第1 裁判官任命諮問委員会の位置付け
1 現在の最高裁判所裁判官の指名及び任命
日本国憲法6条2項によれば,最高裁判所長官は内閣の指名に基づいて天皇が任命する。
憲法79条1項によれば,長官以外の最高裁判所裁判官は内閣が任命し,その任免は天皇が認証する。
裁判所法39条も同じ区分を定めているが,現行法には最高裁判所裁判官の候補者について内閣が諮問しなければならない委員会は存在しない。
本記事でいう「裁判官任命諮問委員会」は,昭和22年の最高裁判所発足時に設けられた二つの委員会を指す。
最初の委員会は第1次吉田内閣の下で候補者を答申したものの任命には至らず,片山内閣が新たに設けた委員会の答申を経て初代の最高裁判所裁判官が任命された。
その後,制度は昭和23年に廃止されたが,昭和32年の政府案,昭和50年代の議員立法及び平成15年の日弁連案によって復活が提案された。
2 二つの委員会を区別する必要性
昭和22年には,同じ「裁判官任命諮問委員会規程」という名称の規程が二度制定された。
第1次吉田内閣の委員会は昭和22年4月16日閣令第14号に基づく11人の委員会であり,片山内閣の委員会は同年6月17日政令第83号に基づく15人の委員会である。
実際の初代裁判官の人選に用いられた後者だけを取り上げると,最初の答申が白紙となり選考がやり直された経緯が分からなくなる。
第2 第1次吉田内閣の裁判官任命諮問委員会
1 閣令第14号と委員11人
昭和22年4月16日,裁判所法の公布と同じ日に,閣令第14号「裁判官任命諮問委員会規程」が公布され,即日施行された。
同日付官報第6074号で規程本文を確認できる。
委員会は11人で構成された。
その内訳は,大審院長,行政裁判所長官,司法次官,貴族院議長,第92回帝国議会の衆議院議長,帝国学士院第一部長,東京帝国大学総長,東京の三弁護士会の会長3人及び大審院以外の判事1人であった。
最後の判事1人は,他の委員が示した候補者の中から内閣総理大臣が委嘱する仕組みであった。
2 裁判官候補30人と長官候補3人の答申
委員会は60人を超える候補者について信任投票を行い,昭和22年4月22日に最高裁判所裁判官候補者30人を選び,翌23日にその中から最高裁判所長官候補者3人を答申した。
したがって,最高裁判所裁判官候補者を30人に絞る手続と,その中から長官候補者3人を示す手続は別の段階であった。
3 総選挙後の内閣による選考への変更
答申と同じ昭和22年4月23日,連合国最高司令官は,最初の最高裁判所裁判官について,新憲法の下で選出される国会が指名した内閣に選考させるべきであるとの趣旨を政府に伝えた。
同月25日の衆議院議員総選挙後に第1次吉田内閣が退陣したため,この答申に基づく指名及び任命は行われなかった。
裁判官の候補者選考は,次の片山内閣の下でやり直されることとなった。
第3 片山内閣の裁判官任命諮問委員会
1 昭和22年6月5日の内閣談話と政令第83号
片山内閣は昭和22年6月5日,最高裁判所裁判官の選定を一内閣だけの問題ではなく国民的な関心事と位置付け,選定を公正かつ明朗に行うとの趣旨の談話を公表した。
同月17日には,政令第83号「裁判官任命諮問委員会規程」を制定し,第1次吉田内閣の規程とは構成の異なる委員会を設けた。
委員は,衆議院議長1人,参議院議長1人,裁判官の互選による者4人,検察官等の互選による検察官1人,弁護士の互選による者4人,内閣総理大臣が指名する法律学教授2人及び学識経験者2人の合計15人であった。
研究文献によれば,互選の有権者は裁判官1250人,検察官等668人及び弁護士6123人であった。
2 裁判官委員選挙とニセ電報事件
裁判官委員4人については6人が候補となり,昭和22年7月10日に投票,同月18日に開票が行われた。
投票の直前である同月7日,東京控訴院長であった候補者が立候補を辞退したかのような虚偽の電報が,東京高等裁判所管内の地方裁判所及び各地の高等裁判所へ送られた。
この出来事は,後に「ニセ電報事件」と呼ばれている。
虚偽の電報をめぐっては電信法違反の疑いによる告発がされたものの,東京地方検察庁は不起訴とし,抗告を受けた東京高等検察庁も不起訴としたとする研究がある。
