第1 令和改元と裁判所の事務連絡
1 令和への改元日
元号法(昭和54年法律第43号)1項は,元号を政令で定めるものとし,同法2項は,元号は皇位の継承があった場合に限り改めるものとしている。
天皇の退位等に関する皇室典範特例法(平成29年法律第63号)2条により天皇の退位及び皇嗣の即位が行われ,元号を改める政令(平成31年政令第143号)は令和元年5月1日に施行された。
したがって,二つの事務連絡がいう「元号を改める政令が施行される日」は,令和元年5月1日である。
平成31年4月30日までに登載された事件は平成31年の事件であり,同年5月1日以後に登載された事件は令和元年の事件となった。
平成への改元では,改元政令が昭和64年1月7日に公布され,翌8日に施行されたが,この経過から改元政令は常に公布の翌日に施行されるという一般原則を導くことはできない。
令和への改元は施行日があらかじめ定まっていたため,最高裁判所事務総局は新元号の名称が公表される前の平成31年2月に,「新元号」という表現を用いて事務処理を準備した。
2 二つの事務連絡の位置付け
最高裁判所事務総局は,令和への改元に先立ち,訟廷事務について平成31年2月5日付けで,執行官事務について同月15日付けで,それぞれ事務連絡を発出した。
二つの文書は法令ではなく,改元に伴う裁判所内部の標記事務の取扱いを示した事務連絡である。
二つの事務連絡が定めた中心的な処理は,①改元だけを理由に事件関係の帳簿等を別冊にしないこと,②年度初めから付す一連番号を12月31日まで継続すること,③新元号の初年度を原則として「元年」と表示すること,④業務系システムが「1年」と表示する場合は「元年」への訂正等を要しないことである。
改元は同一暦年の途中における年の表示変更であり,事件番号の一連番号を付し直す年度替わりではないという取扱いである。
第2 元号の改定に伴う訟廷事務の取扱い
1 文書の日付,宛先及び発出者
「元号の改定に伴う訟廷事務の取扱いについて」(平成31年2月5日付け事務連絡)は,高等裁判所事務局長,地方裁判所事務局長及び家庭裁判所事務局長宛ての文書である。
発出者は,最高裁判所事務総局総務局第三課長定久朋宏である。
同文書は,簡易裁判所に対しては,所管の地方裁判所から連絡するよう求めている。
原文PDFは本件記事に掲載されているが,裁判所ウェブサイトでは同一文書を確認できなかったため,以下は掲載PDFの画像と照合した本文である。
2 事務連絡の本文
元号の改定に伴う標記の事務の取扱いについては,下記によってください。
なお,簡易裁判所に対しては,所管の地方裁判所から連絡してください。1 新元号は,元号を改める政令が施行される日から使用する。
2 事件関係の帳簿及び諸票(以下「帳簿諸票」という。)等の備付けについては,元号の改定に伴って別冊とする必要はない。
3 帳簿諸票等の記載については,次のとおりとする。
(1) 新元号の初年度の表示は,「元年」とする。(2) 事件番号等の年度の初めから登載順に通し番号を記載するとされている番号は,司法年度の終期(12月31日)まで従前の番号に連続する番号を記載する。
例えば,地方裁判所に備え付けられた民事・行政第一審事件簿において元号の改定前最後に登載された通常訴訟事件の事件番号が100号である場合,元号の改定後最初に登載される通常訴訟事件は,次のように表示されることとなる。
(新元号)元年(ワ)第101号4 3の(1)にかかわらず,業務系システムの仕様により新元号の初年度の表示が「1年」となるものについては,これを「元年」と訂正等する必要はない。
この事務連絡に従えば,平成31年中の改元前最後の通常訴訟事件が平成31年(ワ)第100号であった場合,改元後最初の通常訴訟事件は令和元年(ワ)第101号となる。
「令和元年(ワ)第1号」から番号を付し直すものではない。
第3 元号の改定に伴う執行官事務の取扱い
1 文書の日付,宛先及び発出者
「元号の改定に伴う執行官事務の取扱いについて」(平成31年2月15日付け事務連絡)は,地方裁判所事務局長宛ての文書である。
発出者は,最高裁判所事務総局民事局第三課長成田晋司である。
同文書の日付は平成31年2月15日であり,訟廷事務の文書の日付とは異なる。
