第1 この記事の対象と結論
中央青山監査法人は,カネボウの有価証券報告書に係る虚偽証明を理由として,金融庁から平成18年5月10日付けで2か月間の業務の一部停止処分を受けた。しかし,金融庁が中央青山監査法人又は改称後のみすず監査法人に解散を命じたわけではない。みすず監査法人は,平成19年5月30日の定時社員総会において,同年7月31日をもって解散することを決議したのであり,法的な解散原因は社員による自主的な決議であった。
業務停止処分は,監査法人の信用低下,被監査会社の離脱及び社員・職員の流出を加速させた重大な転機である。もっとも,処分期間の終了後も法人はみすず監査法人へ改称して業務を続けており,その後の日興コーディアルグループの会計問題,監査業務の移管及び資本市場の混乱回避という経過を経て解散した。本記事では,業務停止処分を自主解散の重要な背景の一つと位置付け,処分と法的な解散原因とを区別して時系列を整理する。
第2 中央青山監査法人とカネボウ事件
1 中央青山監査法人の成立
国立国会図書館の典拠データによれば,中央青山監査法人は,平成12年4月,中央監査法人と青山監査法人の合併によって発足した。同法人は,平成18年9月1日,みすず監査法人へ名称を変更した。
2 カネボウの決算訂正と上場廃止
カネボウは,平成17年4月13日,平成12年3月期から平成16年3月期までの5期分の決算内容を訂正した。東京証券取引所の公表資料は,訂正後の財務内容が実際には大幅な債務超過であったのに資産超過とされ,多額の当期純損失を計上すべきところ当期純利益が計上されていたことなどを重く見て,同年5月12日にカネボウ株式の上場廃止を決定した。
カネボウ事件については,会社が訂正した5期分の決算,刑事事件で起訴対象となった年度,各年度の純資産又は損益の差額を区別する必要がある。これらを一つの「粉飾額」にまとめると,異なる期間及び会計指標を混同することになる。証券取引等監視委員会の平成17年度版年次公表によれば,当時の経営陣及び公認会計士は,業績が悪化した子会社を連結決算の対象から外すなどの方法による虚偽の有価証券報告書の提出に関与したとされた。
3 金融庁による業務の一部停止処分
金融庁の平成18年5月10日付け処分資料は,カネボウの平成11年3月期から平成15年3月期までの有価証券報告書の財務書類に虚偽記載があったにもかかわらず,中央青山監査法人の関与社員が故意に虚偽のないものとして証明したと認定した。金融庁は,同法人に対し,証券取引法監査及び会社法監査等について,平成18年7月1日から同年8月31日まで,一定の例外を除く2か月間の業務の一部停止を命じた。
金融庁は,法人の運営についても,審査がレビュー・パートナーに過度に依存していたこと,審議会,内部レビュー及びモニタリングが有効に機能していなかったこと,監査判断の基準及びマニュアルが不十分であったことなどを指摘した。関与公認会計士については,平成18年5月10日に2名を登録抹消,1名を1年間の業務停止とし,同月24日に別の1名を追加で登録抹消とした。
第3 業務停止後の顧客・人員の移動
1 被監査会社への影響
既存の法定監査を含む業務停止は,中央青山監査法人だけで完結する処分ではなかった。金融庁長官の平成18年5月15日記者会見では,株主総会で会計監査人を変更しなかった会社について,中央青山監査法人が同年7月に会計監査人の資格を失い,監査役等が一時会計監査人を選任する必要が生じ得ることが説明されている。大規模監査法人に対する既存業務を含む停止処分は,多数の発行会社の機関運営及び開示日程にも連鎖的な対応を迫ったのである。
2 あらた監査法人の発足とみすず監査法人への改称
平成18年には,中央青山監査法人から社員及び職員の一部が移り,あらた監査法人が業務を開始した。PwC Japanによる沿革の説明も,中央青山監査法人とあらた監査法人が並存した経過を記録している。中央青山監査法人は,業務停止期間の終了後である同年9月1日,みすず監査法人へ名称を変更した。
第166回国会参議院財政金融委員会会議録において,日本公認会計士協会会長は,カネボウ事件,刑事事件及び金融庁処分によって信用とブランドが毀損し,上場会社の顧客を約200社失ったほか,職員の退職も生じた旨を説明した。この答弁は,業務停止処分後の法人再編を,名称変更だけでは回復できない顧客基盤及び人的基盤の縮小という面から示している。
3 日興コーディアルグループの会計問題
証券取引等監視委員会の平成18年12月18日付け勧告は,日興コーディアルグループが,子会社を連結範囲に含めず,社債の発行日を偽るなどして本来計上できない評価益を計上したと認定した。同資料によれば,連結経常利益589億6800万円が777億1700万円,連結当期純利益352億6800万円が469億3500万円と記載され,その有価証券報告書を参照書類とする発行登録追補書類に基づいて500億円の社債が募集された。勧告された金銭的不利益は「追徴金」ではなく,証券取引法に基づく5億円の「課徴金」である。