国会でも選挙の有効性を疑問視する質問がされたが,政府は選挙を有効として手続を進めた。
虚偽の電報が送られたこと,候補者が落選したこと及びその後の人選との間にある因果関係は,それぞれを区別して理解する必要がある。
3 候補者30人の決定と初代裁判官15人の任命
15人の委員は,昭和22年7月22日までに挙げられた139人から,同月27日までに辞退した48人を除く91人を投票対象とした。
投票は,30人の氏名を記載する完全連記の無記名投票であった。
委員会は昭和22年7月28日に候補者30人を決定した。
現存する国立公文書館の「最高裁判所裁判官候補者名簿(裁判官任命諮問委員会答申)」は,同月29日付である。
決定日と現存する答申文書の日付は1日異なるため,両者を混同すべきではない。
内閣は答申された30人から昭和22年8月1日に15人を選び,同月4日に最高裁判所長官の指名及び最高裁判所判事の任命を行った。
任命された15人は裁判官5人,弁護士5人及びその他5人という構成になり,後の出身分野別構成の原型になったと評価されている。
もっとも,この人数比は裁判所法が定める法定枠ではない。
第4 昭和23年の制度廃止
制定時の裁判所法39条4項は,内閣が最高裁判所長官の指名又は最高裁判所判事の任命を行うときは,裁判官任命諮問委員会に諮問しなければならないと定めていた。
同条5項は,委員会の組織及び権限を政令に委ねていた。
第1回国会で成立した裁判所法の一部を改正する法律(昭和23年法律第1号)は,この2項を削除し,昭和23年1月1日に施行された。
政府は国会で,委員会制度が形式に流れて期待した効果を挙げず,最高裁判所裁判官の指名及び任命について内閣の責任を不明確にするため,内閣が全責任を負う制度に改めると説明した。
この公的な廃止理由と,委員選挙や人選をめぐる後世の歴史的評価とは区別すべきである。
第5 昭和32年の裁判官任命諮問審議会案
昭和32年,第26回国会に内閣提出第89号「裁判所法等の一部を改正する法律案」が提出された。
この法案は,最高裁判所の機構改革と一体の案であり,最高裁判所長官の指名及び最高裁判所判事の任命に際し,裁判官任命諮問審議会への諮問を義務付ける内容を含んでいた。
法案は,審議会を裁判官,検察官,弁護士及び学識経験者で構成すると定める一方,具体的な人数及び選任方法を政令に委ねていた。
昭和32年4月23日の衆議院法務委員会では,23人案,4分野から各3人を選ぶ12人案及び7人案が検討対象であり,政府案が確定していないと説明された。
法案は第28回国会まで継続審査となった後,昭和33年4月25日の衆議院解散によって未了となった。
第6 昭和50年代に提出された5件の設置法案
1 日本法令索引で確認できる提出回
国立国会図書館の日本法令索引で法案名を完全一致検索すると,「最高裁判所裁判官任命諮問委員会設置法案」は5件確認でき,いずれも未了である。
提出回は,①第75回国会参法第4号(昭和50年3月12日提出),②第87回国会衆法第14号(昭和54年4月24日提出),③第88回国会衆法第5号(同年9月1日提出),④第89回国会衆法第3号(同年11月9日提出),⑤第93回国会衆法第8号(昭和55年10月22日提出)である。
司法制度改革審議会の旧資料が掲げた4件だけを数えると,第88回国会衆法第5号が脱落する。
2 第75回国会法案と天野鎮治参考人の意見
第75回国会参法第4号は,21人の委員で構成する委員会を内閣に置き,最高裁判所長官候補者を2人以内,最高裁判所判事候補者を任命予定数の2倍以内で答申する制度を提案した。
答申には候補者を適当とした理由を付し,委員は答申と異なる意見の併記を求めることができるものとされた。
委員会は答申後速やかに,候補者の氏名及び理由を公表する仕組みであった。
天野鎮治弁護士は,昭和50年6月12日の参議院法務委員会で日弁連を代表して賛成意見を述べ,任命過程に対する民主的な統制と答申理由の公表を国民審査の実効性に結び付けた。
この発言は昭和50年当時の制度評価であり,そこで示された外国制度に関する見解を現在の比較法上の事実として流用すべきではない。
3 第93回国会法案における委員構成
