本稿は,「遺言能力(遺言能力の理論的検討及びその判断・審理方法)」判例タイムズ1423号15頁(2016年)(執筆者は50期の土井文美裁判官)を,遺言無効確認訴訟に携わる弁護士の実務に役立てる観点から,医学と法律の双方の視点で論評するものである。認知症をはじめとする疾患や高齢者に関する記述を含むが,特定の疾患や高齢の方を否定的に評価する趣旨は一切なく,あくまで訴訟における事実認定の精度を高めるための検討である。
本稿が論評の対象とするのは,土井文美裁判官(50期)が判例タイムズ1423号15頁(2016年)に発表した「遺言能力(遺言能力の理論的検討及びその判断・審理方法)」である。
同論文は,大阪民事実務研究会での検討を基礎とし,遺言能力をめぐる学説(相対説・総合的判断説)を丹念に整理したうえで,医学的要素の判断,遺言作成時の状況,遺言内容の合理性,そして審理方法までを一気通貫で扱う,実務家にとって有用な体系的論考である。末尾には平成以降の裁判例を症状別に整理した一覧表も付されている。
先に結論を述べる。同論文は,裁判官が実務の必要から著したものとして水準が高く,法的分析は公平で中庸を保ち,臨床記述の骨格も正確である。したがって,その「審理の設計図」としての価値は,公表から時間を経た現在でも失われていない。
他方,医学の面では,同論文が依拠する診断の枠組みが公表時点で既に更新期を迎えていたこと,及びいくつかの重要な疾患概念の扱いが手薄であることは否めない。本稿の批判は「誤りが多い」という趣旨ではなく,「最新の医学的知見で補って読むことで,遺言無効の立証・反証がより精密になる」という趣旨である。要点は次の6つである。
個別の検討に入る前に,遺言能力訴訟に特有の3つの構造を確認しておく。以下の議論はすべてこの3点を土台とする。
遺言者は既に死亡しているため,医師は本人を診察できず,カルテ・看護記録・介護記録という「他人が別の目的で書いた記録」から遺言時の状態を逆算するほかない。ゆえに,診断名や検査の総合点よりも,日々の記録に散らばる生の行動描写のほうが証拠価値を持つことが多い。
遺言無効を主張する側が「遺言能力がなかったこと」を立証する。したがって無効を主張する側は,相手方の「検査点数が高い」「挨拶ができた」に受け身で反論するのではなく,判断機能が損なわれていたことを能動的に構築しなければならない。
検査点数,要介護度,見かけの受け答えは,いずれも遺言能力の代理指標にすぎず,直結しない。証明すべきは,その下にある遂行機能・注意機能・脳の器質的な脆弱性という「機能」である。
同論文は,遺言能力を「意思能力と同等」と位置づけたうえで,遺言に特有の間接事実を積み重ねて総合的に判断するという枠組みを示す。そして,判断の透明性を高めるために統一的な行為規範(審理方法)を立てる必要を説く。医学的知見については「法的判断に必要な限度」で用いると自制的に枠づけ,随所で「医師の意見も鵜呑みにしない」「点数だけで測らない」と注意を促している。この抑制的な姿勢は,医療者から見ても誠実である。
アルツハイマー型認知症の経過について,記銘力(近時記憶)の低下から始まり,見当識は時間・場所・人物の順に失われ,遅延再生の障害が鋭敏な指標になる,という記述は正確である。これは日本神経学会『認知症疾患診療ガイドライン2017』の記載とも整合する。「取り繕い」がみられるという指摘も臨床的に妥当である。
認知症の中核症状(記憶・認知機能の低下)と,行動・心理症状(いわゆる周辺症状,BPSD)とを峻別し,「周辺症状の激しさは認知症の重症度と比例しない」「簡単な挨拶や自分の氏名は重度でも保たれる」と述べる点は,法律家が陥りやすい誤りを的確に戒めている。過学習された動作や社交的な受け答えが保たれることは,能力が保たれていることを意味しない。
改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)について,30点満点でカットオフが20点であること,そして「これはスクリーニング検査であり,20点を下回るか否かが重要で,点数の多寡で重症度を精密に測るものではない」「脳の損傷部位によっては点数が良くても判断能力を失っている」と述べる点は,きわめて正確かつ良質である。点数至上主義への戒めとして,そのまま実務に活かせる。
