1914年生の裁判官9人の経歴

有重保検事(高輪2期)の経歴(裁判官経験あり)

生年月日 T3.3.20
出身大学 不明
退官時の年齢 55 歳
S44.12.27 辞職
S43.3.25 ~ S44.12.26 千葉地検八日市場支部長
S40.3.25 ~ S43.3.24 長野地検上田支部長
S38.3.25 ~ S40.3.24 旭川地検検事
S37.3.24 ~ S38.3.24 福岡地検検事
S36.8.1 ~ S37.3.23 岐阜地検検事
S34.3.25 ~ S36.7.31 山形地検鶴岡支部長
S33.9.25 ~ S34.3.24 福島地検検事
S31.2.15 ~ S33.9.24 釧路地家裁判事補
S29.12.15 辞職
S28.12.25 ~ S29.12.14 松江地検検事
S23.5.11 ~ S28.12.24 山口地検検事

岩村溜裁判官(1期)の経歴

生年月日 T3.9.5
出身大学 中央大
退官時の年齢 60 歳
叙勲 S59年秋・勲三等旭日中綬章
S49.12.21 依願退官
S47.4.1 ~ S49.12.20 福岡地家裁飯塚支部長
S41.4.1 ~ S47.3.31 佐賀地裁刑事部部総括
S34.6.4 ~ S41.3.31 佐賀地家裁唐津支部判事
S34.5.20 ~ S34.6.3 佐賀地家裁唐津支部判事補
S28.3.20 ~ S34.5.19 福岡地家裁判事補
S26.2.14 ~ S28.3.19 佐賀地家裁判事補
S24.6.4 ~ S26.2.13 佐賀地裁判事補

 

 

沖田一人裁判官(3期)の経歴

生年月日 T3.7.16
出身大学 中央大
退官時の年齢 63 歳
S53.4.1 依願退官
S39.4.1 ~ S53.3.31 静岡家地裁判事
S38.3.29 ~ S39.3.31 静岡地家裁下田支部判事
S33.4.1 ~ S38.3.28 静岡地家裁下田支部判事補
S26.4.21 ~ S33.3.31 大分地家裁中津支部判事補

小畑実裁判官(2期)の経歴

生年月日 T3.1.30
出身大学 京大
退官時の年齢 41 歳
S30.5.18 依願退官
S28.3.31 ~ S30.5.17 大阪地家裁判事補
S25.4.17 ~ S28.3.30 和歌山地家裁判事補

白井守夫裁判官(2期)の経歴

生年月日 T3.11.20
出身大学 不明
退官時の年齢 56 歳
叙勲 S54.12.2勲四等旭日小綬章
S46.8.31 依願退官
S45.3.20 ~ S46.8.30 津地家裁判事
S40.4.1 ~ S45.3.19 名古屋家裁判事
S36.4.17 ~ S40.3.31 宮崎地家裁判事
S35.4.22 ~ S36.4.16 神戸地家裁判事
S33.10.16 ~ S35.4.21 神戸地家裁判事補
S28.4.8 ~ S33.10.15 徳島地家裁判事補
S25.4.22 ~ S28.4.7 松山地家裁西条支部判事補

立澤秀三裁判官(高輪2期)の経歴

生年月日 T3.9.9
出身大学 日本大
退官時の年齢 56 歳
S46.8.10 依願退官
S39.4.1 ~ S46.8.9 金沢家地裁判事
S35.4.21 ~ S39.3.31 金沢地家裁判事
S33.6.23 ~ S35.4.20 旭川地家裁判事
S30.10.31 ~ S33.6.22 東京地裁判事補
S28.4.30 ~ S30.10.30 福岡地裁判事補
S23.6.23 ~ S28.4.29 福岡地家裁久留米支部判事補

常安政夫裁判官(2期)の経歴

生年月日 T3.2.15
出身大学 不明
退官時の年齢 63 歳
叙勲 S59春・勲三等旭日中綬章
S53.1.12 依願退官
S49.4.1 ~ S53.1.11 大阪家裁合議第2部部総括
S46.4.1 ~ S49.3.31 大阪高裁判事
S40.4.1 ~ S46.3.31 京都地裁判事
S37.4.10 ~ S40.3.31 大阪地裁判事
S35.4.22 ~ S37.4.9 新潟地家裁相川支部判事
S35.4.1 ~ S35.4.21 新潟地家裁相川支部判事補
S32.4.6 ~ S35.3.31 大阪地家裁判事補
S29.9.8 ~ S32.4.5 広島家地裁呉支部判事補
S25.4.22 ~ S29.9.7 広島家地裁判事補