昭和55年11月7日の衆議院法務委員会で審議された第93回国会法案は,委員を20人とする案であった。
内訳は,衆参両院議長,最高裁判所長官,検事総長及び日弁連会長の5人,最高裁判所が指名する裁判官5人,日弁連が指名する弁護士5人,内閣が指名する学識経験者2人並びに日本学術会議が指名する学識経験者3人であった。
昭和50年代の法案は提出時期だけでなく制度設計にも違いがあるため,同一内容の法案が機械的に反復されたものとして扱うことはできない。
第7 司法制度改革審議会及び日弁連の提案
1 平成13年司法制度改革審議会意見
司法制度改革審議会意見は,最高裁判所裁判官の選任過程について,透明性及び客観性を確保するための適切な措置を検討すべきであるとした。
同意見書は,特定の諮問委員会案を採用すると決めたものではなく,具体的な措置の検討を求めたものである。
2 平成15年日弁連意見書
日弁連は平成15年6月20日,「最高裁判所裁判官任命諮問委員会の設置を求める意見書」を公表した。
同意見書の法律案は,最高裁判所,検事総長及び日弁連が各4人,衆参両院が各2人,日本学術会議が3人を指名する合計19人の委員会を提案している。
委員の任期は2年で再任を認めず,内閣は欠員が生じる日の少なくとも30日前までに委員会へ諮問するものとされた。
委員会は任命予定数を超える候補者を答申し,答申には理由を付し,委員は異なる意見の併記を求めることができるものとされた。
答申の趣旨及び理由を公表し,候補予定者から意見を聴く機会を設ける構想でもあった。
もっとも,これは日弁連の提案であり,法律案として国会に提出されたものではない。
第8 現在の選任慣行と制度上の論点
1 最高裁判所長官から内閣への意見
最高裁判所の公式説明によれば,最高裁判所は長官と14人の判事で構成される。
最高裁判所判事の任命に際しては,内閣が最高裁判所長官の意見を求めることが慣例となっている。
もっとも,これは現行の憲法又は裁判所法に定められた諮問委員会ではなく,候補者名,候補者ごとの評価及び最終的な選考理由が制度上当然に公表される仕組みでもない。
最高裁判所裁判官を出身分野別に選ぶ運用も,裁判所法41条が定める資格要件とは異なる慣行である。
出身分野ごとの人数を維持することには実務経験の多様性を確保する面がある一方,人数比が固定化すれば個々の候補者の適格性を検討する余地を狭めるとの指摘がある。
2 下級裁判所裁判官指名諮問委員会との違い
下級裁判所裁判官については,平成15年5月1日施行の最高裁判所規則に基づき,下級裁判所裁判官指名諮問委員会が設置されている。
同委員会は,最高裁判所が下級裁判所裁判官の指名を行うに当たり,指名の適否について諮問を受ける機関である。
最高裁判所裁判官の選考には同様の法定委員会がないため,両者は対象となる裁判官と任命過程が異なる。
3 透明性と政治化の双方を検討する必要性
諮問委員会案には,候補者探索の範囲を広げ,選考基準及び理由を明らかにし,内閣の判断を外部から検証しやすくする利点がある。
他方で,委員の選任自体が政治的又は組織的な対立の対象となり,内閣の憲法上の指名権及び任命権に関する政治責任が見えにくくなるおそれもある。
昭和22年の運用と昭和23年の廃止理由は,この二つの問題が制度発足時から存在したことを示している。
国立国会図書館の主要国比較によれば,G7各国でも,憲法裁判を担う裁判官の選任主体及び透明性を確保する方法は一様ではない。
議会が直接関与する国,行政府が実効的な選任主体となる国及び複数機関が選任を分担する国があるため,外国制度の一部分だけから日本の制度案の当否を導くことはできない。
第9 国民審査との関係
1 国民審査は任命前の承認手続ではない
憲法79条2項及び3項は,最高裁判所裁判官の任命後,最初に行われる衆議院議員総選挙の際に国民審査へ付し,投票者の多数が罷免を可としたときは罷免されると定めている。
最高裁昭和27年2月20日大法廷判決(昭和24年(オ)第332号,民集6巻2号122頁)以降の判例は,国民審査を最高裁判所裁判官の解職の制度と位置付けている。
したがって,国民審査は候補者の任命前に国民が承認する制度ではなく,諮問委員会とも機能が異なる。
2 任命情報の公開と国民審査
