第1 はじめに
1 公正証書遺言における「証人」の重み
公正証書遺言は,公証人が関与するため無効になりにくいと語られがちです。しかし,実務で遺言の効力が争われる訴訟をみると,遺言能力とならんで,「証人」に関する落とし穴が繰り返し問題になります。証人を1人しか用意しなかった,用意した証人が実は欠格者であった,あるいは相続人や受遺者の身内が作成の場に立ち入っていた,といった事情は,後日,遺言全体の効力を左右しかねません。
証人は,単なる立会人ではありません。遺言者に人違いがないこと,遺言者が正常な判断のもとで自らの意思を述べていること,そして公証人が作成した証書の内容が遺言者の述べたところと食い違っていないことを見届ける役割を負い,あわせて,公証人が職権を濫用しないよう監視する機能も担っています。だからこそ,誰を証人にするかは,遺言の安全性を大きく左右します。
2 本稿の視点――令和7年のデジタル化を踏まえて
本稿は,弁護士が遺言作成に関与する場面を想定し,証人の意義・職責,欠格事由,欠格者が関与した場合の効力,そして手配の実務までを一気通貫で整理します。とりわけ,令和7年(2025年)に施行された公証制度のデジタル化により,証人の立会いの「かたち」が大きく変わった点を正面から扱います。ウェブ会議による立会いが可能になったいま,証人をめぐる古い記事の記述は,そのままでは通用しません。改正の前後を条文レベルで対比しながら,実務の勘所を示します。
第2 証人の意義と職責
1 なぜ2人以上の証人が必要なのか
公正証書によって遺言をするには,証人2人以上の立会いがなければなりません(民法969条1号)。公証人という専門家が関与するにもかかわらず,なお複数の証人を要求するのは,遺言が遺言者の死後にはじめて効力を生じ,本人にその真意を確かめられないという遺言特有の性質によります。作成の現場を第三者の目で複線的に確認させ,後日の紛争に備えて手続の適正を担保する趣旨です。
2 証人が担う3つの確認
証人の職責は,次の3点の確認に整理できます。いずれも,遺言の真正を支える中核です。
(1) 人違いでないことの確認
まず,遺言をする人が,遺言者本人にほかならないこと(人違いがないこと)を確認します。なりすましを防ぐ最初の関門です。
(2) 真意に基づく口授等の確認
次に,遺言者が正常な精神状態のもとで,自己の意思に基づいて遺言の趣旨を口授(口がきけない方については通訳人の通訳による申述又は自書。民法969条の2)していることを確認します。第三者の誘導や不当な影響のもとで作られた遺言でないことを見届ける,実質的にもっとも重い確認です。
(3) 筆記・記録の正確性の確認
最後に,公証人が作成した証書の内容が,遺言者の述べた趣旨と正確に合致していることを確認します。読み聞かせ又は閲覧を受け,その正確なことを承認する場面で,証人はこの確認を行います。
3 立会いによる職権濫用の防止
証人の立会いには,もう一つの目的があります。作成の全過程を第三者に見せることで,公証人による職権の濫用を防止することです。証人は遺言者の側に立つ確認者であると同時に,手続の公正を担保する監視者でもある,という二面性を意識すると,証人選定の重要性が腑に落ちます。
第3 令和7年改正(公証制度のデジタル化)と証人
1 民法969条の方式――改正前後の対比
公証制度のデジタル化(令和5年法律第53号)により,令和7年(2025年)に民法969条及び公証人法が改正され,公正証書遺言の方式は条文の姿を大きく変えました。証人の役割そのものは維持されていますが,条文の「置き場所」が移動しているため,古い条文番号のまま論じると足をすくわれます。
(1) 改正前の5号方式
改正前の民法969条は,公正証書遺言の方式を1号から5号まで具体的に列挙していました。すなわち,①証人2人以上の立会い,②遺言者による口授,③公証人が口述を筆記して遺言者及び証人に読み聞かせ又は閲覧させること,④遺言者及び証人が筆記の正確なことを承認して各自署名押印すること(遺言者が署名できない場合は公証人が事由を付記して代署),⑤公証人が方式に従って作成した旨を付記して署名押印すること,です。証人による「筆記の正確性の承認」と「署名」は,この③・④に根拠がありました。
(2) 現行の方式(口授と公証人法40条)
現行の民法969条は,①証人2人以上の立会い(1号)と②遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること(2号)の2つを掲げ,そのうえで,公正証書は公証人法の定めるところにより作成するものとしています(同条2項)。改正前の③以下に相当する内容――読み聞かせ又は閲覧,正確なことの承認,署名等――は,公証人法40条に移されました。証人(列席者)が証書の内容の正確なことを承認し,書面の場合は署名押印を,電磁的記録の場合は法務省令で定める措置を講じる,という手続がそこに定められています。
