20頁ないし27頁には,「第2節 検察権の独立(行政権,立法権との関係)」として以下の記載があります(別の場所の脚注に言及している部分は削りました。)。
1 検察権は,国家刑罰権の実現等の国家目的を追求して行使されるもので, その本質は行政権の一作用であり, 司法権と明白に区別される。しかし,検察権の行使は,公益の代表者として個々の事件について法の正当な適用実現を目的とするものであって, 司法権と密接な関係を持ち, 司法作用に重大な影馨を及ぼすものである。
このことは,例えば,起訴・不起訴が外部からの影響-特に政治的な圧力-によって左右される場合を考えれば明瞭である。不告不理の原則の下においては,裁判所は,起訴されない事件を審判するわけにはいかないし,起訴された事件は必ず審判しなければならないのであるから,司法権の行使は検察権の行使にかかっている。この場合,司法権が確固として独立していても,検察権の行使が公正を欠くならば, 司法権の行使も不公正なものとならざるをえない。司法権独立の主眼は, 司法権の行使を政治的影響から自由にするところにあるといってよい。したがって,検察権が政治的影響のままに行使されるならば,それはまさしく政治的司法を現出し, 司法権の独立は名のみになるといっても過言ではない。検察権と司法権は, まさに車の両輪であり, そのいずれの公正を欠いても刑事司法の健全な運営は期しがたい。
このように,検察権は行政権の一作用でありながら, 司法権と密接な関係を持つのであり,刑事司法の公正を期するためには,検察権についても司法権独立の精神を能う限り推及されなければならない。したがって,検察権は,法の拘束・支配の下において,それを行使する者の良心に従って,独立して行使されることが要請される。
この検察権の独立を担保するものとしては,庁法上①法務大臣の検察事務に対する指揮監督権の制限(庁法第14条) ,②検察官の独任官庁制(庁法第1,4,5条),③検察官の身分保障(庁法第22条ないし第25条)の制度がある。
2 しかし,既に見たように,検察権は,行政権の一部をなすものであり,行政権は,内閣に属し(憲法第65条),内閣は,行政権の行使について,国会に対し連帯して責任を負う (憲法第66条第3項, 内閣法第1条第2項)。そして,内閣を組織する各大臣は,主任の大臣として,行政事務を分担管理する (内閣法第3条第1項,国家行政組織法第5条第1項)のであり,法務大臣は,法務省の長(法務省設置法第2条第2項) として, 「検察に関すること」 (同法第4条第7号)を含む法務省の所管事務を分担管理し, これについて責任を負う。 これが組織法における原則(責任政治の原則)である。 したがって,行政権の一部である検察権の行使についても,内閣は国会に対して連帯して責任を負うものであり,検察権も,内閣法,国家行政組織法,法務省設置法等の諸規定に基づいて,法務大臣の指揮監督の下に行使されるのが原則である。
なお, ここに「指揮」 とは,おおむね事前において,職務上の命令をすることを意味し, 「監督」とは,おおむね事後において,職務執行が適法か否か,相当か否かを査察し,必要があるときは是正の措置を命ずることを意味する。
この責任政治の原則からする要請と,検察権独立の要請は,相互に対立して排斥するのではなく,調和することが必要である。検察権の独立は, 司法権の独立のように他からの一切の影響を排除しようとするものとは異なり,他からの不当な影響を排除しようというものである。それは,正しい統一的な国家意思が, 司法に反映するように検察権が行使されなければならないための要請であり, もとより検察の独善を容認するものではないからである。
3 法務大臣の指揮監督権の制限(庁法第14条)
これは責任政治の原則と調和させつつ,法務大臣の指揮監督権の行使に一定の制限を加えて,検察権の独立を図ろうとした制度である。
すなわち,法務大臣は,検察全般に対する指揮監督権を持つが,議院内閣制の下においては,その指揮監督が,例えば,政党の利害等によって左右されるなどして,検察の公正な運用が失われ, あるいは失われるおそれがあるので,法務大臣の指揮監督権の行使が制限されなければならない。そこで,庁法第14条は, 「法務大臣は,第4条及び第6条に規定する検察官の事務に関し,検察官を一般に指揮監督できる。ただし,個々の事件の取調べ又は処分については,検事総長のみを指揮することができる」 と規定し,検察事務に関する指揮監督権の行使を制限している。検察事務以外の事務についての指揮監督は組織法上の原則によるわけであって,総務,会計,人事等に関する事務や,犯罪の防止その他刑事政策上の諸施策に関する事務についての法務大臣の指揮監督権の行使は制約を受けない。