昭和50年代の法案及び平成15年日弁連案は,答申理由等の公表によって,任命後の国民審査に必要な情報を増やすことを提案していた。
司法制度改革審議会も,国民審査をより実効的なものとするため,審査対象となる裁判官に関する情報開示の充実を求めた。
最高裁令和4年5月25日大法廷判決(令和2年(行ツ)第255号,同年(行ヒ)第290号,第291号及び第292号,民集76巻4号711頁)は,国民審査が主権者による民主的統制のための制度であることを踏まえ,在外国民に審査権行使を全く認めていなかったことを違憲とした。
同判決は国民審査権の保障に関するものであり,最高裁判所裁判官の候補者選考方法を直接判断したものではない。
第10 関連資料及び関連記事
本記事で列挙していない昭和22年7月29日付候補者30人の氏名は,最高裁判所の裁判官の任命のための裁判官任命諮問委員会等に関する資料に掲載している。
現在の任命手続及び出身分野別の扱いは,最高裁判所裁判官の任命に関する各種説明を参照されたい。
下級裁判所裁判官の制度は,下級裁判所裁判官指名諮問委員会で整理している。
弁護士出身の最高裁判所判事の推薦経路に関する個別資料は,日弁連推薦以外の弁護士が最高裁判所判事に就任した事例を参照されたい。
第11 出典・参考資料
1 法令
①日本国憲法6条2項及び79条
②裁判所法39条及び41条
③裁判所法の一部を改正する法律(昭和23年法律第1号)
2 公文書・国会資料
①大蔵省印刷局『官報』第6074号(昭和22年4月16日)121頁~122頁,国立国会図書館デジタルコレクション
②裁判官任命諮問委員会「最高裁判所裁判官候補者名簿(裁判官任命諮問委員会答申)」(昭和22年7月29日),国立公文書館デジタルアーカイブ
③第1回国会衆議院司法委員会第65号(昭和22年11月29日)
④衆議院憲法調査会事務局「『裁判所法等の一部を改正する法律案』(第26回国会内閣提出第89号)(昭和32年)の主な内容」,衆議院ウェブサイト
⑤第26回国会衆議院法務委員会第28号(昭和32年4月23日)
⑥国立国会図書館「日本法令索引」
⑦第75回国会参法第4号「最高裁判所裁判官任命諮問委員会設置法案」
⑧第75回国会参議院法務委員会第11号(昭和50年6月12日)
⑨第93回国会衆議院法務委員会第4号(昭和55年11月7日)
3 現在の公的資料・意見書
①司法制度改革審議会「裁判官制度の改革―司法制度改革審議会意見の要旨」(平成13年6月12日)3頁(PDF3頁),裁判所ウェブサイト
②日本弁護士連合会「最高裁判所裁判官任命諮問委員会の設置を求める意見書」(平成15年6月20日)1頁~11頁,日弁連ウェブサイト
③最高裁判所「最高裁判所」
④最高裁判所「下級裁判所裁判官指名諮問委員会」
⑤井田敦彦「主要国における違憲審査機関の構成員の選任―最高裁判所・憲法裁判所裁判官等を対象として―」『レファレンス』873号(令和5年9月)31頁~48頁,国立国会図書館デジタルコレクション
4 裁判例
①最高裁昭和27年2月20日大法廷判決(昭和24年(オ)第332号,民集6巻2号122頁。裁判所HP未掲載)
②最高裁昭和40年9月10日第二小法廷判決(昭和39年(行ツ)第107号,裁判集民事80号275頁。裁判所HP未掲載)
③最高裁昭和47年7月25日第三小法廷判決(昭和46年(行ツ)第6号,裁判集民事106号633頁。裁判所HP未掲載)
④最高裁令和4年5月25日大法廷判決(令和2年(行ツ)第255号,同年(行ヒ)第290号,第291号及び第292号,民集76巻4号711頁)
5 文献
①小野純一郎「初代最高裁判所長官が決まるまで」東北学院大学法学政治学研究所紀要31号(令和5年)97頁~107頁・112頁~113頁,東北学院大学学術情報リポジトリ
②西川伸一『増補改訂版 裁判官幹部人事の研究―「経歴的資源」を手がかりとして―』五月書房新社(令和2年)208頁~210頁
③泉徳治ほか『一歩前へ出る司法』日本評論社(平成29年)322頁~335頁
④渡辺康行ほか『憲法Ⅱ 総論・統治〔第2版〕』日本評論社(令和7年)395頁~396頁
⑤森村進編『法と哲学 第7号』信山社(令和3年)64頁~66頁