法務省人権擁護局の歴代の局長を,就任の新しい順に一覧化したものである。氏名をクリックすると,当該裁判官の経歴記事に移動する。
法務省の職は,裁判官が同省へ出向して務めるものであり,本一覧が収録するのは,当ブログの裁判官経歴記事データに基づき確認することができた,裁判官出身の局長(相当職を含む。1975年に就任した者以降)である。
| 氏名 | 期 | 就任時 年齢 | 出身大学 | 就任 | 退任 |
|---|---|---|---|---|---|
| 萩本修 | 40期 | 53歳 | 早稲田大 | 平成28年8月9日 | 平成29年7月20日 |
| 岡村和美 | 35期 | 56歳 | 早稲田大 | 平成26年7月18日 | 平成28年8月8日 |
| 萩原秀紀 | 35期 | 55歳 | 明治大 | 平成24年9月25日 | 平成26年7月17日 |
| 石井忠雄 | 32期 | 56歳 | 明治大 | 平成21年7月14日 | 平成24年9月24日 |
| 富田善範 | 29期 | 53歳 | 東大 | 平成18年6月30日 | 平成21年7月13日 |
| 小西秀宣 | 27期 | 55歳 | 東大 | 平成17年1月18日 | 平成18年6月29日 |
| 吉戒修一 | 25期 | 52歳 | 九州大 | 平成13年1月6日 | 平成17年1月17日 |
| 横山匡輝 | 21期 | 52歳 | 京大 | 平成9年7月7日 | 平成13年1月5日 |
| 大藤敏 | 18期 | 55歳 | 中央大 | 平成7年7月31日 | 平成9年7月6日 |
| 筧康生 | 16期 | 53歳 | 京大 | 平成4年7月29日 | 平成7年7月30日 |
| 篠田省二 | 12期 | 55歳 | 東大 | 平成元年12月18日 | 平成4年7月28日 |
| 高橋欣一 | 10期 | 53歳 | 京大 | 昭和62年6月22日 | 平成元年12月17日 |
| 野崎幸雄 | 8期 | 53歳 | 京大 | 昭和59年9月1日 | 昭和62年6月21日 |
| 鈴木弘 | 5期 | 55歳 | 京大 | 昭和55年12月25日 | 昭和59年8月31日 |
| 中島一郎 | 3期 | 52歳 | 京大 | 昭和54年11月17日 | 昭和55年12月24日 |
| 鬼塚賢太郎 | 3期 | 53歳 | 東大 | 昭和52年9月9日 | 昭和54年11月16日 |
| 村岡二郎 | 2期 | 48歳 | 東大 | 昭和50年7月15日 | 昭和52年9月8日 |
※ 紫色で示した局長は後に高裁長官に,赤色で示した局長は後に最高裁判所判事に就任した者である。出身大学が空欄の局長は経歴記事に記載がないものである。就任時年齢は,経歴記事の生年月日と局長就任日から算出した(生年月日の記載がない場合は空欄)。
(出典:当ブログの裁判官経歴データベース。出身大学・就任・退任の年月日は各経歴記事の記載に基づく。)
*1 岡村和美(16番)は,長島・大野法律事務所に在籍したことがありますところ,平成12年5月15日,弁護士から東京地検検事となり,令和元年10月2日,最高裁判所判事になりました。
*2 名執雅子(18番)及び杉浦直紀(23番)は,国家公務員上級職(行政区分)出身です。
*3 高嶋智光(19番),菊池浩(20番),松下裕子(21番)及び鎌田隆志(22番)は,プロパーの検事です。
*4 最高裁平成20年4月15日判決の裁判官田原睦夫の補足意見には以下の記載があります。
国民の基本的人権の侵犯に対しては,法務省人権擁護局が,人権侵犯事件に係る調査並びに被害の救済及び予防に関する事務をつかさどり(法務省設置法4条26号,法務省組織令8条),具体的には法務局長又は地方法務局長は,被害者等からの申出又は人権擁護委員等からの通報に基づき,人権侵犯事件の調査を行い,調査の結果,人権侵犯の事実があると認めるときは,必要な措置を執ることを要請し,あるいは説示し,また,文書による勧告や通告,告発等の措置を講ずるものとしている(人権侵犯事件調査処理規程2条,8条,14条)。
また,人権侵犯事案に係る国民に身近な機関としては,法務省所管の人権擁護委員会がある。その委員は,市町村長が,市町村議会の意見を聞いて推薦した候補者の中から,法務大臣が弁護士会及び都道府県人権擁護委員連合会の意見を聴いて委嘱するもので(人権擁護委員法6条),その委員は,人権擁護のための啓発活動のほか,個々の人権侵犯事案についても「調査及び情報の収集をなし,法務大臣への報告,関係機関への勧告等適切な措置を講ずること」をその職務としている(同法11条3号)。
これらの法務省所管の各機関の活動が,国民の人権擁護のために重要な機能を果たしてきたこともまた公知の事実である。