〇本ブログ記事は,日弁連五十年史に基づき,もっぱらAIで作成したものです。
目次
第1 はじめに
第2 弁護士会館敷地の来歴
1 江戸時代の大岡越前守の屋敷跡
2 1956年の建物買収
3 1973年の敷地払下げ
4 旧会館の規模
第3 日弁連の発足と設立直後の事務所
1 日弁連の発足
2 設立直後の間借り事務所
第4 新会館建設の準備
1 会館建設準備委員会の設置
2 1973年の会館建設委員会の設置
第5 弁護士合同会館敷地等確認書(1987年9月7日)
1 確認書の調印
2 署名者
第6 新会館の建設費試算
1 第二次企画設計(夢の段階)の試算
2 基本設計の合意と現実的試算
第7 建設資金の調達
1 新会館建設準備金制度(特別会費)
2 特定寄付・指定寄付に基づく寄付金
第8 設計者および施工体制
第9 着工から竣工まで
1 着工
2 竣工
3 竣工記念式典
第10 建物の概要
第11 結語
第1 はじめに
本記事は,『日弁連五十年史』第12章「日本弁護士連合会の会館」(331頁ないし350頁)の記載に厳格に依拠して,現在の弁護士会館がたどってきた経緯を時系列で整理することを目的としています。とりわけ,現在の弁護士会館(東京都千代田区霞が関一丁目1番3号)の敷地が,現会館建設前にどのような状態にあったかを,同書の範囲内で確認します。
本記事は,先行する複数版の記事における事実関係の誤りを訂正したうえで,『日弁連五十年史』に明記されている事項のみを採用しています。同書内に年次・金額・日付の記載が揺れている箇所については,両論を併記し,断定的な丸めをしないこととしました。同書のうち本記事が依拠した頁を,各事項の末尾に括弧書きで明示しています。
第2 弁護士会館敷地の来歴
1 江戸時代の大岡越前守の屋敷跡
現在の弁護士会館の敷地一帯は,江戸時代に大岡越前守の屋敷があった土地です(日弁連五十年史333頁)。日本弁護士連合会(以下「日弁連」といいます。)が今日その本拠を置く霞が関一丁目1番3号の地は,江戸期にさかのぼる由緒を有する敷地である旨が,同書に明記されています。
2 1956年の建物買収
日弁連は,1956年,法務省の外郭団体である財団法人刑務協会が所有していた建物を,総額5,000万円で買収しました(日弁連五十年史332頁ないし333頁)。これにより,日弁連は,現在の弁護士会館の敷地に進出することとなりました。
なお,『日弁連五十年史』は,この建物および敷地を「旧会館」「現会館」などの形で扱っており,「第一会館」「第二会館」といった呼称は用いられていません。買収後の旧会館は,新会館竣工に至るまでの約40年間にわたり,日弁連の活動拠点として用いられました。
3 1973年の敷地払下げ
1973年2月15日,現日弁連敷地343.75坪,法曹会館敷地493.75坪,法務図書館司法研究室敷地300坪,計1,137.50坪(3,753.75平方メートル)の払下げを受けました(日弁連五十年史334頁)。これにより,旧会館の敷地面積は,343.75坪(約1,136.4平方メートル)と明示されています。
4 旧会館の規模
旧会館の建物規模については,『日弁連五十年史』の以下の頁に,それぞれ次のとおり記載されています。
(1) 333頁では,構造は鉄筋コンクリート造,三階建てであり,建坪184坪,2階180坪,3階180坪,実測550坪と記されています。
(2) 338頁では,床面積1,134.38平方メートル,延床面積1,795.20平方メートルと記されています。
すなわち「550坪」は,旧会館の敷地面積ではなく,3階分を合算した実測の延床面積であり,敷地面積の343.75坪(前項3)とは別の数値です。
第3 日弁連の発足と設立直後の事務所
1 日弁連の発足
1949年9月1日,日弁連が発足しました(日弁連五十年史331頁)。『日弁連五十年史』は,日弁連の発足を戦後の弁護士法の施行と同時の出来事として位置づけています(日弁連五十年史331頁)。
2 設立直後の間借り事務所
日弁連は,発足当初,第一東京弁護士会の三階を借りて事務所としました(日弁連五十年史331頁)。その後,東京弁護士会の別館を借り受けて事務局機能を維持しました(日弁連五十年史331頁)。1956年の建物買収に至るまでの間,日弁連が独立した会館を有していなかった旨が,同書に記されています。発足から建物買収までの約7年間は,新法制下での弁護士自治の組織化と並行して,独立会館の確保を模索する時期であったといえます。
第4 新会館建設の準備
1 会館建設準備委員会の設置
1956年に取得した旧会館は,弁護士人口の増加と諸活動の拡大に伴い,しだいに手狭となりました。日弁連は,新会館の建設に向けた具体的検討に着手するため,「会館建設準備委員会」を設置しました。
ただし,日弁連五十年史内において,本委員会の設置年について,次のとおり記載に揺れがあります。