同論文は,遺言能力を財産行為の意思能力より緩やかでよいとする従来の傾向を検証したうえで,「身分行為であること」や「本人保護の必要がないこと」だけでは緩やかに解する理由にならないとし,最終的に「意思能力と同等」という穏当な結論に至る。遺言者に甘すぎず,相続人に厳しすぎない中庸であり,近時の学説動向とも整合的である。
公正証書遺言の実務では,口授に先立って文案が完成しているのが通常であるところ,同論文は,この順序の逆転が口授の真意担保機能を空洞化させ得ることを指摘する。判例が方式を全体として満たせば有効とする立場(最判昭和43年12月20日民集22巻13号3017頁等)を踏まえつつ,能力に疑義がある場合には方式を安易に緩和すべきでないと説く分析は,公証実務の弱点を突く有益なものである。
同論文が認知症の診断基準として用いるのは,明示のとおりDSM-IV-TR(アメリカ精神医学会の診断基準,邦訳2002年)である。しかし,DSM-5は2013年(邦訳2014年)に公表され,前掲『認知症疾患診療ガイドライン2017』も,DSM-5又はNIA-AA基準の使用を推奨している。DSM-5への改訂には,遺言能力の判断にとって看過できない次の変更が含まれる。
(なお,2022年にはDSM-5-TR(本文改訂版)が公表されているが,神経認知障害の基本的な枠組みは維持されている。)
DSM-IV-TRの枠組みは,記憶障害を認知症診断の入口に据える。これに対しDSM-5が記憶偏重を改めたのは,臨床的な必要による。すなわち,記憶が比較的保たれていても,遂行機能・判断・社会的認知が重度に障害される非健忘型(前頭葉型のアルツハイマー型認知症,言語型,行動障害型前頭側頭型認知症)が存在するからである。
遺言は,自己の財産の全体像を把握し,相続人の利害を計算して,その帰結を判断するという,高度に遂行機能的・社会的認知的な作業である。したがって,記憶課題に偏るHDS-Rが良好でも,遺言能力を欠く場合があり得る。同論文も前頭側頭型でHDS-Rが良好な例に触れてはいるが,それは例外的補足にとどまり,枠組みそのものが遂行機能障害を体系的には拾えない構造になっている。ここは,DSM-5の枠組みで補うことで,限界事例をより整合的に説明できる部分である。
同論文は,認知症をアルツハイマー型・血管性・パーキンソン病によるもの(レビー小体型)と分け,レビー小体型をパーキンソン病の一類型のように扱う。しかし,レビー小体型認知症は,アルツハイマー型に次ぐ変性性認知症であり,独立した診断概念である。その中核的特徴は,(a) 認知機能の変動,(b) 具体的で反復する幻視,(c) レム睡眠行動障害,(d) パーキンソニズム,であり,加えて抗精神病薬に対する重篤な過敏性を伴う(国際的な診断基準として,2017年のMcKeithらの改訂基準が広く用いられている)。
このうち「認知の変動」は,遺言能力の判断そのものに直結する。遺言無効確認訴訟では「遺言の瞬間に清明であったか」がしばしば争点となるが,レビー小体型認知症は,覚醒度や注意が数分から数時間の単位で大きく揺れる疾患である。したがって,「作成時はしっかりしていた」という証言の評価を根本から難しくする。同論文は血管性認知症の「まだら」には触れるが,レビー小体型の認知変動を独立の論点として立てておらず,この点は補われるべきである。
同論文は,せん妄を「認知症と区別すべき一過性の意識障害」と位置づけ,せん妄と認定して遺言能力を肯定する裁判例に注意を促す。注意喚起自体は正しいが,その理由づけが「せん妄は一過性だから」にとどまり,より本質的な事実に踏み込んでいない。
すなわち,せん妄と認知症は高頻度に併存する。日本老年医学会雑誌51巻5号(2014年)掲載の研究によれば,認知症患者のせん妄有症率は入院で高率に上り,原因疾患別では血管性認知症が最も高いと報告されている。DSM-5も「既存の認知症に重畳したせん妄」を明記する。したがって,「夜間にせん妄様の言動があった。だからこれは認知症ではなく一過性のせん妄であり,昼間の遺言時は清明だった。ゆえに遺言能力がある」という推論は,認知症を基盤にせん妄が重畳した事例では成り立たない。せん妄が起きやすいこと自体が,基盤に脆弱な脳(多くは認知症)があることの徴表だからである。
