裁判所職員の病気休職


目次

1 裁判所職員の病気休職に関する国会答弁
2 過労自殺と使用者の安全配慮義務
3 裁判所における公務災害の認定手続
4 休職者数等に関して最高裁判所に存在しない文書
5 裁判所職員に対する,精神疾患による休職発令数
6 当事者の不当要求等の内容
7 精神疾患に関するメモ書き
8 関連記事その他

1 裁判所職員の病気休職に関する国会答弁
 裁判所職員の病気休職に関して,平成25年11月26日の参議院法務委員会において以下の質疑応答がありました。
○仁比聡平君 今、御答弁の中で政府の計画に協力をしてという御発言もあったんですけれども、言わばこれまでの裁判所内部でのそうした切り詰めといいますかね、もう私、限界だと思います。
 人は城という言葉がありますけれども、裁判の手続あるいは裁判所の運営というのは、建物が人を裁いているんじゃなくて、裁判所職員に支えられて裁判官、裁判体がそうした適正な手続を進めていくわけですから、この人を減らしてしまうというやり方は裁判所を壊すことになりかねないわけですよね。
 実際、裁判所職員の病気休職、中でも精神疾患による病休が大変増えています。私がちょっと資料を先にいただいて、御紹介をしますと、この平成二十年から二十四年度の五年間を見たときに、全体で二百六十五名の書記官が精神疾患による病休を取っておられるわけですけれども、この数字というのは、例えば平成二十四年度、二〇一二年度の五十七名というのは、全体の書記官の中に占める割合というのは〇・六%に上るんです。その前の年度は〇・六五%に上っているわけですよね。
 これ、大臣あるいは副大臣や政務官も、学校の教員のメンタルヘルス、中には自殺というような深刻な事態が社会問題化していることも御存じかと思いますけれども、この教員の精神疾患による休職者率というのは平成二十三年度で〇・五七%なんですね。教員のメンタルヘルスによる休職者率に匹敵するというよりも更に多い裁判所職員が精神疾患によって休職をしていると。もちろんこれは休職に至っているというのはよほどのことなのでありまして、氷山の一角だと見るべきだと思うんですね。
 最高裁としては、こうした職員の疾病の状況についてどんなふうに認識をしておられますか。

最高裁判所長官代理者(安浪亮介君) お答えいたします。 裁判所職員の病気休職者の原因の中には、内科系疾患や委員御指摘のメンタルヘルス系のものなど様々ございます。そのうち、メンタルヘルス疾患の職員につきましては、職場環境をめぐる問題のほか、自身の健康面での不安や家庭事情等を原因とするものもあったりいたしまして、その原因は様々で、かつ各種要因が複合していることも多く、プライバシーにわたる部分などがありまして、メンタルヘルス疾患の原因分析というのはなかなか容易でないところがございます。 しかしながら、裁判所といたしましても、これまでも全ての職員が心身共に健康で職務に精励できるよう職員の健康保持に取り組んできたところではありますけれども、このメンタルヘルス対策を含め、引き続き職員の健康保持に向けた取組を進めてまいりたいと考えております。

○仁比聡平君 分からないとか本人の事情だというふうに、職員の側に言わば責任を全部押し付けてしまうようなやり方では問題が解決しないというのは、もう大前提で考えておられるのだろうと思うんですけれども。そういう中で、やっぱり負担増が、現実に事件数も増えている、複雑だと。これ、事件にちゃんと向き合うとか当事者に向き合うというためには、その職員自身が健康でなきゃいけないというのはこれ当然のことだと思うんですね。 そこで大臣、定数が減らされてそれが職員の負担増に直結して裁判所の機能低下につながるようなことは万が一にもあってはならないと思うんですが、いかがでしょうか。○国務大臣(谷垣禎一君) 私のところ、法務省は裁判所職員定員法というのも所管しております。ただ、裁判所の要するに人的充実といいますか人的構成をどうしていくかというのは、すぐれて司法権の問題ですから、最高裁判所において適切な判断をされると思うんです。それで、私どもはその裁判所の意向を踏まえて、この法律所管しておりますから、やっていくと、こういうことだろうと思っております。

