日弁連推薦以外の弁護士が最高裁判所判事に就任した事例

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目次
1 大塚喜一郎最高裁判所判事の事例(第2次田中角栄内閣
 本山亨最高裁判所判事の事例(福田赳夫内閣
3 山口厚最高裁判所判事の事例(第3次安倍第2次改造内閣
4 昭和時代の司法大臣経験者及び最高裁判所長官経験者のコメント
5 関連記事その他

1 大塚喜一郎最高裁判所判事の事例(第2次田中角栄内閣
(1)ア   大弁出身の色川幸太郎最高裁判所判事の後任として昭和48年2月2日に最高裁判所判事に就任した大塚喜一郎(一弁出身)は,日弁連推薦の弁護士ではありませんでした。
   ただし,大塚喜一郎本人によれば,「最高裁や内閣から「あなたをおいてほかにない。」といわれ,もし断って在野法曹出身が減らされては大変だし,日弁連の幹部とも話し合って引き受けることにした」と話したそうです。
   このとき,日弁連は立命館大学教授の弁護士など9人を推薦したそうですし,昭和48年2月2日,日弁連幹部が後藤田正晴内閣官房副長官に会って抗議をしました。
イ 保守化路線を進めていた当時の石田和外最高裁判所長官(保守派)が,保守派の大塚喜一郎を選んだといわれています。
ウ リベラル派の田中二郎最高裁判所判事(行政法学者)は,保守化しすぎた最高裁に嫌気が差して,昭和48年3月31日に依願退官しました。
エ 最高裁物語(下)129頁及び130頁,並びに最高裁全裁判官-人と判決-185頁が参考になります。
(2) 大塚喜一郎は,日弁連事務総長(昭和34年度)及び第一東京弁護士会会長(昭和45年度)の経験があります(「日弁連の歴代会長及び事務総長」参照)。
(3)ア 日弁連は,昭和48年5月26日,最高裁判所裁判官の任命に関する決議を出したところ,決議理由には以下の記載があります。
   少くとも、何人かの最高裁判所裁判官の任命については、何らかの政治的配慮によって恣意的になされたものではなかろうかとする国民の疑惑が深まっている。たとえば最高裁事務総長時代に司法の独立の問題について重大なかかわりを持ち、当連合会も強く批判したことのある裁判官を任命したこと、もと駐米大使として極めて政治色の強い発言を繰り返し当時問題とされた裁判官を任命したこと、当連合会の推薦を無視した任命がなされたこと、あるいは田中裁判官が任期なかばにして最高裁判所裁判官を辞任したことなどについて、国民が強い疑問を持ったことを否定するわけにいかない。
イ 昭和46年4月27日以降,弁護士出身の最高裁判所裁判官が4人となっていました。

2 本山亨最高裁判所判事の事例(福田赳夫内閣
(1) 一弁出身の藤林益三最高裁判所長官の定年退官に伴う玉突き人事として昭和52年8月26日に最高裁判所判事に就任した本山亨(名古屋弁出身)は,日弁連推薦の弁護士ではありませんでしたが,財界などから強い支持がありましたし,東京以外の弁護士会からの起用が4年前に定年退官した色川幸太郎以来なかったので,起用されました。
   このとき,日弁連は塚本重頼弁護士(東弁)を強く推薦していたものの,裁判官時代の同期の裁判官がまだ高裁や最高裁事務総局にいるなどとして時期尚早として見送られました(最高裁全裁判官-人と判決-218頁)。
(2) 本山亨弁護士は,昭和52年4月3日に定年退官が発令された下田武三最高裁判所判事(元 外務事務次官)の後任として,弁護士枠を5人に回復することを目指した日弁連によって,他の弁護士と一緒に推薦されたことがありました(東京弁護士会百年史960頁及び961頁参照)。
(3) 塚本重頼弁護士は,東弁出身の本林譲最高裁判所判事の後任として昭和56年10月17日に最高裁判所判事に就任しました。

3 山口厚最高裁判所判事の事例(第3次安倍第2次改造内閣

(1) 行政官出身の桜井龍子最高裁判所判事の後任として平成29年2月6日に最高裁判所判事に就任した山口厚東京大学名誉教授は,日弁連推薦の弁護士ではありませんでした。
   また,同人は,平成28年8月1日に弁護士登録をしたばかりの人です(一弁出身。弁護士登録番号は53854番)から,弁護士出身といえるかどうかについては意見が分かれています。
(2) 仮に同人が弁護士出身の最高裁判所判事ではないとした場合,大橋正春最高裁判所判事(元 日弁連法科大学院センター委員長・一弁出身)が定年退官した後の平成29年3月31日以降,弁護士出身の最高裁判所判事の人数は3人になったこととなります。
(3) 山口厚弁護士は,大塚喜一郎弁護士及び本山亨弁護士以上に日弁連との接点のない人でした。
(4) 金岡法律事務所HP「弁護士会推薦枠の最高裁判事が任命されなかった事態について」(平成29年3月18日付)が載っています。

4 昭和時代の司法大臣経験者及び最高裁判所長官経験者のコメント
(1) 司法大臣経験者のコメント
・ 「最高裁判決の内側」(昭和40年8月30日発行)につき,鈴木義男司法大臣の回想文を引用した204頁及び205頁には以下の記載があります。
 (山中注:15人の最高裁判所裁判官の出身者の色分け)は別にそういう方針で選定したものではなく、人物本位に選んだ結果偶然こういう比率になったに過ぎない。私共の意思としては、将来一人二人の欠員ができた場合、時の内閣は、常に、国家的に見て最適任者を選択任命するように有りたいと念願するものである。
(2) 最高裁判所長官経験者のコメント
・ 最高裁判所とともに(著者は高輪1期の矢口洪一 元最高裁判所人事局長・元最高裁判所長官)97頁には以下の記載があります。
  判事、判事補、簡裁判事などの人事は、最高裁が提出する名簿に基づき内閣が任命するが、最高裁裁判官の人事は三権分立におけるチェック・アンド・バランスから、完全な内閣の専権に属している。
  ただ、最高裁長官は自己の後任人事を含む最高裁裁判官の人事について、首相に意見を述べるのが慣例である。その意見を聴くかどうかは内閣の自由だが、この習慣はぜひ続けてほしい。
 

5 関連記事
・ 最高裁判所裁判官の任命に関する各種説明
・ 最高裁判所発足時の裁判官任命諮問委員会,及び最高裁判所裁判官任命諮問委員会設置法案等
・ 日弁連最高裁判所裁判官推薦諮問委員会
・ 弁護士出身の最高裁判所裁判官の一覧

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