もっとも,論理は双方向に厳密であるべきである。「せん妄があった」だけでは「認知症だった」の証明にはならず,逆に「遺言時にせん妄がなかった」ことは「認知症がなかった」ことを意味しない。正確な主張は,「せん妄の反復は基盤の認知症・脳の脆弱性を強く示唆する。そして,せん妄が重畳している脳では,遺言時に急性のせん妄がなくても,基盤の遂行機能障害は持続している」という二段構えになる。
脳神経外科の視点から見て明らかな欠落は,治療可能・可逆性の病態が挙げられていないことである。慢性硬膜下血腫は,軽微な頭部打撲後,数週から数か月をかけて亜急性に認知機能低下・意欲低下・歩行障害・尿失禁などを生じ,画像で三日月型の血腫を認め,手術で劇的に改善し得る。転倒歴や抗凝固薬・抗血小板薬の服用が危険因子である。特発性正常圧水頭症は,認知障害・歩行障害・尿失禁を三徴とし,シャント手術で改善し得る。これらは変動性・可逆性であるため,遺言時の能力の推認を大きく左右する。
脱水,低ナトリウム血症,甲状腺機能低下,ビタミンB12欠乏,感染(特に尿路感染や肺炎),肝・腎機能障害などは,高齢者に容易に認知機能の変動をもたらす。さらに,抗コリン作用のある薬剤(過活動膀胱の治療薬,抗ヒスタミン薬,一部の睡眠薬・抗不安薬など)の追加は,認知機能を落とす原因になりやすい。遺言作成日の直近の血液検査データや,服薬の追加時期は,変動の理由を裏づける重要な資料となる。
「HDS-Rが20点以上あった」「昔のことや自分の名前はよく言えた」という事実から遺言能力を肯定する主張に対しては,総合点ではなく下位項目に着目するのが有効である。HDS-Rの中でも遺言の「財産把握・利害調整」に関係するのは,記銘・遅延再生よりむしろ,(a) 語の流暢性(品目名をできるだけ挙げる課題/前頭葉機能),(b) 連続した引き算(注意の持続とワーキングメモリ),(c) 数字の逆唱(ワーキングメモリ),(d) 遅延再生におけるヒントの効果,である。同じ「22点」でも,失点が計算・逆唱・語流暢性に集中していれば,記憶型ではなく遂行機能型の障害であり,「記憶が良いから遺言能力がある」という主張への直接の反証になる。
なお,遂行機能や視空間認知に鋭敏な検査(時計描画テストや,モントリオール認知評価〔MoCA〕,前頭葉機能検査〔FAB〕)の記録があれば有力だが,日本の高齢者診療では必ずしも実施されておらず,記録がないことも多い。その場合は,語流暢性の低下と後記の生活エピソードで代替して立証する。単一の高得点も単一の低得点も過大評価しないという同論文の姿勢は,ここでも正しい。
アルツハイマー型や前頭葉型では,早期から病識の低下と取り繕い反応がみられる。「本人はしっかりしているように見えた」という相手方の主張は,むしろ病識の低下の現れであり得る。カルテの「病識なし」「取り繕いあり」「振り返り徴候(同席者を振り返って確認する)」の記載は,見かけの明晰さを相対化する材料になる。
また,手段的日常生活動作(金銭管理・服薬管理・電話応対・買い物・交通機関の利用など)は,認知症では早期から低下する。現金自動預払機が使えない,同じ物を繰り返し買う,服薬を家族管理に切り替えた時期などのエピソードを,遺言日との前後関係が分かる形で時系列に並べることが,「複雑な利害調整」という遺言の中核能力の低下を示す説得的な材料となる。
「夜間にせん妄があったが,遺言を作成した昼間は清明だった」という主張は,遺言の有効・無効の最大の激戦区である。ここで臨床上決定的に重要なのは,「清明」の中身を,注意のレベルと判断のレベルに腑分けすることである。清明期に戻るのは,多くの場合,覚醒度・注意・見当識という「土台」であって,遂行機能・判断・社会的認知という「上物」ではない。注意が戻り,挨拶や短い応答ができても,財産全体を把握し相続人の利害を計算する高次の機能まで回復しているとは限らない。看護記録の「見当識は戻ったが会話のつじつまは合わない」「短い受け答えは可能だが説明を求めると混乱する」といった記載が,この分解を裏づける。