要するに,証人が果たすべきこと(立会い・口授の確認・内容の正確性の承認・署名等)は変わっていません。変わったのは,その根拠条文が民法969条の各号から,民法969条+公証人法40条へと再配置された点です。書面等で条文を引用する際は,現行の条文番号を確認してください。
2 ウェブ会議による証人の立会い
(1) 3つの立会いの場所
デジタル化の目玉は,ウェブ会議(映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話する方法)による作成が可能になったことです(公証人法40条3項参照)。これにより,証人の立会いの「場所」に幅が生まれました。従来は証人も遺言者とともに公証役場へ出頭するのが原則でしたが,ウェブ会議による作成の場合には,証人は次のいずれの形でも立ち会えると説明されています。
- 証人が公証役場に出頭して立ち会う。
- 証人が遺言者のいる場所に同席して立ち会う。
- 証人が,それぞれ所在する任意の場所からウェブ会議で立ち会う。
遠隔地に住む信頼できる人に証人を頼みやすくなり,証人手配の選択肢が広がりました。
(2) 電子署名・本人確認
電磁的記録により作成する場合は,列席者(遺言者・証人)が電子署名等の措置を講じ,最後に公証人が所定の措置を講じることで原本が完成します(公証人法40条4項・5項参照)。本人確認は,マイナンバーカード等を用いて行われます。運用は,指定を受けた公証人(指定公証人)の役場で順次開始されており,利用できる役場や手続の細目は公証役場ごとに確認する必要があります。
3 実務への影響と留意点
ウェブ会議方式は利便性が高い一方で,証人の適格性の確認は,むしろ丁寧に行う必要があります。画面越しでは,遺言者の様子や証人の属性の把握が対面より難しくなり得るからです。証人が欠格者でないこと,そして後述する「同席者」の管理(誰がその場に居るのか)は,遠隔になるほど意識的にコントロールすべき事項になります。デジタル化は,証人をめぐる論点を消したのではなく,新しい形で持ち込んだと捉えるのが正確です。
第4 証人の欠格事由(民法974条)
1 総説――「証人及び立会人の欠格事由」
民法974条は,一定の者を「遺言の証人又は立会人となることができない」と定めています。掲げられているのは,次の3類型です。
| 号 | 欠格者 |
|---|---|
| 1号 | 未成年者 |
| 2号 | 推定相続人及び受遺者並びにこれらの配偶者及び直系血族 |
| 3号 | 公証人の配偶者,四親等内の親族,書記及び使用人 |
この欠格事由は,公正証書遺言の証人にとどまらず,秘密証書遺言の証人や,各種の立会人にも及びます。以下,号ごとにみていきます。
2 未成年者(1号)
未成年者は証人になれません。成年年齢の引下げにより,現在は18歳以上であれば成年ですので,18歳未満の方が欠格となります。判断能力の面から,遺言の適正を見届ける役割を担わせるのが相当でないためです。
3 推定相続人・受遺者及びこれらの配偶者・直系血族(2号)
(1) 趣旨――利害関係者の排除
2号は,遺言の結果によって利害を受ける可能性のある者を,証人から広く排除する規定です。遺言の内容に利害を持つ者が確認役を務めれば,確認の客観性が損なわれ,また不当な影響が入り込む余地も生じます。そこで,利害の中心にある者だけでなく,その配偶者・直系血族まで含めて欠格とし,公正さを制度的に確保しています。
(2) 「推定相続人」の範囲
「推定相続人」とは,仮に相続がいま開始したとすれば相続人となるべき者をいいます。配偶者や子などがこれに当たります。誰が推定相続人かは,遺言作成時の親族関係を基準に判断します。相続放棄や廃除の可能性はここでは考慮されず,あくまで作成時点で相続人となるべき地位にあるかどうかで捉えるのが実務的な出発点です。
(3) 「受遺者」
遺言によって財産を受ける受遺者も欠格です。自分が利益を受ける遺言について,その正確性を確認する立場に立たせるのは背理だからです。いわゆる「相続させる」旨の遺言によって財産を取得する相続人も,実質的に同様の利害を持つ点に注意が必要です。
(4) 配偶者・直系血族――推定相続人の配偶者
