目次
第1 名誉毀損に関する裁判例
1 東京地裁平成13年4月25日判決
2 東京地裁平成27年10月30日判決
第2 侮辱行為の違法性に関する最高裁判例等
第3 検察官の論告が違法となる場合
第4 関連記事その他
第1 名誉毀損に関する裁判例
1 東京地裁平成13年4月25日判決
・ 東京地裁平成13年4月25日判決(判例秘書に掲載)は,以下のとおり判示しています(ナンバリング及び改行を行っています。)。
① 裁判所は、当事者双方の主張する事実について争いがあるときは、民事訴訟法に従い、当事者が提出する証拠方法を取り調べ、その結果に基づいて事実を認定し、これに法を適用して請求の当否を判断するものであり、私人の主張する権利又は法律関係はこのような手続によってその存否が確定されるものである。
そのようなことから、民事訴訟手続において尋問を受ける証人は、特別の定めがある場合を除き、宣誓の上、尋問された事項について良心に従って真実を述べるべき義務がある(民事訴訟法201条1項、民事訴訟規則112条4項参照)。
そして、証人の証言は、要証事実と関連性があるものとして質問され、それに答えるべき必要性がある限り、他人の名誉を毀損し、もしくは侮辱することになったとしても、それが真実と認められる場合には、違法性を阻却し、不法行為に当たらないものと解される。
② そして、書証として訴訟手続に提出される陳述書は、作成者が証言をすることになったときにはそれを補い、もしくは証言に代わるものとしての機能を有し、その意味で、作成者が証人として証言する場合に類似したものということができるから、当該陳述書の内容が、要証事実に関連性を有し、明らかにする必要性がある限り、他人の名誉を毀損し、もしくは侮辱することになったとしても、それが真実と認められる場合には、証言の場合と同様、違法性を阻却し、不法行為に当たらないものと解される。
2 東京地裁平成27年10月30日判決
・ 東京地裁平成27年10月30日判決(判例秘書に掲載)は,以下のとおり判示しています(ナンバリング及び改行を行っています。)。
① 一般的に陳述書は,陳述者が自らの体験,記憶,認識等に基づく事実や意見を記載して民事訴訟の証拠として用いることで,客観的な裏付け資料を得にくい事実関係についての当事者の立証活動に資するものであるが,その信用性は,受訴裁判所において,記載内容の合理性,当該事実認識の根拠となった前提事実の蓋然性・確実性,対立当事者の陳述書を含む他の証拠との整合性,陳述書作成者の尋問等を通じて吟味,判断されるものである。
もとより,第三者が一方当事者の求めに応じて陳述書を作成する場合にも,虚偽内容の陳述書を作成して真実発見を阻害することは許されないというべきであるし,また,誇張する表現を用いた陳述書を作成して真実発見を歪めることは相当でないというべきであるが,結果として裁判所の認定した事実と異なる事実や誇張された表現を記載した陳述書の作成が,それだけで事後的に違法と評価されるならば,陳述書の作成は著しく制約を受けることになり,当事者の立証活動を妨げかねず,その結果,受訴裁判所の判断に資する証拠が乏しくなり,ひいては真実の発見・解明を困難にすることにつながりかねない。
② したがって,陳述書の作成が相手方当事者との関係で違法と評価されるためには,その記載内容が客観的な裏付けを欠く(客観的裏付けのあることを立証できない場合を含む。)というだけでは足りず,少なくとも,陳述書に記載された事実が虚偽であること,あるいは,判断等の根拠とされた資料に看過できない誤りがあり,作成者がその誤りを知り又は当然に知り得たことを要するものと解される。
第2 侮辱行為の違法性に関する最高裁判例等
1 最高裁平成22年4月13日判決は,発信者情報開示等請求事件に関するものであって,陳述書に関する裁判例ではないですが,以下のとおり判示しています(ナンバリング及び改行を追加しています。)。
① 本件書き込み(山中注:「なにこのまともなスレ 気違いはどうみてもA学長」との書き込み)は,その文言からすると,本件スレッド(山中注:インターネット上のウェブサイト「2ちゃんねる」の電子掲示板の「A学園Part2」と題するスレッド)における議論はまともなものであって,異常な行動をしているのはどのように判断しても被上告人であるとの意見ないし感想を,異常な行動をする者を「気違い」という表現を用いて表し,記述したものと解される。
このような記述は,「気違い」といった侮辱的な表現を含むとはいえ,被上告人の人格的価値に関し,具体的事実を摘示してその社会的評価を低下させるものではなく,被上告人の名誉感情を侵害するにとどまるものであって,これが社会通念上許される限度を超える侮辱行為であると認められる場合に初めて被上告人の人格的利益の侵害が認められ得るにすぎない。
そして,本件書き込み中,被上告人を侮辱する文言は上記の「気違い」という表現の一語のみであり,特段の根拠を示すこともなく,本件書き込みをした者の意見ないし感想としてこれが述べられていることも考慮すれば,本件書き込みの文言それ自体から,これが社会通念上許される限度を超える侮辱行為であることが一見明白であるということはできず,本件スレッドの他の書き込みの内容,本件書き込みがされた経緯等を考慮しなければ,被上告人の権利侵害の明白性の有無を判断することはできないものというべきである。
そのような判断は,裁判外において本件発信者情報の開示請求を受けた上告人にとって,必ずしも容易なものではないといわなければならない。
