弁護士の懲戒手続の除斥期間


目次
1 総論
2 除斥期間の始期
3 「懲戒の手続」の意義
4 司法書士の懲戒の場合,除斥期間がなかったこと等
5 関連記事

1 総論
(1) 懲戒の事由があったときから3年を経過した場合,弁護士会が「懲戒の手続」を開始することはできない(弁護士法63条)ところ,3年の期間は除斥期間ですから,停止事由等はありません。
(2)ア ①長期5年未満の懲役若しくは禁錮又は罰金に当たる罪の公訴時効は3年ですし,②令和2年3月31日までの間,弁護士の預かり書類の消滅時効は3年でした(民法171条)。
   そのため,事件終了の時から3年を経過した場合,非行行為に関する書類がない場合がありうることは,3年という除斥期間を定めた理由の一つとされています。
イ 改正民法が施行された令和2年4月1日以降,弁護士の預かり書類の消滅時効は5年です(民法166条1項1号)。

2 除斥期間の始期
(1) 除斥期間の始期は,「懲戒の事由があったとき」,つまり,懲戒事由に当たる行為が終了したときであり,継続する非行についてはその行為が終了した時です。
(2)ア   弁護士が依頼者から又は依頼者のために預かった金品を返還すべき時期に依頼者に返還しないという行為は,それ自体,依頼者の弁護士に対する信頼,ひいては国民一般の弁護士全体に対する信頼を破壊するものとしてその品位を失うべき非行に当たりますから,返還するまでの間,非行は継続していると解されています(東京高裁平成13年11月28日判決参照)。
イ 依頼者と弁護士の委任関係が終了した場合,その終了時に預かった金品等の清算がなされるのが通常であることや委任事務に係る資料の保存にも限度があること,委任関係が終了した後もいつまでも懲戒しうるというのでは弁護士は極めて不安定な立場に置かれることとなり,除斥期間を設けた法の趣旨に反することにもなることから,弁護士から依頼者から又は依頼者のために預かった金品を横領するなどしてこれを返還しない場合であっても,委任関係が終了したときは,その終了の時点から除斥期間が開始すると解されています(東京高裁平成13年11月28日判決参照)。
(3) 数個の非行事実が連続して存在する場合,それぞれの行為について除斥期間が進行するのか,それとも連続した一連の行為として包括的な一つの行為とみなし,これら数個の行為全部の終了時をもって除斥期間の始期とみるべきかは,具体的事案によって判断されます。

3 「懲戒の手続」の意義
(1)ア 日弁連は従前,「懲戒の手続」は懲戒委員会の審査手続だけをいうのであって,綱紀委員会の調査手続はこれに含まれないという解釈(現定説)を採用していました。
   しかし,平成11年3月19日付の理事会決定により,「懲戒の手続」には綱紀委員会の調査手続が含まれるという解釈(非限定説)に変更しました。
そして,同年6月9日付で,日弁連会長から各弁護士会会長宛の「弁護士法第63条及び第64条の解釈について(通知)」と題する文書において,各弁護士会においてもこの解釈に従うように通知しました。
イ 当時の弁護士法63条及び64条は現在,弁護士法62条及び63条です。
(2) 平成16年4月1日施行の,司法制度改革のための裁判所法等の一部を改正する法律(平成15年7月25日法律第128号)は,弁護士法58条2項において,懲戒請求があった場合に弁護士会が「懲戒の手続」に付して,綱紀委員会に事案の調査をさせる旨を規定していますところ,これは非限定説を前提としたものと解されています。
(3) 懲戒事由があった日から3年を経過する前に綱紀委員会の調査手続に付されていた場合,除斥期間は問題とならなくなります。
(4) 懲戒請求先の弁護士会がいつ,綱紀委員会の調査手続に付したかどうかについては,懲戒請求者が懲戒請求先の弁護士会に対し,綱紀委員会の事件番号(例えば,平成29年(綱)第1234号)及び対象弁護士の氏名を告知すれば,電話で教えてくれることがあります。
(5) 弁護士自治を考える会HPの「懲戒請求申立を2年半放置した弁護士会に対し日弁連がやっと異議を認めた」では,第一東京弁護士会は,懲戒請求書を受領した当日に,綱紀委員会に調査を請求したみたいです。

4 司法書士の懲戒の場合,除斥期間がなかったこと等
(1)ア 司法書士の場合,懲戒権者は法務局又は地方法務局の長でありますところ,司法書士の懲戒の場合,除斥期間がありませんでした。
イ 平成24年11月6日付の,衆議院議員秋葉賢也君提出司法書士に対する懲戒に関する質問に対する答弁書には以下の記載があります。
   御指摘の「除斥期間」の規定が弁護士法(昭和二十四年法律第二百五号)に設けられているのは、弁護士が、司法書士と異なり、事件が終了した時から三年を経過したときは、その職務に関して受け取った書類について、その責任を免れることとされていることなどに鑑みたものであると解されており、また、司法書士に対する懲戒に当たっては、当該非違行為による関係者及び社会に与える影響の大きさ等の個別具体的な事情をしん酌した上、公正かつ適正にこれを行っているところであることから、「除斥期間」の規定を司法書士法(昭和二十五年法律第百九十七号)に設ける必要はないと考える。
(2) 令和元年の司法書士法改正により,司法書士の懲戒の除斥期間は7年となる予定です(「令和元年の司法書士法及び土地家屋調査士法改正に関する法務省民事局の御説明資料」参照)。

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→ 令和元年の場合,審査請求の件数は30件であり,原処分取消は3件であり,原処分変更は1件です。
・ 弁護士会の懲戒手続


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