され(第1章第1節4参照),同法の分限処分の規定は適用されない。 しかしながら, 同法の懲戒処分の規定は排除されていない(庁法第25条ただし書,32条の2,国家公務員法附則第13条)ので,同規定の適用はある。
   なお裁判官は特別職(国家公務員法第2条第3項第13号)であり, 国家公務員法の規定は原則として適用されない(同条第5項)。したがって,上記懲戒処分,分限処分のいずれの規定も適用されない。

2 検察官に対する懲戒処分
   懲戒処分は,特別権力関係における規律の保持のために認められる制裁であるが,国と国家公務員との間に成立する特別権力関係における懲戒処分については,国家公務員法第82条から第85条までに規定されており, この規定は,国家公務員である検察官についても, そのまま適用がある。
   国家公務員の懲戒権者は,任命権者であり (国家公務員法第84条第1項),懲戒の原因は,(1)国家公務員法若しくは国家公務員倫理法又はこれらの法律に基づく命令に違反したこと, (2)職務上の義務に違反し,又は職務を怠ったこと, (3)国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行があったこと, である(同法第82条)。また,懲戒処分の種類は,次の四つである (同条)。
(ア) 免職
(イ) 停職1 日以上1年以下の期間職務に従事せしめられず,かつ, その期間中給与を支給されない(同法第83条,人事院規則12-0「職員の懲戒」第2条参照)。
(ウ) 減給1年以下の期間,俸給月額の5分の1以下に相当する額を給与から減ぜられる (「職員の懲戒」第3条参照)。
(エ) 戒告 (「職員の懲戒」第4条参照)。
   なお,戒告に似た名前のものとして「訓告」があるが, これは懲戒処分の一種ではなく,職務上の義務違反が懲戒処分に付する程度に達しない場合に,指揮監督権に基づいて,その義務違反者の職務履行の改善向上に資するために行われる監督上の措置にすぎない。