2 過労自殺と使用者の安全配慮義務(1)ア 49期の石村智 京都地裁判事が執筆した「労災民事訴訟に関する諸問題について」(-過労自殺に関する注意義務違反,安全配慮義務違反と相当因果関係を中心として-)を掲載している判例タイムズ1425号(平成28年7月25日発売)45頁には以下の記載があります。
    客観的業務過重性が認められる場合には,業務の過重性についての予見可能性と労働者の心身健康を損なう危険についての(抽象的)予見可能性さえあれば(使用者側は,客観的にみて過重な業務を課しているのであるから,通常は,これが否定されることはない。),義務違反及び相当因果関係が肯定される関係にあり,その意味で,この場合においては,精神障害の発症や自殺についての予見がないとの使用者側の主張については,ほぼ失当に近いことになる。しかも,電通事件最判や東芝事件最判の判示によれば,当事者側の事情が過失相殺ないしは素因減額とされる場面はかなり限定され,その適用範囲が審理の中心となるということになろう。

イ 最高裁判所とともに(著者は高輪1期の矢口洪一 元最高裁判所長官)59頁には以下の記載があります。
     私の経験からいって、特に民事の場合、一方に全面的な落ち度のある事件はきわめてまれであり、判決が法理論を貫くものであるかぎり、細かいニュアンスを出すことは難しい。だから私は、しゃくし定規な「悪しき隣人」とならないために「和解」という解決方法を重視してきた。

(2) 退職の強要は,労災認定の対象となる精神障害の発症原因です「過労自殺の労災認定」参照)。

3 裁判所における公務災害の認定手続

(1) 公務が原因で心の病を発症したと最高裁判所事務総長(国家公務員災害補償法3条の実施機関です。)に認定してもらえた場合,同法に基づく補償(人事院HPの「国家公務員災害補償制度の仕組み」参照)があります。
(2)   公務災害の認定に関する最高裁判所事務総長の措置に不服がある場合,最高裁判所に対して審査の申立てをすることができます。
   この場合,最高裁判所は,災害補償審査委員会の審理に付し,同委員会が作成した調書に基づき,審査の申立てを棄却するかどうかを判定します(人事院規則13-3(災害補償の実施に関する審査の申立て等)参照)。
(3) ①平成15年3月3日に自殺した大阪高裁の裁判官(27期)の場合,公務災害が認められていませんし(外部HPの「「ある裁判官の自殺」に思う」参照),②42期の花村良一民事裁判上席教官は,平成28年9月29日に死亡しましたところ,死亡した月の出勤状況が分かる文書は存在しないことになっています平成28年11月4日付の司法行政文書不開示通知書平成28年12月2日付の最高裁判所事務総長の理由説明書及び平成28年度(最情)答申第42号(平成29年1月26日答申)参照)から,最高裁判所事務総長による認定はあまり期待できないかも知れません。

4 休職者数等に関して最高裁判所に存在しない文書

(2) 平成31年4月24日付の司法行政文書不開示通知書によれば,「最高裁判所及び全国の下級裁判所ごとに,精神疾患による休職者数が書いてある文書」は存在しません。
(2) 令和元年10月17日付の司法行政文書不開示通知書によれば,「裁判官の休職手続について書いてある文書」は存在しません。

5 裁判所職員に対する,精神疾患による休職発令数

(1)ア 令和元年8月7日付の司法行政文書の開示についての通知書によれば,裁判所職員に対する,精神疾患による休職発令数は以下のとおりです。
平成21年度: 96人
平成22年度:117人
平成23年度:121人
平成24年度:111人
平成25年度: 86人
平成26年度: 98人
平成27年度: 94人
平成28年度: 97人
平成29年度:120人
イ 令和4年11月17日の参議院法務委員会の国会答弁資料によれば,精神疾患により90日以上の長期病休を取得していた人の数は以下のとおりです。
平成30年: 90人
平成31年: 87人
令和 2年:105人
令和 3年: 86人
令和 4年:123人
(2) 平成30年度以降,精神疾患による休職発令数が裁判所別に書いてある文書は存在しません(令和3年2月15日付の不開示通知書(平成30年度分及び平成31年度分)参照)。