すなわち,捜査,公訴の提起・遂行などの検察事務に関しては,法務大臣は,検察官を「一般」に指揮監督することができるが,検察官の行う 「個々の事件の取調べ又は処分」については検事総長のみを指揮することができるにとどまる。 「一般に」 とは, 「一般的に」 ということで,「具体的に」 と相対する概念であり,例えば,検察事務処理についての一般的方針や基準を訓示したり,法令の行政解釈を示したり,個々の具体的事件について報告を求めたりすることである。 「取調べ」 というのは,被疑者,参考人の取調べだけを指すのではなく,捜査の方法,順序等も含み, 「処分」 というのは,起訴,不起訴の処分のほか,公判の遂行及び刑の執行はもちろんのこと,刑罰権の実現のために検察官が行う捜査以外の一切の検察事務の処理とその方法,順序を含むものである。
すなわち,法務大臣は,個々具体的事件に関する検察事務については,捜査の着手から刑の執行に至るまで,直接個々の検察官を指揮することは許されず,検事総長のみを指揮することができる。言い換えれば,法務大臣は,具体的事件に関しては,検事総長が持っている部下検察官に対する指揮監督権を媒介としてのみ,個々の検察官の行う検察事務に干渉することができるのである。
ところで, これを形式論理的に見ると, たとえ検事総長を通じてにせよ,具体的事件について法務大臣に指揮権を認める以上は, それが検事総長を通じてのみ行われようが,直接,個々の検察官に対して行われようが,個々の検察官が検事総長の指揮監督に服しているからには,結局は同じことだともいうことができる。 しかし,実際の運用を考えてみると,検事総長は,法律的には法務大臣の指揮監督に服するものであるが,全国の検察官を指揮監督し検察権を代表する者として,不当な法務大臣の指揮に対しては, それが不当であることを説得して法務大臣の翻意を求める等の事実上の措置がとられることが期待され, これによって法務大臣の不当な指揮が防止されるのである。このように庁法第14条は,法務大臣と検事総長の識見により,運用の実際において妥当な結果が導かれることを期待しているのである。
4 以上のように法務大臣が具体的事件について検事総長を指揮し得る権限を,俗に「指揮権」 と呼んでいる。この指揮権の発動については,昭和29年4月の造船疑獄事件に関して行われたそれが有名であり, また,一般にはそれが唯一の例であるかのようにいわれているが,必ずしもそうではない。まず,特に重要な事件については,捜査の着手又は起訴・不起訴の処分について,法務大臣の指揮を受けるべきことが一般的に定められ(処分請訓規程,破壊活動防止法違反事件請訓規程), これに当たる場合には, 具体的事件について,検事総長から法務大臣に対して請訓が行われ,これに応えて法務大臣が指揮することとなっている。また,検事総長は,将来政治問題化することが予想されるような事件については,国会における検察権の代表である法務大臣に対して,積極的に報告を行うこともあると考えるが,そのような際,特に法務大臣の指揮を仰ぐこともあると考えられる。いずれにせよ,法務大臣は,検事総長の請訓により,請訓どおりの指揮を行うのが例であると思われるが, 明らかに諭訓を否決する指揮が行われたのが,造船疑獄事件のそれである (同事件では,検事総長から法務大臣に対し, 自民党幹事長佐藤栄作氏に対する逮捕請求許可の請訓があった。)。法務大臣が,検事総長の理を尽くした請訓にもかかわらず不当な指揮を維持するならば,それは,検察全体の代表者としての検事総長が,政党内閣の代表者としての法務大臣と正面から対立することとなり,いずれの判断が正当であるかが広く国民の批判にさらされ,結局は,健全な国民の声によって,検察権の適正な行使が担保されることとなることも,庁法第14条の期待しているところと解される。
5 以上は, 内閣と検察の関係について見たのであるが,検察権の独立のためには,立法権ないし国会からの抑制も制限されなければならない。
すなわち,国会の衆参両議院は, それぞれ国政に関する調査権を持ち,その調査のため証人の出頭,証言及び記録の提出を求めることができる(憲法第62条)のであって,検察権も行政権の一部として,検察行政事務はもとより,検察事務についても,国政調査権の対象となり得るものといわなければならない。 しかし,既に述べたように,検察権が司法権と密接不可分な関係にあるところから,検察権の行使について国政調査を行うことにより,ひいては, 司法権自体の行使に重大な影響を及ぼす場合があり得る。そのような場合には, 司法権の独立を脅かすという意味において,検察権の行使に関する調査が許されないことになるというべきである(注)。例えば,現に裁判所に係属中で,事実関係につき当事者間に争いのある事件について,裁判上の立証がまだなされていない段階であるのに,検察官を証人として喚問し,捜査の内容,将来裁判所に提出すべき証拠の内容等を証言させるようなことがあれば,国政調査という名前の下に実質的に裁判が行われ,検察官の公訴維持は困難となり,裁判所には予断を与え, 「司法権の独立」が脅かされることになるから,許されないといわねばならないし,証人として喚問された検察官は出頭をも拒むことができると考える。