2号は,推定相続人・受遺者本人だけでなく,「これらの配偶者及び直系血族」も欠格とします。したがって,推定相続人の配偶者も証人になることはできません(最高裁昭和47年5月25日判決・民集26巻4号805頁参照)。実務では,相続人の夫や妻,あるいは相続人の親などを「身内だから安心」と考えて証人に据えてしまう誤りが起きがちですが,まさにこの類型が欠格に当たります。証人選定でもっとも足をすくわれやすいポイントです。
(5) 秘密証書遺言における受遺者
2号の欠格は,公正証書遺言に限られません。秘密証書遺言においても,受遺者は証人になることができないと解されています(大審院昭和6年6月10日判決参照)。方式が異なっても,利害関係者を確認役から排除する趣旨は共通するからです。
4 公証人の配偶者・四親等内の親族・書記・使用人(3号)
3号は,公証人側の関係者を欠格とします。公証人の配偶者,四親等内の親族,書記及び使用人がこれに当たります。公証人と一体とみられる者を証人に加えても,独立した確認・監視の機能が働かないためです。公証役場のスタッフを安易に証人に頼むことができないのは,この規定によります。
第5 欠格事由に当たらないとされた例
1 目の見えない方(視覚障害のある方)の証人適格
身体に障害があることは,それ自体としては欠格事由ではありません。判例は,目の見えない方について,民法974条が掲げる欠格者には当たらず,また,視覚に障害があるという一事から直ちに証人としての職責を果たすことができない者であるとする根拠も見当たらないとして,公正証書遺言に立ち会う証人としての適格を認めています(最高裁昭和55年12月4日判決・民集34巻7号835頁)。証人の職責は,人違いでないこと,真意に基づく口授であること,内容が正確であることを確認することにあり,これらは視覚以外の方法によっても十分に果たし得るからです。障害の有無で機械的に適格を否定してはならない,という点を確認した重要な判断です。
2 署名等ができない事情がある場合
遺言者本人が病気等により署名できない場合には,改正前は公証人が事由を付記して署名に代えることができるとされていました。現行制度でも,書面・電磁的記録それぞれの方式に応じた代替措置が用意されています(公証人法40条参照)。もっとも,これらは方式の充足の問題であり,証人の欠格の問題とは区別して整理する必要があります。誰が証人になれるか(第4・第5)と,作成手続をどう履践するか(第3)とを混同しないことが,論点整理の第一歩です。
第6 欠格者が関与した公正証書遺言の効力
証人をめぐる紛争では,「欠格者が関与した遺言は無効か」という問いが立ちます。ここでは,欠格者が「証人」として関与した場合と,欠格者が「同席」したにとどまる場合とを,明確に区別することが決定的に重要です。
1 欠格者が「証人」として関与した場合
法が求める証人が確保されていない場合,すなわち,2人以上の証人のうちに欠格者が含まれ,適格な証人が2人に満たない場合には,方式違背として遺言が無効となり得ます。証人の数と適格は,公正証書遺言の効力を支える形式的要件だからです。証人を2人用意したつもりでも,1人が推定相続人の配偶者であったといった場合には,適格な証人は実質1人となり,方式を欠くおそれが生じます。
2 欠格者が「同席」したにとどまる場合
(1) 判例の立場――特段の事情のない限り有効
これに対し,適格な証人が所定の人数だけ立ち会っているうえで,たまたま欠格者がその場に同席していたにすぎない場合は,別に考えます。判例は,「遺言公正証書の作成に当たり当該遺言の証人となることができない者が同席していたとしても,この者によって遺言の内容が左右されたり,遺言者が自己の真意に基づいて遺言をすることを妨げられたりするなど特段の事情のない限り,同遺言が無効となるものではない」と判示しています(最高裁平成13年3月27日判決)。適格な証人が要件どおり立ち会っている以上,欠格者が居合わせただけで直ちに無効とはしない,という立場です。
(2) 「特段の事情」とは何か
もっとも,この判例は,欠格者の同席をおよそ問題にしないと述べているわけではありません。①その同席者によって遺言の内容が左右されたり,②遺言者が自己の真意に基づいて遺言をすることを妨げられたりするなどの「特段の事情」があれば,遺言は無効となり得ます。たとえば,相続人やその家族が作成の場に入り込み,遺言者が答えられない事項を代わって答えたり,内容を誘導したりした場合には,まさに「内容が左右された」特段の事情として,遺言の効力が否定される余地があります。単なる居合わせと,内容形成への介入とは,効力の面でまったく別の評価を受けるということです。
3 実務の指針――疑義を残さない証人選び