6 当事者の不当要求等の内容

・ 全司法新聞2319号(2019年10月発行)には「不当要求、居座り、脅迫、ネットでの誹謗中傷…裁判所でも」として以下の記載があります。
    裁判所においても、当事者の不当要求や居座り、長時間の電話拘束に苦労しているケースが多く見られます。
    大声で怒鳴りつけられた、「バカ」など罵倒する言葉を投げかけられた、開き直って「警察を呼べ」と叫ばれた、意に沿わないと感じるや急に床に伏せて詐病を演じ、救急車の派遣を強要されたといった事例も報告されています。その影響は、罵声を気にして外部(当事者)に電話がかけられない、受付手続案内に支障があるといった執務遂行に及んだり、自分に対してのものであればもちろん、同僚への暴言であってもストレスが大きく、仕事に集中できない、イライラする、仕事が嫌になるなど精神的な負担も大きくなっています。
    また、対応の間に当事者の言動がエスカレートし、誹謗中傷や暴言に及んだり、脅迫まがいの行為を受けることもあります。実際、勤務時間中に「今、裁判所に来ている。今から外に出てこい」と電話があったり、インターネット動画サイトで庁名や実名を晒して誹謗中傷されたというケースもあります。その動画においては、家族に危害を加えるような発言もありました。

7 精神疾患に関するメモ書き(1) 精神障害に対する薬物療法

・ 杉浦こころのクリニックHP「精神障害に対する薬物療法の意義と役割について」には以下の記載があります。
精神疾患の成因や病像形成には、生物学的(脳科学的)要因、心理的要因および社会的要因の3つの要因が関与しています。精神科の治療方法は、これらの3要因に対応して、生物学的(脳科学的)要因に働きかける薬物療法や電気療法、心理的要因に働きかけるカウンセリングなどの精神療法、そして社会的要因に働きかけるリハビリテーションや社会復帰プログラムなどの社会的治療法があります。
(2) 双極性障害
ア 大阪メンタルクリニックHP「躁うつ病 (双極性感情障害)」には以下の記載があります。
双極性障害は、あまり馴染みのない病名かも知れませんが、実は「躁うつ病」と呼ばれていた病気のことです。日本では躁うつ病と呼んでいましたが、用語を世界的に統一しようという流れのなかで、名称が変更され、双極性障害となりました。この双極性障害は、統合失調症(以前は精神分裂病と言われていた)と並んで二大精神疾患の一つで、気分障害のひとつでもあります。
イ 双極性障害の主な治療薬は抗精神病薬(作用機序での主要物質はドーパミンです。),気分安定薬(例えば,バルプロ酸ナトリウム)及び睡眠薬です。なお,気分安定薬及び睡眠薬うつ病治療でも使われます。
ウ 「双極性障害」には,激しい躁状態とうつ状態のある「双極Ⅰ型」と,軽い躁的な状態(軽躁状態)とうつ状態のある「双極Ⅱ型」があります(健達ねっとHP「双極性障害のⅡ型とは?Ⅰ型やうつ病との違いについても徹底解説!」参照)。
エ こころシェアHP「うつ病と見分けが難しい双極性障害」には以下の記載があります。
双極性障害は、躁(そう)状態で始まることもあれば、うつ状態で始まることもあり、人によって異なります。そのため、明らかな躁状態で受診した場合は、双極性障害という診断がつく一方、うつ状態で受診した場合、多くの場合うつ病と診断されます。なぜなら、双極性障害はうつ状態と躁状態の両方があらわれる病気であり、躁状態がない以上、現在のうつ状態からうつ病が疑われるからです。
実際、うつ病と診断されていた患者さんの10人1人2人は最終的に双極性障害に診断が変わるといわれています。
双極性障害は正しい診断がつくまで時間を要する病気で、正しい診断に行き着くまで、平均して4~10年ほどかかっているといわれています。
(3) うつ病
ア すまいるナビゲーターうつ病「お薬について 治療に使われているお薬についての簡単な解説です。」には以下の記載があります。
    うつ病の治療において、もっとも重要なのは休養です。ただし、ゆっくり体を休めるだけでも数日~1週間ほどで回復が期待できる風邪などとは違って、うつ病は治療に時間がかかる病気で、少しよくなったと思っても再発しやすいのが特徴です。薬で治療することに抵抗のある方もいらっしゃいますが、うつ病は脳の病気ですから、糖尿病や高血圧などの病気と同じように適切な薬物治療を行う必要があります。
イ うつ病治療の主な治療薬は抗うつ薬ですが,気分安定薬(例えば,バルプロ酸ナトリウム),睡眠薬及び抗不安薬も使われます。
(4) 双極性障害及びうつ病の治療薬
ア 抗精神病薬は双極性障害の治療でのみ使用されるのに対し,抗うつ薬はうつ病の治療でのみ使用されると思います。
    例えば,こころみクリニックHP「双極性障害に抗うつ薬は効果があるのか」には「抗うつ薬は双極性障害の治療においては使われるべきではない」と書いてあります。
イ 気分安定薬及び睡眠薬は双極性障害の治療及びうつ病の治療の両方で使われます。
(5) 統合失調症
ア 統合失調症(以前は「精神分裂病」という名前でした。)の症状は①陽性症状,②陰性症状及び③認知機能障害がありますところ,①陽性症状としては妄想,幻覚及び思考障害があり,②陰性症状としては感情鈍麻,思考の貧困,意欲の欠如及び自閉(社会的引きこもり)があり,③認知機能障害としては記憶力の低下,注意・集中力の低下及び判断力の低下があります(すまいるナビゲーター統合失調症HP「統合失調症ABC」参照)。
イ おおた心療内科医院HPの「統合失調症」には「統合失調症は病気自体に致死性を持たず慢性の経過をたどりますが経過中に数割が自殺願望を持ち数%程度が最終的に自殺を遂げるため一般人口に比べて8倍以上の死亡率を有することが知られています。」と書いてあります。