原文PDFは本件記事に掲載されているが,裁判所ウェブサイトでは同一文書を確認できなかったため,以下は掲載PDFの画像と照合した本文である。
2 事務連絡の本文
元号の改定に伴う標記の事務の取扱いについては,下記によってください。
1 新元号は,元号を改める政令が施行される日から使用する。
2 事件関係の帳簿及び物品保管票(以下「帳簿等」という。)の備付けについては,元号の改定に伴って別冊とする必要はない。
3 帳簿等の記載については,次のとおりとする。
(1) 新元号の初年度の表示は,「元年」とする。(2) 事件番号等の年度の初めから登載順に通し番号を記載するとされている番号は,司法年度の終期(12月31日)まで従前の番号に連続する番号を記載する。
例えば,執行官室に備え付けられた強制執行等事件簿において元号の改定前最後に登載された金銭債権についての動産に対する強制執行事件の事件番号が100号である場合,元号の改定後最初に登載される金銭債権についての動産に対する強制執行事件は,次のように表示されることとなる。
(新元号)元年(執イ)第101号4 3の(1)にかかわらず,業務系システムの仕様により新元号の初年度の表示が「1年」となるものについては,これを「元年」と訂正等する必要はない。
この事務連絡に従えば,平成31年中の改元前最後の該当事件が平成31年(執イ)第100号であった場合,改元後最初の事件は令和元年(執イ)第101号となる。
訟廷事務と同じく,事件番号の一連番号は12月31日まで継続する。
第4 事件番号の連番,「元年」と「1年」の意味
1 改元後も番号を継続する理由
事件番号は,事件を受理した年,事件の種類を示す記録符号及び同じ符号ごとの一連番号によって事件を特定するために用いられる。
令和への改元は平成31年の途中で行われたため,年の表示は変わっても,同じ裁判所で同じ種類の事件に付す一連番号は同年12月31日まで継続された。
帳簿等を別冊にしない取扱いも,改元を年度の切替えとして扱わないことに対応する。
二つの事務連絡に記載された「司法年度の終期(12月31日)」は,この一連番号の終期を示す表現である。
2 原則としての「元年」とシステム上の「1年」
二つの事務連絡は,新元号の初年度を「元年」とする一方,業務系システムの仕様により「1年」と表示される場合は訂正等を要しないとした。
したがって,裁判所の業務系システムに現れる「令和1年」を,一律に誤記と扱うことはできない。
同様の使い分けは,法務局の「改元に伴う登記事務の取扱いについて」にもみられる。
同資料は,登記情報システム上の年表示を「令和1年」とする一方,登記事項証明書等では「令和元年」と表示する取扱いを案内している。
3 「ワ」と「執イ」の現行資料
裁判所ウェブサイト掲載の民事事件記録符号規程は,地方裁判所の通常訴訟事件の記録符号を「ワ」と定めている。
掲載PDFには令和8年4月22日最高裁判所規程第2号までの改正が収録されており,同改正は令和8年5月25日に施行された。
裁判所ウェブサイト掲載の「執行官の事務に関する記録及び帳簿の作成及び保管並びに現況調査の手数料の加算の基準について(依命通達)」別表第1は,金銭債権についての動産に対する強制執行等の記録符号を「執イ」としている。
これらの現行資料は「ワ」と「執イ」の符号を確認する根拠であり,令和元年の改元時に番号を継続した根拠は,平成31年の二つの事務連絡である。
第5 元号使用の法的性質と関連裁判例
1 一般国民に対する元号使用の義務付けとは異なること
元号法は,元号の決定方法及び改元事由を定めるが,一般国民に元号の使用を義務付ける規定を置いていない。
裁判所職員が内部事務として事件番号等に元号を用いることと,一般国民が元号の使用を法的に強制されるかどうかは,区別して考える必要がある。
東京高裁令和3年9月30日判決は,元号は年の表示方法の一つにすぎず,改元政令によって国民が元号の使用を強制されるものではないとした。
もっとも,この訴訟で直接争われたのは差止め及び無効確認の訴えの適法性であり,裁判所事務連絡そのものの有効性ではない。
2 元号制定差止請求事件の審級関係
東京地裁令和2年10月5日判決(平成31年(行ウ)第145号)は,元号を令和に改める政令には,直接国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定する規定がないとして,同政令の制定を抗告訴訟の対象となる行政処分とは認めず,各訴えを却下した。