金融庁がこの問題を理由としてみすず監査法人に解散を命じた事実は確認できない。もっとも,カネボウ事件後に信用の回復を図っていた時期に別の大規模な会計問題が明らかになったため,本記事では,これを顧客及び市場の信頼を一層損なった事情の一つと位置付ける。
第4 監査業務の移管と自主解散
1 他の監査法人への移管方針
みすず監査法人は,平成19年2月,社員・職員の移籍及び監査業務の移管について,他の大手監査法人との協議を開始した。日本公認会計士協会の平成19年2月21日付け公表資料は,みすず監査法人の決断を受け,平成19年3月期決算監査の遂行と資本市場の混乱防止に協力するよう会員へ要請している。金融庁長官の同月26日記者会見も,同年3月期の監査を確実に遂行し,将来の証券市場の混乱を回避する観点からの対応であると説明した。
2 社員総会の解散決議
日本公認会計士協会の平成19年6月29日付け公表資料は,みすず監査法人が,同年5月30日の定時社員総会において,同年7月31日をもって解散することを決定したと明記している。解散日をもって監査法人としての業務を終了し,担当公認会計士を含む監査業務の多くを他の監査事務所へ引き継ぐこととされた。
平成19年7月31日の金融担当大臣記者会見では,みすず監査法人が担当していた上場会社600社強のうち,約95%が後任会計監査人を適時開示済みであると説明された。同大臣は,みすず監査法人の解散を「個別の監査法人の経営判断」として扱っており,金融庁による解散命令とは説明していない。
3 業務停止処分と解散との関係
以上の経過によれば,カネボウ事件を理由とする業務停止処分は,中央青山監査法人の信用,顧客及び人員の維持に重大な影響を与え,自主解散へ至る過程の重要な背景となった。他方で,業務停止は平成18年8月31日に終了し,法人はみすず監査法人として約11か月間存続した後,社員総会の決議により解散した。したがって,「金融庁の業務停止処分により中央青山監査法人が解散した」とだけ説明するのは因果関係を単純化しすぎており,「業務停止処分等による信用・顧客・人員の流出を経て,みすず監査法人が自主解散した」と説明するのが正確である。
第5 業務停止と解散命令の法的な区別
1 現行公認会計士法の規定
現行の公認会計士法34条の18第1項は,監査法人の解散事由として,総社員の同意と,同法34条の21第2項による解散命令とを別個に規定している。同法34条の21第2項は,監査法人に対する処分として,戒告,業務管理体制の改善命令,2年以内の業務の全部又は一部の停止及び解散命令を区別している。本件で確認できるのは業務の一部停止と社員総会による自主解散であり,解散命令ではない。
2 現行処分基準を平成18年の処分と混同しないこと
金融庁の現行処分基準は,虚偽証明が故意か注意義務違反か,既存業務の継続が相当かなどに応じて,課徴金,契約の新規締結に関する業務停止,既存業務を含む業務停止及び業務改善命令を組み合わせる考え方を示している。しかし,この基準は平成20年に公表され,令和6年3月にも改正されたものである。平成18年の中央青山監査法人に対する処分を評価するときは,当時の処分資料に基づく必要があり,現在の基準を当時から同じ内容で存在した基準として扱うことはできない。
第6 出典・参考資料
1 法令・行政処分
② 金融庁「監査法人及び公認会計士の懲戒処分について」(平成18年5月10日)
③ 金融庁「公認会計士・監査法人に対する懲戒処分等の考え方(処分基準)について」及び同処分基準の令和6年3月27日改正資料
2 公文書・会議録・沿革資料
① 国立国会図書館典拠データ検索・提供サービス「中央青山監査法人」
② 東京証券取引所「定例理事会後の記者会見(要旨)」(平成17年5月12日)
④ 金融庁「五味金融庁長官記者会見の概要」(平成18年5月15日)
⑤ 証券取引等監視委員会「株式会社日興コーディアルグループに係る発行登録追補書類の虚偽記載に係る課徴金納付命令の勧告について」(平成18年12月18日)
⑥ 日本公認会計士協会「みすず監査法人からの発表について」(平成19年2月21日)
⑦ 金融庁「五味金融庁長官記者会見の概要」(平成19年2月26日)
⑧ 第166回国会参議院財政金融委員会第18号(平成19年6月15日)
⑨ 日本公認会計士協会「みすず監査法人の監査業務の停止に伴うコンフォート・レター発行業務の取扱いについて」(平成19年6月29日)
⑪ PwC Japan「PwC Japanの20年を振り返る」
3 文献
① 黒沼悦郎『金融商品取引法〔第2版〕』有斐閣,2020年,207頁(弁護士ドットコムライブラリーのビューア249頁で印字頁を確認)
② 桜井健夫・上柳敏郎・石戸谷豊『新・金融商品取引法ハンドブック〔第4版〕』日本評論社,2018年,81頁~82頁(弁護士ドットコムライブラリーのビューア104頁~105頁で印字頁を確認)
③ 冨山和彦・澤陽男『決定版 これがガバナンス経営だ!』東洋経済新報社,2015年,337頁(弁護士ドットコムライブラリーのビューア341頁で印字頁を確認)
④ 長島・大野・常松法律事務所・あずさ監査法人編『会計不祥事対応の実務―過年度決算訂正事例を踏まえて』商事法務,2010年,3頁~4頁(PDF18頁~19頁で印字頁を確認)