8 関連記事その他

(1) 平成24年度初任行政研修「事務次官講話」「明日の行政を担う皆さんへ」と題する講演(平成24年5月15日実施)において,西川克行法務事務次官は以下の発言をしています(リンク先のPDF16頁)。
    次は心身の健康です。これも言うまでもないことですが、役人の条件は、心が頑丈なことと体が丈夫なことの二点です。あとは、多少頭が悪くてもなんとかなるという乱暴な言い方をよくしております。心の健康のほうですが、まじめな方が多いせいか、ほとんどの場合に問題となるのはうつ病です。責任を感じる余りうつ状態になってしまう。うつ状態になった段階で、ほとんど働くことが困難な状態になるようですので、その段階で休んでいただくということになるわけですが、その前になんとか食い止めたいというふうに常日ごろ思っております。
(2)ア 人事院HPの「ハラスメント防止について」「職員は、ハラスメントをしてはならない。」と題するリーフレットが載っています。
イ  最高裁平成10年4月9日判決は,労働者が疾病のためその命じられた義務のうち一部の労務の提供ができなくなったことから直ちに債務の本旨に従った労務の提供をしなかったものと断定することはできないとされた事例です。
(3) 二弁フロンティア2021年5月号に「病気休職・復職に関する近時の 裁判例の動向と分析(前編)」が載っていて,二弁フロンティア2021年6月号に「病気休職・復職に関する近時の 裁判例の動向と分析(後編)」が載っています。
(4) 受傷のため付添看護を必要とした被害者は,付添看護をした者が近親者であるため,現実に看護料の支払をせずまたはその支払請求を受けていない場合であっても,近親者としての付添看護料相当額の損害を被つたものとして,加害者に対しその賠償請求をすることができます(最高裁昭和46年6月29日判決)。
(5)ア 厚労省HPに「「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」等を作成しました!」(令和4年2月25日付)が載っています。
イ 厚労省HPに「自殺未遂による傷病に係る保険給付等について」(平成22年5月21日付)が載っています。
(6)ア 以下の資料を掲載しています。
・ 裁判所職員の災害補償について(平成28年3月28日付の最高裁判所事務総長決定)
イ 以下の記事も参照してください。
・ 全司法本部の中央執行委員長が裁判所職員の定員に関して国会で述べた意見
・ 退官発令日順の元裁判官の名簿(平成29年8月10日時点)
・ 叙位の対象となった裁判官(平成31年1月以降の分)
・ 裁判所関係者及び弁護士に対する叙勲の相場
・ 弁護士の自殺者数の推移(平成18年以降)
・ 裁判官の死亡退官


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