同判決は,戸籍事務に関する通達についても,下級行政機関に対する内部的な指示であり,直接国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定するものではないとして,処分性を否定した。
東京高裁令和3年9月30日判決(令和2年(行コ)第209号)は原判決を維持し,控訴を棄却した。
最高裁令和4年5月25日第二小法廷決定(令和4年(行ツ)第54号)は,法務省『法務年鑑(令和4年)』によれば,上告理由が民事訴訟法所定の事由に該当しないとして上告を棄却した。
以上の審級経過は,訴えの適法性に関する判断を中心とするものである。
最高裁決定を含め,元号制度の憲法適合性について本案判断をした裁判例であると表現するのは正確でない。
3 事件番号に西暦を用いた裁判例
大阪高裁平成15年10月10日判決(判例タイムズ1159号158頁。裁判所HP未掲載)は,年の特定方法として西暦を使用すること自体は別段誤りではないとした一方,裁判所が付した事件番号に西暦を用いることは「明らかな誤り」であると述べた。
同判決は,事件番号が,各裁判所において事件の種類ごとに毎年1月から12月までの受付順で付され,当該事件を示す固有の番号となることを理由としている。
この判決は,日常の年表示として西暦を用いること一般を否定したものではない。
裁判所の事件番号を,裁判所が付した元号,年,記録符号及び番号の組合せに従って正確に表示すべきことを示すものである。
第6 関連記事
改元の決定過程及び関係文書は,「令和への改元に関する閣議書」で確認できる。
事件番号及び記録符号の全体像は,「最高裁判所の事件記録符号規程」及び「民事事件の裁判文書に関する文書管理」を参照されたい。
大阪高裁平成15年10月10日判決の任官拒否訴訟における位置付けは,「最高裁判所による判事補の指名権の行使に関する裁判例」に整理している。
本件記事では,このうち事件番号に関する判示だけを取り上げた。
出典・参考資料
1 法令
①元号法(昭和54年法律第43号)1項・2項(e-Gov法令検索)
②天皇の退位等に関する皇室典範特例法(平成29年法律第63号)2条(e-Gov法令検索)
③元号を改める政令(平成31年政令第143号)本則・附則(e-Gov法令検索)
2 最高裁判所事務総局の事務連絡
①最高裁判所事務総局総務局第三課長定久朋宏「元号の改定に伴う訟廷事務の取扱いについて」(平成31年2月5日付け事務連絡,本件記事掲載の原文PDF)
②最高裁判所事務総局民事局第三課長成田晋司「元号の改定に伴う執行官事務の取扱いについて」(平成31年2月15日付け事務連絡,本件記事掲載の原文PDF)
3 裁判所の規程・通達
①最高裁判所「民事事件記録符号規程」(平成13年1月31日最高裁判所規程第1号,令和8年4月22日最高裁判所規程第2号までの改正を収録,PDF3頁~5頁の別表)
②最高裁判所事務総長「執行官の事務に関する記録及び帳簿の作成及び保管並びに現況調査の手数料の加算の基準について」(平成9年3月13日付け最高裁民三第125号依命通達,令和5年6月27日付け最高裁民三第216号までの改正を収録,別表第1はPDF13頁,別紙様式第1はPDF15頁)
4 裁判例
①東京地方裁判所令和2年10月5日判決(平成31年(行ウ)第145号元号制定差止請求事件,裁判所ウェブサイト)
②東京高等裁判所令和3年9月30日判決(令和2年(行コ)第209号元号制定差止請求控訴事件,裁判所ウェブサイト)
③最高裁判所第二小法廷令和4年5月25日決定(令和4年(行ツ)第54号元号制定差止請求上告事件。裁判所HP未掲載。法務省『法務年鑑(令和4年)』274頁~275頁で確認)
④大阪高等裁判所平成15年10月10日判決(判例タイムズ1159号158頁。裁判所HP未掲載)
5 公文書・文献
①法務局「改元に伴う登記事務の取扱いについて」(登記情報システム上の「令和1年」と証明書等の「令和元年」の取扱い)
②法務省『法務年鑑(令和4年)』274頁~275頁(PDF294頁~295頁)
③井田敦彦「改元をめぐる制度と歴史(短報)」『レファレンス』811号(平成30年8月)91頁~102頁,国立国会図書館デジタルコレクション