第1 司法修習生の採用選考申込みで不合格となった人に関する文書
1 情報公開請求による確認の方法と対象期間
裁判所法66条1項は,司法修習生を司法試験に合格した者の中から最高裁判所が命ずると定めるにとどまり,採用選考申込みに不合格となった人の数を公表する仕組みは設けていない。
本記事は,山中弁護士が最高裁判所に対して行った情報公開請求の結果として得られた司法行政文書不開示通知書,答申書及び最高裁判所裁判官会議議事録に基づき,第59期以降の司法修習生採用選考について,申込みに不合格となった人が出たと確認できる修習期を整理するものである。
「不合格者の人数が分かる文書が存在しない」ことは,その修習期に不合格者がいなかったことを意味しない。
最高裁判所は,不合格者数を修習期ごとに集計した文書自体を作成又は取得していないと説明しており,個別の裁判官会議議事録に不採用の決定が記載されている修習期についてのみ,不合格者がいたことを確認できるにとどまる。
2 不合格者がいたことが確認できる修習期
①平成20年3月5日開催の裁判官会議(第7回)議事録は,「平成20年度4月期司法修習生の採用等については,採用要審議者名簿登載の者について審議された結果,別紙第5記載の者を司法修習生として採用しないこととしたほか,別紙第6のとおり決定し」たと記載している。
この平成20年度4月期の採用が現行62期に当たる。
②平成21年3月4日開催の裁判官会議(第8回)議事録も,「平成21年度4月期司法修習生の採用等については,採用要審議者名簿登載の者について審議された結果,別紙第5記載の者を司法修習生として採用しないこととしたほか」と同旨を記載している。
この平成21年度4月期の採用が現行63期に当たる。
③平成24年11月7日開催の裁判官会議(第33回)議事録は,「平成24年度11月期司法修習生の採用等については,採用要審議者名簿登載の者について審議された結果,別紙第2記載の者を司法修習生として採用しないこととしたほか」と記載している。
この平成24年度11月期の採用が66期に当たる。
①から③までの各議事録の写しは,平成29年度(最情)答申第27号により情報提供された文書として掲載しており,氏名・押印等の個人識別情報の部分は,行政機関情報公開法5条1号に定める不開示情報に当たるとして不開示とされている。
④平成28年11月2日開催の裁判官会議(第35回)議事録は,「平成28年度司法修習生の採用等については,重点審議者名簿登載の者を含めた採用候補者について審議された結果,本議事録別紙第1記載の者を同別紙第2の理由で不採用とすることに決定した」と記載しており,この議事録を掲載している。
平成28年度の採用は70期に当たる。
⑤平成29年11月8日開催の裁判官会議(第28回)議事録も,「平成29年度司法修習生の採用等については,重点審議者名簿登載の者を含めた採用候補者について審議された結果,本議事録別紙第1記載の者を同別紙第2の理由で不採用とすることに決定した」と同旨を記載しており,この議事録を掲載している。
平成29年度の採用は71期に当たる。
⑥令和7年2月26日開催の裁判官会議(令和6年度第7回)議事録は,「令和6年度司法修習生の採用等については,重点審議者名簿登載の者を含めた採用候補者について審議された結果,本議事録別紙第1記載の者を同別紙第2の理由で不採用とすることに決定したほか,同別紙第3記載の者を採用することに決定し」たと記載しており,この議事録を掲載している。
令和6年度の採用は78期に当たる。
以上の6回の裁判官会議は,いずれも「不採用とする」又は「採用しないこととした」という決定を明記しており,各修習期の採用選考申込みにおいて,最高裁判所が現に不合格の決定をした人がいたことを直接示す一次資料である。
3 不合格者数が分かる文書が存在しないとされた修習期
これに対し,修習期ごとの不合格者の人数を集計した文書については,最高裁判所は作成又は取得していないと繰り返し回答している。
①平成29年6月23日付の司法行政文書不開示通知書は,第59期から新第61期まで,新第62期,新第63期から新第65期まで,第67期から第69期までの各期分について,修習期ごとの不合格者数が分かる文書は作成又は取得していないとする。
②平成31年1月23日付の司法行政不開示通知書は,72期についても同様とする。
③令和2年1月29日付の司法行政文書不開示通知書は,73期について同様とする。
④令和3年6月2日付の司法行政文書不開示通知書は,74期について同様とする。
⑤令和4年3月28日付の最高裁の不開示通知書は,75期について同様とする。
⑥令和5年5月2日付の最高裁の不開示通知書は,76期について同様とする。
⑦令和6年11月1日付の最高裁の不開示通知書は,77期について同様とする。