加えて,変性性のアルツハイマー型認知症は持続的・不可逆であり,日単位で能力が行き来する真の意味での「清明期」は基本的に存在しない。もし能力が本当に日内・日間で大きく変動しているのであれば,それはむしろせん妄かレビー小体型認知症の変動を意味し,いずれにせよ遺言時の「清明」の信用性を下げる方向に働く。
前記第3の4で述べた可逆性病態は,立証上,諸刃の剣である点に注意を要する。「遺言時は底だったが,その後の治療で回復した」というロジックは,同じ事実を相手方が「可逆的だったのだから遺言時もたまたま良い時間帯だった」と用いることを許すからである。したがって,可逆性病態を持ち出すときは,病態のピーク(血腫が最大の時期,電解質異常が最重症の時期,せん妄の極期)と遺言日とが時間的に一致していたことを,画像撮影日・採血日・処方日によって日付単位で固定し,かつ「その病態が遺言時に軽快していなかった」ことを同日近傍のバイタルや意識レベルの記録で裏づける必要がある。時間的一致の精密な立証とセットにしなければ,逆用される。
要介護認定は,病気の重さではなく「介護の手間(時間)」を測るものであり,日常生活動作を中心に判定される。したがって,要介護度は認知症や遺言能力の重症度と一致しない。この点は同論文が正しく警告しているところである。とりわけ,意欲低下(アパシー)が強く,徘徊や暴言などの行動・心理症状に乏しい前頭葉機能低下やレビー小体型の患者は,介護の手間が小さいために要介護1や2に低く判定されがちである。「要介護度が低いから遺言能力はあったはずだ」という主張に対しては,「本件は行動・心理症状に乏しいため手間が小さく要介護度が低いだけで,判断能力の低下とは相関しない」と反論できる。
認定調査票では,総合的な要介護度よりも,個別の調査項目と特記事項に着目する。遺言能力の推認に最も近いのは,「日常の意思決定」「買い物」「金銭管理」といった社会生活に関する項目である。これらが「特別な場合を除いてできる」に至らないのであれば,より高度な財産処分の判断力は当然に疑わしい。また,被害的な言動や作話,幻視などの記載は,妄想が受遺者の選択を歪めた可能性を検討する手がかりになる。認知機能に関する項目(見当識・短期記憶など)は,見当識・記憶が中心で遂行機能を測っていない点に留意する。調査票の選択肢と特記事項の乖離(例えば「金銭管理は自立」とありながら,特記に「実際は家族が全て管理」とある場合)も,実態を示す材料である。
以上を,遺言能力の実体的な要件(英米で古くから用いられるBanks v Goodfellow事件(1870年)の4要件は,同論文も紹介しており,日本の学説の積極的要件とも重なる)に対応させ,カルテ・看護記録・認定調査票を読む際のチェックリストとして整理する。
| 記録上のキーワード | 医学的な意味 | 対応する遺言能力の要素 | 主張の方向 |
|---|---|---|---|
| 語流暢性の低下,連続引き算の脱落,数字の逆唱不能 | 前頭葉・遂行機能,ワーキングメモリの低下 | 財産全体の把握と相続人間の配分の「計算」 | 記憶が良好でも配分の判断は困難 |
| 病識なし,取り繕い,振り返り徴候 | 病識の低下 | 「見かけの明晰さ」の相対化 | 公証人が明晰と感じたのは取り繕いの可能性 |
| 現金自動預払機が使えない,二重購入,服薬を家族管理へ,道に迷う | 手段的日常生活動作の喪失(早期に低下) | 財産の性質・範囲の把握 | 財産管理能力の喪失を時系列で示す |
| 傾眠と覚醒の交替,視線が合わない,会話のつじつまが合わない | 注意・覚醒の変動(せん妄・レビー小体型) | 遺言時の「清明」の信用性 | 見かけの清明は注意の回復にすぎない |
| 夜間の大声,点滴の自己抜去,急な不穏 | せん妄 | 基盤の脳の脆弱性・認知症の示唆 | せん妄の反復は基盤に認知症があることを示唆 |
| 反復する具体的な幻視,睡眠中の大声・体動,抗精神病薬で急変 | レビー小体型認知症 | 認知の変動の存在 | 遺言時の清明は一時的である可能性 |
| 転倒・打撲+抗凝固薬,三日月型の血腫 | 慢性硬膜下血腫(可逆性) | 遺言時の器質的な機能低下 | 病態のピークと遺言日の一致で示す |