以上をまとめると,弁護士が関与する場面での指針は明快です。第1に,適格な証人を確実に2人確保すること。第2に,欠格者を証人に選ばないことはもちろん,作成の場に利害関係者を立ち入らせないこと。「特段の事情がないから大丈夫」という後知恵の議論に持ち込む前に,そもそも同席者の管理によって争いの芽を摘むのが,予防法務の要諦です。ウェブ会議方式では,遺言者側の部屋に誰が居るのかが見えにくくなるため,この点の事前確認が一層重要になります。
第7 証人の手配と実務上のポイント
1 人数と要件の再確認
必要な証人は2人以上です。全員が民法974条の欠格事由に当たらないことが前提となります。1人でも欠格者が混じると適格者が不足しかねないため,予備を含めて確実に確保します。
2 誰を証人にするか
証人選定の基本は,遺言の内容と利害関係のない者を選ぶことです。相続人・受遺者本人はもちろん,その配偶者・直系血族も避けます。友人・知人に依頼する場合でも,遺言の内容(誰が何を受けるか)を踏まえ,利害関係が生じないかを一つひとつ確認します。証人には遺言の内容が知られる点にも配慮が要ります。
3 証人の手配方法
適当な証人が見つからない場合には,公証役場に証人の紹介を依頼することができます。また,遺言作成を受任した弁護士やその事務所の関係者が証人を務めることも実務上行われています。いずれの場合も,紹介された証人・関与専門職が欠格事由に当たらないかを最終的に確認するのは,関与する弁護士の責務と心得るべきです。
4 遺言執行者予定者や関与専門職を証人にできるか
遺言執行者に指定される予定の者であっても,それだけでは民法974条の欠格事由に当たりません。したがって,受遺者やその近親者でない限り,証人となることは妨げられないと解されます。もっとも,のちに効力を争われるリスクを可能な限り小さくする観点からは,利害関係の外観すら生じない人選が望ましい場面もあります。形式的な適格の有無だけでなく,紛争予防という実質的な観点を併せて判断するのが実務家の視点です。
5 証人の守秘と費用
証人は,作成の過程で遺言の内容を知る立場に立ちます。プライバシーへの配慮から,守秘に信頼のおける人選が求められます。公証役場に証人を紹介してもらう場合には,別途,証人の日当等の費用が必要になることがありますので,見積りの段階で確認しておくとよいでしょう。
第8 まとめ――証人選定チェックリスト
最後に,公正証書遺言の証人について,関与時に確認すべき事項を整理します。
- 適格な証人を2人以上,確実に確保したか。
- 証人が未成年者(18歳未満)でないか(民法974条1号)。
- 証人が推定相続人・受遺者,又はこれらの配偶者・直系血族でないか(同条2号)。とりわけ推定相続人の配偶者を選んでいないか。
- 証人が公証人の配偶者・四親等内の親族・書記・使用人でないか(同条3号)。
- 作成の場に,利害関係のある同席者を立ち入らせていないか。ウェブ会議方式では遺言者側の在室者を確認したか。
- ウェブ会議方式による場合,証人の立会いの場所・本人確認・電子署名の段取りを確認したか。
- 書面等で条文を引用する場合,現行の条文(民法969条+公証人法40条)に基づいているか。
証人は,公正証書遺言の安全性を左右する「地味だが決定的」な要素です。デジタル化によって立会いの形が広がったいまこそ,欠格の有無と同席者の管理を機械的に確認する習慣が,のちの紛争を防ぎます。
出典
根拠法令(いずれもe-Gov法令検索で現行条文を確認)
- 民法969条(公正証書遺言),969条の2(方式の特則),972条(秘密証書遺言の方式の特則),973条(成年被後見人の遺言),974条(証人及び立会人の欠格事由),976条(死亡の危急に迫った者の遺言),982条(準用)
- 公証人法40条(公正証書の記載又は記録の正確なことの承認等)
裁判例
- 最高裁判所平成13年3月27日第三小法廷判決(遺言無効確認請求事件・平成10年(オ)第1037号) https://www.courts.go.jp/hanrei/62393/detail2/index.html
- 最高裁判所昭和55年12月4日判決(民集34巻7号835頁)
- 最高裁判所昭和47年5月25日判決(民集26巻4号805頁)
- 大審院昭和6年6月10日判決
令和7年改正(公証制度のデジタル化)に関する参考
- 法務省「公正証書の作成に係る一連の手続のデジタル化について」 https://www.moj.go.jp/MINJI/minji03_00064.html
- 日本公証人連合会 https://www.koshonin.gr.jp/