* 大阪家裁昭和52年8月24日審判(担当裁判官は2期の常安政夫)(判例秘書掲載)は「一般に自己の嫡出子を養子とする縁組は原則として実益がないから無効であり許されないものであるが、実益のある場合には有効として許されなければならないものと解する。」と判示しています。

三淵嘉子裁判官(期前)の経歴

生年月日 T3.11.13
出身大学 明治大
叙勲 S59.5.28勲二等瑞宝章
S54.11.13 定年退官
S53.1.16 ~ S54.11.12 横浜家裁所長
S48.11.1 ~ S53.1.15 浦和家裁所長
S47.6.15 ~ S48.10.31 新潟家裁所長
S42.1.1 ~ S47.6.14 東京家裁少年部部総括(少年第4部→少年第3部)
S37.12.6 ~ S41.12.31  東京家地裁判事
S31.5.1 ~ S37.12.5 東京地裁判事
S27.12.6 ~ S31.4.30 名古屋地裁判事
S24.6.25 ~ S27.12.5 東京地裁判事補
S24.1.1 ~ S24.6.24 最高裁判所事務総局家庭局勤務の裁判所事務官
→ 女性法曹のあけぼの(平成25年4月24日付)62頁には「最高裁判所の事務総局にも「家庭局」を設けた。嘉子は家庭局にまわされた。」と書いてあります。
S23.1.31 ~ S23.12.31 最高裁判所事務局民事部勤務の裁判所事務官
→ 二弁フロンティア2024年8・9月合併号の「二弁にゆかりがある 三淵嘉子さんゆかりの地を訪ねてみた」には,「昭和23年1月に最高裁判所事務総局家庭局兼民事局事務官」と書いてあるものの,最高裁判所事務「総」局という名前になったり,家庭局が設置されたりしたのは昭和24年1月1日です(最高裁判所事務局規則の一部を改正する規則(昭和23年12月28日最高裁判所規則第40号)参照)。
S22.6.30 ~ S23.1.30 司法省民事部民法調査室嘱託
S22.6.11 第二東京弁護士会の弁護士登録取消(昭和22年7月28日の官報公告参照)

(司法省民事部嘱託になるまでの経歴)
*1 女性法曹のあけぼの(平成25年4月24日付),家庭裁判所物語(平成30年9月21日付)34頁ないし43頁,明治大学HPの「三淵嘉子(みぶちよしこ)—NHK連続テレビ小説(朝ドラ)の主人公に決まった女子部出身の裁判官—(法曹編)」及び「第38回 明治大学中央図書館企画展示 中田正子展-明治大学が生んだ日本初の女性弁護士-」等によれば,司法省民事部嘱託になった1947年までの三淵嘉子(みぶち・よしこ)の経歴はおおよそ,以下のとおりです。
・ 1947年11月,明治女子専門学校教授に就任した。
・ 1947年10月,父親が肝硬変の悪化により死亡した。
・ 1947年6月30日,司法省民事部に嘱託として採用され,司法調査室において民法及び家事審判法の立法作業の手伝いをすることとなった。
・ 1947年3月,一人で司法省に出向いて,司法大臣官房人事課長をしていた石田和外(その後の最高裁判所長官)に裁判官採用願を提出し,坂野千里東京控訴院長に引き合わせてもらった。
・ 1947年1月,母親が脳溢血で死亡した。
・ 1946年5月23日,上海から引き揚げてきた和田芳夫(当時の夫)が長崎の陸軍病院において肋膜炎で死亡した。
・ 1945年8月15日の敗戦を疎開先の福島県坂下町(現在の会津坂下町)で迎える。
・ 1945年5月,東京都港区青山にあった自宅が空襲で焼けたため,福島県坂下町に疎開した。
・ 1945年4月,空襲により明治女子専門学校の校舎が全焼した。

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三宅東一裁判官(2期)の経歴

生年月日 T3.1.20
出身大学 中央大
退官時の年齢 47 歳
S36.6.1 依願退官
S35.4.22 ~ S36.5.31 横浜地裁判事
S33.6.2 ~ S35.4.21 横浜地裁判事補
S31.3.31 ~ S33.6.1 新潟地家裁長岡支部判事補
S26.5.15 ~ S31.3.30 新潟地家裁高田支部判事補
S25.4.22 ~ S26.5.14 盛岡地家裁判事補