(1) 334頁では「一九七一(昭和四六)年一〇月」と記されています(日弁連五十年史334頁)。
(2) 338頁では「一九七二(昭和四七)年一〇月」と記されています(日弁連五十年史338頁)。
両者の記載は1年ずれており,同書内での齟齬であるため,本記事ではいずれかに丸めず両論を併記します。
2 1973年の会館建設委員会の設置
1973年,日弁連は,「会館建設委員会」を設置し,会館建設に向けた検討を本格化させました(日弁連五十年史334頁)。『日弁連五十年史』は,「会館建設準備委員会」と「会館建設委員会」の各設置をもって,新会館事業の組織的検討が開始されたものと位置づけています。
第5 弁護士合同会館敷地等確認書(1987年9月7日)
1 確認書の調印
新会館の建設に向けた敷地の確保および事業推進体制の確認は,1987年9月7日付の「弁護士合同会館敷地等確認書」の調印をもって,公式の文書として整理されました(日弁連五十年史337頁)。本確認書は,日弁連と東京三会(東京弁護士会,第一東京弁護士会,および第二東京弁護士会)との間で,東京都千代田区霞が関一丁目1番3号に新会館を弁護士合同会館として整備することを確認する文書です(日弁連五十年史337頁)。
2 署名者
『日弁連五十年史』337頁に掲げられた確認書末尾の署名者は,次のとおりです。当時の日弁連の会長は北山六郎氏でしたが,会長自身が署名したものではなく,事務次長および東京三会の担当副会長が代表として署名しています(日弁連五十年史337頁)。
ア 日本弁護士連合会 事務次長 澤田三知夫
イ 東京弁護士会 担当副会長 千葉憲雄
ウ 第一東京弁護士会 担当副会長 上野健二郎
エ 第二東京弁護士会 担当副会長 村山朗
第6 新会館の建設費試算
1 第二次企画設計(夢の段階)の試算
第二次企画設計の段階では,当時すでに着工していた霞が関の省庁庁舎(裁判所合同庁舎,通商産業省庁舎など)の建設実績を参考に,3.3平方メートル当り約100万円の単価を当てはめ,第二次企画設計の面積に単純に当てはめて約140億円が試算されました(日弁連五十年史342頁)。さらに,建築費の年率上昇分を15パーセントと見積もり,これを上乗せして総額約161億円が見込まれました(日弁連五十年史342頁)。
日弁連・東京弁護士会・第一東京弁護士会・第二東京弁護士会の面積割合は,2・2・1・1と予測されており,日弁連の負担金は全体の6分の2(すなわち約3分の1),約53億円ないし54億円と試算されていました(日弁連五十年史342頁)。
2 基本設計の合意と現実的試算
1991年7月,日弁連と東京三会との間で新会館の基本設計が合意されました(日弁連五十年史343頁)。新会館は,地上17階および地下2階建て,延床面積約2万6,000平方メートルとして設計されました(日弁連五十年史343頁)。これは,先行した企画設計の段階と比べて面積が半分程度となったものですが,現実的な規模として落着したものです。
設計者である株式会社佐藤総合計画による試算によれば,新会館の総工費は197億7,000万円,日弁連の負担金予想は約53億円とされました(日弁連五十年史343頁)。
第7 建設資金の調達
1 新会館建設準備金制度(特別会費)
新会館建設資金の調達のため,1983年3月12日の臨時総会において「新会館建設準備金」制度が新設されました(日弁連五十年史343頁)。同年4月から,全国の弁護士会員から月額1,500円の特別会費が,7年間徴収される建付けでした(日弁連五十年史343頁)。
その後,1990年から月額3,000円に増額され,徴収期間も7年から11年に延長されました(日弁連五十年史343頁)。特別会費は,全国の弁護士会員に均等に賦課される性質を持ち,各単位会を経由して日弁連に納入される仕組みでした。
2 特定寄付・指定寄付に基づく寄付金
1991年12月10日付の大蔵省告示第219号により,新会館建設に係る寄付金が「特定寄付・指定寄付」の指定を受けました(日弁連五十年史346頁ないし347頁)。これにより,本件寄付金は,法人税法上の損金算入対象,所得税法上の寄付金控除対象等となりました。寄付金の一人あたり目標額は,12万円とされています(日弁連五十年史344頁)。
特別寄付金の募集は,1年間の募集期間として開始され,その後1年間の延長が認められて,実質約2年間の募集期間となりました。なお,募集開始日について同書内で次のとおり日付に揺れがあります。
(1) 344頁では「平成三年一二月九日から一年間」と記されています(日弁連五十年史344頁)。
(2) 347頁では「一九九一(平成三)年一二月一〇日から一九九二(平成四)年一二月九日までの一年間」と記されています(日弁連五十年史347頁)。
両者は1日のずれがあり,同書内での齟齬であるため,本記事ではいずれかに丸めず両論を併記します。