⑧令和8年4月8日付の司法行政文書不開示通知書は,79期について同様とする。
これらの各通知書は,いずれも「作成又は取得していない」ことを不開示の理由として明記しているのであって,これらの各期において不合格者が皆無であったと認定したものではない。
司法修習生採用選考の内容の変化(6期以降)によれば,令和8年度(80期)の司法修習生採用選考は,本記事作成時点(令和8年8月23日)で選考の内容自体がまだ公表されておらず,同期についての不開示通知書はまだ存在しない。
4 現行70期の不採用事由に関する裁判例
現行70期の司法修習生採用選考に関しては,「禁錮以上の刑に処せられた者」という不採用事由に該当するとして不採用とされた事例が裁判例として確認できる。
司法修習生たる地位義務付け請求事件に関する東京地方裁判所平成29年2月28日判決(裁判所ウェブサイト未掲載,判例秘書掲載)がこれであり,前記2④で確認した現行70期の裁判官会議議事録における不採用決定と対応する事案と位置付けられる。
5 まとめ
以上の各文書を総合すると,第59期以降について,司法修習生の採用選考で不合格となった人が出たと確認できる修習期は,現行62期,現行63期,66期,70期,71期及び78期の6期にとどまる。
それ以外の修習期については,不合格者の人数を集計した文書自体が最高裁判所に存在しないため,不合格者の有無を公表資料から直接確認することができない。
第2 司法修習生の採用選考手続に関して存在しない文書
1 健康診断・不採用・内定取消しに関する文書
平成29年6月19日付の司法行政文書不開示通知書によれば,①精密検査が必要と判定された結果,最高裁判所での健康診断を実施した人の数が分かる文書,②採用選考申込者のうち,修習に耐えられる健康状態ではないという理由で不採用になった人の数が分かる文書,③採用申込みに当たって虚偽の申告をしたという理由で採用内定が取り消された人の数が分かる文書,の3点は,いずれも作成又は取得していないとして不開示とされている。
2 71期における健康診断の不実施
平成30年11月13日付の理由説明書によれば,第71期司法修習生採用選考手続(同説明書作成当時において直近のもの)においては,最高裁判所での健康診断は実施されていない。
このため,同手続については,前記1①の文書も作成又は取得されていないとされている。
第3 起訴中の被告人であったことを理由とする不採用の歴史的事例
1 同学会事件(第二次滝川事件)の学生の事例
昭和30年6月,京都大学で発生した,学生が滝川幸辰総長に暴行を加えたとされる事件は,「第二次滝川事件」と呼ばれることがある。
以下は,当該事件の刑事裁判について,山中弁護士ブログの調査により判例秘書で全文を確認した判決に基づく整理である。
京都地方裁判所昭和33年4月16日判決(昭和30年(わ)第724号,第一審刑事裁判例集1巻4号598頁,判例時報152号39頁)は,学生であった被告人三上隆及び被告人伊多波重義について,同大学総長滝川幸辰に対する共同暴行の訴因及び被告人伊多波重義の同総長に対する傷害の訴因をいずれも無罪とした。
その一方で,同判決は,同総長の帰宅を実力で妨げた行為について,被告人両名を刑法130条後段の不退去罪により有罪とし,被告人三上隆を罰金1万円に,被告人伊多波重義を罰金2,000円に処し,被告人伊多波重義については1年間刑の執行を猶予した。
被告人三上隆については,これとは別に,同総長に対する単独の傷害(刑法204条)も認定され,不退去罪と併合罪の関係にあるものとして罰金額に反映されている。
この判決に対し検察官及び被告人の双方が控訴し,大阪高等裁判所昭和37年10月17日判決(昭和33年(う)第777号,判例時報343号64頁,刑事裁判資料163号436頁。判示事項は「いわゆる京大事件の控訴審判決」とされている。)は,「本件公訴事実中住居侵入(不退去)の点につき被告人両名は無罪」と判示して,一審で有罪とされていた不退去罪について被告人両名を無罪とした。
同判決は,被告人三上隆が総長に加えた身体的接触による傷害についてのみ改めて認定し,罰金3,000円(1年間執行猶予)を言い渡している。
不退去罪について罰金2,000円に処せられていた被告人伊多波重義は,この控訴審判決により同罪についても無罪となったことになる。
昭和36年度司法試験に合格しながら,控訴中の被告人であったことを理由に昭和36年4月採用の第15期司法修習生になれなかった人がいたという事実経過は,罰金額を含め,この被告人伊多波重義に関する一審判決の内容と符合する。
同控訴審判決が確定した後,昭和38年4月に第17期司法修習生の採用が行われている。
2 国会答弁にみる同種の不採用事例
第41回国会参議院法務委員会(昭和37年11月1日)において,最高裁判所の下村三郎説明員は,起訴された事件を理由として不採用となった者が「三十六年に一人,三十七年に一人」いたと述べた。