| すり足歩行,尿失禁,脳室拡大 | 正常圧水頭症(可逆性) | 同上 | 三徴と遺言日の時間的一致で示す |
| 低ナトリウム血症,甲状腺機能低下,ビタミンB12欠乏,尿路感染,抗コリン薬の追加 | 代謝性・薬剤性の認知機能の変動 | 遺言時の一過性の増悪 | 採血日・処方日で時期を固定する |
| 物盗られ妄想・被害妄想が受遺者の選択に影響 | 精神病症状 | 「病的な精神状態が遺言を歪めない」という要件 | 妄想が動機を汚染したことを示す |
| 「日常の意思決定」が困難,要介護度は低いが意欲低下が強い | 遂行機能の低下/介護の手間の小ささ | 遺言の性質・結果の理解 | 要介護度の低さは判断力と無相関 |
実際の準備書面では,これらを同論文が示す「評価根拠事実(無能力を基礎づける事実)」と「評価障害事実(これを覆す事実)」に振り分け,遺言日を基準にした認知機能の時系列(タイムライン)を作成すると,主張整理が明快になる。なお,医療記録を精査して意思能力に関する鑑定意見書を作成する専門機関との連携も,実務上の選択肢となる。
同論文は,公正証書遺言の方式について,証人の立会い・口授・筆記・読み聞かせ・署名押印・公証人の署名押印という一連の手順を民法969条各号に即して詳細に論じている。もっとも,この点は改正により状況が変わっている。
令和5年法律第53号(施行日は令和7年〔2025年〕10月1日)により,公正証書に係る一連の手続がデジタル化されるとともに,公証人法と重複していた改正前民法969条3号から5号(筆記・読み聞かせ・署名押印等)が削除され,これらの規律は公証人法へと整理された。他方,遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授するという要件(民法969条2号)は,改正後も民法に残っている。すなわち,現行の民法969条は,第1項で証人2人以上の立会い(1号)と口授(2号)を定め,公正証書の作成自体は公証人法の定めるところによるものとしている。口がきけない者の特則(民法969条の2)も維持されている。
この改正は,同論文の分析の価値をむしろ高める面がある。同論文が力点を置いた「口授が遺言能力を判断する機能を担う」という論点は,まさに民法に残された口授要件(969条2号)に関わるものであり,現在も生きているからである。他方,デジタル化により,オンラインでの口授や電子的な作成が可能になったことで,公証人が対面で遺言者の様子を観察する機会や,作成時の状況を映像等で記録する運用のあり方が,遺言能力の事後的な立証に影響し得る。弁護士としては,古い文献を参照する際に,方式に関する条文番号が改正で移動している点に留意しつつ,口授要件の実質的な意義は変わっていないことを押さえておくとよい。
同論文は,遺言能力訴訟の審理の設計図として今なお有用であり,法的分析は公平・中庸で,臨床記述の骨格も正確である。医学的要素から遺言時の事理弁識能力へ,そして総合判断へという三層の構造と,間接事実のチェックリストは,引き続き活用してよい。
他方,同論文の医学部分は2016年・DSM-IV-TR時点の要約であり,そのまま最新の医学的権威として書面に援用すべきではない。具体的には,(a) 診断枠組みをDSM-5・認知症診療ガイドライン2017で更新し,記憶が保たれても遂行機能・判断が損なわれる非健忘型を落とさないこと,(b) レビー小体型認知症の「認知の変動」を遺言時の清明の評価に組み込むこと,(c) せん妄は認知症に高頻度で併存することを前提に,「一過性のせん妄だから認知症でない」という推論に安易に乗らないこと,(d) 慢性硬膜下血腫・正常圧水頭症などの可逆性病態を鑑別に入れること,(e) 要介護度・自立度は判断能力と一致しないという警告を維持すること,が肝要である。これらは同論文を否定するものではなく,同論文自身の「医師の意見も鵜呑みにしない」という精神を,その医学部分にも及ぼすものにほかならない。
遺言無効確認訴訟でカルテ・介護記録を読む際の要点を,最後にまとめる。
本稿は,公刊された論文に対する学術的・実務的な論評であり,特定の裁判官の評価を目的とするものではない。また,認知症その他の疾患や高齢の方について,その尊厳を損なう趣旨は一切含んでいない。