(注) いわゆる日商岩井不正事件について,国政調査権は, 「検察権との併行調査は,原則として許されるが, 司法権の独立ないし刑事司法の公正に触れる危険性があると認められる場合には制限される」 (東京地判昭和55年7月24日判時982号2頁) との判断が示されている。
6 検察に対する国政調査権の行使が制限される場合には,議院における証言及び書類の提出を,職務上の秘密に関するものとして拒むことが許されることが多いと思われる。
すなわち,各議院等は, 「証人が公務員である場合又は公務員であった場合……その者が知り得た事実について,本人又は当該公務所から職務上の秘密に関するものであることを申し立てたときは, 当該公務所又は監督庁の承認がなければ,証言又は書類の提出を求めることができない」 (議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律第5条第1項)ものとされ,その公務所又はその監督庁が承認を拒んだ場合,議院等において承認拒否の理由を受諾できないものと認めれば「その証言又は書類の提出が国家の重大な利益に悪影響を及ぼす旨の内閣の声明を要求することができ」 (同条第3項前段) ,要求後10日以内にその声明があれば,証言又は書類の提出をする必要がない(同項後段)。ここでいう 「職務上の秘密」は, 「職務上知り得た秘密」 よりも狭い概念で,職務上知り得た他人の秘密を含まず,職務自体の秘密をいうものと解されている。しかし秘密という概念は, ある事項を秘匿しておく利益と, これを公にする利益とを比較して,前者の方が大きい場合にだけ秘匿することが認められる相対的なものであるから,それぞれの調査の目的等により,秘密の範囲が動いてくることとなる。 したがって,検察における職務上の秘密の範囲や事項を一律にいうことは困難であるが,一般的には,現在及び将来における捜査や公訴の維持に支障をきたすような事項がこれに当たることになろう。
7 国政調査権と検察の職務上の秘密とが正面から対立したものとしては,造船疑獄事件にからんで衆議院決算委員会が検察官等を証人として喚問し,捜査の経過,不起訴となった財界,政界人の氏名,被疑事実の一部及び資料,起訴された事実について証拠の一部等の証言を求め, 同検察官等が職務上の秘密であるとして一部の証言を拒否し, 同委員会は拒否事項について法務大臣の承認を求め,法務大臣はその一部について承認をし,大部分については承認を拒否してその理由を疎明したが, 同委員会は内閣声明を要求し, 内閣は法務大臣の承認拒否を支持して声明した事例がある。その内閣声明は,次のとおりである。
「衆議院決算委員会から, さきに法務大臣の疎明した検事総長佐藤藤佐及び東京地方検察庁検事正馬場義統の証言及び書類の提出の承認を拒否した理由につき,これを受諾することができないとして内閣声明の要求があった。
よって, 内閣は,右要求につき慎重に検討審識した結果,法務大臣がその承認を拒否した証言及び書類の提出を現段階において行うことは,機密の保持を本旨とする検察運営に重大なる障碍をきたすのみならず, いわゆる造船疑獄事件として起訴せられ,近く公判において事実審理の開始せられんとする商法違反(特別背任)被告事件,政治資金規正法違反被告事件,贈収賄被告事件の公訴の維持に著しい支障を生ぜしめ,他面裁判所に予断を与え裁判の公平を阻害する虞なしとせず,かくては犯罪を防あつして国家の治安,社会の秩序を維持し,公共の福祉を擁護せんとする検察の目的を達成することが困難となるのみならず,他面裁判の公平を確保して,司法権の公正なる運用を期することができなくなる虞があるのであるから,右証言等の承認をすることは国家の重大な利益に悪影響を及ぼすものと認める。
右声明する。
昭和29年12月3日 内閣 」
この声明は, 司法権の独立の侵害と重大な職務上の秘密との両面を証言拒否の理由としており,検察権と国政調査権との関係を明らかにしたものと考える。
*1 衆議院HPに,衆議院議員山田長司君提出国会の国政調査権と検察権との関係に関する質問に対する答弁書(昭和40年3月30日付)が載っています。
*2 「検察庁法14条に基づく法務大臣の指揮権」も参照してください。
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