その内容について,同説明員は「学校の教授の部屋に入って要求を受けてもなかなか退去しなかった,あるいは混雑の際に暴行ですか,傷害を加えたとか,そういうような事件と聞いております」と答弁している。
このうち昭和36年の事例は,退去要求への不応と傷害の両面を含む事件内容からみて,前記1で確認した被告人伊多波重義の事案と同一の事例を指すものと考えられる。
これに対し,昭和37年の事例については,答弁の中で氏名及び具体的な経緯が明らかにされておらず,同年に別途不採用となった人がいたことのみが国会答弁として確認できるにとどまる。
3 学生運動が盛んであった時期の状況
32期の伊藤茂昭弁護士(平成27年度東京弁護士会会長)が発行している白い雲2018年初夏号(Vol.65)には,学生運動の激しかった当時の司法試験合格者の中には,合格した年に司法修習生になれなかった人が何人かいたという趣旨の記載がある。
この記載は特定の個人を挙げたものではなく,前記1及び2で確認した個別の事例とは別に,当時同種の事情を抱えた合格者が複数存在したことをうかがわせるものにとどまる。
第4 審査基準における「品位を辱める行状」との関係
令和2年度(最情)答申第27号(令和2年10月27日答申)は,「司法修習生採用選考申込書」の「12 不採用事由等の有無」欄に,「(3)審査基準(2)ア(エ)関係」として「かつて起訴(略式起訴を含む。)又は逮捕(補導)されたことの有無」を記載させる箇所があることを確認した上で,「令和元年度司法修習生採用選考要項」に掲載された司法修習生採用選考審査基準(2)ア(エ)が,司法修習生の不採用事由の一つとして「品位を辱める行状により,司法修習生たるに適しない者」を掲げていることを認定している。
現行の司法修習生採用選考審査基準(令和7年8月27日付)も,同旨の不採用事由を「品位を辱める行状により,司法修習生たるに適しない者」として維持している。
前記第3で取り上げた各事例は,起訴の有無という外形的な事実そのものよりも,この「品位を辱める行状」という不採用事由への該当性が実質的な判断要素とされてきたことを示すものといえる。
第5 関連記事
以下の記事も参照されたい。
①司法修習生の採用選考の必要書類
②採用内定留保者に対する面接(司法修習)
③司法修習生の採用に関する最高裁判所の裁判官会議議事録の本文
④司法修習生採用選考の内容の変化(6期以降)
⑤司法修習生の罷免
⑥「品位を辱める行状」があったことを理由とする司法修習生の罷免事例及び再採用
出典・参考資料
1 法令
①裁判所法(昭和22年法律第59号)66条1項(e-Gov法令検索)
2 裁判例
①京都地方裁判所昭和33年4月16日判決(昭和30年(わ)第724号,第一審刑事裁判例集1巻4号598頁,判例時報152号39頁。裁判所HP未掲載。判例秘書〔L01350170〕により全文確認)
②大阪高等裁判所昭和37年10月17日判決(昭和33年(う)第777号,判例時報343号64頁,刑事裁判資料163号436頁。裁判所HP未掲載。判例秘書〔L01720554〕により全文確認)
③東京地方裁判所平成29年2月28日判決(司法修習生たる地位義務付け請求事件。裁判所HP未掲載。判例秘書掲載)
3 公文書・国会会議録
①令和2年度(最情)答申第27号(令和2年10月27日答申)
②裁判官会議(第7回)議事録(平成20年3月5日開催)
③裁判官会議(第8回)議事録(平成21年3月4日開催)
④裁判官会議(第33回)議事録(平成24年11月7日開催)
⑤裁判官会議(第35回)議事録(平成28年11月2日開催)
⑥裁判官会議(第28回)議事録(平成29年11月8日開催)
⑦裁判官会議(令和6年度第7回)議事録(令和7年2月26日開催)
⑧平成29年6月23日付の司法行政文書不開示通知書
⑨平成29年6月19日付の司法行政文書不開示通知書
⑩平成31年1月23日付の司法行政不開示通知書
⑪令和2年1月29日付の司法行政文書不開示通知書
⑫令和3年6月2日付の司法行政文書不開示通知書
⑬令和4年3月28日付の最高裁の不開示通知書
⑭令和5年5月2日付の最高裁の不開示通知書
⑮令和6年11月1日付の最高裁の不開示通知書
⑯令和8年4月8日付の司法行政文書不開示通知書
⑰平成30年11月13日付の理由説明書
⑱司法修習生採用選考審査基準(令和7年8月27日付,最高裁判所)
⑲第41回国会参議院法務委員会議録(昭和37年11月1日,下村三郎最高裁判所説明員答弁。国立国会図書館国会会議録検索システム)
4 文献・ウェブ資料
①白い雲2018年初夏号(Vol.65)(伊藤茂昭弁護士(32期・平成27年度東京弁護士会会長)主宰)
②滝川事件(Wikipedia,「第2次滝川事件」の項)