3 懲戒処分以外の理由による,検察官に対する不利益処分
(1) 免官
   検察官は,原則として,意思に反して官を失うことがない(庁法第25条本文)。
   なお, ここでいう 「官」 とは, 「検察官」たる地位を意味するのか,それとも, 「検事総長」, 「次長検事」, 「検事長」, 「検事」又は「副検事」たる地位を意味するのかについての問題が,昭和26年,具体的な問題となって現われた。時の大橘武夫法務総裁が木内曽益次長検事を本人の承諾を得ることなく札幌高等検察庁検事長へ転任せしめようとした, いわゆる木内問題がこれである。このとき, 当時の大橘法務総裁や佐藤達夫法制意見長官は, 「庁法第25条の規定は検察官相互の転官において適用のあるものではない」旨の見解を示した(昭和26年3月7日,参議院法務委員会)。 しかし,既に述べたとおり,検事総長,次長検事,検事長,検事及び副検事はそれぞれ官であり,検察官は検事総長以下の官名の総称であって,庁法第25条の「官」を「検察官」と限定する法文解釈上の理由はないし, また,同条の「官」を「検察官」 と解するならば,例えば,時の法務大臣が,庁法第14条の規定に反して直接行った具体的事件に関する指揮に従わなかったという隠された原因によって,極端な場合,検事長を副検事に転任させるというようなこともあり得るわけであって,庁法が検察権の独立を担保せしめようとした検察官の身分保障は, ほとんど有名無実に帰すことになる。 したがって,庁法第25条の「官」は,検事総長以下のそれぞれの官であるとしか解し得ない。
   例外的に,検察官がその意思に反して官を失うのは,
(ア) 任命の欠格事由が生じたとき
(イ) 検事総長は年齢が65年に達した時,その他の検察官は年齢が63年に達した時(定年)(庁法第22条)
(ウ) 検察官適格審査会の議決に基づく罷免(庁法第23条)
   の三つの場合である。
   ちなみに,一般の国家公務員がその意思に反して離職せしめられるのは,(ア)欠格事由が発生した場合の失職(国家公務員法第76条) ,(イ)勤務実績がよくない場合,心身の故障のため,職務の遂行に支障があり,又はこれに堪えない場合,その他官職に必要な適格性を欠く場合,あるいは,官制もしくは定員の改廃又は予算の減少により廃職又は過員(注1)を生じた場合の免職(同法第78条)の分限処分による場合である。
   検察官の適格審査制度(庁法第23条)は,検察官の職務と責任の特殊性から,検察官の身分を一般の国家公務員のそれに比して手厚く保障するために,庁法によって設けられた制度である。すなわち,検察官が「心身の故障,職務上の非能率その他の事由に因りその職務を執るに適しないとき」 (国家公務員法第78条第1号から第3号までと同様,検察官としての一般的適格性を欠く場合と解すべきであって,検察官に, たまたま懲戒の対象となる非行等があっても,そのことのゆえに直ちに適格審査による罷免の対象となることはなく,その非行等を通じてその検察官の客観的,一般的適格性の欠如が認められるような場合に初めて適格審査による罷免の対象になるものと解すべきであろう。)は,内閣が任命権者である検事総長,次長検事及び検事長については,検察官適格審盃会の議決及び法務大臣の勧告を経て, 内閣が免官することができ,法務大臣が任命権者である検事及び副検事については,検察官適格審査会の議決を経て,法務大臣が免官することができる(庁法第23条第1項) とされている。検察官が検察官適格審査会の審査に付されるのは,
(ア) 全ての検察官が3年ごとに審査に付される一定時審査
(イ) 法務大臣の請求により特定の検察官が随時審査に付される一請求による審査
(ウ) 審査会の職権により特定の検察官が随時審査に付される-職権による審査
   の三つの場合である (同条第2項)。検察官適格審査会の組織,権限その他については,庁法第23条第3項ないし第7項,及び第8項に基づく検察官適格審査会令(昭和23年政令第292号)に定められている。
(2) 休職
   検察官は,原則として,意思に反して職務を停止されることがない(庁法第25条本文)。
   ここでいう 「職務」 とは,一般的な検察官の聯務ではなくて,補職せられたその具体的な職務をいうのであって,検察事務及び検察行政事務のいずれをも含む。また, 「職務の停止」は,国家公務員法における「休職」 (同法第79条)に当たる。 したがって,検察官は, 同法に基づく 「休職」を命ぜられることはない。また前記検察官適格審査制度では,検察官が,その職務を執るに適しないと認める場合に免官はできるが, その検察官の職務を停止することはできない。
   例外的に,検察官がその意思に反して職務を停止されるのは,剰員により欠位を待たされる場合(庁法第24条)である。
   剰員が生ずる場合は,一官一職である検事総長や次長検事については考えられないが,検事長,検事又は副検事については,検察庁の廃止,定員の削減等の事由によることがあり得る。このような場合には,法務大臣は,剰員となった検察官に俸給の半額を給して,欠位を待たせることができる (庁法第24条)。 この措置により,その検察官は,検事長,検事又は副検事という官を失うことはないが,執行すべき具体的職務を有しないこととなるから,実質的には,減俸を伴う休職を命ぜられたのと同様の結果となる(国家公務員法第79条,一般職の職員の給与等に関する法律第23条参照)。同様の場合に,一般の国家公務員においては,職員を免職することができるものとしている (国家公務員法第78条第4号)。
   ちなみに,一般の国家公務員においては,心身の故障のため,長期の休養を要する場合又は刑事事件に関し起訴された場合に,意思に反して休職させられることがある(国家公務員法第79条)。
(3) 減俸
   検察官は,原則として,意思に反して俸給を減額されることがない(庁法第25条本文)。
   検察官の受ける俸給については, 「検察官の俸給等に関する法律」(昭和23年法律第76号)で定められている (庁法第21条)。庁法第25条にいう 「俸給を減額」 とは,特定の検察官の俸給を減額することをいい,検察官一般の俸給の減額を含まないと解される。 したがって,検察官の俸給を一律に減額する法律の改正は適法であるが, その法律を特定の検察官に適用することとなれば,特定の検察官の俸給が減額されることとなるから, その範囲では,法改正は効力を生じないこととなる。また, 「減額」 とは,名目上の減額をいうものと考える。ただし,平価切下げのように,国全体の貨幣価値の名目的切下げの場合は,減額は当たらない。
   例外的に,検察官がその意思に反して俸給を減額されるのは,剰員により俸給の半額のみを給せられる場合(庁法第24条)である。ちなみに,一般の国家公務員においては,(1)降任に伴う降給(国家公務員法第78条), (2)休職に伴う減給(同法第80条第4項及び一般職の職員の給与等に関する法律第23条), (3)勤務しないことによる減給(同法第15条)等の場合がある(注2)。
(注1) 過員(剰員)
   組織体において一定の地位の定員又は定数が定められている場合, その地位を占める人の数が, その定められた定員又は定数を超える状態になったとき,その超えた部分の人員をいう。
(注2) 裁判官と検察官の身分保障の比較
   裁判官と検察官を比較すると,①裁判官の身分保障は窓法(第78条)によって保障されているのに対し,検察官の身分保障は法律(庁法第25条)によって保障されており,したがって保障の基礎に強弱の差異があること,②裁判官の報酬は憲法(第79条第6項,第80条第2項。具体的には裁判所法第51条,裁判官の報酬等に関する法律)によって保障され,憲法改正の手続によらなければ減額することはできないのに対し,検察官の俸給は法律(庁法第25条。具体的には検察官の俸給等に関する法祁)によって保障されているので,法律改正の手統によれば減額することができる(ただし,限界があることについては本文3(3)参照) こと,③裁判官は裁判官弾劾法に基づく罷免の裁判による場合は別として,裁判官分限法により回復の困難な心身の故障のため職務を執ることができないと裁判された場合に罷免されることはあるが,懲戒処分によって罷免されることはない(憲法第78条,裁判所法第48条,裁判官分限法第1条,第2条)のに対し,検察官は心身の故障,職務上の非能率その他の事由により職務を執るに適しないときは検察官適格審査会の議決等を経て罷免されることがあり,罷免事由が広いほか,懲戒処分によっても罷免されることがある(庁法第23条第1項,第25条ただし書,国家公務員法第82条) ことなどの点において,身分保障上の相違がある。
   しかしながら,法律の改正によって検察官の身分保障を不利益に変更するという事態は,現実の問題として,およそ想定することが困難なので検察官の身分保障は極めて強いものということができる。 これが,検察官の身分保障は我判官に準ずるということの実質的意味である。

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