② そうすると,上告人が,本件書き込みによって被上告人の権利が侵害されたことが明らかであるとは認められないとして,裁判外における被上告人からの 本件発信者情報の開示請求に応じなかったことについては,上告人に重大な過失があったということはできないというべきである。
2(1) 弁護士神田知宏公式サイトの「名誉感情侵害(侮辱)」に以下の記載があります。
民事の「侮辱」は、刑事の「侮辱罪」と異なり、保護法益は個人の名誉感情です。最高裁は、「民法七二三条にいう名誉とは、人がその品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価、すなわち社会的名誉を指すものであつて、人が自己自身の人格的価値について有する主観的な評価すなわち名誉感情は含まないものと解するのが相当である」として(最二小判昭45・12・18民集24巻13号2151頁)、名誉感情について「人が自己自身の人格的価値について有する主観的な評価」と定義しています。簡単に言うと「プライド」です。
(2) 「社会通念上許される限度を超える」かどうかの判断基準として,「インターネット削除請求・発信者情報開示請求の実務と書式」62頁には,「単にプライドが傷付けば成立するのではなく,いわゆる放送禁止用語のレベル感が求められています。」と書いてあります。
3 相手方訴訟代理人が準備書面等で行った名誉感情の毀損を理由とする弁護士会の懲戒処分としては以下のものがあります。
・ 平成21年2月23日発効の第二東京弁護士会の戒告(自由と正義2009年6月号207頁)
・ 平成26年7月8日発効の大阪弁護士会の戒告(自由と正義2014年11月号89頁)
・ 平成26年8月10日発効の東京弁護士会の業務停止1月(自由と正義2014年11月号96頁)
・ 平成27年9月9日発効の千葉県弁護士会の戒告(自由と正義2015年12月号95頁)
・ 平成28年7月25日発効の第一東京弁護士会の戒告(自由と正義2016年12月号96頁)
4 ちなみに,尊属傷害致死罪は憲法14条1項に違反しないとした最高裁大法廷昭和25年10月11日判決(ただし,最高裁大法廷昭和48年4月4日判決により判例変更されています。)の斎藤悠輔最高裁判事の意見(リンク先PDF15頁ないし22頁)には,「(山中注:穂積重遠最高裁判事の少数意見は)要するに民主主義の美名の下にその実得手勝手な我儘を基底として国辱的な曲学阿世の論を展開するもので読むに堪えない」などと書いてあります。
「殺処分でいいやん」とネット掲示板に書き込まれた重度障害者の男性が起こした裁判で、約96万円の支払いを投稿者に命じる判決が言い渡されました。https://t.co/RQdu0XkZTR
12月8日、前橋地裁の判決は「極めて不当な表現方法で男性の人格を否定した誹謗中傷」だと指摘しました。— 弁護士ドットコムニュース (@bengo4topics) December 8, 2023
第3 検察官の論告が違法となる場合
・ 最高裁昭和60年5月17日判決は以下のとおり判示しています(改行を追加しています。)。
検察官は、事件について証拠調が終つた後、論告すなわち事実及び法律の適用についての意見の陳述をしなければならないのであるが、論告をすることは、裁判所の適正な認定判断及び刑の量定に資することを目的として検察官に与えられた訴訟上の権利であり、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正かつ迅速に適用実現すべき刑事訴訟手続において、論告が右の目的を達成するためには、検察官に対し、必要な範囲において、自由に陳述する機会が保障されなければならないものというべきである。
もとより、この訴訟上の権利は、誠実に行使されなければならないが、論告において第三者の名誉又は信用を害するような陳述に及ぶことがあつたとしても、その陳述が、もつぱら誹謗を目的としたり、事件と全く関係がなかつたり、あるいは明らかに自己の主観や単なる見込みに基づくものにすぎないなど論告の目的、範囲を著しく逸脱するとき、又は陳述の方法が甚しく不当であるときなど、当該陳述が訴訟上の権利の濫用にあたる特段の事情のない限り、右陳述は、正当な職務行為として違法性を阻却され、公権力の違法な行使ということはできないものと解するのが相当である。
第4 関連記事その他
1(1) 新潟合同法律事務所HPに「名誉を毀損する陳述書の作成者に慰謝料請求は可能か」が載っています。
(2) 法務省HPに「法制審議会-刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会」(令和3年9月22日第1回会議)が載っています。
(3) 法学セミナー2021年12月号に「侮辱罪の立法過程から見た罪質と役割──侮辱罪の法定刑引き上げをめぐって」が載っています。
2 相手方の提出した防禦方法を是認したうえその相手方の主張事実に立脚して新たに請求をする場合,すなわち相手方の陳述した事実をとってもって新請求の原因とする場合においては,かりにその新請求が請求の基礎を変更する訴の変更であっても,相手方はこれに対し異議をとなえその訴の変更の許されないことを主張することはできず,相手方が右の訴の変更に対し現実に同意したかどうかにかかわらず、右の訴の変更は許されます(最高裁昭和39年7月10日判決。なお,先例として,大審院昭和9年3月13日判決参照)。
3 以下の記事も参照してください。
・ 陳述書作成の注意点
・ 陳述書の機能及び裁判官の心証形成
・ 尋問の必要性等に関する東京高裁部総括の講演での発言