集まった寄付金の総額についても,同書内で次のとおり数字に揺れがあります。
(1) 344頁では,最終的には会員から約12億6,200万円,第三者から約4億7,600万円,合計約17億3,800万円に達したと記されています(日弁連五十年史344頁)。
(2) 345頁の「収支のすべて」の項目では,寄付金として総額17億3,990万円と記されています(日弁連五十年史345頁)。
両者は約190万円の差があり,同書内での齟齬であるため,本記事ではいずれかに丸めず両論を併記します。
第8 設計者および施工体制
新会館の設計および監理は,株式会社佐藤総合計画が担当しました(日弁連五十年史350頁)。施工は,大成建設株式会社と株式会社フジタとの共同企業体が担当しました(日弁連五十年史350頁)。設備工事については,電気・通信設備を株式会社きんでんが担当し,空調・衛生設備を新菱冷熱工業株式会社が担当しています(日弁連五十年史349頁ないし350頁)。
完成後の弁護士会館の管理は,日弁連と東京三会の4会で組織する「会館運営委員会」が当たることとなりました(日弁連五十年史350頁)。
第9 着工から竣工まで
1 着工
1992年9月30日,新会館は正式に着工しました(日弁連五十年史350頁)。
2 竣工
約2年9か月の工期を経て,1995年6月30日,新会館は竣工しました(日弁連五十年史350頁)。
3 竣工記念式典
1995年8月1日,新会館の竣工記念式典が挙行されました(日弁連五十年史350頁)。『日弁連五十年史』は,竣工記念式典の開催日を1995年8月1日と明示していますが,会場の地名についての記述は確認できません。
第10 建物の概要
完成した新会館の建物概要は,『日弁連五十年史』350頁の記載によれば,次のとおりです。
(1) 建設地は,東京都千代田区霞が関一丁目1番3号です。
(2) 構造・規模は,地上17階,地下2階,塔屋2階です。階層別の構造は次のとおり区分されています。
ア 地下2階ないし4階:鉄筋鉄骨コンクリート造
イ 5階以上:鉄骨造
(3) 敷地面積は,4,792.43平方メートルです。
(4) 建築面積は,2,289.22平方メートルです。
(5) 延床面積は,25,962.92平方メートルです。
旧会館の敷地面積が343.75坪(約1,136.4平方メートル,日弁連五十年史334頁),延床面積が1,795.20平方メートル(日弁連五十年史338頁)であったことに照らせば,新会館の敷地面積(4,792.43平方メートル)は旧会館の敷地面積の約4.2倍,新会館の延床面積(25,962.92平方メートル)は旧会館の延床面積の約14.5倍に拡張されたことになります。
第11 結語
弁護士会館は,江戸時代の大岡越前守の屋敷跡という由緒ある土地に位置します(日弁連五十年史333頁)。日弁連は,1956年に,財団法人刑務協会から鉄筋コンクリート造三階建ての建物(実測延床550坪・1,795.20平方メートル)を5,000万円で買収し(日弁連五十年史332頁ないし333頁,338頁),1973年2月15日には現日弁連敷地343.75坪を含む計1,137.50坪(3,753.75平方メートル)の払下げを受けて(日弁連五十年史334頁),現在の地に拠点を確立しました。
その後,会館建設準備委員会(『日弁連五十年史』内で1971年10月設置(334頁)と1972年10月設置(338頁)の両論あり)および1973年の会館建設委員会の設置を経て(日弁連五十年史334頁),1987年9月7日の「弁護士合同会館敷地等確認書」の調印により事業推進の枠組みを整えました(日弁連五十年史337頁)。1991年7月の基本設計合意,1992年9月30日の着工を経て,1995年6月30日に竣工した現在の弁護士会館(敷地面積4,792.43平方メートル,延床面積25,962.92平方メートル,地下2階・地上17階建て・塔屋2階)は,総工費197億7,000万円規模の合同会館事業として結実したものです(日弁連五十年史343頁,350頁)。
事業費の調達は,1983年4月からの月額1,500円,1990年からの月額3,000円の特別会費(新会館建設準備金制度)の長期徴収(日弁連五十年史343頁)と,1991年12月10日付の大蔵省告示第219号により「特定寄付・指定寄付」の指定を受けた特別寄付金(合計約17億3,800万円〔344頁〕ないし17億3,990万円〔345頁〕,日弁連五十年史344頁,345頁,346頁ないし347頁)等によって行われました。新会館は,日弁連と東京三会の4会が共有する弁護士合同会館として整備され,4会で組織する会館運営委員会の管理の下に,今日に至っています(日弁連五十年史350頁)。
本記事は,『日弁連五十年史』の記載範囲に厳格に依拠するものであり,個別の数値や固有名詞を引用される場合には,書籍原本にあたっての確認をお勧めいたします。